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2006年6月

利権構造が台なしにした、もうひとつのワールドカップ。

 日本が姿を消した後のワールドカップでは、決勝トーナメント1回戦で熱戦が続いている。この大会のグループリーグでは、ほとんどすべての組で強豪と目されたチームが順当に勝ち上がった。番狂わせと言えるのはチェコとUSAを蹴落としてガーナが勝ち上がったことくらいだろう。
 グループリーグでも好ゲームが多かったし、今後もサッカーファンなら誰もが注目するような好カードが見られることになるだろう。

 ドイツ大会がこのように順調に進行しているのを見ると、4年前の2002年大会がいかに特異な大会だったかということを改めて感じざるを得ない。

 2002年大会では、優勝候補と目されたフランスとアルゼンチン、強豪といわれたポルトガルがグループリーグで敗退し、決勝トーナメントでもスペインやイタリアが早々に姿を消すなどの番狂わせが続出した。その結果、大会が盛り上がっていくべき準々決勝や準決勝の対戦カードには、世界のサッカーファンにほとんどなじみのない国がかなりの割合を占めることになった。
 ワールドカップには、国境を越えて後世まで語り継がれるような名勝負が、それぞれの大会にひとつやふたつはあるものだが、2002年大会においては、そのような評価を受けている試合を思い出すことができない(個人的にはトルコ-セネガル戦などはとても面白かったと思うけれど)。
 つまり、世界のサッカーファンにとって、2002年大会は、こと試合の内容に関しては「商品価値の低い」大会になってしまった。

 2002年大会に番狂わせが続出した原因として指摘されているのは、主に次の2点だ。
 ひとつは、大会が開催された東アジア地域に特有の蒸し暑い「梅雨」の気候に、他地域、とりわけヨーロッパ出身の選手たちが適応できなかったこと。
 もうひとつは、開幕が5月31日と通常の大会よりも早かったため、欧州各国リーグの終了からの日数が短くなり、欧州リーグで活躍する選手を多数擁する国(すなわち欧州や南米の強豪国)が、コンディションを整えることができなかったこと。
 開幕を早めたのは、開催地では統計上7月上旬に雨の降る日が多く、これを避けるためだったと言われる。
 つまり、この2点は、いずれもこの大会の開催地が日本と韓国であったことに深くかかわっている。逆に開催両国は、このような背景も味方につけて、ワールドカップ初勝利を含む空前の好成績を残した(ま、韓国はこれらに加えて一部の審判も味方につけたようだが)。

 前回の反省もあってか、今年のドイツ大会は6月9日に開幕している。欧州各国リーグの閉幕後、各国は十分な準備期間をとることができた。このため、強豪と目される国のほとんどは良好なコンディションで本大会に臨むことができた。
 今大会で強豪国が順当に勝ち上がり、好ゲームが続出しているという事実は、逆説的に前回大会の環境の劣悪さを浮き彫りにする。
 試合内容のクオリティだけを考えれば、東アジアでワールドカップを開催したこと自体に問題があったのかも知れない。

 この大会が日本と韓国で開かれたのは、かつてのFIFA会長アベランジェが「2002年大会はアジアで開催したい」という意向を口にしたことから始まった。それを受けてJFAが猛然と招致活動に乗り出した(最後に韓国が巻き返し、FIFA内の勢力争いに巻き込まれるような形で共催に落ち着いた)。
 かつてワールドカップそのもののマーケティングを手がけ、JFAとも深いつながりのあった電通も、当然これに関わっている。2002年大会が日本で開催される上で、電通は大きな役割を果たしたといってよいだろう。
 アベランジェが「2002年はアジアで」と言い出した理由には、サッカー自体のマーケット拡大という狙いがあったと言われる(当時プロサッカーリーグが存在していなかったUSAで94年にワールドカップが開催されたのも同じ理由だ。そしておそらくは2010年に南アフリカで開催されるのも)。
 つまり、巨大な利権マシンであるFIFAと電通が結託して東アジアにワールドカップを持ってきた、という言い方もできる。

 その結果、日本と韓国で開かれた大会の内容が低調に終わったのは上述の通り。
 とすれば、「電通は自分の商売のためにワールドカップそのものの国際的な商品価値を損ねた」と言えるかも知れない。
 そして、我々日本人は「自分たちが地元開催のワールドカップを享受するために、世界のサッカーファンの楽しみを犠牲にした」のだとも。

 ジーコの試合時刻批判に端を発して、電通がサッカー界の利権構造を代表するような形となり、ずいぶんと批判の的になっているようだ。
 電通がサッカー界、それも日本だけでなく国際サッカー連盟の中でどれだけの役割を果たしてきたかについては、いろんな文献に紹介されている。例えば、長くワールドカップのマーケティングに携わり、日本への誘致活動にも参画していた当事者である元電通マンの広瀬一郎氏が何冊も本を書いて紹介している。
 FIFAそのものの長年の利権構造については、例えばデヴィッド・ヤロップ『盗まれたワールドカップ』(アーティストハウス)が詳述している。2002年大会が日韓共催になった経緯について書いた本もいくつかあったと記憶している。私は未読だが、最近出版された田崎健太『W杯ビジネス30年戦争』(新潮社)という本もこのテーマを取り上げている。
 今大会をきっかけにサッカーと利権と電通の三題噺に興味を抱いた方は、上記のような本にも目を通されるとよいかも知れない。

 ところで、夏季オリンピックはこのところ7月下旬から8月にかけて行われている(8月が冬になるシドニーは例外だったが)。なぜわざわざアテネやアトランタやバルセロナが年間でもっとも暑いであろう時期に開催されるのだろうか。42年前に東京で開催された時は10月10日が開会式だったのに。
 最近、知人に聞いた話によると、それはオリンピックの運営費のかなりの部分を出しているUSAのテレビ局の都合なのだという。6月にはNBAのプレーオフがあり、9月以降には野球がクライマックスを迎え、アメリカンフットボールも開幕する。オリンピックはこれらを避けた夏枯れの時期に開催しなければテレビ番組としての価値がない、ということらしい。
 これもまた、スポーツ界を動かす巨大な利権構造のひとつだ。

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もう丸投げはやめましょう、川淵さん。

 日本1-4ブラジル。ぐうの音も出ないほど叩きのめされた。
 試合後のインタビューで玉田が先制ゴールについて問われ、「あれでブラジルを本気にさせちゃったんでしょうね。目の色が違っていた」と話していた。たぶんそうなのだろう。そして、本番で本気のブラジルと当たったらどうなるか、という現実を身も蓋もなく引きだしたという点で、この1点にはとても価値があったと思う。これが掛け値なしの日本の現状なのだ。

 大差をつけられた試合終盤、解説の木村和司は「もっと前からボールを取りにいかなきゃ」「最終ラインも押し上げて欲しいんですけどね」と悔しそうに話していた。それはトルシエのサッカーだな、と聞きながら思った。
 トルシエが正しいとかジーコが間違っているとか、そんな話をしようというのではない。
 切なかったのは、「どうして我々は、4年前とほとんど同じ選手を擁しながら、4年前と全然違うサッカーをしているのだろうか」ということだ。
 ワールドカップでフランスが優勝すれば、野心的なフランス人を代表監督にして、欧州でも先鋭(異端?)的な戦術優先のサッカーをする。ブラジルが優勝すれば、ブラジルの英雄を代表監督に招いて、個人能力とファミリー的連帯感を前面に押し出した、もしかすると南米においてさえ牧歌的に見えるかも知れないサッカーをする。そんなことを続けていてどうなるというのだろう。
 今大会でオランダが優勝したら、オランダ人を招いてサイド攻撃に磨きをかけるのか?

