別れを告げに来た男。

 「イチローを、見ないのか」

 

 日本テレビの宣伝コピーに煽られたわけでもないが、3/20の夜に東京ドームで行われたMLB開幕戦、シアトル・マリナーズ対オークランド・アスレチックスに足を運んだ。自分にとって、球場で彼の姿を見られる最後の機会になるだろうと思ったからだ。

 

 マリナーズは日本に着いてから読売ジャイアンツと2試合のオープン戦を戦ったが、イチローはジャイアンツの投手陣を打てず、無安打に終わっていた。

 相手は菅野ではない。今村、坂本工、戸根、桜井ら、さほど実績のない若手投手たちが一生の記念とばかりに投げ込んでくるボールを、イチローのバットは捉え損ねていた。選球眼、バットコントロール、タイミング、何もかもが本来の彼のバッティングではなかった。米国でのオープン戦からの不振を克服できてはいなかった。

 一方で、右翼の守備に立つ姿は、特に衰えを感じさせなかった。3/18の試合で、無死二塁の場面で田中俊太が打ち上げた飛球を、イチローは少し下がって捕り、三塁に投げた。三塁手ヒーリーが胸元に構えたグラブにぴしゃりと収まるストライク送球に場内は湧いた。それがこの試合で唯一の、イチローの見せ場だった。

 見事な送球ではあったが、テレビや新聞が皆「レーザービーム」と報じたのには違和感を覚えた。二塁走者は鈍足のゲレーロで、本気で三塁を狙うとは誰も思わない。イチローの送球は、やや山なりで8分程度の力に見えた。「レーザービーム」と呼ばれたかつての送球と比べるようなものではない。

 並の右翼手なら拍手喝采されてよいけれど、彼はイチローで、そこはエリア51だ。46歳だろうと50歳だろうと、イチローがユニホームを着てそこにいる以上、全盛期と同じ水準のプレーをするはずであり、その自信がなければ彼はそこに立ってはいない。私はそう信じていた。信じたかった、と言うべきかもしれない。

 

 3/20夜。開幕戦の始球式には、マリナーズOBでもある佐々木主浩と城島健司が登場し、打席にはアスレチックスの伝説的英雄リッキー・ヘンダーソンが立った。試合途中のイニング間には、マリナーズ球団史上の英雄ケン・グリフィーJr.の来場も紹介された(彼は試合中ずっとカメラマン席でカメラを構えていた)。本番の緊張感と、祝祭の高揚。いい雰囲気だった。

 

 イチローは9番・右翼手として先発出場した。ジャイアンツとの2試合でもそうだったように、試合が始まる直前まで、三塁側エキサイトシートに歩み寄り、幸運な観客たちが差し出すボールやユニホームにサインを続けた(後にアキ猪瀬が「アリゾナキャンプでもそうだった。イチローさんはルーティーンを守る人だから、あまり見たことのない光景だった」と話していた)。

 3回表、イチローが最初の打席に立つと、満場の客席のあちこちからストロボが光った。スマホが普及してからはあまり見ない光景だったが、この日のためにカメラを持参した観客も多かったのだろうか。私の周囲ではスマホを横に構えて動画を撮影する観客が多かった。せっかく現場にいるのに、彼らが見ているのは打席のイチローではなく、小さなスマホの画面。まあ何を見ようが各々の自由ではある。

 イチローは、アスレチックス先発の右腕フィアーズの2球目を打ち上げ、セカンドフライ。相変わらずタイミングが合っていない。</p><p> その後、5番サンタナの満塁本塁打などもあって、次の4回表、イチローに第2打席が回ってきた。投手はヘンドリクスに交代。何球かファウルを打ち続けて四球を選んだ。二塁にまで進んだが、特に見せ場もなく残塁。

 

 4回裏、いったん右翼の守備についたイチローは、サービス監督から呼び戻された。早くも交代。内野手たちはラインを超えて三塁ベンチ前に集まり、戻ってきたイチローを迎えてひとりづつ抱擁を交わした。

 これはいかんな、と思った。活躍したわけでもない選手を、わざわざ守備位置につけてからベンチに呼び戻すなんて、去り行く選手にファンに別れを告げる機会を与える、はなむけ以外の何物でもない。

 我々はイチローの最後の日々に立ち会っているのだということを、いよいよ認めなくてはいけないようだった。

 

 2017年のオフにマイアミ・マーリンズとの契約が解除され、イチローは所属球団のないまま神戸で練習を続けていた。古巣マリナーズが彼に声をかけ、契約が成立したのが3月。十分なキャンプを過ごせないままシーズンに入った彼の打撃は低調だった。2割そこそこの数字が続き、5月初めに奇妙な発表がなされた。イチローは代表特別補佐に就き、チームに帯同するが、このシーズンは試合に出ることはない。だから引退ではなく、2019年についてはわからない。会見を開いたイチローは、球団に感謝の言葉を述べ、今まで通り練習を続ける、と語った。

 

 そして2019年。イチローはマリナーズとマイナー契約を交わし、招待選手としてキャンプに参加した。打ち上げ間際にメジャー契約が成立し、彼は日本での開幕戦に参加することになった。

 これはヤンキースが松井秀喜を遇したワンデー・コントラクトのようなものかも知れない、という予感は誰もが感じていたことだろう。日本での開幕戦のベンチ入り人数は28人だが、帰国後は25人になる。オープン戦の終盤に無安打が続いたイチローの立場が、カットされる3人の中にいるであろうことは想像に難くなかった。そして彼は来日後も、ジャイアンツとの2試合を含む3試合で1本の安打も打てていない。帰国後も現役生活を続けられると信じるに足る材料は、何一つ見当たらなかった。

 

 翌21日の第2戦はテレビで見た。

 この日の昼間、NHK-BSプレミアムでは、イチローがMLB通算3000本安打を達成した2016年に制作した、3000本を全部見せる番組を延々と再放送していた。画面の中のイチローは、バットを自在に操作して、右に左に中央にと打球を飛ばしていた。これほど簡単そうに安打を量産していた男が今、たった1本を打てずに苦しんでいる。

 

 試合は18:30に始まった。始球式は藪恵壹と岩村明憲。前夜の2人に比べて在籍時の実績は華々しくはないが、一応アスレチックスOBである。打席にはケン・グリフィーJr.が立った。

 イチローは、この日も9番・右翼で先発した。2回の第1打席が三塁へのファウルフライに終わったのと前後する頃、共同通信が<米大リーグ、マリナーズのイチロー外野手(45)が第一線を退く意向を球団に伝えたことが21日、関係者の話で分かった。>と速報した。

 

 黙って見てろよ、そんなことは皆わかっている。頑なにそれを言わずに試合に出ている本人の心情を汲んでやれよ。そんな気分だった。

 

 4回の第2打席は二塁へのゴロ。いい当たりのようにも見えたが一、二塁間を抜けることはなかった。イチローは右翼の守備についた。前日のようにベンチに退くことはなく、そのまま試合は続行された。

 テレビ各局が「イチローが第一線を退く意向」との速報テロップを流す中、試合中継をしている日本テレビだけがそれをしない、というシュールな状況がしばらく続いたが、中継アナウンサーがとうとう、「試合後にイチローが会見を行う、とMLB広報から発表がありました。内容はイチローだけが知る、とのことです」と告げた。アップになったベンチのイチローの目が赤いように見えた。東京ドームの観客たちにも、スマホを通して、その事実が知れ渡っていったようだった。

 

 そうやって回ってきた7回の打席、無死二塁のチャンスだったが、見逃し三振。悲しいような、しょんぼりしたような、なんとも言えない表情だった。

 彼が三振の後にそんな顔をするのを見たことがない。「これでお前の球筋は読めた」と言わんばかりの傲岸不遜な表情で悠然とベンチに歩いていくのが常だった。何もかもが、最後の時が近づいていることを示していた。

 

 その後もイチローは退かず、8回の第4打席を迎える。変化球に詰まった打球が遊撃手の前に転がる。

 平凡なゴロを、内野手が何のミスもなく捕球して一塁に投げても、内野安打になってしまう。イチローは、内野手にとって悪夢のような打者走者だった。この日の昼間も何度も、そんな映像を見てきた。

 ある意味でもっとも彼らしい打球が転がったけれども、一塁では間一髪アウト。

 これは打撃不振ではなく衰えなのだと、ひとつひとつの打席が物語っていた。

 

 8回裏。選手たちが守備位置につくと、サービス監督がベンチを出てゆっくりと主審に歩み寄る。

 

 その時がきた。

 

 今度は外野も含めたマリナーズの選手全員が、三塁側のラインを超えてベンチ前に集まった。誰もいないグラウンドをイチローが、スタンドに手を上げながら、ゆっくりと走っていく。ファウルラインを超え、一人一人と抱擁を交わす。完全に試合は止まっている。イチローのためだけの時間。ベンチの選手やスタッフとも抱き合う。この日メジャー初先発し、5回2死まで好投しながら、勝利投手の権利を得ることなく降板した菊池雄星が、顔を覆って泣いている。

 全員との抱擁を終えたイチローは、再びスタンドに両手をあげ、グラウンドを去った。もう選手としてそこに戻ることはない。

 

 イチローが去った後も試合は続く。この時点で4-4の同点。前夜敗れたアスレチックスは剛球クローザーのトレイネンを繰り出しマリナーズ打線を抑え込む。延長に入っても得点の気配がない。中継アナと解説陣は終電の心配を始めていた。12回表、マリナーズが勝ち越して、ストリックランドがその裏を締め、5-4でマリナーズが連勝した。イチローはグラウンドに飛び出して選手たちを出迎えた。

 

 イチローが去った後も東京ドームの観客の多くは帰らない。再び彼が姿を現すことを待ち続け、イチローを呼び続けた。私はBS日テレのサブチャンネル142で中継されていたその光景を、テレビで見続けていた。

 おそらく予定にはなかったはずだが、観客の熱意に本人も周囲も動かされたのだろう。イチローが再び姿を現し、グラウンドを一周して観衆に挨拶した。1974年の秋に長嶋茂雄が最後の公式戦で、同じ敷地内にあった後楽園球場で行ったグラウンド一周を彷彿とさせる光景だった。

 

 彼がMLBで最も輝いた時代を過ごした、愛するシアトルのユニホームを着て、チームとともに公式戦で日本に戻り、日本のファンに見守られてグラウンドを去る。こんなにも幸福な形で現役生活を終えることのできる野球選手が何人いるだろうか。偉大な業績にふさわしい、特別な別れだった。

 

 記者会見が始まったのは24時近く。冒頭に「今日のゲームを最後に日本で9年、米国で19年目に突入したところだったんですけど、現役生活に終止符を打ち、引退することとなりました」と明言したイチローは、ひとつひとつの質問に本当に丁寧に、おそらく質問者の予想をはるかに上回る深さで、自らの野球人生を振り返って語り続けた。

 引退を決めたのは「キャンプの終盤」だったとイチローは語った。

 「もともと日本でプレーするところまでが契約上の予定でもあってということもあったんですが。キャンプ終盤でも結果が出せずに、それを覆すことができなかったということですね」

 事実上、2日間の「ワンデー・コントラクト」ではあっても、それを引き延ばそうと試みたけれども、かなわなかった。日本に着いた時には、既にそれを受け入れて、ただ日本のファンに別れを告げるためにやってきた。そういうことだったのだと思う。

 

 午前120分ごろ、「お腹すいたよ」と笑うイチローの言葉を契機に会見は終了した。記者会見自体が素晴らしいショーだった。結局私は18時半から7時間近く、ずっとテレビを見続けていた。

 会見があまりに面白くて、試合を見ていた時の感傷的な気分は消し飛んでいた。イチロー自身も、会見場がしんみりとした空気になるのを嫌って、ちょいちょい笑いをとりにいっていたのかもしれない。ついに最後までカメラの前で涙を見せることはなかった。

 

 会見の全文は、これらのサイトで読むことができる。中継を見られなかった方はぜひお読みになることをお勧めする。もはやイチローの作品と呼んでも過言ではない。

https://www.buzzfeed.com/jp/keiyoshikawa/ichiro

https://full-count.jp/2019/03/22/post325131/

 

 

 テレビ中継についても触れておきたい。

 この試合、日本では日本テレビが生中継した。18時から19時まではBS日テレ(試合開始は1830分)、19時から約2時間は日本テレビが地上波で中継し、その後は再びBS日テレがサブチャンネルで中継を続けた。

