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『星屑たち』と、もうひとりの「アトランタ組」。

 『星屑たち』(川端康生/双葉社)という本を読んだ。サブタイトルが、「それからのアトランタ組物語」という。
 タイトルから容易に想像がつくように、アトランタ五輪で脚光を浴びながら、その後、陽の当たる舞台から姿を消してしまったサッカー選手たちについてのノンフィクションだ。いわば、金子達仁の出世作『28年目のハーフタイム』『決戦前夜』の後日談にあたる。金子が積み残した宿題を肩代わりしているようなものだ、とも言える。

 著者は前園真聖、城彰二、広長優志らの選手たち、西野朗、田中孝司、加藤久ら当時の協会スタッフたちを訪ね歩く。彼らは口を揃えて、(選手たちは)人気に躍らされて自分を見失った、と言う。それは誰もが思っている通りの図式なのだが、本書はそこに留まり、特に新しい何かを付け加えてはくれない。誰よりも著者自身が感傷に浸りっぱなしなので、最初から最後まで、ただただ慨嘆しているだけ、という印象が拭えない。

 たぶん、当事者たちの談話に終始していることが、本書が平板になってしまった理由なのだろう。選手たちはまだ30歳を少し超えたばかりで、脚光の当たらない場所ではあっても、多くはサッカー選手を続けている。ひとりひとりの経験に大きな違いがないのだから、どうしたって同じような話になる。
 前園を描くのであれば、彼が所属していた事務所(後に中田英寿をプロモーションによって大いに成功したこの事務所の女性社長は、失敗例である前園のケースについて、現在どのように考えているのだろうか)やCMに起用したプロデューサー、アトランタ以後の前園が所属したチームの指導者たち(とりわけ当時の代表監督であった加茂周)の証言も読みたかった。

 また、せっかくサッカーを専門とするライターが書いているのだから、アトランタの前後で彼らのプレーにどのような変化があったのか、代表に踏みとどまった中田英、川口、松田、田中誠らと消えてしまった選手たちを隔てるものは何だったのか、というような点についても、はっきりと打ち出してもらいたかった。
 もっとも、あとがきによれば、著者がやりたかったことは「単にサッカー選手として彼らが輝き、そして光を失っていく道程をレポートすることではない。彼らを通してあの時代を再現したかった」というから、私がここで書いていることの多くは、ないものねだりなのかも知れない。

 だとしても、本書には巨大な欠落がある。
 川端康生は、なぜ小倉に会わなかったのだろう。「アトランタ組」で最大のスターになるはずだった小倉隆史に。


 小倉はこのチームのキャプテンだった。実績もリーダーシップも群を抜いていた。高校選手権で優勝し、名古屋グランパス入りした途端に92年のナビスコカップで活躍。Jリーグ開幕時にはオランダに留学し、帰国して日本代表に選ばれ、フランス代表から初得点を挙げた。「レフティモンスター」と呼ばれたこのFWは、しかし、アトランタ五輪予選を前にした合宿で大ケガを負い、このチームから姿を消す。
 それからの小倉は、ケガと手術を繰り返し、輝いた時期はあっても長くは続かなかった。名古屋を離れてからは市原、東京V、札幌、甲府と渡り歩いている。チームを転々とせざるを得なかった事情は、私にはわからない。

 甲府に加わってからの小倉を、スタンド観戦したことが2度ある。
 最初は2003年、シーズン途中に加入して間もない6月末に、甲府の小瀬スタジアムで行われた横浜FCとの試合だった。その日、小倉と城彰二が対戦すると気づいて、中央線を西に向かった。
 当時、甲府は倒産寸前の土俵際から経営を建て直しつつあった。甲府駅前に地元クラブの試合開催を思わせる飾り付けは見当たらず、市を挙げて盛り上がっているとは到底言えなかったが、それでもスタジアムには6500人の観客が訪れていた。