 日本はサッカー大国ではなく、中堅国ですらないかも知れないが、かといって何もわからない初心者というわけでもない。
 過去十数年にわたって、3度のワールドカップをはじめ、各年代の世界大会のほとんどに出場し、さまざまな経験を積んできた。肉体、技術、メンタル、さまざまな面において日本のサッカーの長所と短所がどこにあるのか、それらの経験を通じてわかってきたはずだ。その長所や短所はたぶん、誰が代表監督になっても大きくは変わらないだろうし、今後5年や10年で変化するものでもないだろう。
 それなら、そろそろ日本サッカーのスタンダードを築くことを考えてもよいのではないだろうか。
 日本人の長所を生かし、短所を補うためには、どういうサッカーをすればよいのか。そのコンセプトに基づいて4年後のワールドカップで上位に進むためには、どういう強化をすればよいのか。
 そこを明確にしない限り、代表がどんなサッカーをするかは代表監督次第、ということになってしまう。4年ごと(あるいはもっと短期間)にリセットを繰り返していては、監督に適応するだけで終わってしまう。

 今までのようなやり方の弊害は、代表チームだけにとどまらない。4年ごとに日本代表のサッカーのコンセプトが変わっているようでは、若年層が何を目指せばよいのかも、ぐらついてしまうのではないか。
 日本人のトップクラスの選手が欧州リーグを目指す傾向は、これからも変わらないだろう。代表選手を一同に集めて一から代表監督の戦術を教え込む、というやり方は、今後も難しいはずだ。だからこそ、若いうちから選手たちが目指すべき「日本のサッカー」を明確にする必要があるのだと思う(このへんは西部謙司の受け売りですが)。

 川淵三郎氏は、当分はJFA会長を続けるのだろうから、ぜひ、この課題に取り組んでもらいたい。
 これが日本のサッカーだ、というコンセプトを固めることこそ、今、JFA会長がなすべき役割だと私は思う。
 会長の仕事は、代表監督を個人名を挙げて指名することではない。具体的な人選は、指針に沿って然るべきスタッフ(技術委員会になるのだろう)に探させればよいのだ。

 北京五輪を目指す世代の監督には反町康治が内定したと伝えられる。それ自体は期待が持てる人選だと思う。ただし、次の代表監督が反町の指導方針とまったく異なるサッカーをするようでは、次の4年間も、また失われることになりかねない。そうなったら、もはや「『右肩上がりの時代』の掉尾」どころでは済まなくなってしまう。


追記(2006.6.28)
下のコメント欄にも書いたように、私は必ずしも川淵会長が辞任すべきだとは考えていなかったのだが、「大豆の日々」のdaizu氏による以下の文章を読んで、なるほど、と思った。
「川淵氏に代わる人材がなく、AFCやFIFAでの立場を考えると今辞めるのは日本にとって損失だ」という意見もある。だが、それを考え合わせても、今辞任することの方がはるかに意味がある。他に人材がないと言って居座るトップは沢山いる。それが組織を駄目にする。危機だと思う時こそ人材が出てくるものです。

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スポーツのことはスポーツに還せ。

 クロアチア戦の後のインタビューで、ジーコ監督が試合の時間帯について「日本に不利だった」「サッカーはビジネスになってしまった」と批判めいたことを口走っていた。
 私はこの期に及んでそういう言い訳をしているジーコに対して腹が立って仕方ないのだが、世の中にはこれを真に受けている人も結構いるらしい。

 たとえばフリージャーナリストの竹山徹朗という人は、【マスメディアが民衆を裏切る、12の方法】というblogの「ワールドカップという商品〜電通利権を撃て」というエントリで、「ワールドカップを巡り、ブログ上で今、とんでもない問題が話題になっている。」と、この件について紹介している。
 あちこちのblogからの引用を重ねた非常に長いエントリなので要約は難しいのだが、日本代表の試合開始時刻が日本へのテレビ中継の都合に合わせて早められたことを批判する内容である。例えば、竹山氏は次のように書く。


ドイツ大会1次リーグの試合開始時間は、
15時、18時、21時の3種類。

日本が入っているグループFの全試合のうち、最も暑さの酷い「15時開始」(日本時間22時開始)のゲームが2試合あって、その2試合とも日本戦だった。なんでそうなったかというと、「その方が、(FIFAから放送権の販売を受託し、交渉を担当している)電通が儲かるから」、という話なのだ。

ブラジル戦だけはブラジルの都合を曲げることができなかったらしいが(だから涼しい21時=日本時間の午前4時開始)、オーストラリア戦、クロアチア戦は、15時から。つまり、日本時間では、準ゴールデンタイムの22時に突っ込めたって寸法よ。視聴率バンザイ。


 で、竹山氏はジーコ発言を受けて、次のように書く。


ジーコ監督と選手たちは、監督の采配の問題は別にして、そりゃ不憫だよ。でも所詮、それが「選手」としてではなく、「商品」としての妥当な扱われ方なんだろうな。「こんなに暑くなるとは思ってませんでした」ってか。


 竹山氏は、いくつかのblogの言説を引用しつつ、<電通が商売上の都合で日本代表の試合時刻をねじまげ、それが日本代表にとってきわめて不利に働いた>と判断して、それを非難している。

 日本の最初の2試合が大変に暑い環境下で行われ、選手たちにとって負担になったことは疑う余地がない。そして、この時刻設定が日本へのテレビ中継の都合によって決まったというのも、たぶん事実だろうと思う。

 だが、それがこの2試合において、日本に不利に働いたと言い切れるのだろうか。

 竹山氏のblogには、ビデオジャーナリスト神保哲生氏の「体力的に劣っている日本が、テレビ局の商業上の都合で昼の時間帯の試合をさせられているとすれば」という言葉が引用され、竹山氏はこれに「賛同する」としている。
 確かに体格や筋力でオーストラリアやクロアチアに日本が劣ることは一目瞭然だが、暑さへの耐久力は体格だけでは決まらない。サッカー選手の身体能力はさまざまな要素から構成されており、日本人が優れた部分もあれば劣った部分もある。そういうことをすべていっしょくたにして「体力的に劣っている」と断じる神保氏の言葉はいかにも乱暴だ。日本が劣っている、という根拠は、神保氏の文章にも、竹山氏の文章にも、示されてはいない。

 実際のところ、暑さが日本、オーストラリア、クロアチアの各国にどのように影響するかを考えてみたい。
 オーストラリアの選手のほとんどはイングランドを中心に欧州リーグに所属している。クロアチアの選手も欧州各地にいる。そして、ロンドンやザグレブの6月の平均気温は、東京のそれよりも2度から5度は低い。真夏にはさらに差が開く。
    参考:地球の歩き方ホームページより
      http://www.arukikata.co.jp/country/uk.html
      http://www.arukikata.co.jp/country/croatia.html

 そして、欧州諸国のリーグ戦は6月から8月にかけてはオフだが(北欧を除く)、日本ではこの期間中にも休みなしにリーグ戦が開催されている。また、日本はワールドカップ等のアジア予選を戦う際に、東南アジアやアラブなど、日本よりも暑さの厳しい国に遠征している。
 つまり、30度を超える暑さの中でサッカーをすることにかけては、日本代表の選手たちは世界でも有数の豊富な経験を持っているのである(もちろん、もともと暑い国の選手にはかなわないだろうけれど)。涼しい欧州で暑い時期を避けてサッカーをしている選手たちとは比較にならない。

