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2006年3月

甲子園大会はWBCを見習え。

 私の職場は基本的にテレビがつけっぱなしで、いつもNHK総合がほぼサイレントで流れている。今日の午後、ふと顔を上げてテレビを見たら、早稲田実業が試合をしていた。あれ、再試合は今日だっけ?と一瞬戸惑ったが、相手は横浜、試合半ばですでに12点だか13点だかを奪われている。

 「再試合は今日だっけ?」という誤解は、私が甲子園大会にあまり関心がないせいでもあるが、あの延長15回を戦った翌日に再試合を行い、さらに3日目にも続けて試合をするという事態が信じられなかったせいでもある。
 こんなひどい話があるものか。成長期の青少年に対する虐待以外の何物でもない。

 去年の今頃にも同じ趣旨のエントリ「甲子園という投手破壊システム。」を書いたが、今年も書く。改まらない限り、ずっと書き続けると思う。
 春と夏の甲子園大会を主催する団体と企業は、出場選手の健康破壊を防ぐために適切な試合間隔を置き、投球制限を設けるべきだ。

 3月に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、投手の投球数と登板間隔に制限が設けられたことについて、多くの人が批判的だった。WBCでは選手も監督もいい大人の職業人なのだから、互いに己の体を守ることは知っている。投げすぎることでどのようなリスクが生じるかも、彼ら自身が誰よりも知っている。それでも投げるというのなら、わざわざ主催者が制限する必要もない、という意見もわかる。

 ただし、WBCを離れてアメリカの野球界全体に目を向けると、投球数や登板間隔の制限は、日本人が感じるほど唐突だったり奇異だったりするわけではないらしい。週刊ベースボールで鹿取コーチが書いているが、マイナーリーグでは投球制限が設けられ、日常的にこれに沿った投手起用が行われているという。
アリゾナ教育リーグに参加した広島カープのトレーナー氏による報告にも詳細に記されている)
 成長過程にある若い選手が過剰な負荷によって健康を損ねるのは、選手にとっても球団にとっても野球界にとっても損失だ。生物としても選手としても成長過程にある若者が多いマイナーリーグでの投球制限が合理的であることに異を唱える人は少ないだろう。

 で、甲子園だ。この大会は、WBCと教育リーグのどちらに近いというのか。
 延長15回を戦って決着のつかなかったチームが翌日も9回の再試合を戦い、勝てばその翌日にも試合をする。これは準々決勝だから、もし早実が勝ち進んだとしたら、1日置いて決勝戦までまた3連戦だ。早実の投手陣は(そして監督は)、甲子園での優勝と、投手としての将来の可能性を、天秤にかけることを強いられる。投球数や登板間隔を主催者が制限する以外に、このような厳しい選択から当事者たちを守る方法はない(同程度の能力を持つ投手をローテーションさせられる高校が多数派になることは、おそらくはありえない)。

 投球制限以外にも打つ手はある。
 延長15回の翌日に9イニングの再試合などさせずに、「延長16回」からサドンデス方式でやればいいではないか。
 準々決勝の前日に1日の休養日を設ければいいではないか(延長や再試合などが発生しなくても、中1日以上休養したチームと2日連続のチームが試合をするというもともとの日程自体が、相当の不公平をはらんでいる。同じ不公平は準決勝においても生じる)。
 しかし、甲子園大会では決してそのような配慮はなされない。

 なぜこんなことが何十年もまかり通っているのか。私にはまったく理解できない。

 高野連や毎日新聞社の人々はWBCを見なかったのか。見ても自分たちの事業とは関係のないものだと決め込んで、そこから何かを学ぼうとは思わないのか。
 4か月後に同じ場所で、炎天下というさらに悪い条件のもとで似た大会を開く朝日新聞社は、そこから何かを学ぶだろうか。ぜひ学んでほしい。


注)
3/31の19:30分ごろに文章を校正していたところ、何を間違ったか本文の一部を消失してしまいました。記憶に基づいて書き直しましたので、大意は変わりませんが、細部はかなり変わっているような気がします。悪しからず(3/31 20:00)

関連エントリ
早実の斎藤はなぜ4連投しなければならないのか。

続・早実の斎藤はなぜ4連投しなければならなかったのか。

清水諭『甲子園野球のアルケオロジー』新評論<旧刊再訪>

甲子園大会の精神主義ができるまで。<旧刊再訪>

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『山梨のサッカー』山日ライブラリー(山梨日日新聞社)

 先日、所用で甲府を訪れた時、JR甲府駅の駅ビルの書店で手に入れた。山梨日日新聞社が刊行している新書判のシリーズの1冊で、平成17年に山梨県生涯学習センターで行われた連続講座をまとめたものらしい。
 構成は以下の通り。

第一章「山梨にまかれたサッカーの種」横森巧
第二章「甲府クラブ、日本リーグでの活躍」田草川光男・川手二朗
第三章「ヴァンフォーレ甲府の誕生・挫折・再生」海野一幸
第四章「山梨県サッカー協会の挑戦」渡辺玉彦
第五章「世界へ広がる山梨のサッカー -中田英寿を育んだ土壌-」皆川新一

 面白かったのは二、三、五章。
 二章では、ヴァンフォーレの前身である甲府クラブを実質的に独力で作ったパトロンだった川手良萬という人物が描かれる。息子の二朗の結びの言葉がいい。

「父の行ったことは明らかに道楽です。しかも決して大きくはない会社の経営者としては、過ぎたる道楽です。ですが、道楽というのは、ときに人の役に立ち、地域の役に立ち、一つの文化を育てることもあるということを、私は父の後ろ姿から感じ取ってきました。」

 どうせ道楽をするなら、後世にこんなふうに言われたいものだ。

 三章はヴァンフォーレ甲府の海野社長が語るクラブ経営。結果的に、この年の暮れにJ1昇格を果たす、というタイミングでの話だから、勢いがいい。内容的にはいろんなインタビュー記事で見るものと、そう大きくは変わらない(同時に入手したヴァンフォーレのイヤーブックにもこってりしたインタビューが載っている)が、何度読んでも面白いし元気も出る。
 海野社長はもともと山梨日日新聞の記者から編集局長になった人で、その後、関連会社の役員などもやっていたから経営の経験も皆無というわけではないようだが、しかし、この経歴からは、スポーツビジネスにおける今の手腕は想像もつかない。人材というのは思わぬところから出てくる、という好例だ。
(本書ではないけれど、半月くらい前のエル・ゴラッソに掲載されたインタビューでは、『エスキモーに氷を売る』を参考にして、サポーターの多い新潟を相手に「川中島ダービー」を仕掛けた、と話していた。本当にそういう人が出てきたとは嬉しい)

