オーバーエイジ枠は手段であって目的ではない。
野球における五輪の地位をどう考えるのか、てな話は、このblogで何度も書いてきたのだが、サッカーにおける五輪の地位というのも、同じくらい奇妙なものだ。
メキシコの銅メダルまでさかのぼって語ろうとは思わないが、かつてはアマチュアの大会だったものが、84年ロサンゼルス大会では「プロ容認、ただし欧州と南米はワールドカップ不出場選手のみ」という奇妙な規定に変わり、92年バルセロナ大会からは23歳以下に限定、さらに96年アトランタ大会から「年齢制限外の選手を3人まで使ってよい」ことになって現在に至る、というのが五輪サッカーのレギュレーション小史である。
FIFAにとっては自前のワールドカップこそサッカー界で最大の大会だから、他の大会は格下にしておきたい。IOCはすべての競技で五輪を最高水準の大会にしたいし、特にサッカーは試合数が多く集客が望める人気競技だから一流選手を出してほしい。2つの国際団体のせめぎ合いの結果として出てきた妥協案が「U23+オーバーエイジ」になったのだと理解している。
そのような妥協の産物である大会に、どういう姿勢で臨むかというのは、これはもう各国が独自に判断するしかない。伝統的には、南米やアフリカは比較的熱心で、欧州はやる気が薄い、という傾向があったように思う。
欧州主要国では21,2歳でビッグクラブの主力だったり、主力に手が届きそうな選手は珍しくなく、そういう選手はたいてい五輪には参加しない。そもそも同じ年の6月に欧州選手権が開催されるので、代表選手は当然ながらそちらを優先する。
一方でブラジルのように、他の主要大会では優勝しているのに五輪だけ金メダルがない、という理由で国民から追い立てられるように優勝を狙っているらしい国もある。
「世界」といってもその実態は一様ではなく、どこかのやり方を真似しても意味はない。日本は日本の事情に応じて取り組み方を決めればよい。
というわけで、日本の事情を考えてみる。
日本では、五輪の社会的地位は非常に高い。44年前の東京オリンピックの成功体験がいまだに影響しているのかもしれない(その後の札幌、長野の2度の冬季五輪も、成功といってよいと思う)。
たぶん、世界の主要競技の趨勢は、五輪から競技別世界選手権に重心を移しつつある(少なくとも両者が同等になりつつある)のではないかと思うが、日本では今も圧倒的に五輪のステイタスが高い。そういう国民の視線が、必ずしも五輪が世界一の大会ではない野球やサッカーにも、大きな影響を与えている。
だから、国内での人気を維持するために、五輪に出場し、ある程度勝ち進むことが必須となっている。
一方、サッカー界内部の都合としては、将来A代表入りが期待される(あるいはすでに選ばれている)有望な若手に国際経験を積ませることが重要になってくる。欧州や南米、アフリカの強豪国、あるいはその選手たちと直接対戦する機会の少ないJリーガーにとっては、五輪本大会は貴重な機会だ。長い目でみればA代表の強化に役に立つ。
ちょうどオーバーエイジ制度が作られた96年アトランタ五輪から、日本は4大会続けて五輪に出場することになることになった。
これまでの3大会では、枠をどう使ってきただろうか。
96年アトランタ五輪で、西野監督はオーバーエイジを起用しなかった。結果はグループリーグ敗退。とはいえ2勝1敗、優勝国ナイジェリア、銅メダルのブラジルと同組で、かつブラジルに勝ったことを考えれば、大健闘といってよい。
ただ、私的な感想をいえば、あのチームにカズや井原がいれば結果は違っていたかも知れない、という思いは残る。あのチームには城のほかに信頼に足るFWがいなかったし、ナイジェリア戦の終盤、精神的なもろさを露呈した守備陣に、精神的支柱となれるリーダーがいたら、とも思う(これが、たらればの結果論であることは承知している)。
彼らの起用が見送られた理由はわからない。ただ、Jリーグが発足した時からこの96年まで、西野はずっとJFAで仕事をしていた(オフト監督時代には山本昌邦と一緒にスカウティングを担当していたはずだ)。日本リーグ時代に監督経験があったわけでもない。当時の西野には、指導者としてプロのJリーガーを扱うだけの力量がなかった、あるいは、その自信がなかったということだったのではないかと私は思っている(93年ごろ、テレビ解説をしていた西野が中継を通してカズと話す場面を見たことがあるが、「西野?誰だっけ?」というカズの軽口に絶句していた)。
2000年シドニー大会では、GK楢崎、DF森岡、MF三浦淳が起用された。2勝1敗で決勝トーナメントに進出、アメリカにPK戦で敗れてベスト8。結果は悪くないが、もっと勝てたのでは、というもやもやを抱いたファンは少なくないだろう(2002年のワールドカップでもほぼ同じことが言えるのだが)。
当時のトルシエ監督は、A代表と、この前年に行われたU20世界選手権の監督を兼任しており、3世代の代表が同じコンセプトの戦術で指導されていた。選手自体もかなり重なっており、合同で合宿をしたこともあったように記憶している。オーバーエイジは3人とも20代半ば。戦術理解、年齢差、監督との関係、いろんな意味で障壁は小さく、無理のない起用だったと思う。
当時は、チーム力をアップさせるという点で、この3人にどれほどの効果があるのだろう、と思った。
が、今にして思えば、むしろ、アトランタ世代でありながらアトランタ五輪に出場していない3人に国際経験を積ませる、という意味があったのではないだろうか。
