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マックイーンは何と答えたか。

 『荒野の七人』がリバイバルで映画館にかかっているというので見に行った。ご存知、黒澤明の『七人の侍』を西部劇に翻案した作品だ。

 この作品を映画館で見るのは2度目になる。小学生時代の終りごろ、父親に連れられて日比谷で見た。今回のプログラムによれば、前回のリバイバル上演があったのは75年4月。ちょうど30年前だ。
 さほど映画好きだったわけでもない父親だが、その頃だけは何度か映画館に連れていってくれた。記憶しているのは『シンドバッド七回目の航海』『007黄金銃を持つ男』『ドラゴン危機一発』といったところ。書き出してみて気づいたが、私は今でも当時と似たようなジャンルの映画ばかり見ている。「三つ子の魂百まで」というから、もし百歳まで生きたとしても、私はずっと“映画秘宝派”なのだろう。

 野盗に収穫を奪われ続けることに耐えかねた寒村の農民が、侍=ガンマンを雇って野盗と戦う、という基本的なプロットは原典にほぼ忠実だ。激しい銃撃戦が繰り広げられる痛快な活劇であり、メキシコを舞台とするためか終始ラテン系の陽気な音楽が流れているけれど、作品全体を覆う空気は、静かな哀しみに満ちている。
 映画の中で、ガンマンが腕ひとつで世の中を渡っていける時代は、終りに近づいている。農民あがりの若いチコ(ホルスト・ブッフホルツ)を別にすれば、他の6人のガンマンたちは、優れた腕を持ちながら食いつめている。ヴィン(スティーブ・マックイーン)はガンマン稼業から足を洗って雑貨屋で働こうとするが断られる。オライリー(チャールズ・ブロンソン)は薪割りで日銭を稼いで、どうにか食いつないでいる。リー(ロバート・ボーン)は決闘で倒した相手の仲間に追われる逃亡生活で、安宿の親父に足元を見られて法外な料金を吹っかけられている。
 誰もがみじめな暮らしをしながら、しかし他に生きる術を知らず、生き方を変えることもできずにいる。
 ヴィンは「人々から信頼されて暮らすのが夢だった」と呟く。オライリーは、父親を「いくじなし」となじる村の少年たちを、「本当の勇気とは家族を守るために毎日畑を耕すことだ。俺にはそんな勇気はない」と叱り飛ばす。リーは夜毎に銃撃戦の悪夢にうなされる。リーダー格のクリス(ユル・ブリンナー)も彼らに共感している気配がある。
 野盗から村を守るこの戦いは、そんな彼らにとって、ガンマンである自分の存在証明にも似た意味を持つものとして描かれる。

 印象に残っている台詞がある。
 一度は野盗を撃退したガンマンたちだったが、野盗と一部の村人の計略にひっかかり、おびき出された隙に村を制圧されてしまう(ちなみに、このくだりは『七人の侍』にはない展開だ)。
 村人を人質に取った野盗のボスの、「このまま出ていけば命は助けてやる」という言葉に、ガンマンたちは屈辱の中で武装解除に応じる。
 ひとりづつガンベルトを外す7人に、得意げな顔でボスは問いかける。
 「頭のいいおめえたちが、どうしてこんな割に合わないことをしたんだ?」
 確かに報酬は一人当たり20ドルに過ぎない。村人たちに大した報酬が払えるはずのないことを、ボスはよく知っている。
 答えたのはヴィンだった。彼は軽口を叩くのが好きな男だ。
 「昔、サボテンに裸で抱きついた男がいてな。何でそんなことをしたのか、聞いてみたんだ」
 「それで?」
 「その時はそうするのがいいと思ったんだ、とさ」
 そう言うと、ヴィンはクリスと視線を交わす。あんたに付き合ってここまで来て、こういうことになったが後悔はしていない。ヴィンは無言のうちに、そう伝えているのだと感じた。

 人間、生きていれば必ず間違いを犯す。判断を誤ったと後悔することも少なくない。あの時ああしておけばと、くよくよ考え続けることもある。
 そのたびに、私は胸の中で呟いてきた。
 
