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雫井脩介『犯人に告ぐ』双葉社

 何の予備知識もなく、書店の店頭で目に付いたので買った。タイトルと帯のコピーと推薦者(横山秀夫、福井晴敏、伊坂幸太郎)に惹かれた。コピーは以下の通り。
「『犯人よ、今夜は震えて眠れ』
 連続児童殺人事件ーー姿見えぬ犯人に、警察はテレビ局と手を組んだ。史上初の、劇場型捜査が始まる!」

 これを読んで、『身代金』というアメリカ映画を思いだした。息子を誘拐された成金実業家(メル・ギブソン)が、テレビ局のスタジオに、身代金として用意した札束を積み上げ、「この金はお前の懸賞金だ。身代金は、やるものか!」と恫喝する場面が鮮やかだった。犯人に追い詰められて破滅の淵に立っていたはずの被害者が逆ギレし、一瞬にして狩る者と狩られる者が逆転するという構図が印象に残っている。

 本書にも同じような場面がある。だが、テレビに出演して犯人に語りかけるのは、被害者でなく警察官だ。幼い男児4人が連続して殺される事件の捜査に行き詰まった神奈川県警は、着任したばかりの曽根本部長のアイデアで、捜査の責任者をテレビ出演させ、手がかりを集める奇策に出る。一歩間違えば生贄の羊となるであろうその役を担うために県警本部に呼び戻されたのは、曽根が刑事部長だった6年前、誘拐事件を現場指揮しながら犯人を取り逃がし、田舎の署に追いやられた過去を持つ、巻島警視だった…。
 組織内部に巣くう野心、欲望、敵意、保身、縄張意識、さまざまな思惑を知りつつ、あえて火中の栗を拾い、孤立無援の戦いに挑む巻島の人物像に惹かれる。捜査に失敗し、世間に敵視され、組織内部でも見捨てられ、それでも刑事であることをやめようとしない巻島と、彼を支える気概を持った、ほんの数名の部下たち。奇抜な捜査方法が引き起こす内外の反響をリアルに描きながら、物語はぐいぐいと進む。最後まで一気に読めた。

 警察内部の組織人たちの思惑、巻島という素材に対するテレビ局の反応や他局の対応、世間の風向きが変わったと見るや一転して冷淡になるディレクターの態度などが、いかにもありそうに描かれる。「劇場型捜査」という大嘘を突き通すためには、細部のリアリティが不可欠で、本書はその点で成功していると思う。
(逆の例を挙げれば、たとえば乱歩賞を受賞した『破線のマリス』。この作品の根幹をなす出来事は、職業として報道に携わった経験のある人間から見れば信じられないほど杜撰な行為なので、馬鹿馬鹿しくて読んでられないという気分になってしまう)
 そして、そんなもろもろの情報を盛り込みながらも、物語を通じて、事件解決に向ける巻島の信念という軸が一本通っていて、大きなブレがない。

 ただし、面白いことは面白いのだが、難を言えば、県警内部の裏切り者をめぐる動きに重心が寄りすぎて、本筋の連続殺人犯捜査の影が薄くなってしまった感が残る。もう少し、犯人との知恵比べ的な部分にウエートがあってもよかったのでは。
 そう感じるのは、巻島が左遷後のダメージから立ち直る過程で、部下の津田から、こう諭される場面があるからだ。
「犯人を怖がっちゃいけませんよ。ただの人の子なんです」
 これは実にいい台詞だ。本書の書き出し、
「刑事を続けていると、自分が追っているはずの犯人に、ふと、そこはかとない恐怖心を抱くことがある。たいていの場合、それは相手の姿が見えないからだ。」
という巻島の内面の記述を受けてもいる。
 せっかくよいモチーフを提示したのだから、最終的に、公開捜査そのものがこの津田の台詞に収斂していけば、より味わい深い物語になったのではないだろうか。

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