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万人の夢を背負う男(1)

 ワールドカップ一次予選の最終戦であるシンガポール戦に、日本代表の功労者であるカズなどの選手を起用する、というジーコの腹案は、結局、実現されなかった。
 私自身は、ジーコが自分のアイデアを実行しようがしまいが、どちらでもよかった。ただ、どんな呼ばれ方をしたとしても、カズはたぶん、「光栄です」と語り、練習では11番のビブスを手放さず、試合になればシンガポール相手にむきになって点を取ろうとしただろうな、と思った。

 カズこと三浦知良には、特別な思い入れがある。ただし、カズのファンだったことはない。そのへんの心理の綾のようなものを、『万人の夢を背負う男』という題で短い文章に書いたことがある。

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 野球の話から入る。
 今でこそみんな長嶋茂雄を愛していたと言うけれど、昭和40年代半ばに長嶋ファンを自称する人は案外少なかった。「ファン」というのは「私の○○さん」という意識によって成り立つ。「ミスタープロ野球」と呼ばれるメジャーそのものの人物を「私の」と思い込むのは案外難しいものだ。
 つまり、カズは今やそういう位置に立っている。
 カズこそが日本のサッカーをここまで導いた男である。もちろん今の隆盛を築いたのは彼ひとりの力ではない。それでもやはり、彼の帰国によってすべての歯車が噛み合い、山が動き始めたことに疑う余地はない。
 プレーヤーとしては甲乙つけがたい井原やラモスや福田との決定的な違いはそこにある。カズは、長嶋を知らない世代の子供たちが初めて持ち得た「万人の夢を背負う男」なのである。

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 93年秋、ワールドカップ・アメリカ大会のアジア最終予選を前にした時点で書かれた文章だった。井原やラモスや福田とカズが「甲乙つけがたい」かどうかは異論のある方もおありだろうが、本稿の趣旨とはあまり関係ないので見逃していただきたい(でなければ適当に誰かに置き換えて読んでいただきたい)。
 振り返ってみれば、カズの代表キャリアの中で、この時がピークだった。カタールの地元紙が彼を「KING KAZU」と呼んだのも、この最終予選の最中だった。
 そう、いつだってカズは万人の夢を背負っていた。
 いくつかの節目を経て、残酷なメディアが彼を「放逐された王」とみなすようになってからも、カズは万人の夢を背負おうとすることをやめなかった。1997年の秋以降、彼のキャリアが悲喜劇と化し、言動がある種の滑稽さを帯びてみえるようになったのは、そのためだ。(この項つづく)

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