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木村元彦『オシムの言葉』(集英社インターナショナル)

 『オシムの言葉』を読み終えてから、改めて同じ著者の『悪者見参  ユーゴスラビアサッカー戦記』(集英社)を開いた。文庫版の巻末には「ユーゴスラビアとプーラヴィ(ユーゴ代表)をめぐる年表」がついている。
 イビツァ・オシム(本稿では、木村が『オシムの言葉』で用いた表記に準ずることにする)がユーゴスラビア代表監督を務めた86年から92年までの記述から、いくつかの項目を抜き出してみる。いささか長くなるが、ざっと眺めていただければよい(太字はサッカー関連事項)。


1984 欧州選手権出場、3連敗。ロサンゼルス五輪出場、銅メダル。
1987.10 ボバン、シューケル、ヤルニ、プロシネチキを擁するユーゴ代表がチリで行われたワールドユースで優勝
1988   ベオグラードでコソボのセルビア人の人権を主張する100万人デモ「コソボのセルビア人を守れ」が行われる。
1989  セルビア、共和国憲法を修正し、コソボ自治州の裁判権、警察権を奪う。これに対し、コソボのアルバニア人たちが抗議デモ。
1990.5.10 クロアチアで自由選挙。民族主義政党の「クロアチア民主同盟」が勝利。ツジマンが大統領に就任。
1990.5.13 クロアチアのマクシミル・スタジアムでセルビア人警官とディナモ・ザグレブのサポーターが衝突、暴動事件に。ボバンは警官に暴力を振るったかどでW杯出場禁止処分。
1990.6 ワールドカップ・イタリア大会、ユーゴ代表準々決勝でアルゼンチンにPK敗。
1990.10 クロアチア代表、初の国際試合。
1991.5.1 ボロボ・セロでクロアチア警官隊とセルビア人が衝突、ブコバル戦が開始される。
1991.6.25 スロベニア、クロアチア両共和国議会独立宣言採択。
1991.6-7 スロベニア、ユーゴ連邦軍紛争。同時に92年1月までクロアチア、ユーゴ連邦軍紛争。ボスニアでもクロアチア、セルビア、ムスリムによる抗争が拡大。
1991.9.18 マケドニア共和国議会、独立宣言採択。
1991.11 ユーゴ代表、欧州選手権を通算成績7勝1敗で予選突破、翌年開催の本大会出場を決める。
1991.12 EC(現EU)、マケドニアの独立承認。ドイツは単独でスロベニア、クロアチアの独立承認。
1992.1.15 EC、スロベニア、クロアチアの独立承認。
1992.3.3 ボスニア・ヘルツェゴビナ独立宣言。
1992.3.7 ボスニア内戦激化。
1992.4.27 (新)ユーゴスラビア連邦共和国(セルビア、モンテネグロ両共和国及び2自治州からなる)樹立。
1992.5 スロベニア、クロアチアが国連加盟。
1992.5.30 国連、新ユーゴスラビアに制裁措置を採択。
1992.5.31 UEFA、新ユーゴスラビアの欧州選手権の出場権剥奪。ストイコビッチ主将率いるユーゴ代表はストックホルムより強制帰国。以降国際試合への出場を禁止される。


 いくつも出てくる地名が何が何やら、という方のために簡単に説明しておくと、ユーゴスラビアは第二次大戦後にバルカン半島に作られた連合国家で、セルビア、モンテネグロ、クロアチア、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニアの6共和国と、コソボ、ボイボディナの2自治州から成っていた。中心的な役割にあったセルビアに対して、80年代後半から各共和国が反発を強めて武力衝突に至り、モンテネグロを除く共和国がユーゴスラビアから離脱していった(2003年には国名をセルビア・モンテネグロに改称)。昨日まで仲良く暮らしていた隣人同士が、民族の違いというだけの理由で憎みあい、殺し合う惨劇が、各地で起こった。