 地上波で見ることができたのはイチローの第3打席までだった。21時からは単発のバラエティ番組が予定されており、日本テレビは予定を変更することなく試合中継を打ち切った。地上波しか見られないという人たちの怨嗟の声がツイッターに流れ、さっそく<#イチローを、見せないのか>というハッシュタグが作られた。

 

 私自身は21時以降もBS日テレで中継を見続けていた。

 結局、BS日テレは記者会見の最後まで完全中継したので、個人的に感謝している。ほとんどCMが入ることもなかったので、スポンサーもないままでの自主制作だったのではないか。王貞治が756本を打った昭和52年とは異なり、民放も複数のチャンネルを持っているので、こういう方法でファンに応えることはできる(サブチャンネルになると画質はだいぶ落ちるけれども)。

 

 ただし、地上波の日本テレビとしては、さんざんな結果だっただろうと思う。試合途中で会見開催がリリースされたけれども、中継は予定通り打ち切られ、21時からは単発のバラエティ番組が放送された。イチローの最後の打席も、守備位置から退くセレモニーも、地上波での中継が終わった後のことだった(視聴者にとってはどうでもよいことだけれども、中継を続けていれば結構な視聴率が記録されたことだろう)。

 さらに、試合自体が長引き、その後で予定外の場内一周があったため、「NEWS ZERO」は会見冒頭の第一声しか中継できなかった(「引退します」の一言がかろうじて入ったのは、不幸中の幸いだったか)。

 

 日本テレビだけではない。引退会見を生中継した地上波の局はほとんどなかった。フジテレビとテレビ東京がスポーツニュースやニュース番組の枠内で一部を中継できただけだ。完全中継したのはBS日テレと、いくつかのインターネット番組だけだった。

 弾力的な衛星放送と、硬直的な地上波。テレビの強みと弱みを同時に見た気がした。

 

 インターネットの時代になって、テレビの価値や役割が改めて問われている。

 「多くの人が関心を持つ『いま起きていること』を、多くの人にリアルタイムで見せる」というのは、今なおテレビが持っている大きな強みであり、役割でもある(近年とみに多い災害時に、それを実感している人も多いことだろう)。

 イチローの引退会見は、まさに「多くの人が関心を持つ『いま起きていること』」であろうと私は思うのだが、テレビ局は編成を動かしてそれを見せることをしなかった。

 テレビが人々から支持されなくなってきた要因のひとつは、こういうことにあるのではないかと思う。

 

 試合が終わった後、しばらくの間、BS日テレは、再びグラウンドに姿を現わすかどうかもわからないイチローを待ち続ける東京ドームの観客を映し続けていた。そして、私は自宅のテレビでただそれを見続けていた。

 

 起こるかもしれない何かを待って、まだ何も起きていない光景を映し続ける。

 それはある意味で、もっともテレビ的な営みである。

 かの、あさま山荘事件の際にも、人々はそのようにして、何事も起こらない雪山の建物を、固唾を飲んで見守り続けたはずだ(私はまだ幼かったので、あの鉄球以外は、よく覚えてはいないけれど)。

 前夜には自分もそこにいた場所をテレビで見ながら、私はそんなことを考えていた。

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平昌冬季五輪に関する備忘録。

 もうすっかり夏のような陽気になってしまったが、会期前から会期中にかけて考えたことを、自分のツイッターへの書き込みを参照しながらいくつか(青字がツイート)。

1/22
IOCは核の脅迫に屈した、ということ。/ 北朝鮮 平昌五輪に参加へ、5種目で22人 IOCが承認 www.cnn.co.jp/showbiz/351134 @cnn_co_jpより
 始まる前の最大の出来事がこれ。合同チームで統一旗を振って入場行進、なんてのはまあ好きにすればいいと思う(とはいえ開会式で開催国が自国の国旗を振らないというのは奇妙な光景ではあった)。が、女子アイスホッケーの合同チームというのはないだろう。予選を突破していない国の選手が出場すること、組織力が重要な競技なのに本番直前に未知の選手を加えろとチームに(事実上)強要したこと、の2点において、スポーツに対する尊重のない決定だった。
 
 開催国が政治利用したがるのを止める立場にあるはずのIOCバッハ会長が、むしろ前のめりに嬉々として賛同した様子にも感心しない。この会長は大会後にWADAの反対を押し切ってロシアへの制裁解除を表明した。ノーベル平和賞でも狙っているのだろうか。 
 スポーツの国際大会と政治が簡単に切り分けられるものではないことは承知しているが、これほど露骨な政治利用には辟易する(前回のソチ五輪も「プーチンによるプーチンのための大会」みたいなしつらえだったが)。
 
 開会式では、南北アイスホッケー選手の2人組が、聖火ランナーの最終走者のひとつ手前で、キム・ヨナに聖火を手渡す役を担当した。この時の2人は笑顔だったが、その後、試合をするたびに大敗し、ひとつも勝てなかった後ではどんな心境だったろう。大会中の記者会見で、「北朝鮮の首脳の前でプレーした心境は」と問われた韓国の選手は「別に何も」てなことを素っ気なく答えていた。
 
2/12
しかし時差のない国でやってるオリンピックだというのに、なんだってこんな夜中に決勝をやってるんだろう。選手は大変だ。
 
 女子ジャンプを見ながらの感想だった。男子ジャンプは競技が終わった頃には日付が変わっていたと思う。カーリングも試合数の多い時には深夜に及んだ。
 一方で、スノーボードやフィギュアスケートは決勝が午前10時頃からスタートしたりしていた。
 現地の気象事情はよく分からないが、基本的には極寒と伝えられ続けていたので、野外競技で夜遅くなる場合は選手もかなり大変だったはずだ。
 
 そうなった理由は例によって、巨額の放映権料を支払うテレビ局の都合と思われる。今も五輪の収入のかなりの割合をアメリカのテレビ局が占めているので、アメリカで人気のある競技は、かの地でテレビを見やすい夜の時間帯、極東では午前中に、いいところが行われることになる。
 時差の条件は日本も同じ。2020TOKYOではこの轍を踏まないことを強く希望する。
 
2/13
 
土屋ホームには、スキージャンプの葛西紀明選手兼監督、小林陵侑選手、伊藤有希選手が所属する。自チームの選手が平昌五輪に出場することすら告知できないのがIOCとJOCのルールか。異様というほかはない。高木美帆(助手)、高梨沙羅(学生)の2人がメダルを獲得した日体大のHPにも記載がない。
 
 IOCのスポンサー保護政策は末端でこういう事態を引き起こす。後に毎日新聞がこの件を取り上げた記事の中で、IOCのマーケティング担当者は、そんなことは指示していない、とコメントしていた。JOCの過剰反応という可能性もあるし、スポーツ庁が乗り出して規制緩和される、との報道もあった。正しい方向だと思う。
 
 IOCは4年間のうちのたった2週間だけ選手を預かって大会を開いている団体に過ぎない。残りの3年と49週間、選手を養ったり支えたりしているのは、所属企業やクラブや学校だ。そこを蔑ろにしていてはスポーツは成り立たないのだが、実際にはIOCが君臨している(インターネットにおけるプラットフォームとコンテンツ制作者の関係に似ているかもしれない)。
 IOCやJOCが権利保護を振りかざせば振りかざすほど、オリンピックゲームズの公共性は薄れ、単なる巨大商業イベントになっていく。
 
2/17
あんな素晴らしい光景を目撃した後に(してないのかもしれないけど)、日本が偉いわけじゃないとかアベ首相がどうとかって…。
 
野暮だね。
 
で、こういう時に「スポーツは国威発揚の場ではない」って言いがちな人は概して、ハリウッドスターがサッカーのチベット代表のユニフォームを着たりすると褒めたたえたりしがちでもある。
 
国威発揚なんてものは、本気でやりあうとろくなことにならないのだから、スポーツの場で子供っぽく張り合ってるくらいでちょうどいい。それが「本気」サイドに取り込まれすぎてもろくなことにならないが、張り合う心情を抑圧しすぎてもろくなことにならない。
 
2/18
まあしかし、フィギュアスケートの選手同士の仲の良さ、互いへの尊敬や共感の強さをみてると、ナショナリズムがどうとか言うこと自体がばかばかしい。フィギュアに大した興味のない外野同士が、フィギュアをダシに勝手に喧嘩してる印象。
 
見たこともない競技の、名も知らぬ選手に「頑張れ!」と声をかける動機の中には、多分に「同じ日本人として」という心情がある。それを不要とか有害とか断言して「五輪は国単位をやめて個人参加にしろ」ということは、実質的に「勝ち目がなく金もないマイナー競技は五輪に参加するな」と言うに等しい。
 
スポーツと政治は完全に切り離せるものではないのだから、互いに都合よく利用してればいいんです。極端に振れすぎてはいけないが、今の日本がそういう状況とは思わない。遅ればせながらスポーツ庁ができ、西が原*にトレセンもできた。首相が少々はしゃぐくらい、いいじゃないかと思います。 https://twitter.com/blackmarines/status/965043745472200704…
*「西が丘」の間違い
 
 日本勢が活躍するにつれて、テレビや新聞の報道、ネットでの騒がれ方が気に入らなかったのか、「日本が偉いんじゃない、お前が偉いのでもない、羽生が偉いのだ」的なことを宣う言説やツイートがとても目立つようになってきた。
 
 それ自体は別に間違ってはいないし、日本人が日の丸を振りかざして大喜びする光景が嫌いだというのはその人の感情だから止められない。それを表明するのもその人の勝手だ。
 ただし、それが日本だけの特異現象で世界の恥であるとか、オリンピックは国別でなく個人で参加できるようにすべきだ、みたいな意見を、文化人とか識者とか呼ばれて世の中にそれなりの影響力を持つ人が言い出すと、またか、とげんなりする。
 
  その種の人々には、スポーツに関しては、他のことに比べて極端に考えなしに適当なことを言い出す手合いが少なくない。ツイートにも書いた通り、スポーツそのものには大して興味も知識もないくせに、スポーツをダシに自分の言いたいことを主張する輩のバカバカしい言説に対しては、はっきりと「黙ってろバカ」と言ってやるのも大事だ。
 
2/18
さっきTLで「小平選手を支援したのが一病院だけなんて、国は恥じるべき。相撲協会の公益法人やめてその金を回せ」みたいなツイートと「そうだそうだ」というレスの山を見たので、確かに病院は偉いけどJOCとスケート連盟からも強化費が出てるはず、と伝えたいのだが当該ツイートが見つからなくて泣く。
 
 この手の「国はもっと選手を支援しろ」的な言説も、マイナー競技が国際大会で躍進するたびに出てくる。女子サッカーがW杯で優勝した時が典型的だった。
  国家財政窮乏の折に何を言ってるのか、と思う。
 
 国のスポーツに対する支援は、環境を整えることが第一だと思っている。上の方にも書いたが、西が丘のナショナルトレーニングセンターとスポーツ科学センターは、着実に成果を上げている。後に高木美帆が自民党大会に招かれて首相に陳情(というか橋本聖子議員&日本スケート連盟会長に言わされた感が強い)していたように、これほど国民に喜びをもたらしている冬季競技の拠点も、あっていいと思う。
 だが、個別競技の栄枯盛衰には、まず競技関係者と選手達自身が責任を持つべきだ。日本人が特に好きでもなく、普及してもおらず、強くもない競技を、国が金と手間をかけて振興する必要があるとは思えない。
(この件は9年前にこのブログで論じた
 
2/14(スピードスケート女子1000mの後で)
小平奈緒は別格の人だなあ。ひとりだけ違うところを見ている感じ。学究の徒のようだ。オリンピックは勝者のメンタリティーの人が勝ちがちな大会だが、さて、500mの絶対女王である彼女が勝ち切れるのか。興味深い。
 
2/18
実力者が実力通りに勝つことが、この舞台では簡単ではない。リンクの魔物が付け入る隙もないほどの、揺るぎない力を積み上げて来たのだろうな。小平奈緒、500メートルの平昌五輪チャンピオン。おめでとう。
 
平昌での日本勢は、大本命だった羽生と小平(500)が金メダルを取り、他のメダル候補と言われた選手たちも、大きく予想から外れたのはモーグルの堀島くらいで、おおむねメダルを取っている。大崩れが少ないというのは、勢いではなく実力が備わってきたということかな。
※この時点ではまだ女子パシュート、女子マススタートは実施されていない。
 
