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名捕手は、いきなり現れる。

 城島健司(03)、古田敦也(93,97)、山倉和博(87)、中尾孝義(82)。過去30年間にシーズンMVPを獲得した名捕手たちには、プロ入り3年目までにレギュラーを獲得したという共通点がある。
 だが、彼らといえども最初から名捕手だったわけではない。正捕手を任された時点では、周囲には「まだ早い」と言われ、批判を受けることも多かった。
 城島がレギュラーになったのは高卒3年目で、過去2年間の出場はそれぞれ20試合以下に留まっているからギャンブルに近い抜擢だった。山倉は新人の年からレギュラーとして使われたものの「打率が身長より低い」と揶揄された。中尾は、それまで強打の捕手として打線の中軸に君臨していたベテラン木俣達彦を外野に追いやる形で起用された。入団と同時に野村克也監督が就任し、数名のレギュラー候補を横一線に並べたテストの末に選ばれた古田にしても、それまで試合に出ていた秦らを押しのけての抜擢であることに変わりはない。
 それでも当時の監督がレギュラーとして使い続けているうちに、彼らの才能は開花した。「競争を勝ち抜いた」というよりも、「地位が人を作った」という印象を受ける。

 苦労を重ねてからレギュラーになった好捕手も、もちろんいる(私の大好きな村田真一もそうだ)。だが、超一流の捕手というものは、若くして抜擢され、英才教育を受けることによって完成するようだ。「捕手は経験が必要なポジション」とはよく言われることだが、逆に言えば、然るべき才能を備えてさえいれば、意図的に経験を積ませることによって促成栽培が可能だということを、歴史は示している。

 捕手としては山倉あたりよりずっと高く評価されているであろう伊東勤も、同じように育てられた。定時制高校を経てプロ入りした伊東は、普通の高卒よりは1歳年上ではあったが、ルーキーイヤーの82年から33試合に出場。2年目は56試合ながらも、ジャイアンツと戦った日本シリーズでは軸として使われて日本一に貢献したと記憶している。そして、翌3年目の84年にはレギュラーになり、2003年に引退するまで、誰にもその座を明け渡すことはなかった。

 西武は和田一浩、引退した高木大成、今をときめくG.G.佐藤など「元捕手の主力選手」が妙に多いチームで、そのわりに肝心の捕手は育たなかった。伊東が偉大すぎて、和田や高木が割り込む余地がなかったということなのだろう。伊東が引退して即監督になってからは、「伊東捕手の後継者」が大きな課題だった。就任3年目にして、その課題は解決に向かっている。高卒ルーキーながら、開幕からレギュラーに抜擢されている炭谷銀仁朗だ。

 ここまで書いてきたように、炭谷が試合に出ていることの意味は明らかだ。自らもそうやって育てられた伊東監督だから、こういう大胆な起用ができる。
 私は西武の試合をつぶさに見ているわけでもないし、リードについてあれこれ言えるほどの見識もない。ただ、テレビ中継に見る炭谷の落ち着いたたたずまい、堂々たる振る舞いには、ある種の感銘を受ける。大成する選手はしばしば若いころからこういう雰囲気を備えている。
 伊東勤と西武ライオンズは、再び黄金時代を築く礎を手にしようとしているのかも知れない。


 炭谷と同じように、王貞治監督が手塩にかけて育て上げた城島健司は、マリナーズで開幕から活躍している。形式上はルーキーだとはいえ、すでに日本を代表する捕手であり、即戦力として加入したのだから、城島がいきなり使われることはサプライズではない。開幕から2試合連続ホームランというのも、日本シリーズにやたらに強かった彼なら、いかにもやりそうなことだ。
 むしろ気になっているのは、捕手としての城島がどのような評価を受けているのか、という点だ。

 キャンプ以来の報道を見ていると、城島の捕手としての振る舞いは、マリナーズの投手たちに新鮮に受け止められているようでもある。投球練習で一球ごとに投手に声をかけるスタイルをはじめて経験した投手は、「こんなにほめられたのは親父以来だ」などと戸惑いつつも好意的だったという。言葉の壁を指摘する声は強かったが、テレビ中継では、マウンドの投手に歩み寄って自分から話しかけたり、ベンチでも何やら投手と話していたりする。
 強い感銘を受けるのは、いずれの場合にも、明らかに城島が話し合いの主導権をとっている(あるいは、とろうとしている)ように見えることだ。もちろん英語を猛勉強してきた成果でもあるのだろうが、城島の堂々としたたたずまいからは、強いリーダーシップが感じられる。

