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生島淳『アマチュアスポーツも金次第』朝日新書

 野球を中心にさまざまな分野で活動しているスポーツライターの著者が、スポーツを支える金銭的側面について書いた本。
(ジャケット見返しには「新鋭スポーツライター」とあるが、生島氏が「新鋭」なら、30代以下のライターは全員が「駆け出し」ではないか?(笑))

 「金次第」というタイトルの語感や、「アマチュアスポーツ界は、ここまで蝕まれている」という帯の文言(「蝕まれている」という6文字が一際大きい)のおどろおどろしさはいささか誇大広告気味で、実際の読後感はあっさりしている。もともと朝日新聞の土曜版「be」に連載していたコラムをまとめたという成立事情による面もあるだろうし、そうでなくてもこの著者の書く本はたいていあっさりしているという印象を私は持っている(あっさりしているのがいけないわけではない。リーダビリティは大事だ)。

 前書きをのぞく本文は次の7章。

第1章 西武の裏金問題があぶり出したもの
第2章 女子フィギュアばかりがなぜモテる? 〜女性アスリートが売れる時代〜
第3章 学校がマーケティングを始めたぞ
第4章 北海道経済と冬季五輪の関係って?
第5章 松坂に60億円! 〜ポスティング・システムの怪〜
第6章 サッカー世界の経済地図
第7章 姚明と2008年北京五輪

 当blogでも過去に扱ったことのある話題が多く、著者の問題意識はおおむね当blogのそれに共通しているように感じられる。こちらは漠然とした思いつきや感想を書いているだけだが、本業のスポーツライターである著者は豊富な事例を例示しつつ記しているので、私個人にとってはありがたい資料集である。
 西武の裏金問題についても経過をコンパクトに整理して記しているので、近い将来この件について考える時の資料として役に立つことだろう。
 このほか、第6章で紹介されている Deloitte Football Money Leagueという資料は興味深いし、私はバスケットの知識に乏しいので、姚明が国策による交配実験のようにして生み出された選手だったというエピソードにも驚いた。さほど厚い本ではないけれど、このような細かい事例が豊富に紹介されていることは本書の魅力だ。

 全部読んだ後で表紙を見直すと、やはり違和感がある。著者本人がどう思っているかは別として、「アマチュアスポーツも金次第」というタイトル、「アマチュアスポーツ界は、ここまで蝕まれている」という帯の惹句には、版元である朝日新聞社の問題意識が強く反映されていることが想像できる。

 だが、本書で紹介されているスポーツ界の実態を見る限り、「蝕まれている」という形容がふさわしいのは、せいぜい野球界だけだ。
 フィギュアスケートに金がかかるとか、北海道経済の衰退がウィンタースポーツの不振につながったとかいうのは事実にしても、選手の育成や強化に一定の費用がかかることは当然であり、そこに公序良俗に照らして「汚い」とか「不正」とか言われるような金が飛び交っているわけではない(連盟の汚職は別)。

 では、金のある者が勝つ、という身も蓋もない事実を、朝日新聞社は「蝕まれている」と形容するのだろうか? 
 歴史的にいえば、アマチュアリズムという概念の起源は、競技による報酬の受け取りを禁じることによって、ブルジョアジーが労働者階級を競技から締め出すことに始まっている。とすれば、「金のある者が勝つ」のはアマチュアスポーツ本来の姿に戻っているに過ぎない。

 ついでに言うと、第3章では学生スポーツ、とりわけ大学スポーツにおいて、スポーツに投資した学校が有利になっていく状況が紹介されている。
 これもまた「金のある者が勝つ」状況には違いないのだが、選手の側から見れば、状況は逆転する。学校から「投資」を受けることにより、裕福でない家庭に生まれた選手でもトップレベルで活躍する可能性が開けることになるからだ。
 そして言うまでもないことだが、野球特待生制度を根絶しようという高野連の施策は、裕福でない家庭に生まれた選手の可能性を狭める。高野連(と、その施策を容認する朝日新聞社)は、高校野球を「金のある者が勝つ」状況に導きかねない施策にひた走っている、とも言える。

 このような諸々を考えていくと、本書のタイトルや帯は、版元である朝日新聞の、この問題に対する混乱ぶりを、はからずも示すものになっているように思えてくる。
 スポーツに金がかかることをそれほど嫌悪するのなら、朝日新聞社はビッグビジネスと化した甲子園大会などとは縁を切って、三角ベースの普及活動を支援したらよいのではないか(いや、本当にそうするようなら、それはそれで褒め称えますが)。

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コメント

生島氏本人が出演しているラジオ番組(TBSラジオ)で版元が西武の事件が起きたのでこんなたいそうなタイトルに変えたと言っていました。

投稿: わっきぃ | 2007/05/22 22:11

>わっきぃさん
こんにちは。それはいかにもありそうな話ですね。
中立的な版元ならともかく、朝日新聞としてはどうよ、と思いますが。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/05/23 08:29

http://tbs954.cocolog-nifty.com/st/
この生島淳って人、たまにここでしゃべってますよ
直近では5/21(月)ニュースさかさメガネとか
1章~5章のネタって、ほとんどここでも触れてたような気がします
サッカーネタは後藤さん、中国ネタは勝谷が担当かな

投稿: | 2007/05/24 14:58

>2007/05/24 14:58の名無しさん
生島氏自身が書いたり喋ったりしていることは、バランスがよく、好感を持っています。私の好みからいうと、もっと掘り下げてもらいたいと思うこともありますが。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/05/25 11:23