 サッカーの観点から見ると、この年表からわかることが2つある。
 ひとつは、90年代はユーゴスラビア・サッカーにとって黄金時代になるはずだったということだ。
 ワールドカップ出場経験のないプロ選手の参加が認められた84年のロサンゼルス五輪で銅メダル、87年のワールドユースでU-20が優勝。60年代なかばのユーゴスラビアに生まれた世代には、後に欧州のビッグクラブで大活躍する偉大な才能がひしめいていた。彼らが育ち、20代半ばを迎えて、いよいよ最高の時代を築こうというまさにその時に、彼らの祖国は内部から崩壊していく。歴史の皮肉というには、あまりにも無残な現実である。
 ストイコビッチがスペイン相手に鮮やかな2ゴールを決め、アルゼンチン戦ではマラドーナと互角に渡り合った90年ワールドカップの直前には、スタジアムでの暴動でボバン(後にクロアチア代表主将)が出場停止になっている。彼らが世界の舞台に鮮やかに躍り出た時には、すでに崩壊の兆しが起こっていた。

 もうひとつは、国が崩壊していく渦中にあっても、代表チームは試合を続け、しかも勝っていたということだ。
 イタリア大会以後の2年間、武力衝突が相次ぎ、各共和国が連邦から次々と離脱していく状況の中で、ユーゴスラビア代表チームは欧州選手権の予選を勝ち進み、本大会に駒を進めている。
 これは驚くべきことだ。それぞれの民族や共和国から集まった選手たちの間には深い葛藤があったはずだ。もちろん、招集を拒否する選手も続出した。
 たとえば他国から武力攻撃を受けている国の代表チームなら、物理的環境は最低でも、チームの結束とモチベーションは高まるだろう。しかし、この時期のユーゴ代表は、最大の敵がチーム内にいた。さらに、それぞれの共和国からやってくる選手の背後にいるメディアが、「なぜ○○人を使わない!」と書き立て、民族主義を煽り立てる(オシムがメディアに語る言葉に気を遣うのは、この時期の経験によるものだと木村は考えている)。すべてはマイナス材料でしかない。
 試合をすることさえ容易でない状況の中で、チームをひとつに結束させ、勝利する。オシムがどうやってそんなことをやってのけたのか、想像もつかない。
 それはサッカーの指導力などという次元のことではなく、人間としてのあらゆる力に秀でた人物にしかなしえない仕事に違いない(ユーゴスラビアを憎んで離れた国のサッカー関係者からも、オシムだけは今も尊敬を受けている、と木村は本書に書いている)。

 欧州選手権への切符を手にしたオシムに、さらに過酷な試練が襲いかかる。92年4月、オシムの母国であるボスニアがセルビア人勢力に侵攻され、彼の自宅があるサラエボが包囲されてしまった。オシム自身は代表と兼任でパルチザン・ベオグラードの監督をしており、セルビアの首都ベオグラードに住んでいた。自宅には妻と娘がいたが、サラエボに入ることも出ることも許されない。電話局が破壊されてからは安否を確かめることもできなくなった(結局、オシムが妻子に再会できたのは2年半後だった)。
 彼が指揮していたパルチザン・ベオグラードは、まさにサラエボを包囲するセルビア軍のチームだ。並の人間なら発狂しそうな状況の下で、オシムは自らの仕事を全うする。5月21日、パルチザン・ベオグラードをユーゴカップ優勝に導いた直後に、パルチザンと代表の監督をともに辞任して、身を引き裂くような状況に終止符を打つ。
「辞任は、私がサラエボのためにできる唯一のこと」と彼は語った。
 木村は、取材に訪れたサラエボで、ある人物の口からこのオシムの言葉を聞く。銃口を向けられた街で孤立無援に暮らす人々に、彼の言葉がどう届いたか。我々はまさにボスニアの至宝を預かっているのだということを、改めて感じる場面である。


