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勝利か、教育か。 〜『コーチ・カーター』の指導論〜

 皆さん、ご無沙汰いたしました。

 半月ぶりに日本に戻ってみると、野茂が日米合計200勝目を挙げ、野村が2000本安打を打ち、読売ジャイアンツは相変わらず低迷していた。あれほど好調だったイチローと、あれほど不調だった松井の打率がほとんど同じになっていた。ワールドユースはグループリーグを勝ち上がったと聞いて、なかなかやるなと思ったが、結局1勝もしていないというのでわけがわからなくなった。
 欧州にいたのでコンフェデ杯はテレビ中継されていたが、日本の試合は時間帯が早くて仕事とぶつかることが多く、実際に中継を見られたのはブラジル戦の前半だけだった。試合前には、アトランタ五輪の映像とともに、川口がインタビューされて英語で答えていた。

 というわけで残念ながら現地情報としてご報告できることはないのだが(笑)、帰りの機内で見た映画が、なかなか面白かった。『コーチ・カーター』というサミュエル・L・ジョンソン主演のバスケット映画で、日本では来月あたりに封切られるらしい。

 舞台はカリフォルニア州リッチモンド高校のバスケット部だ。学校のランクは10段階で1。チームの昨シーズンの成績は4勝22敗。最低の学校の最低のチームに、かつて同校バスケット部で史上最高の活躍をしたOBのカーターが、コーチとして招かれる。
 前任者から紹介されるなり、カーターは生徒たちの言葉遣いを正し、「コートの上では互いに尊敬を払う」と宣言し、「成績は平均2.3を取ること」「すべての授業に出席し、最前列に座ること」「試合ではネクタイと上着着用」などの条項が記された契約書にサインを求め、「私についてくれば、勝利の喜びを教えよう」と約束する。
 高圧的なやり方に反発して、いきなり体育館を出ていく主力選手もいたが、多くは半信半疑ながらもカーターに従う。厳しく鍛えられたチームは新しいシーズンの開幕とともに快進撃を続けるが、そのスタイルは学校や父兄からの批判を招き…。

 はっきりいって、よくある話である。アメリカ人は、よほどこういう話が好きなのだろう(私も好きだけど(笑))。何年か置きに繰り返し作られ、それぞれが相応によくできていて、「よくある話」などと言いながらも、見ていれば結局は引き込まれ、泣かされる。そんなタイプの映画だ。私がすぐに連想したのは『タイタンズを忘れない』というフットボール映画だったが、他にもいろいろ似たものはあるだろう。日本でいえば『スクール・ウォーズ』とか。

 で、そういう映画としての『コーチ・カーター』は、型通りにきっちり作られた佳作だ。この手のものが好きな人が見れば、まず裏切られることはないと思う。試合場面は実にリアルで、息をのまされる。MTVが製作に関わっているとあって、音楽もいい。全般的に人物描写があっさりしているが、上映時間はすでに2時間を超えているので、まあ妥当なところだろう。

********************

※以下はいささか作品内容に踏み込んでいる。映画に予備知識は無用という考えの方は飛ばしていただくのが無難。途中から悪口に転じたりはしないのでご心配なく。
 一応、鑑賞時に興を削がない範囲で書いているつもりだが、このごろ、ネタバレについてはいささか神経質になっているので。出張前に、楽しみにしていた『ミリオンダラー・ベイビー』について、あるサイトでストーリー上の決定的な秘密の暴露に遭遇してしまったショックが尾を引いているらしい。
 ちなみに、『ミリオンダラー・ベイビー』も今回の機内映画のメニューにあり、行きの機内で見た。たぶん、知らずに見た場合とはまったく見え方が違ってしまったのだが、それはそれで心に沁みる映画だった(笑)。
 さて、では『コーチ・カーター』の続きを。

