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続・早実の斎藤はなぜ4連投しなければならなかったのか。

 前回のエントリ『早実の斎藤はなぜ4連投しなければならないのか。』は、はてなブックマークとライブドアニュースで目立つところに紹介されたせいで、21、22日と連続してアクセス数が10,000ヒットを越えた。従来の最高が1日あたり2000ちょっと(これは今年の6月23日だった)なので、文字通りケタ違いのアクセス数。それほどまでにこの決勝と再試合が注目を集めたということなのだろう。

 当blogにいただいたコメントの大半は私と同意見のようだが、はてなブックマークには異論めいたコメントもついていて、それぞれに興味深い。
 それらは、おおまかには次の3つの論点に分けられる。

1)休養日増設=会期延長は学校側の経済的負担を招く
2)他の投手に投げさせればよい
3)酷使も甲子園の魅力である

 それぞれについて、具体的なコメントを眺めながら感想を述べ、前回エントリの補足としたい。

1)休養日増設=会期延長は学校側の経済的負担を招く

jt_noSke氏「応援する高校側も金かかるからねぇ、甲子園出場が決まったら寄付のお願いがいろんなところを回るよ。雨天中止とかで翌日へ順延とかなったら応援団の宿泊などでウン十万が簡単に飛んでくし、その辺考えないと。」
I11氏「出場期間が延びると応援校は200-500万円(準決勝以上ならもっと)を捻出しなければならない。現状よりも多額の寄付を集めることが困難だという事情も日程延長を困難にしている。未成年者にナイターは無理。」

 なるほど。
 で、それは選手の健康と引き替えにするほど重要なことなのだろうか?

 私自身は、なぜ一運動部の大会に他の学生が夏休みにもかかわらず駆り出されて、くそ暑い甲子園くんだりまで応援に行かなければならないのか理解できないので、資金が続かないのなら帰ればいいじゃないですか、と思う。応援というのは、したい人が自費ですればよいのであって、学校なりOB会なりがわざわざ資金を用意して応援団を送り込むこと自体が不自然だ。

 それでは大会が盛り上がらない?
 ならば、盛り上がらないと困る人たちが、休養日を設けることで生ずる費用を負担すればいいのではないだろうか。
 私は今日まで知らなかったのだが、テレビ局はNHKも民放も高野連に放映権料を支払ってはいないのだそうだ(東京新聞8月22日付特報面による)。あれだけの人気番組を元手要らずで放映してボロ儲けしているのなら、そのくらい還元してもバチは当たるまい。高野連は嫌がるかも知れないが。
 はてブのコメントの中にも、同様の意見は見られる。

sqrt氏「現状って、PTAや地元企業から寄付金を集めてるのかな。金銭面でスケジュール調整が無理なら、上位チーム(大会期間が長い)に対しては大企業やプロ野球の中の人がスポンサーに、みたいな仕組みはできないんだろうか。」
hasenka氏「決勝戦まで行ったチームは経費還元とかしてあげればいいじゃないの。WCには分配金とかあったな。それで日程の余裕ができるなら。」

 「応援団の費用負担がかさむから過密日程も仕方ない」という議論は、これがスポーツの大会についての議論であれば、明らかに本末転倒だ。ただし、こと甲子園大会に関して言えば、本質的には学校が「本」で選手が「末」なのかも知れない、という懸念は残る。
(滞在を延ばすことも費用を捻出することも難しいのであれば、せめて投手に対する投球数制限を設けるべきだろう)

2)他の投手に投げさせればよい

tyamamoto氏「うーん。。。ちょっとこれは違うと思う。。。齊藤以外の投手を使えば良いだけの話では?野球は1人でやるスポーツではないし、ベンチには別の投手も居るし。」

 当blogのコメント欄でもBlack Sheepさんが同様のコメントを書かれている。
 このような考え方に対して、私は否定的でもあり、肯定的でもある。

 まず、否定的な考えから。
 こと投手に関して言えば、野球は1人でやるスポーツに近い。ベンチにいる別の投手では斎藤や田中の代わりにはならない。
 たぶん今でもそうだと思うが、日本の野球においては、子供たちはまず投手をやりたがり、もっとも運動能力に優れた子供がチームの中でエースの座を勝ち取る。中学、高校と進むたびに、そんな投手志望の子供たちが同じチームに集まり、その中でもっとも優れた少年がエースになる。高校野球の強豪校のエースというのは、そういう何段階もの競争を勝ち抜いた、飛び抜けて優れた才能の持ち主なのであって、それに匹敵する投手が同じチームにいるような僥倖はまずない(そもそも本人たちが同一校を避けるだろうし)。
 斎藤の(あるいは田中の)代わりがいないから連投はなくならないのだし、同時に、それほど貴重な才能だからこそ、危険にさらしてはいけないと思う。

 と思う一方で、まったく別の考え方も成り立つ。
 上述の流れから言うと、野球少年たちは、わりと早い段階で自分のポジションを選び(あるいはチーム事情によって選ばれ)、投手を目指すことを諦めることになる。早実なら早実の何十人かの野球部員のうち、かなりの割合の選手は、かつて投手を志しながら諦めて野手に専念することになった経歴を持っていると考えられる。
 だが、10歳や15歳の段階で、そんなにはっきりと選手の才能を見極めることができるのだろうか。成長の早い子もいれば遅い子もいる。以前はダメでも今は投手に適性が出てきた、という選手も埋もれているかも知れない。
 高校野球にWBCのような球数制限が設けられれば、あらゆるチームが「投手陣」を構成しなければならなくなる。レギュラー野手陣は基本的に身体能力が高いだろうから、みなピッチング練習をすることになるだろう。その中から投手としての才能を開花させる遅咲きのエースが生まれることもあるかも知れない。それは野球界にとっては結構なことで、積極的な意義を持ちうる。

 第一の考え方を重視すれば「エースに投げさせるために休養日を設けるべき」となるし、第二の考え方を重視すれば「1人あたりの投球数を制限して複数の投手を使うべき」となる。負担が1人の投手に集中することさえなくなれば、どちらでもいいと思う。合意が得やすい方にすればよい。
 前者を採れば試合そのものの技術レベルは上がる。後者を採れば、より多くの投手にチャンスが与えられる。後者の方が夢があるようにも思えるが、実際には見るに耐えない試合もありそうな気がする。

 ただし、私は学生野球の現場を知らないので、どちらの議論も推測に過ぎない。実情を踏まえたご意見をお持ちの方がおられたら、ぜひお聞かせ願いたい。


3)酷使も甲子園の魅力である

citron_908氏 「こんなことやってちゃイカンのは分かってるけど、僕を含めて観衆がそれを求め続ける限りはどうしようも無いんだろうなぁ。なぜ「ダンス甲子園」や「俳句甲子園」が「甲子園」なのか、考えてみたら分かるはず。」
crea555氏「だから面白いんじゃないか(鬼)。悲劇性を失った甲子園はただの未熟な野球大会だ。栄光無き大会を管理体制の下に勝ち進み、敗れ、何が残る? 野球技術が将来まで価値を持つ人間なんてそうはいないのに。」
adoratio氏 「改善されないのは、過酷さや凄惨さ自体が同情や感動を産んで多くの視聴者を惹きつけちゃうことを知ってるからだと思うね/その過酷さの原因にまで思考の枝を伸ばす人間は存外に少ない」

