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2007年1月

星野仙一が代表監督にふさわしいと考える理由。

 星野仙一が北京五輪に向けた野球の日本代表監督になった。
 星野と五輪といえば思い出すのは2004年のアテネ五輪だ。あの大会では、ほとんどの試合で彼がテレビ中継の解説をしていたような印象がある。

 アテネ五輪では、大会の4か月前に長嶋茂雄監督が病に倒れ、本大会への出場が無理なことが明白でありながら監督が交代されることはなく、長嶋のアシスタント役として選ばれたはずの中畑コーチが監督代行として采配を振るう羽目になった。
 監督未経験の中畑が厳しい局面にベンチでフリーズしている時に、星野は同じスタジアムにいながら放送ブースの中で勇ましいことを言っていた。結果的に日本の野球界は中畑を見殺しにしたのであり、広い意味では星野もその一部であったように見える(それは星野自身の意思ではどうにもならないことだったのかも知れないけれど)。
 その星野が、いよいよ火中の栗を拾う立場になった。

 ここまでの書き方でおわかりだろうけれど、正直なところ、私は彼にあまり好感を持ってはいない。
 中日の選手だった時にチーム内派閥のボスとして君臨していたらしいこと*、中日の監督時代に「巨人の金権野球には負けない」などとさんざん非難しておきながら阪神の監督になった途端にジャイアンツ以上の大量補強をやってのけたこと、中日で山崎に本塁打王をとらせるために最終戦でジャイアンツの松井を敬遠し、それを指摘されて「直接対決以前に追いつかない方が悪い」と居直ったことなどを、私は今でも忘れてはいない。
 もっとも、それらの行為そのものは、それ自体が悪いこととは言い切れない(松井への敬遠には感心しないけれども)。私が抱いている悪印象のかなりの部分は、むしろ、そういう権謀術数に満ちた実情を見ようとせず(あるいは知っていながら)「男・星野」「燃える男」などという手あかのついたレッテルを使い続けるメディアに対する苛立ちから来ているのだろうと思う。

 そして、そんな良くない印象を抱いているけれども、しかし彼が日本代表監督になることについては、現時点でこれ以上の適任者はいないと思っている。

 中日で2度、阪神で1度のリーグ優勝という実績を持ち、日本でも有数の名監督とみなされている星野の、監督としての最大の特長は、補強への積極性にある。
 最初に中日の監督になった87年には、就任早々に牛島ら4人と引き換えにロッテの三冠王・落合を獲得した。翌88年には平野と交換で西武から手に入れた小野が18勝4敗と大活躍して優勝した。第二次政権では大豊や矢野を阪神に出して関川を獲得、優勝した99年にはFAで武田を取っている。
 阪神の監督に就任した時には、上でも少し触れたように、日本野球史上でも有数の大型補強をやってのけた。FAで金本、MLB帰りの伊良部、日本ハムとの大型トレードで下柳。彼らの1人でも欠けていたら、2003年の優勝はなかっただろう(中日の監督として放出した矢野が名捕手になっていたのはご愛嬌だが)。
 ともかく、星野は監督になるたびに選手を大きく動かしてきたし、それが功を奏した年に優勝を手にしてきた。

 原則論をすれば、補強は球団の仕事であり、監督の権限ではない。日本のプロ野球では、かつては監督が実質的にGMを兼ねて、選手のトレード交渉も直接行っていたけれど、近年では分業化が進んでいる。
 だから、「監督としての最大の特長は補強にある」というのは、本来はありえないことだ。にもかかわらず、星野監督は大きく選手を動かしてきた。
 これはつまり、彼が球団のトップを動かす力を持っていることを意味している。

 中日も阪神も伝統的に球団幹部が選手をタニマチ的に愛玩する傾向があり、主力選手のトレードには消極的だった。にもかかわらず、星野は世間を驚かすほどの大型トレードを実現させ、そのために大金を投資することについて球団トップから同意をとりつけている。
 引退後にNHKの解説者をしていた時期には、星野は川上哲治のような同業の大先輩に可愛がられ、「爺殺し」の異名をとったと聞く。野球人にせよ財界人にせよ、力をもった長老に可愛がられ、思うように動かすことに長けた人物のようだ。俗に言う「政治力」がある。

 実は、先に私が星野を好きでない理由のひとつに挙げた「メディア上のイメージと実像のギャップ」についても、彼の「政治力」の賜物なのではないかと考えることができる。メディアを味方につけて、自分に有利なようにイメージを操作することに長けているから、発言と行動の間にギャップがあっても、「男・星野」というイメージを維持していられるのだと。

