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坊っちゃんというよりは、うらなりっぽい古田だが。

 古田敦也が2000本安打を打ったのは、愛媛県松山市の坊っちゃんスタジアムだった。もし記録達成地を予想するトトカルチョがあったとしたら、この結果は、ずいぶんと高倍率になったに違いない。

 実はこの春、このスタジアムを訪れたことがある。仕事のついでにちょっと立ち寄っただけで、つぶさに見たわけではない。グラウンドでは、地元の高校が試合をしていた。
 松山市街から少し離れた、川のほとりの大きな公園の中に、さまざまなスポーツ施設が設置されている。坊っちゃんスタジアムの隣には野球専用のサブグラウンドがある。土産物の菓子だろうが路面電車だろうが「坊っちゃん」と名付けずにいられない松山市民は、当然のようにサブグラウンドをマドンナスタジアムと呼称しているが、だからといって他の施設が「山嵐武道館」だったり「赤シャツ競輪場」だったりするわけではないのでご安心を。
 財政的には、競輪場の収益で他の施設を維持しているのだそうで、それはそれで結構な話ではないかと思う。勘違いした市民団体が「子供が訪れる公園にギャンブル施設はふさわしくない」などと言い出さなければよいのだが。

 四国アイランドリーグを名乗る独立リーグが四国を舞台に選んだことからもうかがえるように、もともと愛媛県は野球に熱心な土地だった。松山商は高校野球の古豪だ。野球王国と言われた歴史を反映して、坊っちゃんスタジアムの正面入口の両脇には、小さな野球歴史資料館がある。

 今、書店に並んでいる「米国野球小僧」(白夜書房)に東京中日スポーツの大ベテラン松原明記者が書いている「全米[ベースボール博物館]巡礼の旅」という記事によると、MLBの野球場の多くに、その土地やチームの過去の歴史を記念した展示コーナーやモニュメントが設置されているという。ヤンキースタジアムの外野フェンスの向こう側に、ベーブ・ルースら過去の大選手のプレートが飾られているのをテレビで見た人は多いはずだ(ブルペンに近いので、ヤンキース時代のクレメンスが、よく登板前のおまじない代わりにルースの像を触っていた)。
 日本の野球場では、東京ドームの野球体育博物館を別格とすれば、あまりその種のものは見られない。あったとしても、その球場が出来てからの歴史に限定されていたりする。本当はそんなケチくさいことでなく、その土地の野球の歴史をそっくり引き受けてもらいたいと思う。

 その点では、坊っちゃんスタジアムの展示は、プロの常打ち球場と比べても、類を見ない充実ぶりといってよい。
 向かって右側は、愛媛県のアマチュア野球の歴史が展示されている。入口を入ると、いきなり正岡子規の等身大の人形がある。子規は松山の出身で、学生時代に野球に熱中した。野球をテーマに詠んだ歌もあり、私は「今やかの三つのベースに人満ちて そゞろに胸のうちさわぐかな」という一首がとても気に入っている。
 そして、県内の高校の甲子園での戦績が大きな年表になり、それぞれの時代に沿った写真や盾、用具などの記念品類が多数展示されている。猛牛こと千葉茂も松山商の出身で、2002年にプロ野球のオールスターゲームを招致した際には、ずいぶんと尽力したと聞く。

 左側は、この球場で開催された試合や、県出身のプロ野球選手に関係する展示。西本聖らが提供したグラブやサインボール、そして、オールスターゲーム関係の展示があるが、率直に言って、反対側のアマ野球の展示に比べると、かなり見劣りがする。四国アイランドリーグや愛媛マンダリンパイレーツの展示がどちら側になるのかわからないが、このままではせっかくの貴重なスペースも宝の持ち腐れ、というのが、プロ側展示コーナーの率直な感想だった。

 だから、古田が2000本安打を松山で達成したと聞いて私が思ったのは、「あの博物館に展示物が増えるな」ということだった。
 もちろん、ヤクルトファンにとっては、できれば神宮で達成してほしかっただろうと思う。古田自身もそうかもしれない。だが、かの地には、そんな素敵なスペースがあるのだ。たぶん、サインボールか何か、記念の品物を古田は置いていったに違いない。
 坊っちゃんスタジアムがある限り未来永劫、古田の2000本安打の記念品が展示されているのだと思えば、それはそれで嬉しいことではないだろうか。
 古田がライトスタンドに投げ込んだ2000本目のボールをキャッチしたのは地元の人だそうだから、いつかその資料館に、記念のボールを(委託でいいから)展示してくれるといいなと思っている。
 スタジアムの良し悪しは、建てられた時のスペックだけで決まるわけではない。そこで試合が行われ、思い出が積み重ねられることで、単なる建築物から夢の砦へと育っていくのだ。


