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3試合目に望むこと。

 ワールドカップはグループリーグの二回り目がほぼ終了し、すでにグループリーグ突破、あるいは敗退の決まる国が現れてきた。
 すべての試合を見てきたわけではないが、現時点で私にとって最も印象の強いフェイバリット・チームは、トリニダード・トバゴとコートジボワールだ。
 どちらも初出場で、どちらも「死のグループ」の中のアウトサイダーと目されていた国の選手たちは、そんな前評判など気にかける風もなく、強豪国のスーパースターたちに敢然と立ち向かった。

 トリニダード・トバゴは、スウェーデンの豪華攻撃陣に一方的に押しまくられ、退場者を出しながらも、ぎりぎりのところで守り抜き、引き分けに持ち込んだ。続くイングランド戦でも粘りに粘って、あわやスウェーデン戦の再現かと思わせる戦いぶりを見せた。現時点では、パラグアイとの最終戦を残して、まだグループリーグ突破の可能性を残している。
 コートジボワールは、大会屈指の攻撃力を誇るアルゼンチンにも、老獪な試合運びを見せるオランダにも、ドログバを中心に、たびたび決定的なチャンスを作ってゴールを脅かした。とりわけ1点ビハインドで迎えた後半は、45分間、いや3分あまりのロスタイムの最後の1秒まで攻めて攻めて攻め抜いた。

 コートジボワールは2敗してすでにグループリーグ敗退が決まっている。トリニダード・トバゴが勝ち上がる可能性も高いとは言えない。だが、もしグループリーグで1勝も挙げられないままに大会を去ったとしても、彼らを嘲笑する者はどこにもいないだろう。
 これらの国に何の関わりもなくとも、地球上のどこにあるかさえ知らなくとも、彼らの戦いぶりに感銘を受け、その誇り高い姿を深く心に刻みつけた私のような観客は、世界中に数えきれないほどいるに違いない。私はたぶん、今後いつまでも、彼らの国の名を耳にするたびに、この大会での選手たちの雄姿を敬意とともに思い出すことになるだろう。

 ワールドカップに出場する国のうち、半数はグループリーグ限りで大会を去る。ベスト16止まりの国を含めれば75%。上位に進める国はごく限られており、ほとんどの場合、それは一握りの強豪国によって占められる。
 それでも、それぞれの大会の中で、観る者に深く印象を残す国はある。ベスト8を全部挙げられなくても、「あのチームはよく戦った」と思い出す国は別にある。
 つまり、優勝を狙うほどの力を備えていない国にとっては、ワールドカップの歴史に名を残すのは結果よりも戦いぶりである、と言ってもよいかも知れない。

 だとしたら、日本代表は、この大会に何を残すことができるのだろうか。

 上位に勝ち進むことを目指すのは当然だ。だが一方で、今回のグループFの組み合わせは、もともと日本にとってかなり難関だった。大会前に、当事国以外で日本の勝ち上がりを予想した人は、あまり多くはないだろうと思う。

 そして、日本人がこの大会での日本代表に望んでいたのは、成績だけではなかったはずだ。
 そもそもジーコ監督が生まれた出発点は、4年前の雨の宮城だった。
 2002年大会において、ベスト16という結果は上出来といってよい。にもかかわらずトルシエ監督を批判する声が目立ったのは、その戦いぶりに不完全燃焼感がまとわりついていたからに違いない。
 最後の最後に、日本サッカーの良さを出しきれないままに敗れた。そのことがトルシエの評価を成績以下に押し下げていた。それが必ずしも不当な評価とは言えないのは、上に述べた事柄の裏返しである。

 従って、ジーコ監督に期待されていたのは、前回のベスト16を上回る、という成績だけでなく、「日本サッカーの良さを世界に示す」ことであったはずだ。
 それが何であるかについてはいろんな考え方があるだろうけれど、たとえば中盤の高い技術と構成力であり、与えられたミッションに忠実な組織力であり、大男たちをてこずらせるアジリティとスピードであろうと思う。ジーコが監督になってからは、「最後まで諦めない精神力」も、そのラインナップに加わったことになっている。

