ベッカムに恋して、ミア・ハムに憧れて。
六本木ヒルズで行われている「FIFA100」の写真展を見に行った。FIFA百周年を記念して、ペレが選んだ100人の名選手(を絞りきれずに119人になっている(笑)。にもかかわらずストイコビッチがいないことは承服できないが)を、世界の著名らしい写真家が撮影した肖像写真が並んでいる。アート的に凝った写真も多いが、それよりも、単なる横顔や正面の肖像写真の方が胸に迫ってくる。名選手はそれぞれに、いい顔をしているものだ。
目を惹かれたのは、ミア・ハムの写真だった。アメリカの女子サッカー史上最高の選手だ。たぶん、「女子サッカー史上最高」と言ってもいいのではないかと思う。
ゴールネットの脇に立って、カメラをまっすぐに見つめるミアの視線は、パイオニアに特有の、強い意志の力を感じさせた。その目に惹かれて、帰宅後にFIFA100の公式サイトからポスターの購入を申し込んだ。
ミア・ハムのポスターを部屋に貼る、という思いつきから、ある映画の場面を思いだした。『ベッカムに恋して』という邦題のイギリス映画だ。主人公の友人ジュリー(キーラ・ナイトレイ)の部屋に、ミアのポスターがべたべたと貼ってあった。
ジュリーはイギリスの女子サッカー選手、あるチームのエースストライカーだ。アメリカの女子プロリーグ(WUSA)入りを目指している。自分がスカウトの目に留まるためにはチームをもっと強くする必要がある、いい選手を集めたい、と思っている。そんなジュリーが公園で見つけたのが、男友達と草サッカーに興じていた、この映画の主人公ジェス(パーミンダ・ナーグラ)だった。
ジェスはインド系移民の娘で、ボールを蹴ることが好きでたまらない。しかし、両親の期待は、成績優秀なジェスが大学に進学して弁護士になり、同時に伝統的なインドの良妻賢母になることだけで、サッカーなんて「あんな半ズボンで足を出して、とんでもない!」ということになる。両親にとって、世界はインド系コミュニティの中で完結しているのだ。ジェスはジュリーの誘いに応じて、両親に内緒でチームに入る。
以後は、活発な少女に立ちはだかる頑迷な家族の壁に恋愛が絡むという少女漫画や青春映画の定石通りに展開していくが、ひとつひとつのエピソードが丁寧に愛情をもって描かれ(ジェスの障害となるインド系コミュニティについても、決して否定的に描かれてはいない)、見ていてとても気分の良い映画だった。
で、ベッカムに何の関係があるのかといえば、主人公のジェスがベッカムの大ファンなのだ。部屋にはベッカムのポスターだらけ、ビデオでサッカーを見てばかりいるジェスに、母親は「こんな坊主頭!」と毒づく(当時はベッカムが坊主の時期だった(笑))。
だが、ジェスは『ベッカムに恋して』いるわけではない。映画は、マンチェスター・ユナイテッド(だから2002年当時ですから)の一員となった自分がベッカムのクロスを受けてヘディングゴールを決める白昼夢から始まるし、原題はBend it like Beckhamという。ベッカムみたいに曲げてやる、とでも訳すのかな(私はサッカー英語をよく知らないのだが、『Bend it』という言葉はサッカー音楽を集めたCDのシリーズ名になっているくらいだから、かの国ではサッカー用語として定着しているのだと思う)。
ジェスはベッカムのようになりたいし、ベッカムと一緒にプレーしたいと願っている。だが、彼女がベッカムのチームメイトになることはできないし、女子チームでプレーすることさえ両親から禁じられている。すべては手の届かない夢でしかない。
一方、ジュリーが部屋にミア・ハムのポスターを貼ることは、意味がまったく違う。ジュリーは裕福で愛情あふれる両親に応援されながら(母親はサッカーには興味がなく、娘にはもっと女らしくしてもらいたいようだが、だからといってサッカーの邪魔をするわけではない)、現に女子チームでプレーしている。そこで活躍すればWUSAに入れる可能性もあるし、そうなればミア・ハムと同じピッチに立つこともできる。ジュリーにとってミア・ハムは現実的な目標なのだ。
