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「投げる文化遺産」の彼我。

 シーズン前にどの選手名鑑を買うかというのは、野球好き、サッカー好きにとっては、一考を要する課題ではないだろうか。
 私は日本のプロ野球については、何も考えずに週刊ベースボールが2月中旬に出す「名鑑号」を購入する。個々の選手についての記述はさほど多くはないが、必要にして十分。もう四半世紀くらい使い続けているので、すっかりこの書式に馴らされてしまった。なにしろ、25年以上もの間、名鑑の書式をほとんど変えていないのだ。

 サッカーでは、それほどの決定版がない。マガジン、ダイジェストの週刊2誌が、どちらも毎年のように微妙に書式を変えるので、なかなか落ち着かない。顔写真を妙に大きく使うのも好みではない。Jリーグ初期には小学館からA4変形判のオフィシャルガイドが出ていたが、途中から判型が変わったりして、何となく買わなくなってしまった。

 MLBの選手名鑑は、ここ数年、月刊スラッガーの名鑑号が一歩リード、という感じだったが、昨年、なかなか面白い名鑑が出た。広済堂出版の『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2004』というペーパーバックサイズの本。監修にマッシー村上雅則の名をもってきているが、実質的には編著者の友成那智という人が執筆している。
 どこが面白いかといえば、各球団十数人づつの主力選手を紹介した文章が、細かいエピソードや大胆な推測も交えた一編のコラム並みに書き込まれている。主観的な記述も多いので異論も出てきそうだが、成績データはきちんと併記されているので、文章は少々バランスを欠いても、選手の特徴をはっきり示してくれた方がいい。
(ちなみにソフトバンク入りしたバティスタについては、「見ていて楽しい選手だ。まず構えが最高だ」とある一方で、「こんな、オール・オア・ナッシングのバッティングをしていたら打率が上がるわけがない」とも記されている)
 今年も同じスタイルで2005年版が出たので、さっそく購入した。すでに増刷しているようで、喜ばしいことだ。できたら今後も毎年出して欲しい。

 さて、この友成が入れ込んでいることを隠そうともしないのが、レッドソックスのティム・ウェイクフィールドだ。2004年版の前書きには、「ナックルボーラーには『投げる文化遺産の継承者』として最大限の敬意を払っております」とある。今年のウェイクフィールドの項目を見ると、どうやら現在のMLBでナックルボーラーは彼ひとりになってしまったらしい。

 私がMLBを見始めた頃は、というのはフジテレビが大リーグ中継をやっていた70年代後半だが、ナックルボーラーが何人か元気に投げていた。
 代表格は、主にブレーブスで活躍した300勝投手フィル・ニークロで、実に48歳まで現役で投げ続けていた。1979年に両リーグのオールスターチーム(実に贅沢な企画だった!)の一員として来日した時に、後楽園球場でピッチングを見たが、外野席から見ても、ふわっと投げたボールが奇怪な曲がり方をしながら急激に落ちるのがわかった。
 同時代には、彼の弟のジョー・ニークロや、ドジャースなどで活躍したチャーリー・ハフなどもナックルボーラーとして名を馳せていた。今から思えば、当時がナックルボーラーの全盛期だったのかも知れない。

 ナックルボーラーとは、「ナックルボールを投げる投手」のことではない。「ナックルボールばかりを投げる投手」のことだ。
 ウェイクフィールドを見ればわかる通り、彼らが試合で投げる球は、9割方ナックルボールだ。投げる球、投げる球、すべてがへろへろっと曲がって落ちる。こういう投手に対しては、スピードガンなど何の意味も持たない。
 ナックルボーラーが好調で、球が激しく変化したあげくにきちんとストライクゾーンに決まるようなら、まともに打てる打者などいない。ナックルボーラーが不調で、変化のキレが悪ければ単なる棒球となってメッタ打ちにあうし、そうでなければストライクが入らない。どっちに転んでも試合は彼らの独り相撲なのだ。打者が少々努力したところで、試合の行方に大した違いは起こらない。