2/26
怪我をおして出場することのリスクもわかっているはずのベテラン選手が、自己責任でそれをやることの重み。そうまでして取りに行った金に届かなかった思いを隠しての冷静な言葉に、心を動かされる。/渡部暁斗の自虐ネタ「よい子はマネしないように…」(日刊スポーツ) https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180225-00135119-nksports-spo…
 
 日本の選手たちの成熟、人間性の高さを、これほど強く感じたオリンピックはなかった。
 
  多くの選手が引退するような年齢まで長い時間をかけて競技力とメンタルを積み上げてきた小平奈緒。
 若くして脚光を浴び、停滞と挫折を経験しながら、そこから這い上がって頂点まで登った高木美帆。
 背負うものの大きさに潰えた前回の自分を超えた高梨沙羅。自らの不成績を忘れ、高梨に駆け寄って祝福した伊藤有希。
 右足首の故障が癒えないまま氷上に戻り、強い心で連覇を成し遂げた羽生結弦。
 「ポジティブ」「スマイル」の下に結束し、力を出したカーリング女子。
 常に冷静沈着な平野歩夢。
 渡部暁斗の試合前後の談話も見事なもので、後から骨折とわかった時の言葉も実に素晴らしい。
 
 先人たちへの強い思いを感じさせる選手も多い。高梨沙羅における山田いずみ。渡部暁斗における荻原健司。日本ではマイナーな競技だからこそ、道を拓いてくれた先人の有り難みを認識し、それを引き継いで背負っていこうという思いも強いのだろう。
 こういう、人間性の優れた選手たちが、優れた成績を収めていく姿を見ていると、彼らを我々の代表として送り出せたことを、本当に嬉しく思う。
 
 
2/25
馳議員は、外国人コーチの待遇の重要さも話していた。今大会で躍進した競技の多くはコーチが外国人。彼らの話は聞いてみたい。NHKでまた「勝利へのセオリー」やってくれないかな。
 
 スピードスケートのオランダ人コーチ、カーリングのカナダ人コーチ、いずれも卓越した仕事をしてくれたと思われる。「勝利へのセオリー」は為末大がいろんな競技の指導者に話を聴きに行く番組で、特にフェンシングのオレグ・マツェイチュクの回に感銘を受けたのを覚えている。
 
2/20
鳩山政権時のバンクーバー五輪では日本勢に突出した結果を残した選手がいなかったので、そんな議論になる機会もなかったと思われる。菅首相はW杯で初優勝したサッカー女子日本代表に国民栄誉賞を贈り、「政治利用」との批判が出たが、この賞は出自からして政治利用案件なので常にそう言われる。 https://twitter.com/shinhori1/status/965064574524276736…
 
 安倍首相が羽生結弦に国民栄誉賞授与を検討、という報道に対して「政治利用だ」という非難の声が湧いたことに関するあれこれについて。私の見解は、一言でいえば「ま、いんじゃね」。国民栄誉賞だの総理大臣のお祝い電話だのは、勝者に贈られるアクセサリーのようなもので、彼や彼女の勝利の価値にはほとんど何の関係もない。いちいち目くじらを立てるほどのものでもない。
 
2/22
今更ながら、カーリング日本代表は男女ともに実業団ではなく、地域のクラブチームなのだな。地元生まれを中心とする選手たちを、地域の人々が育て、支え、行政も(おそらく予算規模からは不相応の)専用競技場を作って支援し、みんなで五輪の舞台にまで押し上げた。実にカーリングらしい物語。
 
3/5
LS北見について「マスコミは消費するな、磨り減るぞ」みたいに憤慨してるツイートをよく見るのだが、あの人たちはそんなにヤワではないんじゃないかな。若いけど苦労してきたし、地元に根を下ろした健全さがあるし、何より、本橋麻里は一度この馬鹿騒ぎの洗礼を受けた上でリスタートしてここまで来た。
 
 テレビ朝日の「GetSports」は、ちょいちょいカーリングについての小特集を放送してきたから、今回も五輪の後にやるだろうなと思っていた。期待通り、男女ともチームの歴史を踏まえた特集があった。
 LS北見は、北見を名乗っているが、実質的な地元は常呂町だろう。全国に先駆けて専用ホールを作り、何人もの選手を五輪の舞台に送り出してきた、日本のカーリングの聖地。
 だが、長野五輪の後は、他地域のチームに選手を供給するばかりで、地元に選手が残らない。地元でチームを作ろうよ、と本橋麻里がゼロから作ったのがLS北見だった。ロコ・ソラーレのロコは「常呂ッ子」の「ロコ」だという。
 ゼロから、といっても、いちばん大事な「選手」はいた。ホールもあった。本橋が組織を作り、金を集めた。そこに、札幌や長野で活躍していた選手が、いろいろあった末に戻って来た。そうやってできあがったのが、今回の代表チームだった。
 
 男子のSC軽井沢クラブの地元、軽井沢も、ある意味で日本のカーリングの聖地だ。日本人の多くがカーリングを初めて知った1998年の長野五輪で、会場に選ばれたのが軽井沢だった。その試合を会場の最前列で見つめていた男の子2人が、今回の代表の両角兄弟だ(その映像を「GetSports」で見た時には、ぐっときた)。
 皆が夢中になったカーリングを軽井沢でも普及させようと創設されたクラブで、町中の支援を得て、遂に五輪の舞台にたどり着いた。
 
 男女それぞれが、企業チームではなく、競技の土壌がある土地で、地元で育った選手たちが、地元の人々や企業の支援に後押しされてオリンピックの舞台に立ち、それぞれに活躍した(男子は不本意かもしれないが)ということに、これまでにない価値がある。
 男女とも、選手たちの語る言葉の明晰さ、深さ、訴求力、明るさが抜群に優れているのは、こうした歩みが背景にあるからだろう。
 長野五輪から20年で、日本のカーリングはここまで来た。
 ただ、逆に言えば、チームが自助努力でできる最大限がここまで、とも言えるかも知れない。さらに先に進むためには、競技団体も進化しなくてはいけないのだろう(もちろん、カナダ人コーチを招いたことは、今回の躍進に大いに寄与した大ヒット。何もしていないとは思わないけれど)。

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「イカロス」と、合わせて見てほしいもうひとつのドキュメンタリー。

 「イカロス」という作品を知ったのは、わりと最近で、文春オンラインに掲載されたドキュメンタリー制作者たちの座談会を読んでのことだった。
 東海テレビやNHKで出色のドキュメンタリーを撮っているディレクターたちが「10年に1度の傑作」と口を揃える。ドーピングには以前から関心がある。配信しているNetflixの会員でもある。俺が見なくて誰が見るのだ。
 ということで通勤電車の中で見始めた。何日かかけて見ているうちに、「イカロス」はアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した。賞に値する作品だと思う。示される事実が圧倒的であり、映像や語り口が面白く、構成が衝撃的である。
 
 ドキュメンタリーには、撮影中に何らかの状況の激変が起こり、当初の意図を大きく外れて流浪することがある。「イカロス」も、そういう激変のあるドキュメンタリーだ。「激変がある」などと書くとネタバレになってしまうのだが、まあNetflixの番組紹介にもネタは書いてあるからいいだろう。
ロシア人科学者が暴露した国家ぐるみのドーピング。プーチンにとって最悪の内部告発者となった男の証言に米国人自転車選手が迫り、アカデミー賞候補となった作品。
 私は読まずに見始めたけれど、この紹介文は作品の印象とはだいぶ異なる。
 
 監督のフォーゲルは30代くらい。アカデミー賞の受賞スピーチでは「今こそ皆さんに真実を語ることの大切さに気付いてもらいたい」と殊勝な話をしていたが、この作品を撮り始めた時の彼は、たぶん、そんなご立派なことは考えていなかったと思う。
 
 フォーゲルが映像作家としてどういう経歴の人物かはよくわからないのだが、自転車競技ではかなり本格的な経歴があるらしい。かつて憧れた絶対王者ランス・アームストロングが、実はドーピングまみれだったことに衝撃を受け、それほど検査がザルであるのなら、自分でドーピングをして大きな大会に出場し、検査をすり抜けてみせようという挑戦を思い立つ。「スーパーサイズ・ミー」あたりを意識したのだろう。
 
 参加したのは「オートルート」というアマチュアの大会。アマといっても、7日かけてフランス・アルプスの山岳地帯を駆け抜けるハードなもの。フォーゲルは前年にも出場してトップ20くらいに入っているようだ。
 ロサンゼルス在住のフォーゲルは、当初、UCLAオリンピック・ラボのドナルド・キャトリンにドーピング指導を依頼するが、キャトリンは計画に参加することに二の足を踏み(当たり前だ)、自分の代わりに「信頼できる友人」を紹介する。この友人がモスクワ・ドーピング研究所のグリゴリー・ロドチェンコフだった。ロシアにおけるドーピング検査の責任者である。
 
 ロドチェンコフの顔を見た瞬間、私は「うわっ」と思った。見覚えがあったからだ。
 一連のロシアの組織的ドーピングを明るみに出したのは、2014年に放送されたドイツのドキュメンタリー番組「Top-Secret : Doping How Russia Makes its Winners」だった。日本でもBS1「BS世界のドキュメンタリー」やJSPORTS「THE REAL」の枠内で放送された。ドーピングをして(させられて)いたロシアの陸上選手ユリア・ステパノワと、アンチドーピング機構に勤務していた夫ビタリーの証言や隠し撮り映像をもとに、ディレクターが取材を重ねたものだ。
 その番組の中で、ロドチェンコフはビタリーから名指しで「彼は選手に禁止薬物を売り、使い方をアドバイスする。自分が面倒を見ている選手が検査を受ける時には、陽性反応が出ないよう手をつくす。もちろん金のためです」と批判されている。
 ロドチェンコフ自身のインタビュー映像も出てくる。彼は、疑惑を全面的に否定して、ステパノワ夫妻を詐欺師呼ばわりする。
 
 「イカロス」に登場するグリゴリーは、ドイツの番組で見た不機嫌な男とは別人のような、陽気なおっさんだった。快活で親切で愛犬家、ロシア訛りの英語で冗談を飛ばし、テレビ電話に映る姿はちょいちょい上半身裸。フォーゲルは、グリゴリーのアドバイスに従って薬を自身に注射したり止めたりしながらトレーニングを続けていく。途中、モスクワを訪ねたりもして、2人は親交を深める。
 
 レースでは自転車の故障もあり、好成績は出せなかった。ドーピング検査がどうなったのか、直接には描写されないのだが、成績が悪くて検査の対象にもならなかったのかもしれない。
 フォーゲルはがっかりしたが、グリゴリーの身の上に起きた衝撃はそれ以上だった。2014年12月に、上述のドイツのテレビ番組が放送されて、彼と彼のラボがドーピングに加担していたことが世界中に知れ渡った。
 プーチン大統領やムトコ・スポーツ大臣(ロシアのサッカー連盟会長でもある。グリゴリーによれば元KGBでもある)は政府の関与を全面的に否定した。ラボが勝手にやったことだと切り捨てにかかったわけだ。
 グリゴリーはラボの所長を辞任させられ、ラボ自体も閉鎖される。身の危険を感じたグリゴリーを、フォーゲルはロサンゼルスに招いて匿う。
 そして、ロシアの反ドーピング機関の長だったニキータ・カマエフが謎の死を遂げたことを知ると、グリゴリーは、自分が手を染めていた組織的なドーピングとその隠蔽工作について語り始める。具体的で生々しい証言は興味深い。
 
 
 ネット上などで「イカロス」の感想を見ると、軽妙な前半から一変したシリアスな後半に衝撃を受けた、という人が多いようだ。
 
 私にはむしろ、前半の方が衝撃的だった。専門家の指導によるドーピングの実行を、遊び半分のような軽いタッチで描くやり方は、グロテスクにさえ感じられた。
 
 目的はどうあれ、フォーゲルはドーピングをして大会に出場した。もし彼が優勝でもして、かつドーピング検査に引っかかったら、大会は大きなダメージを受ける。検査をすり抜けた後にそれが映画として公表されれば(当初、この作品はそういうものになるはずだった)、やはり大会はダメージを受ける。
 彼がやったことは、スポーツの世界では犯罪だ(一般社会ではそうではない。だからフォーゲルは自身の行為をつぶさに撮影して公表することができる)。ルーブル美術館から「モナリザ」を盗もうとして捕まった男が「警備の甘さを教えてやろうと思ったんだ」と言っても、誰も相手にしないだろう。それはただの犯罪者だ。検査されて陽性が出れば、彼はそういう存在になっていたはずだ。
 
