その日の老将。
この試合の決着がつく時、イビチャ・オシムはどのように振舞い、どんな表情を見せるのだろう。
ガンバ大阪とジェフユナイテッド市原千葉が対戦するナビスコカップの決勝が、延長後半を終えても両者無得点のままPK戦に突入した時から、それが気になっていた。
とはいえ、バックスタンドの客席に座った私から、オシムの表情を見ることはできない。珍しくスーツにネクタイ姿で試合に臨んだ彼は、ベンチの前で横一列に並んだスタッフと肩を組んでPK戦を見守っているようだった。ジェフの選手のキックがゴールネットを揺らすたびに、オシムらしき人物は両手を掲げて喜びを示していた。
私はジェフ寄りの席でジェフに肩入れしながら観戦していたものの、PK戦は比較的冷静に見ていたつもりだ。それでも、試合を通じて幾度もチャンスを逃し、ようやく入った後半終了間際のゴールもファウルで取り消されてしまった巻が、よりによって1点リードで迎えた5人目のキッカーとして登場すると、いささか動揺して他のことに気が回らなくなってしまった。今日のジェフの不運を一身に背負ったような男が最後のキッカーでいいのか。そんなざわめきが、スタンドからも起こっていたように思う。
だから、巻が鮮やかにシュートを決めてジェフの優勝が決まった時、オシムがどうしたかは見ていない。ベンチから一目散に駆け出した集団の前の方に、スーツを着た大柄な外国人男性の姿を見たような気もするが、それがオシムだったかどうか、断言できるだけの確信はない。
一週間前の週間天気予報では雲と傘のマークが記されていた11月5日は、気象庁の予報を裏切って、日差しが肌に痛いほどの晴天となった。オシムが試合後の会見で話したように、「ジェフはリーグ戦で6000〜7000人の観客動員で、ガンバも1万5000人というところ」にもかかわらず、国立競技場には4万5000を超える大観衆が集まった。
試合そのものを技術的な面から見れば、素晴らしく高度だったとは言えないのかも知れない。どちらも勝てば初タイトルという状況から来る意欲と緊張が、選手たちの動きに微妙に影響していたように思う。どちらもゴール前では落ち着きを失い、中盤で簡単にボールを失う場面もしばしば見られた。
それでも、ガンバの誇る攻撃陣はしばしばその威力を誇示し、にもかかわらずジェフは自陣に引きこもることなくゴールを目指した。ジェフが後半から送り込んだ水野や林は幾度かガンバ守備陣を脅かし、故障で出場が絶望視されていたガンバの宮本は、後半終了間際に登場してチームとスタンドを奮い立たせた。ぎりぎりの局面で体を張り続けた両チームの守備、とりわけ好セーブでゴールを守り抜いたジェフ立石、ガンバ藤ヶ谷の両GKは、ともに称賛に値する。
延長に入って多少疲れが見えたとはいえ、決勝にありがちな安全第一の試合でなく、両チームが懸命にぶつかりあう、見応えのある試合だった。
表彰式を終えてスタンドから降りてきたジェフの選手たちが記念写真スポットに集合すると、黄色い優勝Tシャツを服の上から着込んだスタッフたちが躍るように駆けつける。その最後尾から、のそりのそりとオシムが歩いて、いちばん端に加わった。撮影が終わると選手たちはオシムを胴上げしようと取り囲んだが、何と言って断ったのか、オシムは拒みきったようだった。
バックスタンド中央から自陣ゴール裏まで、挨拶しながら半周する選手たちから一定の距離を置いて、オシムは看板の内側をゆっくりと歩いた。遠目に見れば、優勝に湧く若者たちの儀式に渋々付き合っている、という風情である。
試合後の会見では例によって「私は日本に来るまで、ナビスコカップというものを知らなかった。この大会がどれだけ重要なのか、本当ならあなたに説明してほしいところだが、とりあえず置いておこう」などと韜晦していたらしいが、なに、口で何と言おうが、オシム自身の表情が雄弁に本音を語っている。
グラウンドで行われた勝利監督インタビューは場内にも放送されたが、声が微妙にズレて重なり、バックスタンドでは言葉がほとんど聴き取れない(「3年は長過ぎた」と勇退を示唆するような発言に、ゴール裏から不満の唸り声が上がったことだけはわかった)。
それでも、場内の大画面に大映しになった老将の目は、確かに潤んでいた。何度か鼻をこすり、唇を噛みしめ、表情が崩れるのを懸命に堪えているようにも見えた。