 実際、日本代表がヨーロッパの代表チームと戦う時、暑さはしばしば日本に有利に働いてきた。8年前のワールドカップ・フランス大会で、当時の下馬評では現在よりもはるかに優位と見られていたクロアチアが日本相手に苦戦したのは、試合当日の暑さも影響したと言われている。

 それでも2試合続けて暑さの中で試合をするのは負担になるはずだ、と言われればそうかも知れない。だが、2試合目に限って言うなら、クロアチアの1試合目が行われたのは日本-オーストラリア戦の翌日の夜遅くだ。従って、休養期間はクロアチアの方が1日以上短い。どちらがより不利であるのか、簡単には断じられない。


 このような事情とは別に、ジーコの口から「暑さ」への苦情が出ることについて、私は猛烈な抵抗を感じる。次に述べるような経緯があるからだ。

 2004年3月末にシンガポールで行われたワールドカップ一次予選のシンガポール戦を前に、ジーコは「暑熱対策など必要ない。サウナで十分」と暑さへの対策を講じなかったが、試合はシンガポールに一時は同点に追いつかれる大苦戦となった。選手は明らかに暑さで疲労していた。上述のように、主要な大会の予選を常に暑い国で戦ってきたため、日本代表スタッフには暑熱対策のノウハウが蓄積されている。ジーコはそれを無視してチームを苦境に陥れた。この年の夏に中国で行われたアジアカップでも同じことが繰り返された。
 つまり、ジーコ監督は、過酷な暑さが予想されるアウェーでの戦いにおいて、暑さに備えた対策を行ったことがない(せいぜい選手をサウナに入れた程度だ)。

 今回の試合開始時刻は、竹山氏もblogに書いている通り、半年も前から決まっている。問題があるのなら、あらかじめ手を打っておくのが監督の仕事である(6月のドイツは確か昨年もかなり暑かったはずだ)。それを怠ったのはジーコ自身だ。
 オーストラリア戦の終盤、暑さに疲労した先発メンバーに変えて、オーストラリアのヒディンク監督はフレッシュな選手を次々と投入し、激しく攻勢をかけた。日本のジーコ監督の交代策は、選手たちの疲労を考慮したものであったとは考えにくい。それで負けたからといって「暑かったから不利だった」はないだろう。選手を守らなかったのは彼自身だ。
 そもそも、以前からジーコは試合後に審判批判などを口にすることが多い監督である。自分や選手以外の要因に敗因を見出す傾向が強い、といってもよい。そういう監督が極限まで追い詰められて口走った言葉である以上、今回の発言も割り引いて考える必要がある。


 テレビ中継の都合で競技が左右されるのがよいことだとは私も思わない。
 だが、ジーコがナショナルチームの監督の相場をかなり上回ると言われる報酬を受けているのも、日本代表チームが海外遠征の経験を積むことができるのも、テレビ局や電通のビジネスが生みだす金のおかげだ。そこに明白なメリットも存在する以上、競技の側が折り合いのつく範囲でテレビの都合に合わせるのは仕方のないことだと思う。そして、上で述べたように、今回のワールドカップの試合日程は、「折り合いのつく範囲」であり、日本代表にとって著しく不利に働くものであったとは私は考えていない(むしろ、うまくやれば有利にできる条件であったとさえ思う)。

 だから、そのことだけをもって「電通利権を撃て」という攻撃的な表現で非難の言葉を連ねるという態度は、私には賛同しかねる。

 竹山氏がどういう人物でどういう仕事をしてきた人なのか、私は知らないのだが、このエントリを読む限り、サッカーに詳しいとは思えない。
 たとえば、試合日程について「ブラジル戦だけはブラジルの都合を曲げることができなかったらしいが(だから涼しい21時=日本時間の午前4時開始)」という記述があるが、曲げられなかったのはブラジルの都合ではない。
 グループリーグの3試合目は不公平を避けるために2試合を同日同時刻に行うので、この試合の時刻を動かそうとすれば、他のグループにも影響が及んでしまう。そもそも3試合目に入ってからは、午後3時開始という設定自体が存在していない。
 これはワールドカップはもとより、サッカーの国際大会のグループリーグ運営においては常識だが、竹山氏はそのことをご存知ないようだ。

 また、「箱男さん」という人物からのメールを引用しつつ、電通が代表選手の選考に関与しているからCMに出ている選手が代表に選ばれる、という意味の記述があるが、ここにもいささか無理を感じる。
 因果関係としては「代表に選ばれた選手は商品価値が上がり、CMにも使われる」と考えるのが自然ではないだろうか。実際のところ、現在の代表選手の中で、CMに引っ張りだこになった後で代表に選ばれたというケースを、私は見出すことができないし、代表経験がないのに頻繁にCMで見かけるサッカー選手も記憶にない。竹山氏もしくは「箱男さん」なる人物は、指摘どおりの実例を挙げることができるのだろうか(あ、ジーコは代表監督になる前にレイクのテレビCMに出てたな(笑))。


 さて、長々と書いてきたが、竹山氏が電通を批判すること自体には異存はない。撃とうが殴ろうが蹴飛ばそうが、好きなようにやっていただけばよい。
 ただし、電通を批判するために、サッカーをダシにするような振る舞いは、控えていただきたいと思っている。
 監督や選手が「不憫だ」から電通はけしからん、と書く論法は、一見、サッカーのために正義を主張しているようだけれども、実際には、彼が考える正義のためにサッカーを利用しているように私には見える。
 もちろん双方が一致すれば構わないけれど、この「ジーコによる電通批判」とされる談話がサッカーの文脈ではどう見えるのか、という観点が竹山氏には欠落している。
(そもそも、エントリの前の方ではジーコに関する報道は信用できないと力説しているのに、ジーコ本人の談話を無批判に受け入れるのはいささか無防備ではないか)

 それほど目くじらを立てるような記述でもないのかも知れないが、私がこの竹山氏のエントリにひっかかるのは、このように、「ふだんは見向きもしない競技なのに、大きな国際大会で悪い結果が出ると、居丈高に『○○が悪い!』と糾弾する」という振る舞いをする人が、近年、妙に目立つような印象があるからだ。

 サッカーでいえば、一昨年の夏に中国で行われたアジアカップが思いだされる。日本代表にブーイングを浴びせた中国の観衆を、さまざまな媒体でさまざまな日本人が非難していたが、そのうち、サッカーの試合におけるブーイングを実際に聞いたことのある人が何人いたのだろう。それを知らずに中国人のブーイングを批判することがどうしてできるのだろう。
 町中でデモや暴動があったのなら別だが、それがスタジアム内の出来事である限り、「サッカー場の出来事としてどうなのか」という観点を抜きに語るのはナンセンスではないか。浦和レッズのサポーターと比べてどうなのか、欧州の遺恨試合と呼ばれるような対戦カードにおけるスタンドの雰囲気と比べてどうなのか。その上で「飛び抜けて悪質」ということであれば、はじめて社会問題として捉えればよい。

 他の競技においても似たようなことが増えている(こういう態度をとる人々の心性については、一度じっくり考えてみたいと思っている)
 だが、スポーツの中の出来事は、まずスポーツの文脈の中で捉えるのが筋だろう。そこをショートカットして、いきなり社会問題化したとしても、それはピントがズレた底の浅い議論になる可能性が強い。
 竹山氏も神保氏もジャーナリストを名乗る以上、ご自身の主たる領域においては、風聞をそのまま活字ネットや放送に乗せたりはせず、自分で事実関係を確認した上で発表しているのだろうと思う。それが、スポーツの話になると途端にいい加減になるのはどういうわけなのか。
 部外者が余計な口出しをするな、などと言うつもりはない(私だって狭義のスポーツ界の人間というわけではない)。口出しはどんどんすればよい。ただし、その世界の文脈に敬意を払わないままに物を言っていると、本人は大真面目でも、傍から見れば間抜けな言動ということになりかねない。