 本書はもちろんジェフにおけるオシムの仕事ぶりも丁寧に紹介しているし、彼の生い立ちから各国で指導した選手たちの声、ジェフの選手たちの内面や、日本で通訳を務める間瀬秀一のサイドストーリーを含めて、豊富な取材をバランスよく、読みやすく記している。これを読めば、改めてオシム語録の背後にある深みを感じ取ることができるはずだ。ユーゴスラビアの歴史に詳しくなくても、読む上では何の不都合もない。

 とはいうものの、やはりこれは、ストイコビッチを通してバルカン半島の現代史に深く分け入った木村元彦の手によって、はじめて書くことができた本だと思う。
 木村自身も書いているように、ユーゴスラビアサッカーの現代史をテーマにする以上、イビツァ・オシムはいずれ会ってじっくりと話を聞かなければならない人物だったはずだ。その本人が向こうから日本にやってきたのだから、書き手としてこれ以上の幸運はない。そして、ジェフのサッカーを味わい、今、本書を手にしている日本のサッカーファンにとっても。

 セルビア人のドラガン・ストイコビッチと、ボスニア人のイビツァ・オシム。バルカン半島が生んだ世界のフットボールの偉人たちが、母国の諍いに傷ついた後にこの国にやってきて、穏やかな時間を楽しみつつ、立派な仕事をしていってくれたことを、日本人として嬉しく思う。

 上述の『悪者見参』の年表には、96年のキリンカップにユーゴ代表が来日し、翌97年の同大会にはクロアチア代表が来日したと記されている。
 当時、紛争の元凶とレッテルを貼られたユーゴ(セルビア)は欧米諸国から忌み嫌われ、国際大会の出場停止処分が解けた後も、なかなか親善試合の相手をしてくれる国がいなかった。そんな時期にユーゴとクロアチアを相次いで招くような国は、日本くらいしかなかっただろうと思う。
 遠方ゆえの無知、外交音痴ゆえの中立と言われればそうかも知れない。だが、日本がそんな国だからこそ、ピクシーもオシムも、ひととき祖国の現実を忘れて穏やかに過ごすことができる。その貴重さ、ありがたみを、我々はもっと大切に思っていい。

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コメント

旧ユーゴスラヴィアと聞くとちょっと冷静ではいられなくなります。そして木村元彦の著作は電車では読めません。まわりから変な目で見られてしまいます。『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』も彼らしいすばらしい作品でした。『オシムの言葉』もすぐ買います(不覚にも今知りました)。

>遠方ゆえの無知、外交音痴ゆえの中立と言われればそうかも知れない。だが、日本がそんな国だからこそ、ピクシーもオシムも、ひととき祖国の現実を忘れて穏やかに過ごすことができる。その貴重さ、ありがたみを、我々はもっと大切に思っていい。

この文には心から、心から同意いたします。なんか今の時点ではこれ以上言葉にしがたいものがあります。しょうもないコメントでごめんなさい。

投稿: E-Sasaki | 2005/12/07 15:27

>E-Sasaki さん

>そして木村元彦の著作は電車では読めません。まわりから変な目で見られてしまいます。

ご心配の通りの危険が本書には伴います。
歳をとるというのは便利なもので、私は近頃、だんだんと他人の目が気にならなくなってきました。「てやんでぇ、泣くのが怖くて本が読めるけぇ」という心境です。ぜひご一読を。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/12/07 18:11

 「オシムの言葉」、もう出ていたのかと帰りに会社最寄の書店に行ったら、ありませんでした。帰宅してAmazonで発注。

 ボスニア紛争については、今年文庫になった「ドキュメント戦争広告代理店」が興味深かったですね。PR会社の宣伝キャンペーンによって、国際社会の悪役に仕立て上げられてゆくセルビアの姿はなんともやるせないものでした。

投稿: ひげいとう | 2005/12/08 01:06

>ひげいとうさん

>PR会社の宣伝キャンペーンによって、国際社会の悪役に仕立て上げられてゆくセルビアの姿はなんともやるせないものでした。

衝撃的な本でしたね。あのようなPRの結果として、セルビアの人々がどのような目に遭ったかについては、『悪者見参』にも克明に描かれています。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/12/08 07:46