 そういう観点から初戦のオーストラリア戦を振り返ると、リードしていた時間帯も含めて、「日本サッカーの良さ」をほとんど示すことのできなかった試合だったと思う。
 高い位置でのプレスは影を潜め、守備ラインはペナルティエリアの中まで下がり、その結果、中盤は間延びして有効なパス回しができず、パスの出し手と受け手との間に有機的な連動も見られなかった。あのまま1-0で逃げ切ったとしても、日本人以外には誰も褒めてはくれなかっただろうと思う(もちろん、初戦だから慎重に勝ち点を取りに行くという考え方もある。ただし、現監督は4年前の戦いぶりを「消極的すぎる」と手厳しく非難していた人物であるし、メディア上で彼に同調する声は決して小さくはなかった)。

 それに比べれば、クロアチアとの試合では、多少なりとも「日本サッカーの良さ」が見られたとは思う。
 前半には、ボールを大きく縦横に動かし、組織的な守備でボールを奪い、チャンスには複数の選手が長い距離を走ってゴール前に駆け上がるという、初戦では影を潜めていたプレーが見られるようになった。
 後半には暑さと疲労で動きが鈍ってきたものの、クロアチアの強靱で狡猾な攻撃陣に最後までゴールを割らせなかった(終盤には振り切られっぱなしだった守備陣をよくカバーして耐え抜いたGK川口の仕事ぶりは特筆に値する)。
 だが、まだ十分ではない。出し残しているものがあるはずだ。

 2試合を終えて勝ち点1。得失点差-2。残る相手は優勝候補の大本命ブラジル。
 生き残った、というにはあまりに厳しい状況ではある。次の試合に何が求められるのか、ブラジル-オーストラリア戦の結果を待たなければ厳密には言えないが、日本にとってはブラジルに勝つことがグループリーグ突破の絶対条件となる。
 世界中のどんなサッカーチームにとっても、ブラジルに勝つことは容易ではないけれど、日本にとってはおそらく勝つだけでは不足で、得失点差でオーストラリアかクロアチア(もしかするとブラジル)を上回るために3,4点は取る必要があるはずだ。
 要するに、グループリーグ突破だけが目標なのであれば、次のブラジル戦はきわめて分の悪い戦いとなる。

 では、次の試合はやるだけ無駄なのだろうか。そうではあるまい。
 決勝トーナメントに進出する可能性があろうがなかろうが、「ワールドカップにおけるブラジル戦」は、それだけで大変な価値のある試合なのだ。引き分けただけでニュースになり、勝てば世界中が驚愕する。
 この試合で「日本サッカーの良さ」を出し尽くし、最後の最後まで力を振り絞って戦い抜けば、結果として決勝トーナメントに進もうが進むまいが、日本はこの大会に名を残すことができるのだ。そういう試合が最後に残っているというのは、日本にとってはむしろ喜ぶべきことではないか。

 日本の選手たちは、ドログバやヨークの戦いぶりを見ただろうか。彼らはイングランドやアルゼンチンに対して、少しも臆してはいなかった。そして、自分たちの力を出し尽くした(彼らの実際の力を私が知っているわけではないけれど、試合はそのようなものに見えた)。

 日本の選手たちもブラジルを怖れず、自分たちの武器を前面に出して戦って欲しい。今、彼らに望むことはそれだけだ。
 世界中の誰もが、後でこの大会を振り返る時に、トリニダード・トバゴやコートジボワールと同列に、日本の戦いぶりを魂に刻みつけてくれるような、そんな戦いぶりを見せて欲しい。その結果、グループリーグ突破がついてくるのなら、これほど嬉しいことはない。

