« シュートを入れるという技術。 | トップページ | ティノ・マルティネスの開幕戦。 »

甲子園大会という投手破壊システム。

 3つ下のエントリーのコメント欄で、penguin本人さんから「高校野球のワールドカップ化」というアイデアが出されていた。
 プロの世界大会が掛け声ばかりでなかなか実現に向かわない現状では、呼び水的に世界大会の実績を作るという点ではいいかも知れないが、日本の高校野球そのものにとっては、私はこれ以上の大型化は必要なく、むしろマイナスではないかという印象を持っている。

 甲子園では、今も春の選抜大会が行われている。
 1、2日に準々決勝が行われ、今日3日が準決勝、明日4日が決勝戦。2日の準々決勝で勝った羽黒や神村学園が決勝に進出すれば3連戦となる。それぞれのチーム構成の詳細は知らないが、先発投手が1人しかいないとしたら3連投を強いられる日程だ。
 甲子園大会では、春も夏も常にこういう日程が組まれている。夏の大会では、準々決勝の4試合を1日で行なうため、2003年に優勝した常総学院は3回戦から実に4日連続で試合をしている。そうでなくても夏の場合、7月に各県で同じ日程の予選が行われる。甲子園に出てきた時点で、すでに各校のエースは疲弊しきっているのだ(ひとりでチームを引っ張ってきたエースが予選の連投でパンクし、県大会で優勝はしたものの、甲子園に出てきたのはエース不在の抜け殻のようなチームだった、というケースも数年前に見た記憶がある)。

 全国からもっともいい投手を集めて、1年のもっとも暑い時期の、もっとも暑い時間帯に過酷な連投を強いるという大会日程は、実に効率のよい「好投手破壊システム」である。しかも、本人たちが自発的に故障を隠して無理を重ねてくれるのだ。「無理をしてはいけませんよ」と、もっともらしい建前を言ってさえおけば大人は責任を逃れられる、という構造は実にいやらしい。
 現実に、ここ20年くらいの甲子園の優勝投手で、プロで大成したといえる投手が、桑田と松坂の他に何人いるだろう。期待されてプロ入りしながら故障で消えた選手は数えきれない。そこそこ活躍した投手も、プロ生活の途中で大きな故障をして長期欠場している(桑田も松坂も例外ではない)。
 逆に、西口、豊田、斉藤和巳、清水直、小林雅、岩隈、山本昌、五十嵐、上原、井川、黒田、佐々岡、三浦といったプロ野球を代表する投手たちは、甲子園に出場すらしていない。甲子園には出なくていいし、出てもいいけど早めに負けてほしいというのが、プロのスカウトたちの好素材に対する本音だと聞く。

 もっとも簡単な対策は、準々決勝、準決勝、決勝の間に、それぞれ1日以上の休養日を設けることだ。大会序盤にはそれなりの試合間隔がある。問題は最後の3試合だけといってよい。
 この手の話になると、すぐに経費の問題を持ちだす人もいるが、この場合、対象となるのは4チーム×1泊と2チーム×1泊であり、大会全体ののべ宿泊数の、たぶん1割にも満たないだろう(そもそも参加チームの経費を主催者が丸抱えしてしまうというのも、アマチュアの大会としては奇妙な話だ)。
 現実に高校サッカーでは大会終盤になると頻繁に休養日が設けられる。なぜ高校野球ではそれができないのだろう。
 さらに言えば、宿泊費の問題など生じないはずの県予選でも、なぜか日程は同じように過密である(と思う。調べたわけではないが、15年くらい前にはそうだった)。経費以外の理由があるとしか考えられない。

 一方、甲子園で優勝を争うようなエリート以外の選手たちにとっては、まったく逆の問題があるように思う。
 つまり、試合をする機会が少なすぎるのではないか。

 すべての高校が参加する県レベルの大会は、夏の予選と秋の県大会(事実上、春の選抜の予選を兼ねる)など、ほんの数回しかない。常に一回戦負けする弱小校では、3年間レギュラーを通した選手でも、公式戦には10試合も出られないことになる。

 そんな彼らよりもずっと野球が巧いにもかかわらず、さらに出場機会のない選手もいる。強豪校の控え選手たちだ。「3年間試合には出られなかったけれど、レギュラーを支えた控え選手」という存在は、新聞記事やテレビ番組にとっては読者や視聴者を泣かせる恰好の素材かも知れないが、野球界にとっては、新たな才能の芽を埋もれたままで終わらせてしまう痛恨事でしかない。その選手にとって人生修養にはなったかも知れないが、人生修養が目的なら他にも手段はいくらでもあるだろう。彼は野球をしたかったから野球部に入ったのではなかったか。
 野球をしたい若者に野球をさせない仕組みを、美談にすり替えてはいけない。