追記(2006.6.22 20:55)
竹山徹朗氏からのご指摘により、竹山氏をジャーナリストであると記した記述を訂正します。竹山氏にご迷惑をおかけしたことをお詫びします。

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3試合目に望むこと。

 ワールドカップはグループリーグの二回り目がほぼ終了し、すでにグループリーグ突破、あるいは敗退の決まる国が現れてきた。
 すべての試合を見てきたわけではないが、現時点で私にとって最も印象の強いフェイバリット・チームは、トリニダード・トバゴとコートジボワールだ。
 どちらも初出場で、どちらも「死のグループ」の中のアウトサイダーと目されていた国の選手たちは、そんな前評判など気にかける風もなく、強豪国のスーパースターたちに敢然と立ち向かった。

 トリニダード・トバゴは、スウェーデンの豪華攻撃陣に一方的に押しまくられ、退場者を出しながらも、ぎりぎりのところで守り抜き、引き分けに持ち込んだ。続くイングランド戦でも粘りに粘って、あわやスウェーデン戦の再現かと思わせる戦いぶりを見せた。現時点では、パラグアイとの最終戦を残して、まだグループリーグ突破の可能性を残している。
 コートジボワールは、大会屈指の攻撃力を誇るアルゼンチンにも、老獪な試合運びを見せるオランダにも、ドログバを中心に、たびたび決定的なチャンスを作ってゴールを脅かした。とりわけ1点ビハインドで迎えた後半は、45分間、いや3分あまりのロスタイムの最後の1秒まで攻めて攻めて攻め抜いた。

 コートジボワールは2敗してすでにグループリーグ敗退が決まっている。トリニダード・トバゴが勝ち上がる可能性も高いとは言えない。だが、もしグループリーグで1勝も挙げられないままに大会を去ったとしても、彼らを嘲笑する者はどこにもいないだろう。
 これらの国に何の関わりもなくとも、地球上のどこにあるかさえ知らなくとも、彼らの戦いぶりに感銘を受け、その誇り高い姿を深く心に刻みつけた私のような観客は、世界中に数えきれないほどいるに違いない。私はたぶん、今後いつまでも、彼らの国の名を耳にするたびに、この大会での選手たちの雄姿を敬意とともに思い出すことになるだろう。

 ワールドカップに出場する国のうち、半数はグループリーグ限りで大会を去る。ベスト16止まりの国を含めれば75%。上位に進める国はごく限られており、ほとんどの場合、それは一握りの強豪国によって占められる。
 それでも、それぞれの大会の中で、観る者に深く印象を残す国はある。ベスト8を全部挙げられなくても、「あのチームはよく戦った」と思い出す国は別にある。
 つまり、優勝を狙うほどの力を備えていない国にとっては、ワールドカップの歴史に名を残すのは結果よりも戦いぶりである、と言ってもよいかも知れない。

 だとしたら、日本代表は、この大会に何を残すことができるのだろうか。

 上位に勝ち進むことを目指すのは当然だ。だが一方で、今回のグループFの組み合わせは、もともと日本にとってかなり難関だった。大会前に、当事国以外で日本の勝ち上がりを予想した人は、あまり多くはないだろうと思う。

 そして、日本人がこの大会での日本代表に望んでいたのは、成績だけではなかったはずだ。
 そもそもジーコ監督が生まれた出発点は、4年前の雨の宮城だった。
 2002年大会において、ベスト16という結果は上出来といってよい。にもかかわらずトルシエ監督を批判する声が目立ったのは、その戦いぶりに不完全燃焼感がまとわりついていたからに違いない。
 最後の最後に、日本サッカーの良さを出しきれないままに敗れた。そのことがトルシエの評価を成績以下に押し下げていた。それが必ずしも不当な評価とは言えないのは、上に述べた事柄の裏返しである。

 従って、ジーコ監督に期待されていたのは、前回のベスト16を上回る、という成績だけでなく、「日本サッカーの良さを世界に示す」ことであったはずだ。
 それが何であるかについてはいろんな考え方があるだろうけれど、たとえば中盤の高い技術と構成力であり、与えられたミッションに忠実な組織力であり、大男たちをてこずらせるアジリティとスピードであろうと思う。ジーコが監督になってからは、「最後まで諦めない精神力」も、そのラインナップに加わったことになっている。

 そういう観点から初戦のオーストラリア戦を振り返ると、リードしていた時間帯も含めて、「日本サッカーの良さ」をほとんど示すことのできなかった試合だったと思う。
 高い位置でのプレスは影を潜め、守備ラインはペナルティエリアの中まで下がり、その結果、中盤は間延びして有効なパス回しができず、パスの出し手と受け手との間に有機的な連動も見られなかった。あのまま1-0で逃げ切ったとしても、日本人以外には誰も褒めてはくれなかっただろうと思う(もちろん、初戦だから慎重に勝ち点を取りに行くという考え方もある。ただし、現監督は4年前の戦いぶりを「消極的すぎる」と手厳しく非難していた人物であるし、メディア上で彼に同調する声は決して小さくはなかった)。

 それに比べれば、クロアチアとの試合では、多少なりとも「日本サッカーの良さ」が見られたとは思う。
 前半には、ボールを大きく縦横に動かし、組織的な守備でボールを奪い、チャンスには複数の選手が長い距離を走ってゴール前に駆け上がるという、初戦では影を潜めていたプレーが見られるようになった。
 後半には暑さと疲労で動きが鈍ってきたものの、クロアチアの強靱で狡猾な攻撃陣に最後までゴールを割らせなかった(終盤には振り切られっぱなしだった守備陣をよくカバーして耐え抜いたGK川口の仕事ぶりは特筆に値する)。
 だが、まだ十分ではない。出し残しているものがあるはずだ。

 2試合を終えて勝ち点1。得失点差-2。残る相手は優勝候補の大本命ブラジル。
 生き残った、というにはあまりに厳しい状況ではある。次の試合に何が求められるのか、ブラジル-オーストラリア戦の結果を待たなければ厳密には言えないが、日本にとってはブラジルに勝つことがグループリーグ突破の絶対条件となる。
 世界中のどんなサッカーチームにとっても、ブラジルに勝つことは容易ではないけれど、日本にとってはおそらく勝つだけでは不足で、得失点差でオーストラリアかクロアチア(もしかするとブラジル)を上回るために3,4点は取る必要があるはずだ。
 要するに、グループリーグ突破だけが目標なのであれば、次のブラジル戦はきわめて分の悪い戦いとなる。

 では、次の試合はやるだけ無駄なのだろうか。そうではあるまい。
 決勝トーナメントに進出する可能性があろうがなかろうが、「ワールドカップにおけるブラジル戦」は、それだけで大変な価値のある試合なのだ。引き分けただけでニュースになり、勝てば世界中が驚愕する。
 この試合で「日本サッカーの良さ」を出し尽くし、最後の最後まで力を振り絞って戦い抜けば、結果として決勝トーナメントに進もうが進むまいが、日本はこの大会に名を残すことができるのだ。そういう試合が最後に残っているというのは、日本にとってはむしろ喜ぶべきことではないか。