 キックオフ前のピッチで親しげに会話を交わしていた2人は、ともにFWとして先発した。小倉は当初、周囲とうまく噛み合わなかったが、試合が進むにつれて藤田や倉貫というテクニックのある選手と絡んでチャンスを作り、自ら同点ゴールも決めた。城はゴールだけを狙い続けたが、実らなかった。
 城はハーフタイムの後、円陣を組む仲間たちに一人だけ遅れて現れた。シュートを外しては大袈裟に悔しがり、相手DFにタックルされるといちいち文句をつける。「俺はお前らとは格が違うんだ」と言わんばかりの態度だった。
 小倉はハーフタイムの後、先頭に立ってグラウンドに戻ってきた。周囲の選手に指示を出し、ミスをした選手にも手を挙げてフォローを忘れない。若く、未熟で、もしかするとあまり伸びしろもないかも知れない選手たちに辛抱強く付き合って、どうにかしてこのチームを前に進めていこうという気持ちが感じられるようなプレーぶりだった。何よりも、あの底抜けに明るい笑顔は、今も曇ってはいなかった。

 同じ年の12月、天皇杯で東京Vと対戦した時には、試合内容も進歩していた。甲府は前線から激しくプレッシャーをかけ、終了寸前に勝ち越し点を挙げられて力尽きるまで、東京Vを苦しめ、西が丘を大いに沸かせた。
 この年の暮れ、地元紙に掲載された記事には、「甲府には『場所と責任』を与えてもらった」という小倉の談話が紹介された。

 小倉が加わってから、甲府は着実に成長している。昨年は、最終的には7位に終わったものの、一時はJ1昇格も狙える位置につけていた。
 小倉は、このクラブが得た初めての一流のプロだ。ひどい故障から立ち直った不屈の男でもある。彼が身をもって示すプロのあり方は、クラブに受け継がれていくべき財産になるはずだ。
 不運な故障で「アトランタ組」から脱落した男は、苦難と流浪の旅の果てに、山あいの町で自分の居場所を見つけ、3年目のシーズンを迎えようとしている。「アトランタ組」とは対照的な足取りといってよい。

 アメリカの宇宙開発の黎明期を描いたトム・ウルフのノンフィクション『ザ・ライトスタッフ』を読んだ方なら、時代の寵児として脚光を浴びる宇宙飛行士の座には目もくれず、テストパイロットとして地上最速に挑み続ける孤高の男チャック・イェーガーが強く印象に残っているに違いない(映画化作品でも、サム・シェパードが見事に演じていた)。
 この『星屑たち』という作品にとって、小倉はイェーガーのような存在になり得たはずなのに一切触れないとは、なんとも惜しいことだ。

 小倉がアトランタ五輪を見たかどうかは知らない。ただ、アトランタで脚光を浴びた選手たちをテレビの前で見つめていたはずの同世代は、ほかにもたくさんいる。後に代表のユニホームに袖を通したり、フランスや日本でのワールドカップに出場した中西、平野、森岡、土肥らがおり、そうならなかった同世代のプロ選手も、プロ入りしなかった元サッカー部員も大勢いる。そんな人々にとっての「あの時代」は、本書に描かれたのとは、また違ったものであるはずだ。

 代表選手をモデルに世代を論じることは、書き手にとっては書きやすく、読んでもそれなりに面白く、俗耳にも入りやすい。だが、モデル以外への目配りが不十分な場合、それは議論としては脆弱なものになりかねない。
 金子達仁は『決戦前夜』において、ワールドカップ・フランス大会最終予選で「ドーハ組」から「アトランタ組」への世代交代が行われたと主張し、その過程を過剰なまでにドラマチックに描いている。だが、実際にフランス大会のレギュラーに最大多数を占めた世代が、両者の間の「バルセロナ(五輪に出られなかった)組」だったと知れば、あの本に対する感想も、いささか違うものになるだろう。