 <その時は、そうするのがいいと思ったんだ。>
 
 だからといって何かの言い訳になるはずもなく、事態が好転するわけでもない。ただ、自分にそう言い聞かせることで、後悔の堂々めぐりに区切りをつけ、前を向くことができるような気がしていた。
 この言葉は私にとって、大事な格言のようなものになっていた。

 ところが。
 映画館で見たその場面、字幕には「面白いと思ったそうだ」などと書いてある。台詞そのものは正確には聞き取れなかったが、good ideaがどうとか言っていたから、字幕は直訳に近いのだろう。
 となると一体、私の記憶はどこから来ているのだろう。前回リバイバルの字幕なのか、過去のテレビの吹替えなのか。それとも、時間が経つうちに、自分の頭の中で勝手に作り上げた台詞なのだろうか。
 いまいち釈然としないが、まるっきり間違っているわけでもなさそうだ。池谷裕二『発達しすぎた脳』によれば、あいまいに情報を蓄え、抽象的に有用化して保存するのは人間の脳の特徴だそうだから、このケースでも、そういう機能が働いたことにしておこう。
 というわけで、私の中では今でも、マックイーンは「その時は、そうするのがいいと思ったんだ」と答えたことになっている。

 この映画を久しぶりに見た今回、強い印象を受けたのはジェームズ・コバーン扮するブリットだった。
 ナイフ投げの達人ブリットは寡黙だ。ガンマン稼業への倦怠を口にすることもない。他のガンマンたちのように“村を守る”ことに意義を見いだしてやってきたというよりも、ブリットは、ただ戦いを求めて参加したように見える。
 野盗に武装解除されて村を追われ、山中で銃を地面に放りだされて釈放された時、真っ先に「誰も止めるな。俺は行く」と報復を宣言したのも彼だった。
 ブリットの人生にはブレがない。たとえ将来に何の見通しもなかったとしても、自暴自棄になる気配は微塵もない。

 若い頃の私は、ほろ苦い台詞を口走るヴィンやオライリーが好きだった。人生の哀歓を感じさせてくれた彼らと比べると、ブリットはあまりに単純なキャラクターに見えた。
 だが、不惑の年齢を迎えても迷いっぱなしの人生を送っている今となっては、むしろブリットの迷いのなさが好ましく映る。たとえリアリティには乏しくとも、自分には手の届かないシンプルで強靱な心性に、憧れを抱く。

 「子供に夢を与えよう」と人は言う。大臣も、経営者も、市民運動家も、プロ野球入りが決まったばかりの高校生も、誰もが言う。
 だが、子供は放っておいても夢を見る。
 映画や小説やスポーツから夢を与えられることを本当に必要としているのは、自力で夢を見ることなど忘れてしまった大人の方なのかも知れない。

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コメント

 一昨年に再生専用のDVDを購入して、やはり子供の頃テレビで見た「明日に向かって撃て」を観ました。バート・バカラックのBGM、とりわけ「雨に濡れても」が大好きだったからです。
 僕は、「雨に・・」が流れるのは主役2人が一斉銃撃されるラストシーンだと記憶していたのですが、実際にはポール・ニューマンとキャサリン・ロスが自転車で戯れるシーンで流れていました。眩しい朝の光の中で「生」を謳歌する美しい男女。
 時代に乗り遅れて上手く生きられない少しずれた2人のギャングの結末には、緩やかなワルツが使われていました。
 暴れ者のサンダンス・キッド(レッドフォード)の「俺は泳げないんだよ!」は爆笑シーンですが、全般に流れる寂寥感が、何か心に染みるものがありました。あれ、何が言いたかったんだっけ? とにかく、荒野の7人は僕も大好きな映画のひとつです。

投稿: ペンギン君の友人です | 2005/02/04 18:24

私は昨年同様にリマスター上映された「大脱走」を見ました。マックイーンとブロンソンは「荒野の7人」とかぶってますし、やはりあの頃の映画って印象ですよね。

撮影されたのはどちらが先なのかはわかりませんが、どちらの映画もオールスター揃い踏みって感じです。もっとも今だからスターという印象なのであって、当時は駆け出しだった人の方が多いのでしょうけどね。

映画そのものも大作映画として印象深いものですが、どちらの映画のテーマ曲もCMやサッカー場での応援チャントとして使われているので、曲だけ知っている人も結構いるのではないかしら?