 そして、五輪代表監督というポストがもっとも切実に必要としている能力が、まさにこの「球団トップを動かす力」であり「世論を味方につける力」なのだ。

 アテネ五輪でもWBCでも、チームにとって最大の困難は他国ではなく、国内の総力を結集することだった。その時点で考え得る最強チームを結成できないままにアテネ五輪で優勝を逃し、WBCでもその教訓が生かされなかったことは、過去にこのblogでも記してきた
 最強チームを編成し、ベストに近い環境を整える。そのために各球団のトップを直接間接的に説得し、世論を動かしてプレッシャーをかける。そんなことができる人物は、(長嶋、王がもはやこの仕事につけなくなっている以上)星野を措いてほかにはいない。

 北京への道は決して平坦ではない。金メダルどころか、出場すること自体が決して楽ではないと思う。
 出場枠は8か国。中国が開催国枠で出場するため、アジア枠から無条件で出場できるのは予選1位チームのみ。今年11月末に台湾で行われるアジア予選で、韓国、台湾と戦って1位にならなければ出場権は得られない。
 予選にMLB選手が出場できるか否かによってもかなり状況は異なるが、もし出場可能になった場合、王建民やパク・チャンホを相手に一発勝負を勝ち抜かなければならないとなれば、ひょっとすると本大会以上に厳しい戦いになる。
 ここで2位以下になると、来年3月に開かれる世界最終予選(これも台湾開催)に回る。メキシコ、カナダ、欧州2、3位、アフリカ1位、オセアニア1位の計8チームの中で3位までに入れば出場できる(ほかにアメリカ予選の1,2位=USA、キューバ=、欧州予選1位が出場)。
 オセアニア1位はまず間違いなくオーストラリアが来るだろう。メキシコ、オーストラリア、そしてアジアからのもう1チーム。ここから1チームが脱落するという争いになれば、決して日本も安泰ではない。

 それだけに、日本野球が持っているポテンシャルを結集し、今度こそ悔いの残らない戦いをしてもらいたいし、そのために星野監督には持てる政治力の限りを尽くして最強のチームを編成してもらいたいと思う。

 悪印象を抱いているけれども日本代表監督として適任だと思う、という書き方を前の方でしたけれど、厳密に言えば、これは正確ではない。
 私の悪印象の根源である彼の「政治力」にこそ、私は期待している。この種の能力は、敵として見れば嫌なものだけれど、味方であるならば頼もしい。


 現時点でひとつ気になっているのはコーチ陣だ。
 山本浩二、田淵幸一、大野豊の3人の就任が確定的と報じられているが、それが正しいのだとすると、いささか重量級に過ぎるのではないかという懸念がある。これから半年間、星野自身とコーチ陣は対戦相手のスカウティング、候補選手のスカウティングのために国内外を飛び回らなければならないはずだ。もう少し国際経験と機動力のあるスタッフが望ましいのではないだろうか(もちろん、彼らとは別にそういう能力のあるスタッフを雇って補うという考え方もあるのだろうけれど)。


*
という体験談を田尾安志・前楽天監督が書いた星野本の中で読んだ記憶がある。現役時代に星野に可愛がられていた田尾は、対立派閥のボスと食事をともにした翌日、星野から「お前はあっち側の人間になったということか」と言われたのだそうだ。全体としては星野を讃えるはずの本の中にそういうことをさらっと書いてしまう田尾という人も、相当神経が太いと思うが。

追記(2007.1.31)
コーチ陣は上記のメンバーで確定した。本文を書いた時には失念していたが、五輪では随行を許可されるスタッフの数が限られているので、打撃投手などさまざまな役割をコーチ陣が兼ねなければならない(そういえばアテネの予選でも本大会でも一塁コーチは選手が交代で務めていた)。暑い北京では本番での体力的な負担もかなり大きくなりそうで心配。山本浩二が三塁ベースコーチを務めると報じられているが、彼が広島カープでその仕事をしていたという記憶が私にはない。
コーチ陣と選手との年齢が離れすぎている、というか、みな「偉すぎる」のも、意思疎通の面では気になる(大野投手コーチは比較的若いが、「選手とのパイプ役」というキャラクターではなさそうな印象がある)。選手の中に、この大御所首脳陣としっかり話ができるベテランを加える必要がありそうだが、宮本慎也はさすがに年をとりすぎている。宮本に代わる主将も、気になるところ。

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弁護士がスポーツ代理人に向いているとは限らない。

 オリックスとの交渉決裂から10日あまり。中村紀洋の去就に関する記事は依然としてスポーツ紙を賑わしているが、記事の中に「茂木立仁弁護士」という文字が見当たらなくなってきた。
 メディアはトレーニングに励む中村自身に直接取材して話を聞いている。選手が代理人と契約している以上、契約の進展に関するコメントは代理人の口から語られるのがノーマルな形だと思われるが、彼らの関係はどうなっているのだろうか。中村は、オリックスとの交渉が決裂に終わった際に、「自分自身が契約の場にいればよかったなと思う」と代理人交渉を後悔するような発言をしていたから、もう契約を解除してしまったのだろうか。

