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宮本慎也という至宝。

 アテネ五輪における野球日本代表の戦いぶりは、野球ジャーナリズム(そんなものがあるとしての話だが)においては、きちんと総括されないままウヤムヤになってしまった印象がある。
 タイミングが悪かったのも一因だろう。スポーツメディアは他の競技のメダリストを礼賛することに手一杯で、期待を裏切った不景気な話には、あまり労力を割くことができなかったはずだ。選手たちは休む間もなくペナントレースに復帰。9月早々には合併問題が山場を迎え、オーナー会議での決定からスト決行へとなだれ込んでいく。終わった途端にポストシーズン。次から次へと大事件が押し寄せてきた野球界の中では、期待外れに終わった五輪について、せいぜい組織面での「北京への課題」を洗い出す程度の扱いで済ませてしまったのも、やむを得ないのかも知れない。
 だが、例えばサッカー雑誌において、大きな大会が終わった途端に(勝とうが負けようが)代表選手たちのロングインタビューが満載される慣習に比べれば、野球の五輪報道はいかにも物足りない感じが残る。
(総集編DVDが発売されたようだが、「『フォア・ザフラッグ』精神で集結し、勝ち得たブロンズ・メダル。酷暑の中行われた1次リーグ、決勝トーナメントの戦いのドラマをハイライトで収録。 」などというコピーを見ると、いかにも感動を押し売りされそうで、ちょっと見る気になれない。もし違うようならごめんなさい、だが)

 そんな欠落を一気に埋めてくれるような番組に、やっと出会うことができた。フジテレビのCS局「フジテレビ739」が28日の夜に放映した「MESSAGE from baseball#1 日の丸の重み 宮本慎也×高木豊」だ。
 アテネ五輪代表コーチにしてフジテレビ解説者の高木豊が聞き手となり、代表キャプテンの宮本と札幌ドームで再会し、五輪予選、そしてアテネ五輪について語り合う。実に1時間50分の番組のほとんどすべてを2人が語り合うだけという徹底した構成だ(フジテレビ739は時々こういうことをやる。最近はあまり見ないが、ジョン・カビラが大熊清などのゲストを招いて2時間話すだけ、というサッカー番組もあった)。
 いろいろ用事もあったので録画して後で見ようと思っていたのに、いざ番組が始まると、私はテレビの前に釘付けになって、結局そのまま最後まで見てしまった。それほど内容の濃い対談だった。

 改めて感心するのは、どの合宿の時に誰が硬くなっていたか、チームの雰囲気がどうだったか、という折々のチーム状態について、一選手である宮本が、コーチの高木と完全に認識を共有していることだ。いや、むしろ二人の会話からは、コーチ経験の浅い高木よりも宮本の方が、より具体的に、より深くチームを掌握していたのではないかという印象を受ける。

 たとえば昨年秋の予選の前。顔合わせから自主トレまでの緊張感の欠如、壮行試合ではじめてコトの重みを知った選手たちの動揺。宮本はそんな状況を知りつつも、目に見えるアクションを起こさず、じっとタイミングを待っていた。不安を抱いた高木が「ミーティングやらないの?」と聞いても「まだやりません」ときっぱりと答えたという。
「それぞれ主力でやっている選手たちだから、自分のペースもあるだろうし、あまり強制強制でやりたくはなかった。まずは自分たちどうしで食事に行ってくれ、コミュニケーションをとってくれ、と。優先順位をつけるならそっちが先だと思っていました」
 そして、決戦の地・札幌に入って3日間の練習が終り、いよいよ試合、というタイミングで、宮本は初めて選手だけのミーティングを開く。
「あそこだ、と思いましたね」
 宮本は、まず、国際試合に出場した経験を持つ松坂(シドニー五輪)と高橋由伸(台湾での世界選手権)に、経験談を語らせる。
(ここで、プロ選手として国際大会に出場した2人を選ぶところが絶妙だ。五輪をはじめ国際大会に出場経験のある選手は、他にも何人もいた。だが、「プロとして出場する」ことが、アマチュアの日本代表として五輪でプレーすることとはまったく異質な事態になるのだということを、宮本は大会前からはっきりと認識していたのだろう)
 そして、宮本は全選手に向かって呼びかける。
「野球には、一生懸命やったんだから負けても仕方ない、という場合もある。だが、この3試合はそうじゃない。言い訳は許されないんだ」

 この調子で内容を紹介しているととてつもなく長くなるのでやめておくが、アテネ本番についてのエピソードも味わい深い。
 予選を一緒に戦いながら「1球団2名」の壁に阻まれてアテネに行けなかった二岡と井端のバッティング用手袋を、宮本と高橋由伸が片手づつ分け合って試合で使っていたという話。帰国後、広島の黒田と食事をした時、黒田から「銅で良かったんですよ。あんな準備で金メダルをとってしまったら、みんな『簡単なんや』と思ってしまう」と言われたという話。
 予選でオーストラリアに負けた頃、一部の選手に造反めいた動きもあったようだ(さすがに個人名は出なかったが)。そんな事態をも乗り切り、準決勝敗退のショックをも乗り越えて、3位決定戦で勝利をつかむ。その後の表彰式で金メダルを見た時にこみあげてきた悔しさ。
 確かにこれは、未曾有の経験だったはずだ。彼ら銅メダリストの中には、自分が何を経験してきたのかをきちんと理解していない選手もいるだろうし、わかっていてもうまく言葉にして伝えることのできない選手もいるだろう。それだけに、宮本のような選手が、こうやって語っていくことは大事だ。これから年末にかけて、五輪代表の経験や内幕について、選手たちの声が、もっともっと出てきて欲しい。「伝道師」の仕事は、野球界の中で経験を伝えることだけではない。とりわけ、「1試合2名」枠の問題や準備期間不足のような野球界内部の都合による壁を破るためには、世間の理解と外圧が不可欠だ。


 この対談を聞く限り、コーチ陣は宮本を主将に指名した後は、ほとんど具体的な指示はしていない。ミーティングの開催についても、その他のことについても、宮本自身が考え抜いた上で、自律的に行動を起こしている。見事な主将ぶりであり、自分たちのことで手一杯だったであろうコーチ陣を見事に補ってもいる。
 とはいえ、宮本を主将に、というのは高木も中畑も一致した意見だったそうだから、少なくとも、自分たちの力不足を補ってくれる人物を的確に選んだ炯眼は評価していい。

 宮本自身にとっても、これは大きな経験だったのだろう。ヤクルト入りして以来ずっと、古田という大きな傘の下でプロ生活を送ってきた宮本にとっては、これほど難しい状況でリーダーシップを発揮しなければならない局面は、おそらくなかったはずだ。アテネ五輪によって、日本の野球界は宮本慎也という偉大なキャプテンを得た。
 それにしても、今年の野球界で、誰も経験したことのない困難な局面で見事なリーダーシップを発揮した2人の選手が、ともにひとつの球団に在籍しているというのは、果たして偶然なのか、何かの必然なのか。

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