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イチローは視線に脅えている。

 『百年の誤読』という本がある。ライターの岡野宏文と豊崎由美が20世紀の日本のベストセラー100冊を読み返した書評対談なのだが、これを読んでいたら、豊崎が高村光太郎のことを、「典型的な自分大好き人間。イチローか、お前は。」と言い出したので、あまりの唐突さに、電車の中で吹きそうになった。
 豊崎はわざわざ「イチロー」の脚注までつけて、
「野球選手の中で唯一絶対股間をかかないことで有名。常に『かっこいいオレ』を意識し、守っている最中は少しすがめた目で遠くを見つめ、男っぽくてクールなオレを演出。今、日本で一番有名な自分大好き人間でありましょう。」
と書いている。そんなに嫌いなら、見なきゃいいのに(笑)。

 豊崎がそう言いたくなる気持ちは、わからないでもない。
 私はイチローのプレーを見るのは好きだが、彼のインタビュー記事を読んだり、テレビで彼がしゃべるのを見るのは、あまり好きではない。自分のプレーについて語る口調は独特で、何ともいえない違和感を感じることが多い。
 ただ、それは「自分大好き人間」という言葉では形容し尽くせない。
 強いて言えばそれは、自分が撮った映画のパンフレットの中で、事細かに「あの場面にはこういう意味がある」「このキャラクターはこれを象徴している」などと語り、自作の鑑賞の仕方を観客に教育しようとする映画監督を連想させる(って、『もののけ姫』での宮崎駿のことなわけだが)。イチローという選手の観賞法をコントロールしたいという欲求が、彼の言葉の端々に感じられる。
 岡田斗司夫もどこかで力説していたが、本やマンガは読者が、映画や演劇やスポーツは観客が、自分なりに受容することによって、はじめて作品として完成する、というのが当blogの立場である(なにせ「見物人の論理」ですから)。
 だから私は、作者や演者に「ここを見てくれ」と言われる分には喜んで見るけれど、「こう見るのが正しいんだぞ」と口うるさく指図されるのは癪に障る(笑)。

 しかし、最近のイチローの発言は、そこからさらに別の次元に入りつつあるような気がする。
 驚愕したのは、週刊ベースボール2/14・21合併号の巻頭に掲載されたインタビューの冒頭だ(聞き手は小西慶三)。
 昨年の最多安打記録更新についての現在の心境を問われて、イチローはこんなふうに答える。


「街に出たとき、周りの反応とかがちょっと異常な状況もあったりして、いつもと違うことは感じさせられます。テレビをつけたら自分の映像が出てくることもしばしばあって、そんなことはこれまでにもほとんどなかった。自分があの時見ていた映像はだれとも違うもの。それが今、人と同じ映像を自分が見る。見え方がまったく違いました。」
−−見え方が違う、とは?
「あの時、雰囲気は感じられても、細かいチームメートの表情とかは漠然としか分からなかった。そういうのは後から細かく見たとき、チームメートがお愛想で出ていたように見えたりとか、ひょっとしたら残念な気持ちになることもあるじゃないですか。そうじゃないと感じられたのでよかったです。」


 あの日、イチローが新記録の安打で一塁ベースに立つと試合は中断され、彼はチームメートのひとりひとりと抱き合って祝福を受けた。彼は子供のような笑顔を見せていた。試合後のインタビューでは、みんなが出てきてくれるとは思わなかった、うれしかった、という意味のことを話していた。
 そんな幸福な思い出に対して、「ほんとはあいつら、俺のことを喜んでなんていなくて、付き合いで仕方なく出てきただけなんじゃないのか」という可能性を彼は気にしているらしい。この懐疑心は何なのだろう。仮に何人かそういう奴がいたとしても、いちいち気になるものだろうか。彼には実際にそんな経験でもあるのだろうか。
 この談話、単なる韜晦というより、見てはいけない精神の暗部を垣間見てしまったような印象さえ受ける。

