« 利権構造が台なしにした、もうひとつのワールドカップ。 | トップページ | そこにいるための資格。 »

で、小野伸二の時代は来るのだろうか。

 中田英寿がプロサッカー選手からの引退を発表した、とテレビニュースが報じるのを聞いた時に感じたのは、江川卓と似ているな、ということだった。
 誰もそんなことを想像しない時期に唐突に本人が引退を表明した、という共通点もさることながら、余力を残しつつ自分の流儀に殉じたこと、「自分は野球(サッカー)だけの人間ではない」と周囲にアピールすることに飽くなき熱意を抱いていたこと、偉大と言われる領域に第一歩を踏み出したと周囲が思った瞬間が結果的には短い全盛期になってしまったことなどにおいて、この2人はよく似ている。結果的に最後となった試合の後で、彼らのキャラクターからは考えにくいような涙を見せていたことも。

 その次に考えたのは、小野伸二のことだった。
 ジーコと川淵三郎が演出した無残な4年間について考えるのを終え、オシムが率いる日本代表について考え始めるのはまだ控えていたこの数日間、私は小野伸二のことを考えていた。果たして日本代表に小野の時代は来るのだろうか、ということを。

 小野伸二はワールドカップの後も、日本に戻ってこなかった。
 所属する浦和レッズがドイツで合宿をするから、そのままそちらに移動しただけで、深い意味はないのかも知れない。
 だが、ドイツ大会を終えた時、小野が深い失意の中にあったであろうことは想像に難くない。懸命に走り回った中田英寿も、体調不良で思うようなプレーができなかった中村俊輔も、そりゃあ失望してはいるだろうが、彼らはまがりなりにもピッチで何事かを表現するための時間だけはたっぷりと与えられた。
 小野に与えられたのは最初のオーストラリア戦の、最後の十数分間だけだった。彼を投入するのに適切であるとは思えない、そして彼が何事かをなすにはあまりにも困難な場面で投入され、結果として日本代表の過去4年間でもっとも悲惨な時間帯にピッチの上に居合わせることになった。
 ファミリーだの貢献度だのといいながらも選手を斬り捨てる時には仮借のないジーコ監督は、小野に二度と出場のチャンスを与えなかった。残りの2試合、足をケガした上に熱まで出した中村俊輔がピッチの中で苦しんでいるのを、小野はただ外側から見ていることしかできなかった。

 公平を期して書いておくならば、テレビで見た限りでは、オーストラリア戦での小野のプレーが、その時の状況に適切であったと思えないことは確かだ。録画を見直す気になれないので朧げな記憶に頼って記述することをお許しいただきたいのだが、守備においてはタックルは浅く、攻撃では相手陣内でワンタッチでさばこうとして、あっさりとボールを相手に渡してしまったケースが何度かあった。何ともプレーが軽く、中途半端な出来だ、という印象を受けたのを覚えている。
 だから、続く2試合に小野の出番がなかったのが不当であったとは言わない。ただただ残念なだけだ。
 今回もまた、小野のためのワールドカップではなかった。

 私は小野伸二が好きだった。
 ボールと軽やかに戯れるようなプレーそのものもさることながら、彼の人柄が好きだった。
 個人的に何を知っているわけでもない。ただ、彼がいる練習風景や試合を見ていると、小野がいるところに自然と人が集まってきて、みな幸せそうな表情になる。そういう様子を見ているのが好きだった。
 彼が浦和レッズに入団した年、べギリスタインやペトロビッチという歴戦の外国人選手も含めて、年上のベテランの中で司令塔の役割を任されながら、それがごく自然なことであるように、気負いも衒いもなく、試合中に周囲の選手に声をかけていた姿が忘れられない。天性のリーダーシップとは、こういうものを言うのだと思った。
 99年のワールドユース・ナイジェリア大会に出場したU-20日本代表は、小野のチームだった。選手たちは、小野と一緒にプレーすることが楽しくてたまらないように見えた。中盤の司令塔とか王様とかいうよりも、太陽になぞらえるのがふさわしかった。サッカーの神に愛された少年のように見えた。
 人の集まる場所に顏を出せば、そこが上座になる。盛田昭夫とか、長嶋茂雄とか、そう言われるような人物が世の中には時々現れる。小野伸二もまた、そういう資質の人物なのだろうと私は思っている。

 小野にとっての不運は(相次ぐ故障を別にすれば)、ほんの少し上の年代に、卓抜した中盤の選手がひしめいていたことだ。中田英寿と中村俊輔が、小野の前に立ち塞がっていた。
 同時に試合に出られる状況になった時、他の2人を立てる立場に回るのは小野だった。監督に与えられた役割というよりも、彼自身のバランス感覚が、自然とそういう振る舞いをさせていたのかも知れない。誰かがそれをするのなら、あえて自分が出しゃばるまでもない。そんな鷹揚さを小野に感じていた。ひょっとすると、小野をチームの中心に置き、中田がパスの受け手や汗かき役に回った方が、チームの生態系が安定するのではないかと夢想することもあったが、代表監督にも中田にも、そういう考えはなさそうだった(中村と中田の間には、それに近い状況が実現したこともあったけれど)。
 だから、中田英寿や中村が同じピッチの上にいる限り、小野自身の能力が存分に発揮されることはないのではないだろうか。私はそんな疑いを抱いていた。