 日本のプロ野球界で、外部から理解の困難な判断や発言を行ってきた実績においては、球団ではオリックス、選手では中村紀洋が、他を圧している。その両雄の間で行われる契約更改交渉となれば、何が起こったとしても驚くには値しない。
 とはいうものの、一連の交渉の中でも、奇異に感じた出来事はある。
  たとえば、12月25日に行われた3度目の交渉の後で、茂木立代理人が口にした以下の言葉だ。

<数字(成績)が悪いのは明らかだが、だれが見ても有名選手。数字にしにくい部分があるはず>(12/26付 大阪日刊スポーツ)

 有名選手なのだから年俸もそれなりに出すべき、とはまたずいぶん乱暴な意見だな、と当時、私は感じた。
 (「球界には数少ない華のある選手」という表現も目にして、何年前の話をしているのかと訝しく感じた記憶もあるのだが、どこを検索しても実例がみつからないので、とりあえずここでは触れない)
 同日付のスポーツニッポンが紹介している発言は微妙に異なる。

<中村は明らかに有名選手。球団がそれを前面に押し出す限りは評価すべき>

 なるほど。プロモーションに利用するなら、それなりに報いよ、と。それなら理解できなくもない。だとすれば、中村のおかげで2006年のオリックスはどれだけ利益を伸ばしたのか、中村グッズはどれだけ売れたのか、中村はどれほど人気のある選手なのかをデータによって明らかにしてみたらどうだろう。「数字にしにくい部分」を数字に落とし込み、最終的に報酬額に反映させるのが代理人の仕事ではないのかな。そんな印象も受けた。
(ちなみにオリックスでは2006年オールスターゲームのファン投票で清原、菊池原、谷の3人が部門トップ=谷は外野3位=になっているが、中村は三塁手部門の2位だったに過ぎない)。

 別の日の<“請われてきたのに、裏切られている”という思いが本人の中にはある。謝って済む問題ではない>(12/29スポーツニッポン)という言葉も代理人の発言としては珍しい。なかなかきつい表現で、球団に対する非難と考えてよさそうだ。
 選手が交渉の場に出ることで生じる感情のもつれを避け、冷静に成績と報酬との相関関係を話し合うことは代理人の主たる役割のひとつだと私は思っていたが、茂木立代理人は中村の怒りの代弁まで引き受けてしまったようだ。

 上述したように、オリックスと中村紀洋の契約更改交渉で中村の代理人を務めるというのは、この分野でもっとも困難の度合が高い仕事だと私は思う。中村がニューヨーク・メッツとの契約をひっくり返した経緯やドジャース加入後の発言の数々を思い起こせば、クライアントとの間に信頼関係を築くのも容易なことではなさそうだ。あるいは、代理人として売り出そうという立場であれば、この困難な契約を成功に導いて名を挙げたいと思うかも知れない。
 茂木立弁護士がどういう考えで中村の代理人を引き受けたのかはわからない。いずれにしても、最初に交渉に臨んだ時点では、オリックスは8000万円なら払う気があったし、中村はオリックスをやめる気などなかった。球団と選手の双方が望まない結果を導いてしまったという一点において、この契約更改交渉が失敗に終わったことは疑う余地がない。


 ところが、世の中にはそうは思わない人もいるらしい。
 blog「津久井進の弁護士ノート」で、茂木立弁護士とは同期で親しくしているという兵庫県の津久井弁護士は、茂木立代理人について<ずいぶん苦労をしているようですが,実によく頑張っていると思います。>と好意的な見解を示している。
 このエントリに先立つ1/13の<決まりごとを守らない野球財界〜ノリ退団>ではこの件について論じ、<どうも世間の認識は,なんかちょっとずれとるなあ,と感じていました。>と書いている。津久井弁護士によると、世間の認識は以下の3点において<ずれとる>のだという。

<1つ目は,プロ野球界というのは圧倒的に球団側が強者ですが,強者の側が「決まり」を守らない,ということ。

 2つ目は,これを見守る世間やマスコミも,「決まり」の存在を軽く見ているなあ,ということ。

 3つ目は,プロ野球交渉における「代理人」というのは,相手方のスケープゴードにもなっちゃうんだなあ,ということ。 >

 <1つ目>の<「決まり」>とは、選手の報酬の減額制限を定めた野球協約92条。<本人が拒絶しているにもかかわらず,最後までこの60%ラインを前提に交渉を進めてきたわけで,明らかに「決まりごと」を軽視しています。 ><私は,    ・本人の意思に反して「同意」を求めようとする   という契約強要の悪徳商法のごとく,形式だけの順法精神に違和感を覚えるわけです。 >と津久井弁護士は説く。

