星野仙一が代表監督にふさわしいと考える理由。
星野仙一が北京五輪に向けた野球の日本代表監督になった。
星野と五輪といえば思い出すのは2004年のアテネ五輪だ。あの大会では、ほとんどの試合で彼がテレビ中継の解説をしていたような印象がある。
アテネ五輪では、大会の4か月前に長嶋茂雄監督が病に倒れ、本大会への出場が無理なことが明白でありながら監督が交代されることはなく、長嶋のアシスタント役として選ばれたはずの中畑コーチが監督代行として采配を振るう羽目になった。
監督未経験の中畑が厳しい局面にベンチでフリーズしている時に、星野は同じスタジアムにいながら放送ブースの中で勇ましいことを言っていた。結果的に日本の野球界は中畑を見殺しにしたのであり、広い意味では星野もその一部であったように見える(それは星野自身の意思ではどうにもならないことだったのかも知れないけれど)。
その星野が、いよいよ火中の栗を拾う立場になった。
ここまでの書き方でおわかりだろうけれど、正直なところ、私は彼にあまり好感を持ってはいない。
中日の選手だった時にチーム内派閥のボスとして君臨していたらしいこと*、中日の監督時代に「巨人の金権野球には負けない」などとさんざん非難しておきながら阪神の監督になった途端にジャイアンツ以上の大量補強をやってのけたこと、中日で山崎に本塁打王をとらせるために最終戦でジャイアンツの松井を敬遠し、それを指摘されて「直接対決以前に追いつかない方が悪い」と居直ったことなどを、私は今でも忘れてはいない。
もっとも、それらの行為そのものは、それ自体が悪いこととは言い切れない(松井への敬遠には感心しないけれども)。私が抱いている悪印象のかなりの部分は、むしろ、そういう権謀術数に満ちた実情を見ようとせず(あるいは知っていながら)「男・星野」「燃える男」などという手あかのついたレッテルを使い続けるメディアに対する苛立ちから来ているのだろうと思う。
そして、そんな良くない印象を抱いているけれども、しかし彼が日本代表監督になることについては、現時点でこれ以上の適任者はいないと思っている。
中日で2度、阪神で1度のリーグ優勝という実績を持ち、日本でも有数の名監督とみなされている星野の、監督としての最大の特長は、補強への積極性にある。
最初に中日の監督になった87年には、就任早々に牛島ら4人と引き換えにロッテの三冠王・落合を獲得した。翌88年には平野と交換で西武から手に入れた小野が18勝4敗と大活躍して優勝した。第二次政権では大豊や矢野を阪神に出して関川を獲得、優勝した99年にはFAで武田を取っている。
阪神の監督に就任した時には、上でも少し触れたように、日本野球史上でも有数の大型補強をやってのけた。FAで金本、MLB帰りの伊良部、日本ハムとの大型トレードで下柳。彼らの1人でも欠けていたら、2003年の優勝はなかっただろう(中日の監督として放出した矢野が名捕手になっていたのはご愛嬌だが)。
ともかく、星野は監督になるたびに選手を大きく動かしてきたし、それが功を奏した年に優勝を手にしてきた。
原則論をすれば、補強は球団の仕事であり、監督の権限ではない。日本のプロ野球では、かつては監督が実質的にGMを兼ねて、選手のトレード交渉も直接行っていたけれど、近年では分業化が進んでいる。
だから、「監督としての最大の特長は補強にある」というのは、本来はありえないことだ。にもかかわらず、星野監督は大きく選手を動かしてきた。
これはつまり、彼が球団のトップを動かす力を持っていることを意味している。
中日も阪神も伝統的に球団幹部が選手をタニマチ的に愛玩する傾向があり、主力選手のトレードには消極的だった。にもかかわらず、星野は世間を驚かすほどの大型トレードを実現させ、そのために大金を投資することについて球団トップから同意をとりつけている。
引退後にNHKの解説者をしていた時期には、星野は川上哲治のような同業の大先輩に可愛がられ、「爺殺し」の異名をとったと聞く。野球人にせよ財界人にせよ、力をもった長老に可愛がられ、思うように動かすことに長けた人物のようだ。俗に言う「政治力」がある。
実は、先に私が星野を好きでない理由のひとつに挙げた「メディア上のイメージと実像のギャップ」についても、彼の「政治力」の賜物なのではないかと考えることができる。メディアを味方につけて、自分に有利なようにイメージを操作することに長けているから、発言と行動の間にギャップがあっても、「男・星野」というイメージを維持していられるのだと。