 つまり、ナックルボーラーは、野球というゲームのあり方を根底からひっくり返してしまう。たとえばカート・シリングが力投している試合に比べると、ウェイクフィールドが投げている試合は、悪い冗談としか思えない。ナックルボーラー専用の捕手というのもいて(レッドソックスにもミラベリという捕手がいる)、まるでファーストミットのような馬鹿でかいミットで、わけのわからない変化をする球を懸命に捕る。昨年のヤンキースとのリーグチャンピオンシップでは、延長でウェイクフィールドが登板したら、ナックルに慣れていない正捕手のバリテックは1イニングで3つもパスボールを犯した。プレーオフの延長イニングという緊迫の極みにある試合を、スラップスティック・コメディにしてしまうのがナックルボーラーという存在なのだ。

 彼らは野球に異化作用をもたらす。まだルールが固まらず、さまざまな可能性を秘めていた百数十年前を思い起こさせる。こういうものをジャンルとして残しているMLBの懐の深さにも感心する(フィル・ニークロと同時代には、スピット・ボールの名手として有名なゲイロード・ペリーという投手もいた。違反投球に「名手」もないものだが、彼はそういうキャラクターを確立していた)。

 日本にはナックルボーラーはいない。ナックルボール「も」投げる前田のような投手はいても、ナックルボールばかり投げる投手がいたという話は聞いたことがない。日本のくそまじめな野球風土の中では、あんなふざけた投球は許されないだろうし、そもそも試してみようという投手もいないだろう。投手は誰しも、速い球を投げたい生き物らしいから。

 ただし、「投げる文化遺産」には心当たりがある。
 千葉ロッテの渡辺俊介だ。あれほど見事なアンダースロー投手は、今の球界には他にいない。というよりも、あれほど低い位置から投げる投手は、プロ野球史上でも稀だと思う。

 アンダースローもまた、70年代後半には珍しくない存在だった。
 阪急ブレーブス3連覇の大エース山田久志をはじめ、同じ阪急の足立光宏、南海の金城基泰、ロッテの仁科時成、西武の松沼博久など、かなりの人数が下から投げていた。当時、小〜中学生だった私や友人たちは、草野球をするたびに山田の美しいフォームを真似たものだった(忘れてはいけない、明訓高校の里中智も、当時もっとも人気のあるアンダースロー投手のひとりだった)。

 アンダースロー投手が自然発生するとは思えない。野球の技術のうち、ボールを投げる・打つという基本動作は、自然にできるものではなく、学習しない限り、まずうまくいかない(野球が普及していない国の国民がボールを投げたり打ったりする動作は、ほぼ例外なくぎこちない)。逆にいえば、よい手本があれば、そのフォームは普及する。
 そう考えると、50年代末から60年代初頭に南海の杉浦忠、大洋の秋山登らが大活躍したことも、70年代の日本にアンダースロー投手が増えた一因だったのかも知れない。

 1976年生まれの渡辺は、たぶん山田の現役時代を見たこともないだろう。投球フォームをアンダースローに変えたのは中学生の時で、高校で野球部のコーチをしていた父親の勧めだったという。父親が76年に子供を作るような年齢であったのなら、おそらく山田や足立をよく見ていた世代の人だろう。
 プロでは珍しくなったアンダースローだが、渡辺によれば、「アマチュアにはたくさんいるんですよ。でも、高卒ピッチャーで150kmと130kmのアンダースローじゃ、ドラフトにかかるのは150kmでしょ。」ということらしい。
 だが、渡辺の安定した活躍を見れば、考えを変える球団も出てくるかも知れない。
 そう考えると、ナックルボーラーやアンダースローのような特殊技能の選手が、ある時代に固まって出現することには、相応の必然性があるのだろう。類は友を呼び、才能は才能を開花させる。15年後の日本プロ野球に「渡辺2世」が現れてくれれば楽しい。