部屋の中がサッカー一色という点は同じでも、2人の少女が置かれた環境の違いが、部屋のポスターに象徴されている。なかなか巧い演出だと思った。
だが、この映画が封切られてからわずか2年の間に、ベッカムは赤から白へユニホームを着替え、WUSAは資金難で活動を停止し、ミア・ハムはアテネ五輪で活躍して金メダルを獲得した後、代表からの引退を表明している。まったく、人生はあっという間に過ぎていく。
私自身は、ミアのようになりたいわけでも、一緒にプレーしたいわけでもない。ただ、あのまっすぐな目を毎朝眺めていれば、私のような意志薄弱な男でも少しは真人間に近づけるのではないかと淡い期待を抱いただけだ。ベッカムのポスターは、貼ったことがない。
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コメント
「ベッカムに恋して」という邦題はミニシアター系での公開だったため、そこの客層を考えると恋愛映画色をタイトルに打ち出したほうが日本では受けるから、という理由だったと思います。
内容を見るとそのギャップの大きさにびっくりしますが、逆に言えばサッカーはともかくベッカム様~系のお姉さま方が、タイトルに惹かれて映画館にやってきて、イギリスでのマイノリティの置かれている立場や、ヨーロッパ女子サッカーの相対的地位等に気づいてくれればそれでOKみたいな面があったのかも知れません。
ともかくベタな恋愛映画より楽しめたことは確かです(苦笑)。
投稿: エムナカ | 2004/10/11 05:54
日本じゃ全然ヒットしなかったと聞きましたが、やっぱり邦題のせいでしょうか。ベッカムが出てるわけじゃないですからね(笑)。
私もふだんは恋愛映画とはほとんど無縁ですが、実はこの映画、最初に見たのはニューヨークへ行く飛行機の中でした(笑)。
投稿: 念仏の鉄 | 2004/10/11 08:56
ベッカム本人もラストシーンでワンカットだけ背景的に写っていますが、ストーリーには直接関係ないので、そこをメインに宣伝するにも行かなかったのだと思います。
小ヒットでOKという形で日本公開でしたから、多分そんなに損はしてないでしょう。大作が3週打ち切りになると大変ですけど、ミニシアター系で確か6週公開だったと思うので、まずまずだったと思います。
投稿: エムナカ | 2004/10/11 20:42
最後にちらっと映ってたのは本物なんですか?ベッカムのそっくりさんだと思ってました。冒頭に解説者として出てくるリネカーは本物だそうです。
この映画、英国では歴史的な大ヒット、誰もベッカムを知らないアメリカでもその年の興行収入ベスト10に入ったそうですが、日本では、これを買い付けたアルバトロス・フィルムの叶井俊太郎氏(当時)が昨年の「映画秘宝」に「買い値だって100万ドル以上!」「記録的な惨敗となった『ベッカムに恋して』」などと書いてますから、やっぱり全然ダメだったんじゃないでしょうか。叶井氏がウソついてれば別ですが(笑)。
投稿: 念仏の鉄 | 2004/10/11 23:06
映画の細かい買い付け相場や興行収入については疎いので、あくまで印象でしかありませんし、ミニシアター系の場合は元々ローテーションどおりに公開期間を設定する性格もありますから、予定通り公開したけど、予想に反して収入は得られなかったパターンなのかもしれません。
まあ、大手が買い付ける素材じゃなかったことは確かです、日本の場合は。
ラストのベッカムは本物だと、映画のパンフには書いてありました。セルDVDのパッケージにストーリー紹介が書いてあるとすればたぶんこのことにも触れているでしょう。
投稿: エムナカ | 2004/10/12 05:50