追記(2005.12.20)
坊っちゃんスタジアムの正面入口前には、11/13に古田の2000本安打を記念する石碑が建ったそうだ(詳細はこちら)。やっぱり松山で打って良かったでしょ、古田さん。

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コメント

BASEBALLの訳語「野球」は正岡子規が充てたという話が有りますよね。

本名と関連付けた話は若干マユツバっぽいですけど、直訳的に「塁球」としなかったのが彼のセンスでしょうか?

野球という言葉からは逆にfield of dreamsを連想させる、とてもいい言葉だと思います。

塁球だったらなんとも陣取り合戦みたいで野暮ですもん。

私は仕事柄四国に足が向くことはほとんどないので、あと20年経ってリタイヤしたらお遍路さんして回ろうかな(笑)

そういうわけで坊ちゃんスタジアムは報道される以上の情報は持たないのですけど、野球は四国のアイデンティティの一つなんでしょうね。
一度見てみたいもんです。過去の四国訪問は大学4年の研究室の旅行で四国めぐりしたことぐらい(確か瀬戸大橋が開通したから)。徳島では池田高校の脇をバスで抜けて行きました。もちろん金属バットの音が良く響いていましたよ。

投稿: エムナカ | 2005/04/27 21:21

>エムナカさん

>BASEBALLの訳語「野球」は正岡子規が充てたという話が有りますよね。

古田選手もblogで同じ誤解をしているようですが、「野球」は中馬庚の訳です。子規は雅号に「野球」と使っていたことがありますが、Baseballの訳としてではありません。

>本名と関連付けた話は若干マユツバっぽいですけど、

確かに眉唾っぽい印象は受けますが、「の・ぼーる」で「野球」というのが定説のようですよ(笑)。以上、松山で仕入れた知識でした。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/27 22:50

>スタジアムの良し悪しは、建てられた時のスペックだけで決まるわけではない。そこで試合が行われ、思い出が積み重ねられることで、単なる建築物から夢の砦へと育っていくのだ。

以前聴きに行ったトークバトルで金子達仁が同じようなことを言ってました。(http://www.pia.co.jp/hot_sports/talkbattle_plus/vol03_3.htmlの真ん中よりちょっと下のあたりです)私もすごく同感ですね。ここ10年くらい、新スタジアムはどんどん作られましたがそういった大切なことを忘れないで欲しいです。

ところで、松山商といえば数年前に今井ってドカベンみたいな選手がいましたよね?打球の速さが恐ろしかったのが印象深いのですが、彼はもう野球を辞めてしまったのでしょうか?

投稿: アルヴァロ | 2005/04/27 23:54

>以前聴きに行ったトークバトルで金子達仁が同じようなことを言ってました。

そう言われると微妙な気分ですが(笑)、まあ、金子さんだって8割くらいはまともなことを言っているので、よしとしましょう。

>松山商といえば数年前に今井ってドカベンみたいな選手がいましたよね?

うーん、どうでしょう。ちょっと調べてみたら、96年に優勝した時の一塁手が今井という名前ですが、覚えてません。このチームは、決勝戦で、タッチアップからサヨナラの走者を本塁で刺した、すさまじい外野からの送球だけが印象に残っています。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/28 09:30

なんかわざわざ調べていただいてすいません、自分でもさっさともっと詳しく調べればいいものを…(m_m)

さっきいろいろ調べたところ、その選手は75本の本塁打を打って「伊予のドカベン」と言われていた、96年の優勝時の今井主将のことでした。ちなみに甲子園歴代最長ホームラン記録を持っているそうです。大学辞めてしまって今は野球専門学校(そんなものがあるんですね)に行っているとか。


>このチームは、決勝戦で、タッチアップからサヨナラの走者を本塁で刺した、すさまじい外野からの送球だけが印象に残っています。

私もよく覚えてます。甲子園の歴史に残る名場面でした。あんな送球はプロでも二度と出ないのかもしれません…しかもその次の回に3点取って優勝、すごかったです。この年は巨人のメークミラクルもあっていい年でした(笑)

