『惑星大怪獣ネガドン』は「フルCG特撮怪獣映画」である。
「たけくまメモ」の紹介記事で知った『惑星大怪獣ネガドン』を見てきた。
午後9時のテアトル池袋は立ち見が出る盛況。もともとは11/5から一週間限りのレイトショー公開だったが、6日目にして早くも同館のレイトショー週間動員記録を更新する好調ぶりに、一週間の延長が決まったそうだ。
『惑星大怪獣ネガドン』が何かを一言でいえば、「自主制作のフルCGによる特撮怪獣映画」である。フルCGならアニメではないか、と思った方がいたとしたら、それは極めて重要なポイントを突いている。
この作品の最大の特徴は、21世紀のCG技術を駆使して昭和30年代の特撮怪獣映画を力いっぱい再現してみせたことにある。
25分の短編映画だから、物語はシンプルだ。
舞台は昭和百年の東京。地球の人口は100億を超え、人類は火星に移住するために、その環境を地球と同じものに作り替える「火星テラフォーミング計画」に着手している。
登場人物は3人しかいない。主人公の楢崎博士は、かつてロボット工学の権威だったが、10年前、巨大ロボット開発中の事故で一人娘の恵美を死なせてしまった。以来、科学への意欲を失って、公職を退いて自宅でひっそりと暮らしている。その楢崎を、かつての助手で防衛庁に勤務する吉澤が訪ねてくる。国からの復帰要請を楢崎が断ったと聞き、翻意を求めに来た吉澤を、楢崎は追い返す。
だが、火星からの帰還途上に墜落した貨物船の残骸から火星の巨大怪獣が出現し、東京を破壊しはじめたことから、楢崎は封印していた巨大ロボット・ミロク2号を操縦し、絶望的な戦いに挑んでいく…
タイトルバック明けに、「昭和百年」という字幕が現れ、力強いナレーションがこの言葉を読み上げる。粟津はここで、この映画は昭和の特撮怪獣映画なのだと高らかに宣言しているわけだ。
楢崎は古臭い日本家屋に住んでいる。畳に卓袱台、振り子時計に扇風機。テレビはかろうじてカラーだが、昭和40年代あたりのものにしか見えない。10年前の回想シーンには、デパートの屋上から林立するアドバルーンが描かれる。つまりは、これは我々が生き、あるいは想像する未来ではない。昭和20年代あたりに想像されたはずの未来像ということだ。
ネガドンの造形、ミロク2号の機構はそれぞれに味わい深い。生物であるはずのネガドンが怪しげな光線で街を焼き払うのに対し、ミロク2号は右手に装着されたドリルで、この光線に対抗する。ミロク2号はあくまでメカであり、電子光線などは使わずに、徹底して物質的な武器によって戦うのだ。
起動から発進までのシーンや、戦闘に際して次々と繰り出される仕込み武器のメカっぽい感じは、30代、40代の男子魂を力強く揺さぶるに違いない。
印象に残る映像表現は、ネガドンを攻撃するために防衛軍の戦闘機が離陸する場面にある。
舞台となる東京は(回想シーンを除いて)終始強い雨が降っている。そして、滑走路の上から飛び去る戦闘機を見送る画面には、水滴がついているのだ。もちろんCGに水滴がつくはずはない。これは、「戦闘機を見送る場面を撮影したカメラのフィルターが雨に濡れて水滴がついている様子」を想定した表現なのである。「CG特撮怪獣映画」と呼ぶ理由がお判りいただけるだろうか。フルCGアニメーションなら、幾多のテレビゲームで高度な映像を目にすることができる。それらのCGとこの作品が一線を画しているのは、この「特撮テイスト」の故である。
舞台設定、タイトルバック、何から何まで昭和特撮テイストだ。映像の質感も当時のフィルムっぽい。粟津はこの質感を表現するために、わざわざフィルターを開発したという。冷静に考えればまるっきり不必要な情熱としか思えないのだが、しかし作品の随所に行き届いたこの情熱は、昭和30年代から40年代の特撮映画・特撮テレビで育った世代の胸に、無条件の感動を呼び起こす。
ネガドンとミロク2号の対決シーンの迫力は、そんなノスタルジーとは無縁の世代にも、充分に楽しめるものになっていると思う。ミロクの動きやカメラアングル等の映像表現には、おそらく昭和特撮怪獣映画以降に生まれたロボットアニメの技法の影響も見られるのではないか。
監督・脚本の粟津順は、昨今のゴジラ映画の特撮にも関わっている映像技術者だそうだが、この『惑星大怪獣ネガドン』は、2年半の歳月を費やして、ほぼ独力で映像を作り上げたという。たった1人でここまでできるのか、と誰もが驚嘆するに違いない。
独力で作ったフルCG作品が映画になるといえば、ちょうど1年前に日本でも封切られたアメリカ映画『スカイ・キャプテン』を思い出す。監督のケリー・コンランは自宅ガレージのパソコンで4年かかって作品の原型を作り上げたという。中身がアナクロなローテクSFという点も共通している。
ただし、コンランが独力で作ったのは6分間の予告編に過ぎない。これを見たプロデューサーが大いに乗り気になり、ハリウッドの資本やオスカー俳優たちが参加して、長編映画に成長した。