 「イカロス」の中でフォーゲルに指導したようなことを、グリゴリーはロシアの多くの選手に対して行っていた(ビタリー・ステパノワによれば、金を貰って)。
 「イカロス」の後半、IOCの関係者とフォーゲルのミーティングの席で、かつてグリゴリーの(表の)仕事を手伝ったことのある女性が怒りを露わにグリゴリーを非難する場面がある。フォーゲルが「彼は命がけで告白したんです」と説得し、一同の関心を今後の対応に向かわせたことで糾弾は収まったが、彼女の怒りは全く正当なものだ。
 「イカロス」の中で、ムトコ大臣はグリゴリーを嘘つき呼ばわりするが、「Top-Secret」ではグリゴリーがステパノワ夫妻を詐欺師と呼ぶ。グリゴリーは、もともとはムトコ側の人間なのだ。
 
 そうと知らずに、あるいは選択肢のない状況でドーピングをさせられた選手たち、ロシア選手の不当な能力の向上によって不利益を被った世界中の選手たち、公正さを偽られた試合を見せられた世界中の観客たちにとって、グリゴリーは加害者以外の何物でもないのだが、「イカロス」の犬好きで陽気なグリゴリー、国を追われて怯えるグリゴリーを見ていると、それを忘れそうになる。
 彼が懸念する通りに命まで狙われているとしたら不当だけれども、グリゴリーが職を追われ、スポーツ界から追放されること自体は、彼がやってきたことに対する正当な処分である。彼らを告発したステパノワ夫妻も、祖国を離れざるを得なかった。
 「イカロス」に、グリゴリーの「罪」を観客が意識させられる場面はほぼない。ソチ五輪の後でロシアがウクライナを侵攻したことについて「プーチンを調子付けてしまったかもしれない」とグリゴリーが後悔を口にする場面はあるが、ドーピングそのものに対する反省の弁はない。
 その意味では、「イカロス」だけを見ても、ドーピングの手口に関する知識が増えるだけで、ドーピング問題について認識が深まることは、あまりないかもしれない。
 
 
 この作品は、2人の男の奇妙な友情物語でもある。ひょんなことで知り合い、共同作業をするにつれて友情が深まり、人生の岐路を共に過ごすことになる。作品の最後、2人が別れる場面には胸を打たれる。
 それにしても、グリゴリーはなぜ「ドーピングと検査逃れを指導してほしい」というフォーゲルの依頼を受けたのだろう。警官に窃盗を指導してくれと頼むような話で、まともな感覚を持った専門家であれば、キャトリンのように断るはずだ。金のため? フォーゲルからグリゴリーに報酬が支払われたのかどうかは描写されていない。
 グリゴリーは、あまりに日常的にこの手の作業をやりすぎて、それが「危ない橋」だという認識さえ失っていたのかもしれない。
 
 窮地に追い込まれていくグリゴリーを、フォーゲルが匿おうと思った心情も興味深い。
 どう考えても、関わったらやばい人である。「ホントは悪い人だったのか、じゃあこれまでだ」と手を引くという選択肢もあっただろう。作中のフォーゲルは飄々として、渦中の人物を抱え込んで一山当てよう、などと考えるタイプにも見えない(結果的にはそうなったわけだが)。友人の窮地を見るに見かねて、という感情が作用したのだろうか。
 後半、フォーゲルが「親しい友達が犯罪者になってしまった」みたいなことを口にする場面がある。実際には彼は「自ら求めて犯罪者と親しくなってしまった」のであり、ドーピングの指導を受けている間にそのことに気づかないのはどうかしているのだが、そんな人だから、こんな傑作をものにすることができたのかもしれない。
 
 
 ここまで「イカロス」の欠落について批判めいたことも書いてきたけれど、とにかく「イカロス」はいろんな意味で見る価値がある。何より、面白い。
 「Top-Secret」の中では悪の組織の一員としての硬直的な面しか見せない人物が、実はこんなに気のいいおっさんだという面が見られるのは貴重だ。そして、「悪の組織」に切り捨てられた時、人はどう振る舞うのか、どう振る舞うべきなのか、という点についても、深い示唆を与えてくれる。
 
 だから、「イカロス」が日本の映画館で上映されることがあれば、その時はぜひ「Top-Secret」と2本立てにしてほしい。あるいはNHKはぜひ、この機会に「BS世界のドキュメンタリー」で「Top-Secret」を再放送してほしい。両方を見ることで、ドーピングというものが理解できるようになるはずだ。「イカロス」だけでは、ややバランスが悪いのである。

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何となく「オールタイム野球日本代表」。

 職場で仕事しながらツイッターを眺めていたら、テレビ朝日で放送中の「プロ野球総選挙」に関するコメントがTLにばんばん流れてくる。放送そのものは見ていない(後で録画で見ると思うが)。

 俺なら誰を選ぶかな、と思いながら名前を挙げていたら、ついつい1チーム作ってしまった。WBC日本代表を想定したチーム構成である。
 せっかくなので自分のメモ代わりにアップしておく。

先発:野茂英雄、山田久志、江夏豊*
次発:松坂大輔、渡辺俊介、ダルビッシュ有
中継ぎ:岩瀬仁紀*、斎藤雅樹、東尾修、杉内俊哉*、工藤公康*、田中将大
抑え:佐々木主浩

捕手:城島健司
一塁:王貞治*
二塁:菊池涼介
三塁:落合博満
遊撃:坂本勇人
左翼:松井秀喜*
中堅:秋山幸二
右翼:イチロー*

控え野手
捕手:谷繁元信、阿部慎之助*
内野:川崎宗則*、小笠原道大*、井口資仁
外野:簑田浩二、福本豊*

(*は左投手/左打者)

 多少の注釈を記しておく。
 自分の目で見た(テレビ中継含む)中から選んでいるので、オールタイムといっても実質的には1975年ごろ以降、だいたい過去40年くらいに現役だった選手に限定される。このため金田正一、稲尾和久、川上哲治、長嶋茂雄らは入らない(長嶋は見ているはずだが、残念ながらろくに覚えていない)。

 WBC日本代表なので、「国際試合に強そう」というのも選択基準になっている。MLBや国際試合(日米野球も含む)での実績、そしてメンタルの強そうな選手を選んだつもり。
 外野には柳田悠岐を選びたかったが左打者の割合が多すぎるので簑田にした。
 ムネリンはスタベン要員ということで。
 大谷翔平は保留。今年、牧田がMLBで成功したら、渡辺俊介にとって代わる予定。


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とりあえずCSこのままでもいいんじゃね、という話。

 日本シリーズが面白くなっている。
 戦力差は圧倒的とみられた組み合わせ。初戦は下馬評通りにホークスが圧勝し、そのまま3連勝で大手をかけたものの、試合内容ではベイスターズも着実に押し返していた。そして第4戦で濱口が7回までノーヒットノーランという圧巻のピッチングで初勝利を挙げ、続く第5戦も打ち合いに競り勝って連勝。結果はどうあれ、なかなかいい戦いを見せている。

 ソフトバンクとDeNAという組み合わせが決まった時には、DeNAが日本シリーズに出ることの正統性を疑う声が世の中に満ちていた。シーズンの結果は1位の広島から14.5ゲーム差の3位。「長いシーズンはなんだったのか」という嘆きが、カープファンに限らず、いろんなところから聞こえてきた。
 パのCSファイナルも、ホークスと、15.5ゲーム差で3位の楽天の対戦となったため、これで3位どうしの日本シリーズになったらどうするんだ、という懸念を多くの野球ファンが抱いたことだろう。結果的には、パの代表はシーズンを圧勝したホークスとなったので、日本シリーズもまあ格好がついた次第。
 
 クライマックスシリーズという制度には、常にこういうリスクがある。度々起こるようではシーズンと日本シリーズの重みがまとめて薄れてしまう。かといって、常にシーズン1位チームが勝つようでは、あまり面白くない(というのが見物人の勝手な感情でもある)。
 実際のところ、CSが始まった2007年から今年まで11回のファイナル勝者のシーズン成績を振り返ると、このようになる。

セ 1位8回、2位2回、3位1回
パ 1位10回、2位0回、3位1回

 トータルでは22チームのうち1位18チーム、2位2チーム、3位2チーム。圧倒的に1位チームが日本シリーズに進んでいる。そして、2007年の中日(シーズン2位)と2010年のロッテ(シーズン3位)は、日本シリーズを制して日本一となった。
 3位チームが日本一となれば「なんだかなあ」という印象を持つ人は多くなりそうなものだが、当時レギュラー捕手だった里崎が「史上最大の下克上」というキャッチコピーを編み出したことで、ロッテが勝ち上がっていくことがむしろ快挙であるかのように受け止められ(いや、快挙といえば快挙なんだけど)、日本一になったことを「3位のくせに」と非難する風潮は目立ったなかったと記憶している。
(3位と言ってもこの年のロッテは首位から2.5ゲーム差という僅差だった。また、敗れた中日は2007年にシーズン2位から日本一になったのだから、制度に文句を言う筋合いでもない)

 話を戻す。
 これまでのCSでは、計22のシーズン1位チームのうち、18チームはCSを勝ち抜いた。81.8%の勝率である。これを人々がどう評価するか、ということになるが、まあちょうどいいレベルなのではないか、と私は思う。野球における「勝率81.8%」は、シーズン勝率としても、特定チーム同士の対戦成績としても、まずありえない圧倒的な数字なのだから、結果としてはシーズン1位チームに優位な制度となっていると考えてもよさそうだ。
 
 そんなはずはない、もっとシーズン1位チームが負けているはずだ、という印象を持つ人もいるかもしれない。私も集計してから「あれ?」と思った。これは理由がある。
 両リーグが足並みを揃えてCSを始めた2007年に先立って、パ・リーグは2004年から3年間、独自のプレーオフを実施した。そして、04年、05年と続けて、シーズン1位だったホークスが敗れた。この結果を受けて、06年にはシーズン1位チームに1勝のアドバンテージが与えられたが、この年のホークスは3位で、アドバンテージがむしろ不利に働いたという皮肉な現象も起こった。
 ホークスにとっては踏んだり蹴ったりの理不尽なポストシーズンだったのだが、敗れた王監督はぐっと堪えて、制度批判をしなかった(唯一、1位チームが待たされる期間が長すぎることには苦言を呈していたが)。賛否ありつつも、セも採用して現行のCS制度が始まり、存続しているのは、この王監督の苛烈な自制心のおかげだと私は思っている。彼ほど影響力のある人物が本気で怒って文句を言ったら、制度自体が持たなかったのではないか。
 そして、これらの試合そのものの白熱ぶり、面白さもまた、制度の定着に一役買ったに違いない。当時、このブログにえらく熱い観戦記(テレビですが)を書いたのを覚えている。
 
 現在のCS制度のデメリットとして指摘されるのは「レギュラーシーズンの重みが薄れる」「レギュラーシーズン勝者にとって不公平である」という点にほぼ尽きている。
 一方、メリットとしては「CS自体が注目され、客が入り、テレビでも放映される」「シーズン終盤の消化試合がなくなり、真剣勝負の試合が増える」という2点が大きい。商業的にも品質的にも価値の高い試合が増える、ということだ。
 もう10年以上前のことだから皆忘れているかもしれないが、ポストシーズンが日本シリーズしかない時期、優勝が決定した後のリーグ戦の内容は酷いものが多かった。どのチームも目標を見失い、勝敗度外しで若手を起用したり、露骨な個人タイトル狙いの選手起用があったりした。優勝を狙えそうにない戦力の球団にとってはペナントレース全部が消化試合のようなものだったかもしれない。
 が、客観的に見て優勝は無理だろうというチームにとっても、3位であれば現実的な目標になりうる。優勝が決まって以後も、2位と3位を争うチームが2〜4チームはあるわけで、そうなると、いわゆる消化試合はほとんどなくなり、勝ちにこだわる戦いが増える。その点は導入時の狙いが実現されていると思う。
 CSそのものの面白さは説明するまでもないだろうし、レギュラーシーズンの試合のテレビ放送が激減した現在の状況では、CSが一部とはいえ民放地上波で放送され、熱心なプロ野球ファンではない人々の目に触れる機会となっている現状は、プロ野球にとって貴重なものとなっている。
 
