長谷川滋利『素晴らしき日本野球』新潮社
2006年というのは日本野球にとっては特筆すべき年だった。WBC優勝、決勝戦再試合の末の早稲田実業優勝で久しぶりの社会現象となった夏の甲子園、札幌移転後初の日本ハム優勝、松坂のポスティングによる60億円移籍など、めったにない出来事が次々と起こった。
当blogでも、それぞれの出来事について、折々に感想を書いたり議論をしたりしてきたが、しばしば、彼の考えを聞いて見たいと思っていた人物がいる。長谷川滋利だ。
同じ年の野茂英雄がMLBへの道を切り開いた2年後の97年にアメリカに渡った長谷川は、アナハイム・エンゼルスとシアトル・マリナーズで主にセットアッパーとして9年間投げ続け、昨年初めに引退を決めた。日米双方の野球に通じ、英語が巧みで、ビジネスへの関心も強い長谷川なら、一選手、一野球人にとどまらない広い視野から、これらの出来事を見ているに違いないと思っていた。
そんな長谷川が、引退後の野球界の出来事を中心に、日本野球の現状と将来について語ったのが本書だ(構成者として生島淳の名が記され、後書きまで書いているので、長谷川は文字通り「語った」のだと思われる)。今年4月25日に発行されたばかり。
それほど厚い本ではないし、聞き書きだけに文章も平明ですらすらと読めるが、中身は濃い。
たとえばWBC優勝の捉え方について、長谷川はこんな意見を書いている。
<たとえばメンバーが親善大使の役割を担い、野球を広めることと、チャリティ活動を推進することを目的として世界を回る「ワールド・ベースボール・クラシック・ツアー」を開催しても良かったと思う><そうすれば日本が世界一になったこともアピールできるし、野球が外交の一部にもなり得る。さらに野球をするならアメリカで、と思っているヨーロッパの選手たちが「日本でプレーしてみたい」と考えるきっかけになっていたかもしれない>
<あるいはアメリカチームと一緒に世界を回るという方法も面白い。たとえばであるが、十一月に行われる日米野球の後、合同チームで遠征したりするのは選手にとてはプラスになるのではないか>
これには唸らされた。彼は我々よりもずっと広いところを見ている。確かにMLBは以前から世界規模のプロモーションを意識していて、日米野球で来日したサミー・ソーサがその後に英国を訪れ、クリケットの投手と対決したりしていたこともあった。ここでは欧州が巡業先として挙げられているが、台湾や中国などにも市場開拓の余地がありそうだ。
WBCのほか、松坂の移籍、甲子園の再試合、さらには球団経営やNPBの構造改革などについて、日米の事情を比較しつつ、長谷川は縦横に語る。
それぞれに興味深い意見を述べているのだが、通読して感じるのは、彼のバランス感覚の良さと目配りの広さだ。
基本的に長谷川は現状を真っ向から否定するような書き方はしない。そうなっている事情に一定の理解を示しつつ、しかしそのままではどのような悪影響をもたらすかを説明し、代案を示していく。センセーショナルな表現はしないが、説得力がある。
本書に書かれた内容は、個別的にはおそらくテレビや新聞、雑誌等に発表してきたのだろうと思うが、1シーズンを経て、さらに本書が刊行された今でも、依然として長谷川がフリーの解説者であるというのは、実にもったいないことだと思う。彼をアドバイザー、あるいは球団代表補佐として雇おうとする球団経営者は日本にはいないのだろうか(長谷川が断っているのなら別だが)。これほどの人材を野に置いておくほど、日本の野球界に余裕はないと思うのだが。彼のコミュニケーションのスタイルであれば、おそらく経営者たちの中では(ひょっとすると現場の野球人たちの中にいるよりも)高い評価と信頼を得られるのではないかと思う。
と書いてはみたが、実のところ彼にもっともふさわしいポストは、コミッショナー事務局の中に用意されるべきだと思う。現在の「代行」氏がさっさと退き、健全な判断力を備えた後任者が生まれて、長谷川の力を日本野球に生かそうと思いつくことを望んでいるのだが、さて、どうなりますやら。
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