<2つ目>については<「契約交渉」なのだから,契約手続きの内容が論点でしょう。 ところが,契約の周辺事情のいきさつにスポットをあてて,契約内容や手続きの当否に目を向けないのは,「中身を見ないで雰囲気だけで決めちゃう」,という軽薄さのあらわれです。 ><ファンをはじめとする大衆が,本当の論点に目を向けない点に,違和感を感じました。>と書かれている。

 <3つ目>は<これは「オリックスにはめられた」と思われる点です。>だという。
 <今回は,相手方であるオリックスが,自分たちのずるい主張や立ち回りを棚に上げ,言った言わないの問題についても,その問題の原因を,全て代理人に押し付けています。><今回のドタバタ劇を振り返ってみると,オリックスのツケを代理人に回された,「してやられた」と感じるのです。 >として、津久井弁護士は<どうして,その点が理解されないのだろうか。 >と嘆く。


 この3つの論点のいずれもが、私には<なんかちょっとずれとるなあ>と感じられる。

 <1つ目>の野球協約92条をめぐる議論は、これは法律家らしい見解で、筋が通ってはいる。ただし、津久井弁護士の言う通りに、選手に対して減額制限を超える提示をすること自体が許されないのであれば、球団に残された選択肢は自由契約か任意引退しかない。それは「決まり」に反してはいないけれども、だからといって球団も選手も望むところではないだろう。

 では、現実には、この規則はどのように運用されているだろうか。
 選手会がオリックス球団に送った抗議文書を見ると、球団が制限を超える減額を提示する際には、同時に選手を自由契約にして他球団と交渉するチャンスを与えるべきである、そのタイミングはトライアウトが実施される以前でなければならない、というのが選手会の見解だとわかる。例えばこのオフに日本ハムの坪井は一度自由契約になった後に、減額制限を超える年俸で日本ハムと再契約しており、選手会は、オリックスも中村に対してそのようにすべきだった、としている。バランスのとれた現実的な解決策だと思う。
 津久井弁護士の主張は正しいけれども、それだけを力説しても解決にはつながらない。

 <2つ目>はどうか。契約交渉なのだから契約内容に注目するべきだ、というのはご指摘の通り。
 オリックスと中村との契約内容とは何か。もっとも重要な内容は金額だ(その他の契約内容は、統一契約書を用いている以上、どの選手も大きな違いはないはずだ)。
 中村への提示額8000万円が妥当か否か、もっといえば2006年の報酬額2億円が妥当だったのかどうか。その点を吟味した上でなければ、中村の憤慨が妥当なものかどうかを判断することはできない。

 プロ野球選手の参稼報酬が決まる要因には複雑怪奇なものがあり、ある金額が妥当かどうかを決めるのは容易ではない。ただし、たとえば選手相互の成績と報酬を比較することで、ある程度の判断基準を得ることはできる。
 オリックスの主力打者で中村と年齢の近い選手に北川博敏内野手がいる。両者の過去3シーズン(北川は2004-6、中村は2003,4,6)の打撃成績を比較してみよう。

中村 307試合 272安打 54本塁打 178打点 .248
北川 360試合 377安打 44本塁打 210打点 .285

 本塁打数以外はすべて北川が大きく上回っている。その北川の2007年の推定年俸は7000万円だ。念のため付け加えると、中村の2006年の打撃成績は85試合に出場して.232、12本塁打、45打点。これで8000万円もくれるというのなら、中村は憤慨するどころかオリックスに大いに感謝してよいのではないかと私は感じる(オリックス野手では、2億5000万円の清原、1億円の村松に次ぐNo.3になる)。皆さんはどう思われるだろうか。

(ちなみに上の数値に中村がアメリカにいた2005年の成績は入っていない。この年のMLBロサンゼルス・ドジャースにおける成績は、17試合に出場して39打数5安打3打点、本塁打なしで打率.128。もし単純に「過去3年」で比較するなら、中村の成績は上記をさらに下回り、北川とは比較にならないほどみすぼらしい数字になる。中村がタイトルを争ったり獲得したのは今のところ2002年が最後で、もう4年も不成績が続いている)

