どうにもならないゆえの美しさ。
冬季五輪にはアクシデントが多い。フィギュアスケートやスノーボードHPのように選手が次々と転倒する姿を新体操や体操で見ることはまずないし、マラソンは悪天候で延期になったりはしない。風向きが大きな要因になるのも、ヨットくらいだろう。
夏の五輪に比べると、冬季競技では、自分の力ではどうにもならないことが、あまりにも多い。
そもそも人間の身体は、雪や氷の上で活動するようにできてはいない。どれほど発達した道具の支援を受けたとしても、制御できることは限られている。
精緻に練り上げられたフィギュアスケートの美しい演技と、ぶざまな転倒との、驚くべき落差。
滑走するスキーヤーが転倒して何十メートルもそのまま滑落していく衝撃。
スタート直前に風向きが変わってしまったジャンパーの落胆。
ひとたび制御を失えば、もはやあらゆる努力も能力も通用しない。ただ慣性の法則に身を任せて事態の収束を待つしかない。どの競技もそんな性質を含んでいる。
スポーツとしてのスキーやスケートは、厳しい自然の中で生きる人々が、雪や氷と戯れるようにしてはじまったのかも知れない。だが、それが競技として洗練されていくうちに、選手たちは、戯れるのでなく、自然を制御し征服するという宿命を背負うようになった。
もちろん、そんなことはできるはずがない。自然を征服しようとする選手たちは、あらかじめ挫折を約束されたドン・キホーテのような存在でしかない。雪や氷や風は、ことあるごとに彼らに自らの力を示し、自然の強大さを見せつけようとする。
どうにもならない無力さを、これでもかこれでもかと思い知らされながら、それでも人の力でなしうる、ほんの少しの制御技術を磨き上げるために、選手たちはとてつもない努力を重ねているのだろうと思う。
たとえば、あれほど不安定な氷の上で、あれほど安定して能力を発揮できるようになるまでに、岡崎朋美がどういう準備を重ねてきたのか、私には想像もつかない。彼ら彼女らは、できるはずのないことを、それでもできるのではないかという夢を、ほんの一瞬だけ垣間見せてくれる。
冬季競技は、氷の彫刻のように儚くて脆く、だからこそ美しい。
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コメント
今大会消化不良の表情を見せる選手が多い中、レース終了の開放感をはっきりと観客にアピールしたのが岡崎選手でした。
日本一おさげ髪の似合う34歳だと思いました。
やっぱり日本勢のメダルは男女フィギュアぐらいでしょうかね、今の様子ですと。
もちろん予想外の競技でメダル獲得だってあるかもしれません。
ショートトラックは過去にタナボタ金メダルを獲った人もいますから、番狂わせは大いにありえますし、新採用のスピードスケート団体追い抜きやスノーボードクロスのようなまだあまり知られていない競技の場合、競技人口が少ない分だけどの選手にもチャンスがありそうです。スノーボードやモーグルが大会を追うごとにレベルが上がり、一気に難しくなったような印象があります。
とにかくもうひと頑張り期待したいものです。
投稿: エムナカ | 2006/02/16 22:27
>エムナカさん
>スノーボードやモーグルが大会を追うごとにレベルが上がり、一気に難しくなったような印象があります。
逆に言えば、競技そのものが未成熟なうちに五輪に加えてしまった、ということだったのでしょう。サマランチ前IOC会長の意向が働いてのことですが、当時も時期尚早とする意見はかなりあったと聞きます。
投稿: 念仏の鉄 | 2006/02/17 10:16
五輪で「新種目」が増え始めた頃から、時期尚早なものが多いですよね。
冬季五輪の傾向として長野以来、「フォー!」と叫ぶ声援を伴う種目、いわゆるエクストリーム系が増えました。
私は空手(全空連系の伝統空手)を習っているのですが、全空連も五輪種目採用(こちらは夏季大会)に向けて動いているようです。
しかし採用を目指している所謂「競技空手」は、永らく伝承されてきた技術体系とは異なる次元のものであり、そもそも空手としてのアイデンティティが見出せません。時期尚早もはなはだしく、むしろ五輪を目指さないほうが先人たちの努力が報われるというものです。
五輪種目に採用される要素として、「興業面での可能性」が重視されている印象を持っています。
だからこそ、エンターテインメント性の高いフリースタイルスキーやスノーボードが表舞台に上がってきたのでしょうか。
投稿: はたやん | 2006/02/17 16:54
>はたやんさん
>五輪種目に採用される要素として、「興業面での可能性」が重視されている印象を持っています。
>だからこそ、エンターテインメント性の高いフリースタイルスキーやスノーボードが表舞台に上がってきたのでしょうか。