 五章の皆川新一は、現在は甲府でサッカースクールを開いている人物。甲府工業のサッカー部出身で、大学に進学しそこねて全日空トライスターで2年間プレーした後、家業を継いで建設業をやりつつ甲府北中のコーチをしている時に、中田英寿が入学してきた。そして、若き日の中田の振舞いが、彼の人生を大きく変えてしまう。

「理念や知識、指導技術のないコーチング姿勢が、いつまでも通用するはずはないのです。そのことを教えてくれたのが、中田英寿という中学生でした。」

 中田が中二になった春。試合に負けたことに起こった皆川は、選手に怒りをぶちまけながら、罰としてダッシュ50本を命じる。ところが、中田は走らない。

「怪訝に思った私は、
『どうした。なぜ走らんのだ!』
と語気を荒げたのです。ヒデの答えはこうでした。
『走る理由が分からない。俺たちだけが、走らなければならないのは納得できない。皆川さんも一緒に走ってくれ。だったら俺も走る』
私には返す言葉がありませんでした。頭の中が真っ白になりました。彼の言葉は、私の急所をもろに突き刺すものでした。試合に負けたのは選手だけの責任ではなく、指導者の責任でもあるわけです。ですから罰を選手に課す以上は、指導者も同じ罰を自らに与えなければならないことになるのですね。」

 皆川が偉いのは、子供の反論をきちんと受け止めて、本当に自分も走ったところだ(50本は無理だったそうだが(笑))。以後もことあるごとに中田英寿とディスカッションしながら指導を続けるうちに、皆川は、きちんと指導法を勉強し直さなければ通用しない、とドイツに留学してしまう。1年間でどうにかドイツ語を話せるようになり、ボルシア・メンヘングラッドバッハのユースコーチなどをして、帰国後に地元でサッカークラブを開いた。

 中学・高校時代の中田についてもいろいろ語っていて、それも面白いのだが、話の肝は、何と言っても次の言葉だ。

「ヒデ少年は、ある意味では問題児だったと言えるかもしれません。中二の「事件」のとき、私が、ふざけたことを言うなと殴りつけていたら、果たして中田英寿という個性は、世界に羽ばたくことができたでしょうか。そう思うと、私は時々ぞっとすることがあるのです。」

 これもまた卓見だと思う。人を預かって育てるというのは、怖いことだ。たとえば学校教員として日々大量に子供を教え続ける場合、その怖さをまともにいつも意識していたら、とても精神がもたないだろうから、多少は麻痺させたほうがいいのかも知れないが、しかし、完全に忘れてしまってはまずい。常に心のどこかで意識していることで、適切な謙虚さが維持できるのだと思う(メディアで仕事をするという立場にも共通するものがある。自戒を込めて)。

 Amazonで検索してみたが扱ってはいないようなので、本書を入手する手段は、かなり限られるようだ。小瀬にヴァンフォーレの試合を見に行く方は、ついでに駅ビルで買って行かれるとよい。

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荒川静香の始球式。

 西武球場、じゃなかったインボイス西武ドームの開幕戦。振りかぶって投げる際の、右腕の引き具合は、ぎょっとするほど凄かった。やっぱり、よほど肩が柔らかくて可動域が広いのだろうな。
 テレビ朝日がパ開幕戦の3試合を三元中継しているが、どこもよくお客が入っている。西武ドームなんか立ち見まで出ている。
 WBCの開催時期にはさまざまな批判があったが、プロ野球そのものもプロモーションという観点では、たいへんよいタイミングだったようだ(もちろん優勝という結果があってこその話ではあるが)。
 それにしても、デーゲームはいいな。スタジアムでも、テレビの前でも、天気のよい週末の午後に、ゆるゆると野球を見物する幸福を、皆が思い出してくれたら嬉しい。

 息抜きの駄エントリでした。気合い入りすぎたWBCからのリハビリということでご容赦を(笑)。


追記)
 中日の開幕戦では浅田舞・真央の姉妹が始球式を務めたが、どちらもボールを高々と差し上げてそこから投げる、ごく普通の“女の子投げ”。運動能力がどんなに高くとも、野球をするにはある程度の学習が必要だとよくわかる光景だったが、だとすると、あの肘から腕を振り上げる荒川の見事なフォームは、どこから来たのだろう。
 また、テレビ画面では確認しづらいので確証はないけれど、西武の開幕2試合目に登板した岡崎朋美も含めて、全員がボールをわしづかみにして投げているように見えた。始球式の前に、誰かボールの握り方を教えてあげたらどうか。(2006.4.1)

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This is the YAKYUU.

 小笠原のレフトフライに、三塁走者の松中がタッチアップして生還。日本に6点目が入った時のこと。JSPORTSの中継で解説をしていた斎藤明夫は「レフトは伸び上がってボールを取ってから送球モーションに入っている。日本の外野手のように取る前から助走をつけて投げれば、もっとギリギリのタイミングだった」と話した。中継の節丸裕一アナは「弘田コーチは、キューバの外野はうまくないと話していました」という。
 日本の巧い外野手は、三塁走者がタッチアップするケースでの飛球に対しては、ボールの落下地点の少し後方に構え、本塁方向に数歩走りながらボールをつかんで、その勢いを利用して強い送球を行う。この時のキューバの左翼手に、そういう動きはなかった。

 この話を聞いて思い出したのが、例のUSA戦での誤審だ。その夜のフジテレビ『すぽると』で高木豊がこう力説していた。
「西岡は、ウィンがボールを取る前から反動をつけ、体は本塁方向に体重移動しておいて、捕球した瞬間にベースから足を離した。この高度な走塁技術を球審は理解できずに、捕球前に西岡が動き出したのを見て『スタートを切った』と判断してしまったのではないか」

 キューバの選手を見ていると、自らの身体能力、運動能力に絶対的な自信を持っているのだろうと感じる。実際、彼らはバットが体に巻き付くようなフルスイングで鋭い打球を飛ばし、凄まじいファインプレーを見せる。6回、川崎が転がしたバントに猛ダッシュした三塁手エンリケスの守備など、超絶的といってよい。
 だからこそ、なのかも知れないが、彼らはしばしば雑なプレーも見せる。最終的にキューバを突き放した9回の大量点は、そのエンリケス三塁手が平凡なゴロの送球を誤ったことから始まった。キューバ最高の選手というべきグリエル二塁手ですら、準決勝では好プレーの後に気の抜けたエラーをしていた。