 だからといって中田や中村がいない時、小野が中盤に君臨したかといえば、そうでもない。今日こそは小野の日だ、と期待しても、チーム全体が劣勢のままだったりしたことが何度かあった。そこは小野の弱さであったと思う。中田と中村がいないということは「海外組」が全員不在ということだから、劣勢もやむなし、ではあったのだが。

 いずれにせよ、小野伸二のワールドカップは、またも不本意のうちに終わった。フランス大会では控えに終始し、日韓大会では中村俊輔に競り勝って左サイドのレギュラーになったものの、大会直前に虫垂炎を患い、本領を発揮しきれないままに終わった。そして今回。3度もワールドカップに出場していながら、十分な体調と立場で臨めたことは一度もない。

 日本がグループリーグの3試合を終えた後であちこちの媒体で報じられた、敗因を分析するさまざまな報道の中には、中田英寿の「このチームはフレンドリーすぎる」という発言が小野に対する批判だった、としているものがいくつかある。どの程度信頼できる話なのか私には判断できないが、2人のリーダーシップの違いをよく現したエピソードであるとは言えそうだ。

 敗因報道の中では、「中田だけが闘っていた」「中田がリーダーシップを発揮したのに他の選手がついてこなかった」とする記事も目に付く。だが、中田の健闘ぶりを讚えるのはやぶさかではないが、「中田がリーダーシップを発揮したのに他の選手がついてこなかった」という見解には違和感を覚える。
 ここ数年、試合後のインタビューや記者会見、テレビ出演、雑誌の記事、そして彼自身のホームページを通じて、中田は他の選手たちに対する批判的な意見を表明し続けてきた。
 彼が他の選手たちと直接的にどのようなコミュニケーションをとってきたのかは知らないが、よほど深い信頼関係で結ばれていない限り、あのような形での批判は、人間関係に破壊的なダメージをもたらす。
 中田はもしかすると、怒りという刺激によって他の選手たちを動かそうと思っていたのかも知れないが、だとしても望むような結果は得られなかった。
 結局、中田の流儀によるリーダーシップは不発に終わったといってよい。
 一方の小野の「フレンドリー」なリーダーシップは、その効果を問われる機会を得ることもなかった。

 オシムが次の代表監督になるとすると、中田英寿は引き続き重用される可能性がある(走りながら考えるという点で彼は日本の最高水準にいる)。だとすると、3度目のワールドカップを控え選手として終えた後もなお、小野伸二は中田の影武者の座に甘んじることになるのだろうか……。

 昨日まで考えていたのは、そんなことだった。

 その中田が、自ら現役を退くという。中村俊輔はゲームのコンダクターではあってもチームリーダーというタイプではない。では日本代表のリーダーの座は労せずして小野に転がり込んでくるのかといえば、たぶんコトはそれほど簡単ではないと思う。今の小野のプレースタイルを、オシムは評価するだろうか。リーダーどころか代表から洩れる可能性もあるのではないか。
(ま、私のオシムに関する予測はことごとく外れているので、あまりアテにはならないが)

 後藤健生はワールドカップ後の小野について、次のように書いている。
「考えてみれば、プレッシャーの激しいワールドカップのような短期集中大会は、小野の芸術的で楽しいプレーは似合わないのかもしれない。もちろん、4回目のワールドカップでの爆発も期待したいが、それよりも僕はリーグ戦での小野のスーパープレーや天真爛漫な笑顔を毎週見ていたいような気もする。」
(ストライカーDX特別編集 2006 world Cup 日本代表スペシャル)

 それもひとつのあり方だとは思う。だが、小野はまだ26歳だ。国際舞台から姿を消すには早すぎる。オシムが代表監督に就き、中田英寿が引退するというこのタイミングは、小野にとっては大きな転機となりうる。これからの小野がどのようなスタイルを目指し、オシムはそれをどう評価するのか。しばらくは目が離せない。
 もちろん私は、小野がピッチの太陽として君臨し、他の10人に輝きを与えるような姿を見せてくることを望んでいる。それが浦和レッズであれ、日本代表であれ、あるいは他のユニホームであれ。
 そして、この大会前に日本の黄金世代をポルトガル代表になぞらえた通り、小野が次のワールドカップの舞台で己の価値を証明してくれることを夢見ている。タイプは違えども、今大会におけるフィーゴのように。


