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Welcome Home, Mr.Giants.

 病気から治った人が野球場に野球を見に行く程度のことを、普通は「復帰」とは言わない。まして、それを数日前から予告して注目を煽るというのは、テレビ視聴率を上げるために病人を晒し者にするような姑息な手法と思われても仕方ない。

 …というくらいに冷淡な考えしか抱いていなかったにもかかわらず、その日本テレビの野球中継の中で、満面の笑顔を浮かべた彼が、バルコニー席から観客に向かって左手をヘンな角度で振ったりしている姿を目にした途端に、私の頭の中は「よかった!」という感激で一杯になってしまった。長嶋茂雄というのは、ほんとうに何というか、たいへんな人である。

 ポケットに突っ込んだままの右手、つっかえるようなたどたどしい歩き方。おそらく身体の右半分は今も思うようには動かないのだろう。よく見れば顏の右側も生き生きと動いてはいない。それでも、全体としては、彼は長嶋茂雄そのものだった。あの笑顔は長嶋の笑顔だった。座った状態から客席を覗こうとするチョコチョコした動作は、まさに長嶋の身のこなしだった。

 いつ、どこで、どのようにして人々の前に姿を現すか。
 長嶋が病に倒れ、自らの病状の深刻さを認識してからは、それが彼にとっての大きなテーマであったのだろうと思う。人々が長嶋茂雄に対して抱くイメージを失望させることのない形で、どれほど劇的に姿を現すか。それが、彼の「闘病生活」だったのだろう。単に日常生活に戻るだけではなく、彼は「長嶋茂雄」に戻らなければならなかった。
 そして彼は今日、「視聴率のために晒し者にされる病人」どころか、スターとしてその場に現れ、その日の東京ドームの主役の座を勝ち取った(のだろうと思う。私はテレビで見ていただけだが)。

 今年の開幕直前に、私は彼がいかに日本プロ野球の歴史そのもののような存在であったかについて書いた。彼が現場を去ったことで「長嶋一極集中体制」が終わったのだ、とも。
 現在のプロ野球は、「ポスト長嶋時代」に向けて、おぼつかない足取りながらも、踏み出そうとしている。その意味では、長嶋茂雄という巨大な存在が再び戻ってきて、巷間伝えられるように北京五輪の代表監督になったりしてしまうようだと、歴史の流れがどこに向かっているのかわけがわからなくなってしまう。影響力が大きすぎるだけに、長嶋はもう現場に戻らない方がいい。そんなことも考えていた。
 だが、実際に現れた彼を見ると、そんなことはどうでもいいという気分になってしまう。少なくとも、今夜だけは。利用するのされるのなどという議論は空しい。誰よりも嬉しそうなのは、彼自身ではないか。

 チョウさんがホームに還ってきたのだ。今はただ、それを喜んでいればよい。かつて、選手時代の落合博満がこんなことを言っていた。長嶋が最初の監督生活を終えて2度目を始める前の時期、1980年代のことだ。当時は「そんなものかな」としか思わなかったが、今の私には落合の気持ちがよくわかる。

「もういちどユニホームを着て監督をするかもしれないけど、そのときだって、あのひとのやることをじっと見つめてりゃいいんです。
 そうすれば、誰もがしあわせになれるんだから」
                   (玉木正之編『定本・長嶋茂雄』から)

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コメント

 なるほど、鉄さんですら、かなりの感動だったようですね。

 僕も、普段は、プロ野球中継は見ませんが、職場でたまたまついていたテレビに向かって「おお!」と声を出していました。そして「隠れ巨人ファン」と後ろ指を指されている(すんません、そんな職場で)同僚に、「長嶋出てるぞ!」と声をかけていました。別のテレビで見ていた彼らが興奮気味に「見てました!」とはじけたような笑顔で答えてきました。やっぱし稀有な存在ですよね~。

 彼に向かって拍手し、手を振る観客。それに応える彼。それを望遠でとらえるテレビ映像。貴賓室。

 その瞬間思ったのは、「こりゃあ天覧試合だな」。世紀をまたいで、彼は伝説の天覧試合のプレーヤーから観覧側へ、ポジションを変えていたのでした。

 僕らの世代(30代以上?)にとって、「長嶋力」とでも呼ぶしかないような、呪縛から、解き放たれる時は、来るのでしょうか。彼が亡くなるまで、それは続くのかもしれませんね。