 MLBの野球も、プレーの基盤は身体能力の強さに置かれている。パワーピッチャー、ホームランバッターが好まれ、左右に単打を打ち分けるタイプの打者は、どんなに好成績を挙げても高く評価されにくい(イチローだけでなく伝統的にそういう傾向がある)。
 たしかスポーツ・ヤァ!だったと思うが、この大会が始まる前に、アメリカのスポーツ記者による大会予想が掲載されていた。日本への評価として一致していたのは「好投手が揃っているが、松井の不出場で打線がパワー不足」という見解だった。松井とイチローしか知らない奴らが何を言いやがる、今に見てろよと思ったが、確かに日本人のパワーは、明らかにUSAやラテンアメリカの選手たちよりも劣っている。同じ東アジアの韓国人にも劣っているかも知れない。

 野球のグラウンドは、外野フェンスまでの距離は千差万別だが、ダイヤモンドのサイズは厳密に決まっている。三塁や遊撃の定位置から、膝をついたり寝ころんだまま送球しても一塁に届くような腕の持ち主たちがプレーするために作られた四角形をそのまま使ってプレーすることは、小柄な日本人にとっては、いささか無理のある条件なのかも知れない。
 だからこそ、日本野球は、長年にわたって身体能力の不足を補うための精妙な技術を磨き上げてきた。その集積が、西岡のタッチアップであり、外野手の助走つき送球であり、川崎の絶妙なベースタッチなのだろうと思う。

 「スモールボール」などという借り物の言葉を使うまでもなく、日本人にとっての「野球」とは、そういうものだったはずだ。そして、その精妙な技術が、そして一投一打に集中する姿勢が、パワーとスピードに勝るキューバを突き放した。
 もちろん勝負は時の運だ。次にやる時には、たとえばドミニカあたりの馬鹿馬鹿しいほどのパワーの前に屈することもあるだろう。パワーのベースボールと精密な野球、あるいは他の地域から生まれてくる違うスタイルどうしがぶつかり合い、勝ったり負けたりしながら、BASEBALLは進んでいく。どちらが正しいというわけでもなく、それぞれの地域にそれぞれのスタイルがあり、それぞれが「本場」なのだ。そういうことが、この大会を通じて、はっきりしてきたように思う。

 ところで、皆さんはこの大会で日本が最初に挙げた得点をご記憶だろうか。
 3月3日、東京ドームで行われた日本-中国戦の二回表、ライト線二塁打で出塁した松中は、多村のピッチャーゴロで三塁に進み、岩村のレフトフライでタッチアップしてホームインした。試合後のお立ち台では「皆さんあまり知らないでしょうが、走り出せば結構速いんです」と胸を張っていた。
 そして、この大会で日本が最後に挙げた得点、キューバから奪った10点目もまた、小笠原のさほど深くないライトフライで三塁から突入した松中が踏んだものだった。WBCにおける日本の攻撃は、松中のスライディングに始まり、松中のスライディングに終わったのだ。

 10年前のアトランタ五輪決勝で、満塁ホームランを打ちながら敗れた松中は、この大会に四番DHで8試合にフル出場し、つなぐ打撃と懸命の走塁に徹して、1本のホームランを打つこともないまま、キューバを倒しチームを世界一に導いた(11得点はチーム最多。イチローよりも西岡よりも多い)。準決勝で代打決勝2ランを放った福留は「松中さんのヘッドスライディングに感動した」と話したが、なにもその場面だけでなく、松中は、大会が始まってから終わるまで、故障がちな足をかばうことなく、懸命に走り続けていた。

 守備につくことはなかったけれど、こと打撃面においては、日本野球のスタイルを牽引し、最後まで貫いた最大の功労者は松中信彦だったと私は思っている。おそらくは最も強く「王監督を世界一にする」という気持ちを持ち続けた男が、結局はそれを実現した。

注)
試合の事実関係、記録等を数箇所、訂正しました。(2006.3.21 23:10)

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達成感について。

 胸のすくような勝利だった。
 前半なかなかチャンスをモノにできなかっただけに、七回に福留が代打本塁打を打った時には、本当に晴れやかな気分になった。その後の連打、とりわけ代打・宮本のタイムリーヒットの鮮やかさ。さらにその裏、韓国の3,4,6番から三振を奪った上原の気迫。序盤、左翼ポール際のファールを飛び込んで捕球した多村も見事だった(東京ドームに続いて二度目だ)。
 かくて日本はWBC決勝に進む。

 ゲームセットが宣告されると、韓国の選手たちはぞろぞろとベンチを出て、例によって「テーハンミングッ」を連呼するスタンドのファンに手を振りながらグラウンドを歩いていた。選手もファンも、どこかさばさばしているように見えた。サッカーのワールドカップ2002年大会で、準決勝でドイツに敗れた直後の韓国代表とスタンドのファンの雰囲気に、よく似ている気がした。
 威勢のいいことを口にしてはいても、彼らは心のどこかで、準決勝に進んだことに達成感を覚えていたのかも知れない。ひとつの大きなテーマだった兵役免除が、準決勝に進んだ段階で実現してしまったことも、彼らの執念に影響を及ぼしていたかも知れない。

 王監督は試合後、アメリカのテレビ局のインタビューに答えて、「決勝に進むことよりも、2つ負けていた韓国に勝ったことの方が嬉しい」と話していた。もし達成感が執念に水を差すのだとすると、この発言には若干の懸念を感じないでもない(単に、王監督の負けず嫌いな性格の発露、という気もするが)。
 しかし一方で、決勝の相手は日本と無縁ではない。キューバはに国際大会でさんざんやられてきた。松中と福留はアトランタの決勝で敗れた。宮本はアテネ五輪の表彰式の後、銅メダルを貰った時にはこれも悪くないかと思ったが、隣でキューバが金メダルを受け取るのを見たら悔しさがこみあげてきた、と話していた。アテネ組の松坂や小笠原も、たぶん同じ思いを共有している。あの真っ赤なユニホームを目の前にすれば、彼らは達成感など即座に忘れてしまうだろうと、私は楽観的に考えている。もはや失うものはない。思う存分に戦ってほしい。

 決勝が日本-キューバという組み合わせになったことで、イチローと大塚は、決勝戦に出場するただ2人だけのメジャーリーガーになる。イチローひとりという可能性もある。プライドの高いイチローにとっては、それもまた大きなモチベーションになるのではないかと思う。


注)
七回裏の上原の投球に関する記述に誤りがありましたので修正しました。(2006.3.20)

