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谷沢発言の真意を考えてみる。

 谷沢健一という人物を私が再発見したのは、3年前の夏の終わり、あるシンポジウムでのことだった。開設したばかりだったこのblogに、その時のことを書いている。近鉄とオリックスの合併話が持ち上がり、選手会がストライキに突入するのかどうか、という局面で、谷沢は、プロ野球が進むべき方向について考えるという趣旨のシンポジウムを企画し、識者を集めて開催した。この時期、いろんな人がいろんなことを言っていたが、プロ野球選手出身でそんなことをした人物はほかには見当たらない。

 谷沢は早大出身で70年に中日に入団。新人王を取り、その後も中心打者として活躍した。主に一塁を守った左の好打者で、今の選手でいえば、長打力もある福浦、という感じだろうか。76年に張本勲(読売)を僅差でかわして首位打者を獲得。78年にアキレス腱を痛めてほぼ2シーズンを棒に振ったが、80年には完全復活し、.369の高打率で2度目の首位打者となった。86年限りで引退した後、94-95年には西武の打撃コーチを務めた。98年には母校早大の大学院でスポーツ経営を学び、シンポジウムのあった2004年には西多摩倶楽部というクラブチームの監督を務めていた。
 翌2005年秋には自ら理事長となって谷沢野球コミュニティ千葉(YBC)というクラブチームを設立、運営と指導にあたっている。
 この秋で60歳になったはずだが見た目は若々しいし、テレビ解説ではいつも機嫌のよい笑顔で、ともすれば軽薄な印象を与えかねない語り口なのだが、現実にやっていることはずいぶんと地道だ。

 彼のblog「谷沢健一のニューアマチュアリズム」の最近の記述を読むと、クラブチームの練習場所を確保するために谷沢自身があちこちに頭を下げて頼んで回り、グラウンドの整備まで一緒にやっているようだ。私は彼のチームの活動を見たことがないので谷沢自身の記述を信じるほかはないのだが、これが事実なら相当なものだ。選手のレベルも決して高くはない。<プロ球団ーアマ企業球団ー独立リーグ球団ークラブ球団というふうに事実上、序列化されつつある昨今の状況下で、もっとも「底辺」で野球組織を維持することは、それなりの誇りと喜びがある>と彼は書いている。
 テレビ解説に講演や野球教室などやりながら悠々自適の生活を送れそうな立場の人物が、齢60にして、わざわざそんな手間のかかる面倒な真似を買って出ている。なぜかといえば、
<私は、プロ球界が責任を放棄している部分を、ひじょうに微力であるのを承知で少しでもカバーできたらと考え、まがりなりにも僅かずつ実行しているつもりである>
というのだから、大変なチャレンジをしている貴重な人物だと思っている。

 その谷沢が妙な形で話題になっている。
 日本シリーズ第5戦でパーフェクトゲーム寸前の山井を交代させた落合采配を批判したことで、ネット上で谷沢が非難を浴びている、と聞いた。彼自身のblogにも、さらりと触れている。どうも、「落合は監督の器ではない」というようなことを口にしたらしい。

 発言内容を知りたいと思って調べてみたら、YouTubeにアップされていた。中日日本一から一夜明けた朝のフジテレビ系「とくダネ!」でのことだ。
http://jp.youtube.com/watch?v=U417rSV2eDA

 該当する谷沢の発言は次のようになる。
「現代の監督、たくさんいますけどね、落合監督はもう監督の器じゃない。そのくらい言っていい」
「メジャーリーグでも1回しかないんですよ。百数十年の歴史の中でね、このパーフェクトというのは。日本のプロ野球で1950年から2リーグ制に分立して、初めて達成されるかどうかわからないような、ファンが一番注目してるこの試合でしょ」

 これだけではあまり説明になっていない。暴言と言われても仕方がない。
 興味深いのは、後半での発言だ。

 レギュラーコメンテーターの竹田圭吾(ニューズウィークジャパン編集長)が、このように話している(これは、この件における落合支持論の典型といえる)。
「あとでニュースで見たんですが、サッカーでも野球でも監督の仕事というのは球史に残る記録を作ることでもないし、選手をヒーローにすることでもないし、結果だけで判断されることなので、やっぱりクライマックスシリーズ、阪神と巨人に5連勝で勝ってきた勝ちパターンというものを考えると、まあしょうがないんじゃないかと思います」
 すると谷沢は「それだからダメなんですよ」と猛然と(しかし顔と口調はにこやかに)反論する。
「2004年にプロ野球がストを行った時に、たいへんな時代だったんです。赤字体質を解消しようとしてね、それで、プロ野球っていうのはファンのものでもないし球団のものでもないし、選手監督のものでもない、みんなのものなんですよ。そしてもう一度高めようという機運が起こったじゃないですか。それを忘れてますよ」

 このあたりが肝心なようだ。 「落合監督は監督の器じゃない」という発言は、「落合監督は『現代の監督』の器じゃない」という意味なのだと受け止めれば、谷沢の言いたかったことが見えてくる。