 何がイチローをそうさせるのか。
 文芸春秋3月号に掲載されているインタビュー記事「イチロー 日本人の誇りを胸に」は、聞き手が、彼がもっとも信頼しているライターと思われる石田雄太であるためか、自分の弱みについても率直に語っている部分がいくつかある。中でも興味深いのは、甲子園に出場した時のプレッシャーを問われての答えだ。


「甲子園でのプレッシャー……そういえば、ありましたね。当時は僕のことを何千万人もの人が見てるんだって勝手な解釈をしていたんですよ。でも、実際には僕を見てる人なんてごく一部。だから、自分だけで気にしてた感じがしますね。」


 プレッシャーは第三者の数が増えればそれだけ大きくなるのか、と問われて、イチローは「たぶん、そうでしょうね」と答えている。今回の記録は野球好きな人だけでなく、ワイドショー好きの人たちまで「巻き込んだという実感がありましたから、それだけプレッシャーもかかったような気がします。もし達成できなかったらどうなったんだろうと考えると、恐ろしい」と言う。
 確かに今は、本当に何千万人もの人が彼を見ている。太平洋を越えて。


「日本からの目というのは脅威ですよ(笑)」
「日本人は報道のされ方にものすごく敏感で、関心のないことでも、大きく取り上げられているというだけで、そこに殺到してくる傾向がある。二百本って何のことっていう人まで、あの時(引用者註:MLBシーズン最多安打記録に迫っていた時期)には記録まであと何本かを知っていました。だから、アメリカ人に対しては野球に関心のある人たちだけを対象に考えればいいんですけど、日本人に対してはそういうわけにはいきません。そのパワーは、まさに脅威です。」


 ここで語られているのは、視線への恐怖心だ。
 他人にどう見られているか、ということが、彼には気になって仕方ないらしい(スーパースターになってカメラやマイクに追い回されるようになる以前から、その萌芽があったことを先の談話は示している)。
 視線が怖いからこそ、他者が自分に向ける視線を自力でコントロールしようという欲求が高まり、さまざまな言動として噴出してくるのだろう。
 以前から彼は、取材者を厳しく峻別したり、ファンについて「ついてこられる人はついてくればいい」などと話したり、一言でいえば「客を選ぶ」傾向が強かった。自分を理解できる人だけに自分を見る資格がある、とでも言いたげだった。
 それは裏を返せば、自分に理解できなかったり、自分の好みに合わない視線を、できるかぎり遠ざけたいという気持ちの現れなのだろう。
 だが現実には、そうする試み自体が、豊崎や私のような反発をも生んでいく(豊崎はプレーも気に入らないらしいが(笑))。


 さっき、「イチローの発言は別の次元に入りつつある」と書いたが、もうひとつ、彼は近ごろ、やけに他の選手のことをとやかく言いたがるようになったという印象もある。
 とりわけ俎上に上がるのが松井秀喜だ。石田雄太は、そのことも率直に訊いている。


−−ところで、イチローさんは去年のオフから何度かヤンキースの松井秀喜さんに対して厳しいことをいくつかのメディアで仰ってきました。「記者を育てるのが選手だとしたら、松井さんの取材対応では記者が甘んじてしまう」とか。それは、なぜだったんですか。
「もちろん、期待をしているからです。(中略)日本人の野手としてレギュラーでメジャーの試合に出続けた選手は僕と彼だけでしたから、僕らにはそれだけの影響力があると考えています。だからこそ期待をしてきたし、今も期待をしているからこそ、ああいう言い方になってしまうんです」
「彼にはもっと周りを見て発言をして欲しいし、広い視野で物事を捉えて欲しい。軽い気持ちで言ったことが、どれほどの影響力をもって世の中に伝わっているのかということを意識していて欲しいとは思います」
「一年目の初めの頃の言葉と、去年の最後の頃の言葉を比べても、あまり違いを感じない。あれだけの選手が、メジャーで二シーズンも戦って、何かを感じていないはずがないんだから、それをしっかりと伝えてもらいたいんです」