 ただし、代表監督に望むことは、もうひとつある(いや、言い出せばひとつどころじゃないけれど)。
 オーストラリア戦でもクロアチア戦でも、両チームの選手たちは暑さに消耗し、後半なかば以降は気力だけの我慢比べになっていた。
 そういう局面で投入するために、巻を連れて行ったのではなかったのか。
 ゴール前では誰かが無理をしなければ何も生まれない。もはや誰も足を動かせない消耗の中の膠着状態で、巻の狂気じみた走りが相手DF陣を恐怖させる光景を見たかった。

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コメント

ブラジルに勝つなどというそんな体のいい奇蹟はないでしょう。
この2試合それを成し遂げられるような内容ではありませんでした。

日本には「闘える」選手がいませんね。
川口能活を除いては。
巻こそは「闘える」選手であってほしいですが。

投稿: イワニセビッチ | 2006/06/19 11:17

試合後の中田のコメントが象徴していたと思います。
あれは、本来監督が戦術として指導徹底させるべき事だと
思うからです。
ああいう事を選手自身が自覚として感じること自体は悪い
ことじゃないでしょうが、声を荒げて叱咤している彼の姿
があまりに痛ましい。
一方対照的に監督は気象条件云々に言及した発言をしていて
とても悲しく感じます。

幸いブラジル戦は時間も遅いので、言い訳無い悔いの無い
戦いを見せてほしいものです。

投稿: hide | 2006/06/19 13:22

>イワニセビッチさん
>ブラジルに勝つなどというそんな体のいい奇蹟はないでしょう。

仮にブラジルに勝ったとしても、オーストラリアがクロアチアに勝てば2位にはなれません(私はたぶんオーストラリアが勝つのではないかと思っています)。
ですから、勝ち点3とか決勝トーナメント進出とかいう成績については、私はあまり考えていません。ただ、いい試合をして欲しいと思うばかりです。

>この2試合それを成し遂げられるような内容ではありませんでした。

確かに。
ただ、万事休した後の3試合目に突然よいゲームを見せるという現象は、近年のワールドユースや五輪における日本代表にしばしば見られます。それはそれで断ち切るべき悪しき伝統ではありますが。


>hideさん
>一方対照的に監督は気象条件云々に言及した発言をしていてとても悲しく感じます。

この発言には心底怒りを覚えました。
「サッカーがビジネスになった」と彼は非難がましく話しますが、では、代表監督への報酬としては異例に高額といわれる彼の年俸は、一体どこから出ていると思っていたのでしょうか。この日程は昨日今日決まったわけではありません。彼はいったいどういう対策をしたというのでしょう。一昨年の一次予選でシンガポールに遠征した際、「暑熱対策などサウナで十分」と何の対策もせずに大苦戦を招いた人物が、暑さを問題視するのはナンセンスです。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/06/19 22:07

念仏の鉄様

本当ナンセンスでしたね。返して頂いたコメントを読んでみて
改めて思い出してこちらも怒りが沸々と(笑)
後藤健生氏が某誌で書かれていたんですが、現状の代表は「未来と過去を消費した結果」の彼らなんで、せめてブラジル戦は善戦(例え負けても)を期待したいものです。

しかし、今回のW杯の日本代表に対するメディアの論評は酷過ぎます。確率的には確かに首の皮が繋がってはいますし、いい結果を望みたいのですが、まるであれでは戦時中の大本営発表の如くです。
これで、ブラジル戦の結果如何によってはバッシングが引き起こされるのでしょうね。
確かに最悪の結果をもたらした責任は監督に帰するのは当然としても、その体制に鋭い提言を示してこなかったメディアの立ち位置にも問題があったのではないでしょうか。