 プロ野球自体が存亡の危機にさらされているこの時代に、監督が勝つことしか考えていないようでは、プロ野球自体が立ち行かなくなる。中日ファンを喜ばせるだけにとどまらず、野球ファン全体、さらにはそれ以外の人々の耳目を野球に集めることまで、現代の監督は視野に入れなければならない。その絶好のチャンスをみすみす自分の手で潰した落合は、「現代の監督」の器ではない。

 彼の経歴や発言を踏まえて勝手に代弁すると、谷沢はそんなふうに考えているのではないかと思う。

 もし本当にそうなのであれば、谷沢はキャスターや出演者や視聴者に理解できるように説明するべきだったし、もう放送の世界に入って長いのだから、言葉足らずで誤解を招いたとすれば多少の非難を浴びるのは仕方ない。
 むしろこれは、彼の活動やスタンスを世間にわかりやすく説明するいいチャンスだったのに、と思うと惜しまれる。

 一方、そんな視点で落合を見てみるとどうなるか。
 「監督は結果だけで判断される」という竹田圭吾の言葉は、まさに落合博満の監督哲学であり、選手としての哲学でもあった。「結果さえ出せば文句ないでしょ」というのが、落合の野球人生を貫く姿勢といってもいい。

 落合は、昔も今もプロ野球界の異端児として扱われている。しかし、彼の経歴を見直すと、実は彼の「オレ流」言動は、常にルールの枠内に収まってきた。
 91年オフに参稼報酬調停を申請したのも、93年オフにフリーエージェント宣言をしたのも落合が日本人第1号だったが、これらはいずれも労使間で認められた選手の権利であり、ルール上は何の問題もない。
 ちなみに、フリーエージェント宣言をした時期、落合は日本プロ野球選手会から脱会していた。FA権獲得を目指す闘争方針に反対していた(落合は「統一契約書の見直しを優先すべき」と主張していた、との記述がネット上にあるが、具体的にどのような見直しを求めていたのかまでは不明)のに、導入されると真っ先に手を挙げるという彼の出処進退は、現行のプレーオフ制度を全面的に批判していたけれど、セに導入されたらプレーオフ用の戦術を考案して全勝優勝してしまったことと似た印象を受ける(ま、プレーオフに5連勝することは、やろうと思ったからできるわけではないが)。
 また、Wikipediaの彼の項目によれば、今年、金本明博選手を育成選手として再契約しようとして選手会に反対された時には、「本人と十分に話し合って同意を得た上で、決められたルールに従ってやった事だ。」と反論したという。

 つまるところ、落合が破ってきたのはあくまで球界の不文律であり、明文化されたルールに対しては従順だった(ルールが認める限界まで肉薄した、という点では余人の追随を許さないものがあったが)。彼は、置かれた状況の中で最大限の成果を挙げ、利益を享受することに専心してきたのであり、ルールや枠組みそのものを変えることに対しては熱心ではなかったと言える。

 だが、枠の外に出てしまった男たちもいる。
 石毛宏典は、四国アイランドリーグを設立し、資金繰り等で苦労を重ねていた時期に、プロ野球界を「ビニールハウス」と表現し、「中にいてはわからないことがたくさんある」と話していた。
 石毛と同様に、あえてプロ野球界を外側から見て、その不備を痛感し、自力で補うことで野球界を支えようと腐心している谷沢から見れば、「ビニールハウス」の外でも影響力を持ち得る貴重な人材であるはずの落合が、そこから一歩も外に出ようとしないのが、もどかしいのかも知れない。

 もちろん、このエントリ内容のほとんどは私の勝手な推測だ。谷沢健一氏が私の考えているような人物なのかどうかは、彼のblogを読むなり活動を追うなりして、ご判断いただきたい。


追記(2008.9.23)
今さらですが、この件について興味深い考察をしているサイトです。
【雑記】・高度なプレーをすることとプロであるということ/ふぬけ共和国blog

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コメント

谷沢健一はそんなことを根掘り葉掘り言ったんですか。

中日の監督が山田久志解任後
×高木守
・落合
・野村
・谷沢

とまあ4人ぐらいの候補だったらしく「谷沢は4番手」ぐらいの出番。実際はわからないが

ならば落合を退けて「中日谷沢監督」になる努力をしてもらいたい。

現役時代から大好きな谷沢健一選手ですからね。

ブログはちょくちょく読んだりしてますけどね。

星野とは大差ついたなあ

投稿: sadakun_d | 2007/11/08 10:45

> sadakun_dさん

こんにちは。
元選手が目指すべき次のゴールは、監督になることだけなのでしょうか?
監督になりたい人はたくさんいるだろうし、上手にこなせる人もそれなりにいると思いますが、谷沢さんのようなことをしている人は他には見当たらないので、蟷螂の斧かもしれないけれど頑張って欲しいと私は思っています。
その意味では、高田繁氏がGMから監督になってしまったことも残念に思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/11/09 00:09