 日本の選手たちは、ドログバやヨークの戦いぶりを見ただろうか。彼らはイングランドやアルゼンチンに対して、少しも臆してはいなかった。そして、自分たちの力を出し尽くした(彼らの実際の力を私が知っているわけではないけれど、試合はそのようなものに見えた)。

 日本の選手たちもブラジルを怖れず、自分たちの武器を前面に出して戦って欲しい。今、彼らに望むことはそれだけだ。
 世界中の誰もが、後でこの大会を振り返る時に、トリニダード・トバゴやコートジボワールと同列に、日本の戦いぶりを魂に刻みつけてくれるような、そんな戦いぶりを見せて欲しい。その結果、グループリーグ突破がついてくるのなら、これほど嬉しいことはない。

 ただし、代表監督に望むことは、もうひとつある(いや、言い出せばひとつどころじゃないけれど)。
 オーストラリア戦でもクロアチア戦でも、両チームの選手たちは暑さに消耗し、後半なかば以降は気力だけの我慢比べになっていた。
 そういう局面で投入するために、巻を連れて行ったのではなかったのか。
 ゴール前では誰かが無理をしなければ何も生まれない。もはや誰も足を動かせない消耗の中の膠着状態で、巻の狂気じみた走りが相手DF陣を恐怖させる光景を見たかった。

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1998年6月20日、日本-クロアチア。

 早朝にパリのホテルを出た。モンマルトル駅から列車に乗り、ナント駅に着いた。列車に乗る前から青いユニホームを着た日本人ばかりが目に入った。

 ぎらぎらと陽光が照りつける暑い日だった。試合が始まる14時30分までにはかなりの時間があったが、駅の周りには店も何もない(あるいは、あっても混んでいて入れなかったのかも知れない)。10分ほど歩いたところにあるスタジアム近くのホテルの庭で軽食を売っていたので、ホットドッグを食べ、コーラを飲んだ。知り合いのライターに声をかけられ、座って少し話をした。ビーチによくあるようなスチールの丸いテーブルと椅子。パラソルが差してあったかどうかは、よく覚えていない。

 隣の席に、3,4人の西洋人が座っていた。上機嫌で缶ビールを次から次へと空けていた。ハイネケンの緑の空き缶がテーブルの上にぎっしりと並び、縁からこぼれ落ちそうだったが、彼らは、缶がすっぽり収まって隠れてしまうような巨大な掌で、ほんの数口でビールを空にすると、また次の缶に手を伸ばす。紅白の格子のユニホームを着たクロアチア人だった。

 クロアチア代表がワールドカップに出場したのは、この98年フランス大会が初めてだった。ユーゴスラビアの分裂後、旧ユーゴから独立した国がワールドカップに出場するのも初めてだった。経済的にもまだ荒廃から立ち直っていない祖国からやってきた数少ないサポーターを、クロアチアの代表選手たちは何かと気遣いサポートしていた、という話は帰国後に知った。

 スタジアムの中は、たぶん7割くらいは日本のサポーターだったと思う。観戦ツアーの大半がチケットを入手できないという詐欺まがいの実態が発覚した直後のアルゼンチン戦でさえ、客席の半数近くは日本のユニホームが占めていた。そこから約一週間、後から渡仏した人々も含めて、さまざまな手を尽くしてチケットを入手したのだろう。当時はまだ紙媒体だった「サポティスタ」が、ダフ屋との交渉の仕方や各地での実勢価格を詳しく記したビラを駅前で配っていた。

 数の上ではスタジアムの2割か3割程度に過ぎなかった紅白の格子の男たちは、バックスタンドの一角に固まっていた。そして、試合の間じゅう、野太い声をあげていた。鋼のような塊となって発せられる声は、初々しい日本人たちの応援を圧倒していた。どうしてあれっぽちの人数からあんなにでかい声が出るのか、不思議だった。

 試合の内容そのものは、実はあまりよく覚えていない。縦に抜け出した中山がシュートをGKに当ててしまった場面、ピッチの外で準備していた呂比須が日本のシュートが外れるたびに転げ回って悔しがっていた姿、終盤に投入された岡野が懸命に走る背中などが、断片的に浮かんでくる。シューケルに奪われた決勝点は、とっさに何が起こったのかよくわからなかった。気がついたら相手の前にボールが転がり、ゴールネットが揺れている。アルゼンチン戦での失点もそうだった。拮抗した試合の中でそういう出来事を引き寄せられるのが強いチームなのだ、と思った。
 何よりも鮮明に残っているのは、その日の暑さとクロアチア人たちが飲み干したビールの缶の量、彼らの声のでかさ。そして、冷房の効いた帰りの列車の中で、脱水症状になったようにへたりこんでいた体の重さ。それが、私にとっての日本-クロアチア戦だった。

 あれから8年。日本代表は再びグループリーグの第2戦で彼らと当たる。1敗という日本の成績は同じ。あの時はジャマイカに勝った後で、多少の余裕をもって日本をいなしていたクロアチアは、今度はブラジルに屈し、勝たなければならない立場で向かってくる。試合は15時キックオフ。今度もまた、暑い日になるのだろうか。

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ジャイアンツ贔屓に戻ります。

 たまたまチケットが転がり込んできたので、東京ドームに巨人-楽天戦を見に行った。ワールドカップたけなわの6月16日、観客の入りは八分といったところか(公式発表では39867人)。
 シーズン成績ではまだ差があるものの、ここ10日ほどは好調の楽天と、どん底のジャイアンツ。両チームのスタメンをしげしげと眺めて、改めて思い入った。

 今のジャイアンツの戦力は、楽天とほぼ変わらない。いや、劣るかも知れない。

 四番のフェルナンデスとイ・スンヨプの成績は、まあ互角(打率はフェルナンデスが高く、本塁打はイが多く、打点は大差ない)。だとすると、ジャイアンツが上回っているのは二岡のいる三番だけで、他は似たり寄ったり。というより、スタメンに2割以下の打率の選手が3人もいるジャイアンツの方が弱そうだ。
 清水、仁志の一、二番は見慣れた顔触れだが、見慣れていたころの打率よりも、それぞれ六分くらい低い。三、四番はどこに出しても恥ずかしくないが、五番が移籍してきたばかりの木村拓也。広島時代にも見たことのないような打順だ。さらに三浦貴、岩館、実松、最後が投手のパウエル。代打で出てくるのは斎藤宜之に堀田だ。山崎が代打本塁打を放つ楽天の方が選手層が厚い。FalseStartでは今季のジャイアンツを「黄泉瓜パ・リー軍」と揶揄するが、この形容はもはや実体にそぐわない。「イースタン・リー軍」と呼ぶのがふさわしかろう。

 小久保、高橋由伸、阿部ら主力中の主力がそろって欠場し、売り出し中の矢野や鈴木らもケガ。もはや「巨大戦力」と呼ばれたチームは見る影もない。これほど戦線離脱者が多い状況では、原監督もどうにも手の打ちようがないだろう。

 そんな瓦解寸前のチームをかろうじて支えているのが、上述の三、四番。二岡とイ・スンヨプの2人だ。多くを語らず、派手な振る舞いもない二人だが、とにかく試合に出場し続け、打ち続けていることが、このチームにとって何よりの救いとなっている。
 とりわけ、イがいなかったら、このチームはどうなっていたことかと思う。開幕から打ちまくり、一時は調子を落としかけたものの、また持ち直してきた。故障で出場が危ぶまれたこともあったが、黙って打席に立つ。