2年後のワールドカップ日韓大会で、楢崎は正GKとなり、森岡はフラット3の要として開幕戦に先発した(試合中のケガでリタイアし、以後は“バットマン”宮本にその座を譲らざるを得なかったが)。三浦もシドニー五輪と同年のアジアカップや翌01年コンフェデカップに出場している。シドニー五輪の時点で、トルシエが3人を2年後のワールドカップのレギュラー候補と考えていた可能性は高い。
2004年アテネ五輪で、山本昌邦監督はGK曽ヶ端、MF小野を起用した。FW高原も呼ぼうとしたが、彼が2002年ワールドカップを断念する原因となった血栓塞栓症の再発により果たせなかった。結果は1勝2敗でグループリーグ敗退。
この件についてはだいぶ前に少し触れたことがあるが、本大会直前にチームの心臓部を取り替える、というやり方にはあまり感心しなかった。構想通りに高原も参加できていれば結果は違ったのかも知れないが、すでに代表の主力だった2人にとってどれほどのメリットがあったかは判然としない。他の選手についていえば、山本が掲げていたキャッチフレーズ「アテネ経由ドイツ行き」を実現させた選手は、駒野と、直前に故障した田中誠の代わりに呼ばれた茂庭の2人だけだった(南アフリカに行きそうな選手は6,7人、あるいはそれ以上になりそうだが)。
で、ようやく話は北京五輪代表にたどりつく。
反町監督が6月30日に発表した合宿メンバーは20人。本大会のエントリー枠は18人で、基本的にはこの20人が最終候補と考えられる(故障中の長友など、リスト外から最終メンバー入りする可能性を残している選手もいるが)。
リストに入ったオーバーエイジはMF遠藤のみ。FW大久保も招聘しようとクラブと交渉を続けていたが、結局断られて断念した、と伝えられる。
過去3回のケースと比較すると、反町構想はアテネにおける山本昌邦のそれに似ている。
ただ、遠藤は状況によってはサポートタイプの仕事もできる選手だ。メンバーに加えたが最後「遠藤のチーム」にせざるを得ない、ということにはならないように思う。そこは小野とは違う。
遠藤は、キャリアと実力のわりに、代表では恵まれてこなかった。日本が準優勝した99年のU20世界選手権では、稲本の不振によりレギュラーの座を得て活躍したが、同世代が出場したシドニー五輪は予備登録メンバーとしてスタンド観戦。02年、06年のワールドカップにも出場していない(06年はベンチ入りしたが試合には出られなかった)。
現時点で遠藤は日本のA代表のもっとも重要な選手のひとりであり、2010年にも主力と期待されている。遠藤自身も出場経験のない五輪に意欲をもっていると伝えられる。
そんなわけで、遠藤の招集は理解できる。
ただし、8月の北京は滞在するだけで健康に支障をきたしそうな土地でもある。9月以降のワールドカップ最終予選に悪影響を及ぼす懸念が少しでもあるならば、それを犠牲にしてまで出場することはない、とも思っている(発熱で検査入院、と伝えられるだけになおさらだ。彼は内臓疾患で長期休養を余儀なくされたこともあるのだから)。
一方、反町監督が大久保を欲するというのは解せない。
五輪は普通のサッカーの大会よりも登録できる選手数が少なく、全部で18人しか連れて行けない。大久保のように退場の多い選手を選んだら、貴重な登録枠のひとつを数試合にわたって空費するリスクが大きくなる。北京に二十何人も連れて行けるのなら別だが、18人枠がある以上、大久保選出には賛成しがたい。
いずれにしても、オーバーエイジに誰が選ばれるのか、という点だけに集中した報道にはいささか疑問が残る。
ここまで書いてきたように、まず考えるべきは「北京五輪で何を目標にするのか」ではないだろうか。
代表人気の盛り返しを狙って、どんな手を使っても北京での好成績を求めるのか。有望な若手によい経験を積ませ、「北京経由南アフリカ行き」となる選手を増やすのか。そのどちらに重点を置くかによって、オーバーエイジ枠の使い方は変わってくるはずだ。
それとは別に、年代別世界大会に出場しそびれた中堅選手に国際経験を積ませる、という使い方だってありうる。
また、ワールドカップ最終予選(と、順調にいけばその後の本大会)を控えた岡田代表監督にも、北京五輪はこういう選手起用をしてこう戦ってほしい、という希望は、たぶんあるのではないかと思う。
そして、以上のどれを五輪の主目標とするか、という判断は、反町監督ではなく、JFAが決めるべき性質のことだ。
そこを明確にしようとしないのはいつものことだが、まったく感心しない。
ちょうどこの夏は会長の改選期となり、なかなか方針を出しづらい時期ではあるけれど、そうでなくても川淵現会長はその種のビジョンを明確にすることがまずなかった(あれほどよく喋るのに、肝心のことははっきりしないのだ)。次の会長が誰になったとしても、会長としてやるべきことをやり、現場に任せるべきことは任せる、というメリハリのあるリーダーシップを発揮してほしいものだ。
今のまま五輪に突入してしまったら、どんな結果が出たとしても、それをどう評価すればよいかという基準が、私にはよくわからない。
あるいは反町監督が、表向き口にはしないけれど、内心では密かに上のどれかの目標を定め、照準を絞っている、という類の腹黒さを備えていてくれたら、それはそれで頼もしいのだけれど。
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