念仏の鉄様が別レスで書いていたようにジーコの代弁者が不在のまま、監督の言う「自由」の意味に評論諸氏が翻弄されてきた4年間だったように思います。

それと、言い忘れていましたがいつも楽しく拝見させて頂いております。
多忙の中の更新でしょうが、これからも頑張ってください。

投稿: hide | 2006/06/20 00:03

鉄様、武藤です。

拙BLOGへのコメントありがとうございました。
国内の報道がどうなっているかはわかりませんが、昨日の試合を現地で観たものとしては、悔しいし、もう少し何とかして変化をつけて欲しかったですけれど、「本当によく闘った」とも思います。
色々と思いが錯綜していて、まとまらないのですが、ワールドカップを闘って発見した事もあります(それでは遅いと言う当然の事はさておき)。
とにかく、首の皮1枚にしても、望みはあります。
声の限り応援してきます。トーナメントの1回戦まで。

投稿: | 2006/06/20 01:30

皆さんジーコに批判的なようですが、私はすこし違う考えを持っています(ジーコが代表監督に就任してから不安な気持ちで見てはいましたが)。初戦のオーストラリア戦、オーストラリアのバックアタック等の反則を取らない審判によって中田・中村が削られ、後半の駒野への反則によってPKをもらいオーストラリアに退場選手が出なかったのが敗因だと思っています。本来なら勝てた試合でした。この様な事情を無視して内容が悪いとか監督の違いで負けたというのは的はずれではないでしょうか。なお、日本の1点目はスローで見る限り明らかにキーパーのミスです。本来なら勝ち点4で迎えているはずなのにと考えると残念です。最終戦を精一杯がんばってもらいたいですね。

P.Sいつも論理的でわかりやすい見事な文章拝見させていただいています。これからも続けていってください。

投稿: 通りすがり | 2006/06/20 05:30

>hideさん
励ましのお言葉、ありがとうございます。

>これで、ブラジル戦の結果如何によってはバッシングが引き起こされるのでしょうね。

テレビ(特に民放)はほとんど見ていないので、ここまで何を言ってるかはよく知らないのですが、新聞各紙では、オーストラリア戦の直後に、かなり采配批判は出ていました。試合直前まではなんだかんだと理屈をつけてジーコを賛美していた記者が、1試合だけで掌を返すのは感心しません。ジーコの采配など、この4年間ほとんど変わっていないのだから。


>武藤さま
おお、ドイツから書き込みをいただくとは光栄です。

>「本当によく闘った」とも思います。

このへん、テレビ観戦ではなかなか判断しづらいものなので、私は言及をためらったのですが、同じスタンドでご覧になった方の感覚は尊重したいと思っています。それが武藤さんとなればなおさらに。

>声の限り応援してきます。トーナメントの1回戦まで。

再び、ご武運を祈ります。
私の気持ちも託させてください。


>通りすがりさん
こんにちは。

判定に対するご意見が正しいとも間違っているとも、私には言いきれません。
ただ、判定というのは自力でどうにかすることができない、自然環境に準ずる性質のものなので、そこで何が起ころうとも影響されない(あるいはむしろ利用して自チームが優位に立つようにもっていく)のがチームや選手のあるべき姿勢だろうと私は思っています。ですから、そこだけに敗因を求めるという考え方は、私は採ろうとは思いません。

また、ジーコという監督は「奇蹟を起こす」ところに値打ちがあるのですから、不利な判定ごときで負けているようでは話になりません(と書くと自分でもあほらしくなりますが、本大会に入る前のジーコに対するメディアの評価というのは、結局はそういうところに落ち着いていたような気がします。馬鹿げた話ですね)。


>P.Sいつも論理的でわかりやすい見事な文章拝見させていただいています。これからも続けていってください。

ありがとうございます。よかったらまたお立寄りください。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/06/20 10:04

ジーコを信じ続けてきた自分自身に情けなくなったり、ともかくいろんなことを考えた数日間だった気がします。ブラジル戦まで終わってから書こうと思っていますが、とりあえず「結果が全て」だった以上、その結果を出せていないのだから「あれがPKだったら結果は違った」とか「テレビ局が悪い」とか、監督だけにはそんな言い訳をしないでいただきたいものです(同じ15時キックオフの韓国はしっかり勝ち点3を取ってきたという事実を忘れてはいけない)。未来を変える時間はまだ残されているので、そこまでベストを尽くして欲しいです。

