「完全ドラフト制度」だと勘違いしてたりして。
ドラフト制度改革というものに、もともとあまり関心が持てずにいたので、NPBの改革案が発表されても、まあそんなものかな、という程度の感想しか湧かなかった。
だから、ここ一週間ほど、このニュースを伝える新聞各紙(読売を除く)が、えらく居丈高に改革案を批判しているのには面食らっている。
いろいろとご高説に目を通してみると、どうも完全ウェーバー方式が導入されなかったことについて不満を持っている論者が多いようだ。
代表的なのは「これで改革とは笑えるね」と題した毎日新聞7月21日付の社説。
「完全ウェーバー方式は不正が介在する余地がなく、しかも12球団の戦力均衡というドラフト制度創設以来の目標も達成できる。ウェーバー方式の採用を求めた球団もあったようだが、特定球団から横やりが入るとあっさり妥協に走ってしまうあたりが、現在の球界の情けない部分だ。」
同日の東京新聞の社説も似たようなことを書いている。
「ドラフト改革では、戦力均衡の観点を踏まえて、下位球団から指名していく完全ウェーバー方式を導入するかどうかが焦点だった。しかし、これに対しては自由競争を主張する意見や、関連するフリーエージェント年数の短縮に不安を抱く声も強く、結局はそれぞれの中をとる妥協しかできなかったというわけだ。」
完全ウェーバー方式というのは、そんなにあらゆる問題を解決できる理想的な制度なのだろうか。
逆指名制度や自由獲得枠がなかった完全くじびき方式の時代にも、裏で動いた金はあったと聞く。「○○球団以外に指名されたら大学(または社会人)に行く」と宣言することで選手が実質的な逆指名をするケースはしばしばあった。それが実際の指名状況を左右していた以上、球団が選手に裏金を払って逆指名させる余地がなかったとは言えまい。この逆指名が後に制度化され、さらに現在の自由獲得枠に変わったわけで、要するに逆指名においては、実態が制度に先行していた。まして現在の一流選手たちには、「○○球団以外に指名されたらMLBに行く」という選択肢も加わっている。毎日新聞の社説が断言するほど、不正が介在する余地がないとは、私は思わない。
では戦力均衡には効果があるのだろうか。完全ウェーバー方式を実施しているはずのMLBは、今の日本球界よりも戦力均衡にほど遠い(日本では、自由獲得枠とFAに大金を投じながら弱体化している某球団が戦力均衡に大いに貢献している)。
また、選手会では以前から「完全ウェーバー方式」と「FA取得年数の短縮」をセットで導入することを強く主張している。この両者が不可分だとしたら、新制度のもとでは資金力のある球団が若くてイキのいいFA選手を獲得することが可能になる。これでは、むしろ戦力の不均衡をもたらす可能性さえある。
そんなこんなを考えてみると、完全ウェーバー方式は、これを導入しないからダメだ、と新聞の社説が声をそろえるほどの理想的な制度なのかどうか、大いに疑問がある。ジャイアンツの「完全ウェーバー方式を導入したら選手のアメリカ流出を招く」という主張に対して反論もしないままに、「特定球団から横やりが入る」と揶揄するだけでは、論理的な議論とは言えない。これで社説とは笑えるね。
ではお前は完全ウェーバー方式に反対なのか、何か別のいい考えがあるとでもいうのか、という質問が聞こえてきそうだ。私は(彼らが主張するほど理想的な制度とは思わないけれども)完全ウェーバー方式の導入そのものには反対ではないし、別のいい考えを持ち合わせてもいない。完全ウェーバー方式にしたい球団が多いのなら、してみればいいと思う。今よりよくなる面もあるだろうし、代わりに表面化してくる別の問題もあるだろう。どんな方式にも一長一短はある。私は、ドラフト制度の手直しがプロ野球界の改革に決定的な効果を持ちうるとは思っていないだけだ。
今回のNPBの改革案を「妥協の産物だ」と批判する声もあるが、もともとドラフト制度というものは妥協の産物なのではなかったか。
球団はいい選手を取りたい。でも、できるだけ金は払いたくない。選手は好きな球団に入りたいし、できるだけ高い金が欲しい。球団の間には資金力の差があり、金持ち球団に張り合っていたら貧乏球団はつぶれてしまう。アマチュア球界にもそれぞれの思惑と建前がある。それぞれが思う通りにしていては業界が成り立たないので、球団も選手も我慢して、有望選手をそこそこの金額で各球団が分け合う仕組みを作ろう、というのがドラフト制度だ。誰もが満足はしていないけれど、ないよりはましだから続けている。もともとその程度のものなのだから、不都合が出てくれば手直しすればよい。12球団がエゴを主張しあう中で妥協点に落とし込むというのは、ドラフト改革のやり方としては全くの正攻法で、批判されるような筋合はない。これはあくまで業界の内輪の制度なのだから、いくつかの新聞社が主張するように、これを変えることでファンに改革をアピールするべきだという考え方は、いささか筋違いではないかと思う。そういうことは、他に相応しい場があるはずだ。
今回のドラフト改革が達成すべき目的として、新聞記事は「戦力均衡」「裏金防止」「契約金の抑制」などを挙げている。それらはドラフト制度と関係はあるけれど、ドラフト制度をいじるだけで解決できるわけではない。
戦力均衡のためにはFA制度や外国人選手の受け入れ制度や支配下選手の人数制限やトレード制度の手直しを包括的に行う必要があるだろう。裏金防止のためには監視機関の設置、その前に選手会やアマチュア球界と協力した実態調査が必要だ(前にも書いたが、私は、選手会は裏金問題について球団サイドを非難する前に、まず選手会の構成メンバーおよびOBたちが受け取った裏金について明らかにすべきだし、それをしない限り、この件に関する選手会の発言は一切聞く価値がないと考えている)。アマチュア球界と協力して、栄養費の制度化をはかるのも合理性のある措置だろう。
契約金の抑制というのは、経営健全化の動きの一環として行われるべきものだ。Jリーグの経営委員会にあたる調査・諮問機関を設置して各球団の経営改善を図り、現役選手の報酬の適正額を見いだしていく中で新人獲得の契約金抑制(と裏金抑制)を行っていくぐらいの位置づけがちょうどいいので、契約金だけを取り出して云々しても仕方がない。
このような個別具体的動きが見えてこないことに対しては、私は大いに不満を抱いている。
もっといえば、日本のプロ野球が改革すべきことは何なのか、目指すところは何なのか、というコンセプトの全体像が見えないままにドラフト制度の改変だけをどうこう言っても仕方ない。それが、私がドラフト改革というものに興味が持てない理由なのだろうと思う。
ただし、制度が改革のすべてではない、ということも言っておかなければならない。
さっき逆指名制度のところで書いた「実態が制度に先行する」という事態は、好ましい変化においても起こりうる。
たとえば現在の千葉ロッテは、球団フロントにさまざまな世界から人材を集め、観客を喜ばせる試みを熱心に行い、日本球界でトップクラスの熱心な顧客層を抱え、しかも試合内容がよく、成績も優れている。この状態が何年も続き、収支が改善していくようであれば、そういう球団の存在それ自体がプロ野球改革である。そんな球団がいくつも出現すれば、諸般の制度もおのずから変化していくだろう。
プロ野球の運営にとって大事なことは、「観客が楽しめる球場と試合」と「持続可能な経営」である。この2点がすべてだと私は思っている。それ以外のことは手段でしかない。「戦力均衡」も「不正防止」も、ましてや「完全ウェーバー方式」も、それ自体は目的ではない。
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