 もちろん、8000万円の提示額に感謝すべきというのは私の個人的感想であり、普遍性も妥当性も検証されてはいない。異論の出る余地はあるだろう。
 だが、オリックスと中村の契約内容の是非を論じようというのであれば、少なくともこの程度のデータを示し、提示額の妥当性について何らかの見解を示すことが前提になるだろうと私は思う。
 そういう部分に一切言及しないまま<手続きの当否>だけでこの問題を論じようとしている津久井弁護士の姿勢は、<形式だけの順法精神>のように私には感じられる。<本当の論点に目を向けない>のは誰だろうか。

 だいぶ長くなったので<3つ目>については簡単に済ませる。
 上述したように、交渉の過程では茂木立代理人にも記者会見する機会は何度もあった。にもかかわらず<スケープゴード>(賢明なる読者はご存知のように、この言葉は世間一般では「スケープゴート」と表記される。法曹界で「スケープゴード」と表記するのかどうかは私にはわからない)にされてしまったのだとしたら、それは単に茂木立代理人の交渉力なり表現力なりが不足していたに過ぎないのではないだろうか。また、報道に見る限り、公然と茂木立代理人に対して批判的な発言をしたのは彼のクライアントであり、オリックスではない。
 ちなみに津久井弁護士は、その具体的な根拠を一切示さないままに、茂木立代理人は「オリックスにはめられた」「してやられた」と力説している(そもそもどのような不利益を被っているのかも具体的には示されていない)。法律家には珍しい記述態度だと私には感じられる。*


 ここまで紹介してきた津久井弁護士の物の見方・考え方が、弁護士一般に共通するものなのか、それとも彼個人の特殊な考え方なのか、私には判断がつかない。だが、文中には<世間>や<大衆>という表現が見られるので、「世間や大衆とは異なり弁護士である自分はこう考える」と津久井弁護士は認識しているのだろう。

 もしこのような考え方が弁護士一般に通じるのであれば、弁護士はスポーツ代理人にはあまり向いていないのかも知れない。
 津久井弁護士は中村=茂木立サイドに正義があるという主張を繰り返しているが、代理人の本分は正義の味方をすることや白黒つけることではなく、クライアントにとって好ましい解決に事態を導くことにあるはずだ。少なくとも、これほど明白に失敗した交渉に関して<実によく頑張っている>と考える理路が、私には理解できない。法律家なら誰でもそう考えるものなのだろうか?他の弁護士さんの意見も聞いてみたいものだ。

 茂木立代理人の仕事のうち我々の目に触れるのはほんの一部だが、その範囲を見ただけでも、彼がプロ野球界の事情に精通しているとは到底思えない。例えば、中村紀洋の「ブランド力」を持ち出すことがどれほど世間の反発を買うか、彼には予測できなかったのだろうか。また、手首の痛みに耐えて試合に出たことを考慮してほしいと交渉の場に持ち出すプランがあったのなら、その数日前に彼のクライアントがゴルフコンペに公然と参加することも止めた方がよかっただろう。オリックスに「してやられる」までもなく、中村と茂木立代理人がファンの反感を招くような言動を自ら行っていたことは否定できない。また、中村=茂木立側には年俸調停を申し立てるという選択肢もあったはずだが、彼らはそれをしないまま交渉決裂を迎えている。

 欧米のプロスポーツ界では大勢のスポーツ代理人が働いている。サッカー界ではFIFAが代理人の公認制度を設けて資格試験を実施しており、日本でも何人もの代理人が生まれて選手のために働いている。
 選手のために大型契約を勝ち取る辣腕代理人もいれば、球団と良好な関係を築いている代理人もいる。親身になって選手のキャリア形成や財産形成、その他私生活全般をサポートする代理人もいる。弁護士もいるが、そうでない人も多い。契約に関する法的知識は必要だが、それだけでは十分ではない。

 日本のプロ野球界では、NPBと選手会との申し合わせにより、代理人は弁護士に限られ、同時に複数のクライアントを抱えることは認められていない(外国人選手は別らしい)。
 だが、当然ながら、弁護士だからといって誰もがスポーツ代理人に必要な資質を備えているとは限らない。クライアント1人という制限を設ける限り、代理人の経験を積むことのできる弁護士は限られ、必要な資質もなかなか明確にはならないだろう。そんな状況下では、優れた代理人が育つことも難しいのではないかと思う。オフの契約更改時にのみ付け焼き刃的に交渉に立ち会うだけの代理人が今でも少なくないようなら、なおさらだ。

 「優れた代理人」が「高額契約を勝ち取れる代理人」とイコールであれば、球団側にはなかなか是認しづらいことだろう。だが、たとえば現在では人格や社会性をたたえられる宮本慎也や小久保裕紀のような選手でさえ、若いころには怪しげな節税指南屋にひっかかって、うっかり脱税をしてしまったりするくらいに野球選手が迂闊で無防備であることも事実だし、そのような面も含めて選手をサポートできる人材が育つことは、野球界にとって決して悪いことではない。
 そろそろNPB側も、スポーツ代理人を「できれば排除したい好ましからざる異物」のように考えるのをやめて、彼らを「野球界の一員」と認めて位置づけ、望ましい代理人のあり方を選手会と協議しながら考えていく時期になってきたのではないだろうか。経営への圧迫が心配なら、それを避けるためのルールも合わせて考えればよい。

