« スポーツをテレビで観るということ。 | トップページ | 誰かジーコを知らないか。 »

全治3か月。

 後藤健生は、最初の著書『サッカーの世紀』を、1994年のワールドカップ・アメリカ大会におけるフランコ・バレージの戦いぶりから書き起こしている。
 緒戦のアイルランド戦を落として迎えたノルウェーとの第2戦。イタリア代表主将にして守備の要であったバレージは、試合中に膝を傷めて途中欠場を余儀なくされる。以後の大会出場はほぼ絶望的となるほどの重傷だったが、バレージは帰国することなくアメリカで内視鏡手術を受け、以後もリハビリテーションに励み、ケガから24日後に行われた決勝戦に先発出場。ブラジルが誇る2トップ、ロマーリオ(この大会の得点王)とベベットに食らいつき、延長を含めた120分間を無失点に抑えきった。驚くべき回復である。
 延長に入る前の短い休憩の間には、足が攣ったのだろうか、マッサージを受けながら痛みに絶叫していた。PK戦では第一キッカーとして枠を外し、敗退後、スタッフに支えられて泣き崩れる姿がテレビ画面に映し出された。常に落ち着き払ったバレージが、あんなにも顏を歪める姿を、私はこの前にも後にも見たことがない。それほどまでに執念を燃やし尽くした試合だったのだろう。
 後藤は書く。
「バレージは、チーム状態が最悪であるあの時点で、決勝進出の可能性を−−それが、いかに小さな可能性であったとしても−−信じて、それに合わせて治療と調整を続けたのである。なんという執念だろう!」

 芝生すれすれでボールをつかんだ直後に、松井秀喜が左手にはめたグラブが不自然に後方に折れ曲がるのを、私はたまたまテレビで見ていた。見ているだけで痛かった。かなりの重傷であることは明らかだった。
 彼が、すべての試合に出場することにどれほどの誇りを抱いていたかは、一見物人である私にもわかる。プロ入り以来、いや、もしかすると野球を始めて以来、試合に出られないほどの故障に見舞われたことのない彼にとって、この自体がどれほどのショックをもたらすものか、想像がつかない。しかも巨額の契約を結んだ1年目、尊敬する王貞治に招かれたWBC日本代表を辞退してまで、強い気持ちでワールドシリーズ優勝に賭けたシーズンである。考えただけでも気が重くなる。

 ヤンキースは松井の負傷は全治3か月と発表した。3か月後は8月中旬だ。レギュラーシーズンが終了するまで、まだ1か月半残っている。その時点でチームがどのような順位にいたとしても、挽回するには十分な期間だ。そしてその後には、彼が得意とするポストシーズンが待っている。
 12年前のバレージに比べれば、復帰した松井がポストシーズンに出場するというシナリオは、はるかに実現可能性が高いように見える。気持ちを切り替えて、晩夏から秋へと照準を合わせて欲しい。もちろん、そう簡単に切り替えられるものではないだろうけれど、幸か不幸か、切り替えるための時間も、さほど短くはないはずだ。
 故障を飛躍の糧にした選手は少なくない。松井もその仲間入りを果たせることを祈っている。

|

« スポーツをテレビで観るということ。 | トップページ | 誰かジーコを知らないか。 »

コメント

松井の野球人としての真価が問われる試練ですね。
彼がひとまわり大きくなって復活してくれることを心から祈っています。

投稿: 馬場 | 2006/05/15 18:07

>馬場さん
連続出場記録というのは、ある意味では呪縛ですからね。
今シーズン中に復帰できたとしたら、それ以降の試合では、シーズン記録を意識する必要はまったくないわけですから、目の前の試合、目の前のプレーに集中できる、という、これまでとはちょっと違った心境でのプレーになるのかも知れません。
それはたぶん、彼にとっては経験したことのない境地になるでしょうし、責任感の塊のような松井が、責任感から一時的にせよ解放された時に、どういう違いが出てくるのか、興味があります。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/05/16 09:32

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50507/10051718

この記事へのトラックバック一覧です: 全治3か月。:

« スポーツをテレビで観るということ。 | トップページ | 誰かジーコを知らないか。 »