甲子園大会の精神主義ができるまで。<旧刊再訪>
清水諭『甲子園野球のアルケオロジー』新評論 1998
坂上康博『にっぽん野球の系譜学』青弓社 2001
「早実の斎藤はなぜ4連投しなければならないのか。」「続・早実の斎藤はなぜ4連投しなければならなかったのか。」(並べてみると、統一性を欠く見出しですが)というエントリにいただいたコメントの中には、「甲子園ってのは悲壮感と自己犠牲がいいんだから、ほっとけ」というような意味の意見がいくつかあった。
母校の名誉のために己の体を投げ打って勝利のために全力を尽くせ、疲れたから休みたいなどという弛んだ精神ではダメだ、死に物狂いで戦え…
確かに、甲子園にはそういう心性が充満している。現代のスポーツに関する考え方とはいささか異なるこのような心性はどこから来たのか、という観点で日本野球の歴史を紐解いてみると、答えはわりとあっさりと出る。
どうやら、その歴史のかなり早い段階から、日本野球はそういうものだった。
2つ前のエントリで途中まで紹介した『甲子園野球のアルケオロジー』の後半は、そのような時代の野球の精神性について論じている。その象徴的存在が、一高だ。
1873年=明治6年(その前年という説もある)に、開成校のお雇い外国人教師ウィルソンが学生にベースボールを教えたのが、日本における野球の始まりとされている(「開成校」は現在の開成高校ではなく、旧制一高・現在の東大の前身にあたる)。
その後、新橋アスレチックスのようなクラブチームが作られるようになり、当初はいわゆるハイカラな人々のお洒落な娯楽という雰囲気だったらしい。
しかし、チーム同士で試合を重ねるうちに対抗意識が強まり、とりわけ学校を主体にしたチームが増えると、勝敗に母校の名誉をかけて懸命に戦い、選手だけでなく周囲の人々が激しい応援をする、という気風が支配的になっていく。
そのひとつの頂点ともいえるのが、明治後期に黄金時代を築いた一高野球だった。
一高野球部は1890年、都内の主要クラブを次々と破り、日本の野球界に「一高時代」を築く。とはいえ試合そのものは年にほんの数試合しか行われなかったのだが、その少ない試合のために毎日厳しい練習を重ね、練習そのものを応援する人々も大勢グラウンドに詰めかけていたという。
大和球士『野球百年』には、左腕エース守山恒太郎が夜毎ひとりで倉庫の壁を相手にピッチング練習を重ねる様子が描かれている。煉瓦の壁には大きな穴が空き、投げすぎて左腕がまっすぐ伸びなくなると、校庭の木の枝にぶら下がって腕の伸ばして、また投げ続ける、という壮絶な練習だ。
また、手許にないのでうろ覚えの記述になるが、この時代の一高野球部関係者が書いた本(確か中馬庚の『野球』)では、グローブを使うと気持ちが軟弱になるので、素手で痛みに耐えながら守備をしなければならない、という意味のことが堂々と論じられていたりもする。
このような一高野球の特徴を、清水は次のようにまとめている。
1)寄宿舎や校友会を基盤として、「全校の団結と文武に渡る諸武芸を錬磨」する身体文化の一つとして、野球を全校挙げて応援し、熱狂すること。
2)試合は「鬱勃たる胸中一片の気を、球に託して外に表示するの具となれり」といわれたように元気の精神たる校風発揚の場であり、母校の名誉を賭けて必ずや勝利すべきものであること。
3)試合をすることよりも、「一高式練習」といわれる日々の猛烈なる練習による精神修養と鍛練主義が重視されること。
4)野球には、「武士道の精神」と当時の野球部員と関係者が表現する質素倹約、剛健勇武、直往邁進の特質があり、これを実践するにも礼の精神、体を張ること、恥を知る精神を重視すること。
ご覧の通り、我々がよく知っている「甲子園の精神」に、よく似ている。
「この一高時代の精神は、早稲田大学や慶応大学に覇権が移ったのちも地方の中等学校野球部に伝播し、全国中等学校優勝野球大会の『物語』を形成することに多大な影響を及ぼしていく」と清水は書く。
この勢いで書いていると長くなってしょうがないのでかいつまんで紹介するが、一高、あるいは早慶の野球部員やOBが郷里の後輩を指導する形で、野球は全国の中学に伝えられていく。初期の早慶戦は、試合のたびに新聞で詳しく報道され、多大な人気を誇る競技だったから、影響力も大きかったことだろう。
早慶戦は、その応援のあまりの過熱ぶりを学校当局が懸念して、1906年=明治39年を最後に対抗戦を禁じられてしまった。学生が野球に熱中しすぎて学業を疎かにすることへの批判などから、1911年=明治44年、東京朝日新聞は「野球と其害毒」と題したキャンペーン記事を掲載する。、第1回では一高校長だった新渡戸稲造が「野球は賎技なり豪勇の気無し」「巾着切りの遊戯」「野球選手の不作法」などと手厳しい談話を寄せている。
ところが、そのわずか4年後の1915年=大正4年に、大阪朝日新聞社によって「全国中等学校優勝野球大会」が開催される。