個人的には大脱走の方が好きでした。子供の頃は映画館には全く行ったことがなく、もっぱら自宅のテレビで見ていました。その頃「コンバット」の再放送をやっていて、軍人や軍隊に単純にあこがれていたところがありました。今ではそんなことは考えられないのですけど、やはり刷り込まれていない子供心には本当にかっこよく見えましたね。

投稿: エムナカ | 2005/02/04 22:51

>ペンギン君のご友人さん
はじめまして。ようこそおいでくださいました。ペンギン君も大変かと思えば温泉入ってたり、神出鬼没ですね。
私はお恥ずかしいことに「明日に向かって撃て」は見ていないのですが、バート・バカラックの歌は好きで、学生のころに原詩で覚えて、よく鼻歌に歌っておりました。

>エムナカさん
実はその「大脱走」リマスターを見逃したのが悔しくて、「荒野の七人」は頑張って見に行ったんです(笑)。
作られたのは「荒野の七人」の方が先ですね。ジョン・スタージェス監督が主なキャストを連れて再び臨んだのが「大脱走」だったようです。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/02/05 00:26

思わず笑っちゃいました。音楽もエルマー・バーンスタインで、おんなじ一座なんですよね。これ、どうして「荒野の七人」なんて邦題にしたんすかねえ。荒野といえば荒野、かなあ。

投稿: やまさき | 2005/02/05 00:58

>やまさきさん
いらっしゃいませ。当時は西部劇といえば「荒野」か「夕陽」か「用心棒」を入れるのが定石だったようです(笑)。原題を直訳すれば「凄腕の七人」という感じになるのだろうけど、これじゃイマイチですね。最近の映画はカタカナのままで封切られるのが物足りないです。
大脱走のテーマ曲は、みうらじゅんが「ブロンソンズ」というユニットを作って、日本語の歌詞をつけてCDにしましたね。「オレ 穴を掘る 一生懸命掘る」という歌詞は、一度聞いたら頭に焼き付いて離れません(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/02/05 22:01

マックイーンの話がブロンソンに振られて、ついには「ブロンソンズ」とみうらじゅん(爆)。

いや、いいんですけど。

当然念仏の鉄さんは、大脱走の替え歌までご存知なくらいだから、「ブロンソンズ」の名の由来が
「マンダム ~男の世界~」というマンダムの男性用整髪料のCMにチャールズ・ブロンソンが出演した時のBGMの日本語版を彼等がカバーしたときにつけた名前(だったはず)なのはご存知だと思います。

話の流れ的に次のブログネタはみうらじゅんでしょうか(苦笑)

大脱走の日本語版は忘れていましたが、ここ読んで思い出しました。どこかに音源あるかなぁ

投稿: エムナカ | 2005/02/06 07:46

荒野の7人が邦画原作の焼き直しということは有名な事実ですけど、最近の邦画にもそういう流れがありますね。

「リング」がハリウッド版で「ザ・リング」としてリメイク、その流れで「呪怨」がやはり「ザ JUON」として米国では既に公開、日本ではこの2/11から公開予定だそうです。

それから{Shall we ダンス?」がリチャード・ギアとジェニファー・ロペス主演でGW日本公開の予定と聞いています。

日本人サラリーマン的な役所広司、控えめなダンス教師の草刈民代の役どころは米国では受けないので、それぞれかなり積極的な味付けに変わっているらしいですが、それでは原作のよさは薄くなるような気もしているんけど。

ただ、日本版の周防正行監督と主演の草刈民代夫妻がハリウッド版の試写に招かれた時のインタビューで、上映後に感激のあまり涙を見せながらコメントする草刈民代の姿を見て、こちらにも期待していいのかなと思ったりしています。

もっとも草刈本人は日本語版が形を変えてハリウッドでも認められたこと自体にかなり感激していたようなので、内容そのものについては、自分の目で確かめたいと思います(爆)。