そうだと思います。
また、五輪を支えている収入のかなりの割合がアメリカのテレビ局からの放映権料ですから、スノーボードの採用には、そちらの意向も働いているのではないかと思います。
投稿: 念仏の鉄 | 2006/02/17 18:35
モーグルの決勝をナイターでやるっていうのはもう選手の立場を無視して、興行優先の最たるものだと思います。
昼の明るさと違い、照明の明かりではこぶの影がはっきり映り、雪温も昼より5度以上下がるので、滑りの質は別になりますし、何しろエアーで思い切りやりにくくなると思います。
エクストリーム系も確かに面白いのですが、私のマイブームはカーリングとフィギュアスケートです。
特にカーリングは他のウィンタースポーツと比べるとかなり異質です。それが逆に興味をそそるわけですがね。選手層も若い人と孫がいそうなベテランも一緒に同じ競技をやっている、身体能力より技術と経験、戦術が勝敗を分ける、そんな競技だからこそ気になります。
なんかだんだん本筋と離れていってしまいましたね。
投稿: エムナカ | 2006/02/17 21:58
>カーリング
「謀を巡らせ、千里の外に勝利を決する」ような駆け引きが面白いですね。
直接ポイントを狙いに行くというより、ストーンの配置によって誘いをかけ「打たせて取る」ような、見る側もじっくり見させられ他の競技とは一線を画す醍醐味がありますね。
投稿: はたやん | 2006/02/17 23:26
カーリングこそ、まさに、本来は選手の手を離れたら「どうにもならない」はずのストーンを、進路をブラシでこすることによって、どうにかしようと懸命にあがく営みそのものではないかと思います。
しかし、「冬季五輪にはアクシデントが多い」と書いたものの、スノーボードクロスでは、もはや転倒はアクシデントと言えませんね。競技のルール自体が、あらかじめ接触・転倒を誘発するように設計されている。女子決勝では、ほとんどのレースが転倒によって左右されており、これほど偶然性の高い種目の金メダルが、他の種目と等価なのだろうかと疑問を感じるほどでした。コース上は屍累々、ずいぶん殺伐とした競技もあるものですね。
投稿: 念仏の鉄 | 2006/02/17 23:38
>スノーボードクロス
たしかに、ありゃ「こけすぎ」ですね。
「運も実力のうち」と言われますが、あまりにも運の要素が大きすぎるかと思います。
転倒といえば、前夜のアルペン複合でも「苦手なほうの種目」で苦戦されるシーンが多く見られ、特に回転は転倒・旗門不通過が続出しました。
しかし、あの場合は選手の技量による部分が大きく、得意・不得意に応じて「滑降でポイントを稼ぐ」または「回転でポイントを稼ぐ」という、選手の戦略があります。
苦手な種目を競技する場合、ゴールが成立することを優先し慎重に競技する選手もいて、「人は全てを持ち合わせてはいない」ということを実感させられました。
投稿: はたやん | 2006/02/18 08:46
>スノーボードクロス
私は大変面白く観戦させていただきました。おそらく今後たいへん人気を集める種目になるでしょうね。
しかし、競技をされている方には大変失礼な言い方かと思いますが、あれは鉄さんの仰るように、オリンピック競技として適切なものではなく、エンターテインメントだと思います。競技の面白味が、偶発性に依存しすぎており、私の感じた楽しさは、ギャンブルとしての面白味ではないかと思います。スケルトンのストイックさと好対照でした。
スポーツでいうとカーレースに似たものを感じました。オリンピック競技としてより洗練されたものにするためには、F1のように、まず、タイムレースを行い、それに従ってスタートのポジションを変更するという方法はどうでしょうか。ただし、そうしてしまうと、この競技の面白さは全くなくなってしまいますよね(苦笑)。
投稿: 考える木 | 2006/02/19 00:37
>はたやんさん
あえて能力ぎりぎりの挑戦をしたために転倒する、というのは、フィギュアの高橋大輔の四回転ジャンプのように、多くの競技で見られると思います。スノーボードクロスが特殊なのは、競走にフィジカルコンタクトを持ち込んでいることでしょう。
>考える木さん
私も面白いとは思いますよ(笑)。シーズンの総合成績を見れば、たぶん実力が反映された順位になるのだろうと思います。ただ、4年に1度の一発勝負では、必ずしもそうはならないでしょうね。
競技そのものとは別に、テレビ中継の俯瞰のカメラアングルは凄いと思いました。ジャンプ競技もそうですが、とんでもなく高い位置からのクレーン撮影が発達してるようですね。
投稿: 念仏の鉄 | 2006/02/19 09:28