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13人のJリーガー。

 サッカー日本代表監督に就任したイビチャ・オシムが、初戦となる8月9日のトリニダード・トバゴ戦に向けた代表選手を発表した。わずか13人、という数もさることながら、顔触れも過去8年間からほぼ一新されたといってよい。新しいことはしないんじゃなかったのか、やっぱり「古い井戸」に水は残っていなかったのか、と皮肉のひとつも言いたくなるけれど、一方で、これはたいへんオーソドックスな人選でもあると思う。

 6月下旬、「3試合目に望むこと。」と題したエントリのコメント欄で、私は次のように書いた(書いたのはワールドカップでのブラジル戦の直前)。

 仮に「点を取る」ことがサッカーの他の技能から独立した能力だとすると、それを備えた選手を発掘する最良の方法は、実際に点を取っている選手を起用することです。
 顧みて今季のJリーグの得点ランクを上から眺めると、日本人1位は我那覇、2位・佐藤寿人、3位が小林大悟と巻。昨年のランクでは1位・佐藤寿人、2位・大黒、3位・カレン、4位・阿部勇樹、巻、前田遼一。このうちドイツにいるのは大黒と巻だけで、出場したのは大黒が2試合で10分かそこらです。
つまり、ジーコはJリーグで「点を取る」能力を示した選手を使わずに、ここ数年ドイツやイタリアで「点が取れない」ことを示し、代表でもさしたる活躍をしていないFWを重用しておきながら、よい結果が出ないと「日本人は決定力がない」と言い出すわけで、それを額面通りに受け取ってよいのかどうか。

 今季の得点ランキングの順位は多少入れ替わったものの、日本人上位陣の顔触れは当時と同じだ。そして、A3に出場中で選べなかった巻を除く3人が、そっくり今回の代表に選出されている(巻もアジアカップ予選には加わってくるだろう)。

 つまり、オシムはJリーグで「点を取る」能力を示した選手を集めた。成績だけでなく、過去3シーズン半にわたって対戦相手としてつぶさに観察してきた選手たちでもある。得点ランキング上位にいない今野や田中隼磨らも、近年のJリーグで力を発揮してきた選手たちだ。いずれは海外クラブに所属する選手も加わることになるのだろうけれど、地理的条件の悪さを考えれば、まず国内リーグの選手たちによって代表チームの礎を築くというやり方には合理性がある(欧州の主要クラブのレギュラーとして活躍する選手が20人くらいいるようになれば別だが)。

 就任以来の精力的な試合視察ぶり、各クラブへの態度と合わせて考えると、オシムは、まずJリーグの力を反映したチームを作ろうとしているのだろうと思う。そして、選手の選択や代表での指導、そして各クラブとの連携を通じて、リーグ全体に対して、ある方向性や指針を与えようとしているようにも感じられる。いずれにしても、自分が3年半にわたって戦い、観察してきたこのリーグに、オシムは一定の信頼を置いているように見える。

 ジーコは「日本人には力がある」と言い続け、日本人選手への信頼を示し続けた(そして、最後の最後にそれを翻した)が、Jリーグには重きを置かなかった。視察は一部の地域やクラブの試合に限られ、リーグ戦で好成績を残したチームや選手が代表に多く選ばれることもなかった。
 オシムはまずJリーグを重視したチームから始めようとしている。それは、ファンの人気もメディアの取材も企業の商業的関心も、あまりにも代表チームに集中しすぎている日本のサッカー界の状況において、好ましいやり方であるように思う。


追記(2006.8.6)
この文章、後で読んだらわけがわからなくなりそうなので、発表された代表選手を記しておく。
●8/4発表分
GK:川口能活、山岸範宏
DF:三都主アレサンドロ、坪井慶介、田中マルクス闘莉王、駒野友一
MF:田中隼磨、今野泰幸、小林大悟、長谷部誠
FW:我那覇和樹、佐藤寿人、田中達也

●8/5夜発表分
DF:栗原勇蔵
MF:中村直志、鈴木啓太、山瀬功治
FW:坂田大輔

8/8まで試合が行われるA3に出場しているガンバ大阪、ジェフ千葉からの招集は見送られた。追加招集が発表されたのはA3第2節の2試合が終わった後。阿部や巻が第3節に出場停止にでもなれば、という可能性に期待して、ここまで引っ張ったということだろうか。オシムのチームが全貌を現すのは16日のイエメン戦から、ということになりそうだ。

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コメント

今回の選考に関する記事を新聞でもウェブ上でもけっこう読みましたが、こんなに内容のある記事は初めて読みました。感謝します。

ところで、ワールドカップ直後にアジアカップが始まる、という日程は、(ワールドカップに出場する国にとっては)いいことではないような気がするのですが、これは昔からこうなんですか。それとも「スポンサー獲得のためにも、世間的に代表チームの話題が途切れないようにすることが重要」というふうな川淵拡大路線の一環で、最近こうなったのでしょうか。

投稿: nobio | 2006/08/07 00:05

>nobioさん
過分のお言葉を恐縮です。

>ところで、ワールドカップ直後にアジアカップが始まる、という日程は、(ワールドカップに出場する国にとっては)いいことではないような気がするのですが、これは昔からこうなんですか。

確かに以前はこんな時期にはやってませんでしたね。
アジアカップは従来ワールドカップの中間年に行われていましたが、次回からワールドカップ翌年(2007年)になったため、予選開催時期も繰り上がりました。
開催年が変わった理由はよく知りませんが、オリンピックイヤーを避けて注目度を高めたい(その方がスポンサーもつきやすい?)ということではないかと思います。
 また、従来は予選グループ各国が1,2か所に集まって集中開催していたので短期間で済んだのですが、今回はホーム&アウェー方式で、アジアサッカー連盟が指定した開催日に試合を行います。そのため予選期間も長くなっています(ちなみに日本の第1戦は2月22日に行われ、インドに6-0で勝ちました)。
 前回優勝国は予選免除される場合もあるのですが、今回はインドネシア・マレーシア・タイ・ベトナムの4か国共同開催なので開催国枠が異常に多いため(笑)、前回優勝国も予選からやってくれ、という話になったのでしょう。

ちなみに、アジアカップのレギュレーションを決めるのはアジアサッカー連盟なので、川淵JFA会長の意向がストレートに反映することはたぶんないと思います(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/08/07 09:27

いつもながら勉強になりました。

>川淵JFA会長の意向がストレートに反映することはたぶんないと思います

世界中の(或いは「第三世界」の?)ボクサーが来日して日本でタイトルマッチをやるのに比べて、日本人が海外へ行ってタイトルマッチをやったというニュースはほとんど聞きません。世界中のボクサーは、「日本でやれば日本人に有利」と知ってるくせに。ああいうの見てると、ジャパンマネーの威力を使うとかなりの程度主導権が取れるのだろうか、などと思ってしまいます。

投稿: nobio | 2006/08/07 19:32

>nobioさん
ボクシング界の事情は詳しくは知りませんが、チャンピオンに防衛戦の対戦相手を選ぶ権利があるようですから、当事者の裁量権がとても大きく、そこにジャパンマネーが介在する余地もある、ということなのだろうと思います。1対1の個人競技ですから、働き掛けなければならない相手も1人だけですし。

サッカーの国際大会では、出場国すべてが利害関係者なので、調整はより複雑になります。アジアサッカー連盟内で最も勢力が強いのはアラブ諸国だと言われています。利害をともにする国の数が多い上に、オイルマネーという武器もあるので、なかなか日本に主導権をとらせてくれないのが実情のようで、日本はFIFAやAFCの役員選挙のたびに苦戦しています。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/08/08 08:23

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