********************

 カーターの指導の最大の特徴は、練習も厳しいが、それ以上に教育に厳しいことだ。勝利に酔った選手たちが学業をおろそかにしはじめた時、カーターは強硬な手段で彼らに契約の履行を迫り、そのことで周囲との軋轢は決定的なものになってしまう。
 学校や父兄はおろか、町中を敵に回してしまったカーターが、選手たちを前に話す言葉は、この映画の白眉と言えるものだ。
 カーターは言う。
 この学校では多くの生徒が中退し、大学へ進む者は数えるほどしかいない。この町のアフリカ系アメリカ人の3人に1人は逮捕される。私は君たちにそうなって欲しくはないのだ、だからこそ持てるすべての力を注いで君たちを大学に送りたいのだ、と。
 このくだりがあるからこそ、彼らの最後の台詞、

 「俺たちは?」「リッチモンド!」
 「生まれた町は?」「リッチモンド!」
 「母校は?」「リッチモンド!」

というカーターと選手たちのコール&レスポンスが胸を打つ。


 強い信念に裏打ちされて、カーターの指導にはブレがない。しかし、周囲の人々はブレまくる。とりわけ選手の父兄たちはカーターを面罵したり褒め称えたり、登場するたびに態度をコロコロと変え、しかも、そのことに何の葛藤も感じていないように見える。
 いくら何でも父兄たちが頭悪く描かれすぎだと思ったのだが、ニューヨークのハーレムに住む日本人女性アキツさんの『ハーレム通信』「Coach Carter(コーチ・カーター)とブラック・コミュニティー(1)」(このエントリーは(4)まである。ぜひ全部読んでほしい)によると、これが多くのアフリカ系アメリカ人たちの現実そのものらしい。親たちは子供の将来どころか、自分たちの生活も、あらかじめ諦めきって真剣に考えようとはしない。映画の中で、選手たちはガールフレンドを妊娠させたり、麻薬密売に手を染めたり、さまざまなトラブルを抱えているが、それもまた日常茶飯事のようだ。

 バスケットだけに責任を負っているはずのカーターが、体を張って生徒たちを教育しようと試み、生徒の将来に責任を負っているはずの校長や父兄たちが、目先の勝利を欲してカーターを非難する。この倒錯にこそ、彼らが置かれた状況の困難さが現れている。バスケットが貧困のループから脱出する数少ない道であるが故に、バスケットで成功しそうな息子は、親にとって「金ヅル」にしか見えなくなってしまうのかも知れない。カーターの言葉など、彼らの耳には単なる奇麗事にしか聞こえないのだろう。
 厳密に言えば、カーターは教育を勝利に優先させたわけではない。彼の目標は、あくまで勝利だ。ただし、教育の伴わない勝利が若者たちにどれだけの害を与えるかを、彼は身をもって知っているのだ(そう書くと、私は我らが『星屑たち』を思い出さずにはいられない)。

 エンドロールの前に、選手ひとりひとりの進路が字幕で示される(これもまた、型通りだ(笑))。この映画は10年ほど前の実話をもとにしているそうだが、彼らは今も、「俺たちはリッチモンドだ!」と胸を張って言えるだろうか。そうであってほしい。


追記(2005.9.3)
「10年ほど前の実話」と書きましたが、実際には99年だそうです。みんな大学を出た頃だが、どうなっているのやら。

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コメント

お帰りなさい(^.^)

>勝利か、教育か。 〜『コーチ・カーター』の指導論〜

すみません・・・
勝利か、教育か。 〜『コーチ・ナカータ』の指導論〜
って見えちゃいました・・・。
WC出場を懸けた試合の前、欠場の中田がベンチ入りを望んだりとか、選手個々とみっちり話し合いを持ったとか、進んで用具を運んで裏方に徹したとか、ピッチ内外での献身ぶりが
報道されていたので(中村俊輔と対比されて)
それについて、外国メディアが触れていたのかと・・・。
私の方が時差ぼけみたいな大ボケ、すみません・・・。(じゃあ、わざわざコメントするなよ?ってカンジなんですが^^;)

投稿: cimbombom | 2005/06/27 01:46

>cimbombomさん

ご無沙汰してました。6月の予選もあまり集中して見られなかったので、すっかりサッカー非国民になっております(笑)。

>勝利か、教育か。 〜『コーチ・ナカータ』の指導論〜

いいですね、これ(笑)。もともと「中田監督、宮本コーチ」と言われていたチームですからね。
あのお方には「終身名誉監督」なんてどうでしょうか。終身まで務められちゃ困るか。

