« 「オレの魔球」を、もう一球。 | トップページ | 『モハメド・アリ かけがえのない日々』レオン・ギャスト監督<旧作再訪> »

声なき声も聴いてくれ。

 20日にプロ野球の12球団監督会議が開かれた。
 各紙の報道では、審判に対する厳しい発言がクローズアップされ、その陰であまり目立たなくなってしまったが、こんな話題もあった。

「試合時間短縮の要望については、野村監督が「時間短縮は評論家などマスコミから出た意見で、ファンは1分でも長く選手とふれあいたいはず。野球は時間制限のスポーツではなく間のスポーツ」と反対意見を出し、ロッテ・バレンタイン監督も「ファンは時計を見に球場にくるわけではない」と賛同。」(21日付サンケイスポーツ)

 ファンから時間短縮という意見が出ていない、と野村監督はお考えのようだが、それならば試しにナイターの試合中に、何度かベンチから出て内野席を見上げてご覧になるとよいと思う。
 18時のプレイボール時に客席がどれくらい空いているのか。それが5回ごろにはどれくらい増えているのか。そして、例えば1点を争う緊迫した展開で8回裏が終わった時に、席を立って帰り始める観客がどれほどいるものか。ベンチからいつも見える外野席と、それ以外のスタンドでは、観客の行動習慣はかなり異なる。

 ファンは声高に時間短縮を求めはしないかも知れないが、3時間14分(今季のパ・リーグ平均)の試合の最初から最後まで付き合っていられるような観客は決して多くはない。
 野村監督お得意の洞察力を相手チームだけでなくスタンドに対しても働かせて、決して安くはない入場料を払いながら、仕事の都合で序盤に間に合わず、あるいは帰宅時刻の都合で決着を見届けられない観客の、声なき無念の声にも、ぜひ耳を傾けていただきたい。

 闇雲にすべてのプレーを急げと言っているわけではない。イニング間の攻守交代やウォーミングアップなど、縮められるところを縮めていくことで、ここぞという場面での「間」を味わってもらうことができるようになる。今こそ終盤の見せ場だ、と監督や選手が思った時には多くの観客が帰ってしまった後、というのでは意味がないじゃないですか。
(私はこのblogでしばしば試合途中で席を立つ観客に批判がましいことを書いてきたが、それはサッカーや野球における日本代表の国際タイトルマッチという特殊な状況の場合だ。年に百何十試合もある公式戦では、主催者が観客の都合に歩みよることを考えた方がいい)

 私個人の好みでいえば、野球観戦中、いちばん退屈な時間は投手交代時だ。
 新しく出てきた投手が10球くらいかけて準備した上で、プレイボールがかかった途端に2球目あたりを打たれたり、ストレートの四球を出したりすると、また別の投手が出てきてウォーミングアップを始める。
 そりゃ勝負の世界だから念入りに準備したいだろうけど、投球数より肩慣らしの方が長いという状態が何人も繰り返されるのは、見世物としてはいかがなものか。今や中継ぎも抑えも専業化が進んでいるのだし、ブルペンできっちり準備した上で出てくるのだから、マウンド上では5球くらいで仕上げてもらいたいと思うのだが。

 だいたい、交代出場してきた選手が練習するために、わざわざ試合を止めて他の選手と観客を待たせる、などという慣習が、ほかの団体スポーツにあるだろうか。スポーツ以外でもいい。オーケストラが交響曲を上演中、第三楽章だけに登場するバイオリンのソリストが、指揮者やオケのメンバーや聴衆を待たせて舞台上で延々と練習している、などということがありうるだろうか。世間一般の常識に照らして言えば、これは相当に変な慣習だと思う。

|

« 「オレの魔球」を、もう一球。 | トップページ | 『モハメド・アリ かけがえのない日々』レオン・ギャスト監督<旧作再訪> »

コメント

おおいに賛成です。
私がいちばん気になるのは、特にテレビ観戦時ですが、2-0になるとストイラクゾーンが狭くなることと、0-3になるとストライクゾーンが広くなることでしょうか。
特に前者の場合、アウトコースにすばらしい球が三球続けて決まっているのに、三球目だけボールに判定するのは、時間の問題に加えて爽快感がありません(笑)

投稿: E-Sasaki | 2006/07/21 20:30

>E-Sasakiさん
>私がいちばん気になるのは、特にテレビ観戦時ですが、2-0になるとストイラクゾーンが狭くなることと、0-3になるとストライクゾーンが広くなることでしょうか。