大きな身体に似合わない繊細な感覚の持ち主、数々のアマノジャク発言をしながら逆にさらに周囲の信用を増していく。まことに不思議な人間的魅力のある人物ですよね。

以前からオシム語録が出版されるだろうといううわさはあったのですが、そのものではないしろようやく形になりましたね。

私も早速買いに行こうと思います。

サッカー批評の最新号もそろそろ店頭に並ぶはずですし、それも合わせて買おうと思います。

投稿: エムナカ | 2005/12/08 21:10

書店めぐりをすれども見つからず…。
どこも在庫がないようで、重版は12月21日とのこと。
発売日は12月5日だったのになあ。
それだけオシムに関心が集まっているのは嬉しいことですが…。

そういえば、イスラエルの交響楽団も日本での公演を楽しみにしているようです。
やはり欧米ではいろいろとあるようで。

投稿: E-Sasaki | 2005/12/09 12:53

出張先のネットカフェからなので手短にレスします(笑)。

>エムナカさん

オシム語録そのものよりもずっと価値のある本だと思います。これを読んだ後でオシム語録を読むと、より味わい深いと思うので、語録は語録で出したらいいような気もします(笑)。

>E-Sasakiさん

それは残念。初版7000部と聞いたオシムは「俺の本がそんなに売れるもんか」と笑ったそうですが、彼にも見込み違いがあるのかと思うと、ちょっと痛快。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/12/09 19:49

「手に入らない」と嘆いている人がネット中に溢れているようですね。今日の夜、出張帰りに立ち寄ったオアゾ丸の内(東京駅・丸の内北口前)の丸善には、何冊か平積みになってました。ご参考に。

投稿: 念仏の鉄 | 2005/12/10 22:50

TBいただいた「自分残思徒然」には、取材を受ける側から見た木村元彦氏の感想が記されていて、これも興味深いものがあります。

>インタビューが進むにつれて、
>「ああ、この人なら大丈夫だな」と強く感じたものです。

(管理人さんは元サンフレッチェ広島の広報担当)

投稿: 念仏の鉄 | 2005/12/25 15:29

オシムの言葉すばらしかったですね。木村元彦氏の仕事振りにはいつも感心させられます。自費で取材に行くようですし、絶対に手を抜かないので金持ちにはなれないでしょうが、物書きとはそんなものです。
その上で、こちらの管理人さんのブログでの紹介のされ方はいかがかと思います。年表も無断で転載されているし、ここまで肝の内容を書いてしまうと書評ではなく、ネタばれです。書き手に対するリスペクトがありません。またこれから読む人のために肝の部分は自重されるのがエチケットだと思いますが、いかがでしょうか?私も著述家なので余計にそう思ってしまいます。

投稿: 墓守り人のサポーター | 2006/01/01 18:05

>墓守り人のサポーターさん

レスが遅れて失礼しました。著作権法にかかわると思われるご指摘もありますので、きちんと確認した上でコメントします。もうしばらくお待ちください。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/01/04 11:19

>墓守り人のサポーターさん

 このエントリが、墓守り人のサポーターさんがおっしゃるように、木村氏や本書の読者に迷惑をかけているのであれば、私にはまったく不本意なことで、文章の修正を検討しなければなりません。私なりにこのへんを削ればよいかなと思う部分もありますが、せっかくのご指摘なので、「ここまで肝の内容を書いてしまうと」という漠然としたコメントではなく、具体的にどのような範囲でどの程度の紹介をするのが適切なのか、墓守り人のサポーターさんがお考えになる、あるべき基準をお聞かせいただければ幸いです。また、もし実際に、『オシムの言葉』を読む前にこのエントリを読んだことで興を削がれたとか迷惑を被ったという方をご存知でしたら、ご意見をご紹介いただけませんか?