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WBCおよび野球日本代表に関するバックナンバー。

 このblogを始めたのは2004年8月、アテネ五輪が終わった直後からだが、顧みると当初から野球の日本代表に関しては結構いろいろ書いてきた。WBC関係のエントリを読みに来る方がこのごろは多いようなので、過去の関連エントリをまとめてみた。準決勝を前に何か読みたいんだけど…という方の暇つぶしになれば幸甚。
(コメントしたくなった方は、個々のエントリのコメント欄にどうぞ)


「改めて、長島不在を嘆く。」 (2004.8.27)


「宮本慎也という至宝。」 (2004.11.29)


「五輪競技落選による、MLB一極集中体制の完成。」 (2005.7.8)


「アジア・シリーズは、続けていくことに意義がある。」 (2005.11.14)


「王監督まで見殺しにするのか。」 (2005.11.29)


「WBC日本代表が抱える、いくつかの課題。」 (2005.12.9)


「嘘だと言ってよ、ヒデキ。」 (2005.12.27)


「瓢箪から駒、辞退からキャプテン。」 (2006.1.12)


「WBCのスタンドはヌルかった。」 (2006.3.6)


「「頑固な人」への信頼と懸念。」 (2006.3.8)


「親愛なるバド・セリグ様へ。」 (2006.3.13)


「足りなかったもの。」 (2006.3.17)

「本場はいろんな場所にある。」 (2006.3.18)

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本場はいろんな場所にある。

 えのきどいちろうがサントリークォータリーVol.79(WINTER 2005)の連載コラム「スポーツオタク」(VOL 02「何だかわからないアイテム」)で、タオルマフラーについて熱く語っている。欧州サッカーファンの応援アイテムであるマフラーが日本に入ってタオルになり、さらに野球場のスタンドに移植され、と独自の発展を遂げていく過程をたどる文章はたいへん面白いのだが、それは実物をあたっていただくとして、ここで触れたいのは以下のくだりだ。

「野球より広範囲に定着しているサッカー、フットボールを見ても応援スタイルは多種多様だ。発祥国という意味での『本場』はイングランドだろうが、イタリアだってスペインだって『本場』だし、ブラジルだってアルゼンチンだって『本場』だ。」
 野球だって、何もかもUSAの基準で考えなくてもいいじゃないか、と、えのきどは論じる。まったく同感だ。

 JSPORTSはWBCのすべての試合を中継しているそうだが、残念なことに、日本と無関係な試合は、あまりじっくり見ることができなかった。再放送してくれないかな。
 それでもときどき夜中や早朝の中継をながめた印象では、もっとも盛り上がっていたスタジアムは、プエルトリコのサンファンだった。日本でもUSAでも空席が目立った予選リーグの段階から、プエルトリコのスタンドは満員で、ほとんどの観客が、試合前から試合後まで立ち上がってやたらに騒いでいる。欧州や南米のサッカー場ともちょっと違って、とても新鮮な雰囲気だった。野球そのものもパワフルでエキサイティング。キューバをのぞけば個々の選手はMLBで見慣れたスターばかりだが、同国人で固めたチームになると、これまでは気づかなかったエスニシティの匂いが立ち上がってくる。それもまた新鮮だった。
 陽気なスタンドの盛り上がりを見る限り、ベースボールの本場は中米ではないか。USAは野球の祖国だけれども、唯一無二の本場とは言えない。あの一次リーグの醒めたスタンド風景を眺めていると、理屈抜きにそう感じる。 

 2つのグループが完全に分かれて決勝まで対戦しない、という今大会の組み合わせは奇妙なものだった。おそらくUSAがドミニカと対戦せずに決勝まで進むことを目論んでいたのだろう(おかげで日本と韓国は三度戦うことになったが、それはそれで「野球における極東ダービー」という財産を残してくれそうな気がする)。
 この組み合わせが公正を欠いているのはもちろんだが、それ以上に、面白くない。日本がラテン系の国と対戦する機会がなかったことが、とても残念だ。
 国際大会の面白さは、同じ競技でありながら異質な解釈をしている人々とぶつかることにある。その意味で、これまで日本が戦った相手は、韓国はもとより、USAやメキシコも、さほど目新しくはない。
 だが、もしサンファンでプエルトリコと対戦したら、あるいは今大会では試合がなかったドミニカでドミニカ代表を敵に回して戦ったら…おそらく我々が考える「野球」や「ベースボール」の概念を超えた面白い体験ができたのではないかと思う。二次リーグを韓国と日本が勝ち上がったことで、日本では「スモールボールこそ正義」みたいな空気が強まるのかも知れないが、しかし本当のところは、ドミニカやプエルトリコやベネズエラとぶつかってみなければわからない。その機会が決勝しかないのは惜しまれる。

 だから、決勝でドミニカと戦いたい(キューバも日本にとって目新しくはない)のはもちろんだが、第2回大会では、二次リーグの組み合わせに一考を願いたい。そして本大会だけでなく、代表チームどうしの親善試合も開催してみたらいいと思う。
 アサヒスーパーカップとか名付けて毎年プエルトリコやベネズエラを呼んでみたらどうですか、スポンサーさん(今気づいたが、アサヒビールがWBCのスポンサーになったのは、サッカー界に思い切り食い込んでいるキリンへの対抗意識もあるのかも知れないな)。

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足りなかったもの。

 理論上はまだ日本がWBCの準決勝に進出する可能性が消えたわけではない。だが、二次リーグでUSAと韓国に敗れて1勝2敗という成績は、限りなく敗北に近い。もしもこの先、日本が生き残って勝ち進み、優勝するような奇蹟が起きたとしても、これから書くことは、やっぱり消せないのではないかと思っている。

 ともかく、韓国は強い、ということを、まず認めるべきだろう。
 2試合やって2試合とも負けた。1試合はホームゲーム、1試合は中立地。条件が優位だったのは日本の方だ。それでも勝てないのだから「韓国ごときに負けるはずがない」などという思い込みは捨てるべきだろう(USAが他国に対して抱いている驕りに似た気分を、日本も東アジア諸国に対して抱いているような気がする)。
 韓国は、MLB組も含めた韓国球界の総力を結集したドリームチームを結成した。サッカーの試合で常に見られるように、韓国の選手は国家代表として日本と戦う時には100%かそれ以上の力を発揮する。
 日本代表は、残念なことに、それを跳ね返すだけの力を持ってはいなかった。

 ただし、日本代表が、韓国と同様に最高のチームを結成し、最高の環境の下で戦ったかといえば、そうは思えない。もっとできたはずのことは、いくつもある。
 試合そのものについて言えば、私は、このblogで何度か、このチームの若さに懸念を示し、宮本のようなベテランの力が必要になる時が来るはず、と書いてきた。その観点からすれば、チームが厳しい状況に置かれた時にも宮本や和田一浩がグラウンドに姿を現すことのないままに敗れたことは、とても残念に思っている。