 イは昨年オフに、2年間在籍した千葉ロッテとの契約を拒み、ジャイアンツに移った。バレンタイン監督は「セに行けば本塁打が50本打てると思ったのだろう」と不快感をあらわにし、交流戦ではロッテファンが終始強烈なブーイングを浴びせ続けた。

 ブーイングを受けるのは仕方ない。だが、今年のジャイアンツは(というよりも原監督は)、イが熱望していながら千葉ロッテとバレンタインが決して与えようとしなかったものを、彼に与えている。常時出場、四番打者、そして、揺るがぬ信頼。それらがイを動かしているのだと思う。
 金や人気だけを目当てに移籍した選手なら、突き指が治らないうちに打席に立ったりはしない。

 イがこの冬にジャイアンツを去る可能性は高いと私は思っている。もともと強固なMLB志向を持ってる選手だ(千葉ロッテに入団したのも、韓国からMLB入りを目指して失敗した結果だった)、今春のWBCで打ちまくったことでMLBにおける値打ちは上がっただろう。現在の「読売ジャイアンツの四番打者」という地位は、松井秀喜が通ってきた道だけに、ここで好成績を残せばMLB関係者にも高く評価されるのではないかとも思う。イにとって、これ以上の売り時はない。

 だが、もし1シーズンだけの在籍になったとしても、このチームはイから学ぶべきものがある。強い規律意識、萎えることのない闘争心、プレッシャーへの強さといった彼のメンタル面での特長を、売り出し中の矢野や亀井、鈴木らの若手選手、あるいは今まさにチームを支えなければならない中堅選手たちは、よく観察し、よい影響を受けるとよいだろう。それこそ、昨今のジャイアンツに最も欠けていた精神性であったのだから。

 試合は同点でパウエルを継いだ久保が勝ち越し点を奪われ(よりによって二岡のタイムリーエラーだ)、さらに出てきた林が代打・山崎に2点本塁打を浴びて万事休した。アルゼンチン-セルビア・モンテネグロ戦中継に間に合うように途中で帰ろうと思っていたが、あまりの痛々しさに、かえって席を立ちがたくなり最後まで見てしまった(で、帰宅後に再び痛ましい殲滅戦を目撃する羽目になるのだが、それはまた別の話)。

 千葉ロッテへの6戦全敗をはじめ、それなりに健闘はするものの終盤に突き放されるという展開の試合が多いのは、もう単に力がないのだと考えるほかはない。巨大戦力がシステム不全を起こしていた昨年までとは弱さの質が違う。このチームは根本的に生まれ変わるべき時期にある。

 原監督が間違った道を歩んでいるとは思わない。これまでのチームづくりのツケを払わされているだけだ。
 3年前の秋、原が監督を解任された時に、ジャイアンツへの関心も失ったつもりだった。だが、彼が戻ってきて、これだけ苦労しているのを他人事として眺めている気にもなれない。私はジャイアンツ贔屓に戻ろうと思う。少なくとも原が監督をしている間は。

 だからといって、自分が東京ドームのライトスタンドでオレンジ色のタオルを振ったり、テレビの前で叫んだりするようになるとも思えないので、ファンというよりは単なる心情、単なる贔屓だ。このblogで感情的になるとも思えない。ただ、これからジャイアンツについて触れる文章を書く機会があれば、その際の立ち位置を表明しているのだとご理解いただきたい。

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スポーツアナウンサーも戦っている。〜ほぼ日・刈屋富士雄インタビュー〜

 「ほぼ日刊イトイ新聞」に、NHK刈屋富士雄アナウンサーのロングインタビュー「オリンピックの女神はなぜ荒川静香に『キス』をしたのか?」が掲載されている。全20回に分けて、毎日1話づつ公開するという連載形式で、6/14現在で第8回まで来ている。
 話題はアテネ五輪の男子体操団体にはじまり、今はトリノの女子フィギュア。目次によると、今後はトリノの女子カーリングから井上怜奈に行く予定だ。

 毎日読んでいて思うのは、スポーツアナウンサーという仕事の立ち位置についてだ。スポーツジャーナリズムの中にあって、アナウンサーという立場は、他の取材者とはいささか異なっている。それが、刈屋アナの話の中に色濃く現れている。

 永田という聞き手の関心は、主として「あの名台詞はどうやって生まれたのか」にあるようで、過去の中継で刈屋アナが用いた具体的な言葉について質問していく。必然的に、刈屋アナの言葉は、「その時、何を考えながら、その言葉を選んで口にしていったのか」という説明が中心になる。その、彼が考えていたことの厚みに、改めて感銘を受ける。

 アナウンサーの仕事には、例えば選手や指導者へのインタビューも含まれるだろうし、テレビでは放映されない予備取材もあるだろう。
 だが、彼らの主戦場は、やはり実況中継である。
 アナウンサーは放送ブースの中から競技を中継する。試合会場で行われていることはすべて見える位置にいるが、現場からは距離があり、選手や指導者と話すことは、まず不可能だ。そして、彼らの仕事は競技と同時に進行する。
 つまり、アナウンサーが実況中継をする際、その試合に関する最大の情報源は、目の前で見ているプレーそのものということになる。

 もちろん、優れたスポーツアナウンサーは、綿密な事前取材によって多くの情報を得ているだろう。野球中継なら豊富なデータ集、フィギュアスケートであれば予定される演技プログラムなど、主催者から提供される資料もある。
 だが、選手がその時のプレーの中で何をしたのか、その陰にはどういう判断(あるいは判断ミス)があったのか、ということは、目に見える範囲の情報から推測するほかはない。

 文章で試合を伝える仕事であれば、媒体が新聞であれ雑誌であれネットであれ、試合が終わってから記事を発表するまでの間に、大なり小なりタイムラグがある。試合を見ていて気になったポイントを、試合後に当事者に質問して確認したうえで記事を書くことができる。「試合の流れ」は、完結した後から逆算して描き出すことができる。
 だが、実況中継中のアナウンサーには、それができない。今、目の前で起こっている「流れ」が何であるのかを、プレーの現場から数十メートル離れた放送席の中から伝えなければならない。

 そう考えると、その瞬間の彼らの立場は、実は、限りなく見物人に近い。それでいて、テレビの前の人々に対しては、事情に通じた人間として目の前のプレーを伝えなければならない。そんな宿命を、実況アナウンサーは背負っている。
 やり直しの効かない一回性の仕事という点では、スポーツ選手そのものに近いところがある。

 例えば、第2回「絶叫したのは、一度だけ」の中に、こんな談話が出てくる。

「栄光への架け橋だ」と言って
着地する4つくらい前の技に、
「コールマン」というのがあるんです。
あそこで冨田選手が鉄棒をつかむ直前に
「これさえ取れば!」と言ってるんですが、
あそこは絶叫しているんです。

あれは「これさえ取れば金だ!」
というつもりで叫んでいるんです。

 これはアテネ五輪の男子体操団体で最後に演技した冨田の鉄棒についての話だ。以前にも書いたが、この時、刈屋アナは冨田が着地した時点で、採点の発表を待たずに「ニッポン、勝ちました」と言い切っている。
 このインタビューを読むと、彼がその確信を持ったのは、着地するより前、コールマンという鉄棒から手を離す技を成功させた時点だったことがわかる。冨田が演技をする時点での得点差、鉄棒の採点方法等から、そこで勝負がついたということを読み切っている。だからこそ、最後に「栄光への架け橋」という言葉を用いたのだ、と。