 身も蓋もない見解だが、実際そういう面は強いのだろう。だからこそ、新聞もテレビも「炎天下の4連投」を賛美してやまないのだし、多くの人はそれに感動して、特に疑問も抱く様子がない。

 確かに、後先考えず目の前の勝利のために全力を注ぐ姿は、見る者の心を震わせる。
 プロ野球の世界では、最近は連投も酷使もめったに見られなくなったが、例えば2001年のMLBワールドシリーズで強豪ニューヨーク・ヤンキースと対戦したアリゾナ・ダイヤモンドバックスは、2枚看板の1人カート・シリングが1、4、7戦に先発して力投し、ランディ・ジョンソンは2、6戦に先発して勝った。最終戦の終盤には、前日に試合の大半を投げたジョンソンがリリーフとして登場した。当時すでに30代半ばだった2人の暴挙ともいえる投球には驚いたし、強い感銘を受けた。そうまでしてもヤンキースに勝ってチャンピオンになりたいのだという心情が、太平洋を越えたテレビ桟敷にも、ひしひしと伝わってきた。

 だが、それはあくまでプロ野球での話だ。プロスポーツ選手として、そこで投げることのリスクもリターンも、自分の身体の状態も、すべて知り尽くしたベテラン投手が自分で判断し、自分の責任で投げるのだから、周囲がどうこう言う必要もない。
 学生野球となれば話は別だ。プロスポーツは観客に見せるために存在する。アマチュアスポーツは、原理的には選手が自分たちのためにやっているのであって、観客はその余禄に預かっているに過ぎない。観客の喜びのために何かを要求するのは筋違いだ。

 奇麗事と言われるかも知れないが、私は見物人の欲望を無制限に肯定しようとは思わない。どこかで一線を引かなければ、見物人は際限なく厚かましく意地汚い存在に堕してしまう。
 高校野球は「未熟な野球大会」でいい。それ以上でも、それ以下でもない。

(なお、「野球技術が将来まで価値を持つ人間なんてそうはいないのに。」というコメントは、この場合は意味を持たない。甲子園の準々決勝以降には、その「そうはいない」「野球技術が将来まで価値を持つ人間」が集まっているのであり、だからこそ彼らの才能が潰されることが深刻な問題になる)

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コメント

またまたTBできないのでリンク先のみ失礼します。
http://grounder.way-nifty.com/blog/2006/08/3_6d44.html

投稿: grounder | 2006/08/23 12:58

2)他の投手に投げさせればよい
賛成です。見るに耐えない試合もあるでしょうがその方がゲームをすると言う観点からゲームの組立方や人材の活かし方などちがった新しさが出てくるように思えます。ある制約の中でこそ新しいアイディアが出てくる…と思います。期待を込め…。

投稿: grounder | 2006/08/23 13:31

高校生にもなって
”そうゆう状況や”
”そうゆうスポーツ”
”そうゆう組織形態”
”そういった思想”
だって解んないのかな?

『一方は自己責任だ〜』『一方は仕組み等他に問題有り』
と騒ぐけど野球なんて辞める事ができるじゃん!

やる、やらない選手が決めれないの?高校生だよ!
試合投げ出すと法律で罰せられるの?


アホな人間が集まってアホなスポーツ楽しんでんだから
邪魔しなくてもいいんじゃないの?

まあ、爽やかさを売りに女の子に持てて就職もうまくいくんだからそれでいいじゃないの!
XX高校野球部(球拾い歴は9年)(笑
でもステータスがあるからいいじゃん!

素晴らしい日本社会のこの価値観!(笑
アメリカンスポーツなのに丸坊主であの軍隊行進(爆
敬遠したら”怒号の嵐”(爆笑死

肘が痛いのって野球だけかよ?アホか?
こんな腐れスポーツほっとけばいいの!
野球みたけりゃアメリカ行けって!外野がいちゃもんつけるなって!
俺も関係ないけどへ理屈並べてんのにクソ野球に興味津々って・・
オエ〜!!
ニュースで放送禁止にしろってンなら別だけどね・・・
何言ったって視聴率とれんだから・・
選手がどうなろうと、学校がどうなろうと
かまわないでしょ!


投稿: momo | 2006/08/23 13:38

日程に余裕が持てない理由は単純明快。
甲子園球場は高校野球だけのものではない。
雨天順延の予備日などを含めればいっぱいいっぱいではなかろうか?
要するに
阪神と高校野球両方がある限り日程に余裕など生まれない。

投稿: clubss | 2006/08/23 20:40

>アマチュアスポーツは、原理的には選手が自分たちのためにやっているのであって、観客はその余禄に預かっているに過ぎない。

 同感です。アマチュア競技を観戦する際は、見せてもらっているという慎みが必要だと思います。敬遠策に対して怒号を発したり、相手のエラーに罵声を浴びせたりといった客を見るに付け、「外野がいちゃもんつけるな」と私も思います。好きで野球をやっているだけの人達に、誰がどういう権利で文句を言うのかと。
 その一方で、高校野球のあり方に疑問を感じたら、外野は大いにいちゃもんつけるべしとも思うのです。
 理由のひとつは、「高校野球は教育の一環」と当事者達が語っているから。子供は社会で育むもの。ならば教育に関することなら、全ての大人は意見を述べる権利があるはず。現場を知らない外野からの声は迷惑に感じることもあるでしょうし、内輪のことに口を挟むなと言い返されるだけかもしれません。それでも、外野の声を現場に届けるという行為になにがしかの意義はあるでしょう。
「自ら進んで連投のマウンドに上がり、肩が潰れても自己責任。やりたいやつはやらせとけ」というのは、同世代の若者が言うのならまだしも、大人が少年に対してそんなに突き放した態度でよいものかと思います。熱に浮かされたように汗まみれの青春を送っている若者に、「おまえの人生だから」と決断の全てを委ねてしまうのは怖くないですか。過保護でしょうかね。
 若い頃って相当な無茶をやりますよ。その無茶が懐かしく思い出されるのは、取り返しのつかないようなことにはなっていないからです。しかし将来のプロ入りを嘱望されるほどの選手が肩を壊せば、失う物が大きすぎます。
 プロに転向するのが当たり前のような考えに異を唱える方がいるのもわかりますが、しかし甲子園でベスト8以上に駒を進めるほどの強豪校のエースなら、プロ予備軍と見なしてもさほど不自然ではないでしょう。もちろん高校野球はプロの養成機関ではありませんが、プロ野球選手のほぼ全員が元高校球児であり、Jリーグのユースのような組織がない以上、将来プロの世界に身を投じようという野球少年は、高校の野球部に所属せざるをえないわけです。ならば高校野球のトップレベルの選手達の卒業後の選手生命について、野球界全体で(ファンも含めて)気に掛けてやっても良いのでは。

 しかしここで、「斎藤や田中をプロの舞台で見てみたい」という欲求と、「斎藤や田中が腕が折れても死闘を戦い抜くところが見てみたい」という欲求の、どこが違うのかと指摘されれば、反論の言葉はありません。どちらも無責任な見物人のエゴではないかと言われればそれまでです。ただ、ある程度の齢になって感じることとして、才能のある若者を見るのは理屈抜きに楽しいってことです。それも、才能をすり減らしてしまうような苦行に耐えるところを見るよりは、才能を存分に発揮して、しかもできるだけ長く活躍するところを見る方が、より楽しい。だからお節介を承知で言わせてもらうのです。
「聞いてくれなくてもよいから、老婆心ながら言わせてもらうよ」というスタンスですので、無責任な立場からのこんな意見も許されたい。

