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嘘だと言ってよ、ヒデキ。

 1920年、「ブラックソックス事件」と呼ばれたMLBの八百長事件で、シカゴ・ホワイトソックスのスーパースター、“シューレス”ジョー・ジャクソンは、大陪審で八百長に加担したことを告白した後、建物の外にいた少年ファンに「Say it ain't so, Joe(嘘だと言ってよ、ジョー)」と言われたという伝説がある。

 事の重大さには、ずいぶんと差があるかも知れない(シューレス・ジョーはこの事件で永久追放になった。21世紀でこれになぞらえるならドーピング事件が相応しい)。このところの悲観的な報道から、覚悟もしていた。だいたい、私はもはや少年ではない。
 それでもやはり、今はこう言いたい気分だ。
 Say it ain't so, Hideki.
 残念だ。

 松井秀喜が第1回WBCへの出場を辞退したという。報道は、ニューヨーク・ヤンキースが選手のWBC出場を望んでいないこと、松井自身がWBCの正当性(真剣勝負の度合)を疑問視していること、3月に試合をすることに対し調整上の不安を抱えていること、などを理由に挙げている。
 二番目の理由については、以前さんざん議論したように、いびつで不完全な大会であっても(いや、そうであるからこそ)日本は出場して力を見せつける必要がある、と私は考えている。それが結局は、「真剣勝負」を実現するための道であろう、と。
 三番目の理由については、膝の古傷の具合など、松井本人にしかわからないこともあるだろう。あれほど長い間、すべての公式戦に出場し続けている選手が「出られない」というのなら、相応の重みをもって受け止めなければならないとは思う。

 最初の理由について、選手たちが球団からどのようなプレッシャーを受けているのかを具体的に知ることは難しい。ただ、WBC参加に合意したと発表されたリストにパナマのマリアノ・リベラの名はなく、リストに載っていたプエルトリコのホーヘイ・ポサダ、ドミニカ系米国人のアレックス・ロドリゲスはその後出場を辞退した(ポサダは球団の要請によることを明らかにしており、A-RODは「2つの祖国の一方を選ぶことはできない」という理由を挙げている)。
 ヤンキースはそもそもWBCの開催にも唯一の反対票を投じていたから、一貫しているといえばいえる。1億ドルを超える巨額のラグジュアリー・タックスを払っても戦力強化に突き進むスタインブレナーの執念には、畏敬の念さえ覚える。
 しかし、私はもはやこのチームを応援する気にはなれない。来年このチームが優勝したとしても、それは単なるMLBチャンピオンであって、もはやワールドチャンピオンと呼ぶことはできない。松井がそれをどれほど喜んだとしても、私が心から祝福できるかどうかはわからない。

 NPBは事態を調査し、MLBおよびヤンキースに抗議をすることを検討してもらいたい。プエルトリコやパナマなど、ヤンキースに代表候補選手が所属する諸国と協力し、連名で抗議するのが望ましい。どうせ「選手の意思に任せている」という公式答弁が返ってくるだけかも知れないが、たとえ結果を変えることはできなくとも、大会に非協力的だと見做されることが不利益を生む可能性があるのだと、スタインブレナーや他のオーナーたちに理解させる必要がある(彼らが我々を「市場」と見做している以上、意思を表明することにも多少の意義はあるはずだ)。
 あるいは、こういう言い方もできる。七十数年前、あなた方がベーブ・ルースを日本に派遣したことが、NPBが生まれるきっかけとなった。そんなヤンキースの善き伝統の産物を、あなたは今、踏みにじるのか、と。

 いずれにしても、この第1回大会で日本代表チームにできることはひとつしかない。ひたすら勝ち続け、スタインブレナーにも無視できないような力を全米の視聴者に見せつけること。それが、戦いの場に彼らを引っ張り出し、大会を「真の世界一決定戦」にするための、現時点では唯一の方法だろう。
 ヤンキースがワールドチャンピオンを名乗るのを恥ずかしく思うような戦いを期待する(もちろんヤンキースが優勝する保証はない。選手を提供するMLBの他チームも、こんなチームには負けたくないに違いない)。