 というわけで、メリットとデメリットを天秤にかけてどう評価するかはそれぞれお考えもあるだろうが、私は現行のCS制度は悪くないと思っている。
 理想論を言えば両リーグ2チームづつ増やして東西2地区に分け、それぞれの1位チームがプレーオフを戦って、勝った者どうしが日本シリーズを戦うのが公平だし、そうなれば良いと思っている。が、もしそれが実現したら、我々は、その理不尽さのないポストシーズンに、少なくとも当初はちょっとした物足りなさを味わうかのもしれない。

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「いてまえJAPAN」は、いてまえるのか。

 最後に拙い試合をしてしまったものだ。
 第4回WBCで日本代表はイスラエルを8-3で破り、1次ラウンドに続いて2次ラウンドも3戦全勝、1位で準決勝進出を決めた。
 WBC日本代表には公にアナウンスされたノルマはないけれど、もし設定するとすれば準決勝進出だと思っていたので、それが果たされたという結果については、めでたい限りである。小久保監督も選手たちも、最低限の義務は果たしたと言ってよいだろう。日本ではこのくらい当たり前だと思っている人が多いだろうけれど、ベスト4に残り続けることは容易ではなく、4大会連続でベスト4に進出した国は日本だけ(そもそも3大会連続が日本だけ)。世界の強豪としての一定の地位はすでに保たれた。
 
 とはいうものの、本当の勝負はここからだ。
 日本での6試合すべてをスタンドから見物した実感としていえば、今大会の日本代表は、過去3大会とはかなり異質だ。日本ラウンドのありよう自体が異質だったとも言える。
 5試合目のキューバ戦に競り勝った後で、ツイッターに<この代表は「いてまえジャパン」だな>と書いた。日本ラウンド(1次、2次を総称してそう呼ばせてもらう)全体を振り返っても、このフレーズはこのチームの特徴を言い表しているように思う。
 
 「いてまえ打線」というのは往年の近鉄バファローズにつけられた愛称だ。長距離砲を並べた強力打線で、不安定な投手力を補い、打ち勝つチーム。2001年、最後に優勝した年のチーム打率は.280で、チーム防御率は4.98。1試合当たりの平均得点が5.50で平均失点が5.32と書けば、どんなチームか想像がつくことだろう。
 今の日本代表の投手力は、そこまで悪くはない。けれども、優勝した2回が、強力な投手陣を前提に、少ないチャンスを生かして得点し、それを守り抜くスタイルが基本だったのに対し、今大会のチームは、少々の失点は打力でカバーする、取られたら取り返すスタイルで準決勝までたどり着いた。
 たぶん、小久保監督がそういう野球を目指したわけではないだろう。MLBの日本人投手が全員不参加、さらに絶対的エースだったはずの大谷も欠場という台所事情から、結果的にそうなっているのだと思う。
 エースと目された菅野も初登板のオーストラリア戦では実力を発揮したが、2試合目のキューバ戦では打たれ、次の試合に不安を残している。
 
 一方、打線には柱がある。筒香ほど強力な4番打者を、これまでの日本代表で見たことがない。第一回の松中は長打を捨ててフォアザチームに徹して結果を残した。第二回の城島*、第三回の阿部は、打者としては筒香に見劣りしない実力を備えていたものの、ともに正捕手を兼ねていたためか、国内リーグで見るほどの打棒を発揮することはなかった。筒香は昨年のNPBで見せたそのまま、あるいはそれ以上の活躍を見せている。爆発的な本塁打と、チャンスで内野の間を抜く打撃を兼ね備えている。打席に入る前に一度、ぶるんと大きく素振りをする姿を見ると、ありがたくて涙が出てきそうだ。これほどの「ありがたいオーラ」を感じさせる打者は、私にとっては松井秀喜以来である(というより松井と筒香しかいない)。
 周囲を固める中田、山田、坂本らも、ここぞという場面で代わる代わるよい仕事をしている。ここに大谷と柳田がいたら、どんな凄い打線になったかと思うが、現状でも大したものではある。
 
 ただし、では日本代表の優勝が有力なのかといえば、私はかなりの懸念を抱いている。渡米後はこれまでにようにはいかないのではないか。極論すれば、本番はこれからではないか、というくらいに。
 結果から言えば、日本代表がこれまで対戦したチームは、それぞれに強みはあるものの、いささかバランスの悪い戦力だった。とりわけ投手陣は、大会の中でも上位に位置するような国がいなかったのではないかと思っている。

ここまでの日本代表の試合のスコアは以下の通りだ。

●1次ラウンド
日本11-6キューバ
日本4-1オーストラリア
日本7-1中国

●2次ラウンド
日本8-6オランダ(6-6からタイブレーク)
日本8-5キューバ
日本8-3イスラエル

 トータル46得点、1試合平均は7.7点。強力打線といってよい。
 ただし、4回終了時のスコアを並べてみると、少々印象が変わる。

●1次ラウンド
日本2-1キューバ
日本1-0オーストラリア
日本5-1中国

●2次ラウンド
日本5-5オランダ
日本2-4キューバ
日本0-0イスラエル

 よく打っているのは中国戦と2次ラウンドのオランダ戦だけで、さほど点数が入っていない。大量得点の多くは中盤以降に入っていることがわかる。
 終盤に得点しているのは勝負強さの表れでもあり、それはそれで結構なことだ。ただ、WBC特有の条件として、球数制限というものがある。1次ラウンドでは65球、2次ラウンドでは80球だった。先発投手が投げられるのは通常4〜5回となる。
 従って、4回までの得点が少ないのは、あまり先発投手を打てていないことを意味する。大量得点は主に二番手以降に登場した投手を打ち込んだ結果だ。これまで対戦した国の投手の経歴をつまびらかに把握してはいないのだが、スタンドから見た限りでは、さほどレベルの高い救援陣を持ったチームはいなかったように思う。いつも好投手を擁する韓国や台湾が勝ち上がってくれば、日本の打線はもっと苦しんだかもしれない(もっとも、両国が1次ラウンドで敗退したということは、今回の投手陣は大したことがなかったのかもしれないが)。

 準決勝で対戦するUSAの投手力は、今までより確実に向上する。
 第一に、先発投手の球数制限が大幅に緩和される。準決勝以降は95球。先発投手の調子が良ければ7回くらいまで投げられる数だ(最近の先発投手は完投しないのが普通だが、昔は100球以内の完投勝利もしばしばあった)。強力な先発投手には球数を投げさせて4回くらいでお引き取り願うことが可能だったこれまでとは枠組みが異なる。
 第二に、ブルペンが充実している。MLBで活躍するセットアッパー、クローザーが何人もいる。投手が交代してもレベルは落ちない。むしろ上がることもある。試合後半で今までのように撃ちまくるのは難しくなる。
 MLBの第一線で活躍する投手陣を、果たして日本代表の打線は打てるのか。MLBでの実績を物差しにすれば、USAの打線はオランダやキューバを上回るであろうから、ある程度の失点は覚悟せざるを得ない。
 となれば決勝進出の可否は、日本の打線がUSAの投手陣を打てるか、という一点にかかっていると思う。

 ここまでの「いてまえJAPAN」は、勢いに乗って大量点を奪う迫力はある反面、1点が欲しい時に着実に1点をもぎ取る力量は物足りない。そういう局面で思い切り引っ張って凡退する選手は少なくなく、残塁が多い、という印象がある。
 選手たちには、局面によっては、走者を進めるバッティングに切り替えることを望みたい。これまでそういうバッティングに徹していたのは小林だけだが、小林を見習えとも言いづらい。見習うべきは青木である。トータルの数字はあまり良くないけれど、彼は局面によっては、右方向にゴロを打って走者を進めるという意図がはっきりとうかがえる打撃をしている。さすがMLBで生き延びてきた打者だと思う。
 
 小久保監督については、6連勝という結果は評価したい。選手たちのコンディションやチームのまとまりを見れば、試合が始まる前までに、良い仕事をしていることはうかがえる。
 反面、試合での采配については懸念が残る。とりわけイスラエル戦。2次ラウンドの最終戦、「勝利ないし4点差以内での敗北」で準決勝進出が決まるという条件の試合だ。力量では劣るが勢いのある相手に対して確実に勝利するためには、とにかく早めに先制点を奪って「日本には勝てない」と思わせることが有効ではないかと私は思っていた。
 日本は1回から3イニング連続で、先頭打者がヒットで出塁した。しかし二番目の打者は、ただバットを振り回して凡退し、走者を進めることができなかった。結果的に3イニングとも無得点。3回表、死球で出塁した先頭打者をバントで送り、右への内野ゴロで二死三塁の状況を作ったイスラエルの方が(得点には至らなかったけれど)、よほど日本野球っぽい攻撃だった。この膠着状態から先制でもされたら、かなりまずいことになりそうだと懸念しながら見ていたのだが、幸いにも千賀がイスラエル打線をねじ伏せ、6回裏に筒香の凄まじい本塁打で先制し、そこから5点を奪った。筒香の打球は、まさに「日本にはかなわない」と思わせるに十分なものだったように思う。
 
 そうやって8-0までリードを広げたのだが、驚いたのは9回表。登板したのは牧田だった。端的に言えば「大魔神佐々木を8−0の9回に投げさせますか権藤さん」ということだ。牧田はオランダ戦、キューバ戦と、2試合続けて本当に厳しい状況を乗り切ってきた。その2チームより明らかに劣る打線に、8−0という大差の中で、集中して投げろというのは酷な話ではないか。むしろ、例の押し出し寸前でかろうじて抑えてから投げていない岡田とか、登板時にあまり良くなかった藤浪や則本が自信を取り戻す機会にでもすれば良いのでは、と。
 結果として牧田はコントロールに苦しんで3点を失い、大勝のはずの試合は、かろうじて逃げ切ったような気分で終わることになった。
 
 拙い采配だとは思うけれど、それを理由に小久保監督を強く批判するつもりはない。彼としては精一杯やっている(試合後の球場でのインタビューはいつも声が上ずっていた)。根本的には、指導経験のない人物をいきなり代表監督に据える方がどうかしているのであり、それも意中の人(人々?)に断られた末のことだ。故障辞退者はもとより、MLB所属投手が参加できないのも、監督に初心者を据えることしかできないのも、すべてひっくるめて日本野球の総力だ。本番が始まってからは、今あるこのチームが日本代表なのだと割り切って私は応援してきたし、試合を経るごとに、応援するに足るだけのチームに成長してきたとも思う。
 
 渡米後の練習試合は2連敗、芳しくない結果に終わった。試合自体を見てはいないのだが、時差ぼけ解消のための調整試合を過剰に気にしても仕方ない。選手たちは準決勝に焦点を当てていると思う。
 相手はUSA。360度から応援されてきた東京ドームからアウェーに移り、あらゆる面で真価を問われる試合となる。良いプレーを期待したい。願わくば筒香や中田や山田の目の覚める一発を。そして今大会ではまだほとんど見ていない日本式スモール・ベースボールを。豪打者たちを翻弄する牧田の締めくくりを(きりがない)。




*ここは、やや勘違い。城島が4番を務めた大会は2004年のアテネ五輪だった。第2回WBCで城島が4番を打ったのは決勝を含む2試合だけで、大会全体では主に村田、稲葉が交代で務めた。第2ラウンドで負傷離脱した村田は、出場した試合ではよく打ったが、不動の4番打者という地位を確立していたわけではない。城島は大会全体では.333の打率を残したが、4番打者としては1安打のみ。特に決勝では無安打でチャンスを潰しまくり、苦戦の原因となった。

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タイブレークの後で。

 東京ドームで24時を迎えたのは初めてだった。満員だった観客のうち、控え目に見積もっても半数以上は最後まで残っていたと思う。延長11回、オランダとのタイブレークを制して8-6の勝利は、どこまでも付き合おうと腹を括った観客へのご褒美でもあった。
 