 イチローが一連の発言の中で松井に何を要求しているのか、私にはいくら読んでもわからない。松井以上に「広い視野で物事を捉えて」、「周りを見て発言を」する野球選手がいるだろうか。
 石田が質問を重ね、イチローが饒舌に語れば語るほど、話は見えにくくなっていく。この話題の締めくくりはこうだ。


「松井秀喜という選手は、何もかもが僕とは正反対なんです。僕にないものが彼にあって、彼にないものを僕が持っている。だから、もっとガツガツして欲しいし、ホームランをガンガン打って欲しい。走り方も投げ方も不細工な方がいいんです。それでも、誰よりも打球を遠くへ飛ばしてしまう、というところが彼の魅力でしょう」


 この言葉が、その前に引用した部分とどう結びつくのか、私にはわからない。だいたい、「不細工な方がいい」なんて、はっきり言って余計なお世話ではないか(笑)。
 イチローは、もともと禅問答のようなモノの言い方を好む選手ではあるけれど、それでも、この10ページにわたるインタビューの中で、松井秀喜に関するやりとりだけが、突出して意味不明といってよい。

 イチローは、なぜこれほど松井に対してムキになるのか。
 ここで、さっきから論じてきた「視線」という補助線を引くと、案外すんなりと答えが出そうな気もする。
 松井秀喜は、他者からの視線に対して、きわめて強い耐性を備えている。高校を卒業してジャイアンツに入り、連日大勢の記者に囲まれる生活になっても、彼はまったく痛痒を感じているようには見えなかった。視線をコントロールしようなどという意欲を表に出したことは、まずない。東京スポーツに、松井のエロビデオコレクションに関する記事が載り続けても、松井が怒ったとか止めたとかいう話は聞いたことがない(だから、いまだに時々載っている(笑))。
 そういう性格でなければ、ジャイアンツの四番打者としてすべての試合に出場し、タイトルと優勝の双方を同時に争う、などということはできない。記者たちに囲まれた彼の表情や態度、話す言葉は、ヤンキースの2年間どころか、プロ入り以前からほとんど変わっていないのだ。

 イチローは「何もかもが僕とは正反対」という言葉を、あくまでプレー上の要素について話しているが、私はむしろ、この2人がもっとも異なるのは、この「他者の視線」への対応ではないかと思っている。
 そして、自分にとってどうしようもないストレスである「他者の視線」に対して、まるで何とも思っていないらしい松井の存在が、イチローには不可解で仕方ないのではないだろうか。もしかすると、嫉妬心さえ抱いているかも知れない。
 「松井の人気にイチローが嫉妬している」という類いの風評は週刊誌等で時々目にする。それが当たっているかどうか、私には確かめるすべもない。ただ、もしイチローに嫉妬心があるとしたら、それは「松井が記者に囲まれること」に対してというよりも、「松井が記者に囲まれても平然としていられること」に対してなのだろうと思う。

 だとしたら……イチロー、ちょっと可愛いかも(笑)。
(こんなこと言われるのも、彼はきっと死ぬほどイヤなのだろうが)


 可愛いといえば、文芸春秋のインタビューには、こんなやりとりもある。


−−では、イチローさんはどういう男のことをカッコいいと思いますか。
「たとえば飲み屋に気に入った女の子がいるのに、何度その店に行っても彼女には一切触れずにいて、そのうち向こうから触れて欲しいと言わせる男。それ、カッコいいですねぇ。」


 うーん。週刊文春の対談じゃないんだからさ。イチロー、カッコよくないぞ。

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コメント

最後のインタビュー記事、私も読んだはずなんだけど、あんまり印象に残ってませんでした。

でも、鉄さんのこの分析には納得です。

イチローはいわゆるZONEの領域を自覚しているような印象がありますが、松井秀喜は多分そうではないところ(もちろんこれは私の印象、実は彼もZONEを自覚しているかもしれません)が彼等の間にある相対的なポジションなのかもしれません。

投稿: エムナカ | 2005/03/07 01:45

>エムナカさん

>イチローはいわゆるZONEの領域を自覚しているような印象がありますが、松井秀喜は多分そうではないところ(もちろんこれは私の印象、実は彼もZONEを自覚しているかもしれません)が彼等の間にある相対的なポジションなのかもしれません。