場内を歩いていたオシムが画面に映し出された時、彼はスタンドの声援に応えて小さく手を振り、ほんの一瞬、優しく柔和な笑顔を浮かべていた。
ああ、俺はこれを見るためにここに来たんだな。そんな気がした。
試合が終わったのは午後4時近く。西に傾いた太陽が霞の中から選手たちを包み、緑のピッチに長く影が伸びる。そういえば、かつては野球の日本シリーズもこうやって幕を閉じていたな、と関係のないことを思い出した。
90年代半ばからナイター開催になってしまったが、たとえばジャイアンツが3連敗から4連勝して近鉄を破った1989年、藤井寺球場の、晩秋の透き通った空気の中で茜色の夕陽に照らされた胴上げは、溜め息が出るような色合いだった(テレビと写真で見ただけだが)。
テレビ視聴率などいろんな事情があるとは思うけれど、せめて土日だけでもデーゲームに戻せないものかと思う。秋の光の美しさは、長いシーズンの締めくくりにふさわしい。
もちろん、Jリーグの方はこれで閉幕するわけではないけれど。
(追記)
日刊スポーツによればオシムはPK戦の間、ロッカールームにこもって見ていないそうなので、私がオシムだと思っていたのは別人だったようだ。バックスタンドからでは限界があるか。失礼。テレビ中継は録画しそこねたが、CSフジテレビ739で再放送があるらしいので、見られれば確認したい。
(追記2 2005/11/7)
再放送を見ると、やはりオシムはPK戦を見ていなかったようだ。場内でのインタビューは地上波では中継されなかったようなので、CS放送から起こした一問一答を再録しておく。聞き手は誰だかわからないが、試合直後としては、なかなか行き届いた質問だと思う(ま、表彰式の間にたっぷり準備する時間があったわけだが)。
--おめでとうございます
おめでとうという言葉は、中にいる選手ではなく、周りにいるお客さんにおめでとうと言いたいです。
--チームにとって初めてのタイトル。どんなお気持ちですか
これが最後にならないように祈ってます。
--どうして胴上げを断ったのでしょうか
私の体重が重すぎて選手がケガをしてしまいます。
--PK戦はベンチでご覧になりませんでしたが、どうしていたんですか
私の人生の中でPKは悪いほうの印象(? よく聴き取れず)が強いので見ませんでした。
--チームを率いて3年目で初めてのタイトル。ひとつ結果を出しましたがそのあたりについては。
結果を出したのは選手たちです。私はここに3年いるというのは少し長すぎるかも知れません。
--本当に激しいゲームでした。選手たちにどんな言葉をかけてあげたいですか
人生の中で、やはりこういう試合を経験していかなければなりません。ただ、本当に素晴らしいチームで、本当によく戦ってくれたガンバに、感謝をしたいと思います。
--初タイトルに湧くジェフのファンに一言お願いします
サポーターの皆さんには、私の言葉だけでは語り尽くせないほど感謝しています。これで少しはジェフのサポーターたちもゆっくりした人生が過ごせるんじゃないですか。
(追記3 2005.11.23)
ザグレブ在住の長束恭行氏によるブログ「クロアチア・サッカーニュース」で11/6のクロアチアの新聞に掲載されたオシムへの電話インタビューが紹介されている。日本でのインタビューとはちょっと異なり、「選手達の大きな満足ぶりを観察するのも興味深いよ。彼らはトロフィーを手にし、頂点に到達するためこれまでやってきた全てのことに価値があったことを証明しているね。」などと韜晦抜きで(笑)素直に喜びを語っている。
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コメント
結果的にはジェフの体力がいてまえ3トップを抑え込んだというのが勝敗の分かれ目だったと思います。
レイソルがガンバに勝った試合でもそうだったのですが、トップに残っている大黒を孤立させてもアラウージョ、フェルナンジーニョを自由にさせなければ得点機はそれほど多くならないのです。2人の外国人が遠目から大黒に直接当てることはほとんどなく、まずドリブルで切り込もうとします。結果的に彼ら2人はがっちり対人マークで守ったジェフの守備に苦しめられ、後半途中でいっぱいいっぱいになってしまいました。ボールを求めて大黒が下がってくればそれこそ思うツボですし、時折中盤からロングボールが大黒に当てられたときヒヤッとする場面がありましたが、エリア内深くでプレーすることがかなわなかったので立石にうまく処理されていました。