私がいた国のテレビ解説者たちは、スポーツニュース等では、どちらかというとナカムラの名を口にすることが多かったようです。何言ってたかは全然わかりませんでしたが(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/06/27 02:27

こんにちは、初めまして。
TBありがとうございます。とても興味深く読ませていただきました。とともに、自分が何を書いたのかも確認しました(笑)。

たしかに「定説通り」の映画ですが(それでもって、またバスケ?! とも思ったり)、少しでも若い世代に響けばなと思いました。

実はあたし、サッカーも好きなので、じっくり読ませていだだきますね。
今後もよろしくお願いいたします。

投稿: アキツ | 2005/06/27 10:44

>アキツさま

はじめまして。コメントありがとうございます。
この映画のリッチモンドのような世界は、これまでも映画や小説を通して知ってはいましたが、アキツさんが実体験として書いているblogを読むと、決して隔絶された世界ではなく、自分と地続きの日常がそこにあるんだな、と実感します。

ちょうど出張で欧州の隅の方を回ってきたばかりですが、行く先々に日本人女性が住んでいることには単純に感服します。海外に住む日本人には、西日本出身者が多いような印象がありますが、なぜでしょうね。

>実はあたし、サッカーも好きなので、じっくり読ませていだだきますね。

それはそれは。私はミア・ハムが好きだったのですが、代表から退いたようで残念です。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/06/27 11:07

お帰りなさいませ。心待ちにしておりました(笑)


今回自分が気になったのはこの部分です。
>とりわけ選手の父兄たちはカーターを面罵したり褒め称えたり、登場するたびに態度をコロコロと変え、しかも、そのことに何の葛藤も感じていないように見える。

例えば日本代表監督とそれを取り巻くファンや評論家、メディアって、構図としては似ていますよね。別にメディアたちは選手を育てる義務はありませんが、それでも「育って欲しい」という願望はあります。でも、どうも一貫していない。
なもんだから、

>教育の伴わない勝利が若者たちにどれだけの害を与えるか

まだ教育の必要なワールドユースの日本代表を取り巻く環境や心無い批判というのはまさにこんな感じだったと思うのです(まぁ1勝もしていませんけどね。苦笑)

投稿: アルヴァロ | 2005/06/28 10:41

>アルヴァロさん
過分のお言葉をありがとう。
コメントへのレスを考えているうちに別のことに考えが流れたあげく、次のエントリになりました(笑)。
代表チームについては、それぞれの大会をどう位置づけ、何を目標とし、それに対してどういう結果が残ったか、という目標と評価が明確でないから、行き当たりばったりで褒めたり貶したり、ということになるのでしょうね。

>まだ教育の必要なワールドユースの日本代表を取り巻く環境や心無い批判というのはまさにこんな感じだったと思うのです

どういう批判があったか私はよく知らないのですが、ワールドユースの成績にメディアが一喜一憂すること自体がどうかと思います。ただ、セルジオ越後なら「20歳のプロなら一人前。子供扱いするべきじゃない」と言うでしょうし、それも筋の通った話ではあります。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/06/29 04:01

すいません、もうちょっとはっきり書くべきでした。


今回の大会では、筑波の平山と早稲田の兵藤が槍玉に挙げられていました。しかもプレイならまだしも、彼らの起用について「学閥だろ」という批判がネット上で結構出ていました。

このタイプの批判はこれまで見たことがなかったのですが、サッカーをやりながら、教育を受けたいという彼らなりに人生を考えている人間がこのようなカタチで理不尽に扱われるというのは、「子ども扱いするべきでない」以前の問題です。私にとっては我慢できなかったですね。

投稿: アルヴァロ | 2005/06/30 09:25

>アルヴァロさん

なるほど。ご丁寧にありがとうございます。
99年の石川(筑波)や03年の徳永(早稲田)に対しては、学閥うんぬんの非難はまったく聞こえませんでしたから(それとも、国見閥という意味か?)、どちらかといえば「勝利」よりも「敗北」に伴う雑音ということになるでしょう。