以前、元審判員の方が書いた本で読んだ記憶がありますが、こういうケースでは主審の度胸が大いに影響するようです。要するに、びびって問題を先送りにしているわけで、大袈裟に言えば、サッカー選手がシュートのチャンスにびびってしまうのと共通する心性があるのかも知れません。ボブ・デビッドソン審判なら、2-0から少々外れた球でもストライクを宣告しそうじゃないですか(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/07/22 02:19

確かに、いくら見慣れても、切羽詰った場面でのあの投手交代連発は時間がかかってイライラしますね。応援団の立場にとってはその間も歌い続けていれば気分の高揚になるかもしれませんが(苦笑)

というか、試合が終わった後にもゆっくり飲んだり食べたり語ったりしたい私にとっては、余程魅力的な試合でもなければ3時間を越えて欲しくないのが本音です。

投稿: アルヴァロ | 2006/07/24 00:34

>アルヴァロさん
>試合が終わった後にもゆっくり飲んだり食べたり語ったりしたい私にとっては、

考えてみれば、野球見てる間も結構飲んだり食べたり語ったりしているはずなのですが、それでも終わった後に場所を変えてもう一軒寄っていきたくなるから不思議ですね。ま、アルヴァロさんの場合は立って声を出しているから飲み食いしてる暇はないのか(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/07/24 01:50

実際にマウンドに上がったことがある人なら知っているのですが、交代したピッチャーは、肩ならしをしているのではなく、マウンドを自分に合うようにならしながら、その状態を確かめながら調整してるんですよね。そのよーになっていないマウンドなんて恐ろしくて投げられたもんじゃないですから。まあ、まさに「見物人の論理」な訳なんでしょーけど。

投稿: quarto | 2006/09/01 13:21

>quartoさん
こんにちは。

イニング間の投球練習に関しては、実際のところ最低限何球くらいでできるものなのか、プロ野球の投手・元投手に会う機会があったら聞いてみたいものだと思っていました。

>実際にマウンドに上がったことがある人なら知っているのですが、交代したピッチャーは、肩ならしをしているのではなく、マウンドを自分に合うようにならしながら、その状態を確かめながら調整してるんですよね。そのよーになっていないマウンドなんて恐ろしくて投げられたもんじゃないですから。

なるほど。勉強になります。で、それは最低何球あれば足りるのでしょうか?
私はゼロにしろと主張してはいません。今より減らせないのかと言ってるだけです。

また、結論として「どうしても減らせない」ということであれば、同じ球数でさっさと済ませるなり、試合中の投球間隔をもっと短くするなり、とにかく試合時間を短縮するために何が手を打ってくれればそれでいいと思ってます。本稿の趣旨は「試合時間を短縮してくれ」ということであり、投球練習の短縮は、その手段の一例に過ぎません。

ちなみにMLBでは2003年に「イニング間の攻守交替時間を2分5秒以内」「走者がいない時の投球間隔を12秒以内(以前は20秒以内)」という内規を作って試合時間の短縮を実現したそうです(http://allabout.co.jp/sports/baseball/closeup/CU20040621A/index3.htm)。こちらの方が合理的かも知れません。

なお、quartoさんがプロ野球のマウンドに上がった経験がおありかどうかは知りませんが、ここで私が問題にしているのはプロ野球だけです。それ以外の野球で、見物人の便宜のために選手が何かする必要があるとは思いません。

>まさに「見物人の論理」な訳なんでしょーけど。

その通りです。「球団の論理」「監督の論理」「選手の論理」はテレビやラジオや新聞で飽きるほど聞かされてますが、「見物人の論理」を代弁するメディアはほとんどありませんから、自分で言わないとね。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/09/01 14:08

何球あれば足りるか、という考えで調整している人は少ないです。「制限されたその間は目一杯」というのが多数じゃないかなぁ?
「ンなもんいらん!」てな豪快(粗雑?)な人もごく稀にいるでしょう。おっしゃってるとーりに一球単位、秒単位で刻めば総合平均的にはそれなりに短くはなるでしょーね。10分とか20分とか、確実に。

>だいたい、交代出場してきた選手が練習するために、わざわざ試合を止めて他の選手と観客を待たせる、などという慣習が、ほかの団体スポーツにあるだろうか。スポーツ以外でもいい。オーケストラが交響曲を上演中、第三楽章だけに登場するバイオリンのソリストが、指揮者やオケのメンバーや聴衆を待たせて舞台上で延々と練習している、などということがありうるだろうか。

