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国を持たない人々の「ナショナル・チーム」。

 12/5の日曜の午前中、たまたま付けていたテレビでチベットのサッカー代表チームに関するドキュメンタリー「チベットサッカー 悲願の海外遠征」を放映していた。目が離せなくなって、そのまま最後まで見てしまった。

 チベットは1949年に中国の侵攻を受けて占領され、現在は国家としては存在しない。このチームは、インドで暮らす13万人の亡命チベット人社会を母体としている。
 途中から見たので経緯はよくわからないのだが、チベットサッカー協会の会長が国際試合をやろうと思い立ち、デンマークの協力を得て、デンマークのスタジアムでグリーンランド代表と試合をする、ということになったらしい。

 私が見た時には、代表選手の選考会が行われていた。10のチームが集まってそれぞれに試合を行ない、最後に代表選手の名がひとりづつ読み上げられる。みすぼらしい土のグラウンドではあるが、各チームのユニホームはそれなりに整い、ピアスをしている選手もいる。そういえば、ブータンの修行僧の少年が、ワールドカップ・フランス大会の決勝をテレビで見るためにパラボラアンテナを求めて奔走するという映画(『ザ・カップ 夢のアンテナ』)もあった。今やトップレベルのサッカーとそれにまつわる風俗に関する情報は、世界の津々浦々まで共有化されているということか。

 結成された代表チームは、約1か月にわたって合宿を行ない、デンマーク人のコーチが彼らを鍛える。レベルに関しては「マイナーリーグの水準にも達していない。デンマークで恥をかかなければいいのだが」とコーチが本音を吐く。

 しかし、チームが抱える本当の問題は、むしろピッチの外にある。難民である彼らは、パスポートを持たない。国籍もない。会長がデンマーク大使館にビザの申請に訪れるが、書類に不備がみつかると、例えば身分証にインドへの再入国許可のスタンプが捺されていない者にはビザは発給されない。
 結局、当初選ばれた選手の半数前後は渡航許可が得られなかった。「僕はチベットで最高の選手なのに、デンマークに行くことができない」と泣く青年。
 会長は、デンマーク側のコーディネーターと電話で相談し、ヨーロッパ在住のチベット人の中から選手をかき集める(ヨーロッパのチベットサッカー協会というものもあるらしい)。

 苦労の甲斐あって渡航が実現し、デンマークの芝生のピッチに立って「ここは天国だ!」とはしゃぐ選手たち。だが、今度は中国政府が彼らの前に立ちふさがる。「チベットは中国の領土。ナショナルチームを名乗ることは許されず、国際試合とは認められない」と、あらゆる手を尽くして試合を阻止しようと圧力をかける。グリーンランド政府に対して「試合が実現したら中国への輸入に深刻な影響が出るだろう」と脅す。スタジアムの管理団体に対しても中止を要請する。チベット国旗の掲揚も許さない、と。

 だが、管理団体の評議委員会は、協議の末、予定通り試合を挙行する、と決定した。
 「これは政治ではない。スポーツをしよう、ということです。公式の試合かどうかなんて関係ない。チベットとグリーンランドがやるのだから、これは国際試合なんです」
 コーディネーターのマイケルが、晴れやかな表情でテレビの取材に答える。

 ついに試合当日。ロッカールームにチベット仏教の祈りの声が響く。低くリズミカルな声明。
 選手達が着用するユニホームは、燕脂っぽい赤と青の縦縞で、なかなか恰好良い。赤と青はチベット国旗の色だ。
  選手たちが通路を抜けて広々としたピッチに出ていくと、5000人くらい入りそうなスタンドは、大小のチベット国旗とグリーンランド国旗をもった観衆で埋まっていた。ヨーロッパに住むチベット人が集まってきたのだろうか。
 試合が始まる。健闘する選手たち。チベット代表史上初の得点を挙げ、狂喜乱舞する選手とスタッフ。スタンドも盛り上がる。前半は1-1。ハーフタイムに「平常心を保て!」と指示する会長自身が、気合に満ちている。
 後半、地力に勝るのであろうグリーンランドが勝ち越し点を挙げる。足をいため、顔を歪めてベンチに退くキャプテン。絶妙のループシュートは枠を外れていく。試合終了。1-4。
 だが、選手たちは悪びれることなく、晴れ晴れとした表情で観衆に手を振る。終始冷静に、鋭い目でカメラの前で語っていた会長が、試合が終わった後のインタビューで、「こうやってここに来ることができた」と感きわまって涙を見せる。

 準備段階でさまざまな障害に遭遇するたびに、チベットやデンマークの関係者は「これは政治ではない、スポーツなんだ」と口にする。
 だが、すべてが終わった後、会長は「単なるスポーツの試合ではない、自由を得るために大きなことをやったんだ」と話す。渡航を前に、会長は選手たちに「試合だけではなく、君たちがどうふるまうかを通じて、チベットに長い歴史を持つ豊かな文化があることを示すんだ」と言い聞かせていた。
 政治目的に利用しようという直接的な意図はなくとも、スポーツと政治とは人々の意識の底でつながっている。チベット人にとって代表チームはエスニシティの象徴であり、誇りの拠り所ともなる。他国の人々は代表チームを通じてチベットの存在を認識していく。中国政府が神経質にならざるを得ないのは当然だろう(そこまでやるか、とか、そもそもチベット侵攻を認めるのか、ということは措くとして)。
 「スポーツに政治を持ち込むな」という素朴な意見には、ほとんど意味がない。「代表チーム」は、どうしたって政治的な存在にならざるを得ない。それぞれの国の政治状況によって、政治性が前面に出てきたり、目立たなくなったりしているに過ぎない。

 このページに、試合にまつわる事情がいろいろ紹介されている。中国政府が試合を阻止しようと圧力をかけまくったことは、デンマーク国内で大きく報道された。そのため、この試合自体も広く知られるところとなり、大勢のデンマーク人観客が詰めかけたという。中国の行動が、いい宣伝になってしまったわけだ。融通の利かない官僚主義は、時として滑稽な結果を生む。
 対戦相手にデンマークの自治区であるグリーンランドが選ばれたのは、代表チームはあるけれどFIFAに加盟していないので、FIFA非加盟のチベット代表と試合をする上でFIFAにお伺いをたてる必要がない、という事情もあったようだ。なかなか絶妙だ。
 試合そのものがデンマークの映画学校のプロジェクトだったようで、映像そのものも見事な出来栄えだ。試合は2001年6月30日に行われ、作品は2003年に完成した。
 私が見たのは再放送だったので、今後さらに再放送があるかどうかはわからないが、機会があったらご覧になることをお勧めする。

(文中の登場人物の発言は筆者の記憶によっており、必ずしも正確ではありません)

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