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丹波哲郎を偲んで『十三人の刺客』を見た。

 10日ほど日本を留守にして、戻ってきたら丹波哲郎が亡くなっていた(この10日間の最大のニュースがそれか、と言われそうだが)。

 すでに80歳を超える高齢で、近年は体調を崩して危険な時期もあったと聞いていたので驚きはしないけれど、残念には違いない。日本的な大物感を漂わせる名優は他に何人もいたが、丹波の持つスケール感は独特のもので他にあまり似た人がいない。『Gメン'75』の黒いソフト帽があれほど似合う日本人は、ほかに想像がつかない。
 そんなことを考えていたら無性に丹波の姿を見たくなって、『忘八武士道』を探して近所のレンタルビデオ屋を何軒か歩いたが見つからなかった。3日の夜にはNHK-BSで追悼番組として映画『三匹の侍』が放映されたが、代官の圧政に堪え兼ねて上訴しようとする農民に同情して荷担する正義感の強い浪人、という役回りは、あまり丹波には似合わない気がする(しかも、農民の身代わりになって百叩きの刑を受けたあげく、代官に騙されて水牢に放り込まれる純情ぶりだ。絶対似合わない(笑))。
 どうも物足りなくなって、以前録画してDVDに焼いておいた『十三人の刺客』を引っ張り出して見始めた。

 昭和38年(1963)東映、工藤栄一監督の手によるこの傑作で、丹波の出番は冒頭の導入部15分あまりに過ぎない。
 明石藩主の松平斉韶は、班の江戸家老が老中・土井大炊頭邸の門前で割腹してまでその隠居を上申するほどの暴君だが、将軍の腹違いの弟であるために誰にも手がつけられない。つけられないどころか、将軍は翌年春に斉韶を老中にすると言い出した。将軍には逆らえないが、斉韶が老中になったらご政道は乱れ国中がとんでもないことになる、と苦渋する老中・土井大炊頭が丹波の役どころで、苦渋の末に、腹心の旗本・島田新左衛門(片岡千恵蔵)を呼びつけて秘密裏に斉韶の暗殺を命じ、新左衛門は参勤交代で国元へ帰る斉韶一行を襲うべく、手勢を集めて策を練り始める。

 丹波は1922年生まれだから、この時46歳くらい。千恵蔵は1903年生まれで65歳。20歳近い年齢差のある日本映画のスーパースターに対峙して、成功しても名誉は望めず、実質的に成否を問わず待つのは死のみという任務を与える大層偉い役回りを、堂々と演じて緩みがない。見事な貫禄である。
 この先に起こることのすべてが土井の一存に始まっているわけで、それに見合う重みが丹波にはある(ちなみに『十三人の刺客』が1990年にフジテレビで単発ドラマ化された時にも、丹波は同じ役を演じている)。

 で、丹波の出番は早々に終わるのだが、時差ボケのせいもあってか一向に眠くならないし、映画は粛々と進んでいく。結局最後まで見てしまった。何度見ても面白い。
 『十三人の刺客』は、日本映画史の上では、時代劇全盛期の最後に咲いた徒花ともいうべき集団時代劇の傑作と位置づけられているらしい。島田新左衛門が集めた十三人の刺客が斉韶一行の五十数名を襲うクライマックス、壮絶な斬り合いを繰り広げる闘いのリアリズムが高く評価されている。

 それはその通りなのだが、久しぶりに見た今回は、丹波を中心に見ていたせいもあってか、クライマックスに至る以前、新左衛門=千恵蔵と斉韶の側近・鬼頭半兵衛(内田良平)がそれぞれに策略を巡らせ水面下での攻防を繰り広げながら抜き差しならない状況に突き進んでいく、静けさの中の凄まじい緊迫感が印象に残った。
 土井邸の門前を正面から映したシンメトリックなファーストシーン(よく見ると門の前で明石藩江戸家老が切腹して果てている)に始まり、日本家屋の内外を低い位置から映し出す構図、光と影を(とりわけ刀の光を)強調したモノクロ特有の映像美。BGMは極力抑制され、効果音もあまり使わない静寂が、緊迫感をいやが上にも高める。ジョン・ケージの「4分33秒」ではないが、「無音」もまた効果音のひとつなのだということを、工藤は把握しているかのようだ。

 そんな静けさの中で口跡の見事な名優たちが言葉を交わす前半は、あたかも舞台劇のようでさえあり、それだけに台詞の一言一言も重厚に響く。いつまでも記憶に残る言葉も少なくない。
 この脚本を書いた池上金男は後に池宮彰一郎というペンネームの小説家となり、忠臣蔵小説の新機軸『四十七人の刺客』という傑作をものにする。『四十七人の刺客』は、タイトル以外にもさまざまな面で『十三人の刺客』を下敷きにしていて、まったく同じ台詞もいくつか用いられている。
 にもかかわらず池上=池宮自身も脚本に加わった映画『四十七人の刺客』はまったく面白くなかったのだから、映画とは難しいものだ。