投稿: えぞてん | 2006/08/23 20:53

鉄様、武藤です。
 本編の方に、少々お茶らけたエントリをトラックバックさせていただきました。その上、早々の拙BLOGへのコメントまでいただき、ありがとうございます。

 考えてみれば、再試合そのものも論外ですが、決勝戦に至るまでの過程そのものも、滅このあた茶苦茶なのですよね。鉄さんのBLOGを読んで思い出したのですが、沖縄水産の大野がボロボロになってから10年以上経っているにも関わらず、改善のきざしがほとんど見受けられないのは残念です。拙BLOGで書いた通り、主催者が「現状のままでよい」立場だからでしょう。
 したがって、あの選手たちを消耗品ではなく、資産として取り扱う経済原理の導入が図られなければ、改善は難しいのかもしれません。サッカーはそれに成功しつつあるのですが、その経済原理を巧く制御できない人災に悩んでいるのですが(笑)。
 経済原理と言う観点からすると、甲子園で無理をして(かつ身体が外部から見て壊れなかった)プロ入りする選手は、「人気」と言う付加価値がつき、より多くの契約金や初年度の年俸やマスコミ出演料や裏金などを獲得する権利を得るのが、現状のビジネスモデルなのかなと。これは「選手の犠牲」よりも「感動物語」を重視すると言う判断と整合があります。つまり、「選手の大成」を期待していないのです。
 やはり、野球界全体の仕組みから検討しないと、改善が難しいと言う気がしてきます。

 こちらの続編で鉄さんが整理された「鉄さんへの異論」を読む限り、「このままでよいのだ」と言う考えの方が多いのも、野球とサッカーの違いですね。これも以前書いたのですが、「サッカーが正しい」と言う事ではなく、「野球界の価値観は多様で、サッカー界の価値観は比較的まとまっている」と言う事なのでしょう。

投稿: | 2006/08/23 22:03

この話題、盛り上がっているのですね。
今年の甲子園はかなり熱心に追っていたものの、
決勝&再試合は見逃してしまっていたので、
あまりのフィーバー振りにちょっと驚いてます。

 しつこく、大野倫について書かせていただきますと、
彼について書かれた文章の80パーセントほどが、
あの決勝戦(鉄さんがおっしゃるとおりの、「不祥事」です)を、「美談」として扱っていて、本当に呆れてしまいます。
しかも、そういう文章の書き手って、大野がその後外野手に転向し、プロ入りまでしていることを、まるでなかったことのように無視する。この手の人にとっては、「甲子園の決勝戦で燃え尽きた男」という「ドラマ」がすべてなんであって、大野倫という選手個人のことはどうだっていいんでしょうね!!

 いささか、熱くなりすぎましたが……
うちの父親は医療関係の仕事についておりまして、地元野球部(全国クラスの強豪では決してないです)の子たちの健康診断をしたことがありました。
故障や障害を抱えた子供も何人かいたそうですが、甲子園を目指す彼らは、身体なんて壊れてもよいという勢いでいますし、学校や部の関係者にも、治療を優先するような発想はない。
「今は将来のことなんて、考えられないだろうから…」といったことを歯がゆそうに父が語っていたことを、おぼろげながら覚えています。 

投稿: southK | 2006/08/24 02:26

3回戦以降の日程が問題ですね.

昔はこうでした.ワンマンチームだと4連投がありえます.
第10日  3回戦 4試合
第11日  3回戦 4試合
第12日  準々決勝4試合
第13日  準決勝 2試合
第14日  決勝  1試合

いまは次のような日程のようですね.3連投がありえます.
第10日  3回戦 4試合
第11日  3回戦 4試合
第12日  準々決勝2試合
第13日  準々決勝2試合
第14日  準決勝 2試合
第15日  決勝  1試合

再試合などレアケースは考慮しないとして,2連投までとするなら次が一案です.ただし興行的にはマイナス
第10日  3回戦 4試合
第11日  3回戦 4試合
第12日  準々決勝4試合
第13日  ノー試合デー
第14日  準決勝 2試合
第15日  決勝  1試合

2連投もはずすなら,17日間必要で次が一例です.
第10日  3回戦 4試合
第11日  3回戦 4試合
第12日  準々決勝2試合 ただし第10日の勝者による試合
第13日  準々決勝2試合 ただし第11日の勝者による試合
第14日  ノー試合デー
第15日  準決勝 2試合
第16日  ノー試合デー
第17日  決勝  1試合

一球場開催かつ一日最大試合数4の制約を維持したとしても
17日間
不可能な長さではない気がしますね.

投稿: Tocotonist | 2006/08/24 02:28

通りすがりですが、記事を読んで甲子園大会の期間について少々考えさせられています。
選手の体の事を考えるならば、上記のようなノー試合デーがあった方が良いと考えます。
しかし、彼らが高校生という立場で高校の夏期休業中に大会を行っていて、これ以上開催期間の延長はできるのだろうか?という疑問もあります。
どちらにしろ、今のままの大会方式だと選手達の負担が強すぎるので何か新しい形に変わっていかないかと望んでいます。

投稿: 夏休み | 2006/08/24 03:35

はじめまして。
武藤文雄さんのサイトからやってきました。
ご意見、全面的に同意です。

今の高校野球は、焼き畑農業みたいな感じですね。
目先の利益(「感動をありがとう」的なものも含む)を
手っ取り早く得るため、森をどんどん焼いていく。
高野連などの関係者も企業もテレビ視聴者も、
土地がやせることなど全く考慮していないようです。

出場校が49、総試合数48、半月あまりの開催期間という
枠組みが変わらなければ、現在のような選手(特に投手)の
酷使は続きます。
出場校16なら、現在と同じ開催期間で、
中3日の休養期間が取れるんですけどね……。


※間違えて、トラックバックを2つ送信してしまいました。
お手数ですが、お時間のできたときに
削除していただけますでしょうか?
よろしくお願いいたします。

投稿: 白谷 | 2006/08/24 09:18

同様の問題意識を持つものです。
トラックバックをさせていただきました。

それほど手間を掛けずできる改善があるはずです。
例えば準々決勝以降は冷房の効いた大阪ドームでやるとか、
酷暑の昼間を避けて16時以降にプレーボールするとか。
休養日を何日か足すというのもそうです。

高野連の恐ろしいのは、議論すらやらないことです。
「甲子園はこういうもの」という決まりごとを絶対視してしまう。
良くしようという努力や試行錯誤を拒否している。
「18回再試合」を「15回」にすることが、
彼らにとって精一杯の「配慮」「変化」なんですね。

私は「大人の都合」「経済論理」に配慮する必要性を認めます。
鉄さんよりは「高野連寄り」かもしれません。
でも彼らの何割かは容認しても、容認できぬ部分が多すぎる組織です。

