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どうせ便乗するのなら。

 気候のせいか多忙のせいか、心身ともにどんよりと重たい日が続いている。
 考えてみれば、4年前の今ごろには、世界中から集まってきた無類のスタミナやスピードを誇る屈強な男たちが、軒並み日本の気候に適応できずに苦しんでいた。ただでさえ貧弱な体力しか持ちあわせていない私が不調に陥ったところで何の不思議もない(日本の気候に適応できない日本人というのも、いささか哀しいものがあるが)。
 そんなわけで、なかなか家に帰ってまでモノを書く気になれないのだが、あんまり放置しているのもナンなので、リハビリ代わりに最近読んだ本の感想などをまとめて書いておく。

●西部謙司『1974フットボールオデッセイ』双葉社
 74年のワールドカップ西ドイツ大会決勝、西ドイツ-オランダ戦について、著者は「時を経て、徐々にこの試合の重さが増していくのを感じた」「この試合の本当の意味や奥深さは、74年の時点では理解されていなかったのではないだろうか。時を経て、振り返って、はじめてわかる。そういう試合だと思うのだ」とあとがきに書いている。そんな試合を西部が自分なりに書いてみた、そういうことらしい。
 西ドイツのベルティ・フォクツを狂言回しに、ネッツァーやベッケンバウアー、クライフらが、それぞれどのようにサッカー界に登場し、この決勝戦へと向かっていくのかが生き生きと描かれる。バイスバスラーの怪しげな訛りなど、それぞれの会話があまりにも面白すぎるのでノンフィクションとしてはどうなのだろう、と思ったが、あとがきによると著者はこれを小説として書いている。「いちおう小説仕立てで書いてみたものの、いわば限りなくノンフィクションに近いフィクション」で、「試合の結果や起こった出来事については、ほぼ事実」「登場人物の会話や、人物造形については9割方フィクション」だそうだ。フォクツやベッケンバウアー、オベラーツには取材もしたようだ。
 読み物としては滅法面白いのだが、難を言うなら、肝心の決勝戦の試合展開についての描写がしごくあっさりしていて、あまりにあっけない。主要登場人物たちのキャラクターや人生観、サッカー観が、この試合で大団円を迎えるような構成になっていれば大傑作になったところだが。

●中小路徹『ジーコスタイル』朝日新聞社
 朝日新聞の代表担当記者が、ジーコ代表監督就任から今年2月のボスニア・ヘルツェゴビナ戦までの過程を順を追って記したもの。時系列に沿って記され、ワールドカップ予選は一次予選からメンバーとスコアも記録されているので、ジーコ時代の出来事の記録としては役に立つ。
 「『ジーコ監督のサッカー観』を読み解いてみよう」という目的で書かれたと著者は前書きで書いているが、全部を読んでも、すっきりとジーコが理解できたという気はしない。「おわりに」で著者はこう書いているが、何だかなあ。
「オフト、加茂、トルシエと続いてきた『規律』の系譜の中で組織を研ぎ澄ませ、日本サッカーの骨格は確実に太さを増した。そこに、『自立』のジーコ監督が、個の力や応用の重要性を肉付けし、ようやく日本サッカーは本当に世界と戦えるベースを作り上げた、と私はみている。W杯ドイツ大会後に就任する次期監督は、そんな日本サッカーの基底の確かさに、きっと手応えを感じるだろう」
 次期監督を話題にするのなら、ジーコが2010年大会のために若手に経験を積ませるという考えを一切持たなかったことにも言及するのがフェアというものではないかな、中小路さん(本家ブラジル代表には、そうやってロナウドやカカが若くしてメンバー入りしてきた歴史がある)。
 とはいうものの、新聞記者らしく本文中での主観性は控え目なので、著者がジーコ贔屓だとしても、読む上でさほど邪魔にはならない(しかし、例えば一次予選のシンガポール戦で暑熱対策をしなかったことや、「サウナで十分」という発言があったことは書かれていないので、ジーコに不利な材料が他にも書かれていないという可能性はある)。