 1975年に長嶋茂雄がジャイアンツの監督に就任した時に、MLBから捕手を獲得しようと動いたことがある。当時の日本を代表する捕手といえば、長嶋の同僚だった森昌彦であり、野村克也。重厚な頭脳労働者、というイメージが強い。メジャーの捕手のパワー、スピード、ダイナミズムといった面を日本野球に吹き込みたい、というのが長嶋の考えだったようだ。
 それは結局実現しなかった。以後30年以上を経ても、MLBから捕手を招くチームはない。プロ野球70年の歴史の中で、アメリカ人の正捕手は戦前のイーグルスのバッキー・ハリスだけだ。
 だが、その30年の間に、日本の捕手も大きく変わった。全盛期は短かったものの、中尾のスピードやダイナミズムは衝撃的だったし、古田も若いころは捕手にあるまじきアグレッシブな走塁を見せていた。彼らの陽性なキャラクターも魅力的だった。
 そんな変化の集大成とも言える城島が海を渡り、MLBで一定の地位を築きつつある。シアトルのチーム成績が向上すれば、城島が持ち込んだ日本流の捕手術も評価を受けることになるだろう。
 長嶋がMLBの捕手術に学ぼうとしてから三十年余、日本人がアメリカに捕手術を教える日が来ようとしているのかと思うと、これも感慨深い。

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コメント

 炭谷選手は、本当に落ち着いていて、
体中から大物のオーラを放っていますね。

 炭谷といいG.G.佐藤といい、
今年のライオンズには、
思わず惹き付けられる選手が多いです。


 

 

投稿: southk | 2006/04/07 16:27

オープン戦で外野席から炭谷のリードを見た印象では、「内角攻めが好きな捕手」という感じで、コントロールのないピッチャーには、ちょっとしんどいかなという印象でした。それと、配球の予測が難しいタイプのようにも思われました(裏を返せばムダ球も多いのかも知れませんが……。)
ペナントレースが始まってからの炭谷のリードは、ニュース映像で見る範囲ですが、勝負どころでは外角低で勝負しているように思われ、若干印象が変わっていますね。
いずれにしても、片岡、赤田に頼るしかない西武の守備陣をバックにして、リーグ1位のチーム防御率は立派なものだと思います。
リードやバッティングなどを研究されるこれからが炭谷にとっての正念場になると思いますが、逸材には違いなく、大いに活躍を期待しています。

投稿: 考える木 | 2006/04/07 18:52

>southkさん
西武には面白い若手が多いですよね。
反面、昔に比べるとずいぶん粗っぽいチームになってしまいましたが、中島や中村も含め、彼らが西武の伝統である緻密さを身に付けることができれば、相当強くなるだろうと思います。

>考える木さん
私は配球のことがよくわからなくて、ろくに語ることもできないのですが、ただ炭谷についていえば、伊東監督(あるいはその意を汲んだ植田バッテリーコーチ)がみっちり鍛え抜くのでしょうから、日進月歩でみるみる変わっていくのではないかと思います。
エントリ本文では書きそびれましたが、古田には野村監督、伊東には森コーチ、谷繁には大矢コーチ(後に監督)、城島には若菜コーチと、名捕手が伸びた時期には、かつての一流捕手がつきっきりで指導したケースが多く見られます。その意味では、西武に指名されたことは炭谷自身にとっても幸運だったように思えます。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/04/07 23:43

城島の活躍は福岡では連日報道されてまして、号外でも出るんじゃないかと思うくらいです(笑)。

>日本人がアメリカに捕手術を教える日が来ようとしているのかと思うと、これも感慨深い。

日本流の緻密な配球術がメジャーの実戦で効果を表すと面白いですね。
「ヤキュウ」が「ベースボール」を進化させるという、WBCと似た効果が、「キャッチャーの輸出」にはあるのかもしれません。

なお、ホークスでは城島の抜けた穴を山崎という若いキャッチャーが埋めつつあります。よく打ちます。
陽性のキャラクターが将来性を感じさせます。

それにしても今年の西武は手強そうですね…。プロ野球ファンとしては球趣いや増しで嬉しいことですが、ホークスファンとしては胃が痛いです。野球ファンというのは因果なものですね。