追記(2006.8.4)
8月4日、オシムが最初に発表した13人の代表選手のうち6人までが浦和レッズ所属だったが、小野伸二の名はなかった。

|

« 利権構造が台なしにした、もうひとつのワールドカップ。 | トップページ | そこにいるための資格。 »

コメント

かなり前のことですが、NUMBER誌上で「黄金世代」に関する作品が掲載されていました(著者はたしか戸塚啓氏だったと思います)。そのなかで「なぜこの世代に才能ある若い選手が集中したのか」という問いに対する答えのひとつが、「小野という傑出した才能を持った選手がいたから」というものだったと記憶しています。

偶然なのか、必然なのか、小野がもっとも小野らしい活躍を見せた、というよりも、チームに君臨していた99年Wユース大会には、中田も中村もいませんでしたよね。中田と中村と小野。これまで技術レベルに明らかに見劣りのした日本のサッカー選手と比べて、卓越した技術を持った、ほんとうに贅沢とも思える3人が同時代に出会ってしまったのは、結果としてそれぞれに不幸なものばかりをもたらしてしまったような気がします。そのなかで、あえてもっとも不運だったのは、小野だったのではないでしょうか。なぜなら、彼が一番「大人」だったと思うからです。

これは私個人のまったくの偏見に満ちた意見ですが、中村と中田に関しては、ときには彼らのサッカーに魅了され、ときには海外で活躍する雄姿に胸ときめかせながらも、どこか醒めた目で彼らを見ていたことも否定はできません。いずれも彼らのなかにあった傲慢な部分が顔をのぞかす一瞬が、ときに私に不快感を与えていたからです。

たとえば、中村。思い起こせば、彼は4年前、トルシエが要求したポジション(左サイド)が気に入らないという思いを親しいライターなどを通じて終始マスコミに漏らしていました。のちにトルシエが明かしたスタメン構想のメモを見ても明らかなように、中村をなんとか生かせないかと考え抜いた結果、やはり彼には与えるべきポジションがないという理由でW杯のメンバーには入れませんでした。世界のトップリーグで活躍しながらもW杯では国内の選手のバランスの関係で、通常とは異なったポジションでプレーする海外の一流選手はこれまでにもたくさんいました。しかし、彼らの多くは、「代表でプレーできるのならポジションは関係ない、与えられた仕事をこなすだけだ」というスタンスであって、それでも不満を持つ場合は、自ら代表を辞退した、という選手もいたと記憶しています。監督から与えられたポジションを自ら嫌い、不満を漏らし、だだをこね、その結果、落選したということに果たして同情の余地はあるのでしょうか。(たしか、トルシエが言った、彼はマラドーナではないという表現は的を得たものだったと思います)。もし彼が自らの信念を貫くというのであれば、私はこのとき自分から代表を辞退すればいいとすら思っていました。落選の会見に臨んだ彼の姿勢には、同じく落選した名波にくらべて遥かに好感が持てました(案の定、名波も海外では成功できませんでした)が、結局、そうした性格は、(表現の仕方は年齢を重ねれば徐々には変わるでしょうが)、根本的には一生変わらないのではないかと思います。つまり、周囲から恵まれた環境を与えられたところでしか、中村というタイプは持てる能力のすべてを発揮できない選手なのだといういのが彼に関するとりあえずの結論です。今後どの監督にも当てはまることだと思いますが、中村中心のチーム作りではないときに彼を代表に起用するという選択をしたときには、程度の差こそあれ、トルシエと同じ問題に直面することになるのではないでしょうか。彼はあくまで自分のプレーを追及していくタイプの選手ですから。もし中村が当時トルシエから要求されていたサイドの仕事に理解を深め、そのとき素直に従い、きっちりとマスターできていれば代表での活動領域もいまとは少しくらいは違ったはずで、中田、小野、中村という3人がともに有意義に共存できる環境があったのかもしれません。その点で、私は中村という選手が犯した「罪」は大きいような気がします。