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コメント

私が毎日野球ばかりやっていた小学校時代(90年前後)にはアンダースローはほとんどいなくなってましたね(ヤクルトに宮本という投手がいましたが)。
特徴のある投手では野茂が出てきましたが、後はサイドスローくらいですね。ところが、少年野球では肩や肘に悪いからと、変な特徴のあるフォームは今思えば禁じられていました。これはしょうがないのですかね…。

そういえばバッティングもいろいろ真似ていましたね。私が最も真似て実戦でもずっと使っていたのは、テイクバックの早い元木大介でした。ちなみに、練習試合で一度だけ投手で投げたことのある私のフォームは水野そっくりだと言われてました(笑)

投稿: アルヴァロ | 2005/04/20 08:11

>アルヴァロさん
こんにちは。そうですか、毎日野球ばかりやってましたか(笑)。
90年代のアンダースローといえば、宮本のほかには近鉄の佐々木くらいでしょうか。サイドから投げる投手は、斉藤雅樹、鹿取、潮崎など結構いたんですがね。
私の頃は、真似といえば小林繁でした。そういえば駆け出しの頃の明石家さんまが小林の形態模写で売り出したことも、もう知らない人が多いのかな。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/20 09:46

5年生くらいまではまさに毎日でしたね。原っぱとかではなく、住んでいるマンションのちょっと広い駐車場でやってました。最低3人で、今思えばよく飽きもせず(笑)ところがその5年生でJリーグが開幕して、そこからサッカーやゲームの波に飲み込まれて…という感じでした。サッカーは遊びの試合だけでなく、木梨憲武の影響でPKがすごく流行っていました。

さんまの駆け出しの頃は…さすがにわからないですね。そういえば、最近の子供達は誰のプレイを真似しているのかが気になります。岩隈とか中村ノリとかでしょうか(笑)

投稿: アルヴァロ | 2005/04/21 08:35

初めまして、よく読みに来させてもらっている者です。

10年位前のナンバー誌でナックルボーラー特集を読んでそのような投手が居る事を知りましたが、MLBでもウェイクフィールドだけになってしまったのですね・・。

ちょっとマニアックなんですが、98~’99に近鉄バッファローズに在籍したロブ・マットソンがナックラーでした。残念ながら自分は彼の試合を見たことは無いのですが、スポーツニュースのダイジェストでもその奇怪な ボールの変化は確認出来ました。
野球人気低迷が良く報道されるんですがこういう珍しい(?)選手を紹介するとか掘り下げ方が足りない気がします。(パ・リーグファンのひがみです(笑))

投稿: パ・リーグ好きです | 2005/04/21 13:03

>アルヴァロさん

>5年生でJリーグが開幕して、そこからサッカーやゲームの波に飲み込まれて…という感じでした。

ううむ、やっぱりゲームはスポーツの敵なんですかね。サッカーゲームや野球ゲームは盛んなのに(笑)。
憲武氏はテレビでサッカーを扱っても、「選手がいちばん偉い」という気持ちが感じられるところに好感が持てます。つまり、さんまと比べて言ってるわけですが(笑)。


>パ・リーグ好きですさん

いらっしゃい。コメントありがとうございます。
私はセパどちらのファンというわけでもないのですが、野球を見たくなると日本ハム戦に足を運んでいたので、結果的にパの試合も結構見てました。札幌移転は、個人的にはダメージ大きいです(笑)。

マットソンは私も名前しか知りません。残念。
ただ、現実的に考えると、本格的なナックルボーラーが日本のプロ野球にやってきたら、待球戦法にあったりバント攻めにあい、打たれないままに崩されそうな気がしますね。その意味ではMLBだから成立する投法なのかも知れません。

>野球人気低迷が良く報道されるんですがこういう珍しい(?)選手を紹介するとか掘り下げ方が足りない気がします。(パ・リーグファンのひがみです(笑))

メディアには「野球そのものの面白さを紹介する」という本筋を忘れないでもらいたいですね。今は(選手として)キャラの立った人材は、パの方が多いような気がします。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/21 14:03