 しかし、それ以上に残念なことは、グラウンドやベンチの中よりも、もっと外側にある。
 王監督を支える背広組は何をしているのか、という懸念も書いたことがある。結果から言えば、この部分の仕事ぶりは十分だったとは思えない。
 例えば彼らは、WBCの審判団に日本人を送り込むために、どんな努力をしてきたのだろうか。
 例えば彼らは、日本に優位な環境を作るために、アナハイムでの試合のスタンドに日本サポーターを送り込む努力をしてきたのだろうか(韓国が強力な応援団を組織してくることは東京ドームでの試合で予測できたはずだ)。
 例えば彼らは、アナハイムの記者席に座っていた長谷川滋利を、アドバイザリー・スタッフとしてベンチに招こうと考えたりはしなかったのだろうか(そうすれば、例えば清水が不正規投球を宣告されることは防げたかも知れない)。

 そして、チームに参加しなかった選手たち。故障者は仕方ないとして、自己都合で出場を辞退した選手は、それぞれに苦い思いを胸に抱いているのだろうが、もはや取り返しはつかない。

 いろんな面で、今回のWBC日本代表は、日本野球界の総力を結集したとは言えないチームだった。総力を結集しなければ国際大会で勝てない、というのはアテネ五輪の教訓だったはずだが、今回もまた、同じ教訓が残された。

 逆に言えば、総力を結集できないということ自体が、日本野球界の大きな問題なのだ。その部分に反省が及ばない限り、アテネ、アナハイムと続いた屈辱は、さらに繰り返されることになるだろう。
 韓国戦の後の記者会見でイチローは、韓国にあって日本にないものは?と問われて、呻吟した後に「それがあるとは思えない」と答えたという。イチローにはないだろう。アナハイムにいた監督やコーチや選手にも、ないかも知れない。だが、韓国が総力を結集し、日本はそれができなかった、ということもまた、紛れもない事実なのだ。


追記)
このエントリをアップしてから約12時間後、アメリカがメキシコに敗れて日本の準決勝進出が決まった。
総力を結集できなかったチームは、もうひとつあったということだ。

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親愛なるバド・セリグ様へ。

 親愛なるバド・セリグ コミッショナー様

 私は日本のベースボール・ファンです。WBCをとても楽しみに見てきました。
 本日の日本-アメリカ戦で、8回表の西岡選手のタッチアップについてBob Davidson主審が下した判定は、ESPNの中継画像で見る限り、まったくの誤審です。
 あなた方が選んだ主審は、素晴らしい試合を台なしにしました。
 あなた方の主審は、不要で不正なサポートによって、日本を倒すために全力を尽くしているアメリカの選手たちを侮辱しました。
 そして、彼はこの大会の価値を大いに損ねました。

 私たちの先輩がアメリカ人からベースボールを習った時、フェアプレーが大事だと教わり、我々はそれを信じてベースボールを続けてきました。
 アメリカで開かれたこの大会で、審判によってフェアプレーがないがしろにされるのを見るのは、とても辛いことです。我々は大いに失望しています。
 日本人の多くがWBCを楽しみにしていましたが、この判定によって興味を失った人が大勢いることでしょう。残念です。

 …というような手紙を英語で書いて、MLBコミッショナー事務局に送ってみようと思っている。
 英語は下手だが、この場合は下手くそな方が迫力が増すかも知れないな。

 ネットでちょっと調べてみたところでは、主審のBob Davidsonは83年から99年までナショナル・リーグで審判を務め、一時期マイナーに回っていたようだが、昨年はまたメジャーにいた形跡がある。(注)
 試合に出場する国の人間が審判を務めるというのは、サッカーの国際大会ではあり得ない。それを当然のようにやっているあたりにも、MLBが他国を、そしてWBCをどのように捉えているかが透けて見える。

追記)
コメント欄を読まない人もいるだろうから、ここで紹介しておく。konsukonさんが教えてくれた本国版YAHOO!SPORTSの記事で、見出しは「それは公平ではない」。翻訳ではない、英文の記事なのに、わざわざ日本語でこう書いた画像を貼り付けてある。見る人が見れば判るのだ。

注)(2006.3.15)
その後の報道によると、Bob Davidsonはメジャー復帰を果たしていない。

注2)(2006.3.17)
二転三転してお恥ずかしいが、この部分、やはり間違いではないようだ。フライデー3/31号によれば、デビッドソンは労使交渉をきっかけにMLBを去り、現在もマイナーの審判員をしているが、ときおり助っ人に呼ばれてMLBの審判を務めることもあるという(昨年就任したメッツのランドルフ監督に抗議されている写真が載っているから、2005年にメジャーの試合で主審を務めたことは間違いない)。記事の中では、98年にマグワイアのシーズン66本目の本塁打を「観客が捕球したから」という理由で二塁打と判定したことなど、過去の行状が紹介されている。
そして今日(現地時間では3/16)のアメリカ-メキシコ戦で一塁塁審を務めたデビッドソンは、メキシコのバレンズエラ右翼手がライトポールに直接ぶつけた打球をエンタイトル二塁打と判定している。結果として、MLBはこの大会を通じて、審判員のレベルの低さを世界中に知らしめた。

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『単騎、千里を走る』、無力な高倉健という試み。

 気がついたら首都圏ではほとんど上映が終わっていて、あやうく見逃すところだった。高倉健の5年ぶりの新作で、中国を代表する名匠チャン・イーモウが、高倉健を招いて映画を撮るという長年の夢を実現させた作品は、日本での場面を除けば、高倉以外の出演者は全員素人という、意外なほどの小品となった。

 高倉が演じる主人公の高田剛一は、東北の漁村に一人で暮らしている。折り合いが悪く没交渉だった息子・健一(中井貴一:声のみの出演)が病に倒れ、見舞いに駆けつけたが面会を拒否された後、息子の嫁(寺島しのぶ)から1本のビデオテープを渡される。民俗学者の息子が中国・雲南省の仮面劇を取材した映像を紹介したテレビ番組だった。映像の中で、息子は仮面劇の演者と、次は『単騎、千里を走る』という演目を撮影に来る、と約束していた。
 高田は、息子に代わってこの仮面劇を撮影しようと思い立ち、中国に飛ぶ。旅行会社を通じて依頼していた通り、現地では仮面劇の準備が整い、あとは撮影するばかり…だったのだが、ビデオの中で息子と約束を交わしていた役者がいない。役者が傷害事件を起こして刑務所の中にいるとわかったところから、高田の旅は思いもよらなかった方向へと進んでいく。

