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最後の「不条理」。

 ワールドカップでプレーするジダンを私が初めて見たのは、98年フランス大会の2試合目、サウジアラビア戦だった。パリにいながらチケットを入手しそこね、パブリックビューイングで見たのだが、ゴールラッシュで盛り上がるフランス人たちが見守る前で、ジダンは転倒したサウジアラビア選手の背中を踏んづけて退場になった。おかげで決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦にフランスは大苦戦する羽目になったのだった。

 フランスくんだりまで行っておきながら生ジダンを見逃した悔いが残っていたので、次の2002年大会にはジダン見たさに韓国まで行った。だが、私がチケットを入手したウルグアイ戦に、大会直前にケガをしたジダンは姿を見せなかった。希代の司令塔のいない釜山のピッチの上では、アンリやプティやビエラが、途方に暮れたような表情でとりとめのないプレーを続けるばかりだった。どうも私にはジダン運がない。

 そして、今年。この大会を最後に現役引退すると表明し、前評判が悪くグループリーグでの戦いぶりも低調だったチームをほとんど独力で蘇生させて決勝まで導き、準々決勝や準決勝の勝利にあれほど素敵な笑顔を見せていた選手が、自らのキャリアの頂点となるべきワールドカップの決勝で、優勝の可能性も十分に残っている延長戦の最中に、相手に頭突きをかませて一発退場を食らったりするだろうか。延長の残り時間、そしてPK戦と、フランス代表の選手たちは、まるで親に見捨てられた子供のような表情のままだった。この顛末に、上に述べた2つの試合を思い出した。この一発退場も含めて、ドイツ大会は彼のサッカー人生の集大成のようなものになってしまった。

 西部謙司の著書『Eat foot おいしいサッカー生活』(双葉社)の中に「不条理のジダン」という文章がある。6ページほどの、さして長くない文章の中で、西部はジダンのいくつかのプレーを紹介しながら、このように書いている。
 「ジダンのシュートはもっと切迫した、異様な印象を残した。ぎくりとさせるような、歓声よりも沈黙を誘う、理解不能な、見てはいけないものを目にしたような、どこか危険で暴力的な匂いすらした
 ジダンの現役最後の振る舞いもまた、「ぎくりとさせるような、歓声よりも沈黙を誘う、理解不能な、見てはいけないものを目にしたような」という形容がふさわしい。不条理パワー炸裂の頭突き。彼らしい最期、と言えなくもない(西部の文章には「非常に寡黙でおとなしい性格にも関わらず、ピッチでは突然感情を爆発させて退場を食らう」とも書かれている)。この決勝戦を世界中で何億人が見ていたか知らないが、イタリア人以外は、この結末に鼻白んで茫然としたままテレビを消したのではないだろうか。

 私が好きだったルーマニアの英雄ゲオルゲ・ハジは、ガラタサライの一員として出場したUEFAカップの決勝戦で、しょうもない転倒でシミュレーションの反則をとられ、その試合2枚目のイエローカードを突きつけられて、それが彼の現役最後の試合となった。ふてぶてしい表情でピッチを後に歩いていく姿は、いつも「不逞の輩」のようだったハジにふさわしい最後だったと思う。ジダンの場合は、そこまでは言いづらい。もっと割り切れない思いが残る。それも含めてのジズーだったのかも知れないが。


 それにしてもイタリア人、誰かトレゼゲを慰めにいく奴はいないのか(インザギが声をかけている姿がちらっと映ったようだったが)。

(2006.7.10 07:07アップ。同日15:00ごろタイトル変更と若干の加筆修正をしました)

追記:
その後、FIFAはこの頭突き事件の双方の当事者であるマテラッツィとジダンに事情聴取を行い、同年7月20日、ジダンに3試合の出場停止(だけど引退したので代わりに3日間の社会奉仕)と7500スイスフランの罰金、マテラッツィに2試合の出場停止と5000スイスフランの罰金を科した。マテラッツィがジダンに浴びせた言葉は明らかにしなかったが、「人種差別的な性格はない」としている。

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コメント

ジダンのこの一件、だんだん「おおごと」になってきているようで・・・。
でも、プロスポーツ選手ってだいたい口悪いですよねぇ。
サッカーでもそうなんじゃ?
一般社会では許されないような「悪態」でも、ピッチの中では普通、ということはなかったんでしょうか・・・。

投稿: 馬場 | 2006/07/13 14:59

>馬場さん
何を侮辱と感じるかは、その人が所属する文化圏に左右される度合が強いので、マテラッツィが口走ったとされる内容とジダンの行為が釣合っているのかどうかについては、私は最終的には判断できませんし、しようとも思いません。
もしジダンがテレビ出演で示唆したようなことを言ったのであれば、マテラッツィにも何らかの処分が課されて然るべきだとは思いますが(90年大会のオランダ-西ドイツ戦での<侮辱>と<報復(相手の頭にツバを吐く)>の応酬は、両者退場という形で決着しました)、それでもこの事件は、ジダンという類い稀な才能の持ち主の、類い稀な性格によって生じた面が強いと思います。

>一般社会では許されないような「悪態」でも、ピッチの中では普通、ということはなかったんでしょうか・・・。

欧州のサッカー界は、ピッチの内外を問わず、人種差別的な言辞に対しては非常に敏感になっている時期ですからね。「興奮してつい言ってしまった」では済まない場合もあると思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/07/14 00:38

こんばんわ。

自分も今までのジダンを知っていたので「またやってしまった」とは思ったんですけど、本当現役最後の試合でやらかす所彼の影の面が見えたりして複雑な気持ちでした。
天皇杯でのジーコの唾吐きを見たような後味です。

ただ、事がここまで大きくなるとは。
TVのワイドショウには格好のネタとなってしまって、これには全く予想していませんでした。
丁度人種差別的な行為を無くして行こうとFIFAが動いている最中だったから、仕方ない事なのでしょうが。

投稿: hide | 2006/07/15 00:37

>hideさん

見た者にショックを残す出来事には違いないですよね。
ただ、当事国はともかく、日本のテレビが熱心に追いかけているのは意外というか不思議というか(今日の新聞のテレビ欄にもジダンの名はあちこちに見られます)。みんな、そんなに興味あるんですかね。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/07/15 08:28

@天皇杯でのジーコの唾吐き@

『天皇杯』ではなく、Jリーグ開幕初年度の『チャンピオンシップ第2戦』(’94年1月)ですね。
正規の90分以外に『サドンデス(当時)方式での延長戦』『PK戦』までが用意されていた、「完全決着」をうたっていたはずの当時のJリーグ公式戦においての、“唯一の引き分け試合:[1-1]”であったというところが、印象に残っています。

投稿: 12番ゲート | 2006/09/14 02:41

>12番ゲートさん
>『天皇杯』ではなく、Jリーグ開幕初年度の『チャンピオンシップ第2戦』(’94年1月)ですね。

そうでした。
思えば、かの人物は当時から負けた後で審判その他についてよく批判していたものでした。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/09/14 10:38

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