●『世界の作家32人によるワールドカップ教室』白水社
 フランスに関係するものを中心に文芸・思想・演劇などの書籍を刊行している白水社は、時々思いだしたように、えらく濃いサッカー本を刊行する。文芸中心の版元としては、中央公論新社と双璧だ。サッカー好きの編集者がいて、ワールドカップイヤーなどに、ここぞとばかりに企画をゴリ押しているのだろうと思う。
 本書は、そんな白水社が今大会に向けて送り出した2冊のうちのひとつで、世界の作家・ジャーナリストが書いた、出場32か国のサッカーについての短い文章をまとめたものだ。まだ半分くらいしか読んでいないので全体的な評価はできないが、執筆者が英米出身者に偏り過ぎているせいか、当たり外れは激しい。本書の文章の良しあしでグループリーグの通過順位を決めるとすれば、タイム東京支局のジム・フレデリックの執筆による日本代表は残念ながら敗退必至だ。The Thinking Fan's Guide to The world Cupという原題がそもそも偉そうで、あまり好きになれない(そんなものをなぜ買った、と言われそうだが、原題に気づいたのは買った後だった)。とはいうものの、地下鉄を乗り継いだり、社員食堂で昼飯を食べる短い時間で読むには便利なので、重いのを我慢して持ち歩いている。
 ちなみに白水社ツートップのもう一角、フランクリン・フォア『サッカーが世界を解明する』は、宣伝文句を見る限り、サイモン・クーパー『サッカーの敵』とかなり被っている印象を受ける(だいたい、『サッカーの敵』も白水社だが(笑))ので、今のところスルーしている。読んだ方がいたら感想を教えてください。


 というわけで、ご覧の通り、いずれもサッカー本である。それぞれ、それなりには楽しめるが、大傑作というほどではない(ので、ピンでエントリーを立てずにまとめて書いている、という事情もあります(笑))。
 以前、フィギュアスケートの佐藤コーチ夫妻の著書『君なら翔べる!』を紹介した時に、「便乗本おおいに結構」「今年は『こんな時でなければ絶対刊行されない』ようなサッカー本も、いくつも現れることだろう」などと書いたが、これらはいずれもそのような範疇に入るだろう。それぞれ、それなりに面白いのだが、以前のような喜びや驚きには残念ながらつながらない。それぞれの本の良し悪しというよりも、たぶん、ワールドカップも3度目になって、当方もそういう状況に慣れてしまったのだろう。白水社や中央公論新社からサッカー本が出たといっても今さら驚くことでもないし。

 ここに挙げた書籍は、ワールドカップそのものではなく、少し違った角度からサッカーを扱ったものだが、書店の「ワールドカップ特集」の棚を眺めると、並んでいる出版物の大半は、大会のガイドブックや日本代表に関する本である。さすがにそのへんになると食指が動かない。どうせふだんからサッカー雑誌やスポーツ雑誌に書かれているような内容と大差ないのだろうから。サッカー好きであると同時に本好きの人間にとっては、「こんな時でなければ絶対刊行されない」ようなサッカー関係本がどさくさまぎれに書店に現れてこそ嬉しいのだが。
 そういう意味で秀逸と感じたのは、池袋のジュンク堂書店の棚。ガイドブックやシュンスケ本の類いはもちろんおさえた上で、出場諸国のいくつかの事情に関する本も並べてある。ブラジル、オランダなどのほか、もっとも力が入っているのはバルカン半島で、木村元彦のユーゴ三部作『誇り』『悪者見参』『オシムの言葉』はもちろん、旧ユーゴ情勢に関する本もずらりと並んで壮観だ。映画『アンダーグラウンド』のDVDまで置いてある。
 そして、以前、このblogのコメント欄で馬場伸一さんに薦められて以来、探していたが見つからなかったベネディクト・アンダーソン『想像の共同体--ナショナリズムの起源と流行』(NTT出版)が平台の真ん中に積まれているのを見た時には、思わず唸った。<サッカー/フーリガン/ナショナリズム>と、このくらいの三段跳びを見せてくれてこそ、大型書店の特集棚の値打ちが出るというものだ。

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コメント

 鉄さんお久しぶりです。

 本番を前に、鋭気を養っておいででしたか…。

 クロアチア対ポーランド戦、日本対マルタ戦をテレビ観戦しましたが、どちらも微妙~な試合でしたね。果たして日本が強いのかクロアチアが強いのか、、、、
 そしてテレビの論調はといえば、ブラジルは同じ組なのに、別格扱いですもんね。
 テレ朝なんか、テレ朝FCとやらで、ブラジルの独占映像が見られます!とか言って、全然「敵」視してないのも情けないやら。ま、しょうがないですが。
 
 次期監督もそうですし、次の主力世代も問題ですよね。
 以前のエントリーにもありましたが、W杯が終われば、早々に、「日本は世代交代に失敗した」という論調が出てきそうですね。
http://www.asahi.com/sports/fb/TKY200606040077.html
 こんな記事を見付けました。これは確か、紙面ではくだんの中小路氏の署名があったような。

投稿: penguin | 2006/06/06 02:08

>penguinさん
しばらくでした。ワールドカップのための鋭気かどうかは判りませんが(笑)、養ってます。

>そしてテレビの論調はといえば、ブラジルは同じ組なのに、別格扱いですもんね。

初戦でクロアチアがブラジルに勝ったりしたら面白いですよね。すべての星勘定がひっくり返ってぐちゃぐちゃになりそうで(笑)。

>こんな記事を見付けました。これは確か、紙面ではくだんの中小路氏の署名があったような。

記事そのものはしごくまっとうなことを書いていますが、中小路氏が書いたのだとしたら、上に引用したあとがきとは辻褄が合ってませんね(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/06/06 08:50

