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滑り込んだ松井。

 ヤンキースとレッドソックスのアメリカン・リーグ優勝決定戦(ALCS)が始まった。去年のデジャ・ヴのようだが、ヤンキースのスタメンのうち5人は今年加入した選手。レッドソックスはチームの顔だったガルシアパーラが抜け、先発はシリング。それぞれに変化はある。

 去年のALCSで思いだすのは、やはり最終戦、松井の同点ホームインだ。日本で10年彼を見てきたが、あんなに興奮した姿は見たことがなかった。

 試合が終わってかなり経ってから、確か年末の回顧番組か何かであの場面を見て、おやっ、と思ったことがある。

 ポサーダの詰まった打球が二塁ベースの上空あたりを通過した時、二塁走者の松井は決然と走り出した。彼が予測した通り、打球は二塁手と遊撃手と中堅手が作る三角形の中央にぽとりと落ちた。
 打球を拾った中堅手のデイモンは、本塁には送球しなかった。捕手バリテックは、ホームベースのかなり手前で棒立ちになっていた。それは松井の目にも映っていたはずだ。にもかかわらず、松井は捕手から最も遠い位置に滑り込み、左手でベースを掃くようにタッチしている。
 誰が見ても、アウトになる可能性はほとんどない。立ったままベースを駆け抜ければ、それで済む。わざわざユニホームを汚す必要などなさそうだ。

 それでも松井はスライディングを選択した。諦めたふりをして走者を騙し、いきなりタッチに来る捕手もいる。棒立ちだから安全とは限らない。たぶん松井は、そこまで考えて、リスクを最小にするための判断をしたのだと思う。

 そう考える根拠は、松井自身が守備者として、去年のALCSの中で似たようなトリックを使ったからだ。
 走者を二塁に置いて大飛球が左翼を襲う。松井はグリーンモンスターと呼ばれるフェンスの前で振り向き、捕球できそうな体勢でボールを見上げる。二塁走者はベース近くに立ち止まって松井を見ている。捕球の体勢によってはタッチアップで三塁に向かうべきケースだ。
 と、不意に松井はグラウンドに背を向け、フェンスに当たって跳ね返った飛球を捕球して素早く本塁方向に投げた(たぶん、中継に入ったジーターに投げたはずだ)。もともとダイレクトで捕球できるような打球ではなかったのだ。
 走者二塁で左翼手の頭を越える長打が出れば、ホームインされて当然だ。しかし、松井のトリックプレーが功を奏して、二塁走者はスタートが遅れ、三塁までしか進めなかった。
 そんなプレーをとっさの判断でしてのけるような選手であれば、捕手が仕掛けてきそうなトリックを警戒しても不思議はない。

 あのホームインに松井がどれほど興奮したかは、その後の咆哮を見ればわかる。ベースの上で吼えた後、待ちかまえる仲間たちに、いちいち跳ね上がるようにしてハイタッチして、スキップするようにベンチに戻って行った。
 確か、この試合の最初の打席で、松井はボールカウントを間違え、ボール3で一塁に歩き出そうとした。常に落ち着き払った男がそれほど緊張する試合の、それほど重い1点にもかかわらず、松井はこの走塁で、スタートの判断からベースを触る瞬間まで、一瞬たりとも隙を見せていない。グラウンド上で何ひとつおろそかにしなかった彼の一年間にふさわしい集大成だった。

 さて、彼は今年もそんなプレーを見せてくれるだろうか。

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コメント

覚えてます、このシーン。
その後何度も繰り返し流れた気がします。
今年はすっかり4番定着ですね。
あの、大リーグの、ヤンキースの、4番に、日本人が、座っている。
もっと強打者がいないんですかね、今年のヤンキースは。
確か松井は、大リーグでは中距離バッターのはず。
来年は、本来の長距離バッターへ、脱皮するんではないでしょうか?
また、今年のストーブリーグで、アメリカに渡る選手は、誰なんでしょうか。リトル松井は中途半端に終わってしまったし。

投稿: penguin | 2004/10/16 21:21

昨年のちょうど今ごろだったと思いましたけれども
アメリカのマスコミが松井のクラッキ、勝負強さに対して
「松井は日本の人気球団でずっと4番を打っていたんだから
プレーオフで物怖じしないのも不思議ではない」という論調が
目に付きました。

トーリ監督は打線のバランスの繋がりに非常に
気を使う人ですから、長距離打者よりもしっかりチャンスで
打ってくれる人が好きなようです。
そうすると今季調子の波の激しいA-ROD、バーニーは
3-6番であるけれども4番ではない。
あとはシェフィールドか松井ということになるんですが、
今季加入したシェフィールドに対して、松井の場合は
昨年のプレーオフのツインズ戦でのシリーズの流れを変えた
逆転本塁打と、今季終盤戦にしっかり調子を上げてきたことが
トーリ監督の頭に残っているのだと思いますね。

投稿: ふくはら | 2004/10/17 00:57

>penguinさん
MLBでは、ベーブ・ルースが三番打者だったように、
三番にチーム一の長距離砲(ただし打率も伴うタイプ)を置き、
四番には老獪で勝負強いベテランを置く、というパターンもあるので、
その意味では今のヤンキースは伝統通りとも言えます。
今年は、中村ノリが行きたがってるようだけど、買う球団があるのかなあ。

>ふくはらさん
今朝の新聞にもトーリ監督の同じような談話が載ってました。
今春の日本遠征での松井人気の凄さには、
さすがのヤンキースナインも驚いたようですね。

MLBにおける松井の最大の幸運は、
自分のプレーを理解してくれるトーリがヤンキースの監督だったことでしょう。
トーリにとっても幸運でした。
スタインブレナーは、単なる長距離砲のつもりで松井を買ったのに、
来てみたら完璧にトーリ好みの選手だったのだから(笑)。
とはいえ、10月のここまでの松井には、スタインブレナーも満足でしょうね。

投稿: 念仏の鉄 | 2004/10/17 12:26

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