「プロ野球っていうのはファンのものでもないし球団のものでもないし、選手監督のものでもない、みんなのものなんですよ。」
谷沢氏の発言のこの部分ですが、私自身はこれに同意ですが、今回の山井降板に関する落合擁護の動きを見ていると、意外に世間的にはこうは思われていないのではと思います。
つまり、あの球界再編問題が残したのは、「プロ野球は球団(経営陣)のものではなく、選手・監督とその球団のファンのものである」という認識、こちらの方がむしろ根強いのかもしれません。
職場が奪われるかもしれないという近鉄とロッテ(10球団化の際に合併の話が出た)の選手・スタッフたち、そして自分の応援する球団の独立性が侵されることに怒った当該球団のファンたちが立ち上がり、それに協力した選手会と、明日は我が身的な危機感から同情した他球団のコアなファンたちの姿に、ライトな不特定多数の野球ファンや世間の人たちが共感したのだ・・・という捉え方をしているのでしょう。
どちらが正しいというものでもないでしょうが、「ファンのものでもなく」という谷沢氏の認識とは微妙なずれがあるのは確かかと。

投稿: kazu-ct | 2007/11/09 00:42

>kazu-ctさん
こんにちは。

>どちらが正しいというものでもないでしょうが、「ファンのものでもなく」という谷沢氏の認識とは微妙なずれがあるのは確かかと。

それはありそうですね。
kazu-ctさんがご自分のblogに書かれている、チームと一体化する見方こそ正当だと捉える人が増えていて、それはJリーグの「サポーターの論理」が影響しているのではないか、という考えは、なるほどと思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/11/10 10:17

谷沢さんも鉄さんも、「続投させた方が野球ファン全体、さらにはそれ以外の人々の耳目が野球に集まり、野球界が盛り上がった筈だ」というのを論証不要の大前提と考えておられるようですが、なぜでしょうか。あの試合が「異様なまでに世間の耳目を集めたこと」「論議を呼んだこと」「その中には否定的な声も多いが『感動した』みたいな声も多いらしいこと」は、ネットや新聞を見てれば明らかですが、「山井がひとりでパーフェクトを達成していたらもっと盛り上がったに違いない」と考える根拠は、私は特に思いつきません(今、ひとつ思いつきました。その場合にはアメリカでもニュースになっただろう、ということ)。野球に興味ない層でも完全試合には興奮するものなんでしょうか。

山井がひとりでパーフェクトを達成した場合に野球界が得るものを仮に100 だとします。

谷沢やデーブ・スペクターは、あの交代のせいでその100 がゼロになった、或いはマイナスになった、みたいなことを言いますが、個人による完全試合達成、という記録だけに注目すれば確かにゼロになったわけですが、あの試合が世間に与えたインパクトという意味では、もしかしたら100 より大きかったんじゃないかとすら、私は思います。少なくとも「ゼロにはなってない」ことは明らかです。

投稿: nobio | 2007/11/13 16:29

自分の眼力に対する絶対的な自信、起用した選手への信頼、選手が存分に実力を発揮できるようなコンディション作りへの配慮……。そういったものの上に成り立っている落合の判断はぶれることが非常に少なく、監督のそのようなぶれない姿勢が、ファンや選手の信頼を得ているように思われます。
プロモーションを考えた采配は、プロ野球の市場を広げる上で必要なことではありますが、指揮者自身の理想とする野球との整合性、あるいは、選手の想いやコンディションとの整合性が保てないことによって、監督の信頼性が失われてしまうということも場合によっては起こり得るのではないかと想像します。
しかし、プロスポーツというものがひとの興味を惹きつけて初めて成り立つものである限り、新たな市場の獲得に繋がるプロモーションの機会には、現場に立つもの全てに敏感に反応してもらいたいものだと思います。WBCの際の選手会などの反応をみると、成熟したプロ意識といった共通認識が現場のものに薄いのではないかという危惧も感じます。
今回の継投に関しては、あの時点での山井のコンディション(実態はよく分かりませんが……)がプロ野球界にとって不幸だった訳で、落合の器云々という問題ではないようにも思われます(落合も「言いたい奴には言わせておけ」という姿勢ではなく、もっと説明責任を果たすべきだと思います)。しかしながら、落合の野球は、チームの勝利を願うドラゴンズファンやプロ野球そのものが好きな人たちといった顧客の満足度を高めることはあっても、新たな市場を開拓できる魅力には確かに乏しいのかも知れませんね。

投稿: 考える木 | 2007/11/14 18:24

>nobioさん
>谷沢さんも鉄さんも、「続投させた方が野球ファン全体、さらにはそれ以外の人々の耳目が野球に集まり、野球界が盛り上がった筈だ」というのを論証不要の大前提と考えておられるようですが、なぜでしょうか。

私は「耳目が野球に集まり」というところまでは考えていますが、「野球界が盛り上がった筈」かどうかについては判断がつきません。


>「山井がひとりでパーフェクトを達成していたらもっと盛り上がったに違いない」と考える根拠は、私は特に思いつきません

nobioさんは山井がひとりでパーフェクトを達成していたらもっと盛り上がりませんでしたか?