 高倉がこれ以前に出演した外国映画は『燃える戦場』『ザ・ヤクザ』『ブラック・レイン』『ミスター・ベースボール』の4本。『燃える戦場』は見ていないのでよく知らないのだが、『ザ・ヤクザ』以降の3本は、ヤクザ、警官、プロ野球監督と役柄は違えど、いずれもアメリカからやってきた異邦人を迎える立場だった。高倉は、アメリカ人の主人公には不可解な日本文化の象徴として現れるが、映画が進行するにつれて徐々に相互理解が深まり、最後には一緒に大きな仕事を成し遂げ、文化を超えた連帯が結ばれる、という構造は共通している。高倉は、愛想はないが強く、まっすぐで、信頼に足る人物として描かれる。

 本作のアプローチは、それらとはかなり異なる。雲南省の町では、高田の力は何ひとつ通用しない。言葉は通じず、望みは叶えられず、頼るべき仲間もいない。もともと口数が少なく、感情を表現するのが苦手な高田は、困難に直面するたびに、言葉もなく立ちすくむしかない。その姿は、前作『ホタル』の終盤で、特攻隊員として死んだ韓国出身の上官の遺品を遺族に届けるため、韓国を訪れる場面を想起させる。
 作品を通じて、高田は一貫して無力だ。息子から話すことを拒否されたまま10年以上が過ぎ、息子を蝕む病に立ち向かうこともできず、思い余って飛んだ中国でも、自力では何もできない。

 だが、まさにそのその無力さが、高田の行く先々で出会った人たちを動かす。
 立ちすくみ、しかしそれでも決して退こうとはしない高田を見るに見かねて、あるいはその不器用な説得に心を動かされて、人々はいつしか高田のために力を尽くすようになっていく。
 旅が進むにつれ、折々にかかってくる嫁からの電話によって、高田と息子の関係において仮面劇を撮影することの意味はだんだんと薄れていく。しかし、並行して深まる現地の人々との関わりにおいては、その意味はどんどん大きくなっていくのだ。

 常に孤高のヒーローであった高倉健を、これほどまでに無力な存在として、そして、これほどまでに人々とともに生きる存在として描いたところに、この映画の非凡さがある。しかもなお、映画は「高倉健」のイメージを損ねることなく、新たな魅力を描き出している。チャン・イーモウは、四半世紀も前に、初めて中国で封切られた外国映画『君よ憤怒の河を渉れ』を見て以来、ずっと高倉に憧れていたという。だからこそ、高倉をこんなふうに描けるのだろう。

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「頑固な人」への信頼と懸念。

 WBCアジアラウンドの3試合を通じて、投手以外のスターティングメンバーは全く変わることがなかった。試合前にベンチから駆け出してくる顔触れを見ながら、王監督らしいな、と感じた。
 2003年秋のアテネ五輪予選で、長嶋監督は初戦の中国に同じように圧勝した翌日、がらりと打順を組み替えてきた。何年経っても、この2人は対照的だ。
 勝っている時にはメンバーをいじるな、というのがこの世界の言い伝えだから、王が常識的で長嶋が特殊、と言ってしまえばそれまでだ。だが、もしかすると大敗した翌日でも全く同じラインナップを組んだのではないかと思わせるものが、王貞治という人にはある。
 彼の過去の采配から、似たような例を探すことは容易だ。昨年も一昨年も、パ・リーグのプレーオフで不振を極めた松中を四番から外すことがなかった。昨年のシーズン中には、さしてよいとも思えなかったバティスタを三番打者として使い続けた。ジャイアンツの監督時代には、鹿取-角-サンチェというリリーフ投手起用のワンパターンぶりを揶揄されたこともあった(もっとも、昨年のJFKの例を見ても判るように、この種の投手起用は昨今ではむしろ高い評価を受けることが多いのだが)。

 シーズン中のホークスの試合をつぶさに見ているわけではないので確定的に言い切ることはできないが、采配そのものに関して、王監督を評価する声はあまり聞いたことがない。しかし、いかにドラフトで好選手を獲得し続けたとはいえ、その好選手のほとんどが額面通りに成長し(これは希有なことといってよい)、ほぼ自前の選手で黄金時代を築いているのだから、やはり名監督と言わなければ失礼にあたる。作戦・戦術よりも、選手の育成や、シーズンを通しての環境づくりに特長があるというタイプなのではないかと思う。
 だから、王貞治がWBC日本代表の監督に就任すると聞いた時には、正直なところ、采配面には懸念を抱いていた。アジアラウンドの3試合を見ても、状況に応じて臨機応変に対応する柔軟さというものは、あまり感じられない。合宿に入った時点でイチローの一番、松中の四番を早々に宣言してしまうあたりも、良くも悪くも彼らしいやり方だ。

 王貞治が引退してから既に25年が過ぎているから、現役時代を見たことのない人もずいぶん多くなったのだろう。一本足打法と呼ばれた構えも特異なものだったが、今にして思えばそれ以上に特異だったのは、相手チームによる「王シフト」と、それに対する王の態度だ。
 王は引っ張り専門の打者だった。どんなコースも構わず引っ張った。結果的にレフト方向に打球が飛ぶことはあっても、落合や清原が右中間に叩くような打球が王のバットから左に飛ぶのは見た記憶がない。
 70年代の後半には、王が打席に入ると、どの球団も「王シフト」と呼ばれる守備体型をとっていた。
 二塁手は一、二塁間の中央付近に、遊撃手は二塁ベースのあたりに、そして三塁手は三遊間寄りに。単純に言えば、一塁ベースと二塁ベースの間に3人、二塁ベースと三塁ベースの間に1人、という配置になる。左側にただゴロを転がすだけで、打球は面白いようにレフト前に転がっていったに違いない。
 だが、王はそんな餌には目もくれず、右方向に引っ張り続けた。かなりの数の打球が一塁手と二塁手と遊撃手の間の狭い隙間を抜けていき、さらにはライトの頭を超えてスタンドに飛び込んでいった。王はそんな状況の中で、来る年も来る年も3割40本100打点を記録し続けていた。
 今のプロ野球で評価されるのは「コースに逆らわない打撃」だ。右方向に引っ張るだけの打者は、存在を許されないに違いない。変則の打撃フォームと変則のシフト、そして破格の打撃成績。実際に見ていた私自身、あれは現実の出来事だったのだろうか、と思うような光景が、夜毎の後楽園球場で、そしてテレビ中継の中で、繰り広げられていた。
(「管理野球」と呼ばれた川上哲治監督のチームには、実際には破格のフリーハンドを与えられた打者が2人もいたということだ。仮に、あるサッカークラブにマラドーナとジーコが同時に在籍していたら、他の8人のフィールドプレーヤーが彼らへの奉仕に専念するのは当然だ。川上の「管理野球」も、そのように認識すべきなのかも知れない)