 さらに続く第3回では、ひとつの演技の中だけでなく、団体決勝全体を通して、彼が日本の勝機をどう考え、それがどう変わっていったのかを語っている。
 こういう状況になれば日本はメダルに手が届く、だからこの場面ではこういう言葉を使う……競技が進み、ひとつひとつの結果が明らかになるにつれて、その先に起こりうる展開も刻一刻と変わる。その中で、今、どういう表現がふさわしいのかを、刈屋アナは常に考えている。

 文筆業者であれば、結末から逆算して描き出すことができる「試合の流れ」を、彼は試合の渦中にありながら描こうとする。その時点で考えられる結末を推測して、そこから現時点の位置づけを逆算しつつ、目の前のプレーを語っていく。
 もちろん、理想的な結末だけが待っているとは限らない。勝手に金メダルと決め込んで現実離れした期待を語るのではなく、その時点での可能性に見合った言葉を、刈屋アナは慎重に選んでいく。その抑制ぶりもまた見事だ。
 まさしく、彼はその瞬間、その試合を戦っているのだ。
 そして、彼の「喋る力」を支えているのは、「見る力」であり、「読む力」なのである。

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3分の1。

 日本1-3オーストラリア。
 言いたいことは山ほどある。だが、グループリーグは3試合をセットで考えるべきだろう。270分の長いゲームの、3分の1が終わったばかり。
 日本代表監督が勝負強さをチームに植え付けたというのなら、今こそ、それを見せてもらおう。
 もはや星勘定は無に帰した。相手がブラジルだろうが何だろうが、あと2試合、とにかく勝つしかない。
 そういう単純なミッションを課せられた時の方が、日本の選手たちは力を発揮しやすいのではないかという気はしている。

追記(2006.6.13 23:30)
 6月12日の夕刊まではジーコとその選手たちを礼賛していた新聞各紙が、ひとつの敗戦を境にジーコ采配をあげつらいはじめたのには呆れた。昨日のジーコの采配に、過去4年間見せられ続けてきたものと、どれだけの違いがあるのだろうか。
 それよりももっと憂慮せざるを得ないのは、ひとつの敗戦だけで、これほどまでに絶望的な気分が蔓延してしまっていることだ。
 以前にも「ドーハの『悲劇』が残したもの。」というエントリで紹介したが、我々は1993年10月以来、日本代表がさまざまな年代で参加した世界大会を通じて、さまざまなケースを経験し、「グループリーグではあらゆることが起こりうる」という真理を、身をもって学んできた。
 そんな長いスパンで考えなくてもいい。
 昨年6月のワールドユースで、U-20日本代表は1勝もすることなく決勝トーナメントに進出した。競技こそ異なるが、今年3月のWBC2次リーグでは、日本は1勝2敗と追い詰められ、打つ手を失った状態にありながら、USAの敗戦によって準決勝進出が転がり込んできた。
 それだけの経験を積んでいながら、いまだにひとつの敗戦でこれほど狼狽してしまうのが日本の社会なのであれば、代表選手たちが同点にされただけで下を向いてしまうのも仕方ないのかも知れない。彼らは、そういう面も含めて、我々を代表してしまっているのだから。

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江本孟紀『プロ野球をダメにする致命的構造』PHP研究所

 勢いがついたので、もう1冊。今度は野球本だ。
 2004年に民主党を離れ、参院議員をやめて大阪府知事戦に出馬し、落選して以降、江本は野球界での活動に積極的になっている。ちょうど、球団削減が問題になったり選手会がストを打ったり、野球の危機が表面化した時期だ。ホームグラウンドの野球界に対して何かしようと彼が考えるのは当然とも言える。

 「活動」というのは、テレビで試合解説をすることだけではない。アメリカで独立リーグの運営に関与し、日本人だけの球団「サムライ・ベアーズ」が破綻した後は、日本で受け皿となるチームをつくり、さらにそれをベースに京都ファイアーバーズというクラブチームを設立した。かつてはプロ野球OBクラブの設立にも関わっている。
 そのような事業マインドを持ち、政治家としての経験から、政財界の仕組みも知っている。日本のプロ野球選手出身者にはきわめて珍しい、貴重な人材といってよい。最近は週刊ベースボールでも連載コラムを持っているが、豊田泰光の大いなる正論とはまた違った切り口で、説得力のあることを書いている(豊田さんは「古き善き野球人の伝統」からモノを言う。そういう人もまた貴重だし、必要だ)。

 前置きが長くなったが、そういう江本の著書だけに、「巨人が悪い」「コミッショナーがダメだ」「野球界は終わりだ」といたずらに人を脅すだけの類書とは違い、きわめて建設的な提言となっている。束は薄いし行間は広いが、どうして中身は濃い。

 江本の提言は、要するに「プロ野球が儲かるビジネスモデルを作ろう」ということに尽きる。詳しくは実物にあたっていただきたいが、「単独オーナーをやめ、自治体と協力して複数のオーナーにする」「二軍を切り離して独立リーグを支援する」などのアイデアは、このblogで私が断片的な思いつきとして記してきたこととほぼ同じだが、より具体性をもった統一的なアイデアとして示されているのだから、推薦しないわけにはいかない(笑)。
 とりわけ、巻末に示された独立リーグ球団の収支モデルは興味深い。1球団につき年間4億円が出入りするビジネスとして計画されている。机上の計算といえばそれまでだが、細かく記された費目を見ていくと、これまでブラックボックスの中にあった球団経営というものの実態が、少しづつ見えてくる。上述の通り、江本はアメリカで独立リーグの運営に副コミッショナーとして関与した経験がある。これらの費目や数字に、その知見が反映されているのなら、あながち「机上の計算」と切り捨てることもできまい。

 このblogを始めたばかりの2004年8月に書いたエントリ『誰が野球の側に立つのか』に、「日本のプロ野球にもっとも欠けていたことのひとつが、『選手出身で経営者と渡り合える人材』だった。広瀬氏は『いかに野球界の外部から優秀な人材を連れてくるかが最大の課題』と強調していたし、それは正しいと思うけれど、それでも、経営者側でも労働者側でもなく、『野球の側』に立って物事を動かすのは、できれば元選手がふさわしい」と書いた。その考えは今も変わらない。その意味で、政治家を経験した江本が本腰を入れて野球改革に取り組むのであれば、喜ばしいことだ。球団経営の構造的問題には目もくれずに村上ファンドを口汚くののしって野球ファンをミスリードし続ける同世代OBの言動よりも、はるかに野球界のためになる。
(球団数の削減が回避されたことでプロ野球の問題が解決したわけではないのと同様、村上代表が逮捕されたからといって阪神電鉄と阪神球団の経営構造における問題が解決されたわけではない)

 唯一、難を言うならば、この恫喝系のタイトルにだけは賛成しかねる。
 造本を見る限り、これほど建設的な内容の本だとは想像しにくい。こういうタイトルで、実際にその通りの悪態ばかりを連ねた類書は何冊もあり、飽き飽きしている野球ファンも多いことだろう。これでは、本書を手に取ってもらいたいような人々に、かえって敬遠されかねないのではないか。PHPはそれほどガツガツした版元ではなかったと思うのだが、どうしたことか。

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どうせ便乗するのなら。

 気候のせいか多忙のせいか、心身ともにどんよりと重たい日が続いている。
 考えてみれば、4年前の今ごろには、世界中から集まってきた無類のスタミナやスピードを誇る屈強な男たちが、軒並み日本の気候に適応できずに苦しんでいた。ただでさえ貧弱な体力しか持ちあわせていない私が不調に陥ったところで何の不思議もない(日本の気候に適応できない日本人というのも、いささか哀しいものがあるが)。
 そんなわけで、なかなか家に帰ってまでモノを書く気になれないのだが、あんまり放置しているのもナンなので、リハビリ代わりに最近読んだ本の感想などをまとめて書いておく。