>あの試合が世間に与えたインパクトという意味では、もしかしたら100 より大きかったんじゃないかとすら、私は思います。少なくとも「ゼロにはなってない」ことは明らかです。

インパクトを論じるならその通りだと思います。
「あの試合が世間に与えた喜び」を論じるなら、山井がひとりでパーフェクトを達成した場合よりは小さくなっただろうと思います。


>考える木さん
バランスのよい総括をありがとうございます。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/11/15 20:57

>nobioさんは山井がひとりでパーフェクトを達成していたらもっと盛り上がりませんでしたか?

私はもし続投だったら、うっそー、岩瀬じゃないのかよ、と思った方なので・・・
まあそんなのは中日ファンであっても多数派ではないし、中日ファン以外にはいないとは思いますが。

投稿: nobio | 2007/11/15 23:33

考える木さんの、野球界の人は野球に興味ない層に対するアピールも考えた方がいいのではないか、というご意見にはそれなりに同感です。また、落合博満という人のたたずまいがどうもさわやかさに欠けるのではないか(とは書いてありませんが)という感覚も共感できます。しかしそれでも、野球に興味ない層にとって「山井ひとりでの完全試合達成」が「山井→岩瀬での完全試合達成」に比べて喜びが大きいのかどうかについては疑問に思います。

例えば川上憲伸なら「チームを支えた大エースが最後の最後に大記録」、山本昌なら「今季不調に泣いた大ベテランが最後の最後に大記録」というような大団円な感じの物語が生まれ、朝倉でも中田でもそれなりの物語は生まれ、それは非野球ファンにもアピールすると思うのですが、山井には幸か不幸かそういうのがほとんどなく、「最後の最後に鉄腕守護神が完全締め」の方がむしろ世間的美談視度が強いような気すらします。

自分自身のことを考えても、どこかのチームの、名前は聞いたことあるけど顔もフォームも知らない投手が完全試合を達成した、と新聞で知った場合に自分の心が喜びに満たされるか、と言えば、うーん・・・ スゲー、とはいちおう思うでしょうが、正直なところ、自分が喜びを感じるとは思えません。

投稿: nobio | 2007/11/16 03:38

引退試合の記事と逆ですねw
浪花節より勝負が重要だったんじゃないですか?
まぁ出血してる山井を世間を無視して守った落合監督も
パーフェクトリレーの重圧を跳ね除けた鉄腕クローザー岩瀬も
十分(中日)ファンの心にの残ったと思いますがw

投稿: 二見 | 2007/11/16 06:55

>nobioさん
>うーん・・・ スゲー、とはいちおう思うでしょうが、正直なところ、自分が喜びを感じるとは思えません。

「喜び」という表現は最適ではなかったかも知れませんね。
「よくわからないけど凄いことが起きたらしい」と聞いて、関係なくても心の中がわくわくするような気持ちが起こることはあるだろうな、というところです。そしてそれは、「よくわからないけど揉めてるみたいだな」というのとは、ベクトルの長さが同じだとしても向きは違うだろうな、と。

あるいは、こういう言い方もできます。「山井続投」ならば(仮に彼が打たれても)起こらなかったであろう「失望」を世の中に与えた、と。
「山井が○回までパーフェクト」と放送やネットの速報で知ってテレビのチャンネルを合わせた人も結構いたのではないかと思いますし、そういうリアルタイムな目撃感はスポーツを見る醍醐味のひとつで、nobioさんがおっしゃる物語性を超えた部分があると思います(試合後のニュースや新聞で「完全試合達成」を知る場合には、物語性の比重が大きくなるでしょう)。

もちろん、そんなものに監督がいちいち配慮する必要があるか否か、というのは、また別の話です。

最終的にこの件は(山井のマメの程度がだんだんと明らかになったこともあり)「落合が正しかった」で落ち着きそうなのですが、多くの人が山井降板の瞬間に感じたであろう「え、ホント?」「なんだ、つまんねーの」という反応を竹井圭吾的正論で封じ込めてしまうことに抵抗を覚えたので、遅まきながら別の見解を紹介してみた、というところです。


>二見さん
>引退試合の記事と逆ですねw
>浪花節より勝負が重要だったんじゃないですか?

へ、山井も引退するんですか?

8回まで1人の走者も出していない投手を9回にも投げさせることが、勝負を度外視した行為とは思いません。それが勝つための最善手である場合もある。このケースでは岩瀬に代えることでリスクが減るとして、その落差をどう評価するか、というところで意見が割れたということなのだと思います。

なお、谷沢発言は山井の負傷の程度が一般にははっきりわかっていない段階のものですから、このエントリの議論では「山井の負傷」という要因は棚上げしています。8回完了時に山井の出血が周知のことになっていれば、そもそもこの議論は起こりません。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/11/16 12:20

「あの交代は、続投ならば起こらなかったであろう『失望』を世の中に与えた」
・・・なるほど。それはわかります。それはたしかにそうですね。

> 引退試合の記事と逆ですねw
>> へ、山井も引退するんですか?

