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野球殿堂に現れる彼らの本音。

 ちょっと調べものがあって、野球体育博物館に行ってきた。
 ご存知の通り、ここには野球殿堂の間がある。

 昔は野球体育博物館は後楽園の敷地内に独立した建物として建っていた。洒落たデザインの落ち着いた建物で、館内の空気感が私は好きだった。殿堂にも重みが感じられた。
 後楽園球場が東京ドームに建て替えられた時に、この建物も壊され、野球体育博物館はドーム内に収容されることになった。今の方が館内は広いらしいのだが、かつての重厚さや風格が失われたのは残念だ。

 で、調べもののついでに、殿堂の間をのぞいてみた。前からちょっと気になっていたことがあって、確かめてみたかったのだ。

 先に結果から並べてみる。

仰木彬 オリックス・ブルーウェーブ
関根潤三 ヤクルト・スワローズ
根本陸夫 福岡ダイエーホークス
大杉勝男 ヤクルト・スワローズ
広岡達朗 読売ジャイアンツ
張本勲 読売ジャイアンツ
野村克也 不詳
金田正一 読売ジャイアンツ
西本幸雄 近鉄バファローズ
別当薫 毎日オリオンズ
三原脩 西鉄ライオンズ
若林忠志 西鉄ライオンズ

 これが何かといえば、「複数の球団で高い業績を残した人物が、野球殿堂のレリーフで被っている帽子・ヘルメットの球団名」である。
 本人(故人の場合は遺族)の意向に反して殿堂側が勝手にレリーフの絵柄を決めることもないだろうから、レリーフにおける帽子やヘルメットは、そのまま本人の帰属意識を反映していると推定される。

 そんな事情を踏まえて、上のリストを振り返っていただきたい。
 今さらながら、ジャイアンツが好きなんだなあ、と思う人たちがいる。金田の勝ち星、張本の安打の大半は、それぞれの最初の所属チームで記録されたものだが、2人とも晩年に短期間を過ごしただけのジャイアンツの帽子を誇らし気に被っている。

 この2人については引退後の言動からも予想できるが、広岡がジャイアンツというのは意外だ。
 広岡の選手としてのキャリアはすべてジャイアンツのものだが、彼が殿堂に選ばれた主たる理由は、ヤクルトと西武の監督としての両リーグ制覇だ。ジャイアンツとは川上監督とのケンカ別れに近い形で退団し、その後も(今でも)一貫してジャイアンツに批判的な態度をとっている。にもかかわらず、殿堂の中では広岡はジャイアンツの選手なのである。
 同じような立場の人物に、今年殿堂入りが決まった森祇晶がいる。レリーフが展示されるのは今年の夏からだが、森がジャイアンツと西武とどちらの帽子を被っているかは興味深い。

 野村がなぜ「不詳」かといえば、レリーフの中の野村は捕手のスタイルでマスクを外した設定だから、ヘルメットは後ろ向きに被っていてマークが描かれていない。これにはなかなか微妙な事情がある。
 彼が捕手としてのキャリアの大半を築き、監督として最初のリーグ優勝を遂げたのは南海ホークスだが、このチームからは、最後は石をもて追われるようにして決別したという経緯がある(大阪球場跡地の商業ビル内に作られた南海ホークスのメモリアルコーナーには野村の展示がないと聞く。まったく大人げない話だ)。
 それを踏まえてレリーフを見ると、「生涯一捕手」をアピールしたいが南海のマークはつけたくない、という心理を満たしつつ絵柄として不自然ではない、という実によく考えられた抜け道で、いかにも野村らしい屈折が感じられるのだ(笑)。

 また、野球体育博物館のホームページには「投手と野手でオールスター出場」と紹介されている関根さんが、現役時代を過ごした近鉄ではなく、成績だけなら殿堂入りする価値など皆無の(笑)ヤクルトの監督時代の姿でレリーフになっているところも味わい深い。

 昨年はイチローが日米通算2000本安打を達成し、野茂も今年中に日米通算200勝に届くだろう。仮に届かなかったとしても、彼らが引退した後には、いずれは日本の野球殿堂に招かれることになるだろう。その時、彼らが自分のレリーフにどの帽子を選ぶのだろうか。やはり日本での球団になるのだろうな。この2人については、MLBのホール・オブ・フェイムに表彰される可能性もあるのではないかと思っている。

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コメント

難波には長居でのサッカー日本代表戦が合ったときの夜によく寄るのですが、元大阪球場のところってとても球場があったようには思えません。

南海ホークスのメモリアルコーナー、今度覗いてみようとおもいます。

ドカベンもいるかなぁ

投稿: エムナカ | 2005/05/28 08:01

>エムナカさん
>元大阪球場のところってとても球場があったようには思えません。

私はまだ行ったことがないのですが、球場として閉鎖された後、しばらくはスタンドを残したまま住宅展示場として利用されていましたね。そういう半端な形で残ってしまうのと、跡形もなくなってしまうのと、どちらがいいのか(というか、どちらが辛いのか)。微妙なところですね。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/05/29 08:18

そういえば、藤井寺もファンに無料公開したあと取り壊しになるとか。

バブル崩壊に伴い土地の相対的な価値は必ずしも高くない世の中にはなったのですが、野球場の規模の遊休地はアミューズメントパークや動物園、公園などには半端な大きさだし、商業施設や住宅地としての切り売りが一番現実的な活用法なのでしょう。

藤井寺は住宅地に隣接していたと聞いていますので、ここも住宅地として開発されるのではないでしょうか。

考えてみれば、プロ野球の本拠地って、交通の便がよく、最寄り駅から徒歩10分以内が多いですよね。Jリーグの本拠地は30分歩くところは結構ざらなのに・・・。この差はどこにあるのでしょうかねぇ。

投稿: エムナカ | 2005/05/29 23:38

>エムナカさん
>考えてみれば、プロ野球の本拠地って、交通の便がよく、最寄り駅から徒歩10分以内が多いですよね。Jリーグの本拠地は30分歩くところは結構ざらなのに・・・。この差はどこにあるのでしょうかねぇ。

一言でいえば、建てられた時期でしょうね。オイルショックからバブル景気を経て地価が高騰した後に建てられた野球場は、千葉マリン、スカイマーク(神戸)、ヤフードーム(福岡)など、サッカー場並みに不便です。
逆に古い方では、阪急、近鉄、阪神などの関西私鉄は不動産開発も手がけていますから、駅と町と球場の関係は開発段階から意識されていたのだろうと思います。残るは甲子園だけになってしまいましたが。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/05/30 08:43

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