次に中田。平塚、ペルージャ時代と彼はほんとうに順調にステップアップしていきました。海外で活躍するようになってから頻繁に評論家が口にした「海外でもまれた当たり負けしない強い体」とやらも、平塚時代からすでに身に付けており、基本的な技術と縦への突破力、広い視野と抜群のボディバランスのすべてを備えていた彼のプレー振りは平塚時代から見ていても気持ちのいいものでした。(それだけにもったも脂の乗り切ったローマ時代が控えだったというのは残念で仕方ありませんが)。しかし、一見非常に論理的で、明晰な部分ばかりが取り上げられる中田も、岡田、トルシエ、ジーコという3人の監督のもとでの言動をいま一度冷静に振り返れば、一貫性を欠いた部分も多々見受けられました。結局は、個人的な好みで相手への対応を変えるという彼の態度は、いくら彼が世界で名声を上げようと変化することはありませんでしたよね。言動のどの部分を切り取るかで大きく評価が分かれるのが彼の特徴だったと思いますが、そもそもそうした誤解を招く態度をしている時点で、彼が「周り」に、ときには不快感を、ときには混乱を与えていることの自覚が明らかに不足していたように思います。今回のW杯で、「自分ではいろいろな形でリーダーたる態度で接していたが周囲には伝えることができなかった(うろ覚えですみません)」というようなことを述べていますが、それこそ、たとえば、トルシエがいくら訴え、何度伝えても中田には決して伝わらなかったように、相手への心からの敬意と愛情を持った眼差し(表現の仕方は厳しくてもその根底には必要という意味で)で接しなかったリーダー中田の思いも、当然イレブンに本当の意味で浸透するはずはありません。その矛盾にいつまでたっても気が付かない(いや、気付いていても自分を変えることが嫌だったのか、できなかったのか。。。)中田という人間の未熟さが歯痒くて仕方ありませんでした。(こういう人間は根本がシャイなタイプに多いように思います)彼もまた、(中村よりははるかに「大人」ではありますが)、少なくとも日本代表には、彼のリーダーの資質を発揮できる環境はありませんでした。そして、若くしてサッカー界を去っていくのも、また彼が自分自身を追い詰めて、「居場所」をなくした結果ゆえであり、きつく言えば、自業自得であったと思えなくもありません。(もっと彼の輝きあるプレーは見たかったですし、心からお疲れ様と言いたいのです。これまで随分と楽しませてもらいました)

この二人のしわ寄せを一人で背負った(言い過ぎかもしれませんが)のが小野だったのではないかと思います。その技術力の高さゆえ、そのときどきの監督に都合よく使われたというのこともありますが、彼が持っていた最大の不幸は、精神面での「柔軟性」だったのではないでしょうか。二人とは違って大きな怪我をしているというのもあるでしょうが、基本的には、彼の育った家庭環境が性格形成に大きな影響を与えているような気がします。そのことはここでは関係ないので省きますが、中村が「核」になれないことが露呈され、オシムが監督になり、中田が去ったいま、ようやく小野が活躍できる条件が揃いつつあると私も感じています。2、3年前の欧州遠征での彼のプレーを見る限り、オシムが監督になってもサッカースタイル自体は私はさほど問題にならないと思います。(運動量だけに関しては今後大きな問題となるかもしれませんが。)むしろ、近年小野を取り巻いていた環境が与えた精神面でのマイナス部分が、本来のプレーの輝きを失わせていてるのは明らかですよね。ここまで長い期間こうした環境でサッカーをしていたことはなく、そのことで、中田のように、純粋にサッカーをすることを楽しめなくなっているとするならば、「スランプ」はさらに長引く可能性があるのではないかと心配しています。その一方で、このいまの局面を彼自身が切り抜けるためにどんな手段を選択するのか、ということに注目もいています。

まもなく再開されるJリーグ。そのとき、彼が、たとえば、リーダーとしての自覚を持ってチームをぐいぐいと引っ張りながら、さらに自分にプレッシャーを与えて、追い込みながら、自らの調子を上げていくのか。あるいは、もくもくと練習に取り組みながら、ひたすら自らの能力を発揮することがチームにとっての最大の貢献と考えてチーム全体を考える場所に自らを置かないのか。残りのJリーグのシーズンにおける浦和での彼の取り組み方が、新たな代表の「色」に影響する、というより、それが「代表色」になっていくように思えてなりません。本来なら、とっくの昔に、自らの色にチーム全体を染め上げることのできたくらい技術的にも精神的にも卓越した才能を持った選手なのですから。
(ほとんど個人的な願望に近く、まったく論理的な話の展開にはなっていませんね。それに結局ほとんど鉄様のご意見をなぞったものばかりのようで…苦笑。すみません。)

投稿: 晴れのちくもり | 2006/07/04 11:25

サッカーにはほとんど素人の馬場です。
ただ、中田の引退メッセージには心打たれました。

彼の選手としての評価は置くとして、「文章の書ける一流運動選手」という点で彼は希少価値があると思います。
彼が今後どのような道を歩むのかはわかりませんが、彼の「文章」をまた読んでみたい気がします。
いくら村上龍と仲がよいからといって、中田が作家になるということはさすがに想像できませんが(笑)。

投稿: 馬場 | 2006/07/04 12:36

こんにちは。

自分が中田引退を聞いたとき、思い出したのはエリック・カントナでした。
どこか「サッカーが人生の全て」というより、超然とサッカーと対峙している雰囲気をどちらもかもし出していましたし、周囲がまだ早いというタイミングで辞めてしまったものですから。

>「中田がリーダーシップを発揮したのに他の選手がついてこなかった」という見解には違和感を覚える。

中田は、「フィールド上の自由」という何ら具体案の無い監督の言葉を、自分たちへの信頼と受け止めていたのでしょう。
ある意味それは事実だろうし、サッカーは選手自身がやらないと始まらないので、自分の役目と自覚して孤軍奮闘していたと思います。