古田と佐々岡の引退試合についてのエントリーのことでしょう。たしかにあの話とこの話には何か関係があって、そのあたりについて私もぼんやり考えてるんですが、どういう関係があるのか私のなかではうまくまとまりません。二見さんは「逆」だとおっしゃってますが、「個人記録を尊重せよ」という点では鉄さんのスタンスは両方の記事で一貫してると思います。

投稿: nobio | 2007/11/16 18:09

驚いた。あの山井降板のときに、「何それ~~」と思った人間です。そのあと、世間的には落合が正しいとなっていたのですか。中日落合ファンだけじゃなくて。
たまたまあの試合にチャンネルをあわせて、パーフェクト達成か、という興味で見入ってしまいましたが、9回にはがっかりでした。
そのあとの落合の話なんて、言い訳でしかないでしょ。
豆なんてできてなかったと、その日のうちに暴露されてたじゃないですか。
このブログ、本日初めて拝見しました。
谷沢、いいとこありますね。見直しました。勝ち負けや自分の利害しか考えてないひとにはわからないでしょうね。

投稿: 大藪 | 2007/11/16 21:28

初めまして、こんにちわ。

えーとりあえず前置きとして、私は非常に浅いいわゆるにわかの野球ファンで、ついでに谷沢氏の発言自体には否定的です。

私が谷沢氏の発言について違和感を覚えるのは、彼が野球界の現場の内と外で境界線を引いている点です。
彼は何かしらの信条をもって監督ではない自身の立場から監督である落合氏のあり方について野球界のためとして批判しているようですが、私のようなプロ野球経験のない野球ファンは、現役とOBで区分する以前にまずプロ野球に関わった人間であるという時点でみな一括りに見る場合もあるわけです。
よって谷沢氏が「監督に対して」求めていることを、部外者が「プロ野球関係者に対して」と置きかえて論拠とすることもできます。
そしてその上で、一つの不信感を抱きました。

彼(あるいは彼ら)はなぜ、落合監督の采配に批判的な気運を煽ったのでしょうか。

この文章内に引用されている中で言うならば、彼が引き合いに出した04のストにおいて彼自身は全く貢献できなかったとは考えていないように読み取れます。
ならば同様に、この件においても彼は自分の発言が多少なりとも影響力を持っていると予測できたでしょうし、実際にそう意識した上であのように発言したのでしょう。
監督とはその球団のファンに注目される立場ですが、OB解説者も視聴者の目を集めることができる立場ですから。

これも仮定の話でしかありませんが、例えば「完全試合とは投手個人ではなく守っている野手も含めたチーム全体での成績であり、先発が投げきるという条件は適当ではない」という見解がプロ野球評論家や現役監督の方々の間で大多数を占め、山井降板に失望を感じた人々もあぁもっともだとうまく乗せられてくれたなら、いや、納得してもらえたならば、現状ほど議論を呼ぶことはなくただ中日の日本一を称えるだけであったかも知れません。
また一方で今まで野球に関心を持っていなかった人々やさほど熱心に野球を観ているわけではなかった人々に、落合監督の采配だけではなくその後のこうした議論や非難も含めた一連の流れが、どのような印象を与えたのかも考慮されるべきでしょう。

みだりに負極的な論争を巻き起こさないという姿勢もプロ野球の発展に貢献することではないのか?
もちろん谷沢氏だけに限った話でもありませんが、プロ野球のためと息巻く方であればこうした部分まで一貫して当然かと思った次第です。

投稿: k | 2007/11/17 12:01

>nobioさん
>二見さんは「逆」だとおっしゃってますが、「個人記録を尊重せよ」という点では鉄さんのスタンスは両方の記事で一貫してると思います。

ま、二見さんのような見方をする人がいても仕方ないとは思います。私の感覚では別の事柄ですが、うまく説明がついていないのでしょう。

「個人記録」というと、ある個人の営為の成果という感じですが、パーフェクトゲームについては、私はちょっと異なるイメージを持っています。
やろうと思ってできるわけではないし、名投手だけができるというわけでもない(むしろ、過去の達成者の多くは、ほかにはさほど目立った何かを持っていない投手です)。偶発性が高く、数年、あるいは数十年に一度、前触れもなく起こる珍しい自然現象のようなものであり、だからこそそれが実現に近づいた時には、みんなで大切に仕上げていき、達成された時にはみんなで言祝ぐ。
いわば「天からの授かりもの」なのだから、当事者が自分の都合で「ほかにもっと大事なことがあるから」と勝手に幕を引いたりしてはいけないんじゃないか、と。

私が山井の降板に失望した理由を考えると、そんなところにあるような気がします。山井個人に対しては何の思い入れもないんですから。
(もちろん個人的なイメージですから、これを根拠に正しいの間違ってるのというつもりはないです。同じように感じる人が世の中にどのくらいいるかな、というのは興味がありますが)


>大藪さん
>そのあと、世間的には落合が正しいとなっていたのですか。中日落合ファンだけじゃなくて。

これは私が受けた印象なので、実際にどうかはわかりません。
ただ、その後、中日新聞などが、降板前の山井のユニホームの太股に血がついた写真を探し出して載せたりしているので、マメがつぶれて血が出ていたことは確実だろうと思います。
で、そうなったことによって「続投すべきだった」と言い続ける人はいなくなったので、論点とは別のところで勝負がついてしまった、という感じです。

>谷沢、いいとこありますね。見直しました。

そのように受け取っていただけるとありがたいです。


>kさん
なるほど、そういう見方もあるのですね。
ただ、

>みだりに負極的な論争を巻き起こさないという姿勢もプロ野球の発展に貢献することではないのか?