お久しぶりです。「想像の共同体」は、訳がいかにも学術書で、いまいち読みにくかった記憶があります。
池袋ジュンク堂、さすがですね。福岡のジュンク堂もチェックせねば(笑)。
私も「オシムの言葉」、読みました。千葉が羨ましくなりました。アビスパの監督に来てはくれないでしょうねぇ(前監督が更迭されて新監督になったばっかり)。千葉ロッテといい、なんで千葉は名将に恵まれるのでしょうか。

投稿: 馬場 | 2006/06/06 18:44

>馬場さん
>なんで千葉は名将に恵まれるのでしょうか。
ジェフ千葉はオシム以前にもベングローシュら東欧の名将を継続して獲得しており、これは祖母井GMの力によるものです。
千葉ロッテの方は、名将と言えるのは過去20年でバレンタイン1人ですから、「恵まれる」とは言い切れませんね(笑)。

アビスパの戦いぶりはほとんど見ていないので評価はしづらいのですが、松田監督は少なくともJ1昇格まではいい仕事をしたのではないでしょうか。更迭にはサポーターからかなり抗議もあったようですし。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/06/07 08:49

私も便乗して本を紹介させてください。
大竹文雄「経済学的思考のセンス」(中公新書)
一見。スポーツなんの関係もなさそうですが、「計量経済学を用いた名監督ランキング」という研究があって、これがべらぼうに面白いです。(大竹先生、このテーマで論文書いておられます。英語でですが。本にすればいいのに!)
「名監督度」の算出は、チーム打率、チーム本塁打数、チーム防御率(いずれもリーグ内での相対値)をコントロールしたうえで、監督によって生じる差を「名監督度」としたもので、ダメ監督とは勝率1割以上の差が出ています。
ちなみに日本一の名監督は岡本伊三美氏。シブいでしょ?

投稿: 馬場 | 2006/06/07 13:14

>馬場さん
>「計量経済学を用いた名監督ランキング」

面白そうですね。というか、私も似たようなことを考えたことがあります。総得点と総失点のリーグ順位を平均した「仮想順位」と現実の順位の差をポイント化して集計したら、監督の力量を比較する指標になるんじゃなかろうかと。
あまりに面倒くさいので着手して数年分で放置していましたが、そうか、経済学者になれば、これが論文にできたのか(笑)。

ただ、得点や失点は、それ自体が監督の力量を織り込んだデータなので、不適切かも知れません。
その意味では、その大竹センセイの指標にも問題があって、本塁打数は勝敗とあまり関係がないし、防御率は失点と同様、監督の力量が織り込まれたデータです。

選手の能力の総和の指標としては、チーム出塁率とチーム被出塁率あたりが妥当ではないかと思います。後者はいちいち算出しなければならないので、ものすごく面倒なことになりますが。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/06/08 02:03

>得点や失点は、それ自体が監督の力量を織り込んだデータなので

まったく同感です。
我が王監督は、実績勝率ではトップ20に入る名監督なのですが、大竹方式による「名監督度」では圏外に消えています。
ホークスファンのバイアスかかりまくりな意見であることは承知で申し上げますが(笑)、王監督は「選手を育成することが上手な名監督」です。つまり、チーム打率やチーム防御率を嵩上げすることに手腕を発揮するタイプであり、個々の試合の戦術展開は決して上手ではない。

大竹式「名監督」は、「弱いチームを率いて健闘する」という意味での名監督であり、「強いチームを作り上げる」という能力はまったく評価されていないと思われます。

でもこの「名監督ランキング」、じっと見てると実に面白いですよ。現役監督の中では、原辰徳が5位で最高なんですね。今年ジャイアンツに復帰してチームも好調ですが、「既存戦力を最大限に活用する能力が高い」ということですから、ジャイアンツのような「物持ち」チームには実にふさわしい監督であると言えます。一方、野村克也はまったくランキングに顔を出していません。「戦術的に卓越した監督(=「勝ち」を取るのが上手な監督)」というイメージがあったのですが、どうも違うみたいですね。

投稿: 馬場 | 2006/06/09 09:07

>馬場さん
大竹方式から査定できるのは「采配能力」ということになるのでしょうね。よく打つチーム、防御率のよいチームを育てる能力を査定するなら、過去数年間との比較もしなければなりません。

王監督の場合は、充実した戦力を育てることで結果が伴ってくるタイプなので、戦力と成績との間に飛躍がないのは当然と思えます。もっとも、今年はそれだけではない能力も必要とされることになりそうですが…。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/06/10 15:17

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