 代理人の資格を弁護士に絞ったのは、その導入時に、野球界から「好ましからざる異物」(おそらくは団野村というたった一人の人物)を締め出すための手段だったのではないかと思うけれど、そのためにかえって別の「好ましからざる異物」が入ってきてしまう可能性も否定はできない。
 代理人による交渉も年数を重ねて実例が増えてきた。選手側も代理人側も球団側も、それぞれに経験を積んできた。球団側も、当初の嫌悪感や拒絶反応は薄まり、代理人の効用を実感するような局面もあったのではないかと思う。このあたりで、それぞれの経験を持ち寄り、制度を見直して再構築してもいいんじゃないだろうか。


* このエントリには、オリックスについて<代表の宮内氏は,規制緩和政策(=言い方を換えると,「従来の決まり事を破ろう」という扇動運動)の先頭を行っていた人で,まさに自己に都合の悪い規制を数多く廃した原動力となった人です。>というようなユニークな見解も記されている。

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『パックス・モンゴリカ』 ジャック・ウェザーフォード著 NHK出版

 年末年始の休暇の大半は海外に出ていて、日本語の活字を読む時間がとれないことはあらかじめ予定されていたのだけれど、それでも年末が近づくと、どかどかと本を買ってしまうのはどういうわけだろうか。たぶん新聞や雑誌の書評欄が「今年のベスト」などという企画だらけになって、おまけに書店にはそれらの専用棚が目立つように置かれているので、この際買っておこう、という気になってしまうのだろう。まったく古典的書籍マーケティングの思う壺だ。

 そんなわけで、年末の前と年始の後には本ばかり読んでいた。しばらくは最近読んだ本の感想などをぼちぼちと記していこうかと思う。


 『パックス・モンゴリカ』は、チンギス・ハンが築いたモンゴル帝国の成立から崩壊までを記した歴史書。帯の裏側に、こう書かれている。

<モンゴル帝国で実践されたのは、
  信教の自由
  自由貿易
  法の絶対性
  外交特権の確立
  政教分離
  紙幣の使用
  国際法の制定
  情報網の整備
ーー近代世界のモデルはここにあった。>

 予備知識がなければ、ほんまかいな、と思うような話だが、たまたま12月に日本の歴史学者、岡田英弘の『世界史の誕生』(ちくま書房)という本を読んでいた。
 日本で教えられている「世界史」というのは、次々と覇権が移ろう地中海世界の各王朝の栄枯盛衰を記述した「西洋史」と、ひたすら時の王権を正当化するために書かれた「中国史=東洋史」という、まったく異質な2つの「歴史」を無理やりくっつけたもの。どちらも、地中海や中国が世界のすべてだという前提で書かれているので、くっつけるには無理があるし、「世界史」なのに日本をきちんと位置づけることができていない。そんな破綻した「世界史」ではなく、本当に世界が相互関係を持つようになったのはモンゴルがユーラシア大陸の大半を征服してひとつの世界にしてからであるから、モンゴルを起点とする「世界史」を新たに構想すべきである…というようなことが『世界史の誕生』には書かれていて、大いに目からウロコが落ちる気分だった。

 今でもたぶん変わらないと思うが、私が学んだ中学や高校の世界史の教科書は、一応はモンゴル帝国について書かれてはいたけれど、中国の歴代王朝のひとつ(元)で一時期は西の方にも領土を広げた、くらいの印象しか残してくれなかった。
 だが、今の中国もロシアもインドもイランもトルコも実はモンゴル帝国の中で国家の原形がつくられたとか、紙幣の制度化に初めて成功したのはモンゴル人だとかいう話を読んでいると、教科書の中では単なる空白地帯のように扱われていたモンゴルが実はある時期の世界の中心であり、中国や西欧はその辺境に過ぎなかった、というふうに見えてくる。まるでオセロゲームのコマがバタバタとひっくり返っていくように、同じ史実がまったく違った見え方をしてくるのがスリリングだ。

 そんな本を読み終えたばかりの時に『パックス・モンゴリカ』に出会ったので、私にとっての本書は、まるで岡田史観の実践編のように感じられた。

 著者のウェザーフォードはアメリカの文化人類学者で、先住民族研究が専門らしい。モンゴル人学者と共同で5年間にわたってモンゴルをフィールド調査した成果が本書とのことだが、著者は調査の経過や成果を直接的に書くのではなく、まるで小説のようなタッチで、草原の小部族の若き頭領チンギス・ハンがいかにして遊牧民を統一し、さらに広い世界へと打って出たかを壮大なスケールで描いている。