 WBCを球場でしっかり見るのは2009年の第2回大会以来になる(第3回は海外出張と重なって、ほとんど見られなかった)。
 違いを感じたのはスタンドだった。第2回大会では、イチローが打席に立つたびに観客の多くが彼の写真を撮るため無数のストロボが発光し、スタンド全体がスパンコールになったかのようにキラキラと光っていた。当時はおそらくデジタルコンパクトカメラをオートで使っていた人が多かったのだろう。今は皆スマホで撮影するので光ることはない。そして試合中でもLINEやら何やらにしきりに写真をアップしている人も目につく。それが8年という歳月である。
 
 同じ8年の間に、日本代表には「侍ジャパン」という異名が(NPB自身に寄って)つけられ、マーケティング的には進歩している。チームが同様に進歩しているかといえば、そうとも言いづらいものがある。
 大会における日本のプレゼンスは向上せず、監督人事は混迷し、MLB所属選手の招集は相変わらず困難だ。
 ただし、選手にとっての日本代表のステイタスは向上している。今の選手たちの多くは、小中高生の頃に王ジャパンや原ジャパンが世界一を勝ち取るのを見て育ったのだから、自分もそこで戦いたいと思うのは自然なことだろう。現在では、初期に見られたようなNPB選手の招集に伴う困難は、あまり表面化することがない。コンディションに問題があって不参加の大谷、嶋、柳田らを別にすれば、「なぜこの選手を呼ばない」「なぜこんな奴が呼ばれるのか」という類の雑音は、過去の大会ほど大きく聞こえてはこない。MLB所属選手を除けば、現時点で小久保監督が考えるベストメンバーは、概ね実現しているのではないかと思う。
 
 私が今大会の一次ラウンドのバカ高い通しチケットを買ったのは主に大谷を見ることが目的だったので、彼が出場を辞退した時点で目算は外れている。とはいえ、かつてゼロ年代には、野球日本代表マニアのようにWBCの国内試合と五輪予選を追いかけていた行きがかりもあり、まあやっぱり見ておこうかと、この一週間、仕事であるかのように勤勉に東京ドームに通っている。
 
 3/7のキューバ戦は、勝ったことがすべてだった。翌朝のテレビのスポーツニュースの多くは、日本の得点シーンをつなぎ合わせて「打線爆発、宿敵キューバに快勝」というトーンで伝えていたが、それは試合を最初から最後まで見た印象とはかけ離れていた。
 確かに打線は良かった。筒香を中心に、ここで点が欲しい、と切実に思う場面で点が取れたことは好材料だ。筒香が打席に立つ直前に強烈な素振りをする姿は、拝みたくなるほどありがたいものに見えた。
 反面、投手陣は、一時は7-1と大差をつけたにも関わらず、リリーフ投手がことごとく打たれ、打線が引き離しても、すぐにキューバの追撃を許してしまった。
 キューバ代表は、ジャイアンツでまるでダメだったセペダが三番を打っていることに象徴されるように(チャンスをことごとく潰してくれた彼の存在は実にありがたかった)、脂の乗り切った世代がMLBに行ってしまい、往年の強さはない。とはいうものの下位打線も皆スイングは鋭く、打球は速い。火がつけばたちまち3、4点のビッグイニングになって追いつかれるんじゃなかろうかという恐怖は最後まで私の中から去ることがなく、「快勝」「圧勝」などという印象は全くない。大量点を奪ったとはいえ打ったのは主に二番手以降の投手である。「ブルペンがアレではお先真っ暗」てなことを、その夜のツイッターには書いた。
 
 翌日のオーストラリア戦は、一転して投手力の勝利となった。先発の菅野が良いペースを作り、続く投手たちもそれを引き継いだ。引き締まった投手リレーは、どうにかこの先も勝ち進めるんじゃないかという期待を抱かせるものだった。クローザーとして登板した牧田が、前夜とは別人のように落ち着いた投球を見せたのも嬉しい出来事だった。

 1日置いた3/10の中国戦は、すでに一次ラウンドB組の首位通過が確定した状況で迎えたため、モチベーションの置き所は難しかったかもしれない。小久保監督は、中盤に勝利が見えてきたところで、まだ出場していなかった選手たちの慣らし運転にこの試合を充てることにしたようだ。それはそれで意義のあることだったが、敵失がらみと本塁打でしか得点できないのはやや気になった。
 
 一次ラウンドの3試合で、最も印象に残った選手は捕手の小林誠司だ。代表チームの全貌があきらかになった時、彼は嶋、大野に次ぐ3番手捕手で、おそらく出番はほとんどないのだろうと私は想定していたし、大方の見方も似たようなものだったはずだ。だから、初戦のキューバ戦で小林が先発した時は驚いた。
 日本代表の強力打線の中にいる小林はまるで場違いに見えたし、最初の打席でバントを失敗したことで、その印象はさらに強まった。次の打席で小久保監督が再びバントを命じ、これを成功させた時、スタンドの空気はまるで、初めて二足歩行を試みる幼児を見守る親戚一同のようだった。捕手としての振る舞いも、いささか浮き足立っていたような印象はある。客席からは細かな投手リードの内容は分からないけれども、救援投手たちが次々に打たれたことに小林が無関係であったとは思えない。

 しかし、翌日のオーストラリア戦で、小林の振る舞いは随分と落ち着き、自らの投手陣と、試合の状況を掌握しつつあるように感じられた。先発投手が、ジャイアンツでも組んでいる同学年の菅野だったことも幸いしたのだろう。リリーフした岡田や千賀は年下ということもあり、小林が主導権を持ってリードしているように見えた。
 5回途中、菅野が残した1、2塁の走者を背負ってリリーフした岡田が、ストライクが入らずに満塁となり、さらにボールを重ねたところで、小林はタイムを取ってマウンドに歩み、岡田に何やら話しかけた。直後のボールを相手打者が引っ掛けてダブルプレー、日本は窮地を逃れる。この場面は、小林の、というよりも、この試合の白眉だった。
 期待できないと思われていた打撃でも、ここまで好成績を残している。中国戦では強烈な本塁打を放ったものの、次のオランダ戦では勘違いすることなくコンパクトなセンター返しを心がけて2安打。一度は勝ち越した6点目を挙げたタイムリーヒットは見事だった。捕球も安定し、この試合の終盤では、たびたび投じられたワンバウンドの投球を、後ろに逸らすことはなかった。テヘダ主審の判定は、とりわけ外角が不安定であるように見え、捕手にとってはやりにくい状況だったのではないかと思うが、小林は不満を表現することなく冷静に対処した(相手はラテン系だ、抗議なぞしようものなら報復される恐れは十分にある)。
 この4試合を通じて、小林は傍目にもわかるほど成長している。初戦で2度成功させたバントにも自信をつけたことだろう。
 もちろん代表チームやWBCは育成の場ではない。とはいえ捕手に関しては誰を出しても物足りないのだ。小林がこのまま、第1回大会における里崎のように化けてくれれば、日本代表にとっては喜ばしいことになる。
 大野は中国戦の後半に出場し、大過なく試合を終えた。嶋の故障離脱に伴って緊急招集された炭谷にはまだ出番がない。試合中のグラウンドに姿を見せるのは、イニングの切り替え時、小林に代わって投球練習を受ける時くらい。NPBでも国際試合でも3人の中で圧倒的に豊富な経験を持つ炭谷が不満を表現することなく小林のサポートに徹しているようなら、このチームはもっと強くなる。
 
 そして2次ラウンド初戦のオランダ戦。所用で到着の遅れた私が水道橋駅に着いた時、携帯で見た速報は3回表に中田の本塁打と秋山のタイムリーで5-1とリードしたことを伝えてきた。しかし、席に着いた途端にボガーツが犠牲フライ、そしてバレンティンがレフトのポールにぶつける強烈な本塁打を放って、リードは消滅した。
 以後は両チームとも走者は出してもなかなか得点に至らないヒリヒリした展開が続く。
 オランダの上位打線は強力、というより強烈だった。シモンズ、ボガーツ、グレグリウス、スコープと一線級のメジャーリーガーが並び、その中で4番に座るバレンティンの恐ろしさは日本人の我々が熟知している。リリーフ投手陣がしばしばピンチに陥ったのも無理はないところで、むしろ走者を背負っても粘り強く立ち向かい、4回から8回を無失点で切り抜けたことを評価したい。結果として四球を出すことはあっても、それはキューバ戦のように萎縮したがゆえではなく、打者に立ち向かう気持ちは揺らいでいないように見えた。
 
 日本は5回表に小林のタイムリーで勝ち越し点をもぎ取ったが、その後は走者を出すもののホームに戻れない。9回裏、則本がスクープに同点打を許したが、責めを負うべきは則本よりも、追加点を奪えなかった打線の方だろう(則本がグラウンドに現れた時に「クローザーは牧田じゃなかったのかよ」と思ったのも事実だが)。中前に抜ける当たりに、菊池が超人的な反応でグラブに当てながら弾かれてしまった場面には、第1回大会のUSA戦で西岡が二遊間への打球を取れずにサヨナラ負けした場面が重なって見えたけれども、この夜はまだ負けたわけではない。

 10回表に満塁のチャンスを逃し、その裏を牧田が危なげなく3人で片づけて、試合はタイブレークとなった。無死一、二塁からのスタート。
 タイブレークを現場で見るのは初めてのことで、どんな奇妙な代物なのだろうかと思っていたが、打順は前のイニングの続きであり、初球が投じられてしまえば、あとは普通に試合が続いていく。状況は確かにピンチではあるが、投手にとっては、2人の走者は自分が出したわけでもなく、誰かが打たれたわけでもない。いわば「誰も悪くないピンチ」なので、投手は案外冷静に事態に対処することができるんじゃなかろうか、と牧田の投球を見ながら感じた。
 
 話を戻す。
 タイブレークで、日本は先頭の鈴木誠也がきっちりと送りバントを決めて走者を二、三塁に進めた。続く中田がレフト線に安打し、2人が生還した。日本代表らしい、つなぐ攻撃だった(左翼手が無駄な本塁送球をする間に中田は二塁に走れたのでは、とは思ったが)。
 一方のオランダは先頭打者プロファーがフルスイングで内野フライ。
 プロファーは前の打席で見逃し三振。外角低めの判定が気に入らず、主審に詰め寄ろうとしてボガーツにたしなめられていた。それだけに「俺が決めてやる」という意欲が強すぎたのだろう。そのボガーツも三塁ゴロに倒れる。そして、鈴木と同様、途中出場で4番に入っていたサムズが打ち上げたファウルフライが小林のミットに収まり、日本は苦しい試合を乗り切った。
 明暗を分けたのは、このタイブレークの先頭打者の振る舞い、あるいは作戦であったように思う。
 しびれる試合を乗り越えた今では、一週間前とは比較にならないほど、私はこのチームに愛着を抱いている。
 
 
 最後に、最も印象に残った事象について記しておく。
 オランダ戦では、日本の投手が窮地に陥ると、スタンドの全方向から拍手が湧いた。例えばボールが先行し、カウントが2-0となったりした時に、その瞬間ではなく一拍おいて、投手が捕手からの返球を受け取る頃に拍手が湧き起こり、投球動作に入る頃に静まる。
 つまりその拍手は、投手を励ますためのものだ。
 
 日本の攻撃の際には、ライトスタンドを中心に、打者ごとのチャントが歌われる。今は日本にいない青木の打席でも、ヤクルト時代の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の替え歌が歌われている。日頃はNPB各球団で応援している人たちが用意しているのだろう。
 ただ、NPBの試合での習慣として、応援団は贔屓チームの攻撃時にしか応援しない。そして、今回の相手国は遠方の国が多く、まとまった応援がないため(そもそもそんな習慣もないのか)、相手の攻撃の際には場内は静かなことが多い(韓国や台湾が2次ラウンドに進んでいたら、大挙して応援団もやってきたののだろうけれど)。
 我らが投手たちにとって、慣れない静寂の中で強力打線に立ち向かわなくてはいけないという状況は、より緊張を増す要因になっていたかも知れない。なのに、我々は窮地に立った味方投手を応援する手段を持っていなかった。
 2試合目のオーストラリア戦で、菅野の後を継いだ岡田が全くストライクが入らずマウンドで立ち往生していた時にも、拍手が湧き起こった。ただ、その時には「こんな時に拍手したら、まるでストライクが入らないのを喜んでるみたいだけど、いいんだろうか。岡田は僕らの本心を分かってくれるだろうか」という懸念を抱きつつ、観客はそれでも見るに見かねて、おそるおそる手を叩いていたように感じた。