 それはそれとして、墓守り人のサポーターさんは「著述家」としての見解と表明した上で私の姿勢を批判なさっていますので、それに見合った次元で、きちんとお答えしておきたいと思います。

>年表も無断で転載されているし、

 これは著作権保護にかかわるご指摘ですので、著作権法に照らして考えてみます。同法第32条1項は、引用について以下のように規定しています。
(「転載」という表現は、著作権法では行政の広報資料等、新聞等の論説など限られた著作物に対してしか用いられていないようなので、ここでは年表を「引用」したものと考えて議論を進めます。墓守り人のサポーターさんはどのような意図で「転載」とお書きになったのでしょうか。)

「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」

 文化庁編著『著作権法入門』(社団法人著作権情報センター)では、この条文の具体的な条件を以下のように記しています。

「ア すでに公表されている著作物であること
 イ 「公正な慣行」に合致すること
 ウ 報道、批評、研究などのための「正当な範囲内」であること
 エ 引用部分とそれ以外の部分の「主従関係」が明確であること
 オ カギ括弧などにより「引用部分」が明確になっていること
 カ 引用を行う「必然性」があること
 キ 「出所の明示」が必要(コピー以外はその慣行があるとき) 」

 アおよびエからキについては問題ないと思います。『悪者見参』巻末の年表は、集英社文庫判では全部で8ページ、項目数にして115を数える長大なもので、そのうちの21項目をこのエントリでは抜き出しています。年表に基づく論考を記しているので「必然性」があります。エントリ全体の分量に対して引用が過度に大きな割合を占めているわけではないので「主従関係」に問題はないと考えます。「引用部分」は明確に区分されており、出所も明示されています。
 問題があるとすればイ、ウの部分です。著作権法に照らして、この引用が「公正な慣行」や「正当な範囲」を逸脱しているとお考えになる根拠があれば、ご教示いただければ幸いです。

 なお、著作権法に定められた「引用」を行う限り、著作権者の承諾は不要です。


>ここまで肝の内容を書いてしまうと書評ではなく、ネタばれです。

 「肝の内容」が何を指しているのか特定されてはいませんが、このエントリが詳述しているのは92年の欧州選手権を前にしたオシムの状況と出処進退に関することですので、その部分についてのご指摘という前提で考えることにします。
 墓守り人のサポーターさんは、旧ユーゴ崩壊の渦中におけるオシムの軌跡を、本書の「肝の内容」「肝の部分」とお考えのようです。私にも異存はありません。そう思ったから詳述したわけですが、しかし、本書の版元である集英社インターナショナル、発売元である集英社は、我々と同じ考えを持ってはいないようです。
 お手持ちの『オシムの言葉』のカバーや帯に記された文言をもう一度ご覧いただければ一目瞭然ですが、旧ユーゴ崩壊と関係ありそうな文言はほとんどありません。集英社公式サイト内の紹介文は以下の通りです。

なぜ彼は人を動かせるのか。
Jリーグ、ジェフ千葉の監督イビツァ・オシム。厳しさとユーモアに溢れる言動は、選手はもちろん、サッカーファンの心をわしづかみにする。サラエボから来た名将が日本人に伝えたものとは。
http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=4-7976-7108-4&mode=1

 いかがでしょう。私には、版元・発売元が敢えて国際政治の話題を伏せたように感じられます。「サッカーファンに、そんな難しい話はわからないよ」という営業サイドの声が聞こえて来るような気もします(木村氏のユーゴサッカーに関する著書を刊行し続けてきた同社が、なぜそのような方針に至ったのかはわかりません)。本書がどのように宣伝されたのかを私は把握していませんが、この方向性の上にあったと考えるのが妥当でしょう。