投稿: 馬場 | 2006/04/08 13:04

 さきほど、NHKの@ヒューマンという番組でも城島をとりあげていましたね。

 気になるのはヤクルトの米永ですね~。これまた今週のNHKの「にんげんドキュメント」で、古田の挑戦に焦点をあてた番組をやっていました。そのなかで、米永との絡みも、少し紹介されていました。
 「知将古田」という兼任監督自身が、自分の調子が悪ければベンチに引っ込むという、本人ですらまだ定位置をつかんでいないなか、ペナントレースが始まりました。
 米永にしてみれば、いつ自分の出番が来るか、みえにくくて、調整が大変でしょうね。まだ余裕がないのか、あまり陽性にも見えないし。

 陽性の雰囲気といえば、アスリートがそれぞれもつ雰囲気、オーラってものは、一体、どうやったら作れるんでしょうね。
 私はもっぱらオーラの出ない人間なもので、すごくうらやましいのです。
 もちろん、オーラをつくるためにアスリートしてるわけではないでしょう。スポーツにかける純粋さ、練習とか勝負へのこだわり、長く続けてきた自信、などなどがあいまって、その結果として雰囲気が出てくるものなのかな、などと思いますが。)その意味でいえば、、、鉄さんの今回の文章からも、ある種のオーラを感じます。すごい)

投稿: ペンギン | 2006/04/09 03:22

以前テレビで陽子ゼッターランドさんが、バレーボール指導法の日米の差を訊かれて、「日本のコーチはダメなところを指摘して叱る。アメリカはとーにーかーく誉める。自分ではべつに普通のプレーだな、と思ってても、思いっきり「good !」とか言われて、そうするとやっぱり気分がいいからその気になって頑張る」というようなことを言ってて、そういうもんかと思ってました。だからマリナーズ投手陣の「こんなに褒められたのは親父以来」という感想は意外な気がします。バレーと野球の違いなのか、コーチと同僚の違いなのか、アマチュアとプロの違いなのかわかりませんが。

投稿: nobio | 2006/04/09 19:49

週末から出張に出ておりました。遅くなりまして恐縮です。

>馬場さん
>日本流の緻密な配球術がメジャーの実戦で効果を表すと面白いですね。

MLBでは配球の主導権は投手にある、というようなことを長谷川がどこかで話していました。ジョージ・F・ウィルの『野球術』でも、扱っているのは監督・投球・打撃・守備の4分野で「捕手術」篇はないんですよね。

>なお、ホークスでは城島の抜けた穴を山崎という若いキャッチャーが埋めつつあります。

荒川雄太にも期待が注がれるところでしょうが、選手名鑑を見るとホークスの捕手陣は最年長が今年29歳の的場なんですね。経験あるベテランを1人くらい他球団から獲得しておいた方がよかったのでは、という気はします。

>ペンギンさん
>米永にしてみれば、いつ自分の出番が来るか、みえにくくて、調整が大変でしょうね。

米野ですね(笑)。まあ、控え選手は常にそういう立場だし、去年までよりはチャンスも増えているのではないでしょうか。

>アスリートがそれぞれもつ雰囲気、オーラってものは、一体、どうやったら作れるんでしょうね。

自信や実績によって作られる部分もあるけれど、プロとして初めて試合に出た時からすでにそれらを備えている選手というのは、確かにいると思います。そういう意味では「作る」ものではないのでしょうね。

>鉄さんの今回の文章からも、ある種のオーラを感じます。

それはたぶん、文中に頻出する「城島」とか「古田」とか「炭谷」とかの単語から出ているものと混同しているのでしょう(笑)。

あと、このエントリでは「陽性」の捕手を褒めてますけど、それは単なる私の好みであって、一流の条件というわけではありません(笑)。伊東の現役時代は、特に明るくなかったと思うし(笑)。

>nobioさん
スポーツ指導に限らず、「アメリカ人は褒めて育てる」とは、よく言われますね。
ただ、育成段階を過ぎて一人前になった選手に対しては、逆に、やたらに褒めたりしないのかも知れません。
日本の捕手は(時にはミットを改造してまで)捕球時によい音をさせることで投手の気分を乗せるそうですが、アメリカにはそういう風習はないらしいですし。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/04/10 23:50

>アメリカにはそういう風習はないらしいですし。

「気を遣う」という日本人の文化的特質は、ひょとして「キャッチャー」には適合的な資質なのかもしれませんね。ピッチャーが唯我独尊な性格なのは米国人の方が顕著でしょうし。「おだてて、ノセる」日本式補手術がメジャーで成果を上げてくれるといいなぁ。