 そして松井には、何らかの形で、自らの言葉で決断を語ってくれることを望んでいる。

追記1
 松井選手は、球団広報を通じて「ヤンキースの一員としての仕事と日本代表としての仕事を両立するのがベストなのは分かっている。しかし、二つの目標を追うことで、ヤンキースでワールドチャンピオンになるんだという大きな夢がおろそかになることが怖かった。私なりに迷い、悩み、その結果、ご返事が遅れてしまい、チームを編成される王貞治監督(ソフトバンク)ならびにファンの皆様に大変なご迷惑をお掛けしてしまったことを心より反省しております」とのコメントを発表した。
2005年12月27日13時57分 読売新聞から)

 これを読んでしまうと、私が書いたヤンキース批判やNPBへの要望はいささかピント外れに思えてくるが、あえてそのまま残しておく。いずれにしてもスタインブレナーがWBCに非協力的であることに変わりはないし、松井は認めないだろうが、彼の決断にそれがまったく影響していないとは考えにくい。

追記2
 WBC公式サイトの日本語ページに、こんな記述がある(12/9付の記事)。
「WBCでは1月17日までに60人の参加者一覧を提出しなければならない。参加者名が提出された時点で、全選手はオリンピックの基準でもあるドラッグテストを受けることになっている。万一このテストで陽性反応が出た場合、その選手は向こう2年間追放され、国際競技に参加することができなくなる。ドラッグテストはMLBと選手会の間で合意された新しいテスト方式を使うとオルザ常務理事は発表している。今回のドラッグテストで陽性反応が出た選手はMLBから来シーズン罰則を受けることになる。」
 陽性が出たら2年間の出場停止という措置は、現行のMLBの規定よりもはるかに厳しい。エントリの冒頭に、はからずも「なぞらえるならドーピング事件が相応しい」と書いたが、この規定が存在するがためにWBC出場を回避する選手も、MLBにはいるかも知れない。
(念のため書いておくが、私は松井その人に関しては薬物使用の可能性があるとは思わない。ユニホーム姿でも私服でも日本時代と体格に変化はなく、ホームラン数は減っている。疑う理由はない)

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コメント

 最近のゴシップ系メディアだと、WBCの日本国内でのプロモートが讀賣新聞のため、讀賣に対して不信感の強い松井は出場を渋っていた、という話が流れてましたね。

投稿: ひげいとう | 2005/12/28 02:02

>ひげいとうさん

ありましたね。私も日刊ゲンダイの見出しで見たような記憶があります。
ユニホームのTOKYOをYOMIURIに変えた時や、ヤンキースタジアムに広告を出した時の松井の反応からして、読売に批判的な面があるのは確かだと思いますが、だからといってそれがWBCへの参加を左右するほどのことなのかどうか。松井のこれまでの出処進退からすると、ちょっと考えにくい気はしますね。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/12/28 08:44

念仏の鉄さん、こんにちは。

> 念のため書いておくが、私は松井その人に関しては薬物使用の可能性があるとは思わない。ユニホーム姿でも私服でも日本時代と体格に変化はなく、ホームラン数は減っている。疑う理由はない

↑同感です。私は筋力トレーニングの世界を少しだけ知っていますので、いわゆる「薬物使用」について聞きかじったことはあります。
その乏しい知識を総動員して判断すると、松井選手が不正薬物を使用している可能性は事実上ゼロといっていいと思います。
また松井選手の性格からいっても、薬物使用などは考えにくいですね。

投稿: 喜八 | 2005/12/28 15:17

>喜八さん

筋力トレーニングにはお詳しいんでしたね。コメントありがとうございます。
そういえばカンセコの著書『禁断の肉体改造』を買ったけれども、まだ読んでいなかった。いずれ読んでご報告します。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/12/28 21:02

今回の問題において、米国の野球ファンはどのような捉え方をしているのかが気になります。そんなものやる必要はない、という考えが多いのか、そうではないのか…。私はこれは前者の可能性が高いと思います。スタインブレーナーの無言の圧力を除いても、松井がニューヨークのファンに対して配慮した、という可能性があるのではないか、とちょっと推測しています。

投稿: アルヴァロ | 2005/12/28 23:57

残念ではありますが王監督のコメントから松井が参加する可能性は2つに1つ程度ではなかったかと推測されます。

代わりに福留か赤星が候補に上がっていますが、どちらのほうがよいのでしょうかねぇ。

赤星が加われば守備範囲の広さや攻撃面での機動性が増しますし、福留ならタイプとしては松井から打球の飛距離を0.95倍し、打率を1.05倍したようなタイプですから、松井の代わりとしてなら福留が向いているような。