片や『惑星大怪獣ネガドン』は25分、声や音楽が加わったとはいうものの、映像は粟津が作ったままの姿で劇場公開されている。彼我の映画界を取り巻く環境の違いを如実に思い知らされる比較ではある。
いかにも昭和特撮怪獣映画ふうのテーマ音楽(寺沢新吾作曲)も秀逸。難があるとしたら、主人公の楢崎博士の年齢はどう見ても40代なかば以上なのに、声が妙に若々しいことだろうか。もう少ししわがれた渋めの声が望ましかった。
かつて特撮が好きだった40代には絶対的なお勧め。25分で800円だから時間的にも財布にも負担は小さいだろう。映画館に行けない人には、12月中旬にDVDが発売されるそうだ。
追記)
金曜の夜のテアトル池袋では、「昭和百年」というナレーションが流れた途端に、甲高い声でひゃらひゃらと嘲けるような笑い声が上がった。その声はその後も、昭和風なものが画面に映るたびに場内に響いた。架空の設定を共有することができないのなら、SF映画など見るのはやめて、他のことに時間を費やしてもらうのが互いのためだ。他人に敬意を払うことを知らない者は、決して他人からの敬意を受けることもない。
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コメント
「かつて特撮が好きだった40代」ですので、お勧めに従い観てまいりました。
延長レイトショーのせいか、8時直前に着いたのですが、ゆったりと座れました。
防衛軍の兵器、ミロクの機構のリアリティなど、堪能しました。ミロクのピンチを、防衛軍の軍用機が助ける場面は、怪獣好きとしては「お約束」ですが最高でしたな。
当たり前と言えば当たり前ですが、サッカーや野球と違い、「これは面白い」と言う文章を読んで、観に行く事ができるのが映画と言うものだと、妙な感心をしたりして。
投稿: 武藤 | 2005/11/14 23:24
>武藤さん
や、これは意外なエントリにようこそ(笑)。「ネガドン」がお気に召したようでよかったです。
私が観た時は監督の舞台挨拶があったのですが、メカにはとても手間をかけており、ミロクの機構だけで3か月くらい費やしたそうです。
>サッカーや野球と違い、「これは面白い」と言う文章を読んで、観に行く事ができるのが映画と言うものだと、妙な感心をしたりして。
なるほど、そうですね。スポーツなら、読んでからでは手遅れなわけで(笑)。
逆に言えば、「一回性」はスポーツの大事な属性であり、面白くなりそうな試合を事前に予測するのも見物人の芸のうち、ということなのでしょうね。
投稿: 念仏の鉄 | 2005/11/15 00:33
すっかり言い忘れてましたが、
おかげ様で年末に『惑星大怪獣ネガドン』を(DVD買って)観ました。
勢いがついたので『スカイ・キャプテン』も(DVD借りて)観ました。
それぞれにひじょーに萌えました。
それと、上の『『ホテル・ルワンダ』を観て、勝海舟を思う。』は、長い上になんとなく内容重そうなので今日まで
敬遠してましたが、さっき読んでみてすっかり感心しました。アホみたいな感想で恐縮ですが。
鉄さんの文章は私の好みからすると「戦闘的で勇ましい(勇まし過ぎる)」印象を受けることが実はけっこうあるのですが、
にもかかわらず「○○が正義の味方で◆◆が悪者ッ!!」みたいな極端に明快なポピュリズム(に走ること)に対する警戒も
常に文面から感じ、たぶん私はそこが好きなのかも知れません。というようなことを思いました。
投稿: nobio | 2006/01/11 02:10
>nobioさん
『ネガドン』、お気に召したようで幸いです。
『スカイ・キャプテン』は私は映画館で見ました。映像は満喫しましたが、物語がちょっと緩いかな、という印象でした。脚本と編集に腕のいいスタッフの支援があれば、もっとよくなったのではないかと残念に思いました。
>にもかかわらず「○○が正義の味方で◆◆が悪者ッ!!」みたいな極端に明快なポピュリズム(に走ること)に対する警戒も
>常に文面から感じ、
それは確かに意識していると思います。「正義」とか「真実」とかいう言葉は、勝手に浮遊したり暴走したりしやすい性質があるので、「誰某にとっての」というような限定をした上でないと、私には使いにくいです。blog名を「見物人の論理」としたのも、自分の立ち位置を見失わないための錨のようなものだな、と今思いました。
>鉄さんの文章は私の好みからすると「戦闘的で勇ましい(勇まし過ぎる)」印象を受けることが実はけっこうあるのですが、
最初からその気で書いているものはともかく、書いてるうちに勢いでそうなってしまうこともあるので、気をつけないと(笑)。
ここは明確なテーマのないblogなので、意見を言うならはっきり言わないと意味がない、と思ってもいるようです。
投稿: 念仏の鉄 | 2006/01/11 11:41