ピエルルイジ・コッリーナ『ゲームのルール』日本放送出版協会
2002年ワールドカップの決勝戦。敗退が決まり、悔しさのあまりかゴールポストにもたれて動けなくなってしまったドイツのGKオリバー・カーンのところに、わざわざ自分から出向いて握手を求めた主審が、本書の著者であるピエルルイジ・コッリーナだった。ビッグゲームを仕切る彼の姿は、一度見たら忘れられない。それは、見上げるような長身とスキンヘッドという印象的な容貌のせいだけではなく、彼のジャッジが、常にこのようなこまやかな心遣いを備えているためだろう。
本書は、そのコッリーナが審判生活を振り返った半生記だ。当然、2002年ワールドカップをはじめ、いくつものビッグゲームが登場する。日本がトルコに敗退した時、日本のキャプテン宮本に「自分たちのしたことに誇りを持っていいと思う。悲しむんじゃない。胸を張れ」と話しかけたエピソードも記されている。
もっとも、98年ワールドカップや2000年欧州選手権では、彼は予選リーグの笛しか吹いていない。チームが上位に勝ち上がった国の審判は、大会後半には外されてしまうのだ。サッカー大国の優秀な審判ほど主要な試合を担当できないという大いなるパラドックスに耐えなければならない寂しさも、本書には記されている。2002年大会におけるイタリアの早期敗退は世界中の人々を失望させたが、決勝戦がコッリーナという優秀な主審によってコントロールされたのは、そのおかげでもあった。
審判の知られざる日常、喜びと苦しみ、イタリアの審判制度の仕組み(彼のような世界最高峰の審判でさえ、二週間に一度の合宿講習を受けて技術向上に努めているという)など、それぞれに興味深いが、もっともスリリングなのは、やはり試合の経験談。それも、予想を超えたトラブルに巻き込まれた時に、彼がどのように対処してきたか、というトラブルシューティングのケーススタディである。
一度は認めたゴールが実は副審の見間違いとわかった時(しかも試合はインテル対ユベントスの首位攻防戦)。ホーム側ゴール裏の荒れたファンがGKに物を投げつけ、危険きわまりない状況に陥った時。試合中に大雨が降って続行が危ぶまれた時。コッリーナは、待ったなしの難問に直面するたびに、サッカーの常識にはないような解決方法を見いだして、試合を無事終わらせることに成功する。
この種の困難な状況を打開するには、ただ正確にジャッジするだけでは充分ではない。コッリーナは正確さと同じくらい、選手が能力を発揮し、試合が円滑に進行することを重視する。ひとたびキックオフの笛を吹いたら、何があっても試合を無事に終了まで持っていかなければならない。彼を名審判たらしめているのは、このShow must go onの精神に違いない。
今年の欧州選手権では、コッリーナは開幕戦と準決勝(ギリシャ-チェコ)の笛を吹いた。2005年に45歳になり、国際審判員として定年を迎えるため、ワールドカップは日本が、欧州選手権はこのポルトガルが、それぞれ最後になる。昨年はフランスに招かれてリーグ戦の笛を吹き、定年後はFAに招かれるという話もあるらしい。いいことだと思う。世界の多くの審判に、彼のスタイルを見習ってもらいたい。特に、やたらにカードを出して選手をピッチから追放するのが自分の仕事だと思っているらしい日本の一部の審判たちには。
本書には、私生活やCM出演についての感想も記されている。大阪で放映されたというタコ焼きのCMについて言及されていないのが、唯一残念な点である。
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