試合の立ち上がりの失点をもっとも警戒していたというオシムの言葉からも、ガンバの攻撃をいかにして分断して威力を半減させるか考えていたようですから、点は取れなかったもののほぼオシムの思い通りの展開だったのではないでしょうか。
私もバックスタンドで観戦していましたが、かなり上のほうだったので後方からのPAの音がよく聞こえ、ほとんど理解はできました。
話は変わって千葉マリンは普段土日はデーゲームなので日本シリーズのナイトゲームはとっても違和感ありました。ただし運営側としてはナイトゲームでなかったら対応しきれなかったようです。初日は最初のころ普段よりかなり厳重な手荷物検査をしていたようで、入場列が試合開始寸前でも長く残っていました。問題の始球式には間に合ったものの(苦笑)、スタメン発表や国歌独唱には間に合いませんでしたから。
NPBとしても直接収入が得られるのは日本シリーズなので、やっぱり一番儲かるところにしたいんでしょうねぇ
これでマリーンズ、ジェフと千葉が2つのタイトル奪取、もう一つの千葉県のチームにも奮起してもらってなんとか早々にJ1残留を決めてください(爆)
投稿: エムナカ | 2005/11/06 09:00
特にジェフ、ガンバのファン、という訳ではなかったのですが、今シーズンの両チームの戦いぶりからつまらない試合にはなるまい、という思いで国立に足を運びました。
さすがに初タイトルと一億円のかかった一発勝負(笑)ということで両チームともリーグ戦時の流れるような攻撃は影を潜めましたがカップ戦らしい良い意味での硬さ、緊張感が伝わってくるナイスゲームでした。
オシムさんの動きは自分も試合中からずっと気になって追いかけていましたが、自分が見る限りPK戦を肩を組み一列になって見守るスタッフの中に、確かにスーツ姿の彼はいました。そして巻のキックが決まった瞬間、両手を挙げ、スキップをしながらまるで子供のようにピッチに向かって走ってくるシルエットは紛れもなくその人でした。
試合後のインタビューではいつもの皮肉屋に戻っていましたが、やっぱり彼も誰よりサッカーが大好きな永遠のサッカー小僧だったのだな~と、そしてそんな彼の下でプレーできる選手達が自分がサッカーをする訳でもないのにとても羨ましく思えた秋の一日でした。
投稿: yohkun | 2005/11/06 10:07
まずはオシムを始めジェフの皆様、おめでとうございます。
昨日の夜中に再放送を見ました(眠くてPKが終わってちょっとしてテレビを消してしまい、オシムは見ていないので後日またチェックしたいと思います)。テレビから見えてくる光景に、1年前に涙を流して喜んだ自分を思い出していました。延長に向かい、次々に選手達が限界を迎え…試合展開こそ違うものの、頂上へと向かう彼らの極限の心理状態はあの時と同じだったと思います。
2年連続で攻撃を売りにしているチーム同士の対戦となったナビスコ決勝、2年で1点も入りませんでしたが、すばらしかったです。そこで繰り広げられたドラマは「0-0」という結果を聞くだけでは勿体無さすぎる奥の深さがありました。
オシムの言葉は皮肉たっぷりですが、日本サッカーに大切な言葉をいくつも残してくれています。だから他チームのファンからも慕われているのでしょう。体調が芳しくないようですが、もうちょっとの間だけ頑張って欲しいです。
投稿: アルヴァロ | 2005/11/06 21:31
>エムナカさん
>これでマリーンズ、ジェフと千葉が2つのタイトル奪取、
確かジェフにとって最初のホームタウン候補地は習志野市の秋津サッカー場で、近隣住民の反対で断念して、最終的に市原に落ち着いたと記憶しています。習志野に収まっていたら、幕張とはかなり近く、ファン層が重なり相乗効果を生んだのか、それとも食いあいになったのか…当時はマリーンズも移転から間もない頃でしたから、影響を受けたかも知れませんね。
>yohkunさん
はじめまして。追記2にも書きましたが、どうやら我々がオシムだと思っていた人は別人だったようです。服装といい体型といい酷似してたんですけどね。影武者だったんだろうか(笑)。