 ひさしぶりに来ました(ここんとこ、配属された新人の教育に追われてました)
 先日、ドカベンの原作者に、パブリックな場で接する機会がありました。すると、次回作の構想を語ってくれました。
 シニアリーグのだめ選手たちが甲子園を目指す話だそうです(あれ、鉄さんの気には入らないかな?)。
 タイトルももう決まっているとか。「がらくた」だそうです。キャラクターというほど立派じゃない連中ががんばっていく姿だそうで。水島氏のふるさとの街が、舞台になるそうです。

 水島さんは都内で、あぶさんという、草野球チームを持っているそうです。どうせなら、欽ちゃん球団みたいに、社会人リーグに参入してほしいものです。里中みたいな小柄な好投手とか、葉っぱを加えたサードとか、本当に登場させてほしいな。

 野球、、、、、そういえば、言ったり批評したりする割に、自分でやれるスポーツじゃなくなってますよね。職場ごとに昔はチームがあったもんだけど、いまはないし。

投稿: penguin本人 | 2005/04/24 00:05

>penguin本人さん

しばらくです。そうか、新人が配属される季節ですね。私自身は長いこと新入社員が配属される職場から離れているので、あまりピンと来ません。夜の巷で、着慣れないスーツの集団がハイテンションで歩いてるのに遭遇すると、お、新入社員だな、と思うくらいで(「邪魔だな」とも思いますが(笑))。

>シニアリーグのだめ選手たちが甲子園を目指す話だそうです(あれ、鉄さんの気には入らないかな?)。

水島氏の漫画は『男どアホウ甲子園』の昔からそういう話と決まっているので、今さら気に入るも気に入らないもないです(笑)。私は、野球観戦に必要な知恵はすべて『ドカベン』の試合で学んだ人間ですから、水島氏のやることには文句はつけません。さすがに山田太郎がプロ入りして以降はフォローできてませんが。

>そういえば、言ったり批評したりする割に、自分でやれるスポーツじゃなくなってますよね。

私の会社には野球大会とフットサル大会がありますが、出場者の年齢層は、ちょうど私あたりを境に、かなり明瞭に分かれています。
従来の野球人気は、日本人男性のほとんどすべてが草野球経験者であることに負う部分が大きかったと思います。しかし、ある時期から体育の授業にサッカーが採用されたことによって、たぶん今の40代以下の人は(女性も含めて)サッカー経験があるはずで、それが現在のサッカー人気を支えています(50代以上の男性にサッカー嫌いが多いのは、プレー経験がないことも一因だと思います)。
今、体育の授業で野球は行われているのかどうか。もし、ないのだとしたら、今後の野球人気にボディブローのように影響してきますね。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/24 10:32

やっぱりこの回はナックルボーラーの方がメインなんですかね(笑)

21世紀のサブマリン投手の代表格である渡辺俊介の27人1安打ピッチングを生で見た私としてはもっと渡辺俊介のすごさを見て欲しいと思うので、今度は彼だけを別に取り上げてください(爆)

とはいうものの、生で見たのはこの日が初めてなので大きなことは言えません。この日までロッテの投手といえば清水、小宮山、黒木、小林宏、小林雅ぐらいしか思い浮かばなかったですし。

特に彼の場合、コーナーをつく変化球の切れで勝負するタイプなので、やや向かい風の方が調子が出るようです。マリンスタジアムは投手にとって向かい風のことが多く、芯に当てられるとレフト方向はどんどん伸びて行く危険もありますが、飛ばないボールになった今シーズンは彼のような芯をはずすピッチングをする投手が活躍しやすい状況なのだと思います。

投稿: エムナカ | 2005/04/24 17:58

>エムナカさん
>渡辺俊介の27人1安打ピッチングを生で見た私としては

それは貴重なご経験を。私が彼の投球を生で見たのは昨年の日米野球の時だけで、その試合では結構打たれたので(笑)、ちょっと印象が弱いかも知れません。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/04/25 01:31

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受信: 2005/04/20 12:28

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