投稿: アルヴァロ | 2006/06/20 11:28

>アルヴァロさん
監督に対する評価と気持ち、選手たちに対する評価と気持ち、協会を含めたチームに対する評価と気持ち。代表チームへの態度はどうあるべきか、ということについて、ずいぶんと考えさせられるワールドカップになったな、と、日本のここまでの2試合を通じて感じています。もちろん、これらが分離することなく、ひとつにまとまっていられれば最高なのですが。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/06/21 06:12

組織の中で何かをやろうと思うとき、私達日本人は、みんなで一緒に力をあわせてとか、一丸となってという意識が強いように思います。しかし、組織としての目的は一つでも、その中で自分には何ができるか、自分がその一員としてどういう個性を発揮すべきなのかということを考え、表現することは苦手なように思います。
FWの決定力不足の原因は、そういったところにもあるように感じています。
日本代表の一員という意識の元に、中田のように個の力をひたむきに発揮できる選手もいますが、日本のFWは、ゴールを目にして「自分が点を取る」ということよりも「日本代表が一点を取る」ことの重みに意識過剰になり、萎縮してしまっているように見えます。柳沢にしても高原にしても、目立たないけどさすがにうまいなぁ(ミスは目立つんですよねぇ(苦笑))というプレーもしているので、とても残念です。
個の力を発揮できるメンタリティーが一朝一夕にできるはずもありませんが、ゴールを奪う歓び、楽しさは本来皆知っているはずですし、特にFWという人種はそうだと思います。ブラジルと戦える幸運などめったにないのだから、選手たちには、ぜひ原点に帰ったプレーを期待しています。

投稿: 考える木 | 2006/06/21 13:52

>考える木さん
しばらくです。

こういう話を日本人論に持っていくことに対して、私はかなりの警戒心と自制心を抱いています。
柳沢と高原がシュートが下手だったり消極的だからといって、それが日本人全体を代表していると言ってしまってよいのでしょうか(まあ、日本でもっとも優秀な指導者と思われる岡田武史も、それを日本人論に持っていくのが好きなようですが(笑))。体調のよい久保がいれば状況がかなり違っていた可能性もあるわけですし。

仮に「点を取る」ことがサッカーの他の技能から独立した能力だとすると、それを備えた選手を発掘する最良の方法は、実際に点を取っている選手を起用することです。
顧みて今季のJリーグの得点ランクを上から眺めると、日本人1位は我那覇、2位・佐藤寿人、3位が小林大悟と巻。昨年のランクでは1位・佐藤寿人、2位・大黒、3位・カレン、4位・阿部勇樹、巻、前田遼一。このうちドイツにいるのは大黒と巻だけで、出場したのは大黒が2試合で10分かそこらです。
つまり、ジーコはJリーグで「点を取る」能力を示した選手を使わずに、ここ数年ドイツやイタリアで「点が取れない」ことを示し、代表でもさしたる活躍をしていないFWを重用しておきながら、よい結果が出ないと「日本人は決定力がない」と言い出すわけで、それを額面通りに受け取ってよいのかどうか。

「組織」と「個」の問題にしても、今より組織の拘束性が強かった4年前には最初の3試合で5点取っているわけですから、「個」がどうこうなどと余計なことを考えずに組織に殉じて邁進した方がよい、という議論も成り立ちます。

久しぶりにお越しいただいたのにきつい書き方で恐縮ですが、目の前のサッカーを見ずに「自由」だの「管理」だの「個」だのという言葉を振り回して抽象論に傾きすぎた人々の言説が、この4年間の日本代表を歪めてきた一因だと私は考えていますので、看過したくはないのです。ご理解ください。結論部分についてはまったく同感です。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/06/22 00:20