という論法を突き詰めると、あらゆる論争が有害ということになってしまいます。私はやはり、それぞれ信じるところを口にして意見を戦わせて考えを深め、結論が出なければ世間なり後世なりの審判を待てばよいと思います。

ところで、kさんご自身は山井の交代についてどう感じられましたか? 私(nobioさんもたぶんそうじゃないかと思いますが)のようにいろんな過去の出来事をひきずりながら物事を眺めていると、白紙状態の素直な判断ができなくなるので、参考までに教えていただけるとありがたいです。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/11/18 15:02

>論争

この件については落合監督の山井降板という采配に対する肯定・否定に話を限定せず、その争点をより広範囲に求めた方が有意義ではなかっただろうか、と。
もちろん場合にもよりますが、二極化した論争は発展よりもむしろ停滞を招く恐れがあると思っています。

>ところで、kさんご自身は山井の交代についてどう感じられましたか?

あの試合をテレビで観戦していたとき、交代が告げられた瞬間は驚きましたし、9回も山井が続投するものと思っていました。

しかし後々考えてみればその感覚は「ここで代えたら完全試合にならない」という認識(先入観?)があってこその予測であり、それさえ除外してしまえば他に続投を支持する理由はちょっと思いつきません。
やはり完全試合に先発完投が必須とされているのが混乱の元ではないか、と今は解釈しています。

投稿: k | 2007/11/18 23:59

はじめまして、お邪魔いたします。

私もkさんの、
>その争点をより広範囲に求めた方が有意義ではなかっただろうか

>やはり完全試合に先発完投が必須とされているのが混乱の元ではないか

と、同意見です。
谷沢氏の発言の真意が本当に、
『中日ファンを喜ばせるだけにとどまらず、野球ファン全体、さらにはそれ以外の人々の耳目を野球に集めることまで、現代の監督は視野に入れなければならない。その絶好のチャンスをみすみす自分の手で潰した落合は、「現代の監督」の器ではない』
『一歩も外に出ようとしないのが、もどかしいのかも知れない』
といったものであったのならば、むしろ谷沢氏にもどかしさを感じます。

なぜ、野球ファン全体やそれ以外の人々の耳目を野球に集めるために、”公式記録”でなければならないのか?
だったらむしろ、継投による完全試合も立派な記録である、公式記録でないのがおかしい!ぐらいに訴えかけた方がよっぽどプラスに作用したのではないのか?
と思うわけです。

ここまで期待に応えきれなかった山井が、日本一が決まる大舞台で8回をパーフェクトに抑え、
絶対的守護神である岩瀬が、パーフェクトを引き継いで最後を締める。
こんなドラマが、公式記録でないという理由だけで、隅においやられているようで残念です。

投稿: マトリョー鹿 | 2007/11/19 21:43

一人で完全試合を達成する方が、専門のリリーバーへの継投で達成するのより難しいと思われるので、価値に差があるのはむしろ当然でしょう。どんなにプレッシャー云々言ってみたところで、「抑え役が九回を三者凡退で抑えること」は確率の高いことなのですから。先発が早い回でアクシデントにより降板し、後を急遽継いだ「抑え役ではない」投手との合作で完全試合達成、みたいなケースなら一人での完全試合と同等の扱いをされても不思議ではないですが。
(専門リリーバーを絡めた)継投での完全試合の価値がどんなに認められたところで、一人での完全試合の価値は、常にその数段階上を行くことでしょう。

また、完全試合の価値は、記録としての珍しさよりもむしろ、「目撃しにくさ」にあると思います。完全試合が達成されるか?どうか?と手に汗握って見守っている瞬間が貴重なわけです。その意味では「完全試合」も「九回二死まで完全」も同等の価値があると言えるでしょう。

投稿: kazu-ct | 2007/11/19 23:50

鉄様
通りすがりのものにレスありがとうございました。
あの事件の直後の祝勝会での発言を見ると、豆云々はあとでつけ加えた言い訳のような印象を持っています。山井自身が「投げられた」と当初は言っていましたし(そのあと、そういう発言はいっさいやめました)これはチームメイトとのからみなどで、二度といえないことだろうと思います。
だから問題は「完全試合ができた山井」を変えて勝利にこだわった落合のあり方でしかないはずです。だって山井が「ぼくはもうだめでした」といえば、別に血のついた写真を探さなくてもいいことですもんね。でもあの試合を見ていたものはだれもそんなことは信じないです。
個人の大記録には素直に脱帽してほしい。その瞬間のおののきを、みんなで共有したい。それがスポーツを見る醍醐味だと思うのだけど。
<ここまで期待に応えきれなかった山井が、日本一が決まる大舞台で><完全試合という大記録>をうちたてるのが見たかったというだけなんですが。

