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国立競技場をとりまくイヤな空気について。

 この冬は北海道や甲信越など寒いはずの土地をあちこち訪れたけれど、私の実感だけで言えば、もっとも寒かったのは28日の夜の国立霞ケ丘競技場のスタンドだ。ピッチの上では北京五輪二次予選の香港戦が行われていた。「寒かった」というのは試合内容の比喩ではなく、物理的な話(ま、内容も寒かったんですが)。
 暖冬とはいえ、日が暮れて風が出てくると、やはり冬は冬だ。私が座っていた代々木側のゴール裏には、正面から風が吹きつけて逃げ場がない。風に体温を奪われ続け、ついに後半開始早々、売り子のおねえさんの「熱燗いかがですか」の誘惑に屈してしまった。結局大して効かなかった上、3点目が入った頃には冷や酒になっていたが。
 まあしかし、国立で冬に見るサッカーというのは、だいたいが寒いものだった。トヨタカップの試合時刻が夜になってからは、いつも震えながら見ていたような気がする。

 私がスタンドからサッカーを見るようになったのは1990年前後からだが、味の素スタジアムができる以前は、足を運ぶのはこの「コクリツ」こと国立競技場が大半だった。トヨタカップはもちろん、代表の試合も当時はほとんどがここで行われていたからだ。ワールドカップ予選でいえば、アメリカ大会の一次予選ホームは1試合を除いて国立だったし、フランス大会の最終予選ホームはすべて国立だった。元日には天皇杯決勝が行われ、高校サッカーも出場校はここを目指す。

 ユベントスとの引き分けをもたらした日本代表・井原のヘディングシュート。ワールドカップ・アメリカ大会一次予選の天王山で柱谷が先制ゴールを決めて腕をぐるぐる振り回しながら走る姿。フランス大会予選の韓国戦の試合前、帰化したばかりの呂比須の名がスタメンで読み上げられた時にスタンドから湧き上がった地鳴りのような歓声。UAEと引き分けてフランス行きが遠のいた試合後に正門の外から投げ込まれた石やガラス瓶。ラモスの引退試合の夏の夕暮れにピンク色に染まった空と街。ラモスといえばヴェルディのチャンピオンシップ連覇を決めたループシュートもあった。
 そして、J1昇格当初のFC東京が、当時最強を謳われたジュビロ磐田に2度リードされて2度追いつき、ついにひっくり返して勝つのを見て「一生このチームについていく」と思ったのも、このスタジアムだった。
 トヨタカップや天皇杯決勝やナビスコ決勝も含めて、このスタンドから見た場面を思い起こせばきりがなくなる。年間観戦数が多くても10試合程度の私ですらこうなのだから、年季の入った観戦者なら、国立の思い出を語り始めたら夜が明けてしまうことだろう。

 サッカーだけではない。言うまでもなく現在の建物は1964年の東京オリンピックの主会場だった。ラグビーの日本選手権決勝も新日鉄釜石が7連覇した頃はここで開かれていた。東京国際マラソンでは瀬古や谷口や中山がこのスタジアムで金メダルのテープを切った。91年には世界陸上が開催され、カール・ルイスが走った。
 戦後日本の陸上、サッカー、ラグビーの主要な大会や試合の大半が、このスタジアムで行われたといっても過言ではない。20世紀が終わるまでは。

 国立の地位が絶対的なものでなくなりはじめたのは、ワールドカップ2002年大会を開催しないことが決まった90年代半ばあたりからだと思う。1958年に建てられたスタジアムは、だんだんと時代に取り残され、各競技が要求するレギュレーションを満たすことができなくなってきた。現在の屋根の面積ではFIFAがワールドカップ会場としては認めないし、トラック数は最新の陸上の国際規格には不足している。