メンバーが変われば戦術も変わるという考えもありますし、そうでない方法もあります。
王監督がどう考えているのが気になります。

投稿: エムナカ | 2005/12/29 08:09

>アルヴァロさん
>今回の問題において、米国の野球ファンはどのような捉え方をしているのかが気になります。

アメリカ在住のライターさんと話す機会があったのですが、「一般の人たちは今のところ、ほとんど関心がなく、メディアもあまり扱っていない。今はNFLやNBAに関心がいっている」とのことです。4大プロスポーツのうち3つがシーズン盛りなわけで、現時点ではそれも仕方ないでしょう。

>松井がニューヨークのファンに対して配慮した、という可能性があるのではないか、とちょっと推測しています。

なるほど、そういうことはあるかも知れませんね。

>エムナカさん
>代わりに福留か赤星が候補に上がっていますが、どちらのほうがよいのでしょうかねぇ。

以前も書きましたが、私が推奨するのは川相か田口です。もちろん福留も赤星もいい選手で、加われば大きな戦力になると思いますが。すでに阿部が離脱しましたが、今後もキャンプ中の故障などで多少の入れ替わりがあるのでしょうね。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/12/29 11:29

はじめまして。
 以前からの印象として、野球は自国リーグが最高格式とされ、後から誕生した種々の国際大会は、たとえオリンピックであれ「格下」との認識があるのかもしれません。
 だいたい、MLBの「ワールドシリーズ」という名称も大きく出ているというか、国内リーグの最優秀チーム決定戦でありながら「世界一」とはこれいかに。その辺のおごりも、WBCへの参加を積極的に考えない対応に現れているのかも。

 サッカーに置き換えると、「トヨタカップで優勝するために、ワールドカップには目指さない」「そのために、代表選手に選ばれても参加しない」というのと同じではないでしょうか。
 そのワールドカップも、所期の評価・認知度は現在ほど高くは無かったことから、WBCも「今後の取り組み次第では」という部分が大きいのかもしれませんね。

投稿: はたやん | 2005/12/30 08:46

>はたやんさん

こんにちは。コメントありがとうございます。

>以前からの印象として、野球は自国リーグが最高格式とされ、後から誕生した種々の国際大会は、たとえオリンピックであれ「格下」との認識があるのかもしれません。

そう思います。誰だか忘れましたが有名メジャーリーガーが以前、「世界中のいい選手がMLBに集まってくるのだから、MLBこそ世界一を決める場だ。それ以外の世界選手権なんて必要ない」という意味のことを話していました。このへんが彼らの本音なのでしょう。それでもWBCをやることにしたのは、多分にマーケティング上の理由が強いのだろうと思います。

>だいたい、MLBの「ワールドシリーズ」という名称も大きく出ているというか、国内リーグの最優秀チーム決定戦でありながら「世界一」とはこれいかに。

ちなみに、日本シリーズが始まった当時の正式名称は「日本ワールド・シリーズ」で、4年間続いたそうです(笑)。

>サッカーに置き換えると、「トヨタカップで優勝するために、ワールドカップには目指さない」「そのために、代表選手に選ばれても参加しない」というのと同じではないでしょうか。

トヨタカップも今年から模様替えして、まだ「肉でもなく魚でもない」(@イビチャ・オシム)状態ですが、「今や欧州の選手はワールドカップよりチャンピオンズリーグを重視している」みたいなことを杉山茂樹がしきりに力説していますね。欧州のビッグクラブの経営スタイルが、この10年ほどの間にアメリカのスポーツビジネスに近づいてきたのは確かだと思います。

>そのワールドカップも、所期の評価・認知度は現在ほど高くは無かったことから、WBCも「今後の取り組み次第では」という部分が大きいのかもしれませんね。

第1回ワールドカップにイングランドは出場していませんしね。
野球の祖国はあまりやる気がなくても、日本(おそらく韓国も)にとっては、国内リーグ振興のために国際大会が必要という切実な事情があります。本文中にもリンクを張りましたが、少し前の「王監督も見殺しにするのか。」というエントリのコメント欄でWBCの価値について延々と議論していますので、興味があったらそちらもご覧ください。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/12/30 10:02