ただ、中田と周囲の温度差を記事に書いて言及する前に、メディアとしてはジーコの不作為・無為の指導が(指導とは言わないのでしょうが)代表を、資産をどのように食い潰してしまったのか、その原因を明らかにすべきではないでしょうか。

>で、小野伸二の時代は来るのだろうか。

本当にこのエントリーを見るまで「小野の時代」が来るといった事を想像してませんでした。

勿論、彼については高校生の時から日本人離れしたプレーに感嘆させられたし、Jリーグ初年度のあの輝きに魅了されていました。
ただその時誰しも想像した彼の未来の姿は、今の彼ではないですよね。選手の成長、これは本当難しい問題なのかも知れません。

中田についても、U-17の時点では財前という絶対者が居て、海外で最初に成功するのはむしろ彼の方だと思っていましたし。

ただ、イタリア代表のピルロも、今はあれだけ中心となってはいますが、U-21以後は所属しているミランで暫く活躍の舞台から遠ざけられた訳で、小野の場合もチームの状況やメンバーのめぐり合わせで輝きを増していくことも考えられるわけです。

ただ、このままで終わってほしくは無い選手だと思います。

投稿: hide | 2006/07/04 18:44

小野という選手に関して、私も皆さんと同様に興味深く数年来プレイを見てきました。
正直彼に関しては精神面で不満を覚える面があるのは否めない印象です。
例えば・・・海外組が居ないケースで言えば、明らかに彼は中心になるべき選手です。味方を引っ張っていかなければならない立場のはず。しかしそんな状況にも関わらず強敵のプレスに苦しんでようやくつないだ味方からのボールをワンタッチで味方に返すようなプレーをすることがあります。
当然受けた味方がプレスでボールを奪われる・・・・。それってどうなんでしょうか?
本人も、チームメイトも「小野が一番ウマくてボールを奪われる確率が一番低い」というのがわかっているはずです。それでもボールを離してしまう・・・。それって「味方が苦しんでるときこそ中心選手がリスクを負うべきだ」ということを、小野本人がわかっているのか疑問を感じます。

そしてだからこそ、現在の小野は「こいつに任せておけば」というのではなく、「変化をつけられるプレイヤー」に成り下がっており、中心になりきれない原因ではないかと思うのです。

>晴れのちくもりさん
中村評は大筋で同感です。
しかし一方でガキなりに自らが決めた道に邁進したからこそ、他の器用貧乏な選手と違う現在の彼が居るのも事実だと思います。実際今の彼は2002年の彼とは比較にならないレベルの選手になっていると思いますし。

話が外れますが、「わがままは許せない」という一般的な日本人のメンタリティが優秀なFWの出現を許さない一因かもしれないと思ったり。私も選手のわがままなインタビューを聞くと腹立つんですけどね(笑)。

投稿: REI | 2006/07/04 22:28

>晴れのちくもりさん
大筋では同感です。ただ、中村に関しては私もREIさんの意見に近く、評価に値する成長を見せていると思っています。以前ほどネガティブな影響力を発揮することは、おそらくはないだろうと思いますし。


>馬場さん
>ただ、中田の引退メッセージには心打たれました。

確かに心打たれるメッセージではあるのですが、ああいう形で美しいメッセージを発表して自己完結してしまうこと自体が、彼のコミュニケーション能力の偏りではないかという印象も受けます。
村上龍には4か月前に明言し、木村拓哉にはブラジル戦の前にメールでほのめかした現役引退を、同じピッチで戦っていたチームメイトはどうやら誰も知らなかったらしい(今のところ、知っていたというコメントを発した選手はいません)。それはやはり、健全な状態とは言えないでしょう。
名波浩はクロアチア戦の戦評の中で「パスとは気持ちを通わせているものであって、そうでなければ通るはずがない」と話しています。通れば必殺だけれども現実には誰も受けることのできないパスを蹴っては周囲に不満を示していた中田の姿が、引退声明の文章に重なるような気がしました。


>hideさん
>自分が中田引退を聞いたとき、思い出したのはエリック・カントナでした。

なるほど、それもありますね。
エメ・ジャケはジダンをフランス代表の中心に育てるためにカントナを外したといいます。中田は自ら身を引いたわけですが、小野であれ他の誰かであれ、同じような成果に結びついて欲しいと切に願います。


>本当にこのエントリーを見るまで「小野の時代」が来るといった事を想像してませんでした。

本文にも書いた通り、私はたまたま小野のことを考えていたので「中田引退」のニュースから考えがそちらの方に行きましたが、今の小野は、すんなりと「次は小野の時代」と誰もが思うような状態にはないですね。
どうしてそうなっているのか、彼の何が問題なのか、そのあたりはよくわからないし、これから小野のプレーを注視しつつ考えていきたいと思っています(オランダ時代はろくに見られなかったものですから)。


