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二塁を蹴るイチロー。

 「イチロー、凄いよね。でも、あんまり好きになれない」
 イチローのシーズン安打記録への挑戦が話題に上るようになって、女性の友人知人から、こういう声をよく聞く。特に熱心な野球ファンではないけれど、テレビでやってれば見るし、たまには誰かに連れられて野球場に行くこともある。そういう、いわば標準的な日本人といっていい人々だ。

 テレビ画面に映される際の、イチローの取材者への素っ気なさが影響しているのだろうとは思う(あの愛想のいい松井秀喜がニューヨークに行ってからは、なおさらイチローの素っ気なさが際立ってしまう)。
 だが、それだけで彼女たちを「野球のわからない人たち」と決めつける気にはならない。正直言って、私の目から見ても、イチローはそんなに魅力のある選手ではない。テレビのダイジェスト映像で見ている限りでは。
 野球中継の基本画面であるセンターカメラは、百数十メートルという遠距離から超望遠レンズを使っているので、まるで遠近感がない。センター中心にゴロで打ち返すことが多いイチローのような打者の打球は、まるでスピード感がなくなってしまう。単なる内野ゴロに見えた打球が、画面が切り替わると外野に抜けている。そんな場面ばかり見ていても、何が凄いのかピンと来ないのは当たり前だ。

 だが、野球場のスタンドから見ると、彼の印象はがらりと変わる。
 打球の速さが納得できるというだけではない。走塁、守備、すべてにスピード感がある。彼がグラウンドに立っている限り、常に何かが起こる可能性を感じさせ、人の目を惹き付ける。

 私は、それほど数多くイチローの試合を見たわけではない。オリックス時代に東京ドームで何度か見ただけだ。いつも、外野スタンドが一杯だった。野球場の外野スタンドは、ホームチームのファンがライト側、ビジターがレフト側に棲み分けするのが長年のルールだが、当時のオリックス戦では(かなしいかな日本ハムの応援団の人数が少ないせいもあって)、ライト側スタンドのセンター寄りの席から、イチロー見たさの観客でぎっしり埋まるのが常だった。
 そんな観客の前で、左翼手の田口と右翼手のイチローが、肩慣らしのキャッチボールとしては非常識に長い距離を、嬉々として投げ合っていた。今となっては懐かしい光景だ。

 ある試合で、イチローが一塁に出塁した。私は一塁側のスタンドの外野寄りの席から見ていた。次打者がライト前にヒットを打つと、イチローは二塁ベースを回って三塁へ向かった。二塁ベースを蹴った瞬間、イチローの後ろ姿が、ぐん、と速度を増して見えた。宙を飛ぶように駆けていく加速感の美しさは忘れられない。

 野球の試合で起こるあらゆる場面の中で、もっとも心躍る瞬間は何かと問われたら、「走者が二塁ベースを蹴る時」は有力な候補になるのではないかと思う。
 一塁走者が右方向へのヒットで二塁を蹴って三塁へ向かう。あるいは、打球が右中間を破るのを見ながらホームを目指す。打者走者が、クッションボールの処理にもたつく外野手を見て、三塁を狙う。多くの場合、「二塁ベースを蹴る」という行為はリスクを含んでいる。そこに立ち止まれば安全が保証される二塁ベースをあえて後にして、先の塁を獲得するために走る。
 どちらに転ぶかわからないものを目指して懸命に走る姿の向こうには、その走者を刺そうと懸命に奔走する外野手の姿が二重写しに感じられる。広いグラウンドの離れた二か所で、別々の方向に必死で走りながら、しかし彼らは間違いなく相手の存在を感じ取り、相手と争っている。そんな重層的な意味を持つ全力疾走は、観る者にも高速の情報処理を要求する。そのスピード感も、また快い。

 イチローは間違いなく、そんな「二塁ベースを蹴る」動作がもっとも美しい野球選手のひとりだ。と同時に、右翼を守れば、二塁ベースを蹴る走者にとって、もっとも恐るべき狙撃手となる。こういう選手のプレーを見ても魅了されないというのであれば、その人は野球など見るのはやめて、他の娯楽を探した方がいい。

 しかし。走者が「二塁を蹴る」姿をテレビ画面で見る機会は少ない。皆無とは言わないが、しばしばそれは、すべてが終わった後に示されるリプレイ映像として扱われる。外野からの送球も然り。ニュースの中でイチローが安打を打つ場面をどれだけ見せたところで、それはイチローの魅力を伝えたことにはならない。
 「二塁ベースを蹴る」瞬間を目撃する快楽は、野球場のスタンドに座る観客の特権なのである。テレビで野球を見る時には、画面の外側で起こっていることを、推測によって補完する必要がある。

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コメント

私は月並みですがLaserBeam、外野手の捕殺シーンが大好きです。もちろん視察するベースカバーの力量(大抵キャッチャーになるが)にもよるけれど、刺殺しやすくブロックしやすい位置へコントロールできるイチローやSHINJOのプレーはやはり素晴らしい。

しかし伝統ある野球用語とは言え、刺殺は物騒ですよね(苦笑)。

投稿: エムナカ | 2004/09/25 12:44

新庄も最終戦で決めてましたね。爽快でした。
今朝、松井がグリーンモンスターからのクッションボールを二塁に投げて打者走者を刺したプレーを見ると、補殺に必要なのは、強肩やコントロールはもちろんですが、何よりもまず、殺意なのだと思います。松井は走者を見て投げたのではなく、ボールを捕ってから一瞬の遅滞もなく送球動作に入っていました。

しかし、殺すだの盗むだの刺すだの、確かに物騒ですね(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2004/09/25 20:36

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