テレビ中継では、巻のノーゴールの後、立ち上がって苦笑いし続けていたのが印象的でした。
>アルヴァロさん
私は去年入れなかった悔しさから今年はついチケットを買ってしまったのですが(笑)、ジェフやガンバのサポーターがこんなにいたのかと思うほどよくスタンドは埋まって、決勝らしい、いい雰囲気でした。
オシムは「両チームのサポーター以外にも、サッカーを好きなファンがたくさん集まってくれたということ。それが重要なことだと思う。彼らは警察に誘導されて、ここまで来たのではないのですからね(笑)」とも話していますが、確かに、このblogだけでも3人はそういう観客が確認されています(笑)。
投稿: 念仏の鉄 | 2005/11/07 07:46
私は普段はテレビ観戦派ですがこの両チームでの決勝ならば
素晴らしい体験が出来るのではと思いスタジアムに赴いた口です
試合はもちろん素晴らしかったのですが
スタジアムの空気が本当に良かったです
サポーター達の少しでも選手を後押ししたい
そんな想いが目に見えるんじゃないかと思うくらいの濃度で渦巻いているような感触でした
これは両チームがJ創立以来のノンタイトルチームであることも作用したかもしれません
サポーターとしてはそれだけ待ちわびた勝利なのですから
まさに渇望といったところだと思います
しかし当日にコンビニでチケットが買えたのに
結果としては45000人動員ですからサポーターだけでなく
私のような一サッカーファン達も数多く詰め掛けたのでしょう
試合開始直前の自由席は席を求めるファン達が上へ上へと押し寄せて
試合が始まってしまうので階段に座って観戦する人も多数でした
なんともコストパフォーマンスの良い1500円で
見にいけてかなりラッキーでした
追伸
PKで巻が5人目のキッカーで出てきのにビックリしたのは私だけではないはず(笑
投稿: 0213 | 2005/11/07 13:07
>0213さん
いらっしゃい。
おお、中立観戦者がまた1人(笑)。
>試合はもちろん素晴らしかったのですが
>スタジアムの空気が本当に良かったです
選手もサポーターも、どこか初々しく、ここまで駒を進められたことの喜びが感じられましたね。
ジェフ側で何度かアメイジング・グレイスの替え歌が歌われましたが、私はこの曲に弱いので涙腺が弛みそうでした。歳ですね(笑)。
>しかし当日にコンビニでチケットが買えたのに
国立での当日券は自由席だけだったようですが、バックスタンドから見る限り、メインスタンドにかなりまとまった空席が何か所もありました。スポンサー筋に流れて誰も来なかったのだろうか。よくある光景ながら、もったいないことです。
>PKで巻が5人目のキッカーで出てきのにビックリしたのは私だけではないはず(笑
その瞬間、ジェフ側のスタンドに動揺が走ったのを感じました(笑)。
投稿: 念仏の鉄 | 2005/11/07 14:45
本当に中立サッカーファンが多いですね。
今日研究室へ行くと、普段行かない先輩が国立に行っていたらしく、興奮して話していました。決勝で1500円という価格はいつも不思議に思うのですが(笑)いいことです。
45000という発表の割に空席が見当たりませんでしたが、やはりメインでしたか。確かに勿体無いですね…。
>>PKで巻が5人目のキッカーで出てきのにビックリしたのは私だけではないはず(笑
>その瞬間、ジェフ側のスタンドに動揺が走ったのを感じました(笑)。
本当に昨年と似てますね。昨年の最後のキッカーは加地で、やはりみんな動揺しました。原監督までもが優勝報告会で「加地が5人目に手を上げたとき、気付かないフリをしようとしました」なんて言ってましたし(笑)代表で経験を積んで、今は見違えるくらい成長しましたけど。
投稿: アルヴァロ | 2005/11/07 21:22
>アルヴァロさん
>本当に中立サッカーファンが多いですね。
過去2年間は中立どころかサポーターでさえ相当努力しなければ入れませんでしたからね(笑)。しかもスタンドは熱狂、試合は熱戦だったので、「ナビスコ決勝は面白そうだぞ」という印象を持つ人が増えたのかも知れません。
投稿: 念仏の鉄 | 2005/11/08 00:31