 映画とともに話が逸れた。丹波哲郎氏の冥福を祈る。彼の大霊界に「冥福」などという概念があるのかどうか私はよく知らないので、失礼があったら許して欲しいが。

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コメント

面会謝絶の西田敏行さんの病室にズカズカ入って励ましたというエピソードを聞きました。

豪快でお優しいお人柄だったんですね。

投稿: KuiKuga | 2006/10/04 21:29

いささか外した感想です。

某橙蹴球新聞の担当の方と電話で打ち合わせをしている時に、インタネットを眺めていたら、丹波氏逝去の報を見つけました。「あ、丹波哲郎が亡くなったようですよ。」と思わず伝え、お互い丹波氏の思い出を語り合いました。私は「キーハンター」と言い、彼女が「Gメン75」と言ったところで、お互いの微妙な年齢の違いを感じました。

あまり時代劇には詳しくないのですが、池宮彰一郎氏は大好きなので、「十三人の刺客」をはじめ、丹波氏が登場する黄金時代の時代劇を少し見てみようかなと言う気になってきました。

ただ、私にとっては、丹波氏はやはり、野際陽子と千葉真一に訳のわからん命令をする印象が強いです。

ご冥福を...って、言えないのでしょうか。

投稿: 武藤 | 2006/10/04 23:50

>武藤さん
>私は「キーハンター」と言い、彼女が「Gメン75」と言ったところで、お互いの微妙な年齢の違いを感じました。

私もどちらかというと「Gメン」派です。「キーハンター」も見てはいたはずですが。一回り下の知人は「大霊界」しか知らなかったそうです(笑)。

>池宮彰一郎氏は大好きなので、「十三人の刺客」をはじめ、丹波氏が登場する黄金時代の時代劇を少し見てみようかなと言う気になってきました。

『四十七人の刺客』がお好きなら、『十三人の刺客』は面白いと思います。冒頭に挙げた『忘八武士道』は何とも形容しがたい無茶苦茶な作品で、敵味方構わず切りまくるニヒルな浪人を演じていますが、これはこれで丹波さんらしいです。
現代劇のイメージの方が強い俳優さんですが、近年も『たそがれ清兵衛』など、時代劇にも結構出ていて、熱意ももっていたようです。ただ、時代劇の黄金時代は、彼が主演級の俳優になる以前に終わってしまったようで、出演作は正統的時代劇ではない作品が多いような気がします。

>ご冥福を...って、言えないのでしょうか。

構わないんじゃないでしょうか(笑)。公式サイトには「天界にわたりました」と書いてありました。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/10/05 10:30

石井輝男監督の『ポルノ時代劇亡八武士道』73年の丹波さん、大好きでした!阿片中毒になった演技とか良かったなぁ~(福本清三さんの珍しい本格濡れ場シーンもあり!)。
丹波哲郎さんは、いつまでも生きていて欲しかった役者さんでした。

投稿: 市松嵐 | 2006/10/08 08:43

>市松嵐さん
>(福本清三さんの珍しい本格濡れ場シーンもあり!)

へ、それは気がつきませんでした。やっぱり見直さなければ(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/10/09 01:33

ご無沙汰しております。
武藤さんのコメントをみて思わず笑ってしまいました。
というのは、丹波氏の訃報がTVで流れたとき、妻と「丹波哲郎と言えば?」という話題になり、奇しくも2人とも「キイハンター」と同じ答え。
妻は、鉄さんと同い年なので、キイハンターの頃は確か小学校低学年のはず。「何でお前がキイハンターなんだよ?」って聞いても「だって、Gメンじゃなくてキイハンターなんだもん……。」と訳の分からぬ答え。どうもキイハンターでの丹波氏の怪しさがウチのツボのようです。
そういえば、小学校の頃、丹波氏のプロフィールに趣味・特技として催眠術と書いてあったのを見たような気がします(定かではありませんが、いかにもという感じもします(笑))。
この丹波氏の怪しい魅力が、ハードボイルドな役者としての丹波氏の評価にマイナスに働いているとすれば、残念なことです。今度、ちゃんと『十三人の刺客』を観て、役者丹波哲郎の魅力を再発見したいと思いました。

投稿: 考える木 | 2006/10/22 22:18

>考える木さん

催眠術といえば高倉健の特技でもありますね。こちらは本当にイメージに合いません(笑)。

>この丹波氏の怪しい魅力が、ハードボイルドな役者としての丹波氏の評価にマイナスに働いているとすれば、残念なことです。

いや、役者としても相当に怪しいと思います。話題に上っている『忘八武士道』などは、怪しい魅力全開ですから、ぜひこちらもご覧ください(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2006/10/23 23:39

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