投稿: 党首 | 2006/08/24 18:28

 サポティスタから参りました。
 僕は高校野球を感動、というより銭金の方から見てしまう卑しい人間ですが、それでも成長期の学生に無理強いをする高野連には憤りを感じます。
 高校サッカーやラグビーなどでは複数の会場を用い、休養日を設けます。目指せ国立!とか、花園!とか言ってもそのピッチに立てるのは僅かのチームだけです。
 なんで高校野球は甲子園に凝り固まるんですかねえ?スカイマークや舞州、京セラドームとか立派な球場はそれこそ土建国家を象徴していくらでもあるじゃないですか。
 甲子園も改修後は内野を天然芝にするみたいで、タイガースのためにも複数球場&予備日の導入すべきです。

 ・・・高野連の頭のお堅いじいさんには絶対届かないんだろうな。

投稿: 名無し | 2006/08/24 18:56

>Tocotonist さん

日程に関してですが、3回戦までをGS神戸と京セラドームで
同時開催すればいいと思います。
甲子園開催は準々決勝以降に、という事であれば余裕のある
日程を組めるでしょうね。

3回戦までは1日8試合消化できるのですから。

投稿: カメ | 2006/08/24 20:21

>だが、10歳や15歳の段階で、そんなにはっきりと選手の才能を見極めることができるのだろうか。成長の早い子もいれば遅い子もいる。

この点ですが、私の知る限りでは帝京と常総学院は選手に全ポジションを経験させているはずです。それこそ本人の志望も無視して「いいからやってみなさい。食わず嫌いなだけでやってみると面白いかもよ」という感じでやらせている。だから秋の公式戦では背番号とポジションが全く一致しないことが多いです。とりあえずやらせてみて、夏の大会になってからポジションを固定するんですね。
だから帝京-智弁和歌山戦で帝京が9回裏に東東京大会で投げてない投手を次々に送り込んだのも「無茶ではあっても無理ではない」ことなんですね。斎藤も春の都大会では全体の半分も投げてない……というより、結構点取られていたので早実のエースではあっても突出した存在という感じでもなかったのだよなぁ。あんなすごい投手になるなんて、和泉監督が一番ビックリしてるんじゃないか?
少し話がずれ気味ですが、「いろいろな選手を試してみる」というのは(少なくとも一部有力校では)実行済みだと思いますよ。というより、斎藤や田中みたいなのは滅多に現れないのですから「同じくらいの力を持つ投手を少なくとも2人(出来れば3人)準備する」のは甲子園制覇を狙う高校の常識です。なので、甲子園での戦いに関しては「球数制限による複数投手の継投」にしてもほとんど問題がありません。

ただし、全国の野球部のうち2,500校位は部員数がギリギリ(もしくは他運動部から部員を借りて)参加してきているという事実もある。彼らに投手を複数用意しろというのは勝つのをあきらめろと言ってるのと同じこと。高校サッカーでも似たようなことが言えるのですが、エリートの都合を通されちゃ底辺としてはたまったものじゃないのです。サテ、どうしましょ?

なお、休養日に関してはほとんどの地方大会で導入済みです。通常ベスト8かベスト16の段階で休みが入り、それとは別に1学期終業式の日に休むこともある(これは「通信簿くらい受け取ってきなさい」ということでしょうが)。鉄氏の懸念は現場に近いレベルでは把握済み&改善しようとしていると思いますよ。

投稿: masuda | 2006/08/24 21:54

都市対抗野球のような補強選手制度があれば、「斎藤や田中みたいな投手を複数準備する」ことはできますね。

球数制限と合わせれば、全国トップクラスの投手が短いイニングを全力投球するわけですから、決死の連投とは違った面白さもあるはず(野球小僧読者のようなドラフトオタクは狂気します)。

ただ、社会人では他社の選手が自チームに入ることを受け入れられても、高校生では他校の選手が自チームに入ることに違和感を感じるかもしれませんね。大人と子供の感じ方の差がどのくらいのものか量りかねますが。

投稿: 冬潮 | 2006/08/24 23:03

武藤さんのblogから来ました。

素朴な疑問なのですが、なぜプロ野球の球団は自前のユースチームを作ろうとしないのでしょうか?将来のエース候補の若い投手は甲子園で肩肘を壊し、獲得しようとしてもドラフトのくじに外れればノーチャンスという現状なのに。

投稿: セガール | 2006/08/25 00:07

>>冬潮さん

高校野球は学校の部活動であり、教育的課外活動の一環ですよ。
大人と子供の感じ方の差というより、社会人野球やプロスポーツの視点での物言いに違和感を感じます。

投稿: | 2006/08/25 00:10

> セガールさん

横レスの形になりますが、お答えします。

プロ球団が自前でユースチームを作ると、棲み分けを侵すことになります。既存の高校を干してしまうかもしれません。その球団に高校が選手を送りたがらなくなるでしょうし、ユースチームから大学への推薦は期待できないでしょう。

高野連は転校すら嫌います。実態は別にして「選手のスカウト」「引き抜き」といった行為を禁じています。ユースチームが出来れば、競争は激化します。「野球枠」の教員採用が減るかもしれないし、甲子園の人気も低下するかもしれません。実際は並存できるかもしれませんが、プレッシャーには違いありません。彼らはそれを望まないはずです。

協会がクラブチームに肯定的だったサッカーでさえ多少のトラブルがあったそうですから。プロ野球が高野連に喧嘩を売るでしょうか?現状では「100%のシェア」を持っている集団ですので…。自殺行為になりかねません。

投稿: 党首 | 2006/08/25 01:24

甲子園は興行なんだからしょうがないんじゃないんでしょうか。
育成目的の大会ではないし。
運営側は拝金主義。
学校の部活動であるが故の売名目的
参加者・校は勝利至上主義。
それを消し去るためのさわやか路線。
これらは別にいやではないです。興行なだけに面白くみていましたしね。
ただ、現実と報道方向の乖離が鼻につくようにはなりましたが。

選手を壊さない、育成目的な状態にしたいなら今の運営では無理ですね。目的・方向性が違う。
現状では選手の成長が結果的についてきてるだけだと思います。

投稿: しばらく見てない | 2006/08/25 01:46

 すごいことになってますね(常連の一人です)。

 今年、たまたまつぶさに高校野球の現場を間近に見る機会があったのですが、連投問題について、主催者や関係者は、「またか」「毎年その手の批判は来るんだよね」という感覚に陥っている気がしました。

 つまり、この場でかなり詳しく様々な角度からいろいろ議論していても多分、相手はネットを見ていない人々なのだと思います、なんと。
 ですので、すでに「祭り」?に近いと思いますが、このままでは現実的には何かを変える力にはならず、どなたかが書かれていたとおり、意見書なり意見広告なり書籍なり署名活動なりの形で社会に表現しないとダメだ、と思います。
 実際、本にして緊急出版したら売れると思いますけどね。旬な話題だし。やりましょう!ぜひ!