 翌日の各メディアの扱いが別れたことも、僕にとっては興味深かったです。(我が家は田舎なので、他の地域とは若干違うと思いますが)

 Y紙は、1面カタに、各社のなかで最大の縦長の写真。まあ、当然か。
しかし、1社のアタマも長嶋ネタで来たのには驚いた。
 その日は都議選の行方と重なっておりましたから。手厚さが際だちましたね。

 それに比べてA紙は、1面のニュースインデックス欄に、ちょこっと顔を出しただけ。きちんとした1面扱い、とは言えませんね。露骨なまでの冷淡さです。
 社会面ではそこそこの大きさの写真を載せていましたが、ニュースの価値判断としては格落ちの2社。
 
 M紙やS紙などは1面にごく普通の大きさで扱ってましたね。地元紙もそんなものでした。

 スポーツ紙は、みな1面だったような。
 ただ、日刊だったかスポニチだったか、の写真で改めて知ったのは、隣にナベツネ氏が座っていたこと。
 テレビ画面や一般紙の写真じゃあ、そこまで分かりませんでした。

 また、確か夕べ、日テレ系で、長嶋緊急特番をやってました。徳光アナが急に貴賓室に呼ばれてはしゃいでいる映像も流されていた。その特番でも、何度も長嶋の貴賓室は映し出されていましたが(前に座ってる妙齢の女性が誰なのか、気になりましたね)、隣のナベツネは一回も映さずじまいでした。

 彼を一緒に写し込んでいれば「ああ、やっぱ読売グループの宣伝じゃん」と、ナイター視聴者に即座に伝わるなあ、と思いました。

 でもそんなことしたら、せっかく野球改革が行われた今シーズンなのに、改革イメージが損なわれる、と配慮したのでしょうか。

映像ってやっぱ意識操作の道具として有効やなあ(怖い怖い)、と改めて思いました。
 

 また、今回思ったのは、やはり長嶋の偉大さと、「この人が亡くなったらどんな扱いになるんだろう」ということでした。
 復帰だけで特番を組まれる元スポーツ選手、って、他にいないんじゃないでしょうか。

 そういう意味では、彼はいまだ現役、生涯現役アスリートなんだと思いました。

 鉄さんご指摘のように、長嶋が長嶋であり続けることって、大変なのでしょうね。本人にとって幸か不幸かわかりませんが、、、、。
(ちょうど、いまテレビで、SMAPの稲垣君が中居君の変装をしてみたけど大変なんでや~めた、という趣向のCMをやっていますが、あのイメージでしょうか)

投稿: penguin | 2005/07/05 23:24

>penguinさん

>その瞬間思ったのは、「こりゃあ天覧試合だな」。世紀をまたいで、彼は伝説の天覧試合のプレーヤーから観覧側へ、ポジションを変えていたのでした。

実際、「御前試合」という表現がスポーツ紙に使われていましたね。

しかし、近年のジャイアンツはそういう試合になかなか勝てません。長嶋が監督退任の挨拶をした日も負け試合だったし、昨年、清原が2000本安打を打った日も負けました。勝ったのは工藤の200勝くらいか(当たり前だ)。

勢いをつけるべき節目に勝てないことは、チームの不振と無関係ではないでしょう(どちらが原因でどちらが結果なのかはわかりませんが)。40年くらい前には、そういう試合で活躍してチームを勝利に導くのが、長嶋茂雄の役割だったわけですが。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/07/06 11:27

念仏の鉄様の主だったブログ記事にウェブログ図書館( http://library.jienology.com/ )からリンクを張りました。
読み応えのある記事の数々…これからも注目したいとおもいます。

投稿: ウェブログ図書館 館長 | 2005/07/07 19:19

>館長さま

お目に留まって光栄です。ウェブログ図書館は、興味深い試みだと思って時々拝見していました。
さっそくトップページを拝見しましたが、ずいぶんと大量のリンクをありがとうございます。よそ様に拙文のタイトルが並ぶのを見るのは、妙に気恥ずかしいものですが(笑)。どうぞよろしくお願いします。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/07/07 20:04