 これは要するに、高校野球における公式戦が、「負けたら終り」のノックダウン方式しかないことに起因している。
 例えば、弱小校でも複数の試合機会が与えられ、強豪校からは何チームでも出場できるような地域のリーグ戦を設ければ、これらの問題はかなり解消されるのではないだろうか。
(このへんの議論は、サッカー界での取り組みを援用している。知ってる人が読めばバレバレだと思いますが(笑))。

 実のところ、私は近年は甲子園大会にあまり興味が持てず、試合もろくに見てはいないし、まして高校野球の底辺の現実を直接見聞きしているわけでもないので、事実誤認等があればぜひご指摘いただきたいのだが、基本的な考え方としては、そう外れてはいないと思う。

 冒頭に記した高校ワールドカップ(あるいはU-19ワールドカップ)が、これらの問題に直接関係あるわけではない。うまくやれば両立は可能かも知れない。
 だが、正直いって、今の高校野球界を動かしている人たちが、うまくやれるとは思わない。
 世界大会が設けられれば、日本代表選手は、甲子園大会の出場者から選ばれるだろう。すでに充分に酷使された投手たちが、日の丸の重圧を背負って、また投げることになる。
 また、世界大会の日程は、高校野球にとって何よりも優先されることになるだろう。そのシワ寄せは、日常の部活動に影響する。ただでさえ日程に余裕が必要な地域リーグの実現など、望むべくもない。
 今や大会の実現に必要不可欠なスポンサーも、観客もテレビ中継も期待できないような地域リーグよりも、世界大会に金を出したがるに違いない。

 野球の競技人口を増やすには、魅力あるプロリーグと、若年層指導の充実を図ることが優先だろう(少年野球の指導者の質の問題を指摘する人も多いが、私自身は経験もなく、実際に粗暴な振舞いを見たこともないので、ここでは触れない)。
 高校レベルの世界大会は、サッカーにおけるFIFAのような統一組織を持たず、統一的なビジョンの中にそれを位置づけることのできない野球界にとっては、両刃の剣になりかねないと思う。


関連エントリ
甲子園大会はWBCを見習え。

早実の斎藤はなぜ4連投しなければならないのか。

続・早実の斎藤はなぜ4連投しなければならなかったのか。

清水諭『甲子園野球のアルケオロジー』新評論<旧刊再訪>

甲子園大会の精神主義ができるまで。<旧刊再訪>

|

« シュートを入れるという技術。 | トップページ | ティノ・マルティネスの開幕戦。 »

コメント

酷使を強いるという意味では、甲子園は主催社が朝日・毎日というのもネックになってるのではないでしょうか。基本的にプロチームを持たない彼らにしてみれば「甲子園で全力を出す(そして勝手につぶれる=読売の利益にはならない)」というのが理想的でしょう。
高野連よりこの2社を「非人道的」と詰った方が効果ありそうな気がしています。

逆に高校サッカーで日程的な配慮をしてるとしたらば、トップリーグのチームを持つメディアが主催ということが影響しているかもしれません。

投稿: ねっとウヨク | 2005/04/04 17:11

>ねっとウヨクさん
いらっしゃいませ。

>甲子園は主催社が朝日・毎日というのもネックになってるのではないでしょうか。

紙面上の展開として、間を置かずに決勝まで突き進む方が読者の熱狂が高まる、という効果はあるのかも知れませんね。
現在の日程は両社(およびテレビ中継するNHK)の意思をある程度反映したものでしょうし、相応の責任はあると思います。ただ、私が高野連だけを俎上に挙げたのは、朝日や毎日はしょせんは外部のスポンサーであり、有害な外的要因から選手および競技そのものを守る責務を負っているのは、あくまで競技団体だと思うからです。

>逆に高校サッカーで日程的な配慮をしてるとしたらば、トップリーグのチームを持つメディアが主催ということが影響しているかもしれません。

うーん、これはどうでしょう。高校サッカーの日程は、Jリーグができる前からそれなりの試合間隔があったような気がしますが、正確なデータを持っていないので、ちょっと調べてみます。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/04 23:52