 東京都が公表している2016年五輪の開催概要計画書(招致本部サイト でpdfファイルを閲覧・ダウンロード可能)の中でも、国立競技場は会場として使われる予定がない。近隣にある東京体育館や代々木体育館、神宮球場などではそれぞれ何らかの競技が行われるが、国立は存在そのものが無視されている。
 先般開かれた東京マラソンでも、国立を起点にしていた東京国際マラソンの伝統を捨てて、都庁スタート・お台場ゴールというコースに変わった(五輪招致と連動したイベントなのだから当たり前ではあるのだが)。五輪招致への動きが活発化するにつれて、国立競技場の存在感は薄れる一方だ。


 2002年のワールドカップにおいて、東京で試合が行われなかったのは、もっとも残念なことのひとつだ(複数都市で開催されるワールドカップにおいて、首都が会場にならないというのは、きわめて稀なことだ)。
 Wikipediaの2002FIFAワールドカップの項目を見ると、上述のように国立が開催規格を満たしていなかったことが理由と理解されているようだが、国内で開催都市を募っていた90年代初頭には、立候補した他の都市にも規格を満たすスタジアムなど実在してはいなかった。作る計画があっただけだ。
 現実には、2002年には東京スタジアム(味スタ)が存在していたわけだから、選考段階で東京都にその気があれば、国立では無理にしても、東京でワールドカップを開くことはできたはずだ。もったいない話ではある。

 要するに、90年代初頭の時点で、東京都にはワールドカップをやる気がなかったのだろう。当時の鈴木俊一都知事は、96年に臨海副都心で世界都市博覧会を開催するという計画を立て、実現に向けて熱心に動いていた。大きな費用と労力を要するイベントが目の前にあるのに、21世紀という遠い将来のサッカー大会のことまで手が回らなかったのだろうし、議会の理解を得るのも難しいことだったろうと思う。
 しかし、鈴木都知事の願いは適わなかった。95年に青島幸男が「都市博中止」を公約に都知事選に出馬して、鈴木が後を託した人物を破って当選し、公約通りに博覧会を中止した。その段階ではもう2002年ワールドカップの候補都市は絞られた後。結局、東京都は都市博もワールドカップも逃してしまったわけだ。

 現在、招致活動が行われている2016年東京オリンピックの計画においては、都市博の中止によって(バブル崩壊も大きく影響しているだろうが)当初の開発計画が大幅に狂った臨海副都心が、会場の中心地となっている。
 概要計画書では、主会場となる10万人収容のオリンピックスタジアムを晴海5丁目に建設することを予定している。場所はこちら、レインボーブリッジの北側、晴海埠頭公園の裏あたりだ。「スタジアムにスポーツ・ビジネス・文化・商業など多様な用途を一体的に組み込むことによって、周辺をこれまで日本にはなかったスタジアム門前町となるよう設計しています」とされている。
 これ以外にも、東京ビッグサイトに特設プールを設けて水泳会場とし、テニスはもちろん有明。ほかにもこの地区内の仮設会場でいくつかの競技を行う。選手村は有明一丁目に建設し、大会後は住宅として利用する予定だ。オリンピックを機にこの地域に大きな資金をつぎ込んで大会後に利用したいという意図が、明確に読み取れる。
 臨海副都心開発の観点から見れば、東京オリンピックはたぶん、都市博が担うはずだった役割を20年遅れで実現するイベントなのだろう。

 昨年9月の読売新聞の記事<【五輪東京の挑戦】中 臨海部変える“錬金術”>によれば、都の当初の計画は、国立競技場を中心とした神宮外苑地区を整備して主会場にすることを考えていた。それを断念した理由は、次のように説明される。

都幹部は、「外苑は明治神宮や独立行政法人の所有地と都有地に分かれ、都市公園法でも開発が規制されているため、調整に時間がかかる」と説明する。晴海ふ頭や選手村予定地となった江東区有明が都有地で更地なのに比べ、使い勝手が悪すぎるというのだ。>(同記事から)