 もしかしたら高野連も朝日新聞も、「わかってはいるんだけどなあ」という人たちがいて、こういう外野の声・風圧が、改革の後押しになると思っているのかも知れませんよ?
 甘いかも知れませんが。

 彼らが批判に鈍感というのは、これほど現代日本人の幅広い年代に親しまれたイベントを、長年にわたって主催し育ててきたという自信に根ざしているのかもしれません。実際、プロスポーツのイベントとと違って、裏方もアマチュアの手弁当がほとんどです。よくもまあ、これで88回もやってきたな、というほころびも目立ちます。

 とはいえ、連投について、ほかのマスコミも、なぜ遠慮しているのか。
 単に早稲田出身者がマスコミに多いせいなのかわかりませんが、今年はいつもにまして、鈍感・または慎重でしたね。

 再試合当日の朝のワイドショーをザッピングしてましたが、だれも異を唱えるキャスターコメンテーターはいませんでした。ひとり、めざましの大塚さん(NHK出身、スポーツに関するコメントでは最近わりかし鋭いことを言ってる気がする)だけが、両投手の球数のフリップを用意して、やんわりと問題提起していたのが目についたくらいでした。

 また、テレビと言えば今回ひどいのがテレ朝ですね。
(鉄さんも書かれていましたが、NHKもひどい。大会に対して一銭も払っていません。ただし、ナショナルイベントですから、それをぜんぶ中継してくれる、高野連にとってはありがたい存在なのでしょう。ちなみにお金の話でいえば、甲子園大会中、内野席はたしか1600円、外野席はタダ。アマチュアスポーツだからこの値段を高いとみるか、良心的と見るか。収益はほぼ会場運営費と繰越金、アメリカ遠征費などで相殺されてしまうと聞きますが、本当のところはどうなんでしょうね。そうだ、アメリカ遠征といえば、私はど~も、高野連の役員・先生たちの慰安旅行ではないか、という気がしていますが、どうなんでしょうか。今年は東海岸と西海岸らしいですが、昨年は確かハワイだったような気が)

 で、テレ朝。
 佑ちゃんだかハンカチ王子だかなんだか知らないが、第二の荒木をつくれ、とばかり、煽るだけ煽る姿勢がありあり。その点は逆に、主催の朝日新聞はハンカチの話題などは遅れて着手した感があり、スターをつくる、という意識は、少なくとも当初はあまり感じられませんでしたが。

 その他、今年、高校野球について知ったことなんですが、物の本によりますと、そもそも全国高校野球選手権は、大正時代、京大の学生が朝日新聞の京都支局かなにかに企画を持ち込んで実現したものであること。
 最初は別の球場でやっていたが、阪神電鉄と組んで甲子園をつくったこと。
 だから甲子園=聖地であって、それ以外の場所でやるという選択肢をもし主催者がおこなったら、球児そのものががっかりする。だから、もし場所を複数に変えることができたら、それはもうかなりの大英断だと思いますね。「オレは全国大会に出場できたが、甲子園には立てなかった」という悲劇の選手?が生まれるわけですから…


 また、主催者の問題ですが、もともと部数拡張の手段として、新聞社の事業として始まったはずが、戦後、GHQが「一新聞社が、それも、戦前は大衆を戦争に導いた翼賛報道を手がけた新聞社が単独主催するのは、おかしい」と文句をつけて、文部省の指導のもと、高野連が発足したこと(ここから、教育の一環であるという題目がより強調されるようになった。だから日の丸掲揚もあるし、文部大臣の祝辞もある)。

 だから最初、高野連の事務局は朝日社内にあったこと。こういう経緯だから、高野連は高体連には入っておらず、いまだに陸上その他の高校スポーツ界とは独立した組織とプライドを維持していること。

 それと、甲子園大会のスタート当時は、もちろん47都道府県からなんてものではなく、かなり少なかったこと。(早実は第1回から出てるみたいですが)
 いまの49代表制に落ち着いたのはたかだか昭和40年代以降ぐらいであること。


 だから、代表校の選び方についていえば、また時代とともに変わるんじゃないでしょうか。
 少子化で、たとえば、きっと「島根と鳥取で合同でとー他面とを行う」などとなるのではないでしょうか。そうしないと、200校近い神奈川と、山陰、四国、大分あたりの「3,4回勝てば甲子園」の県との差が大きくなりすぎますし。

 私も現状の49代表制には疑問をもっています。それはトーナメント表をみてもらえばわかりますが、32チームに絞り込むために、17チーム(も!)が、実は2回戦から出場していたんですね。
 今回も早稲田は決勝まで5試合、駒大は4試合でした。
 これはちょっと不公平な気がしています。
 かといってどなたかが書かれていたように、64チームにする、となるとまた日程圧迫の要因となり、ひいては休養日を入れることなど難しくなるでしょうし。そうすると、県ごとにぶつかりあう郷土まつりの要素も、薄くなってしまう。これはナショナルイベントとしての興趣をかなり削ぐでしょうね。

 (私なんかは、地方大会で勝ち上がったチームとは別に、県単位でベストナインを選んだチームによるトーナメント戦も見たい。だって、甲子園で活躍できないままの逸材選手が多すぎる。今年でいえば岐阜の尾藤くん、PLの前田くん…)


 最後に、また連投問題に戻りますが、きょうたまたま愛媛におりまして、昼間、愛媛新聞朝刊を手に取ったのですが、共同通信の論説記者による配信記事で、連投禁止に的を絞った提言が載っていました。WBCのような球数制限論でしたが。

 ここでの議論以外で初めて見た、マスコミによる高校野球批判でした。残念ながら共同配信なので、大都市ではなかなか目にふれませんね。

 連投させないために休養日を設けるという日程の問題でいえば、やはり「死のロード」に出てもらっている阪神タイガースへの遠慮が大きいのでしょうね。
 あとは、一日4試合を5試合に増やして、1~3回戦の日程を圧縮することでしょうか。

 ともあれ、Tootnistさんがシミュレーションされていたような17日案というのは、すごく現実的な気がします。これなら高野連も阪神球団も、飲むのではないでしょうか。

 何を書いているのか段々わからなくなりましたが、そういえば、朝日がなぜ甲子園での連投問題に鈍感か、下衆の勘ぐりの世界ですが、かつてはプロ野球=巨人の時代でしたから、朝日と読売のライバル関係を思えば、「なぜ朝日が読売の興業ために、高校球児の選手生命をながらえさせなければいけないんだ?甲子園は甲子園で完全燃焼してもらえばいい。あとのことは知らん。うちはプロ野球もったことないし知らんわ」ぐらいの気分があったのかもしれませんね。

ではでは。

投稿: 物の本によりますと | 2006/08/25 06:00

以前(といっても15年以上前に)同じような疑問を考えたことがあります。興行ベースでいうと、3)酷使も甲子園の魅力である、という理由が最も大きく価値があるものなのでしょうね。ただWBCを見せられた後の日本人からすれば、その意見はまさに時代遅れではないでしょうか? 酷使以上に「もう負けられない」という環境のほうが、決定的にスリリングであることを体感してしまっていますから。

15年以上前に、なんとなく連投を避ける方法を考えていたのですが、やはり一番はGS神戸(当時は西宮)を併用することだと思っています。「それでは土が持って帰れないではないか!」という人が多いと思いますから、参加校の初戦は甲子園でやる、という内規を作ればいいでしょう。ですから2回戦途中、26試合目からは、GS4試合、甲子園4試合の1日8試合も可能です。
ワールドカップでも、グループリーグの第3戦は同時刻キックオフですから、準々決勝が2会場でもテレビ的には問題ないのでは? 軌道に乗れば2会場分の入場料が手に入る訳ですし(そういえば、高校野球って、まだ入場無料なのですか? それとも昔だけ?)。
高校サッカーをみても『目指せ国立!』を合い言葉に、ベスト8を勝ち抜くことが目標となったりする訳ですから、一度甲子園で戦わせて、最後に(ベスト4以上で)、再び甲子園に戻ってくるというのもかっこいいかも。