 だから、私が王貞治に対して抱いている印象は、まず「頑固」である。信念の人、と呼んでもよいのだが、「頑固」の方がしっくりくる。下町の人だし。
 そして、もうひとつは「不器用」だ。
 WBC中継の中で何度も流れていたから皆さんもご覧になったと思うが、アサヒスーパードライのWBC応援CMの最後に、ベンチの前に立った王監督が胸の前で拳を握りしめて何かを見つめる、という場面がある(おそらくは国旗掲揚シーンでも想定しているのだろう)。
 拳の握り具合といい、表情といい、王監督の演技は不器用そのものだ。その前に登場してくるスタンドのファン役やらカメラマン役やらをプロの俳優が達者に演技しているだけに、王監督は画面の中で際立って異質な存在感を発揮している。彼の演技は「ナボナはお菓子のホームラン王です」と棒読みの手本のような口調で語っていた頃から、ほとんど変わっていない。おそらく過去40年くらいの間、常に何かしらのテレビCMに出演し続けているはずなのだから、少しくらい器用になってもよさそうなものなのに。

 「頑固」と「不器用」というのは、トーナメント戦に臨むチームの監督としては、いささか懸念されるメンタリティではある。過去の実績を見る限り、王監督が短期決戦を得意としているようにも思えないし、監督として運の強い人だとも言えない。采配だけを考えれば、彼がこの大会に対するベストの選択といえるのか、確信は持てない。

 反面、では誰がいるのだ、とも思う。
 王貞治は、ソフトバンク・ホークスの監督でありながら、自分のチームを1か月も放り出してWBCに専念している。
 そもそも大会の成り立ち自体が不自然で、NPBにとっては承服しづらい形で始まっており、現場にとっては不都合な日程と大会規則を押し付けられ、選手の編成も思うようにいかない。王自身にとっては、勝って得るものよりも、負けて失うものの方が大きい、分の悪い賭けなのではないかと思う。まして、WBCで好成績を収めたとしても、その後のペナントレースを失っては元も子もない。機を見るに敏で目端の利く人物なら、こんな損な役回りは避けて通るに違いない。
 それでも王貞治は、大会の将来と日本野球の将来を見据えて監督を引き受け、主力と恃んだ選手が次々と辞退を表明しても、動揺する素振りも見せない。「現役の監督がやることではない」という意見は明確に口にしながらも、引き受けた以上は退路を残さず、いかなる結果も自分の責任として引き受けるという態度は揺るぎない。
 大会そのものの権威があやふやという状況の中で、もし指揮官に迷いが見えれば、選手たちは頼るべきものを失い、チームは空中分解するに違いない。この揺るぎのなさ自体が、今の状況の中では貴重な資質であるように思う。つまりは、王監督の頑固さは、チームにとってのある種の保障と考えることもできる。

 そしてもうひとつ、忘れてはならない要因がある。
 かつて、日米野球で来日した大リーガーたちがその名を口にし、その姿を見ると自ら歩み寄って握手を求めた唯一の日本選手が、王貞治だった。フラミンゴと呼ばれた特異な打法で、数の上ではベーブ・ルースを超える本塁打を放った強打者の名を、彼らはよく知っている。ヒデオ・ノモ以前にアメリカの野球界でもっとも名を知られていた伝説の本塁打王は、長い間、メジャーリーガーたちの尊敬を集めていた(たぶん、今も)。
 初めて行われるプロフェッショナル・ベースボールの国際大会で、シゲオ・ナガシマでもセンイチ・ホシノでもカツヤ・ノムラでもなく、サダハル・オーが日本代表を率いてアメリカに渡る。その歴史的意義は、我々が意識している以上に大きいのかも知れない。

 そんなわけで、今、私の心中には、この頑固な指揮官への信頼と懸念が渦を巻いている。声援も届かぬ今となっては、ただ選手たちの健闘と幸運を祈るのみ。

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WBCのスタンドはヌルかった。

 イチローの飛球が内野手のグラブに収まると同時に(もしかすると、収まる以前に)、韓国のベンチにいた選手たちは一斉にグラウンドに駆け出した。ひとしきり抱き合うと、レフトスタンドに陣取っていた韓国サポーターの方に走っていって挨拶した。3-2で日本に逆転勝ちしたことで、WBCアジアラウンドの一位通過を決めただけでなく、それ自体が何かのタイトルでもあるかのような喜びようだった。アテネ五輪に行けなかったことが、よほど引っ掛かっているのかも知れない。

 日本にとっては、勝てる試合を落としたという印象が残る。序盤に韓国を突き放すチャンスが何度かあったにもかかわらず、仕留めきれなかったことが、最後に祟った。
 とはいうものの、日本の3試合すべてをスタンドで見た感想として言えば、今日の試合は、より勝ちたかった方が勝った、という印象が拭えない。
 監督や選手の気持ちがどうだったかは知らないが、東京ドームのスタンドは、韓国サポーターに制圧されていた。昨年、東京ドームで行われた読売-千葉ロッテ戦について同じようなことを書いたが、あの時はジャイアンツにも応援団がいた。このアジアラウンドを見る限り、野球には日本代表サポーターというものが、まだ存在していない。

 日本代表への応援がまったくなかったわけではない。ライトスタンドには、ふだんから外野席で声を出している各球団のファンが集まっていたようで、それぞれの選手に対してコールが送られた。西岡や里崎や今江にだけは、普段と同じ歌が聞こえていたから、千葉ロッテファンが集まってリードしていたのだろう。
 管楽器や鳴り物はなく、声と拍手による応援だった。いつもは鉦の音がやかましい台湾の応援団も声だけだったので、この大会では鳴り物は禁止されているのかと思っていた。
 ところが、韓国の応援団はレフトスタンドの左端に数百人が密集し、各自が棒状の風船(名前は知らないが、ぶつけると金属音がする奴)を2本づつ持ち、トランペットの音に合わせて「テーハンミングッ」だのアリランだのとサッカー場でよく聞くような歌声を上げている。これだけ武器に差があっては勝負にならない。
(「日本代表を応援します」と宣言しているスポンサーのビール会社は、高額チケットを買った客に腕時計やボールペンなどの記念品を配ったが、スタンドでの応援の助けになるようなグッズを配ることはしなかった。日本の観客が全員あの棒を持っていれば、韓国サポーターにあれほど圧されずに済んだだろうに)