投稿: アルヴァロ | 2005/04/28 21:40

>その選手は75本の本塁打を打って「伊予のドカベン」と言われていた、96年の優勝時の今井主将のことでした。

そういう選手が独立リーグに参加してたらいいな、と思って名鑑を調べましたが、いませんでした。残念。
そういえば、明日は四国アイランドリーグの開幕戦ですね。愛媛-高知、会場は坊っちゃんスタジアムです。

>あんな送球はプロでも二度と出ないのかもしれません…

ネット上で詳細に経過を紹介したサイトがありました。
http://www16.cds.ne.jp/~beth/Matsuyama/Matsuyama.html
自分のはるか頭上を通過する送球を見た今井一塁手のコメントが素晴らしいです。
「矢野はどこへ投げとんじゃ‥と最初思った.
でも大暴投と思った球は,石丸のミットに
吸い込まれていた‥」

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/28 22:21

鉄さん、以下の件ご指摘を受けなければ間違ったまま覚えていました。ありがとうございます。

>古田選手もblogで同じ誤解をしているようですが、「野球」は中馬庚の訳です。子規は雅号に「野球」と使っていたことがありますが、Baseballの訳としてではありません。

まあ、子規が充てたのではなくても「野球」の訳は夢を抱かせるネーミングってことでカンベンしてください(汗)。

ドカベンといえば、やっぱり浪商-南海の香川のほうがすぐに浮かびます。そういえば原作者の水島新司さん、春の叙勲もらいましたね。

香川は見てくれはドカベンそのものだったですが、成績の方はマンガのドカベンには及びませんでした。しかし愛嬌のあるキャラクターで、OB戦などでもあの体型を維持して出場しているのがほほえましい印象でした。最近はどうされているのかちょっと気になります。

ところで高校で香川とバッテリーを組んでいた牛島は今は横浜の監督。時の経つのは早いもんです。

投稿: エムナカ | 2005/04/29 12:15

>まあ、子規が充てたのではなくても「野球」の訳は夢を抱かせるネーミングってことでカンベンしてください(汗)。

同感です。いずれにしても、子規はベースボール好きが高じて「野球」を名乗っていたわけですから。

>最近はどうされているのかちょっと気になります。

森哲志『不屈のプレイボール』(河出書房新社)に紹介されていたはず。ちょっと探して、あとで報告します。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/29 15:44

香川ですが、なんと今春、福岡に野球学校を設立したそうな。
http://www.nikkan-kyusyu.com/view/pb_1113572984.htm

『不屈のプレイボール』によれば、引退後も博多に住んで、テレビの解説や事業を手がけているようです。この本の彼の話は、引退後に結婚した今の奥さんとの出逢いが中心に書かれてますが、いい話ですよ。高橋三千綱の短編集『カムバック』の中に、そっくりな話があったなあ。
『不屈の…』は16人の元選手の引退後の人生を描いたノンフィクションですが、選手本人より奥さんたちの方が印象に残ります。野球選手と結婚したいと思っている女性は必読です(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/29 20:44

ドカベンの野球学校のリンクに飛んで見ましたがドカベンはやはりドカベンのままでした(笑)

あの愛すべきキャラを越える魅力のある選手を輩出してくれることを願っています。

あと紹介されていた「不屈のプレイボール」、今度読んでみたいと思います。

それから水島新司さんが貰ったのは叙勲でなくって褒章でした(一般人にはなかなか縁のない栄典制度なので、ごっちゃにしていましたがやっぱり中身が違うみたいです)。突っ込まれる前に訂正しておきます。

投稿: エムナカ | 2005/04/30 00:27

>水島新司さんが貰ったのは叙勲でなくって褒章でした

まあ当事者以外にはどっちでもよさそうなものですからね(笑)。
とはいうものの、水島先生のような人がもらうのはめでたいことです。先日、ペンギン君のコメントに水島さんが出てきた時に、「水島新司を殿堂に」と題して1回書こうと思ったのですが、褒章に先を越されるとは…。
そういえば、『ドカベン/スーパースターズ編』では新生球団の開幕戦を坊っちゃんスタジアムで行なっています。子規と野球についても正確に紹介されていました。さすが。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/30 01:31

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