 帯に描かれたような諸制度は、土地にも宗教にも縛られず、人と物が自由に動き回るモンゴル人の特性を保持したまま巨大帝国を運営し、世界の富を手にするために、必然的に生み出されたものだったということがよくわかる。
 チンギス・ハンの死後、彼の子孫たちが対立・抗争を繰り返し、政治的には分裂しつつも経済圏としての一体性を保っていた巨大帝国が崩壊するきっかけを作ったのは、ペストの蔓延だったという。
 支配者たちが整備に力を注ぎ、帝国を巨大化させる上で大きな威力を発揮した自慢の交通網・物流網が、結局は帝国に仇する病原菌をも版図のすみずみにまで速やかに送り込んでしまったのは皮肉だったというほかはない。

 両方を読み終えた後で、岡田英弘が週刊東洋経済に書いた本書の書評(10/28号)を見つけた。
 岡田によると、チンギス・ハンの生涯を描いた第一部は、信憑性の低い『元朝秘史』という史料に寄りかかりすぎていて評価できないそうだが、次の代からの帝国の盛衰を記述した第2部、第3部については、<現在の欧米が主導する世界で普遍とされている制度――民主主義、資本主義、宗教と政治の分離、印刷、紙幣、軍隊、連邦制など――は、すべてモンゴル帝国に起源があるという。これらについては、評者もおおむね同意見である。>と高く評価している。

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行く人、来る人、儲ける人、埋もれる人。

 年が明けて早々から、プロ野球の選手たちがトレーニングを開始したと新聞やテレビは伝えている。この冬のオフシーズンは、いつもよりずいぶん短かったような気がする。

 理由ははっきりしている。とにかく人の出入りが賑やかだったからだ(しかも、まだ終わってはいない)。
 松坂の巨額ポスティングと、それに続く岩村、井川の渡米。日本一チームのMVP小笠原のFA移籍や小久保のホークス復帰など、掛け値なしの大物たちの動きに加えて、岡島のレッドソックス入り、多村-寺原の交換トレードといったサプライズ人事。並行してジャイアンツから実質的に解雇された桑田の渡米もあり、ようやく終息したかと思ったら、FAの人的補償という意表をつく形で工藤が横浜入り。顔触れ、話題ともにバラエティに富んで申し分ない。

 冬の間にこれだけプロ野球の話題がスポーツ紙の一面を占め続けるのは、ずいぶん久しぶりのような気がする。「カネと人事はサラリーマンの娯楽」というが、確かに人が動く話題は面白い。
 プロ野球も興行である以上、新しいシーズンに人々をスタジアムに惹き付けるだけのsomething newは不可欠だ。トレードというのは、単に現場の戦力を補強するというだけでなく、新シーズンに向けたプロモーションでもあるのだな、と改めて感じるオフだった。
 要するに、「補強もファンサービスのうち」なのである。

 ジャイアンツとソフトバンクという二大金満球団の積極補強はいつものこととして、動きが目立つのは横浜だ。大矢監督の復帰を皮切りに、小田嶋と交換でジャイアンツの仁志を獲得し、WBCの世界一メンバーである多村を出して寺原を獲得した。門倉のFA流出にまつわる悪印象も、工藤の獲得で吹き飛ばした感がある。潤沢な資金のある球団ではないけれど、金がないなりに話題を提供し続けている。横浜ファンはこの春、さまざまな期待をもって開幕を待つことができるのではないだろうか。
 逆に、物足りなさを感じたのは西武とヤクルト。ポスティングで松坂、岩村という看板選手を失ったオフに、小笠原というNPB屈指の打者がFA市場に出た(しかも「千葉の家族と暮らせる球団」を望んでいると伝えられていた)というのに、とうとう獲得への動きは見せずじまいだった。どちらもポスティングでかなりの収入を得たのだから、松坂マネーや岩村マネーを原資に小笠原にアタックするという発想があってもよさそうなものだ。