 記事の中でもうひとつ気になるのは、オリンピックスタジアムについての以下のくだり。

建設費は、同規模のスタジアムに比べ、当初見込みを300億円も上回る1107億円で、国の全額負担を前提とする。

 東京五輪だからといって、都が自前で施設を建てるわけではない。
 要するにこれは、晴海に新しい国立競技場を作らせるという計画だ。
 機能においては霞ケ丘競技場とほぼ共通で、しかもスペックとしてはあらゆる面で霞ケ丘を上回るであろう競技場が新設された時、霞ケ丘競技場はどうなるのだろう。都の目論み通りに1000億を超える国の金が新競技場につぎ込まれたら、霞ケ丘に回ってくる予算などなくなってしまう。東京都にとっては、国立の将来などどうでもいいということか。

 設備が時代の要請にそぐわないものになっているのだとしても、国立霞ケ丘競技場には2つの点で大きな価値があると私は思っている。
 ひとつは立地だ。東京の中心部に位置し、JRと地下鉄の3つの路線の4つの駅が徒歩圏内にあり、たいへんに交通の便がよい。もう少し歩けば渋谷や新宿という都内有数の繁華街にも出られる。野球場、ラグビー場、体育館、スケートリンク、プールなど多くのスポーツ施設が集積している。一般の人々が使えるスポーツ施設もある。
緑豊かな公園の中でもある。
 こんな場所は他にはない。これから東京の中に作ろうとしてもまず不可能だ。世界中の大都市を見渡してもここに記した面で匹敵するところは少ないのではないか。

 もうひとつは、冒頭にも思い出話を延々と記した、このスタジアムの歴史だ。
 かつて、このblogにこんなことを書いた。

スタジアムの良し悪しは、建てられた時のスペックだけで決まるわけではない。そこで試合が行われ、思い出が積み重ねられることで、単なる建築物から夢の砦へと育っていくのだ。

 国立競技場は、まさに戦後日本のスポーツの<夢の砦>だった。
 そこで繰り広げられたプレーを見て、心を震わせた人々がその舞台を目指し、たどりついて、今度は見る者の心を震わせる側に回る。そうやってスポーツは人々の心に根を下ろしてきた。これを単なる感傷と切り捨ててしまうのなら、そもそもスポーツというもの自体の足下が怪しくなる。「思い出」を経済効果に換算することはできないが、それはスタジアムの一部であり、スポーツの一部でもある。切り離して考えることはできない。

 だが、今やその<夢の砦>は、オリンピック招致計画からは無視され、新しい競技場にとってかえようという動きが進められ、運営する独立行政法人の経営不振を理由に、ネーミングライツ販売や「競技場を担保に借金する」などというプランまで検討に上っている(担保の話は噂やオフレコではなく、文部科学省の審議会でも実際に話題に上っている。現実には難しいというのが結論のようではあるが)。

 これら個別の事象が悪いことだとは必ずしも言いきれないが、それぞれの背景や姿勢を見ていると、<夢の砦>に対する敬意を欠いている。つまりはスポーツを愛する人々への敬意をも欠いている。
 そんな敬意の欠如した人々が、スポーツ行政を左右し、あるいはオリンピック招致を計画しているというのは辻褄が合わない。「オリンピックを開催するためには、過去のオリンピックの思い出などに取るに足らない」という考えが根底にあるのだとしたら、開催計画など悪い冗談としか思えない。

 紹介した読売の記事の最後に、次のような都の幹部の談話が紹介されている。

「『コクリツ』には、こだわりのある人が多い。晴海にオリンピックスタジアムを建設すると国に言わせるのが、知事の大きな仕事」

 そういうことなら、私は大いに「コクリツ」へのこだわりを語っていこうと思う。
 新しいスタジアムの建設そのものには特に反対する気はないが(とはいえ都内に味スタがあり、首都圏に日産スタジアムや埼玉スタジアムがある中で、あえて国の金を1000億以上も使って作る価値があるかどうかは疑問だが)、それが「コクリツ」にとってマイナスになるのであれば、肯定はできない。あまり軽々しく扱ってもらっては困る。