なるほど。
このエントリーでは技術的な領域については触れませんでしたが、確かにイチローはMLBに行く前から、自分の技術的ステージの段階が上がった、という意味の話をしばしばしていたのに対し、松井はそういう類いの話を一切しませんね。その面では、イチローが松井に対してもどかしく思うのも当然かも知れません。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/03/07 07:28

私もイチローのインタビュー番組をみていると、妙な居心地の悪さをいつも感じていました。確かに偉業を成し遂げたんでしょうけれど、あまりにもそれを肯定しすぎているというか、出てくる言葉に省略されている主語、「偉大な僕というプレーヤーとしては・・・」という声が聞こえる気がしていました。イチローの言動への違和感は、やはり皆さんお感じだったんですね。
スポーツ番組(NHKも)が、全て肯定的に流しすぎるのも気になっていました。何かを達成すれば全人格が何らかの認証を受けてしまうような風潮がありますよね。
そこへいくと松井は、等身大の青年っぽくて好感が持てます。たぶん彼は自分を適正に評価しているんだと思います。ただ、キャップに小型ジェットで乗り付けた映像には驚きましたが、もはやそういうことが出来る存在なんですよね・・・。

投稿: ペンギン友人 | 2005/03/07 12:46

>ペンギン友人さん

「ペンギン君」と書くのもだんだん面倒くさくなってきたので、このままいきます。許せペンギン君。

>スポーツ番組(NHKも)が、全て肯定的に流しすぎるのも気になっていました。

イチローの“お筆先系ライター”に小松成美という人がいますが、以前、彼女がNHKのサンデースポーツに出演してイチローについて語った時、「イチローさんは○○なさるんです」とべたべたな敬語で通していて異様でした。ま、選手本人の言い分の忠実な記録としては意味があるのでしょう。彼女が中田英寿のお筆先でもある点は興味深い。
同じイチロー本を書いていても、石田さんには聞き手(書き手)としての主体性を感じます。

>小型ジェットで乗り付けた映像には驚きましたが

松井はたぶん、そのくらいのことでは変質しないのでしょうね。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/03/07 23:53

となると、藍ちゃん、愛ちゃん、美姫ちゃんなど、若手アイドル系に対する、「スポーツメディアの視線」(扱い)も気になりますね。

 ぜひこのへんのことも、鉄さんの透徹した論評で読みたいです。

 藍ちゃんはすごいんだろうけど、最近、成績悪かった時もなんだか必ず談話出るしなあ。

 現場行ってしまった手前、負け試合でもなんか取材しなきゃ、というのは取材する側の理屈としては確実にある。紙面空けて待たれてる時もあるし。

 だけど、それを使うかどうかはデスク側の判断のはず。ですが、成績悪かったからボツにできるか、というと、いまの藍ちゃんフィーバーなるものの現実のなかでは、なんでもいいから流しとけ、ということなのかな。

 テレビの感覚は、よくわかりません。

 イチローみたいに育ってしまう(育ててしまう)って、そもそも、どういうことなんだろう。どんな形成過程を踏むものなのでしょうね。

 野球で言えば、最初の洗礼(ヒーロー扱いへの忍耐)は、間違いなく、高校野球。

 地方大会での明らかにアンバランスなど派手な扱い方に始まり、代表校になってからは、県庁へのあいさつから、甲子園初練習、試合後の通路での囲みまで、まさに過剰。

 松井は、高校1年の時から、取り巻いてくる記者の扱いに、だんだん慣れていったんでしょうね。そして、ある時から記事をコントロールするには、記者と対峙するのではなく、記者を取り込んだほうが得策だというノウハウを身につけたんではないでしょうか。

 松井は、番記者たちを年1度、高級レストランに招待するらしいですもんね。
 NYに行ってからも同じで、米人記者をそうやって仲間にしているとか。
 それなら、いつも試合後の囲みのなかで、厳しい質問は出なくなるし、自分も、リラックスした表情で、いつもの仲間に語るごとくコメントすることができる。
 政治家と番記者の関係と一緒ですよね。
 (あれ?もしかして読売巨人軍広報ってのは、読売新聞社会部の記者がなるって聞いたことありますが、そういうノウハウも、松井は巨人時代に学んだんですかねえ?)