長嶋茂雄を前に思考が停止してしまう情緒的な人々のあられもない心情の吐露を何人も見てきたが、サッカーファンからそれが読めるとは思いませんでした。

あれは「視聴率のために晒し者にされる(自覚のない)病人」以外の何者でもなかったのであって・・・そして数字は正直である。

代表的な長嶋信者の玉木正之を引用してたから逆手に取ると、あれこそ「野球なき野球情況」ではないか。

玉木が、長嶋を称揚していたのは「野球なき野球情況」を批判するためだったはず(実際、その標題の文章では長嶋を出汁にしている)。

しかし今や「野球なき野球情況」そのものになってしまったのは皮肉という他はない。

投稿: 莫迦乃花 | 2005/07/16 23:13

>莫迦乃花さん

はじめまして。

>サッカーファンからそれが読めるとは思いませんでした。

これは私のことをおっしゃっているのだと思いますが、私は野球もサッカーも見るので「サッカーファン」とのみ規定されると、いささか居心地が悪いです。

>代表的な長嶋信者の玉木正之を引用してたから逆手に取ると、あれこそ「野球なき野球情況」ではないか。

文末に引用しているのは、玉木正之が編纂した本に掲載されていた落合博満のコメントです。玉木正之の言葉ではありません。わかりにくいようでしたら失礼しました。

近年の玉木正之の言説にはほとんど興味がないので、彼が「野球なき野球情況」という言葉で何を表現しているのかは知りません。ただ、引退後の長嶋茂雄は、日本のマスコミにおいては一貫して、現にグラウンドで行われている野球よりも注目を集めてしまう人物として扱われ続けているので、

>玉木が、長嶋を称揚していたのは「野球なき野球情況」を批判するためだったはず

というご指摘がもし正しいのであれば、玉木氏もずいぶんと無茶なことをしているものだと思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/07/17 19:15

こんばんは。まこと遅まきながら、TBさせていただきました。
もう2ヶ月ちかく前になるわけですが、自分もあの試合をテレビで見ていました。そこで感じたのは、どうしようもない違和感というか、居心地の悪さでした。

自分は、昭和50年代の生まれで、鉄さんとは、ちょうど一回り違います。
彼の現役時代は知りません。そのためでしょうか、彼が監督復帰後の振る舞い、そして報道のされ方には、いつも強い違和感を感じていました。同世代の友人とプロ野球の話をしていても、同じような感じ方が多かったと思います。
だから長嶋をみていれば、みんながしあわせになれるという言い方には、やっぱりうなずけません。
最近のプロ野球の凋落というか、断末魔のような様相は、もちろん、彼を利用したマスコミのやり方に最大の責任があるにしろ、担がれたみこしである、長嶋氏にも責任が大きいのではないでしょうか。マスコミが長嶋を利用したのと同時に、長嶋もマスコミで時代の寵児になりえたわけですから。
ちょっと飛躍しすぎかもしれませんが、彼を見ていると、天皇の象徴性と戦争責任をめぐる構造が、すこしわかるような気すらします(笑)

もう手遅れな気はするものの、むしろプロ野球が生き残るためには、”長嶋”的なものを脱却、というか一掃していく必要があるような気が個人的にはしてます。まあ実際にはそんなことするはずもないし、できないから無責任な傍観者の意見ですけど。

でも世代論にしてしまうのは、安易かつ失礼とは思いつつ、やはり実際にそのプレイと時代の空気を吸ってないからそう思うのかなぁ・・・・。

ともあれTB、もしご不快になられたら削除していただければと思います。

長文失礼いたしました。

投稿: farwest | 2005/08/30 19:28

>farwestさん

こういうエントリを書いてしまった以上、長嶋信者扱いされても甘んじて受けるしかないわけですが(笑)、世代としては、私自身は醒めた側に属しています。境界線は私より数年上にあるのだと思います。
彼の現役時代はテレビで見てはいたはずですが、ほとんど覚えていません(引退時には10歳でした)。

ですから私も、farwestさんがおっしゃる「違和感」を過去25年くらいずっと感じつづけてきました。たぶんご記憶にはないでしょうが、1980年秋に彼がジャイアンツの監督を実質的に解任された時、それまで彼の無能さを非難していたメディアが、一転して「長嶋を返せ」と大合唱を始めたのには唖然としたものです。