ちなみに「箕島対星稜延長18回」の終了時刻は19:56だそうです。この試合以降、ナイターの高校野球が好きになりました。

投稿: assayas | 2006/08/25 10:05

念仏の鉄です。遅くなってすみません。

>grounderさん
なぜTBできないのでしょうね。ご不便をおかけして恐縮です。

>ある制約の中でこそ新しいアイディアが出てくる…と思います。期待を込め…。

この案に(健康保護以外に)積極的な意義を見出すとしたら、このへんでしょうね。


>momoさん
こんにちは。
…と言った後にお話する言葉を思いつきません(笑)。野球に興味のない方にはご縁のないエントリかと思います。


>clubssさん

>阪神と高校野球両方がある限り日程に余裕など生まれない。

程度の問題だと思うんですけどね。今は関西にもプロで使える野球場が増えましたし、2,3日会期を延ばすくらいは、双方にやる気があれば不可能ではないと思うんですが。


>えぞてんさん

>理由のひとつは、「高校野球は教育の一環」と当事者達が語っているから。

無関係者が何か言うことに正当性があるとしたら、そういうことでしょうね。

>プロに転向するのが当たり前のような考えに異を唱える方がいるのもわかりますが、

私自身は主に「将来のプロ野球選手」という観点から高校野球を見ています。しかし、それ以前の問題として、優勝した投手が再起不能になる、という事態が何度も起こるような大会運営はおかしいと思いますよ。


>武藤さん
武藤さんのblogがきっかけでサポティスタにリンクされて、またアクセスが増えました。初めてサポティスタに張られたリンクが高校野球の話題とは(笑)。

>経済原理と言う観点からすると、甲子園で無理をして(かつ身体が外部から見て壊れなかった)プロ入りする選手は、「人気」と言う付加価値がつき、より多くの契約金や初年度の年俸やマスコミ出演料や裏金などを獲得する権利を得るのが、現状のビジネスモデルなのかなと。

このへんもサッカーとは異なるところですね。なぜドラフト会議もないのにJリーグの選手獲得にさしたる問題が起きないのか、野球関係者からは不思議に見えるようです。

>「このままでよいのだ」と言う考えの方が多いのも、野球とサッカーの違いですね。

ただ、異論の多くは「このままでよい」というより「こういう事情があるんだから仕方ないでしょ」という論調に見えます(悲劇こそ娯楽なのだ、という人もいますし、それもまたひとつの真理だとは思いますが)。野球界には利害を異にするステークホルダーが多すぎて身動きが取れなくなっているのでしょうね。プロの世界はまだ経済原理によって動かせる可能性もあるけれど、アマチュアの世界はそれがない分、余計に厳しいように思います。


>southkさん

>うちの父親は医療関係の仕事についておりまして、地元野球部(全国クラスの強豪では決してないです)の子たちの健康診断をしたことがありました。
>故障や障害を抱えた子供も何人かいたそうですが、甲子園を目指す彼らは、身体なんて壊れてもよいという勢いでいますし、学校や部の関係者にも、治療を優先するような発想はない。
>「今は将来のことなんて、考えられないだろうから…」といったことを歯がゆそうに父が語っていたことを、おぼろげながら覚えています。 

うーん、やっぱりそういうものなんですね。プロはおろか大学で野球を続けられる可能性もなさそうだと判っているからこそ、逆に「体なんか壊れても甲子園に出たい」と思うのかも知れませんし。


>Tocotonistさん
こんにちは。

>一球場開催かつ一日最大試合数4の制約を維持したとしても
>17日間
>不可能な長さではない気がしますね.

ありがとうございます。このへんがさしあたりの落とし所だろうと私も思います。
これが実現できない理由があるとしたら、学校や父兄の負担への配慮くらいしか思い当たりません。


>夏休みさん
こんにちは。

>しかし、彼らが高校生という立場で高校の夏期休業中に大会を行っていて、これ以上開催期間の延長はできるのだろうか?という疑問もあります。

上のTocotonistさんの日程案にもあるように、2,3日の延長であれば問題はないでしょう。まだ夏休みですし(笑)。
また、それを考えるのであれば、斎藤投手や田中投手が参加する日米高校野球の日程は9月に食い込んでます。それでいいのか文部科学省。


>白谷さん
こんにちは。

>今の高校野球は、焼き畑農業みたいな感じですね。

うーん。後に残るは焼け野原ばかりですね。
確か本来の焼き畑農業は循環可能な形だったらしいですが(あまり関係ないですが)。


>党首さん
こんにちは。アウグス党党首さんですか。時々blog拝見してます。

>それほど手間を掛けずできる改善があるはずです。
>例えば準々決勝以降は冷房の効いた大阪ドームでやるとか、
>酷暑の昼間を避けて16時以降にプレーボールするとか。
>休養日を何日か足すというのもそうです。

そう、小手先のことでも少しづつましにしていけばいいと思うんですが、
実際にやったことは準々決勝を2日に分けるとか、あまり効果のない変化しか見えないのが残念、というか不審です。


>2006/08/24 18:56:43の名無しさん
こんにちは。

>なんで高校野球は甲子園に凝り固まるんですかねえ?

いろんな面で、この大会はスポーツではない部分が多すぎるように思います。なかなか一筋縄ではいきませんね。


>カメさん
こんにちは。

>日程に関してですが、3回戦までをGS神戸と京セラドームで
>同時開催すればいいと思います。
>甲子園開催は準々決勝以降に、という事であれば余裕のある
>日程を組めるでしょうね。

おっしゃるようなやり方もあると思います。
問題は、そういう(試合そのものや選手の健康にとって)合理的な判断を妨げる決定的な要因がどこにあるのか、ですね。
「甲子園」というブランドに関係者すべてが固執している面もあるのでしょうし、「応援団を送り込む学校や父兄の経済的負担への配慮」によって準々決勝以降を連戦にしているのなら、序盤のスケジュールを圧縮しても状況はあまり変わりません。
高野連の公式なアウトプットからは、なかなかそのあたりの本音が見えにくいので、隔靴掻痒の感があるのですが。


>masudaさん
こんにちは。武藤さんのところでお見かけするmasudaさんでしょうか。野球にもお詳しいのですね。貴重な情報をありがとうございます。

>私の知る限りでは帝京と常総学院は選手に全ポジションを経験させているはずです。

これは素人目にもいい指導理念だと思います。小学校や中学校時代のポジションなど、その時のチーム事情でたまたま与えられたりするものでしょうし。逆に帝京や常総学園クラスになると、投手出身者ばかりなのかも知れませんね。

>ただし、全国の野球部のうち2,500校位は部員数がギリギリ(もしくは他運動部から部員を借りて)参加してきているという事実もある。彼らに投手を複数用意しろというのは勝つのをあきらめろと言ってるのと同じこと。

もう7,8年前になりますが、アマチュア野球に非常に詳しい知人に技術レベルの推移について聞いたところ、「甲子園に出てくるような学校は昔と変わらないが、県大会の一回戦レベルだと草野球以下の学校も増えている」と言われました。裾野の問題は以前「三角ベースの復権。」http://kenbtsu.way-nifty.com/blog/2005/07/post_6911.htmlというエントリで少し論じたことがありますが、球数制限が裾野を絞ってしまうようでも困りますね。
『おおきく振りかぶって』の西浦高校で三橋の連投が許されなかったら…みたいな話でしょうか。