>REIさん
一言でいえば「あっさりしすぎている」という不満を、私も小野に対して抱いています。
REIさんがおっしゃるような傾向は、ひょっとしてシドニー五輪予選で負わされたケガへの恐怖感が尾を引いているのだろうか、という気もします。

>「わがままは許せない」という一般的な日本人のメンタリティが優秀なFWの出現を許さない一因かもしれないと思ったり。

高原や大久保は日本人としては相当にわがままな人だったと思うのですが(笑)。久保や大黒のように点を取ることしか考えていないタイプの選手も出てきたし、そう捨てたものではないのかも知れません。また、知的で控え目な平山相太が、FW大国のオランダで一定の成果を挙げたことについても、真剣に考える必要があるのではないかと思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/07/05 00:09

>通れば必殺だけれども現実には誰も受けることのできないパスを蹴っては周囲に不満を示していた中田

なるほど。そのあたりがサッカーという「集団性」に傾いたスポーツの難しいところであり、面白いところなのでしょうね。

同じチームスポーツでも、野球の方はもっと個人性が強いですよね。イチローのような孤高の天才が許容されやすい。1人で投げて1人で打って勝てる。「野球は1人でも勝てる」と言った江夏の名言(?)は野球というスポーツの本質を結構衝いていると思います。

投稿: 馬場 | 2006/07/05 09:26

>馬場さん
>「野球は1人でも勝てる」と言った江夏の名言(?)

西鉄の全盛期に、本塁打を打った稲尾が同じことをベンチで口走ったら、中西と豊田が続けて内野ゴロをエラーしてみせた、という伝説がありますね。豊田さんは後に「故意じゃなかった」と書いてましたが(笑)。

それはそれとして、野球における攻撃は、団体競技といっても一対一の集積ですから、柔道や剣道の団体戦に近いですね。「孤高の名選手」が成り立つ競技だと思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/07/05 10:45

>通れば必殺だけれども現実には誰も受けることのできないパスを蹴っては周囲に不満を示していた中田

そうですね。8年前は中田というニューヒーローを持ち上げるあまり、「中田の能力に周囲が追いつけないのだ」という論評がまかり通っていました。しかしパスは通ってこそパス。味方が合わせられないようなパスを評価できるでしょうか。
そして今また「中田がリーダーシップを発揮したのに他の選手がついてこなかった」とは…。リーダーシップとは人がついてきてこそのリーダーシップ。仮に中田の言うことが100%正論であったとしても、人がついてこないリーダーなど評価に値するでしょうか。
中田の内面が8年間でどれだけ成長したかはわかりませんが、少なくともそれを見つめるマスコミはあまり成長していないように思えます。

投稿: えぞてん | 2006/07/05 21:39

>えぞてんさん
>中田の内面が8年間でどれだけ成長したかはわかりませんが、少なくともそれを見つめるマスコミはあまり成長していないように思えます。

8年前には、中田の代弁者だった一ライターが描いた構図を他のメディアがそのまま採用していました。
そして今は、中田自身が描いた構図が世間にそのまま流布しています。一選手が仕掛けた情報操作が、あまりにも企図の通りに成功しているのを見ると、何だかなあ…という気分が拭えません。

「情報操作」といっても、別に中田が嘘を書いていると思っているわけではありません。あの手記が、彼の立場からの真実なのでしょう。しかし、それぞれのメディアには、その間の中田と代表チームを外から見ていた担当取材者がいるはずで、それらの人々は中田の手記をどう検証し消化したのか。そういう作業が行われた形跡が、報道内容から感じられないのは残念です。Numberが確立した「お筆先報道」という手法を、あらゆるメディアが採用しているようで…。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/07/05 22:16

「小野伸二の時代は来るのだろうか」

私の個人的な意見ですが、

「小野伸二の時代は来ない!」と思う。

こちらに投稿せずに、個人的に心の中に思っていれば良い事な

のですが、サッカーファンの一人として将来のサッカー日本代

表の活躍を願い、小野伸二とその取り巻き選手がもしコレを読

む様な事があり、何か感じてくれたら幸いと思い投稿する。

小野伸二の「楽しくサッカーをするだけ」と言う考えは個人の

自由なので別に否定はしない。

なぜ、「小野伸二の時代は来ない!」と思うか?

練習中に笑っていることが一番駄目だと思う。

緊張感が無い。何のために今ここで日本代表として練習してい

るのかを理解出来ていない証拠だ!理解できていれば笑顔など

出るはずも無い!サッカーでなくとも、学生時代にスポーツ部

に所属していた方なら判るはず。

練習中に笑っているのは、小野伸二だけではないが、その中心

にいるのが小野伸二だからだ。

今回の日本代表の輪を乱したのは、中田英寿選手ではなく、小

野伸二を中心とした緊張感の無い「仲良し組み」が中田英寿選

手を阻害したからだと私は思っている。

● 代表に選ばれたその役割、責任とは!
● サッカーと言うスポーツとは!
● 試合に勝利することとは!
● 目標達成に向かうその姿勢とは!

