« 誰が野球の側に立つのか。 | トップページ | 吉野家より高い署名用紙。 »

チーム・ジャパンに千葉すずを思う。

 アテネ五輪の総括番組や記録集をながめていて改めて気づくのだが、今回の五輪で日本が存在感を示したのは主に個人競技だった(それも、柔道や女子レスリングなどのマイナー競技にとどまらず、水泳、陸上、体操などの主要競技でも)。団体競技でメダルを獲得した野球、ソフトボールなどはむしろ「もっとやれたのでは」という印象を残した。男子サッカーも同じだ。

 面白いのは、好成績を残した個人競技のいくつかで、選手たちが「チームの力」を強調していたことだ。
 水泳選手たちは男女を問わず主将の山本貴司に対する尊敬を隠さず、機会があるごとに彼のリーダーシップを称揚した。あの奔放に見える北島でさえ、公の場では常に山本を立てることを忘れない。リレーでメダルを獲得した時の彼らの喜びようは大変なものだった。
 陸上では、末続は得意の200メートルを捨ててリレーでの勝利をめざした。そこに朝原の存在があったことは無視できないだろう。体操では、当初から団体の金メダルを最大の目標とすることでチームの意志が統一されていたという(団体で出場する種目の練習に集中したあまり、何人かの選手は不得意種目の練習に時間が割けず、それが個人総合で表彰台を逃した理由だとしていた新聞もあった)。
 そして金メダルをとりまくった柔道でも、合宿を重ねて他の階級の選手と話す機会が多かったこと、そして井上康生という重鎮の存在感を指摘した選手が何人かいたと記憶している。

 実際に試合に臨む時はひとりであっても(もしかすると、ひとりで競技に臨まなければならないからこそ)、チームの一体感が支えとなって、選手たちは持てる力を発揮することができた。そんな好循環が感じられる。チーム・ジャパンの勝利、という言い方ができるかも知れない。
 (それは、たとえば野球や男子サッカーで、選手ひとりひとりは懸命に頑張っているのに、それがチームとしての力になれないまま終わってしまったことと対照的だ)

 ここで思い出すのは、シドニー五輪における千葉すずの落選だ。
 千葉が水泳の五輪代表に選ばれなかったのが、数字による冷徹な判定だったのか、巷間言われたように水連が千葉を排除したのか、私にはわからない。ただ、当時、スポーツライターの武田薫は「水泳はプロ競技ではない。ふだん外国にいてオリンピックの時だけ帰ってきて、チームになじもうとしない選手は、水連から疎まれても仕方がない」と指摘していた。その意味が、今になって理解できるような気がする。
 その千葉(旧姓ですが便宜上ここでは「千葉」と呼ばせていただきます)が、リーダーシップを讚えられる山本の姉さん女房というのも不思議な巡り合わせだ。
 だが、これを「皮肉にも」とは言いたくない。報道されるところによれば、若い選手たちの支えとなっている山本を、精神的にしっかりと支えているのが千葉だという。それなら千葉にも、いいチームリーダーになれる資質はあったのかも知れない。それなのに、彼女は競技生活のどこかでボタンを掛け違え、資質は表現されないままに終わってしまった。そんな気もする。

|

« 誰が野球の側に立つのか。 | トップページ | 吉野家より高い署名用紙。 »

コメント

アテネの日本水泳チームをヘッドコーチとして率いていた上野という男は、実は僕の高校時代の担任でした。(笑)
そういえば、水泳というスポーツは個人競技だけれども仲間がいることでライバル意識や精神的な強さが芽生える、みたいなことをホームルームの時間に盛んに言っていたかもしれません。

僕のいた高校は千葉すずや山本貴司のいた近大付属高と高校総体で争っていたような高校でして、近大付の選手のほとんどは当時から学校外のスイミングクラブで練習していました。だから、うちの水泳部ではあまり千葉すずのことを良くは言ってませんでしたけれど、今や日本代表のヘッドコーチですからね。
もう、そんなこと言ってられないでしょう。