私達が監督の力量を測る際にもっともわかりやすい判断の仕方のひとつが、選手交代です。加茂や岡田、トルシエ監督の時代には、毎試合、うんざりするくらい交代時期の是非が各メディアで議論されてきました。
ところが、ジーコ監督になった途端、「彼の采配には必ずこういう根拠があるんだ」という憶測ですべてを肯定的に捉えるものが大半だったように思います。今回のW杯の試合でも書きたいことは山ほどあるのですが、きりがないのでやめておきます(笑)。ただ、ここまでの2戦を振り返れば、さすがに国民も采配において常に後手後手に回るジーコの無策ぶりがよくわかったのではないかと思います。今回の結果を受けて「伝える側の」メディアもいい勉強をしたのではないでしょうか。

残念だったのが、試合後のインタビューで、アナウンサーが試合交代について突っ込んで言及しなかった点です。(最後まで観てなかったので、仮に触れていたらすみません)。おそらく誰が観ても、ジーコの采配には「なぜ?・どうして?」という単純な疑問がたくさん湧いてきます。試合結果を気遣うアナウンサーの心情もよくわかりますが、仮に自分が不思議に思ったり、疑問に感じることがあれば、そこは遠慮せずに突っ込んで話を聞いてほしいものです。それが仕事であり使命でもあると思いますので。

いよいよ残すところあと1戦になってしまいました(そうならないことを祈りますが)が、4年間という、人生において決して短くない期間、ジーコを選んだ日本協会によって日本国民は大きな期待を持たせられたわけですから、最後くらいはその責任を認めて、川淵氏もジーコも我々に対するきっちりとした説明責任を果たしてほしいものです。そして、最悪の結果に終わったときに、彼らに対してメディアがどうマイクを向けるのか。そこに、日本のスポーツ界ではほとんど機能しなくなっているとさえ思えるジャーナリズムは存在するのか。じっくりと見極めてみたいものです。

投稿: 晴れのちくもり | 2006/06/22 02:59

>晴れのちくもりさん

試合直後のインタビューは、確かにアナウンサーの腕によってずいぶんと差が出ますね。抽象的で無意味な質問や、重複した質問ばかりしていると腹が立ちます。
テレビ局では若手の仕事と位置づけられているような気がしますが、短時間で嫌なことも含めて的確な質問をするのは結構難しいので、重要な試合の場合はベテランをあててもらいたいものですね。

試合後の記者会見のやりとりは、スポナビの日本代表のページに「会見一覧」があり、試合ごとに全文が掲載されています。選手交代についての質問もされています。

オーストラリア戦
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/kaiken/200606/at00009455.html

クロアチア戦
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/kaiken/200606/at00009535.html

投稿: 念仏の鉄 | 2006/06/22 11:37

>鉄さん
>こういう話を日本人論に持っていくことに対して、私はかなりの警戒心と自制心を抱いています。

なかなか手厳しいコメントありがとうございます(苦笑)。ビシビシと率直で辛口なコメントをしていただいても、それで傷つくようなナイーブな人間ではないので、どうかお気遣いなく。
最近、自分の職場で同じようなことを感じることが多かったもので、「そういえば、こんな奴周りにも多いよな、歯がゆいよな」と、つい書いてしまいました。ただ、ご理解いただいておられるとは思いますが、「日本人はこうだから、こうであっても仕方ない」というつもりでは書いておりません。確かに自分の組織のことについても、代表についても、ご指摘の通り安直な日本人論だったと思います。素直に反省いたします。
しかし(笑)、「個の強さ」ということに関しては、とても大切なことだと感じております。個の強さという表現は抽象的ではありますが、私の考える個の強さとは、自分の能力の限界を自覚した上での、自分に可能な技術に対する揺るぎない自信と、そこから生まれてくるはずのオプティミスティックなイメージをどのような場面に際しても描けるという能力をさしています(さらに抽象的になってしまったかもしれませんね(苦笑)。)
オーストラリア戦での高原のカウンターにしても、クロアチア戦での加地のパスを受けた柳沢のシュートにしても、彼らの技術を持ってすればそれほど難しいゴールだったとは思いません(それでも失敗してしまうのがサッカーだといわれればそれまでですが……。)
彼らに能力がないわけではないと思います。もっと自分の技術に自信と誇りを持って、いいイメージを描いてサッカーをして欲しい(それができていないと決めつけて大変恐縮ですが、私にはどうしてもそう思われてならないのです)と心から願っています。
ということで、前のコメントの最後の3行しかないかなと思うわけです。

