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戦争を知らないアストロ超人たち。

 第二次大戦で戦死したメジャーリーガーは、エルマー・ギデオンとハリー・オニールという二人の無名選手だけだ、とサイモン・クーパーが書いている。
「野球選手が払った犠牲は、他のアメリカ人に比べればちっぽけなものだった。ヨーロッパのフットボール選手も同じだった。有名スポーツ選手は安全な場所にいて、人気の低いスポーツの選手がより大きな犠牲を払っていた」
「野球選手が戦死せずにすんだのは、たいていの場合、安全な任務を与えられていたからだ。
 野球が好きな士官は、スター選手を自分の部隊に引っ張った。シカゴ近郊の海軍訓練センターはメジャーのスターを多く受け入れたので、一時は世界最強の野球チームがあった」
 (「フットボール・オンライン」Sportiva 2005年9月号)

 同じ時期の日本の野球選手は、同じような優遇を受けていたとは言い難い。たまたま野球好きの上官に恵まれた場合には、多少は似たようなこともあっただろう。だが、景浦将、吉原正喜、中河美芳、西村幸生といった数多くのプロ野球草創期の名選手たちが最前線に送られ、戦場に消えていった。
(東京ドームシティの一角には、戦死したプロ野球選手69人の名を刻んだ「鎮魂の碑」が建てられている)

 その中でもっとも知られた人物といえば、沢村栄治ということになるだろうか。1934年の日米野球で全日本のエースとしてベーブ・ルースと対戦し、その全日本を母体に生まれた巨人軍のエースとなった人物だ。テレビ朝日で実写ドラマとして放映が始まる漫画『アストロ球団』も、戦場に散った沢村の無念が、没後10年目に9人の超人を生んだという設定がなされている。そして、フィリピンの戦地で沢村から野球を教わったシュウロ少年が、長じて大富豪となり、沢村の遺志を継いで、超人を集結させアストロ球団を結成するために日本を訪れる。
 アストロ球団に敵対するビクトリー球団には、特攻隊の生き残りという触れ込みの氏家という投手も登場する。氏家は自分の位牌をハチマキの下に巻いてマウンドに立ち、渾身の一球を投げて絶命すると瞬時に白髪の老人と化すという化け物じみた怪人物だ。

 少年ジャンプに『アストロ球団』が連載されていたのは1972年から76年にかけての約4年間だった。作画の中島徳博は1950年生まれ。日本の敗戦から5年経っている。原作者の遠崎史朗の年齢はよくわからないが、中島よりはかなり年上らしい。
 後にジャンプ編集長になった西村繁男によれば、『アストロ球団』の初期設定は遠崎が作ったが、連載が進むに連れて物語は漫画家と編集者の主導で作り出されるようになり、「ビクトリー球団あたりは漫画家の中島さんのオリジナルなんです」(西村『まんが編集術』)という。
 とすれば、沢村のエピソードのリアリティと、氏家の荒唐無稽さの差は、遠崎と中島の年齢差から来ているのかも知れない。
 『戦争を知らない子供たち』というフォークソングが発売されたのが1971年。第二次大戦に日本が敗れてから、26年後のことだ。中島は、まさにこの『子供たち』世代にあたる。
 戦争を知る親と、知らない子供。そんな断層がくっきりと世の中に存在していた。その断層はたぶん、若者たちを学生運動に駆り立てる原動力のひとつでもあったはずだ。

 アストロ超人たちは、1954年9月9日に生まれたと設定されている。なぜ沢村の死後すぐでなく10年の時を経ているのかといえば、単に連載開始時に10代の少年にしたかったという制作サイドの都合によるものだと思うが(笑)、結果として彼らは、本物の戦争だけでなく、『戦争を知らない子供たち』による学園紛争からも少し遅れて登場することになった。自身は戦争を知らないにもかかわらず、戦死者の呪縛に導かれ、それを運命として受け入れて野球に命を投げ出していく。その意味では、彼らは登場した瞬間から「時代遅れ」と呼ばれることを約束されていたキャラクターとも言える。

 当時、小学生として食い入るように毎週『アストロ球団』に読みふけっていた私は気づかなかったけれど、72年から76年という連載期間は、ちょうど高度成長の終焉と重なっている。オイルショックにより物価が高騰し、急速な工業化のツケとしての公害問題が表面化し、今太閤ともてはやされた田中角栄首相が犯罪者に成り下がり、学生運動もエネルギーを失った。
 日本の野球界の中でも、アストロ球団にとって打倒すべき目標であったはずのジャイアンツは、連覇に終止符を打ち、川上監督は退き、長嶋監督の下でこともあろうに最下位に転落してしまう。世界に革命を起こす、と華々しく登場したアストロ超人が、仲間の一人が率いるチームと血みどろの内ゲバを繰り広げているうちに、変えるべき世界の方がものすごいスピードで変わってしまい、彼らの振り上げた拳だけが取り残された。
 『アストロ球団』の熱血ぶりが、連載終了からまもなく嘲笑をもって語られるようになっていったのは、そんな時代の変化と無縁ではないだろう。20世紀の終り、アストロ超人は時代遅れのピエロでしかなかった。

 そんな彼らが、なぜ今になって復権してきたのか。
 アストロ超人を演じている若者たちは、世代としては「『戦争を知らない子供たち』の子供たち」だ。想定される視聴者も同じだろう。『アストロ球団』を「時代遅れ」と嘲笑した80年代そのものが、すでに遠い過去になっている。
 今の若者たちはたぶん、時代と切り離されたところで『アストロ球団』を純然たる作品として読み、作品に込められた凄まじい量の熱を素直に受け止めることができるのではないかと思う。30年の年月が、『アストロ球団』にしみついたさまざまな時代性を洗い流し、戦うことの魅力、物語ることの面白さ、作品の本質を浮き立たせた。
 戦争が終わってから『アストロ球団』が生まれるまでの年月と、ちょうど同じくらいの時間が経ってからテレビドラマ化が実現したのは、偶然ではない。世の中が物事を忘却するには、そのくらいの時間がかかる。

 スカパーでの『アストロ球団』第1回放映を見ても、昭和40年代後半という時代は、あまり意識され強調されているように見えない。製作サイドは、ただただ『アストロ球団』の作品世界を忠実に再現することに心を砕いているようだ(それが成功しているかどうかは、また別の話だが)。
 今のところ、超人役の若者たちはみな頼りない。現時点では、シュウロ役の千葉真一の圧倒的な存在感がドラマ全体を支え、牽引している。物語が進むにつれて若者たちが成長し、超人らしく見えるようになっていくのかどうかに、ドラマの成否がかかっている。
 特筆すべきは、挿入歌として流れる怒髪天の「アストロ球団応援歌」。もともと作品中に歌詞だけが記されていた歌だが、メロディも節回しも完璧に『アストロ球団』の世界を再現している。ぜひこの曲のイメージでドラマ全体も押していってほしい。


追記(2005.8.11)
竹熊健太郎氏の「たけくまメモ:【アストロ】これがジャコビニ流星打法だ!!!!」が第一回放送分の内容と雰囲気をよく伝えておられる。「これは誰がなんと言おうと千葉ちゃんのドラマなのです!」という見解にはまったく同感。

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