ご丁寧なご挨拶とご返事ありがとうございます。
先日は通りすがるつもりのため挨拶は省かせていただきました。不精してすみません。
改めてお邪魔させていただきます。

ご存知の事と思いますが、読売はJリーグが出来る前から(アマチュアですが)トップリーグにチーム持ってましたよね。
#それもあってプロチームと書きませんでした
現山形監督の都並氏をはじめ、後のA代表選手を多数輩出するユースチームもありました。ですから読売は、将来自分のチームの主力選手になるかもしれないし、仮にあの大会でつぶれた場合「読売クラブのせい」という批判も(言いがかりにせよ)考えられた訳で、もし日程編成に苦情や実害があれば、スポンサーとして動く可能性は高いと思っていたのです。まぁそれ以上に運営側が選手の高校卒業後も視野に入れている事が大きいとは思いますが。
逆に言えば
高校→大学→社会人・プロ
という過程において、毎日・朝日(高野連もそうですが)は大学以降の状態に無責任でいられるとも思います。スカウトの本音らしきことを鉄さんも書かれてますが、もし毎日が未だにプロなり社会人なりで強いチームを持っていれば、またそちらが重要であれば、現状を変えようとなんらかの努力をするのではないか?という疑問もあります。
それがどうでもよいから現状を黙認してもいられる。大会自体があれだけの規模です、スポンサーの威光を顕示する気になれば、という期待は過ぎたものではないとも考えております。
現状では大会開催中というかマウンド上で死者でも出ない限り、変える気にはならないかもしれませんが。
#毎日は社会人の大会にも協賛していたと思いますが、扱いの大小を考えるとどちらを重要視しているかは明らかでしょう。

投稿: ねっとウヨク | 2005/04/05 12:29

弟が元高校球児、父がリトルリーグの指導者でしたので、興味を持って読ませていただきました。

今回、鉄さんは甲子園(本番)のことを書いていらっしゃいましたが、それって、東京や神奈川、大阪など、大規模な予選でも同じなんですよね。
5試合、6試合勝たないと甲子園に出られないわけで、運良く勝ち上がったとしても、その頃にはピッチャーがボロボロ・・・なんてことが起こり得るのです。
確かに「明日も試合!」ってことが、緊張感や盛り上がり、ノリのようなものにつながるのですが、野球というスポーツが、ピッチャーに非常に負担がかかることを考えると、それってどうなの???と思います。
というか、「エース」システムがもてはやされてるからダメなんじゃ??
まあ、それが野球と言ってしまえばそれまでなのですが、エースが2人、3人いて、うまくバランスをとりながらやっていけば、一人だけに体力面、精神面(だって、打たれたら負けだし・・・)でも負担をかけずに済むのではないか?と思うのです。

投稿: たむらん | 2005/04/05 14:21

>ねっとウヨクさん

こんばんは。ご丁寧に恐縮です。

>高校→大学→社会人・プロ
という過程において、毎日・朝日(高野連もそうですが)は大学以降の状態に無責任でいられるとも思います。

ご指摘の通り、野球界の最大の問題は、競技団体が世代や立場別に別れていて、選手の競技生活全体にわたるデザインを考える団体が存在しないことです。高校サッカーとの日程の立て方の違いも、そこに原因の一端があると思います。

ご指摘の新聞社やテレビ局については、私のスタンスは上に書いた通りです。まずスポーツ界の中にある要因から考えたいと思っています。もちろん、それらの企業がいい方向で影響力を行使してくれるのであれば歓迎します。

「母校の名誉のために腕が折れても投げる」という精神を是としてしまう美意識は、明治中期に日本野球をリードしていた一高野球部にすでに存在し、その後、早慶両校に引き継がれて、日本野球全体に大きな影響を与えてきました。
高校野球界における酷使の容認も、基本的には、その時代の気風を引きずっているのだろうと思います。プロ野球界でも、昭和40年代ごろまでは無茶苦茶な投手酷使がまかり通っていたわけですから。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/06 00:55

>たむらんさん

こんにちは。

>弟が元高校球児、父がリトルリーグの指導者でしたので、興味を持って読ませていただきました。

それでは私なんかよりもはるかによく現実をご存知ではないですか。賢しらに書いてるのが恥ずかしくなってきたな(笑)。

>エースが2人、3人いて、うまくバランスをとりながらやっていけば、

もちろん、それが理想ではありますが、現実には高い水準の投手を複数名揃えるのはきわめて困難なことのようです。
野球は投手への依存度がきわめて高いゲームであり、投手は特殊かつ突出した才能を必要とするポジションなのでしょうね。サッカーやラグビーは全員下手でも試合らしきことはできますが、野球はストライクを投げられる投手が最低2名いなければ、試合そのものが成立しないのですから。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/06 01:06

鉄さんこんばんわ、エムナカです。
コメントは久しぶりですが、野球もサッカーも
去年より精力的に見ています(笑)