 野球とサッカーの観客のスタイルは違うと判ってはいるが、国際試合だと思って臨むと、やはり野球の観客はヌルいと痛感する。
 どんなに緊迫した場面でもおかまいなしに席を立ってうろうろする客がやたらに多く、試合と関係なしに身内同士の話に興じているグループも多い。一言でいえばプレーに対する集中の度合が低い。
 もちろん3時間以上もだらだらと続く試合のすべてに集中し続けることはできないし、普段の公式戦であれば、この程度のヌルさでちょうどいいと私は思っている。だが、ベースボール世界一を争うと標榜するこの大会においても、客席のヌルさは普段通りだった。いや、応援団がいない分、普段よりもヌルかった。
 最終戦、8回裏の日本の攻撃が終わると、かなりの数の観客が席を立って帰り始めた。ビハインドは僅か1点、しかも9回裏の攻撃は8番打者から始まるので、必ずイチローに打席が回る。時刻はまだ21時前。これもプロ野球においては珍しくない光景だが、例えばこれが日本シリーズの最終戦だったら、同じ局面で席を立つ観客がこれほど大勢いるだろうか。

 そんなヌルさを象徴する出来事が、イチローの打席のたびに起こった。
 初戦の第1打席から、3試合目の最終打席まで、イチローがバッターボックスに立っている間じゅう、スタンドからは無数のフラッシュの光が閃き続けていた。他の選手の時にはなく、イチローの時だけそうなる。投球に集中するのは、さぞ困難だったのではないかと思う。
 打撃不振に終わったイチローを非難する言説が、今ごろネット上を飛び交っているだろうと思うが、私は彼を責める気にはなれない。あれで打てというのは酷な話だ。

 空席の目立つスタンド、ホームゲームなのに韓国に負けている応援、打者の集中を妨害するフラッシュの嵐、見せ場を見ずに帰っていく観客。
 それらは「日本の観客はこの大会を真剣勝負と見做してはいない」というメッセージに等しい。それが日本の現実なのだろう。
 つまるところ、プロ野球界は、まだWBCという大会の価値を確立することができていない。スタンドでフラッシュを焚いていた観客は、WBCを見に行ったのでなく、単にイチローを見に行ったに過ぎない。観客が大会の価値を貶めているようでは、選手に出場を辞退されても文句も言えない。ひどい悪循環だ。

 あらかじめ予想されたこととはいえ、「真の世界一決定戦」への道は遠く険しい。結局は試合の内容によって価値を認めさせるしかないのだろう。アメリカでの試合は、大会の価値を高めてくれるような内容になるだろうか。今夜の敗北が、日本代表にとってよい刺激になってくれるとよいのだが。

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ジョン・ル・カレ『ナイロビの蜂』(上・下)集英社文庫

 アカデミー賞の行方を予想する新聞記事を読んでいたら、レイチェル・ワイズが『ナイロビの蜂』という作品で助演女優賞にノミネートされていた。
 原作小説は2年ほど前に読んだが、映画化されていたとは知らなかった。地味な作品で、スパイ小説の巨匠ル・カレの新作のわりに、さして評判にもならなかったという印象があるのだが、私は好きだった。

 小説はケニアの首都ナイロビにある英国高等弁務官事務所で、所長が部下である初老の外交官の妻の死を知らされるところから始まる。
 殺されたのは、地味で温厚で育ちのよい外交官ジャスティンの、娘のように若い妻テッサ。弁護士だったテッサは、ケニアに住むようになってから人権運動に熱中していた。ベルギー国籍の黒人医師アーノルドと常に行動をともにしていたため、ジャスティンはナイロビの白人社会で“妻を寝取られた男”と陰口を叩かれていた。そして、そのアーノルドと一緒に、ある集会に出席するために旅行していた先で、テッサは全裸で喉を掻き切られた遺体となって発見された。アーノルドは行方不明。
 庭の手入れだけが楽しみだったジャスティンは、妻の死をきっかけに、彼女のこれまでの行動を調べようとする。彼女の活動に関わる資料を、外務省や警察の圧力にもかかわらず、彼らの目を盗んでロンドンに持ち帰り、そのまま姿をくらます。そして、最愛の妻の足跡をたどる、長い長い旅に出る…。

 ジャスティンの静謐な哀しみが、全編を覆う。妻を愛するがゆえに、尊重するがゆえに、そしてもしかすると自信のなさゆえに、自らの職務と対抗しかねない妻の活動から目を背け、知ろうとせずに過ごしてきた。そんなジャスティンが、失ってみて初めて、テッサのすべてを追いかけ、理解し、遺志を継ぎ、ひとつになろうとする。
 イタリア、ドイツ、カナダ、ケニア、さらにスーダンへと続く長い旅を通じて、ジャスティンはテッサとともにあり、一歩一歩テッサに近づいていく。途中、脅迫や暴力にも晒されるが、そんな目に遭うこと自体も、ジャスティンにとっては歓びのようでもある。テッサと経験を共有し、彼らの仲間に入る資格を得たように、ジャスティンは感じる。

 これは、関係を断ち切られたところから始まる恋愛小説なのだと思う。調査を進めるうちに、ジャスティンは多国籍製薬企業の悪業の核心に迫っていくことになるのだが、おそらくジャスティン自身にとっては、そんなことはどうでもいいのだ。彼にとっては、ただ、テッサの足跡を辿ることだけが大事だった。そんな気がする。
 南北問題や多国籍企業の振る舞いに関する問題提起をはらんでもいるけれど、それ以上に本書は、かけがえのないものを失った男についての物語である。

 当時、出張先の関西の書店で購入し、帰りの新幹線から読みはじめて、上下2冊を4日間で読了したが、本当はもっとじっくり時間をかけて読めばよかったと思う。
 昨今のエンタテインメント小説には、しばしば「ページターナー」、ページをめくる手を止めさせない、という褒め言葉が与えられるが、そんな形容はル・カレの小説には似合わない。ゆっくりと描写を噛みしめ、味わいながら読むのが相応しいのだろう。

 映画はレイフ・ファインズとレイチェル・ワイズの出演で、日本では5月ごろ公開されるそうだ。見るかどうかは、まだ決めていない。

追記(2006.3.6)
レイチェル・ワイズは本作品でアカデミー賞助演女優賞を受賞。スピーチでは「命をかけて正義のために戦った人々を讚えた」とル・カレに感謝の言葉を述べていた。

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