 イチローは、そういう裏技使うんだろうか。
 記者と仲良くすることがメディアのなかで好意的に扱われることにつながるということを、まさか知らないはずはないでしょう。
 どこかで誰かが、一度くらいは助言しているはず。
 それでも、ナイーブ(かつ神経質?)な彼のことだから、どうしたって、メディアとは、ドライな関係しか結べないのかな。
 いろいろなライターと接するなかで、海千山千の「持ち上げ系」のライターも出入りすることだろうし。(それにしても小松氏は、どうやってイチローに食い込んだんだろうか。中田に紹介してもらったのかな)
 持ち上げ系は、ここの読者のような「見物人の論理」じゃなくて、まさに商品価値を見る論理で対象に接するから、敬語になるんでしょうね。
 対象と、変に近すぎる。近すぎるといっても、友達として近づいた場合は敬語は使わないでしょう? また、プロのメディア関係者なら、いつかは別の対象を追うことになることがわかっているから、距離を保てる。これも、本人に対して以外の場所で敬語にならない。もし使ったらプロ失格でしょう。
 そういう意味でも、小松氏の視線は、特異ですね。スポーツの輪の枠外にいる。

投稿: ペンギン本人 | 2005/03/09 00:33

>ペンギン君
>となると、藍ちゃん、愛ちゃん、美姫ちゃんなど、若手アイドル系に対する、「スポーツメディアの視線」(扱い)も気になりますね。

女性に関しては、私の視線も邪念で濁りっぱなしで全然透徹してませんが(笑)。
フィギュアスケートは「見せること」自体が競技であり、「視線を惹き付ける力」も競技力のうちなので、美しさがもてはやされるのは必然でしょう。私生活まで追い回したりしなければ、いいんじゃないでしょうか。
これは男子選手でも同じです。メディアへの露出は女子選手が多いけれど、競技会場では男子選手の女性ファンの方がはるかに元気がいいという印象があります(それとも私が知らないだけで、「美姫ティ親衛隊」みたいのがいるんだろうか)。
宮里藍と福原愛は、私自身はあまり興味がないので実感がわきませんが、宮里はゴルフ好きのおじさんたちに圧倒的に支持されているようですね。
彼女は競技力でも日本のトップクラスにいるわけですから、勝っても負けてもニュースになるのは異常なことではないと思います。
福原はたぶん、たいていの人がものすごく小さい頃から彼女を見ているので、自然と「ご近所のおばさんの視線」になってしまうのでしょう。「まあ、愛ちゃんも大きくなったわね」って(笑)。


ジャイアンツの選手がみんな記者との付き合いが巧みだとも思えないので、やはり松井自身の対人関係が巧みなのだろうと思います。もちろん親しい記者はいるのだろうけれど、だからといって一見さんを排除する姿勢は感じさせないし。
あと、日本では選手と記者が親しくなることもあるようですが、MLBではめったにないことらしく、松井が食事会を開いた時は、招待された記者たちが驚いたそうです。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/03/09 08:55

トヨザキさんはイチローのこと嫌いなんて書いてないんだけど?

投稿: さぶれ | 2011/01/25 15:31

>さぶれさん

そうですか。

投稿: 念仏の鉄 | 2011/01/27 16:50

鈴木は典型的な標準日本人

足で誤摩化すだけ誤摩化しただけ
こういうのを持ち上げる風潮が強いのはおかしいね

投稿: | 2013/09/05 21:12

豊崎さんは4歳の時テレビで長嶋茂雄選手のプレイを見て夢中になったそうですよ。6、7歳ならあんがいよく耳にしますが、4歳はめずらしい。知ってる範囲では最年少記録かと思います。(笑) 目を奪われたのは、確か長嶋選手の守備に対してだと書いてたような記憶があります。

投稿: yukke | 2013/09/12 03:44

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