うーん・・・だから「練習」してるんじゃあないんですって。調整です、調整。それに別に「延々」とはやってないでしょう?そもそも野球は試合時間制限のあるスポーツなんでしたっけ?それにピッチャーが投げ、バッターが打つという、一対一の極めて非団体競技的な面が最大の特徴であり、醍醐味なんだと思うんですがねー。

投稿: quarto | 2006/09/04 12:25

>quartoさん
こんにちは。

>そもそも野球は試合時間制限のあるスポーツなんでしたっけ?それにピッチャーが投げ、バッターが打つという、一対一の極めて非団体競技的な面が最大の特徴であり、醍醐味なんだと思うんですがねー。

お気づきかどうか、このご意見はエントリ本文の冒頭に引用した野村監督のコメントとよく似ています。
議論はぐるっと一巡して振り出しに戻ってしまったというわけです。

このエントリおよびコメント欄で、私は「プロ野球の試合時間は短縮した方がよい」と主張しているのですが、quartoさんはその件についてはほとんど関心をお持ちでないらしい。
一方、quartoさんは、登板前の投手がマウンド上で行う作業が「肩慣らし」でなく「練習」でもなく「調整」であるのだということを熱心に指摘されていますが、私にとって(というより試合時間短縮という観点から見れば)、それが「試合を中断し、観客を待たせて準備している時間」であることに変わりはありません。
(もちろん、ご指摘そのものを否定するつもりはありません。ご教示いただいた内容自体は興味深く拝読しましたし、感謝しています)

これほど互いの関心事が食い違っている以上、話が噛み合うはずもありませんね。
そして、ご自分の投手経験に基づくらしいquartoさんの感覚が、野村監督のようなプロ野球の現場の人たちに共通しているのであれば、なるほどプロ野球の試合時間が短くならないわけだと改めて思う次第です。


念のため最後の問いかけにはお答えしておきます。

>そもそも野球は試合時間制限のあるスポーツなんでしたっけ?

野球は試合時間制限のあるスポーツではありませんが、プロ野球は、それが興行である以上、原則として一定の時間内に収めるのが望ましいと思います(これも前のコメントに書きましたが、このエントリが話題にしているのは「野球」一般ではありません。「プロ野球」です)。

>それにピッチャーが投げ、バッターが打つという、一対一の極めて非団体競技的な面が最大の特徴であり、醍醐味なんだと思うんですがねー。

もしそうなのだとしたら、にもかかわらず頻繁に試合が中断され投手が交代するという「団体競技的な面」が割り込んでくるようでは、その醍醐味が損なわれるのではないでしょうか?

投稿: 念仏の鉄 | 2006/09/04 21:51

いや、だって野球は団体競技ですよ(笑)そのことは否定してませんね。試合時間も「メジャーリーグ」のよーにすれば確実に多少短くなるてしょうし。それはそれで何ら差し支えなし、と。ただ、交代したピッチャーがいきなり投げりゃいいってもんでもないかなー、と思いまして。それは危ないプレーに繋がるだけかなぁ、と。個人的にはメンタル的な問題かと思ってます。積極性と自信の欠如したプレーが多い。投げる方も打つ方も。

投稿: quarto | 2006/09/05 02:56

>quartoさん

話がだいたい煮詰まってしまったので、このへんで打ち止めでいかがでしょうか。ここで「『いきなり投げろ』とは書いてません」なんてレスしても、また循環するばかりですし(笑)。

>個人的にはメンタル的な問題かと思ってます。積極性と自信の欠如したプレーが多い。投げる方も打つ方も。

試合時間が長い理由が、ということですか?
上の方でE-Sasakiさんが「2-0になるとストイラクゾーンが狭くなる」「0-3になるとストライクゾーンが広くなる」と書いてますが、選手もそういう現象に加担しているのかも知れませんね。
ただ、この部分はプレーそのものですから、試合時間短縮のためという理由で制度的に介入するわけにはいかないでしょうけれど。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/09/05 23:11

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50507/11041225

この記事へのトラックバック一覧です: 声なき声も聴いてくれ。:

« 「オレの魔球」を、もう一球。 | トップページ | 『モハメド・アリ かけがえのない日々』レオン・ギャスト監督<旧作再訪> »