 スタジアムは、その物理的・心理的な存在の大きさに比べて、いとも簡単に消えてしまう。かつてプロ野球のフランチャイズだった球場も、ずいぶんと消えたものは多い(たとえば大阪球場)。
 私は「コクリツ」にそんなふうになってほしくはない。たとえ最高水準の国際大会を開くことはもはや(改装しても)不可能なのだとしても、かつてそれらが行われた舞台として、スポーツという一回性のパフォーマンスの記憶装置として、人々に愛されながら余生を永らえてほしい。耐用年数などの事情でいつかは取り壊して建て直さなければならないのだとしても、その後に作られるものは、「コクリツ」が積み重ねてきた歴史と人々の愛着を引き継ぐ施設であるということが明確に判るようにデザインされた建築物であってほしい。そう願っている。

 最後にひとつ妄想を。
 東京都が計画している晴海のオリンピックスタジアムは、第1種公認陸上競技場を予定されている。トラックは今の国立より多い9レーンになる。陸上競技界にとっては大いに歓迎すべき話なのだろうと思う。主要な大会もそちらに移ることになるだろう。
 もしそれが実現するのであれば、霞ケ丘は陸上界にとってはさほど必要でなくなる(その頃には味の素スタジアムにも陸上用トラックが造られているはずだし)。
 ならば、霞ケ丘は球技専用スタジアムに作り替えるというのはどうだろう。国に金がないのなら、サッカー協会が電通に集めさせて買い取ってしまったらどうか。もしそこまでやれるのであれば、スタジアムの名称がアディダスやキリンになったとしても、私は文句を言わない。


関連エントリ
コクリツをサッカー専用競技場に?

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コメント

お久しぶりです。

スタジアムにはあまり出向かないので、場違いな部外者的な意見かもしれませんが

国立を「古いからいらない」なんていうなら甲子園の「小汚いツタ」もなんとかしないとね、みたいな不毛な言い合いになってしまいそうですね。
個人的には「金閣寺の金箔の張替え」なんかも納得いかないクチなもので、古さの良さをもっと味わってほしい気持ちはあります。(危険性がある場合はともかく)

新しい物よりも古い物が優れていることも多々あります。
例えば「猿の惑星」や「西遊記」などはリメイクよりも昔のが好きです。当時の映像家さんたちの苦労が見えるから。いまのは安易にCGに頼りすぎです。
ゲームもPS3などかなり本物と見間違えるほどリアルのなりましたがスーファミごろが一番好きですし、いまでも最高傑作としてDQ3(FC)を挙げたいくらいです。

そういえば子供の夢も「新しく」なってるようですね。
前は「プロ野球選手」が「メジャーリーガー」に、「Jリーガー」も「WCに出る(もしくはその後海外に)」古い物が廃れていってる感じです。
だから嘗ては頂点だった「国立」も「甲子園」も「通過点」に過ぎなくなってるのかもしれないですね。

ただ、丁度今日「バンキシャ」で円楽師匠の引退を扱っていて、上にある「いい重り」がなくなるとどうなるのかなぁなんて思ったりもします。

なんだか色々考えながら書いている内訳わかんない話になりましたね。すみません

投稿: KTY | 2007/03/04 21:30

国立霞ヶ丘競技場というのが「国立」のことだと、今日まで知りませんでした。
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http://www.geocities.jp/s_ichinokura/sub3-4_kokuritu.htm
正確には国立霞ヶ丘競技場。
神宮外苑のこの地域を霞ヶ丘と呼ぶなど、あまり知られてはいない。
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投稿: nobio | 2007/03/05 22:57

>KTYさん
甲子園のツタはスタンド改修のために伐採されましたが、株だか何だかを別の場所で栽培しておいて、改修が終わった後にはまた同じ(というか子孫というのか)ツタを壁に這わせると聞きました。このように、仮に将来、国立の建物を建て替えることになっても、それはこれまでのコクリツと同一性を保っているのだということを人々が信じられるような仕掛けが必要なのだと思います。

>nobioさん
他に西が丘などもありますからね。地下鉄の外苑前駅から神宮球場や日本青年館の前を通って国立競技場にぶつかる三差路の交差点の信号の名前が確か「霞ケ丘」です。