余談になりますが、この2つのエントリにコメントやトラックバックをいただいた方は、圧倒的に男性が多いような気がします(実際は性別不詳の方が多いので、あくまで「気がする」だけですが)。『おお振り』で、県大会で勝ち進んだけれど明日の決勝を前に三橋がパンク寸前、さあモモカンはどうするか…みたいな形で連投問題を取り上げてくれたら、斎藤ファンの若い女性たちにも問題意識が共有されるのでしょうね。ひぐちアサさんがこれを読んでるとは思えませんが(笑)、期待したいところです。

>休養日に関してはほとんどの地方大会で導入済みです。

そうですか、それは結構なことです。県大会は応援団の宿泊など考える必要がないので、改善はさほど難しくないはず(甲子園という後がつかえてはいますが)。できれば決勝の前にも1日入れてほしいところですね。


>冬潮さん
こんにちは。

>都市対抗野球のような補強選手制度があれば、「斎藤や田中みたいな投手を複数準備する」ことはできますね。

なるほど、それは考えてもみませんでした。慣れない形態ですから違和感はありますが、「県代表」という建前からすれば、ありうる話ですね。確か部員数が足りなくて試合ができない学校どうしが合同チームで県大会に参加することは認められていたはずですから、ルール上の障害は理屈の上では大きくないと思いますが、実際の試合で、補強選手が打たれて負けてしまったら…なかなか割り切れないかも知れません。


>セガールさん
こんにちは。

>なぜプロ野球の球団は自前のユースチームを作ろうとしないのでしょうか?

党首さんが先にお答えくださいましたが、私の考えも大体同じです。読売ジャイアンツが今年、小学生向けのスクールを作りましたが、これは選手の囲い込みというよりは野球そのものの普及活動という意味合いが強いと思います。


> 2006/08/25 0:10:06の名無しさん
こんにちは。

>大人と子供の感じ方の差というより、社会人野球やプロスポーツの視点での物言いに違和感を感じます。

補強選手というルールが「社会人野球やプロスポーツの視点」とは限らないと思いますよ。例えば国体の高校サッカーは県内各校からの選抜チームが出場していますし。甲子園も「県代表」である以上、必ずしも学校の枠を絶対視する必要はないのかも知れません。


>党首さん
代返ありがとうございます(笑)。
ほぼ同感です。
ただ、現状では日本の学校制度や部活からはみ出してしまう野球少年は行き場がありません。その意味で、中卒でプロ入りした辻本賢人投手を阪神がどう育てるかは、ひとつの試金石になるような気がします。


>しばらく見てないさん
こんにちは。

>甲子園は興行なんだからしょうがないんじゃないんでしょうか。

そうかも知れませんし、そうではないのかも知れません。
私はおかしいと思うので、そう書き続けているだけです。


>物の本によりますとさん

今さら匿名にしなくても(笑)。

>連投問題について、主催者や関係者は、「またか」「毎年その手の批判は来るんだよね」という感覚に陥っている気がしました。

おかしなことを続けているから毎年批判されるのだということを、機会があったら教えてあげてください。

>相手はネットを見ていない人々なのだと思います、なんと。

もちろんそうでしょう。本や雑誌で取り上げたところで、その点はあまり変わらないと思いますよ(以前、雑誌の編集をしていた時に、甲子園の連投を批判する特集を組んだこともありますが、さほど反響はありませんでした)。

しかし、即効性はなくとも、言い続けることには意味があるのだろうと思います。このblogにしても、去年の春に書いた時はたぶん数百人くらいにしか読まれなかったのですが、今回はすでに数万人です。野球少年のお母さんも何人かおられるようですし、他にも何らかの形で高校野球と関係のある人の目に触れていることでしょう。少しでも関わる人々の意識が変わっていけば、それでいいと思っています。

>これほど現代日本人の幅広い年代に親しまれたイベントを、長年にわたって主催し育ててきたという自信に根ざしているのかもしれません。

あるでしょうね。あのスタンドの中にいれば、自分たちが支持されているという圧倒的な自信を抱くのも無理はない。どこぞの団体の長のように「脇村ヤメロ」とコールされることもないようですし。

>佑ちゃんだかハンカチ王子だかなんだか知らないが、第二の荒木をつくれ、とばかり、煽るだけ煽る姿勢がありあり。

ま、すべての民放がそうですからテレビ朝日だけが突出しているわけでもありませんが。
「第二の荒木」といえば、斎藤は荒木大輔に憧れて早実に入ったとされているようですが、荒木が甲子園に出たのは26年くらい前。なぜ生まれる前の出来事に彼は憧れたのでしょう?不思議です。


>assayasuさん
こんにちは。

>ただWBCを見せられた後の日本人からすれば、その意見はまさに時代遅れではないでしょうか?

球数制限という発想と運用の実態を日本人に知らしめたという点でも、WBCは大きな出来事だったと思います。仮に高校野球で球数制限の導入が議論されることがあれば、導入派にとっては説得力を増す実例になりますね。

>高校サッカーをみても『目指せ国立!』を合い言葉に、ベスト8を勝ち抜くことが目標となったりする訳ですから、一度甲子園で戦わせて、最後に(ベスト4以上で)、再び甲子園に戻ってくるというのもかっこいいかも。

甲子園以外で試合をすることの心理的障壁は、この方法ならかなり解消されるかも知れませんね。このエントリには正続あわせてたくさんのコメントをいただきましたが、問題を解決する方向で考えれば、それなりのアイデアが出てくるものだなと改めて感嘆しています。
この問題に限らず、「○○だからできない」と決めつけるのは愚かしいことですね(自戒を込めて)。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/08/25 11:29

野球は一人でやるスポーツだとご指摘されています。
僕も同意します。だからこそ無理してしまうんではないんでしょうか。
プロにも進めそうな才能ある投手の活躍で甲子園まで来た。
その子は3年間同じ釜の飯を食うような関係で泣き、笑い、苦しい練習を一緒にしてきた仲間がいます。やはり体が動く限り無理をしてしまうのではないのでしょうか。
システム上連投を防止する形にするのは選りすぐった選手を集める事が可能な代表戦やプロ野球などではいいでしょうが、まさにエース一人の力で勝ちあがってきたチームに対してはピッチャー自身にも応援する人たちにも一緒に戦った仲間にも後悔が残ります。
「アイツさえ投げてくれれば」という幻影に一生付きまとわれるくらいなら納得のいくまで投げさせてあげる方が将来のためになるのではないでしょうか。
納得した上で体が無事という前提の上で書き込んでおりますが
納得せず(上から強制)体を壊しプロへの道を断念というケースの場合成立しない考えですね。とはいえ前者の方がまだマシであると
僕自身は思ってます。

投稿: kimi1975 | 2006/08/25 11:43

お体の具合はいかがですか。コメント欄が凄いことになっていますが、あまりご無理なさらないように……とか言いながら、書いちゃって恐縮です。
最初、コメントを書いていたのですが、長くなったので久々のエントリにしてしまいました。なんか人のふんどしで相撲を取っているような感じ(苦笑)で心苦しい思いもあるのですが……。TBさせていただきました。

投稿: 考える木 | 2006/08/25 20:10

あは!ばれました?@旅先のネットカフェ、です。
さきほどヤフーで「念仏の鉄」を検索したらアクセス制限かかってました!でグーグルで来ました。
 疲れて寝てしまってちょうど見れなかったのですが、さっきまでNHK特集で連投問題をやった、というか、田中・斎藤を特集したようですね。テレビ欄を読む限りだと、かつての横浜松坂の延長18回の時の番組をほうふつとさせる、何の反省もない、努力と根性の物語と心理戦の話のようでもありますが?