中田英寿選手が伝えようとしたと思われる事を、練習中に笑

い、「楽しいサッカー」を謳う小野伸二には絶対に判っていな

いだろう。と思うからである。

投稿: まーやん | 2006/07/17 00:27

>まーやんさん
こんにちは。

>練習中に笑っていることが一番駄目だと思う。

うーん、中田も練習中には結構笑っていたような気がしますが。あと試合中に笑ってるロナウジーニョもダメでしょうか。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/07/17 09:18

先日のJリーグオールスターを見ましたが、相変わらずシュート打たないですね、小野伸二は。小野に限らず、日本の中盤の選手はシュートが少ないといつも思っています。シュート意識がないのか、せっかくつないできたボールを自分のシュートで終わらせることが怖いのか(自信がない?)、単純に技術がないのかわかりませんが・・・。最近は、ペナルティエリアの前あたりでモタモタとパスコースを探しているシーンを見ると、ちょっとイライラしてしまいます。もちろんコースが無ければ仕方ないですが。けっしてワールドカップのミドルシュート連発に影響されている訳ではないのですが、そこだけを切り取るとシュバインシュタイガーやラーム、ロシツキーらのほうがプレイヤーとして上なのかなという気がします(実際上ですね)。でもそこ(シュート)がやっぱり大事なわけで、攻撃的な中盤というポジションをやるのなら、バランスを考えたり、気の利いた”エンジェル”パスを出すのもいいけど、シュートというものにもう少しこだわるべきじゃないかなと思います。オールスターでは、小野の代わりに入ってきた小林大悟のほうが、魅力的に映って仕方なかったです。

投稿: yamamo8 | 2006/07/17 16:58

>yamamo8さん
オールスターは途中までしか見てないので何とも言えませんが、全体的にはごもっともだと思います。
今期あれほど点を取っている小林大悟にジーコ代表監督は見向きもせず、「大悟を代表に!」(あるいは「我那覇を代表に!」)と主張するメディアも見当たりませんでしたから、日本のサッカー界全体として「点を取ること」のプライオリティがあまり高くないのかも知れませんね。

ワールドカップでミドルシュートによる得点が多かったのは、各国が守備を重視し、崩してペナルティエリアに侵入することが困難になってきた影響があるのではないかと思っています。そういう状況の中で、我らが日本代表のFWやMF陣は、綺麗に崩してシュートを打つことにこだわり過ぎているように見えました。

そんな状況の中で、小野がガツガツと点を取りに行く姿を見せてくれたら、周囲への波及効果も大きいだろうにな、と思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/07/18 10:26

周囲が何でそこまで小野に期待できるのかが信じられません。
(個人的にあまり好きではないというのもありますが)
怪我を完治させずに戻ってきては怪我、戻ってきては怪我のイメージがあり、アテネ五輪の時では鈴木啓太の代わりの呼ばれて(この時点でホイホイ行ってしまう彼を見てチョット…フェイエのこともあるのに)
鈴木の代わりにリーダーとしての仕事をやるべき彼がチームを引っ張るという行動をしていたのかが疑問
タダただチームを堕落させた様にしか見えませんでした

ジーコや山本昌邦監督のようなどちらかと言うと優しい監督よりも、トルシエのような鬼軍曹的な監督で無いと彼は光らないのかもしれませんね。

>yamamo8さんの言うとおり彼よりも大悟ですよね!

投稿: 小野 | 2006/07/19 14:04

小野伸二に期待しないのも好きでないのも貴方のご自由ですが、

>怪我を完治させずに戻ってきては怪我、戻ってきては怪我のイメージがあり、
>アテネ五輪の時では鈴木啓太の代わりの呼ばれて
>(この時点でホイホイ行ってしまう彼を見てチョット…フェイエのこともあるのに)
>鈴木の代わりにリーダーとしての仕事をやるべき彼がチームを引っ張るという行動をしていたのかが疑問
>タダただチームを堕落させた様にしか見えませんでした

この部分で責めを負うべきは代表監督の方ではないかと思います。

また、ジーコや山本昌邦監督は、どちらかと言うと「能力の足りない監督」だと思います。小野伸二に限らず、彼らが指揮したワールドカップや五輪で光っていた選手が、私には思い浮かびません。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/07/20 01:38

残念です。オシム監督がどのような理由ではずしたか?小野評価を直接聞きたいところです。プレースタイルが単純にあわない、まだ本調子ではない、など推測はつきますが。
それと同時に「名前では選ばない」というオシムの証のようなジーコジャパンに対する見せしめ的なものまで感じてしまうのはやはり小野ファンだからでしょうか。浦和から6人も選出しておいて小野を外すやり方はちょっと残酷だなぁと。