追記(2005.3.2):
 さらにもうひとりのアトランタ組の物語『U-31』、完結してたとは知らなかったが、今なら全2巻、書店で入手可能。併読すると、『星屑たち』の物足りなさを、いい具合に補完できるはず(笑)。

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コメント

こんにちは、

同じ本を読んだものとして、TBさせて頂きました。

おっしゃる通り、この本の最大の欠陥は小倉抜きで語られていることです。確かに、その他この筆者はノスタルジーというか自分の感情に浸る傾向は強いし(他の作品でもそう)、内容も28年目のハーフタイムの復習みたいでしたが、あえて金子達仁が残した宿題(本来なら金子達仁がやらなければならないのに)に取り組んだことを評価したいと思います。

残念ながら日本のスポーツ界では一瞬の栄光に浸って消えていくアスリートがどの世代(それこそ小学校からプロまで)でも多すぎます。そして第2のキャリアは滅茶苦茶な人が多すぎます。

そういったテーマを筆者はどこまで認識して書いたかは知りませんが、そこに注目しただけでも評価したいと思います。

投稿: スポーツ侍 | 2005/02/20 19:28

>スポーツ侍さん
こんばんは。コメントとTB、ありがとうございます。よろしくお願いします。
感傷的なのは川端さんのいいところでもあるのですが(彼が書いたフランス大会の観戦記はなかなか好きでした)、本書に限って言えば邪魔になっていると思います。
金子達仁は『決戦前夜』に前園を出さなかった時点で、すでに宿題を放棄してますね。

>そこに注目しただけでも評価したいと思います。

おっしゃることはわかります。その意味では、本書はまだ時期早尚だったと私は思っています。選手たちの多くは、成功できなかったにせよ、まだ現役選手であり、第1のキャリアが終わっていません。第2のキャリアを軌道に乗せたころに、はじめて彼らは心の中で第1のキャリアに整理をつけることができるのではないでしょうか。川端さん、また書いてくれればいいんですけどね。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/02/20 21:49

 トラックバックを入れようとしたのですが、巧く入っていないようです。随分前にお約束した小倉と城の文章を、ようやく書きました。
 鉄さんのこのエントリ以降、小倉はもちろんですが、城は何かを掴み(それにはカズの影響が大きかったようですが)横浜FCに大きなものを残し、それぞれ我々の下から去っていきました。
 あのアトランタ世代、去った男達も、川口を筆頭に今なお戦い続けている男達もいます。まあ、色々ありますが、彼らと共に戦う事ができたのは、本当に幸せだったと思います。

投稿: 武藤 | 2008/02/03 22:45

>武藤さま

お礼が遅くなってすみません。出張に出ておりまして、戻ったら1か月も放置していた当ブログのアクセスが爆発しておりました(笑)。
今年になってから大事な試合には所用や出張がぶつかってばかりで残念です。城の引退試合も行きたかったのですが。幻の2トップ、見たかったです。

ここに自分で書いた文章を改めて読むと、城のその後の変貌ぶりは見事なものですね。引退後のインタビューで、ある時期、奥さんに「あなたはもうJ1の選手じゃないのよ」(「代表選手」だったかも)みたいな叱られ方をして目が覚めた、という話をしていました。ボストンの松坂にも似たようなエピソードがあります。選手が化ける背景には、いろんな事情があるものですね。

投稿: 念仏の鉄 | 2008/02/04 23:17

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 前園真聖引退のニュースと、ドロドロ嫉妬社会(「アタックNo.1」評参照)とで、以前読んだ『28年目のハーフタイム』という本を思い出した。  この本は、「マイアミの奇跡」と呼ばれた、96年・アトランタ・オリンピックでの日本代表勝利(対ブラジル)の内幕を描いたものである。このオリンピックの活躍で、前園を中心とする何人かの選手たちは、一躍時代の寵児としての扱いを受けるが、当時のチームは一枚岩とは言えず、むしろ崩壊寸前であった。タイトル中の「ハーフタイム」とは、後に大きく飛躍することになる中田英寿と... [続きを読む]

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