>野球はストライクを投げられる投手が最低2名いなければ、試合そのものが成立しないのですから。

重箱の隅をつつくツッコミですが、逆にストライクゾーンに甘い球を投げ込みすぎても、試合はぶち壊しになります。もちろん高校生レベルでストライクゾーンからボールを半個単位で出し入れされたら脅威ですけど(苦笑)。

先日東北楽天の26-0という歴史的大敗の場面に運良く立ち会うことが出来ました。
対照的に千葉ロッテの1安打27人で完封した渡辺俊介の好投も光りましたが、楽天の場合、岩隈以外の勝ちをどれだけ拾えるかがもともとの戦力でしたから致し方ないともいえます。逆に言えばプロの一軍クラスは甘い球を確実にヒットにできる技量があるのだと改めて感じましたし、甘い球を投げない技量がプロの一軍投手には求められるのでしょうね。

オープン戦の勢いはレギュラーシーズンになると当てにならないもんですけど、今年は本当にわからないですねぇ。予想以上に千葉ロッテが健闘していて、今年も重量打線は健在ながら、先発投手とクローザーがしっくりこないで大苦戦している読売・・・。交流戦前までに大方の流れは決まってしまうのかな?

投稿: エムナカ | 2005/04/06 23:21

>エムナカさん

こんばんは。私は実は野球もサッカーもあまり見られていないのです(笑)。これだけ偉そうなことを書き殴っているのにお恥ずかしい。

>逆にストライクゾーンに甘い球を投げ込みすぎても、試合はぶち壊しになります。

もちろんその通りですが、それは結構高いレベルでの話ですね。私が言いたかったのは、試合が成立する最低限のレベルが、他の競技に比べて野球は高いところにある、ということでした。プロでは逆に、ど真ん中は、打者の意表をつくボールになりうるようです。

>今年は本当にわからないですねぇ。

ジャイアンツは、前に堀内監督についてのエントリーで書いた通り、クローザーがすべてだと思っていたので、ミセリがこのまま使えなかったら、たぶんダメでしょう。千葉ロッテはプレーオフに食い込む力は充分にあると思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/07 00:13

中学生の頃、外国で野球をしていたことがありますが、1週間以内に延べ100球、または延べ9イニング投げた投手は48時間登板できないというルールがありました。日本とは違い、クラブチーム(クラブチーム内でリーグを運営)が主たる組織でしたので、クラブチームの選抜選手がクラブチーム代表として地方予選を行うことになっていました。しかも全国大会に進んだチームは、同じ地区から助っ人を3名(記憶はあいまい)召集できました。先に述べたルールがあるので投手が主に召集されます。ちなみに1チーム最大登録人数は24だったと思います。
日本のように4000以上の学校単位チームの場合は、現行の強行トーナメント戦方式以外の大会運営は構造上難しいでしょうね。

私が経験した方式を日本に当てはめると、
地区の中にサブ地区(市区レベル)を作って、その中で学校単位で総当たり戦を行う(通年実施)、サブ地区選抜チームを結成し地区代表決定戦を行う(いわゆる甲子園予選)、優勝したサブ地区代表+助っ人数名で地区代表チームを結成し甲子園出場・・・といったところでしょうか。

なんとなく母校意識というか、情緒が薄れる気もします。
またWBC方式というアイディアが出ていましたが、やはり大学野球や社会人野球ぐらい選手が揃わないと厳しいかもしれません。

投稿: 匿名希望A | 2006/08/21 16:44

甲子園が高校生投手にとって非常に過酷な日程であり、試合間に休養を設けた方がいいのは賛成します。
ただし経費の問題ではチームの宿泊料は問題ではなく、甲子園球場を借りている、という事実が大きいと思います。本来夏の時期は阪神球団が使用するはずですし、球場の使用料もかなりかかるはずです。ねっとウヨクさんがおっしゃる、甲子園は主催社が~、という意見にいたっては、完全に個人の感情によるまったく根拠のない意見であり、正直常識を疑います。
また本文の”甲子園の優勝投手で、プロで大成したといえる投手が、桑田と松坂の他に何人いるだろう”というのは、本来優勝校自体が全国で1校しかないわけですし、少ないのは当然でしょう。優勝したからといって投手力よりも打力で勝ち進んだチームもたくさんあると思いますし。
高校野球をリーグ化するというのは、大変興味深い意見だと思います。現状の体質では難しいところがあると思いますが。