投稿: 馬場 | 2006/04/11 08:56

マリナーズのエイピアーはジョージマのキャッチングについて
「すごい! ミットの音が最高だね」と称賛した。
http://tochu.tokyo-np.co.jp/00/ichiro/20060208/spon____ichiro__000.shtml
・・・という記事からすると、
「音も捕球技術のうち」という考え方自体はアメリカでもふつうにあるようです。
ならば音のためにミットに細工するキャッチャーも、
たぶんアメリカにもいるんじゃないでしょうか。想像ですが。

投稿: nobio | 2006/04/12 17:54

>馬場さん

単なる印象として言えば、MLBの名捕手って、ジョニー・ベンチとかピアッツァとか、あんまり「女房役」という雰囲気じゃないですよね。リーダーっぽい。アメリカじゃ女房は強いんだ、と言われればそれまでですが。


>nobioさん

「MLBの捕手は捕球音に無頓着」説の根拠は、たとえば、こんなところです。

<日本では投手の気分を盛り上げる意味もあり、いい音を出して捕球するのは“常識”。しかし、メジャーではムービング系のボールが多いこともあり、いい音を出す捕手は少ない。その点、城島は音が出やすいように連日、ミットをオイルで入念に手入れしている。>(スポニチ2/17付)
http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2006/02/17/12.html


<たとえば日本では、ブルペン捕手が大きな音を響かせて捕球するのが良しとされています。いい音をたて、投手に自信を持たせる。そのためにミットの綿を抜いたりもする。
 ところがアメリカでは反対なのだそうです。いい音をたてて捕球したら投手が自信をなくしてしまう。オレのボールは簡単にミットの芯で捕球できるのか、ってことは打者にも芯に当てられてしまう、と。日米の違いを表すエピソードです。>(小林信也「大リーグは本当にすごいのか?」からの要約)
http://www.webdokusho.com/rensai/hongo/sports23.htm

私も決定的な確証があって言ってるわけではないのですが、nobioさんのご意見は、エイピアーのコメントから引き出すには、やや飛躍があるような気はします(よい音をさせる捕手が珍しいがゆえの発言、とも考えられますし)。

これらを探していたら、城島を父親に例えた発言がシアトルの新聞の日本語サイトに詳しく載ってました。

<城島は声を出すタイプの捕手で、簡単に聞き取れる英語で投手を励ましたりする。そのレパートリーは、力強い「アー!」(うーん、これは英語ではないかもしれない)から、ハスキーな「いい球だ」、熱心な「すごくいいぞ!」などなど。

「父親に向かって投げてるみたいな気がしたよ」と、クラブハウスに戻ったモイヤーは大笑いしながら言った。>
http://www.junglecity.com/seattlepi/news/021706_2.htm

ちなみに、モイヤーは城島より14歳くらい年上です。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/04/12 23:39

エイピアーのコメントからは、
よい音をさせる捕手が多数派か珍しいかはわかりませんが、
エイピアー自身が「音が最高」を捕手についてプラスの要素と考えていること、
かつ、(その理由を説明不要と思ってるっぽいので)、
みんなもそう考えてるだろうとエイピアーが考えていること、
を、感じます。

まあそれはともかく、
例によって興味深い記事を教えていただいて感謝です。

関係ないのですがたまたま先週、「村上春樹の文章が翻訳調な件について」
人と話してたんですよ。いま Seattle Post-Intelligencerの
日本語訳を読んで、あー、なるほどほんとにハルキっぽい、と思いました。

投稿: nobio | 2006/04/13 02:07

>nobioさん
>エイピアー自身が「音が最高」を捕手についてプラスの要素と考えていること、
>かつ、(その理由を説明不要と思ってるっぽいので)、
>みんなもそう考えてるだろうとエイピアーが考えていること、
>を、感じます。

そのへんは同感です。
ま、これだけの材料で議論していても限度があるので、このくらいにしておきましょう。

>いま Seattle Post-Intelligencerの
>日本語訳を読んで、あー、なるほどほんとにハルキっぽい、と思いました。

味わい深い翻訳ですよね。いかにも直訳調だけど、日本語としてもきちんと成り立っている。なかなかのものです。ハルキファンの翻訳者だったりして。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/04/13 22:26

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受信: 2006/07/16 06:26

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