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落合博満『プロフェッショナル』ベースボール・マガジン社

 有名なプロ野球選手が引退すると、とりあえず本を書くことが多い。引退直後だから、そうまとまったものにはなりにくい。自然と中身は、現役時代の体験談や交友録といったものになりがちだ。
 本書も、ざっと目次を眺めると、プロ野球関係者の名前がずらずらと並んでいて、その類いの本のようにも見える。98年限りで引退した落合が、翌99年に週刊ベースボールに連載したエッセイをまとめたもの(刊行は99年末)で、落合の長いプロ野球人生で関わりのあった人のことを書いている、という意味では、「その類いの本」には違いない。
 だが、人選と内容には、とりわけ中日をリーグ優勝に導いたばかりの今、読み返すと唸らされるものがある。

 たとえば、ロッテの新人時代に守備を教わったコーチ、河野旭輝について、落合はこう書いている。
河野さんの指導というのは、無駄のない動きで堅実なプレーを身に付けること」「何歩も動かなくても捕球できる守備位置、イージーな打球のさばき方、二遊間の素早いコンビネーション、確実なスローイング。挙げればキリがないが、これらの動作を基本から叩き込まれた
 監督・落合は、今春のキャンプで、連日、自らノックバットを握って、荒木-井端の二遊間コンビを鍛え上げた。監督自らノックをする場合、厳しい打球で選手を左右に走らせ、終わると選手はドロドロでフラフラということが多いようだが、テレビ報道で見た記憶では、落合監督は違った。荒木や井端に対して、真正面に近い、あまり強くない打球を繰り返し打っていたように思う。まさに、ここに書かれている河野流の通りだ。

 落合監督は、試合中にマウンドに行く時、いつもニヤニヤと笑っている。監督がマウンドに行くのはピンチの時ばかりだというのに、何とも肝の据わった人だ、と、テレビを見ていていつも思う。
 この、マウンドに行くタイミングについても、落合は技術として捉えているらしい。広島カープのコーチだった田中尊の項に、こう書いてある。
田中さんがマウンドに行った時は、相手に傾いた流れを食い止めたケースが圧倒的に多かった。加えて、対戦相手としては実に気分の悪くなるタイミングで試合の進行を止められていた。『あんな間の取り方はできないものか』と考えた私は、それからも田中さんの動きを見て覚えていくことにした
 落合は現役時代から一塁手として、投手に声をかけるタイミングの良さに定評があったが、それは田中コーチを見て学んだようだ。

 田中尊についての文章は、「野球学  考える野球の講師たち」と題した章の最初に紹介されている。その次に登場するのは佐藤道郎だ。落合の在籍中にロッテと中日の投手コーチを勤めた佐藤は、落合にとって投手研究の師だったようだ。
佐藤さんとの野球談義は、主にその日の試合の反省から始まる。(中略)私は口が悪いから、負けた日などは『何であんな場面で代えちゃうの?』とか『あんなピッチャー出したら駄目だよ』と佐藤さんにつっかかる。それに対し、佐藤さんは『俺はコーチなんだ。オチ、少しは立場をわきまえろ』と笑いながら、一つひとつ私の質問に答えてくれる。そして、『打者にとって、こういう攻め方はどうなんだ』などと逆に質問攻めにしてくる
 四番打者と投手コーチ、一見畑違いだが、だからこそ互いに学ぶところも大きかったのだろう。
 その佐藤道郎が、今季から中日の二軍監督を務めている。この人事は当然、監督の意向が反映されているはずだ。最も信頼を置いているであろうコーチのひとりを、ベンチ内ではなく二軍に置いていること自体に、落合の二軍観、組織マネジメントに対する考え方が現れている。だとすれば、今季の中日で、二軍から上がってきた選手が次々と活躍したことは、決して偶然や幸運ではない。それを可能にする体制を落合監督が準備したからに違いない。

 というわけで、本書の中には、落合流監督術の原点がいくつもちりばめられている。繰り返すが、引退した翌年に書かれた文章だ。引退してから指導者の勉強をした、というのではない。
 落合は現役時代から、野球を走攻守、さらにベンチワークやトレーニング方法まで含めた総合的なものと捉えて、貪欲に情報収集と思索を重ねていたことが本書からは伺える。
 野球界には「名選手必ずしも名監督ならず」という格言のようなものがある。だが落合の場合は、名選手になるために行なっていた準備が、そのまま名監督になるための準備として有効に機能しているようだ。

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