それにしても13人しか選出しないとか、でだしからしてサプライズがすぎます。含みを持たせた発言といい、ちょっと奇をてらった感じが不愉快でした。

投稿: 新参者 | 2006/08/05 03:48

>新参者さん
こんにちは。
ある程度予想していたとはいえ、やっぱり小野が選ばれないというのはある種の感慨を覚えます。今後、オシムに選ばれるような選手を目指すのか、我が道を行くのか、どちらを選ぶも小野自身が決めることですが。

オシムのコメントは、J's GOALで読むと木で鼻を括ったように見えますが、スポナビだとだいぶ落ち着いたやりとりに見えます。どちらも全文掲載なのに、ずいぶん印象が違うのが不思議です。
私自身は、ある意味でオーソドックスな人選だと思っています。まずJリーグの代表として代表チームを編成するのだという意思を感じます。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/08/05 09:42

小野「目標?90年代後半のバルデラマかな~」
と、言うのは冗談ですけど、なんだかねw・・・。

最近のプレースタイルを見た感じ怪我恐怖症としか思えないんですよね~。ガンガン点を取りにいけばファールで止められ怪我のリスクが増える。ジャンジャンDFにいけば激しい当たりで怪我しやすいって思っているのかも?。兎にも角にもオシムの元、縦横無尽にピッチを駆ける、そんな小野の姿を見てみたいです。

投稿: 伸二サポの武 | 2006/08/11 16:00

>伸二サポの武さん

こんにちは。
バルデラマは90年の時点ですでに「古いタイプの司令塔」と言われてましたからね(笑)。コロンビア代表は彼を中心にチームを作り、奉仕する選手がいたから成り立っていたわけですが、現代ではオシムどころか浦和でさえ、そういうチーム作りをしてはくれないでしょうね。

小野もトリニダードトバゴ戦をスタンドで見ていたそうですが、浦和の同僚たちが躍動する姿に、いい刺激を受けてくれていたらいいなと思います。
“怪我恐怖症”については…シドニー五輪予選で小野に大怪我をさせたフィリピン人を私は今でも恨んでいます。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/08/12 08:57

はじめまして。
今改めてこの日記を見ると、今年を通して小野はファンの期待(とJ最高の1億8000万円という年俸)を裏切り続けたな、と思わずにはいられません。
怪我の影響もあるのでしょうが、走らない、守備しない、そういうセンターMFが必要とされていないのは、ギドの小野冷遇(優勝決定戦にすら出場させず)でも明らかでしょう。
トップ下としてみても運動量が少なすぎて相手マークを引き離せず、結果としてポンテや山田と比較しても埋没した気がします。

個人的には小野がこれから再び輝きを放つためには、王様プレーができる下位チームにスタメン確約等の特権契約をつけて移籍したほうがいいと思います。
技術「だけ」は日本人の中では群を抜いてすごいのですから。

投稿: 通りすがり | 2006/12/14 14:12

>通りすがりさん
こんにちは。
ちょっと関心があって主なJリーガーの年俸を調べてみたのですが、今シーズン、日本人で1億を超えていたのはおそらく小野ひとりのようです。つまり、2位以下の倍近い額をもらっている。いくらオランダ帰りとは言え、小野に他の代表クラスの選手たちの2倍の価値があるかといえば疑問です。そして、そういう過剰に高い年俸は、どうしても周囲の見る目を厳しくしてしまう。
…つまり、松坂について懸念しているわけですが(笑)。

オシムの日本代表が発足してからの小野には、ゴール前に飛び出していく意欲が感じられる試合もありました。今後、走れる選手に自分を変えていくのか、おっしゃるように王様になれる居場所を探していくのか、今がまさに彼の岐路なのだと思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/12/16 00:18

初めまして。
天皇杯の試合は見ていて物凄く気持ちが伝わってきて安心しました。
ジーコジャパンの時は、悪いですが・・・・あまり精神的にハングリーじゃないと感じながら心配して見ていましたが今年は、どうにかいいプレーをして、評価されオシム監督に選出されることを祈っています。

ボールを持ったら中々とられないし、パスの正確さもあると思うので後は積極性と怪我のない1年になるよう見守るしかないですよね;

投稿: るる | 2007/02/11 17:08

>るるさん
こんにちは。
正月前後に雑誌に載った小野のインタビューなどを読むと、精神的にも安定してきた感じですね。代表への意欲もはっきり口に出すようになって、心身ともにいい状態を取り戻しつつあるのではないかと期待しています。
とにかくケガのないことを祈るばかり。浦和にはロッソ熊本とは絶対に試合を組まないでいただきたいです。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/02/13 10:01

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50507/10780765

この記事へのトラックバック一覧です: で、小野伸二の時代は来るのだろうか。:

« 利権構造が台なしにした、もうひとつのワールドカップ。 | トップページ | そこにいるための資格。 »