●西部謙司『1974フットボールオデッセイ』双葉社
 74年のワールドカップ西ドイツ大会決勝、西ドイツ-オランダ戦について、著者は「時を経て、徐々にこの試合の重さが増していくのを感じた」「この試合の本当の意味や奥深さは、74年の時点では理解されていなかったのではないだろうか。時を経て、振り返って、はじめてわかる。そういう試合だと思うのだ」とあとがきに書いている。そんな試合を西部が自分なりに書いてみた、そういうことらしい。
 西ドイツのベルティ・フォクツを狂言回しに、ネッツァーやベッケンバウアー、クライフらが、それぞれどのようにサッカー界に登場し、この決勝戦へと向かっていくのかが生き生きと描かれる。バイスバスラーの怪しげな訛りなど、それぞれの会話があまりにも面白すぎるのでノンフィクションとしてはどうなのだろう、と思ったが、あとがきによると著者はこれを小説として書いている。「いちおう小説仕立てで書いてみたものの、いわば限りなくノンフィクションに近いフィクション」で、「試合の結果や起こった出来事については、ほぼ事実」「登場人物の会話や、人物造形については9割方フィクション」だそうだ。フォクツやベッケンバウアー、オベラーツには取材もしたようだ。
 読み物としては滅法面白いのだが、難を言うなら、肝心の決勝戦の試合展開についての描写がしごくあっさりしていて、あまりにあっけない。主要登場人物たちのキャラクターや人生観、サッカー観が、この試合で大団円を迎えるような構成になっていれば大傑作になったところだが。

●中小路徹『ジーコスタイル』朝日新聞社
 朝日新聞の代表担当記者が、ジーコ代表監督就任から今年2月のボスニア・ヘルツェゴビナ戦までの過程を順を追って記したもの。時系列に沿って記され、ワールドカップ予選は一次予選からメンバーとスコアも記録されているので、ジーコ時代の出来事の記録としては役に立つ。
 「『ジーコ監督のサッカー観』を読み解いてみよう」という目的で書かれたと著者は前書きで書いているが、全部を読んでも、すっきりとジーコが理解できたという気はしない。「おわりに」で著者はこう書いているが、何だかなあ。
「オフト、加茂、トルシエと続いてきた『規律』の系譜の中で組織を研ぎ澄ませ、日本サッカーの骨格は確実に太さを増した。そこに、『自立』のジーコ監督が、個の力や応用の重要性を肉付けし、ようやく日本サッカーは本当に世界と戦えるベースを作り上げた、と私はみている。W杯ドイツ大会後に就任する次期監督は、そんな日本サッカーの基底の確かさに、きっと手応えを感じるだろう」
 次期監督を話題にするのなら、ジーコが2010年大会のために若手に経験を積ませるという考えを一切持たなかったことにも言及するのがフェアというものではないかな、中小路さん(本家ブラジル代表には、そうやってロナウドやカカが若くしてメンバー入りしてきた歴史がある)。
 とはいうものの、新聞記者らしく本文中での主観性は控え目なので、著者がジーコ贔屓だとしても、読む上でさほど邪魔にはならない(しかし、例えば一次予選のシンガポール戦で暑熱対策をしなかったことや、「サウナで十分」という発言があったことは書かれていないので、ジーコに不利な材料が他にも書かれていないという可能性はある)。

●『世界の作家32人によるワールドカップ教室』白水社
 フランスに関係するものを中心に文芸・思想・演劇などの書籍を刊行している白水社は、時々思いだしたように、えらく濃いサッカー本を刊行する。文芸中心の版元としては、中央公論新社と双璧だ。サッカー好きの編集者がいて、ワールドカップイヤーなどに、ここぞとばかりに企画をゴリ押しているのだろうと思う。
 本書は、そんな白水社が今大会に向けて送り出した2冊のうちのひとつで、世界の作家・ジャーナリストが書いた、出場32か国のサッカーについての短い文章をまとめたものだ。まだ半分くらいしか読んでいないので全体的な評価はできないが、執筆者が英米出身者に偏り過ぎているせいか、当たり外れは激しい。本書の文章の良しあしでグループリーグの通過順位を決めるとすれば、タイム東京支局のジム・フレデリックの執筆による日本代表は残念ながら敗退必至だ。The Thinking Fan's Guide to The world Cupという原題がそもそも偉そうで、あまり好きになれない(そんなものをなぜ買った、と言われそうだが、原題に気づいたのは買った後だった)。とはいうものの、地下鉄を乗り継いだり、社員食堂で昼飯を食べる短い時間で読むには便利なので、重いのを我慢して持ち歩いている。
 ちなみに白水社ツートップのもう一角、フランクリン・フォア『サッカーが世界を解明する』は、宣伝文句を見る限り、サイモン・クーパー『サッカーの敵』とかなり被っている印象を受ける(だいたい、『サッカーの敵』も白水社だが(笑))ので、今のところスルーしている。読んだ方がいたら感想を教えてください。


 というわけで、ご覧の通り、いずれもサッカー本である。それぞれ、それなりには楽しめるが、大傑作というほどではない(ので、ピンでエントリーを立てずにまとめて書いている、という事情もあります(笑))。
 以前、フィギュアスケートの佐藤コーチ夫妻の著書『君なら翔べる!』を紹介した時に、「便乗本おおいに結構」「今年は『こんな時でなければ絶対刊行されない』ようなサッカー本も、いくつも現れることだろう」などと書いたが、これらはいずれもそのような範疇に入るだろう。それぞれ、それなりに面白いのだが、以前のような喜びや驚きには残念ながらつながらない。それぞれの本の良し悪しというよりも、たぶん、ワールドカップも3度目になって、当方もそういう状況に慣れてしまったのだろう。白水社や中央公論新社からサッカー本が出たといっても今さら驚くことでもないし。

 ここに挙げた書籍は、ワールドカップそのものではなく、少し違った角度からサッカーを扱ったものだが、書店の「ワールドカップ特集」の棚を眺めると、並んでいる出版物の大半は、大会のガイドブックや日本代表に関する本である。さすがにそのへんになると食指が動かない。どうせふだんからサッカー雑誌やスポーツ雑誌に書かれているような内容と大差ないのだろうから。サッカー好きであると同時に本好きの人間にとっては、「こんな時でなければ絶対刊行されない」ようなサッカー関係本がどさくさまぎれに書店に現れてこそ嬉しいのだが。
 そういう意味で秀逸と感じたのは、池袋のジュンク堂書店の棚。ガイドブックやシュンスケ本の類いはもちろんおさえた上で、出場諸国のいくつかの事情に関する本も並べてある。ブラジル、オランダなどのほか、もっとも力が入っているのはバルカン半島で、木村元彦のユーゴ三部作『誇り』『悪者見参』『オシムの言葉』はもちろん、旧ユーゴ情勢に関する本もずらりと並んで壮観だ。映画『アンダーグラウンド』のDVDまで置いてある。
 そして、以前、このblogのコメント欄で馬場伸一さんに薦められて以来、探していたが見つからなかったベネディクト・アンダーソン『想像の共同体--ナショナリズムの起源と流行』(NTT出版)が平台の真ん中に積まれているのを見た時には、思わず唸った。<サッカー/フーリガン/ナショナリズム>と、このくらいの三段跳びを見せてくれてこそ、大型書店の特集棚の値打ちが出るというものだ。

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