……う~ん。ここまで書いて、これでは落合擁護と同じ土俵かなあと思いました。わたしは、あのシーンを見ていて感じた、「それはないだろう」という想いを、どうにかしてほしかったのですよ。鉄さんのいうような「天からの授かりもの」、ある種神聖なものが汚された、というような気がしたんです。それは仕方がないでしょう。だって中日ファンでもなく(どちらかといえば阪神です)特に野球を熱心に見ていたわけでもないわたしが、あの瞬間だけは山井、がんばれ、と思って手に汗にぎってたんですから。
いくらJFKがシーズン中にがんばったからといって、優勝の瞬間に「きみたちもがんばったのだから」といって完全試合寸前の投手を降ろすなんてことをしたら、「あほか岡田」ですよ。豆がつぶれてもやってみんかい~~でしょう。

投稿: 大藪 | 2007/11/20 04:55

kさんやマトリョー鹿さんの

>「完全試合とは投手個人ではなく守っている野手も含めたチーム全体での成績であり、先発が投げきるという条件は適当ではない」

とか、

>完全試合に先発完投が必須とされているのが混乱の元ではないか

>継投による完全試合も立派な記録である、公式記録でないのがおかしい!

というご意見には、ほとんどカルチャーショックに近いものを感じています。江夏豊がストッパーの地位を確立してから30年。9回限定のMLB型クローザーシステムが日本に定着したのは佐々木主浩や高津臣吾あたりからですから約10年。遂に先発完投への尊重を古き陋習のように見做す人々が現れてくるとは、ある種の感慨を覚えざるを得ません。

私の考えはkazu-ctさんに近いです。
「継投による完全試合」を評価すること自体に異存はありませんが、それを「ひとりの投手による完全試合」と等価に見做すべきだという意見には賛同できません。別のものなんですから。


>大藪さん
>あの事件の直後の祝勝会での発言を見ると、豆云々はあとでつけ加えた言い訳のような印象を持っています。山井自身が「投げられた」と当初は言っていましたし

あ、それは知りませんでした。あまり翌日以降のメディアでは見かけなかった発言ですね。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/11/20 23:26

>念仏の鉄さん
う~ん…
別に、「継投による完全試合」と「ひとりの投手による完全試合」が等価だとは思いませんし、
先発完投への尊重が古き陋習だとまでは思っていません。
一人で一試合を投げきるのは大変な事ですから、評価されて当然だと思いますよ。
私は飽くまで、谷沢氏の発言に対する、念仏の鉄さんの考察を視点にしてみたつもりです。

要は、耳目を集める為に勝利よりも完全試合を優先しろと言うのであれば、
継投による完全試合という結果になってしまった以上、
谷沢氏も耳目をプラスの方向に集めるためにその状況を利用すれば良いでしょうと言いたいわけです。
それを単に、落合は監督の器じゃないというネガティブな批判だけで片付けてしまうのであれば、
それこそ枠に収まった一評論家の意見に終わってしまうんじゃないかと。

それなのに落合には、勝利優先という枠から抜け出て、世間の耳目を集める野球をしろというのは酷なんじゃないでしょうか。

投稿: マトリョー鹿 | 2007/11/21 08:14

>マトリョー鹿さん

谷沢さんは表現で損をしているとは私も思います。テレビ等で見る限りでは、ニコニコして人当たりがよい反面、言葉が軽すぎる気がします。

投稿: 念仏の鉄 | 2007/11/23 10:47

>念仏の鉄さん

私の不躾な書き込みに対し、お付き合いくださりありがとうございました。

個人的に谷沢氏については、好印象だった上に、
こちらのエントリで氏の普段の活動の一端を知り、日本球界にとって貴重な一人であると思うようになりました。
だからこそ、勿体無いという感じです。

投稿: マトリョー鹿 | 2007/11/25 15:42

山井はあの時負傷したので交代させたという報道がありましたが、あれは落合監督の苦し紛れの嘘で、実際に山井は9回も投げられたとある筋から聞きました。優勝後のインタビューで山井は始めて負傷のことをアナウンサーに聞かれて驚いていたくらいです。
谷沢氏は多分そのことを知っていて落合監督を批判したのだと思われます。
それから谷沢氏は本当に地道に野球界の底辺の拡大発展を願って尽力を尽くしています。彼の活動はhttp://www.yazawa2005.jp/のブログに書かれています。
プロ野球の監督になることがすべてではありません。高額な年俸が欲しければ別ですが、彼は純粋に野球が好きで、その楽しさを子供たちに伝えたいだけなんです。これからの彼の行動を見ていてください。http://www.ybc2005.jp/谷沢氏のNPO団体です。

投稿: 本当のところ | 2008/11/20 23:17

>「本当のところ」さん

当時あれだけ議論になり、さまざまな検証も行われ、その一部を今もネット上で見ることができる話題について、これだけ時間が経ってから何かを付け加えようというのであれば、過去の議論を踏まえたご発言でなければあまり意味がないように思います。
また、この場限りの捨てハンと思われる名を名乗るあなたが、他人には検証不能な「ある筋」の情報をもとに何かを主張しても、説得される人は少ないだろうとも思います。