 帯や公式サイトを見た限りでは、本書は、ジェフでの仕事ぶりだけについて書かれた本のように誤解されかねません。従来から木村作品に接してきた我々は、旧ユーゴ崩壊が本書の「肝の部分」であり、『誇り』『悪者見参』からの流れの上に本書があるのは自明のことと受け止めていますが、そうでない人々には、実際に読んでみるまではわかりません。そのような紹介のされ方が、本書の意義を正しく伝えていると言えるでしょうか。
 私がユーゴ崩壊に関する部分を強調し、わざわざ『悪者見参』から年表を引用して詳述したのは、版元が行った本書の紹介の中で、この面があまりにも欠落しすぎていると考えたからでもあります。
 従って、このエントリが詳述している内容が本書の「肝の内容」と言えるかどうか、我々の認識は別として、客観的には断定しづらいかも知れません。本書を手に取る方の主要な関心事はジェフ千葉でのオシムの仕事ぶりでしょうし、実際に本書の全9章中の4章が費やされていますが、このエントリではジェフでの具体的なことには一切触れていません(92年のオシムについての記述は2章分です)。


 長くなりましたが、最後にもうひとつ。

 木村氏から本書が初版7000部と聞かされたオシムは「俺の本がそんなに売れるものか」と笑ったそうです。私はその話をサポティスタ経由で読んで、それなら1冊でも多く売れるように、との思いを込めて、このエントリを書きました。実際にこのエントリがきっかけで『オシムの言葉』を購読したという方がこのコメント欄の上の方に2名、他に私がネット上で把握している範囲では1名おられます。
 つまり、あなたがリスペクトとエチケットを欠くと批判しておられるこのエントリは、数冊の本を売って木村氏にいくばくかの利益をもたらしました。 読者が著者に対してなしうる貢献として、敬意の表明として、これ以上のものがあるでしょうか。
 もちろん、効果としては些細なもので、威張れたような数でないことはわかっていますし、このようなことを自慢たらしく記すのは恥ずべきことです。
 しかし、「著述家」を名乗り、木村氏の懐具合にまで言及なさる方であれば、著者や版元と何の利害関係もない人間が本を売るために労力を費やすことの重みがおわかりでしょうから、敢えて申し上げることにします。
(念のため書いておきますが、「本が売れたんだからブログに何書いてもいいじゃないか」などと思っているわけではありません。これは本の内容紹介や引用が適切か否かとは別の次元の話です。あなたが持ちだした「リスペクト」という言葉に対して、私は自分なりの敬意の示し方を表明しているのです)

 繰り返しますが、このエントリが木村氏や本書の読者に迷惑をかけているとわかれば、私はエントリの文章を修正します。しかし一方では、このままネット上に置いておくことで本書の売上げにさらに貢献できる可能性がある以上、慌てて改変を加えることもためらわれます。墓守り人のサポーターさんからの更なるご意見、あるいは別の方のご意見によって、やはり変更した方がよいとの結論に至るまでは、現状のままにしておきます。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/01/05 03:12

ずいぶんとご無沙汰していました。「錯綜セル疾風ノ如キ諸事情」に襲われておりました。すんだ今となってはブログを削除することは必要なかったのですが…。コメント・トラックバックをいただいた鉄さんにはお詫び申しあげます。

ところで、「木村元彦」や「オシムの言葉」をgoogleで検索にかけると、このエントリは十番目以内に表示されます。『オシムの言葉』の書評としては一番上です。「このままネット上に置いておくことで本書の売上げにさらに貢献できる可能性がある」という鉄さんの思いは、立派に実現されていると思います。

しかし、『オシムの言葉』は、今回の騒動なしで十一万部も売れていたのですね(今回の騒動を受けて五万部、正式に就任が決まればさらに五万部増刷だとか)。このエントリを見て書店に走った私を含め、ネット上のあちこちで見た「手に入らない」人たちが十万人以上いたのか、と。七千部でも心配したオシム御大が、十一万部と聞いてどんなことを言ったのか気になるところです(今はそれどころではないでしょうが)。

投稿: E-Sasaki | 2006/07/16 22:03

>E-Sasakiさん
しばらくでした。blogがなくなってしまって残念です。

ご指摘の通り、Googleの検索画面の1ページ目に出てくるせいか、川淵失言以来、『オシムの言葉』で検索してここを訪れた人は500ヒットを超えています。売上に貢献したのか邪魔してるのかは、よくわかりませんが。
そういう意味では、アフィリエイトを導入すると結果がはっきりしますね。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/07/17 09:15

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