そして、五輪代表監督というポストがもっとも切実に必要としている能力が、まさにこの「球団トップを動かす力」であり「世論を味方につける力」なのだ。
アテネ五輪でもWBCでも、チームにとって最大の困難は他国ではなく、国内の総力を結集することだった。その時点で考え得る最強チームを結成できないままにアテネ五輪で優勝を逃し、WBCでもその教訓が生かされなかったことは、過去にこのblogでも記してきた。
最強チームを編成し、ベストに近い環境を整える。そのために各球団のトップを直接間接的に説得し、世論を動かしてプレッシャーをかける。そんなことができる人物は、(長嶋、王がもはやこの仕事につけなくなっている以上)星野を措いてほかにはいない。
北京への道は決して平坦ではない。金メダルどころか、出場すること自体が決して楽ではないと思う。
出場枠は8か国。中国が開催国枠で出場するため、アジア枠から無条件で出場できるのは予選1位チームのみ。今年11月末に台湾で行われるアジア予選で、韓国、台湾と戦って1位にならなければ出場権は得られない。
予選にMLB選手が出場できるか否かによってもかなり状況は異なるが、もし出場可能になった場合、王建民やパク・チャンホを相手に一発勝負を勝ち抜かなければならないとなれば、ひょっとすると本大会以上に厳しい戦いになる。
ここで2位以下になると、来年3月に開かれる世界最終予選(これも台湾開催)に回る。メキシコ、カナダ、欧州2、3位、アフリカ1位、オセアニア1位の計8チームの中で3位までに入れば出場できる(ほかにアメリカ予選の1,2位=USA、キューバ=、欧州予選1位が出場)。
オセアニア1位はまず間違いなくオーストラリアが来るだろう。メキシコ、オーストラリア、そしてアジアからのもう1チーム。ここから1チームが脱落するという争いになれば、決して日本も安泰ではない。
それだけに、日本野球が持っているポテンシャルを結集し、今度こそ悔いの残らない戦いをしてもらいたいし、そのために星野監督には持てる政治力の限りを尽くして最強のチームを編成してもらいたいと思う。
悪印象を抱いているけれども日本代表監督として適任だと思う、という書き方を前の方でしたけれど、厳密に言えば、これは正確ではない。
私の悪印象の根源である彼の「政治力」にこそ、私は期待している。この種の能力は、敵として見れば嫌なものだけれど、味方であるならば頼もしい。
現時点でひとつ気になっているのはコーチ陣だ。
山本浩二、田淵幸一、大野豊の3人の就任が確定的と報じられているが、それが正しいのだとすると、いささか重量級に過ぎるのではないかという懸念がある。これから半年間、星野自身とコーチ陣は対戦相手のスカウティング、候補選手のスカウティングのために国内外を飛び回らなければならないはずだ。もう少し国際経験と機動力のあるスタッフが望ましいのではないだろうか(もちろん、彼らとは別にそういう能力のあるスタッフを雇って補うという考え方もあるのだろうけれど)。
*
という体験談を田尾安志・前楽天監督が書いた星野本の中で読んだ記憶がある。現役時代に星野に可愛がられていた田尾は、対立派閥のボスと食事をともにした翌日、星野から「お前はあっち側の人間になったということか」と言われたのだそうだ。全体としては星野を讃えるはずの本の中にそういうことをさらっと書いてしまう田尾という人も、相当神経が太いと思うが。
追記(2007.1.31)
コーチ陣は上記のメンバーで確定した。本文を書いた時には失念していたが、五輪では随行を許可されるスタッフの数が限られているので、打撃投手などさまざまな役割をコーチ陣が兼ねなければならない(そういえばアテネの予選でも本大会でも一塁コーチは選手が交代で務めていた)。暑い北京では本番での体力的な負担もかなり大きくなりそうで心配。山本浩二が三塁ベースコーチを務めると報じられているが、彼が広島カープでその仕事をしていたという記憶が私にはない。
コーチ陣と選手との年齢が離れすぎている、というか、みな「偉すぎる」のも、意思疎通の面では気になる(大野投手コーチは比較的若いが、「選手とのパイプ役」というキャラクターではなさそうな印象がある)。選手の中に、この大御所首脳陣としっかり話ができるベテランを加える必要がありそうだが、宮本慎也はさすがに年をとりすぎている。宮本に代わる主将も、気になるところ。
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