投稿: めこ | 2006/08/28 22:25

>匿名希望Aさん
こんにちは。遅くなって失礼しました(見逃しておりました)。

興味深いご経験談、ありがとうございます。
チームよりも優秀な選手を選抜していくような大会の仕組みですね。サッカーのトレセン制度を思い出します。


>めこさん
こんにちは。

>ただし経費の問題ではチームの宿泊料は問題ではなく、甲子園球場を借りている、という事実が大きいと思います。

金額的にどの程度になっているのかはわかりませんが、2,3日会期を延ばすくらいのことなら、何とかならないものでしょうかね。

>また本文の”甲子園の優勝投手で、プロで大成したといえる投手が、桑田と松坂の他に何人いるだろう”というのは、本来優勝校自体が全国で1校しかないわけですし、少ないのは当然でしょう。

「優勝投手」と本文に書いたのはいささか厳密さを欠く表現でした。決勝まで投げたという点では準優勝投手も同じです。高校野球は(プロでも)勝敗に投手力が占める比重がかなり大きいのですから、決勝まで進むほどの投手は同世代の最高水準に属していると考えていいと思います。
ファイナリストは春夏合わせれば毎年4人(重複もあり得ますが)、その大半がプロ入りしているので、累積ではかなりの人数になります。そのわりに成功者が少ない、というのが私の印象です(十数年前に、その時点で20年くらい遡って調べたことがあります)。
これについては、そのうち現状をリストにしてみようと思っています。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/08/30 01:31

 大会運営側じゃなく、参加する高校側の立場に立ったことのある者です。で、経費についてのお話だったのですが。
 大会運営側が支払ってくれるのはあくまで参加する野球部員と監督、コーチ分の旅費、宿泊費だけなので、応援バスや宿の手配したり、その他諸々で相当なお金がかかります。で、必死に協賛金(寄付金)を募るわけですが。
 生徒の応援バスなんかを出してる場合、試合が雨で一日延びただけでも結構なお金がかかります。甲子園常連高なら十分な備えがあるでしょうが、「何かの間違い」で出場してしまった高校なんかには死活問題です。
 それに、監督、コーチの何割か(特に「何かの間違い」で出場した高校)は学校に戻ってくれば学校での仕事があります。
 以上から、高校サイドからは「休養日なんて勘弁してくれ」という声が出てるかもしれません・・・。

ちなみにサッカーはかなりの豪雨でも試合を開催できるので、野球に比べて日程の調整が簡単なのかもしれません。

投稿: jm | 2006/08/31 23:19

>jmさん
こんにちは。貴重な情報をありがとうございます。
学校や父兄サイドの負担、というのは日程を延長できない大きな要因になっているのでしょうね。エントリ中にリンクを張っておきましたが、「清水諭『甲子園野球のアルケオロジー』新評論<旧刊再訪>」というエントリに長野県の松商学園の事情を書き込んでくれた方がいまして、選手の親御さんがそれぞれバスを数台づつ仕立てて応援団を甲子園まで連れていくのだそうです(経費は全部親御さん持ちで)。

そりゃあ大変だろうな、と思う反面、どうしてそこまでやらなければならないのか、とも思います。そして、「それがあなたがたのエースの肩と引き替えにするに足る理由なんですか?」とも。

まあ現実には、投手にWBCのような投球数制限を設けるとか、涼しいドーム球場を使うとか、せめて決勝くらいは午後3時ごろから始めるとか、選手の負担を減らす方法はいろいろあるわけで、できることから手をつければいい。それが、何の議論も起こらないまま吉例に則って粛々と行われてしまう状況が、最大の問題だと思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/09/01 04:05

>世界大会が設けられれば、日本代表選手は、甲子園大会の出場者から選ばれるだろう。すでに充分に酷使された投手たちが、日の丸の重圧を背負って、また投げることになる。
 残念ながら、鉄さんが危惧なさっていたことは、現実となってしまったようですね。

 9月2日に先発完投していた安楽投手が、9月4日の試合にリリーフで登板したと知った時には、心底呆れました。
 これでは、「権藤権藤雨権藤」時代の野球です。
 一流の高校球児を集めておきながら、どうして安楽投手にそれほど過大な負担を強いるのか……
まったく理解出来ません。

投稿: SOUTHK | 2013/09/14 17:11

>SOUTHKさん

こういう予想は当たっても嬉しくないですね。
この年代から国際試合を経験すること自体はいいことなのかも知れませんが、若年層の大会なのだから投球制限を設けるべきでしょう。さすがにこの大会で「優勝のためなら腕が折れてもいい」と思える選手はいないでしょうし。

投稿: 念仏の鉄 | 2013/09/14 23:51

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50507/3542374

この記事へのトラックバック一覧です: 甲子園大会という投手破壊システム。:

« シュートを入れるという技術。 | トップページ | ティノ・マルティネスの開幕戦。 »