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万人の夢を背負う男(3)

 「あいつは風呂屋のタイル絵の富士山だ」
 谷口ジロー(狩撫麻礼原作)の『LIVE!オデッセイ』という漫画で、貧乏のどん底から一気に頂点に駆け上がっていく主人公のロックンローラーを、プロデューサーが評していう言葉だ。
 浪花節で、力強く、庶民的で、俗っぽく見えるけど、誰にでもわかりやすく、誰もを惹き付ける魅力がある。
 カズもまた、風呂屋の富士山のような選手だった。いや、過去形にしてはいけないな。

 例え話をもうひとつ。97年に米アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞した、モハメド・アリの記録映画がある。キンサシャでのフォアマンとの戦いと、それを待つ間のアフリカでの日々を撮影し、実に20年かかってようやく完成したという作品だった。アリと同じ肌の色の群衆が彼を取り囲み、後に日本のプロレスラーに引き継がれた「アリ、ボンバイエ!(ぶっ殺せ!)」というシュプレヒコールを繰り返す場面が印象に残っている。
 日本では『モハメド・アリ かけがえのない日々』という題で封切られたこの映画は、原題を『WHEN WE WERE KINGS』という。WHEN HE WAS KINGではない。この原題を見た時、ジョホールバルでの戦いが延長に入る際にNHKの山本浩アナが口にした言葉を思い出した。
 「この日本代表は、私たちそのものです」
 まさにそれだ。カズは俺たちだった。

 カズはイタリアでは成功できなかった。かの国でクラブの主力選手として一定の評価を受けている中田や中村の方が、いい選手なのかも知れない。だが、カズは彼らが決して引き受けようとしないものを背負っていた。むしろ、人々の期待を背負うことによって、彼は自分以上のものになろうとしていたのだろうと思う。

 そして、酷な言い方をすれば、多くの人が彼にそれを望まなくなってからも、彼は依然として期待を背負おうとしていた。たぶん、世の中の誰ひとりとして彼に期待しなくなる日が来ても、カズは自分自身に期待することをやめないだろう。
 彼の能力の真髄は、そこにあるのかも知れない。
 静岡からブラジルに旅立った時、彼の将来に期待する人は家族の他にはおそらくいなかっただろうし、ブラジルで彼に期待する人は限りなくゼロに近かったはずだ。
 もともと彼の出発点は、そういうことだったのだ。

 今のところ、私が最後にカズの姿をスタンドから見たのは、昨年11月、味の素スタジアムで行われたFC東京とヴィッセル神戸の試合ということになる。
 たまたま暇ができた日曜日、お、今日はキング・ダービーだな、と思い立って、急きょ京王線に飛び乗ったのだった。キング・カズと“キング・オブ・トーキョー”アマラオの対戦は、これが見納めになるかもしれない、という予感があった。
 味スタの試合前の選手紹介で、場内アナウンサーはいつも、アウェーの選手の名をきわめて素っ気ない調子で棒読みする。彼がカズの名を告げると、東京側のゴール裏から大きなブーイングが起こった。試合が始まってからも、カズがボールを持つたびに、東京のサポーターたちは容赦なくブーイングや口笛を浴びせた。

 Jリーグの生ける伝説に対して失礼な?
 訪れた敵地のスタンドから温かい拍手を受けたとしても、たぶんカズ自身は喜ばないだろう。
 FC東京のサポーターたちは、もうひとりのキングを歴史上の人物としてではなく、アウェーチームの手強く憎らしい点取り屋として遇していた。
 それが、彼らなりのカズへの敬意の示し方だったようにも感じられた。

 それから1年後の今も、カズは神戸でプレーしている。どうやら来年も現役生活を続ける可能性が濃厚だ。見納めになったのはキング・オブ・トーキョーの方だった。
 Jリーグ草創期の選手たちが、次々と指導者の道を進んでいる。反町のような名監督も生まれた。およそコーチなど似合いそうになかったラモスも、S級ライセンスを得た。
 だが、カズがライセンス講習を受講しているという話は、寡聞にして知らない。現役選手でないカズの姿は、ちょっと想像することができない。
(この項おわり)

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コメント

3本の連載完結、お疲れ様でした。

とことん現役にこだわり、いい意味で「ええかっこしぃ」な彼の姿をもう少し見続けたい、と思っていたら、もう一人の東アジアのサッカーの牽引車役を果たしてきた洪明甫の引退報道が飛び込んできました。

当時のベルマーレ平塚に移籍が実現しただけで喜んだのに、さらにマイチームの柏レイソルへ移籍することを知り、以前から彼に注目していた私は本当に大喜びでした。

日本人が失いかけているファイティングスピリットを前面に押し出したピッチ上のディレクターは本当に多くのものをチームに遺してくれたはずなんですが、今の成績は本当に嘆かわしい。スポーツはタレントだけでは成り立たず、やはり戦略、戦術、さらにモチベーションも含めて総合的に高いスキルを作り上げないと勝てないことを痛感しています。

投稿: エムナカ | 2004/11/16 22:49

洪明甫はMLSにいたんですよね。FIFA100写真展で赤ん坊と写っていたスタジアムがLAギャラクシーの本拠地なのかな。
ヒディング以後の韓国代表の落ち込み具合については、もっぱら監督に批判が集まっていましたが、洪明甫の不在による有形無形の戦力低下も大きいのではないかと思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2004/11/17 08:47

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