投稿: ふくはら | 2004/09/03 02:01

さっそくお越しいただき、ありがとうございます。いつまで続くかわかりませんが、こんな感じでやっております。
そうですか、上野コーチの教え子でしたか。まったく世間は狭いものだ。
千葉すずも仙台から呼ばれていったわけだし、近大付はイトマンが文科省管内に築いた砦のようなものなのでしょうね。
それでも、水泳界は、学校とクラブがうまく共存して協力関係を築いている、日本では珍しい競技だと思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2004/09/03 09:36

はじめまして、私は山本の大学時代の水泳部のチームメートで、すずさんの事も、よく知っている者です。読ましてもらいましたが、多少違う?ところがあったので、一言だけ言わせて頂きます。山本のリーダーシップ、人の気持ちを思いやる所などはすばらしいものがあります。しかし、すずさんにも周りの人間への気配り、人をなごませる力は、かなりあります。現役時代のマスコミへの対応や、水連の幹部へ、ズバズバと意見を言うことは、印象が悪かったと取られるかもしれませんが、私から見ると、全て筋が通っていたし、後輩のために、後輩が言えないような事を、変わりにやってくれていたと、私は思います。選考問題についても、本人は「私と同じ思いを後輩にさせたくないから」提訴したといっていましたし、それをきっかけに日本水泳連盟は変わったと思うので・・・・。私にとってはリーダーシップの塊みたいな人間ですよ。
勝手な事書いて済みませんでしたが、少しでもわかってもらいたくなったもので・・・。

投稿: はなおか | 2005/04/15 19:09

>はなおかさま

こんにちは。そうですか、お二人にそれほど近い方にお読みいただいたとは汗顔の至りです。部外者の勝手な言い分に、丁寧なコメントをいただき、ありがとうございます。貴重な証言に感謝します。

コメントを読ませていただいて、千葉選手が落選から提訴に至った当時、私は「彼女にとって『日本代表』とは何を代表しているのだろうな」と考えたのを思い出しました。
バルセロナ五輪以来、彼女は、マスコミの圧迫的な取材と、その向こう側で無責任に金メダルを求める「国民」を受け入れられずにいるように見えました。そうだとしても彼女に罪はないけれど、しかし、「国民」を拒絶しながら「日本代表」であることには、どう考えても矛盾があります。
そして、そんな彼女のジレンマは、「フジヤマのトビウオ」として「国民」に後押しされ、「国民」のために泳いできた古橋会長には、おそらくまったく理解不能なものだったのでしょう。
今も水泳にプロができたわけでもなく、水泳選手の社会的立場はシドニー当時とさほど変わっていないのに、この種のジレンマをうまく消化しているように見える今の選手たちには頭が下がります。その過程で山本選手(と、すず夫人)が果たした役割は、きっと大きいのでしょうね。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/16 00:19

北京オリンピック開催。
でふいに千葉すずを思いだして、検索したらここを見つけました。

当時の腐り切った水連は、千葉や林を散々CM出演させましたね。勿論、出演料は千葉や林が受け取れません。すべて水連のオリンピック資金になりましたね。そのお陰で大量の選手団をオリンピックに送る事が出来ました。
そして運命のオリンピック。
千葉と林は自分たちの専属コーチを連れて行けませんでした。
資金が足りなかったんですよ。
しかし、水連のこれまた大量の幹部連中は、自分たちの家族まで引き連れて来ていた訳ですよ。まさに観光気分。当然自費じゃないですよ連中は。

結果は、ご存知の通り、日本水泳史上最悪の事態に。

責任はすべて千葉すずに。すず菌が選手内に蔓延したと宣う水連幹部もいましたね。


腐り切った水連の怠質は、あれから少しも変わっちゃいない。

北島康介は北島康介が偉いのであって、水連は関係ない。

投稿: 元オリンピックスイマー | 2008/08/12 00:50

>元オリンピックスイマーさん

>しかし、水連のこれまた大量の幹部連中は、自分たちの家族まで引き連れて来ていた訳ですよ。まさに観光気分。当然自費じゃないですよ連中は。

他の競技団体でも似たような話を仄聞します。競技団体そのものに「戦う姿勢」があるか否かは、当然ながら結果に反映するでしょうね。

投稿: 念仏の鉄 | 2008/08/13 09:54

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: チーム・ジャパンに千葉すずを思う。:

« 誰が野球の側に立つのか。 | トップページ | 吉野家より高い署名用紙。 »