 しかしながら、そんな状況が4試合も続けば、我が投手を応援したいという気持ちは、徐々に形になってくる。オランダ戦の終わり頃には、そういう拍手が日本の投手たちに対する激励の表現だということがスタンドではすっかり暗黙の了解になっていて、おそらくは選手たちにも理解されていた。その激励が効いてかどうか、彼らは多くの危機を乗り切った。監督や選手が口々に「チームがひとつになった」と語るのと同様、スタンドもまた、試合を重ねるごとに、ひとつになっている。

 こういう情景はNPB球団同士の試合では起こらない。国際試合でしか見られない現象である。
 このような、この場でしか起こらない何かを見たいから、私はWBCのスタンドに通い続けているのかも知れないな。東京ドームからの帰り道、そんなことも考えた。

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「チェアマン続投」に思うこと。

 Jリーグの村井満チェアマンの再任が内定したという。
 それ自体の是非は今は問わない。ここで書きたいのは別のことだ。

 私はこのニュースを朝日新聞の紙面で知った。次の記事だ。

Jチェアマン 村井氏続投へ サッカー

 Jリーグは2日、役員候補者選考委員会を開き、3月に任期が切れる村井満チェアマン(56)の続投を決めた。3日にある臨時理事会をへて内定、3月の総会と新理事会で正式に再任が決まり、2期目(1期2年)に入る。(以下略)>
 
 気になったのは、見出しにもある<続投>という表現だ。
 あまりにも日本語に浸透しすぎて今さら意識することもない人が多いと思うが、これはもともとは野球から来た言葉である。例えばYahoo辞書でこの言葉をひくと、大辞林第三版の、こういう解説などが見つかるはずだ。
<①野球で,投手が交代せずに引き続いて投球すること。
②転じて,任期を終わろうとしている者が,辞任せず引き続き任にあたること。 「今度の事件で首相のーーの目はなくなった」>
 
 一般的な日本語では「再任」とか「留任」という言葉で表現される事態を表すわけだが、野球で「続投」という言葉が使われる典型的なケースは、投手が走者を出してピンチを招き、ベンチから投手コーチがマウンドに行って何やら話し合いが行われたけれど、交代せずに投げ続ける、というような状況である。単に次のイニングも引き続き投げるというだけでなく、交代も考えられるけどやっぱり続けることにした、というニュアンスが付与されているので、比喩として用いるにはなかなか味わい深い。
 
 だから、政治家や企業人など別の世界の人事に対して比喩として用いられることには何の違和感も持たないのだが、サッカーとなるとスポーツどうし。わざわざ別の競技から引っ張ってこなくてもいいんじゃないかな、という印象がある。だいぶ前にも誰かとそんな議論になり、じゃあ「続蹴」がいいのか、などという話も出たが、そんなサッカー用語はない。わざわざ意味のよくわからない造語を使うのも妙な話で、なんとなく結論が出ないままに終わった。
(球技ライターの党首こと大島和人さんは「契約続行」の略語として「契続」を使おうと提唱している。「ケイゾク」とカタカナにすると何か禍々しい未来が待っていそうでもあるが)。

 記事が掲載された日の夕方、朝日新聞のサッカーを専門とするベテラン記者がツイッターでこの記事を紹介していたので、つい<サッカーの記事で「続投」はやめませんか?>などと@ツイートをしてしまった。返事はなかったもののリツイートされたので、それに対するコメントが彼のタイムラインにいくつか見られた。
  <(サッカーファンは細かいなー)>という書き込みもあった。これを書いた人は21歳だそうなので、まあ知らなくても無理はない。彼が生まれる前のことだから。
 
 チェアマン、という言葉で英和辞典を引けば、議長、座長、司会者、委員長、会長、頭取といった訳語が並ぶ。だから、肩書きを英訳すればチェアマンと呼ばれることになる日本人は少なくないはずだ。
 だが、日本国内でカタカナの「チェアマン」という肩書きを名乗り、ほぼ全国に知られた人物は、川淵三郎の前にはいなかった。Jリーグの初代チェアマンである。
 この耳慣れない呼称を、川淵はあえて選んだ。それだけではない。Jリーグは、さまざまな耳慣れない言葉とともにスタートした。スタンドを埋める人々は「ファン」ではなく「サポーター」。クラブの本拠地は「フランチャイズ」ではなく「ホームタウン」。そして、「会長」や「コミッショナー」ではなく「チェアマン」。
 競技スペースを「ピッチ」と呼ぶのはもともとのサッカー用語だが、上記の3つはJリーグが独自に定めた言葉といってよい。川淵は、日本のプロ団体スポーツの先行者で成功例である野球との差異を強調するために、あえて新しい言葉を用いた。
(孫引きになるが、たとえばこういうところに当人たちの証言が紹介されている)
 新しい言葉が、Jリーグというものの新しさを、より印象づけた。それが1993年だった。
 
 そんな経緯を記憶している者にとっては、まさにその川淵三郎の数代後の後継者の人事を伝える記事に、無造作に野球用語が使われているのは驚きだった。当時の状況を私などよりずっと熟知しているであろうベテラン記者が、その言葉を使っていることにも驚いたのだった。
 
 ツイッターでは「続投」に肯定的な書き込みも散見された。 「再任」では微妙なニュアンスが伝わらないという意見もあった。
 ただし、検索してみると、このニュースを伝える新聞の多くは「再任」という表現を使っている。ネットで検索して確認できた範囲では、読売、毎日、報知、スポニチ、日刊スポーツが「再任」を使っていた。朝日と時事通信は「続投」だ。「やっぱり野球がサッカーより上だ」、あるいは、「もはや言葉にこだわる必要もないほどサッカーが定着した」などと朝日新聞が判断したのかどうか、私にはわからない。単に言葉に無頓着なだけかもしれない。
 
 野球用語には、このように一般社会で比喩的に使われる言葉が多い。
 昨今相次いでいるニュースキャスターの交代においても、岸井氏もフルダチも国谷さんも、伝える記事の多くは「降板」と表現している。「登板」も同じように使われる。「代打」「空振り」「外野」などもよく耳にする。
 
 このように言葉が一般化しているスポーツは、他に相撲くらいしか見当たらない(「寄り切る」「仕切り直し」「徳俵に足が掛かる」等々)。もともと日本発祥で、昔からあり、人々の生活に根を下ろしてきた相撲と比較可能なほど、野球の言葉が土着化しているというのは驚くべきことだ。そもそも、これほど競技用語が日本語化されている西洋発祥のスポーツが他にあるだろうか。
 
 昨年、女子サッカーやラグビーで「ブームから文化にしたい」という代表選手の言葉が話題になった。どうなったら文化になったと言えるのか、という問いも議論になった。このように「用語が一般社会で比喩として用いられ、出自が忘れられるほど定着する」という現象は、そのスポーツが文化となったことを示すひとつの指標といえるかもしれない。

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続・公式戦を引退試合にするのは、あまり感心しない場合もある。

 10月7日に、山本昌が最後の登板を果たした。ナゴヤドームではなく広島で。展開次第では出番を作るのが難しくなると判断したのか、「打者1人限定の先発」である。結果は1番打者の丸をニゴロに仕留め、「史上初の50歳登板」は幕を閉じた。
 広島は、試合前にスクリーンに山本昌の足跡をまとめた映像を流し、降板に際しては新井から花束を贈ったという。手厚いおもてなしである。
 
 一方でこの試合は広島にとっての今季最終戦。「勝てばCS」という大きなものがかかっていた。MLBからの黒田復帰で膨れ上がった優勝への期待に背いて低迷した今季、雪辱を果たす最後のチャンスだった。
 だが、山本昌が降板した後も打線はふるわず、5位の中日に完封負けを喫して、希望は潰えた。
 もし前田がこのオフにMLBに旅立てば、今季は前田と黒田が二本柱として並び立つ最初で最後のシーズンだったことになる。前田が抜けたカープが、その穴を即座に埋めることは難しい。黒田も今年は活躍したものの、突然成績が落ちることが起こりうる年齢ではある。
 そう考えると、カープにとってこの試合は、何としても勝たなければならないはずだった。

 山本の「サヨナラ登板」が、勝敗の帰趨に影響したかどうかはわからない。ただ、もし私が広島カープの選手であったなら、試合前の映像や試合中のセレモニーを見て、「ウチの球団、こんな大事な時に何やってんだろうな」と鼻白んだかもしれない。広島は10/2の中日戦でも、選手としての引退を表明した谷繁に対し、試合前に記念の映像を流し、ベイスターズ時代の同僚である石井琢朗コーチから花束を贈呈したという。ずいぶんと手厚いおもてなしである。
 (最終戦の翌日、広島は東出の引退を発表した。生え抜きの主力選手だった彼には、シーズン最終戦でファンの前で挨拶する機会は与えられなかった)
  
 今年の野球界は有力選手の引退ラッシュだ。オリックスの谷、西武の西口、楽天の斎藤隆、DeNAの高橋尚成、阪神の関本。中日は特に多く、山本昌、谷繁のほか、和田と小笠原も引退だ。
 シーズンを通して低迷し、早々にCS進出の望みがなくなったこともあってか、中日は4選手それぞれ別の日に「最後の出場」と、セレモニーの機会を設けた。しかも谷繁は古巣・横浜スタジアム、山本昌は前述の通り広島だ。
 私にとっては、皆、売り出した時から見てきた選手だから、引退となれば感慨もあるし、最後の勇姿を映像で見れば、じいんと来るものもある。それでも、この中日球団の振る舞いは、やりすぎと感じる。
 
 以前から、引退の決まっている選手を公式戦にサヨナラ出場させて「引退試合」と呼ぶ風潮には違和感を抱いている。このブログで反対意見を書いたエントリをアップしたのは、2007年のことだった(このエントリのタイトルに「続」とついているのは、そういうわけだ)。
 それから8年経って、風潮は衰えるどころか、ますます盛んになっている。
 
 折しもプロ野球界では、ジャイアンツの福田聡志投手が野球賭博に関わったことが発覚し、大問題となっている。この種の教育についてはしっかりしている球団だと思っていたので、報道に接した時には強いショックを受けた。残念で、悔しくて、忌々しい。

 野球協約では、野球賭博で自身が所属する球団に賭けた者は永久資格停止(いわゆる永久追放)、野球賭博をしたり、その常習者と交際した者は1年または無期の資格停止、という厳しい罰則を定めている。

 プロ野球の選手や指導者が野球賭博に関わることが、なぜ許されないのか。
 賭博自体が犯罪である。また、それが反社会的組織の資金源になることも好ましくない。が、それだけなら一般人も同じだ。
 プロ野球選手が特に許されない理由は、賭博が八百長につながる可能性があるからだ。賭博に携わる人々が、自身に有利な結果を求めて、チームや選手を思い通りに動かそうとする可能性がある。
 八百長は、英語でMatch fixingという。あらかじめ勝敗を決めてしまう、という意味だろう。NPBがファンに提供する商品は、どちらが勝つか判らない真剣勝負である。Match fixingが行われると、それがたとえ特定の1試合だけであったとしても、他の試合についても勝負の真剣さが疑われ、プロ野球全体の商品価値が著しく損なわれてしまう。
 
 八百長が行われた試合でも、160キロの剛速球や飛距離150メートルの本塁打を見ることはできるかもしれない。ひとつひとつのプレーの質は、物理的には他の試合と変わらないかもしれない。
 だが、例えばシーズンオフに行われる日米野球では、目を見張るようなプレーをたびたび見ることはできても、心臓を鷲掴みにされるような緊張や興奮、感動を味わうことはない。両チームの選手たちが勝利を目指して懸命に戦う姿があればこそ、ファンは試合に熱中し、情緒を揺り動かされる。

 ラグビーW杯イングランド大会で、日本が南アフリカに勝った試合を見て、ハリー・ポッターシリーズの作家、J・K・ローリングは「こんなの書けない」とツイッターに書いたという。
 細かく言えば、彼女はこういう物語を書くことはできる。だが、一流の作家が技巧と情熱を尽くして同じ物語を書いたとしても、読者にあの試合と同じ感動を与えることは、ほぼ不可能だろうと思う。それはまさに、小説では試合結果を作家がfixせざるを得ないからだ。どうなるかわからないものを同時進行で見ているからこそ、その結果に観客は興奮し、感動する。
 