 実際のところ、多くの大物選手が動いてトレードが活発に行われたように見えるけれども、子細に見ていくと、西武とヤクルトだけでなく多くの球団がトレードにあまり積極的ではないらしい。「こちら、プロ野球人事部」というサイトの「トレード一覧」というページに、98年オフからこのオフまで、年度ごとに行われたトレードが記されている(FA移籍や、自由契約になった選手が他球団と契約したケースは含まれていないようだ。FAの人的補償は記載されている)。
 これを見ると、オフの間にまとまるトレードは例年10件前後。このオフもここまで10件が記載されているから、ほぼ例年程度の水準だ。ただし、10件中7件はジャイアンツがらみ。それ以外のトレードは3件しかないのだから、やはり全体的には低調といってよい。
 また、「フリーエージェント'06」を見ると、FAの権利を取得しながらも行使しない選手が実に多いことがわかる。このオフにFA宣言した選手は8人いるが、そのうち実際に移籍したのは半数の4人(小久保、小笠原、門倉、岡島)。阪神の金本とオリックスの的山は、いわゆる「FA残留」。オリックスの日高と塩崎は宣言したものの買い手が現れず、元の鞘に収まりつつある。
 FA権を取得しても、実際に行使して移籍できる選手はタイトル争いやベストナインの常連、あるいは日本代表クラスの大物に限られる。中堅クラスやそれ以下の選手は、FA移籍もできないし通常のトレードもめったに成立しないから、戦力外通告でもされない限り、チームを移ることは難しい。
 端的に言って、一握りの有力選手だけが多くのチャンスと金を手にし、それ以外の選手たちはむしろ割を食っている感がある。プロ野球界も二極化が進んでいるということか。

 トレードが活発に行われる方がいいのか否かについては、人により、あるいは球団により考えが異なるだろうし、どちらが正解とも言えない。
 ただ、先に述べたような「補強もファンサービスのうち」という観点からすると、どの球団も新しいシーズンの開幕一軍メンバーの中に1人や2人は新顔の移籍組がいるという程度には動いて欲しいと私は思う。
 選手会は移籍の活性化が望ましいと主張し、そのための方策としてFA権取得までの年数短縮や補償金軽減を求めている(補償金の軽減はジャイアンツの幹部も主張している)。
 そのような方策によって活発化するのはFA移籍だが、上述の傾向からいって、実際に動けるのは大物選手たちということになりそうだ。現行のFA選手たちよりも年齢が若いだけに、より大型の長期契約や多額のインセンティブ契約が行われることも予想される。それでは格差はますます広がるばかりだ。

 だいたい、見物人の立場からすると、それまで活躍していた選手がFA移籍したとしても、従来並みの活躍をすればいい方だ。見るべきものの総量は変わらないとも言える。
 そういう移籍だけでなく、埋もれた若手や中堅選手にチャンスを与え、飛躍を促すような移籍を増やすことはできないものか。
 選手会では、この点については期限付き移籍制度を提唱し、NPBの実行委員会でも検討されている。けれども、球団サイドではサイン等の機密漏洩を懸念する慎重論をなかなか超えられないようだ。
 これはサッカーに倣った案だと思うが、当該チーム同士の対戦が年に2,3試合しかないサッカーに比べると、野球では同一リーグだと20試合以上も対戦するので、選手本人や球団、ファンの心理的なハードルは高いかも知れない。
 また、サッカーの場合はもともと選手の流動性が高く、極論すれば誰もが「来年このチームにいるかどうかわからない」という状況にあるから、期限付き移籍という立場は、さほど特殊なものでもない。しかし、プロ野球の世界は現状では球団への帰属性(あるいは拘束性)が非常に強いので、「1シーズン限りで古巣に戻る予定の選手」はかなり異質な立場になる。そういう選手がまともに扱われるのだろうか、という懸念は残る(ある程度は慣れの問題だと思うが)。

 別のアイデアとしては、以前、<プロ野球に二軍は必要か。>というエントリを書いた時にコメント欄で教えてもらった、NFLのPS(Practice Squad)という制度がある。ロースター53人の他に、NFL経験1年未満の選手を8人まで練習生として契約できるけれど、他のチームはPSを53人ロースターに入れるならば自由に引き抜いてよい、という仕組みだ。こういう制度に倣ってみるという手もある。プロ入りから一定の年数(たとえば高卒なら6年、大卒社会人出なら4年)を経ても一軍登録日数が一定期間(たとえば1シーズン相当の日数)に満たない選手は他球団との契約が認められる、とか(もちろん何らかの制約は必要だろうけれど)。

 大物選手は次々にアメリカに流出していくが、穴埋めはそう簡単ではない。アマチュア球界から供給される人材の数が有限である以上、プロは手持ちの人材を有効に育てて活用することが望ましい。これまでのように「伸び悩み」や「飼い殺し」を許しておく余裕は、今の日本プロ野球界にはないだろう。
 期限付き移籍制度がベストかどうかはわからないが、現状よりベターになる可能性があるのなら、とにかくすぐに試行してみたらいいと思う。このオフ、討議は進むだろうか。

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相変わらず長ったらしく書いておりますが、今年もよろしくお願いいたします。

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