あれほど批判していた学生野球の大会を自ら主催することについて、朝日新聞社は「本社はこの大会によって全国的に統一ある野球技の発達普及を計ると共に、技よりも寧ろ精神を主として進むべき学生野球の真価を発揮せしめんと企てたのである」(朝日新聞社『五十年の回顧』1929=『甲子園野球の…』からの孫引き)という理屈を立てて説明している。
(ちなみに、清水によれば、「野球害毒論キャンペーンによって朝日新聞の購読数が急減したこと」も、大会発足の要因のひとつだったという)
かくして「甲子園野球の精神」とでも呼ぶべきものが作り上げられ、90年以上を経た現在も、それは色濃く高校生たちの野球を覆っている。
『甲子園野球のアルケオロジー』には、これらの事情が詳述されているほか、「フェアプレー」や「スポーツマンシップ」といったキリスト教思想を背景とした倫理観が早慶時代に形成されていったことなども論じられている。
「甲子園野球の精神」に関心を持つ方は、ぜひお読みになるとよいと思う。
その3年後に刊行された『にっぽん野球の系譜学』も、ほぼ同じ時代を扱っており、共通の資料や似た記述も多く見られるのだが、こちらはいわば応用編。少し違った観点から日本野球の精神を追っている。
坂上の関心は、「日本野球は江戸時代からの武士道精神と結びついて独特の精神主義を形成した」と論ずる説は多いがそれは正しいのか、という点にある。特に海外の研究者やジャーナリストがそのように主張することが多く、日本人もさほど疑うことなく、それを受け入れている。
だが、前後関係を調べていくと、必ずしもそうではない、というのが坂上の考えだ。
上述の「野球と其害毒」キャンペーンに見るように、野球が広く全国の学校に普及した後、部員が野球に熱中しすぎて学業がおろそかになるとか、応援が過熱しすぎて危険であるとか、野球部員の素行が粗暴であるとか、さまざまな批判が加えられ、野球部の活動を禁止する動きも起こった。
坂上は、これらの迫害に対抗するために野球人たちが打ちだした理論武装が、武士道を中心とする精神修養と野球を結びつけることだった、と説く。
武士道は、野球界が世間の批判から自らを守るために利用した盾だった、ということになる。
年度ごとに一高野球部員の族籍(「士族」か「平民」か。士族は武家の出身、ということ)を分析し、「『武士道的野球』論は、野球部選手に占める士族の比重が低下し、また、武術各部との関係をもつ者が激減したあとにはじめて登場したのであり、その逆ではない」とするくだりも興味深い。
そもそも「武士道」というもの自体が「B.H.チェンバレンが『新たな宗教の発明』と指摘した現象」であり、帝大の教師だったチェンバレンは、日本を去った後の1912年に「武士道は、『ごく最近のもの』で1900年以前のどんな辞書にも出ておらず、制度や法典として存在したことなどなかった」と書いている、と坂上はいう。
伝統と呼ばれるものの中には、ある時代の人々が自分たちの都合に合わせて作り上げたものも少なくない(例えば、相撲が「国技」を自称するようになったのは、明治42年=1909年に史上最初の専用競技場を建設し、その建物を「国技館」と名付けたことに始まる)。
本書はその種の発見に満ちている。
戦後の野球事情についても、終戦後しばらくはアメリカン・デモクラシー的な自由な気風に満ちた野球を楽しむ人が多かったけれど、数年のうちに学校野球部は戦前の精神主義に回帰してしまったこと、「スポ根」という場合の「根性」という言葉は戦後、おそらくは東京五輪あたりを契機に広まった新語であること(それ以前は「島国根性」というような、ある性格を現す用法に限られていた)など、へぇ、と思うようなエピソードが随所に見られ、興味深い。
もちろん、武士道野球といわれるものの実体や各地での迫害の内容など、豊富な資料に基づき具体的に詳述されていて、これらのエピソードも面白い。
ただし、上述のように、通説の歴史観への反論、という形で書かれているので、予備知識抜きでいきなり読むと、やや判りづらいかも知れない。この2冊を読むなら、先に『甲子園野球のアルケオロジー』から手をつけることをお勧めする。
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このところしばらく甲子園について書いたり考えたりしてきましたが、エントリとしては、これをもって一段落とするつもりです。
過去の関連エントリは以下の通りです。
甲子園大会という投手破壊システム。
甲子園大会はWBCを見習え。
早実の斎藤はなぜ4連投しなければならないのか。
続・早実の斎藤はなぜ4連投しなければならなかったのか。
清水諭『甲子園野球のアルケオロジー』新評論<旧刊再訪>
なお当blogは8/27をもって開設2周年を迎えました。来訪者の皆様に感謝します。ここ10日ほどで思いも寄らない状態になって戸惑っておりますが(笑)。
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