 そういう大前提を踏まえた上で考えれば、すでに引退を表明した選手、とりわけ、シーズン中に実力で一軍に上がることができなかったり、故障ですでにトップレベルのプレーができないとわかっている選手を試合に出し、さらに試合を中断して花束贈呈などのセレモニーを行うことは、手放しで称賛するようなことではない、と私は思う。試合の前や後でセレモニーを実施するだけならともかく、それが試合そのものに侵入するというのは、好ましいことではない。
 
 だから、福田の野球賭博関与が発覚し、それを厳しい論調で批判していたメディアが、その2日後には山本昌の最終登板を無批判かつ感傷的に伝えていることが、私には奇異に感じられる。この人たちは、選手が野球賭博をすることがなぜいけないのかを、真剣に考えているのだろうかという疑問さえ抱いてしまう。

 これが、上位進出の可能性も潰え、もはや真剣勝負としての価値にも乏しい消化試合であれば、そんな試合にも足を運んでくれるファンのためのサービスにもなるし、あまり目くじらを立てなくてもよいかもしれない(ただし、個人タイトルの帰趨に直接影響するような場面での登場は避けるべきだろう)。
 だが、CSの導入によって、その種の消化試合は著しく減った。ホームチームの最下位が確定していても、対戦相手には懸かるものがある、というケースが頻繁にある。そもそも、消化試合を減らし、シーズン終盤まで真剣勝負を増やし、観客の興味を引きつけることが導入の目的だったのだから、当然である。
 だから、今のプロ野球では、引退選手のサヨナラ出場は、なかなか難しいはずなのだ。それでも無理に出場させようとすると、今回の山本昌のようなことになる。
(もし「史上初の50歳登板」という記録を作らせることも目的だったのだとしたら、そんなやり方は記録に対する冒涜でもある。宇佐美徹也さんが存命だったら、激怒されたのではなかろうか)

 引退試合はオフのファン感謝デーか翌年のオープン戦でやればよいではないか。公式戦でファンに最後の挨拶を、というのであれば試合後にセレモニーをすればよい。無理に公式戦に出場させることはない。
 だいぶ前のことだが、ヤクルトの鈴木健が最終打席で三塁側に打ち上げたファウルフライを村田修一が(十分取れる位置にいたにもかかわらず)捕球しなかったことが、美談のように伝えられた。今年も楽天の斎藤隆の最終登板で、細川は明らかなボール球を振って三振した。
 村田はその後、広島の佐々岡の最終登板で本塁打を打ち*、観客から「空気の読めない奴」と冷たい視線を浴びた(と、その日スタンドにいたという知人が話していた)。結局は、相手チームの選手までもが、真剣勝負ではない何かの片棒を担ぐことを無言のうちに求められる。衆人環視の中で、投手と打者の対戦がfixingされていく。

 最後に出場する選手は嬉しいだろうし、相手チームも含めて選手や監督たちも感動するだろう。スタンドのファンも喜ぶ。球団も潤う。誰も損をしない、いいことづくめのように見える。
 一方で、こういうやり方は、「1打席、1人分くらいいいじゃないか」が「せっかくだから花を持たせてやろうよ」「なんでそこで空振りしないかな」とエスカレートしていく。そこでは、目には見えず、小さいけれども、何かが確実に損なわれていく。
 長年活躍した選手の労を報い、功績を祝福し、次の人生に送り出す、せっかくの機会なのだ。できるだけ瑕疵のない方法で実現されることを望んでいる。
 
 
*前のブログにも書いたように、村田はこの本塁打により初の本塁打王のタイトルを獲得し、高橋由伸はこの本塁打により、タイトルを取り損ねた。おそらく高橋は打撃タイトルに縁のないまま現役生活を終わることになりそうだ。

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スポーツ選手に与えられる、最上級の褒め言葉。

 イチローのMLBでの通算安打数がベーブ・ルースに近づいたとか並んだとか抜いたというニュースを、このところよく目にする。そのたびに多くのメディアがベーブ・ルースを「野球の神様」と形容している。例えばこのように。

イチロー“神様”ルース超え2875安打も…マーリンズ泥沼8連敗 スポニチアネックス 5月23日(土)
 
 これ以上の褒め言葉はなさそうだし、ベーブ・ルースは「これ以上ない褒め言葉」にふさわしい選手でもある。ただ、自分はそこそこ長くMLBを見て、その歴史にも日本人の平均よりは通じているつもりだったが、ベーブ・ルースが「野球の神様」と呼ばれているとは知らなかった。出典を探そうとネットを少し検索してみたが、なかなか見つけることができない。例えばWikipediaを見ると、日本語版の「ベーブ・ルース」の項には、冒頭の概要部分に<野球の神様と言われ、米国の国民的なヒーローでもある>と書かれている。が、英語版の<Babe Ruth>の項目の同じ部分には<Nicknamed "The Bambino" and "The Sultan of Swat">とあるだけだ。Bambinoはもともとはイタリア語で「赤ん坊」や「坊や」の意味。Sultanはイスラム世界の君主で、swatは「激しく打つ」「長打」などの意味があるから、Sultan of Swatは「打撃の帝王」くらいの意味か。そもそも彼の本当の名前はジョージ・ハーマン・ルイスであって、ファーストネームとして扱われているベーブ自体が「赤ちゃん」という綽名である(「坊や哲」「お嬢吉三」みたいなものか)。
  
 日本野球には、「神様」と呼ばれた人物がいる。代表的なのが「打撃の神様」川上哲治だ。卓越した技術と成績に加え、厳格で人を寄せ付けない人物像、求道的な打撃への姿勢、そして「球が止まって見えた」という発言に代表される神秘性などが相まって、「神様」という綽名が定着したのだろう。
 赤坂英一が川相昌弘について書いた「バントの神様」という本もあるが、これは川相の綽名として定着したというほどではない。ただ、ひとつの分野、ひとつの技術に精通した人物を「○○の神様」と呼ぶことは、日本ではさほど珍しくないように思う。
 
 「神対応」「神回」というような形容がごく普通に使われる昨今の風潮を見ても、日本人にとって「神」は、尊敬する対象ではあっても、さほど畏怖されるものではないらしい。人間を「神」と呼ぶことに対するハードルはかなり低い。
 そんな日本にあっても、1人の選手を「野球の神様」と呼んだ例は記憶にない。「野球の神様」は、例えば「野球の神様が助けてくれました」みたいな談話に代表されるように、野球というゲームを司る絶対者、というようなニュアンスで語られるのが一般的だろう。
 
 ルースの人柄は「ベーブ」と呼ばれたことからもわかるように、子供っぽくて、よく言えば天真爛漫、悪く言えば自分勝手な人だったようだ。彼自身はヤンキースの監督になりたかったようだが、声がかかることはなかった。その意味では、川上哲治とはかなり異なるキャラクターだったようだ。
 
 なぜルースが「野球の神様」と呼ばれたことになっているのかを見つけることはできていないのだが、ネットで検索すると、この形容が、昨年、大谷翔平が達成した10勝&10本塁打に関する記事に多用されていることがわかる。
 
大谷“野球の神様”に並ぶ!96年ぶりの10勝&10発
 
 ベーブ・ルースといえばホームラン。普通なら「伝説的な長距離砲」とでも呼んでおけば済むのだが、この話題で彼の名を出す時ばかりは、それでは物足りない。投手としても優れていたことを同時に示さなくてはならないからだ。大谷の凄さを示すためには、なぞらえる相手も偉くなくてはならない。形容に窮した誰かが、えいやっと「野球の神様」にしてしまった、てなことだったのではないか…と想像したのだが、Yahoo!知恵袋にはそれ以前にもルースを「野球の神様」としている質問があるので、昨年から突然呼ばれ始めたのではないらしい。
 
 この件が気になるのは、そもそも一神教が支配的な社会で、人間に対して「神」という綽名が定着したりするものなのだろうかという素朴な疑問があるからだ。
 上にも書いた通り、日本では偉人をすぐに神様と呼びたがる。ペレも「サッカーの神様」とする記事をよく目にするが、ペレといえばキングと昔から決まっているので、これには強烈な違和感がある。ジーコにも「神様」という形容がよく使われたが、これは彼の日本での業績に対する尊称だから、まだしも納得できる。
 スポニチや他のメディアがルースを「野球の神様」と決めて勝手に使うのならともかく、「大リーグで“野球の神様”と呼ばれた」などと書いてあると、誰が呼んでるの?と気になってしまう。 
 イチローがルースの通算安打数を抜いたことはSIなど米メディアでも話題になっていたが、ルースの名は形容抜きで記述されている記事が多い。日本のスポーツメディアにとって長嶋茂雄が説明不要な人物であるのと同様、ベーブ・ルースという名前は、USAのスポーツメディアにとっては説明不要な名前なのだろう。
 
 MLBの「神様」といえば、私の頭に浮かぶのはルースではなく、テッド・ウィリアムズだ。彼は日本では「打撃の神様」と呼ばれていた。米国のwikiでは<Nicknamed "The Kid", "The Splendid Splinter", "Teddy Ballgame", "The Thumper" and "The Greatest Hitter Who Ever Lived",>とされている。たくさんあるが、神に類するものはない。
 
 ただ、彼には神にまつわる有名なエピソードがある。
 現役最後の試合の最後の打席で本塁打を放ったウィリアムズは、観衆のスタンディングオベーションにも、ベンチを出て応じようとはしなかった。なぜ手を振ってやらないんだ、と問われて、「神様というものは、手紙に返事を書かないものだ」と答えたという。たとえば伊東一雄・馬立勝「野球は言葉のスポーツ」(中公新書)に紹介されている。もっとも、実際にはこれはウィリアムズ自身の言葉ではなく、作家のジョン・アップダイクがこの場面を評して書いたものらしい。米国版wikiにも<Williams' aloof attitude led the writer John Updike to observe wryly that "Gods do not answer letters.">とある。
 
 私自身は現役時代のウィリアムズを見たことはないが、このエピソードは知っていた。知っていたから驚き、胸を熱くした場面がある。1999年のオールスターゲームでのことだ。
 この年のオールスターはボストンのフェンウェイ・パークで行われた。始球式に招かれたのは地元レッドソックスの生ける伝説、テッド・ウィリアムスその人だった。彼がマウンドに立つと、両リーグの選手たちが、みな集まって握手を求めた。選ばれたスターたちを野球ファンの子供に戻してしまう、スターの中のスターが彼だった。
 始球式の後、ウィリアムズはカートで場内を回った。立ち上がって拍手を贈る観客に向かって、ウィリアムズは高々と手を振っていた。< He proudly waved his cap to the crowd — a gesture he had never done as a player.>“選手としては決してやらなかった仕草だった”、と米国版wikiには書かれている。神が人間に戻った瞬間だった。
 
 「神」でもうひとり、思い出すスポーツ選手がいる。とあるゴールについて「ディエゴの頭と神の手が決めた」と語った、あの人物だ。マラドーナには「神の子」という綽名もあったようだが、これまた出典がすぐには見つからない。奔放な性格は、伝えられるベーブ・ルースのそれに似ているが、ディエゴはベーブと違い、希望通りにアルゼンチン代表の監督になった(成功はしなかったが)。
 
 マラドーナと綽名について語るならば、マラドーナにつけられた綽名よりも、「マラドーナという綽名」の方が意味があるかもしれない。彼が活躍した80年代半ばから90年代にかけて、卓越した技術を持つ中盤の選手は、よくマラドーナになぞらえられていた。「カルパチアのマラドーナ」と呼ばれたゲオルゲ・ハジ、「砂漠のマラドーナ」と呼ばれたサイード・オワイラン。日本にもいたはずだ。あのころ、世界中に何人のマラドーナがいたことだろうか。

 日本野球で最初の三冠王、中島治康は「和製ベーブ・ルース」と呼ばれていた。早稲田実業の期待の長距離砲、清宮幸太郎も、リトルリーグの世界大会で米国メディアに「和製ベーブ・ルース」と呼ばれたそうだ。ルースもまた、綽名をつけられることよりも、綽名となることにふさわしい。
 
 スポーツ選手にとっては、「神様」と綽名をつけられることよりも、自分の名が他人の綽名に冠せられることこそ、最上の栄光なのかもしれない。

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