投稿: 考える木 | 2006/06/22 18:38

>考える木さん
再度の書き込み、ありがとうございます。

>自分に可能な技術に対する揺るぎない自信と、そこから生まれてくるはずのオプティミスティックなイメージをどのような場面に際しても描けるという能力をさしています

これはFWにとっては極めて重要な資質だと思います。今回のワールドカップ全体を通してのゴールシーンを思い起こしても、「あらゆるルーズボールはすべて自分の前に転がってくる」と固く信じて疑わないような選手だけが獲物を手にすることができる、という印象を受けます。
柳沢は「急に来た」から打ち損じた、と話していますが、「急に来た」からこそDFやGKの不意を突けるのだと信じていてほしい。90分ずっととは言いませんが、せめてペナルティエリアの中にいる時くらいは。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/06/22 23:00

お知らせ、ありがとうございました。

読み返すと言葉足らずでしたが、念仏の鉄様も仰っている通り、私もあくまで「試合直後のインタビュー」に限定して書きました。たしかに試合後の公式な記者会見では毎回交代に関しての質問もたくさん出ていますが、そのときには、いい意味でも悪い意味でもすでに頭の中も整理され、試合を振り返る過程でなんとでも言い訳じみた発言をすることもできてしまいます。(かなり否定的に捉えてすみません)

ただ、試合直後に引き出される、まさに産地直送、とれとれピチピチのコメントや表情は、概ねそのときの試合結果に対する思いをダイレクトに引き出せる数少ない、というより、我々が直接目に出来る唯一の機会といっても過言ではありません。たとえ一言でも二言でもインタビュアーが核心に触れる質問をすれば、のちにどんなスポーツ誌が事実をこねくり回して、あるいは、こじつけて作り上げるノンフィクションよりも説得力のある「事実」が引き出されるかもしれませんし、仮に鋭い質問に対して監督や選手が嘘をついたり、強がったりすればしたで、我々にとってはそのときの心情を逆に読み解く大きなヒントであり、楽しみとなります。

ジャーナリズムとは、選手に寄り添い時間をかけて良好な関係を築くことでしかできないというものではありません。(もちろん、そうした方法もありですし、大切ですが)。たとえ、一瞬の時間であっても、自分の見たこと、聞いたこと、感じたことから生まれる素直な疑問や自分なりの仮説を正直に、ストレートに、また勇気を持ってぶつけていくことで導き出せるものも多々あるはずです。もちろんそのためには勉強が必要ですし、人によっては努力が必要でしょう。それをせずに、毎回決まりきった質問だけをし続けるなら、別にインタビュアーは人間でなくても、ハイレグの水着を着た綺麗なお姉さんとか、ソニーの開発したロボットとかのほうが面白いですし、見栄え的にもいいような気がします。

スポーツはどの精度のレンズを通して見るかで随分と「深さ」が変わる、ある意味で、それを取材する人間にとっては、とても恐ろしい「対象物」といえるかもしれません。その辺りをもっともっと自覚して、繰り返しになりますが、責任と使命感を持って、「試合直後の一言」のこだわりを見せて欲しいと願っています。

この項からは少しかけ離れて申し訳ございませんでしたが、なんとなく最近はそうした気概のあるインタビュアーにお目にかかる機会があまりなかったものですから、ついつい愚痴のようなコメントになってしまいました。
失礼いたしました。

投稿: 晴れのちくもり | 2006/06/23 00:11

>晴れのちくもりさん
おっしゃることはわかります。
ブラジル戦直後のインタビューは、どうご覧になりましたか? 私は、なかなか健闘していたと思っています。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/06/23 07:27

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