「それから谷沢氏は」以下についてはまったく同感です。しかし、前半でお書きになっていることが、その部分の説得力を損ねかねないのが残念です。

投稿: 念仏の鉄 | 2008/11/21 10:08

レスをつけるために久しぶりにこのエントリとコメント欄を読み返したら、最初にコメントを寄せられた方が、こんなことを書いているのに気付きました。

>星野とは大差ついたなあ

つきましたね。たぶんこの方の文意とは正反対に。
星野さんも、谷沢さんを見習って地道に野球に貢献していけば、10年後くらいには世間も見直してくれるんじゃないでしょうか。少なくとも私はお見直します。

投稿: 念仏の鉄 | 2008/11/21 10:11

最後の書き込みから5年も経っているのすみません(苦笑)

野球大好きで、日常的に野球の記事を読み漁っているいるもので、たまたま興味深い記事だったのでお邪魔しました。

個人的にはあの采配が賛否両論になるのは仕方ないと思います。もしあそこで続投させていたとしても失敗したら当然賛否両論、仮に成功していたとしても一貫し続けてきた『理にかなった勝つ為の采配』を負けたことに対して否定とまではいかなくとも疑問を呈する人は少なからず出たでしょう。

リアルタイムで見守っていた僕個人としては、交代が告げられた瞬間ショックを受けましたが、ただ『そりゃそうだよな・・・』と納得し、あの場面でもブレない采配に関心しました。

逆に、翌日見た谷沢さんの発言は正直残念な気持ちと『あぁ・・・器の小さい人なんだな。』と感じてしまいました。

自分自身一瞬でもショックを受けた身なので谷沢さんの言いたいことは理解できるのですが、ただしかし、仮にも日本一決定直後のお祝いムードの中、それこそ50年ぶりの日本一に導いた監督を全面批判。プロ野球愛が強いからこその感想・発想だとは思うのですが、はっきり言って興ざめで『余計なお世話。空気読めよ。』って思ってしまいました。

あの星野さんや野村さんでさえ『落合監督らしいな』『落合監督にしか出来ない采配でしょ』と苦笑いしつつも言葉を選びコメントしていました。

誰よりも最も苦しかったのは采配を下さないといけなかった落合監督及び森ピッチングコーチだったのは明白でお祝いや労いの気持ちを持つのははっきり言って最低限のマナーであり、それをも出来ず『この人ならプロ野球の未来を正しい方向に導いてくれるだろう』などとは到底思えませんし、少なくとも中日の現場には復帰すべき人ではないなと感じてしまいました。

投稿: 杉 | 2013/12/10 14:53

>杉さん

コメントありがとうございます。
半ば休眠状態のブログに今も興味をもってくださる方がいるとは嬉しいことです。

ブログのエントリには、書いてから時間が経ったことで違う読み方ができるようになって面白いものもありますが、残念ながら陳腐化してしまうものもあります。
このエントリは、どうやら後者に該当するようです。
というのも、落合氏と森繁和氏は2年前に中日の監督とコーチを退任してから、ようやく重い口を開いて、この件についても語るようになったからです。
2人の著書やテレビ出演などで私が見聞きした範囲では、2人の発言は「指にケガをした山井が交代を申し出て来たので代えた」という内容で統一されています。だとすれば、山井の降板は2人の判断でも決断でもなく単なる不可抗力ですから、意図を論じても仕方がありません。落合流の秘密主義で、その理由を隠していたために外野がやかましくなった、というのがこの谷沢発言の頃の状況であったように記憶しています。
(山井本人からこれを覆すような証言でも出てくれば話は別ですが、指から出血していたのは事実と考えてよいと思います)

コメントを読むと、杉さんが中日ファンということであれば、お考えの理路は理解はできます。
ただ、中日ファンならぬ身の私からすると、野球解説者がそこで空気を読む必要があるとは思いませんし、そもそも谷沢氏が中日の現場に復帰する可能性があるとも思えません(あるのならとっくになっていたことでしょう。この球団に特有の人間関係等により、コーチや監督の道は断たれているのだろうと思います)。杉さんの谷沢氏に対するご意見は、「中日OBなら球団に対して気遣いを持つべき」という前提がおありのように感じますが、それは必ずしもすべてのOBに対して期待できることではないのかも知れません。

今読み返すと、自分でも、当時の私はずいぶんと谷沢氏に入れ込んでいたのだなあ、と感じるエントリではあります。
その背景には、エントリの冒頭にも書いていますが、2004年の近鉄消滅や選手会ストライキの頃の、プロ野球はどうなってしまうのかという、ひりひりした危機感の中で接した谷沢氏の言動がありました。
何となく野球が盛り上がっているような感じの2013年12月時点で読み返すと、そのへんの感覚は、なかなか伝わりにくい気がします。まあ、コメント欄を読むと、当時もあんまり伝わってなかった感じですけど。

投稿: 念仏の鉄 | 2013/12/11 01:59

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