投稿: エムナカ | 2005/02/06 08:08

映画について書いた文章には、ふだんと違う方からコメントをいただくことがあって楽しいのですが、「荒野の七人」にこんなに反響があるとは驚きました。

>エムナカさん
みうらじゅんメーンで書くことは、たぶんないです(笑)。
ブロンソンズというのは確か、週刊プレイボーイか何かで連載していた、みうらじゅんがブロンソンになりきって答える人生相談のコーナーが発端だったような記憶があります。マンダムのCMは皆さんご存知でしょうか。私は子供のころによく見てました。
「JUON」も「SHALL WE DANCE?」も評判は良さそうですね。私はそれよりも、「AKIRA」と「エヴァンゲリオン」と「ルパン三世」についてハリウッドが映画化権を獲得したという話があったので、本当に実現するのかどうか気になってます。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/02/06 22:58

いつも読ませて頂いております。コメントへのレス、ありがとうございます。実は「初めまして・・」ではなくて、以前「NHK問題」の時にコメントを書かせて頂きました。それから少し前ですが、ペンギン君のHP上で会話?のようなものを交わさせて頂きました(その時の僕は、楽天上の名前でしたが)。何か堅めの話題でやりとりした記憶があります。
鉄さんの視点や論旨の鮮やかさに感服しております。今後も楽しみにしております。

投稿: ペンギン君の友人です。 | 2005/02/08 19:12

>ペンギン君のご友人さん
あ、そうでしたか。これはこれは。藤沢周平はその後も読んでらっしゃいますか?
ご覧の通り、何の愛想も愛嬌もないblogですが、よかったら、またお立寄りください。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/02/09 08:51

荒野の七人でスティーブ・マックィーンが
「その時はそうするのがいいと思ったんだ、とさ」
と答えるのは、正確には
「そのときはそれでいいと思ったそうだ」
です。これはテレビ朝日が73年、74年及び76年にテレビ放映したときの吹き替え版の訳した台詞です。このときの日本語吹き替え版は現在発売されているDVDにありますのでご購入されるなりレンタルされるなりで確認できます。
このときの吹き替えは私はカセットに録音して何度も聞いたのですべて暗記してしまいました。今聞いてもこの日本語吹き替え版は非常によく訳されており、声優さんも皆さん達者で字幕版よりいい出来だと思います。

また、76年にリバイバル上映されたときの字幕は

「うまい話だと思ったそうだ」

です。

私は、このときのイーラィ・ウォラック扮するカルベラの戸惑ったような表情を見せる一瞬の間が非常に印象に残っています。

投稿: ヴィン | 2005/05/16 01:07

補足します。

因みに、ジェームズコバーン扮するブリットが、
「誰も止めるな、俺は行く」
は字幕版です。
吹き替え版では。
「人の銃を屑みたいに扱いやがって」(一瞬の間の後)「許さねぇ」
です。
後者の方がやはり実際のニュアンスを伝えていて秀逸だと思います。
また、カルベラの手下が七人の銃を投げ捨てたときに真っ先に駆け寄ってガンベルトを腰に巻くのもブリットです。
これは原作の七人の侍の宮口精二扮する久蔵が、三船敏郎扮する菊千代が村で半鐘をかき鳴らしたときに野党襲来と思った侍と百姓が慌てる中、真っ先に野党に備えて駆け出したシーンからキャラクタライズされたものと思われます。

投稿: ヴィン | 2005/05/16 01:17

>ヴィンさん
詳しいご教示、ありがとうございます。
私もこのエントリーを書いた後でDVDを手に入れて確かめました。私の記憶はテレビの吹替え版がもとになっているようですね。
DVDで音声を「日本語吹き替え版」にして、さらに日本語字幕を表示しながら見てみると、あまりに違うので驚きます(笑)。私は吹替え洋画で育った世代なので、映画館はともかく、テレビ画面で洋画を見る時は吹替えの方が好きです。

>私は、このときのイーラィ・ウォラック扮するカルベラの戸惑ったような表情を見せる一瞬の間が非常に印象に残っています。

「鼻白んだ表情」という形容は、ああいう顔のためにあるのでしょうね。
悪役にしては、いい人ですよね。武装解除した時点でガンマンを全員殺してしまえば、あんなことにはならなかったのに(笑)。損得勘定で動く人間には、そうでない人間が理解できないということでしょうか(逆もまた然り、ですが)。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/05/16 10:13

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