でも、「国立劇場」ってのは、あれで正式名称なんですよね。他の国立の劇場は「新国立劇場」とか「国立劇場おきなわ」とか名付けて、ご本尊はあくまで「国立劇場」。イングランドのサッカー協会が国名抜きの「The Football Association」を押し通しているようなものでしょうか。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/03/05 23:52

こんにちは。

自分は東京生まれではない(今は関東在住ですけれど)のですが、仕事の関係で代々木一帯を赴く度に、あの独特の雰囲気に引き込まれますね。
「超」が付くほど物・人が集積する東京の中で、あの一帯だけは森と、そこに集う人と、そしてスポーツが心地いい時間で存在しているように思えます。
それは、建物が古くなる程の時間が経過したからこそ醸成された訳であって、合理性や経済性を優先したことで、そうした景色・空気が薄れていくのは、理性では理解はしつつも感情では納得しがたい所ですね。
万一有明にそうした複合施設が建設されても、やはりそうした雰囲気が醸し出されるには幾ばくかの時間の経過を必要とするでしょうから。

投稿: hide | 2007/03/06 13:54

>hideさん
>「超」が付くほど物・人が集積する東京の中で、あの一帯だけは森と、そこに集う人と、そしてスポーツが心地いい時間で存在しているように思えます。

同感です。競技場が重ねてきた年輪に加えて、周辺一帯が大きな神社の庭園であることにも、与るところが大きいのだと思います。
そういえば私の敬愛する詩人が、かつて長崎ハウステンボスを評して「あそこには墓地が足りない。死んだ人間も一緒にいなくちゃ街とは言えない」と話していました。臨海副都心に墓地や神社はあるのでしょうか?

投稿: 念仏の鉄 | 2007/03/07 23:09

どもー。オリンピックネタには思わず反応してしまいます。
浅野氏出馬で俄然面白くなってきた都知事選。
石原慎太郎が落ちれば、「第二東京五輪」は夢と消えます。
福岡関係者としては、そうなったときのJOC幹部連の「ほえづら」を是非見てみたいものです(笑)。
品のない話ですみません。

投稿: 馬場 | 2007/03/08 18:38

最後の妄想だけを前面に出した文章を再度希望します(笑)。

それはさておき、香港戦近くで観ていたのですね。今後はご一緒したいものです(いや私が隣にいては、うるさくて迷惑ですね)。

投稿: 武藤 | 2007/03/09 00:08

>馬場さん
現時点で現知事に対する最も有力な対抗者は浅野元宮城県知事だと思いますが、彼は五輪については、見直しの必要がある、というような発言だけで、まだ立候補取り下げとは言ってません。じっくり見直して、納得のいく結論を出してもらいたいと思っています。

>武藤さん
>最後の妄想だけを前面に出した文章を再度希望します(笑)。

これはあくまで晴海に陸上競技場ができることを前提にした話ですから、妄想を前面に出すとなると、新スタジアム計画を積極的に支持せざるを得ない立場になり、いささかためらわれます(笑)。晴海の話を抜きに「国立を球技専用に」という話は、さすがに陸上界が許さないでしょうし。
また、多摩国体に向けて味スタにどんなトラックが作られるかにも影響される気はしますが、東京贔屓としては、あまり立派なトラックを作られるのも嬉しくないんですよね。

それはそうと、香港戦では隣で気合の入った応援をしている人々の一団がいましたが、あの中に武藤さんがおられたわけですか。ご挨拶もせずに失礼しました(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/03/09 11:34

>香港戦では隣で気合の入った応援をしている人々の一団がいましたが、あの中に...

いえ違います。
彼らとはまったく別に大声で罵詈雑言の野次を飛ばしてました(笑)。

投稿: | 2007/03/09 12:37

>武藤さん(ですよね(笑))
>彼らとはまったく別に大声で罵詈雑言の野次を飛ばしてました(笑)。

なるほど。それはそれで、寒さを忘れるには効きそうですね(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/03/14 02:19

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