そんな人間でもほろりとさせてしまうほど、この夜の彼の笑顔が印象的だった、というつもりで書いたエントリですが、どうやらあまりそうは読めない代物だったようですね(笑)。
また、長嶋体験の有無もさることながら、脳梗塞で倒れたことのある人をどれだけ身近に見てきたかという経験値も、「復帰」への反応を左右していたような気がします。いわゆる「歳をとると涙もろくなる」という奴で。


>マスコミが長嶋を利用したのと同時に、長嶋もマスコミで時代の寵児になりえたわけですから。

プロ野球と長嶋茂雄とメディアがいかに三位一体となって成長してきたかについては、エントリの本文中にリンクを貼った「長嶋のいない4月」という文章に書きましたが、おっしゃるように三者は一体であり、共犯関係とも言えます。そして、その「昭和33年体制」が耐用年数の限界に達した時期に、長嶋茂雄本人が病に倒れた、ということでしょう。farwestさんがおっしゃるような「一掃」をするまでもなく、本人が退場してしまったわけで。
ですから、7月のような形の「復帰」はともかく、再び野球界に影響力を行使するようなことは謹んでもらいたい、と私も思います。野球界のためにも、ご本人のためにも。


>ともあれTB、もしご不快になられたら削除していただければと思います。

内容は別として、病気で死にかけたばかりの人を故人扱いするという趣向には、あまり感心しません。削除はしませんが(笑)。
このへんの感覚の違いは、さっきも書きましたが、病気や死に対する距離感の違いもあるのでしょうね。40を過ぎると、ちょっと洒落にならないぞ、という気分が強くなってくるので、まさに世代差から来ているのかも知れません。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/08/30 20:35

鉄さま

確かにおっしゃるとおり不謹慎であったと思います、すみません。
ただ、あのときも、それ以前もそれ以降も、長嶋氏の功だけではなく、罪もちゃんと論じている人っていない気がしてやや過激なことをあえて書いてしまった部分もあります・・・。まあ結局まったく反応なかったんですけど(笑)

脳梗塞から復帰したこと自体は、すごいことだろうし、人に勇気をあたえたといえばそうかもしれないのですが、病と闘っているのはなにも彼だけではない気がして、なぜ長嶋氏だけが、そこでも一人喝采をうけるのか、それもあの日の映像に違和感を感じた理由の一つです。

ともあれ、世代差というより、人生感の未熟さがしみでた文章をTBしてしまい、恥ずかしい限りです。重ねてお詫び申し上げます。

投稿: farwest | 2005/09/01 03:39

>farwestさん

まあまあ、そんなに恐縮なさらなくても(笑)。

>ただ、あのときも、それ以前もそれ以降も、長嶋氏の功だけではなく、罪もちゃんと論じている人っていない気がしてやや過激なことをあえて書いてしまった部分もあります・・・。

そうでしたか。例えば日刊ゲンダイあたりは、創刊以来30年間、常に長嶋茂雄を批判し続けているような気もしますが(笑)。

>脳梗塞から復帰したこと自体は、すごいことだろうし、人に勇気をあたえたといえばそうかもしれないのですが、病と闘っているのはなにも彼だけではない気がして、なぜ長嶋氏だけが、そこでも一人喝采をうけるのか、それもあの日の映像に違和感を感じた理由の一つです。


このくだりを読んで改めて気づいたのですが、「昭和のスター」というべき人は、石原裕次郎も美空ひばりも、盛田昭男も本田宗一郎もみな死んでしまって、生き残っているのは長嶋茂雄ひとり。それもまた、彼が特別扱いされる理由のひとつなのだろうと思います。
そして、今で言えば誰に例えたら感覚的にわかってもらえるだろうか、と考えてみても、昭和における「スター」と同じようなものは、今の世の中には見当たりません。イチローや中田が晩年に病に倒れても、こんな騒ぎにはなるとは思えませんしね(そもそも彼らは人前に出てこないでしょうし)。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/09/01 10:25

こんにちは。 大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。 昭和33年のスターベストテンもとりあげています。 よかったら、寄ってみてください。 http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611

投稿: kemukemu | 2007/05/13 22:25

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