それにしても、「学閥」とはね。こういうことを言い出す手合いには、「汚い手で触るな」と言う以外に、言葉がありません。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/06/30 11:16

こんばんは。映画の話ですが、
>選手の父兄たち
の言動、行動がちょっと大人げない気がして、
これも物語を盛上げるためかなぁと思っていたのですが、
なるほどそういう親の存在は現実なんですねー。
となると、いかにコーチの理念が貴重だったかということですね。
大変役立ちました。ありがとうございましたー。

投稿: かえる | 2005/09/02 22:31

>かえるさん

いらっしゃい。

>>選手の父兄たち
>の言動、行動がちょっと大人げない気がして、

私もそう思いました(笑)。
ですから「ハーレム通信」を読んで、目を啓かれる思いでした。
そうは言っても知り合いの先生たちに話を聞くと、日本の父兄も相当キテるようですが…。

かえるさんがblogに書いておられる通り、好みの分かれそうな映画ではありますね。“説教俳優”サミュエル・L・ジャクソンの説教パワー炸裂だし。SW3でも、このくらいの勢いで説教し倒したらアナキンも改心してジェダイ騎士団に戻ってきただろうに。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/09/02 23:47

はじめまして★
この映画も、『タイタンズを忘れない』も大好きです。確かに、めちゃアメリカ的ではありますが。
展開は読めるんだけど、思わず泣いちゃいますね~。w
でも、どちらの監督も人間的に本当に素晴らしいと思います。
私がカーターさんのことを知ったのは、去年放送されたテレビ番組を通じてでした。
そこでは、大学に進んだ選手たちのインタビューもあり、大学のバスケ部で活躍する者、これからプロになる者、教師になる者、大学院に進む者、様々な彼らの人生が紹介されていましたよ。
ではでは。また何かの折に。

投稿: IHURU | 2008/05/20 21:56

>IHURUさん

こんにちは。

>私がカーターさんのことを知ったのは、去年放送されたテレビ番組を通じてでした。
>そこでは、大学に進んだ選手たちのインタビューもあり、大学のバスケ部で活躍する者、これからプロになる者、教師になる者、大学院に進む者、様々な彼らの人生が紹介されていましたよ。

ご本人を取り上げたテレビ番組があったらしいというのは聞いてましたが(直後にこのエントリのアクセスが少し増えたので(笑))、そうですか、選手たちは立派に育っているんですね。カーターに会わなくてもプロになる選手はいたかも知れないけれど、教師や大学院はなかったかも知れませんね。

投稿: 念仏の鉄 | 2008/05/21 08:22

こんにちは。面白い映画評をありがとうございました。紹介されているほかのブログも参考になりました。

DVDの特典映像でサミュエル・ジャクソンさんが語っていたのですが、この地域で高校の課外活動への予算が住民の投票で削られて全くなくなってしまったということでした。なぜそこまで強くかつ有名になったばかりのチームの足をすくうような決定をするか、とても理解に苦しむところです。そのあたりに、住民の自分勝手さ(もしくは地域の貧しさ?)が垣間見えると思います。

少し前の、アメリカの児童の肥満についての報道で、体育の授業ですらほとんど行われていないということに驚いたことがあるのですが、アメリカ社会では、政策的にも、地域のサポート的にも、公立学校を継続的に支えるシステムになっていないことを痛感しますね。

投稿: nya | 2013/07/19 10:56

>nyaさん

コメントをありがとうございます。ずいぶん前に書いた文章で、冒頭の野球やサッカーの話題が時代を感じさせますが、映画評そのものはそんなに古びないものですね。

>この地域で高校の課外活動への予算が住民の投票で削られて全くなくなってしまったということでした。

何か事情はあるのでしょうが、映画の中でも描かれた地域住民の近視眼的な性向がそのまま反映しているような印象は受けますね。

体育の授業の話も驚きです。「『欧米では』論者」はネットの世界でも根強い人気がありますが、日本のダメな面ばかりでなく、優れた面もきちんと指摘してもらいたいものです。そういう人たちの多くは、欧米のエリート層しか見えていないのでしょうけれど。

投稿: 念仏の鉄 | 2013/07/20 02:06

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