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改めて、長嶋不在を嘆く。

 アテネ五輪の野球でもっとも残念だったのは、長嶋監督の采配が見られなかったことだ。
 何を今さら、と思われるかも知れない。

 私は、このチームが立ち上がった時から、五輪代表を長嶋が率いることには懐疑的だった。ジャイアンツの監督として長嶋が展開してきた野球は、国際試合のトーナメントに必要なものとは掛け離れている。しかも、「ドリームチーム」の美名のもとに、野球界の組織間の対立や矛盾を覆い隠す接着剤として利用されていることが明白でありながら、嬉々として老人どもの企みに乗ってしまう長嶋その人に対しても、どうかしている、と思っていた。

 だが、昨年秋に札幌で行われたアジア最終予選を見て、そんな予断は表層しか見ていない軽薄なものだったと思い知った。長嶋は、ひとつも負けてはいけない3試合を通じて、ただ勝つことに徹しきった。多くのメディアの予想を裏切った初戦での上原起用、試合ごとの大胆な打順の入れ替え。そうした個々の用兵や作戦もさることながら、グラウンドで選手たちが表現したプレーのひとつひとつに、「すべては勝利のために」という精神性が貫かれていた。選手たちも子供ではない。このチームにまつわるさまざまな事情に、ある種のわだかまりやためらいを抱いて集まったであろうことは想像に難くない。そんな選手たちを、あれほどまでに試合そのものに集中させることができたのは、長嶋の力量以外の何物でもなかったはずだ。

 試合後の記者会見で、長嶋自身が「プロではお客さんを喜ばせる野球も必要だが、アテネに長距離砲はいらない。つなぐ野球に徹して臨みたい」という意味のことを話していた。大砲をコレクションして披露するのが趣味だと思われていたジャイアンツの監督は、そこにはいなかった。彼がジャイアンツを指揮する姿を、私たちは合計15年間も見てきたが、札幌で日本代表を指揮していたのは、見たことのない優れた指揮官だった。
 彼自身のプレーがそうであったように、ジャイアンツの監督としての長嶋もまた、勝つことと同じくらい、観客を楽しませることを目指していたのだと、私は初めて彼自身の口から聞いたような気がする。それは、ある意味で制約でもあったのかも知れない。そんな制約から解き放たれ、100%勝つことだけに集中した時、長嶋茂雄が、どういうチームを作り上げ、どのような野球を見せてくれるのか。私は大いに期待していた。

 だから私は、メダルの色よりも何よりも、長嶋茂雄の、これまで十分に表現されてこなかった能力がアテネで花開くするさまを目撃できなかったことが、残念でならない。仮に中畑代行のもとで日本代表が金メダルを獲得したとしても、そのことだけは変わらない。

 中畑代行が率いたチームは、予選リーグで景気よく本塁打を打ちまくりながら、準決勝ではタイムリーが出ずに敗れた。その華やかさと脆さは、長嶋が率いた読売ジャイアンツのようだった。

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