投稿: 物の本によりますと | 2006/08/25 23:35

私は,一球場開催かつ一日最大試合数4の制約を維持を仮定してコメントさせて頂きましたが、この変更を含め可能そうな改善の選択肢は次の5つ程度でしょうか?

1. 17日間程度の開催日(+雨天時の予備日)を許容する
2. 複数球場での開催
3. 一日の試合数を5以上も許す
4. 全国大会出場校数を減らす
5. ピッチャーに一試合の玉数制限/投球回数制限を課す.

それぞれ課題がありまず.
1. 球場への負担、応援者への負担,ノー試合デーによる大会盛り上がりの非継続
2. 甲子園ブランドの低下
3. 夜のみの試合の存在,お日様のもと汗かく高校野球のイメージ
4. 地域性
5. 試合の質の低下

これにより,阪神タイガース、応援者,スポンサー,放送局,高校生の夜の活動制限,各チームにデメリットが発生します.

これらデメリットを踏まえても高校野球を教育の場と言い張る高野連の結論がこれかよ!っという気がしますね.少なくとも2連投までに制限する時に犠牲になるのは,金(スポンサー,放送局,阪神電鉄)だけだと思います.

日本の高校野球はビッグイベント化して,高校生はそこで燃え尽きようとし,大人はたかろうとする.そこが残念です.

投稿: Tocotonist | 2006/08/26 02:26

初めまして。

自分は1球場開催に無理があると思います。
多少の延期はまだ夏休みだから平気でしょう、という意見がありましたが、これは違います。北海道などでは既に夏休みは終わっています。ま、全校応援しなければ犠牲になるのは野球部だけですから学校は始められますが、現実的には決勝ともなると全校をあげて応援、夏休みの延期、、、で、冬休みを削られて極寒の登下校日が増えるという図式でしょうか。

あともう一つ。
球児たちの体を気遣うなら、ドーム等、人工芝の球場はどうかと思います。やはり土や芝のグラウンドでやらせてあげたいです。


投稿: 山田 | 2006/08/26 10:20

>kimi1975さん
こんにちは。

>「アイツさえ投げてくれれば」という幻影に一生付きまとわれるくらいなら納得のいくまで投げさせてあげる方が将来のためになるのではないでしょうか。

そういうものでしょうね。しかし、そこで納得のいくまで投げたことで野球生命を失ったら、そのこともまた彼にとって一生付きまとう傷になるのではないでしょうか。
だからこそ大会主催者が配慮すべきだ、というのが一貫した私の主張です。


>考える木さん
ご配慮ありがとうございます。
めったにないお客さんの数ではありますが、罵詈雑言の類いはほとんどないので助かります。


>物の本によりますとさん

アクセス制限ですか(笑)。
場末の食堂がグルメ番組に紹介されたらお客さんが来すぎて入りきれない…みたいな気分です。さすがにピークは過ぎたようですが、「あそこは調子に乗って味が落ちたな」なんて言われないように気をつけます(笑)。


>Tocotonistさん

だいたいおっしゃるようなところでしょうね。
決勝と準決勝に限って言えば、
「暑さがピークになる昼前後を避けて試合を行う」
というのも馬鹿にならない対策だと思います。
準決勝の第一試合を午前9時30分開始、第二試合を午後2時30分開始くらいにすれば、
体力的な負担は今よりはましになるでしょう。
このくらいは何の根回しもなく来年からでもできると思います。


>山田さん
こんにちは。

>多少の延期はまだ夏休みだから平気でしょう、という意見がありましたが、これは違います。北海道などでは既に夏休みは終わっています。

なるほど、失礼しました。
会期を繰り上げれば県大会の日程が窮屈になるし、なかなか厄介ですね。
個人的には2学期に食い込んでも構わないのではないかと思います。
全校応援という形で休暇中に学生を拘束すること自体がおかしな話ですし、
むしろ2学期の校外活動と位置づけてしまう方が筋が通っているような気もします。
(春の選抜は4月上旬までやってますが、決勝戦の頃には大抵の高校が始業式を終えているのではないでしょうか)

>球児たちの体を気遣うなら、ドーム等、人工芝の球場はどうかと思います。やはり土や芝のグラウンドでやらせてあげたいです。

これも筋ではありますが、程度の問題でしょう。人工芝の硬さと炎天下の暑さと、どちらがより悪影響を及ぼすか、という判断になりますね。地方球場の硬いグラウンドよりドームの人工芝の方がまし、ということもあるかも知れませんし。
また気分の問題としては、選手は土や芝のグラウンドではいつもやっているわけで、プロが使う球場で試合をする方が嬉しいかも知れません。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/08/26 13:54

はじめまして、りんきんと申します。
こちらの記事と前述の記事を拝見し、私自身も思っていたことでしたので、さらに詳細な分析をなさっていたこちらの記事を、当方のブログで紹介させて頂きました。トラックバックをさせて頂いたのですが、反映がされていないようですので、コメントにてご連絡とさせて頂きます。

私のブログ記事のコメント欄に書いたのですが、松坂みたいにプロで成長し続けられる元高校球児は、正直いって奇跡的だと思います。寺原も同様にもてはやされましたが、最近は甲子園で燃え尽きちゃったんじゃないかというような成績。故障も続いていて、ホークスファンとしては、心配且つ残念です。

初めてのコメントで長文失礼いたしました。

投稿: りんきん | 2006/08/27 22:48

>りんきんさん
こんにちは。ご丁寧にありがとうございます。
トラックバックは不調のようで、他にも送れないという方がいらっしゃいました。申し訳ない。何の制限もしてないんですが。

ホークス投手陣の主力には新垣、和田、杉内と甲子園経験者が多いですね。あまり勝ち進まなかったのが良かったのかも知れません。寺原も、年齢ではまだ大卒ルーキー並みなんですから、うまく成長してほしいですね。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/08/28 02:28

甲子園は何とか終わりましたが、またお正月になると「冬の甲子園」と言うべきものに成り下がった「箱根駅伝」をやりますね。
高校野球と駅伝、この二つは当然日本独自のものですが、この二つが現状のままである限り、これからも数々の悲劇(喜劇か)が繰り広げられるのでしょう。

投稿: 田口 | 2006/08/30 00:46

>田口さん
こんにちは。
箱根駅伝がどうしてああいうふうになっているのか、あまりまとまった歴史研究書を見かけないのが残念です。
ただ、いわゆる「ブレーキ」やリタイアが増えたのは、テレビの完全中継が始まって以降という印象があります。その意味では、途中から「甲子園化」したのかも知れません。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/08/30 01:11

こういうひとも居ます。

http://blogs.yahoo.co.jp/columnoffside/40033843.html

投稿: KuiKuga | 2006/09/16 22:40

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