私は松井秀喜の熱心なファンではないので、彼の心情を忖度するのに適当な人間ではありません。しかしながら的はずし覚悟で考えると、やはり「ヤンキースへの義理」が相当大きいのではないかと思います。しかもこの「ヤンキースへの義理」は「日本のプロ野球ファンへの義理」でもあるところが松井をさらに悩ませているのでしょう。

松井はメジャーに行くときに「裏切り者と呼ばれても」という覚悟で行きました。である以上、メジャーで全力のプレーをしないことは、日本のファンを裏切ることでもあるという意識があるだろうと思うのです。おそらくWBCの格などは辞退の理由にあまり大きなウェイトを占めていないのでしょう。

ですから、もしヤンキースが松井入団後に一度でもワールドシリーズを制覇していたら、松井もWBCに出場しただろうと思います。思えば、今年のヤンキースの最後の打者になってしまった記憶が、今回の決断を下させたのかもしれません。

投稿: E-Sasa | 2005/12/30 18:42

>E-Sasaさん
>私は松井秀喜の熱心なファンではないので、彼の心情を忖度するのに適当な人間ではありません。

熱心なファンなるが故に推論に願望が紛れ込んだり好意的な解釈をしたくなったりすることもあるので、私は忖度を控えています(笑)。

>やはり「ヤンキースへの義理」が相当大きいのではないかと思います。

そう、上のアルヴァロさんのコメントで「ニューヨークのファンに対して配慮した」とあるのを見た時にも虚を突かれた思いでした。彼は今や日本人だけのものではなく、むしろ一義的にはニューヨーカーのものといってよい。NPBに所属する選手とは立場が異なるのだということが、余計に状況を複雑にしていますね。

>ですから、もしヤンキースが松井入団後に一度でもワールドシリーズを制覇していたら、松井もWBCに出場しただろうと思います。

そうですね。ルーキーイヤーにあのままマーリンズを倒して優勝していたら…。ヤンキースのようなチームでさえ、タイトルは取れる時に取っておかないと、次のチャンスなどなかなかこないものですね。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/12/30 22:45

うーん、オーナーの「呪い」が掛かっているチームの選手は行動を制限されているってところですか・・・。
(明言しないものの、そんな雰囲気を漂わせているのを「呪い」と称していると理解してください)

なんだかんだ言っても野球にはチームプレーも必要な競技ですから、俺一人ぐらいいいだろうという考え方にはならないもんでしょうし。まあポストシーズンマッチへの出場権がなくなった時点で個人競技の比重が高くなりますが(苦笑)。

やっぱりシーズン成績が年を追って悪くなっていますから、松井のように本当に義理堅いタイプの選手は日本代表より契約しているチームに軸足が向いてもしょうがないのでしょう。

それは日本のチームにだって当てはまりますから、選手が自らの判断で最終的に決断することなら出場見送るのはやむを得ないのですよね。

追伸:
今年一年いろいろお世話になりました。よいお年をお迎えください。来年もよろしくお願いします。

投稿: エムナカ | 2005/12/31 07:43

>エムナカさん

>それは日本のチームにだって当てはまりますから、選手が自らの判断で最終的に決断することなら出場見送るのはやむを得ないのですよね。

日本の選手の言動に対しては、私は去年の秋以来、「あれだけ立派な建前を掲げていた人の行動として適切か否か」という物差しをあてがいながら考えるようになっています。
ストライキまでやってしまった以上、彼らは自分たちが掲げた建前について、少なくとも現役生活を続ける限りは、落とし前をつけ続けなければならない。それが大人の責任というものです。

ですから、単に選手本人の判断だからという理由で「やむを得ない」と言うことは、私にはできません(もちろん、それでもなお、やむを得ないケースもあるでしょうし、一人一人の内情がすべて公開されているわけではないので、個別に「誰はけしからん、誰はOK」などと断じるつもりはありませんが)。

このオフの契約更改報道では、ファンサービスや球団の経営について何らかのコメントをした選手はあまり見当たりません。一昨年までの契約更改の風景に逆戻りしてしまいました(球団側の説明も従来と変わっていないのだろうとは思います。財務状況を選手に全部見せて「こんなに赤字なんだから我慢してくれ」と言い出す球団があってもよさそうなものですが)。
広い意味では「日本の野球界は変わるべきだ」と主張してストライキをした人たちなのだから、自分たちもまた変わるべきなのだと思います。

では、よいお年を。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/12/31 10:28

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