>念仏の鉄さん
この人のしゃべりを聞いていると、どのスポーツにも思い入れがないように感じ、それがバイアスのまったくかからない、事実だけを淡々と伝える独特の内容になっていますね。
思い入れがなさそうな分、どれをとっても表層的になぞるだけになっているのもまた然りではありますが。

投稿: | 2007/05/25 15:37

>007/05/25 15:37の名無しさん
ま、私の感想とコインの表裏という感じですね(笑)。
特に弁護する筋合でもないのですが、思い入れ過剰なスポーツライターがやたらに増えた現状では、こういう人にも一定の存在意義があると思っています。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/05/26 12:21

また先を越されてしまいました!
観戦記の無い日にこの書評を書こうと思っていたんです(笑)
幅広く目配りされていて、議論の叩き台になる内容だと思います。
スポーツオタクならともかく、一般読者には十分濃い中身でしょう。

私が気になったのは「スポーツと学校経営」の説明です。
この本のみならず、メディア全般がステレオタイプで切りすぎていると思います。
30年前ならともかく、今の時代に学校経営者がスポーツに投資する背景は、
「費用対効果」より「非経済的インセンティブ」で考える方が適切に思います。

極端に言えば「他のタニマチ道楽に比べて低コスト」で、
「ほとんど自分の懐を痛めず」楽しめるのが部活強化です。
学校法人は行政からの援助、税制上の優遇も大きいですから。
「先輩」「OB」のプレッシャーもあります。
何ら契約関係はありませんが、
「暗黙の従属関係」がスポーツへの出費を強いる現状があります。

青森山田が卓球場の建設に何億円か掛けても元は絶対に取れません。
「経営者の合理的な選択」論は確かに分かりやすいんですが、
現実を反映していない説明だと思います。

投稿: 党首 | 2007/05/27 17:16

>党首さん
いつも精力的な観戦ぶりに圧倒されております。ろくに試合も観ないで本だけ読んでる我が身を恥じるばかり。

>30年前ならともかく、今の時代に学校経営者がスポーツに投資する背景は、
>「費用対効果」より「非経済的インセンティブ」で考える方が適切に思います。

スポーツで名を売れば受験者が増え偏差値が上がる、というのは大学でも高校でも定説になっていますが、実際のところ、どれほどの効果があるのでしょうね。
大学経営にも経済合理性が要求されるようになってきた今こそ、スポーツへの「投資」効果を冷静に見直す時期なのかもしれません。スポーツに限らず大学の経営というのは、(法科大学院設立ブームなど)あまり真剣に収支を検討したとは思えないような事業がしばしば見られますし。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/05/27 17:52

鉄さんのみならず、党首さんまでお勧めの本ならばと、読んでみました。

正直、評価の難しい本だと思います。
鉄さんがおっしゃる通り「資料集」としては貴重で、今後も自分の作文には役に立ちそうです。ただ、何か読んで、モヤモヤする感じが残る本でした。

感想を3点。
まず鉄さんも語られている「あっさり感」ですが、作者はスポーツを好きではなくて、仕事として捉えているからかなと感じました。例えば、過去の高校野球の名場面の列記に原辰徳がもれていたり、西武買収時のライオンズがフランチャイズを九州から所沢に移した事を記載していなかったり、当時の現場感覚を感じないのです。ただしその事が特長になっていると言う鉄さんの見解はもっともだと思います。

「あっさり感」は構わないのですが、作者はたとえば「裏金は無くすべき」と書いていますが、その論拠がないのはズッコケました。ドラフトが改善されてカネがかからなくなる事や、選手の若年の時の指導者が儲けてはいけない事を、当然正しいと考え、読者もそれを肯定する事を前提に論理が組み立てられています。それを即断で肯定できない自分がひねくれているだけなのですかねえ。

作者は「トッププレイヤになるために負担するコスト(例えば荒川静香のご両親の負担)」と「トッププレイヤなり指導者なりチームが獲得できる付加価値分の売上(例えば松阪大輔のポスティングで動いたカネ)」さらには「スポーツ界に流れ込む投資(これを『レアル・マドリードの儲けようとする投資』と『青森山田高のタニマチ感覚』にさらに分離しようとする党首さんの分析は秀逸だと思います)」と、全く異なる種類のカネを明確に分離せずに「金次第」と一括りにしています。だから、この本全体が散漫になっている印象を持ちました。

投稿: 武藤 | 2007/05/31 00:29

>武藤さま
>作者はスポーツを好きではなくて、仕事として捉えているからかなと感じました。

実際にどうなのかは別として、読んだ人にそう受け取られてしまいやすい文章(放送媒体での語り口)ではありますね。

>ドラフトが改善されてカネがかからなくなる事や、選手の若年の時の指導者が儲けてはいけない事を、当然正しいと考え、読者もそれを肯定する事を前提に論理が組み立てられています。

スポーツと金の関わりを考えるのなら、そこを突き詰めるのがいちばん大事な(というより面白い)部分だと思うんですけどね。紋切り型に沿って話がどんどん進んでしまうのは、字数が極端に抑えられた新聞連載がベースになっていることも理由のひとつだとは思いますが、せっかく本にするのなら…とも感じます。

>全く異なる種類のカネを明確に分離せずに「金次第」と一括りにしています。

ひとつ上のご指摘にも通じることですが、このへんの仕分けをきちんとしないわりには、なんとなく「金次第はよくない」という雰囲気を漂わせる一言があちこちに見られるあたりが、著者のスタンスの中途半端さを感じさせるのは確かです。


投稿: 念仏の鉄 | 2007/06/01 09:24

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