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ミッチェル・リポートのざっくりした感想。

 MLBの依頼でジョージ・ミッチェル元上院議員が行ってきたMLB選手の薬物使用に関する調査報告書、通称ミッチェル・リポートが発表されました。薬物使用が疑わしい人物として現役を含む90人の選手の具体名が公表され、ロジャー・クレメンスのような大選手、アレックス・カブレラのような日本でプレーしている選手も含まれているため、日米両国のメディアで大きく扱われています。

 リポートの原文はMLB.comで読むことができます(このページから閲覧可能。PDFファイルでダウンロードもできます)。元メッツ職員で薬物の売人だったカーク・ラドムスキ(「違法薬物の販売・配布などの罪で逮捕・起訴された」と報じられる)が選手と品物をやりとりした宅配便の伝票コピーなども大量に添付されていて、生々しい印象を受けます。

 400ページを超える(もちろん英語)リポートに細かく目を通す余裕もないので、新聞報道などから、とりあえずの感想をいくつか記しておきます。

・90人のリストにクレメンスの名があったことで日米で注目が高まったようです。アンディ・ペティットなど目新しい名もありますが、一流の成績を残した選手では、ホゼ・カンセコ、マーク・マグワイア、バリー・ボンズ、ラファエル・パルメイロ、ケン・カミニティなど、自ら使用を認めたか、調査によってクロと判明したか、状況証拠が限りなくクロに近いと示している選手が多く、お馴染みの顔触れが多いという印象があります。

・その一方で、しごく凡庸な成績しか残していない無名選手も90人のリストにはたくさん含まれています。来日経験のある10人の中にも、ロッテのキャリオン、ジャイアンツのミアディッチなど「そんな奴いたっけ?」という選手が含まれています。薬物を使ったからといって凡庸な選手が一足飛びに一流になれるとは限らないようです(もっとも、「3A止まりだった選手がメジャーに手が届くようになる」というレベルの効果はあるのかも知れませんが)。

・そういえば、ボンズがハンク・アーロンの通算本塁打記録を更新したころに、日米のさまざまな選手がメディアにコメントを寄せていましたが、打者の談話には「薬物を使っているかどうかは別として、あれほどの打撃技術をもった打者はいない」という類のものが多かったことが印象に残っています。

・クレメンスは弁護士を通じて疑いを否定しており、現時点で真相は不明ですが、彼と一緒にトレーニングをした経験のある上原浩治は、自身よりかなり年齢の高いクレメンスがものすごく激しいトレーニングをしていることに感嘆していました。自身を限界まで追い込んでいるからこそ、それでもなお届かない領域への渇望が強まる、なんてことも人間の心理としてはあるのかも知れません。

・このミッチェル・リポートはMLBの依頼によって実施され、MLBの公式サイトで全文が公表されています。内容よりも、むしろそのことが今回のポイントなのではないかと思います。

 つまり、この調査を行い、実名入りの報告書を公表すること自体が、「MLBは薬物を断固として追放する」という強いメッセージを内外に発信している。

IOCを中心とするアマチュアスポーツ界と比べるとMLBの薬物使用に対する罰則はかなり緩いものです。世界最強の組合と呼ばれるMLB選手組合の力が厳しい規制の導入を阻んできた、とも言えると思います。今回のリポート公表に対しても選手会は「実名を公表され、選手の名誉が傷ついた」と反発していますが、ファンの支持は得られないかも知れません。

 セリグ・コミッショナーは、このリポートを今後の規制強化への梃子にしようという意図を持っているのだと思われます。遅すぎた、という批判は避けられませんが。後世の評価では、96年から2005年あたりが、アンチ・ドーピングにおける「失われた10年」ということになるかも知れません。

・一方、我がNPBに視線を移すと、2つのことが思い浮かびます。

 まず、薬物問題そのもの。今シーズンから抜き打ち検査を実施して、ソフトバンクのガトームソンが初の処分を受けました。数年の準備期間を経て、着実にアンチ・ドーピング活動を進めてきたこと自体は評価できます。とはいえ、これだけ多くの薬物使用経験を持つ(らしい)選手が日本球界に入ってきていたという調査結果は、これまでにない現実味と重みを関係者に与えていることでしょう。アメリカ球界から選手を招く際のメディカル・チェックは、故障の有無だけでなく、薬物使用の有無も厳重に行う必要が出てきます。

 もうひとつは、今年の春に日本球界で行われた外部調査です。西武ライオンズの裏金問題を調べた調査委員会は、報告書を公表しませんでした。記者会見等で明かされた具体的な事項も、スカウトの名前くらいです。これは西武球団が依頼した内部調査であり、また金銭を渡した相手は高校や大学の指導者というプロ野球の外部の人々なので、ミッチェル・リポートと同列に論じることはできませんが、公表されたのが当たり障りのない範囲の情報に過ぎなかったことは確かです。

 ミッチェル・リポートが、MLB自身が主体となって、向こう傷を負うことをおそれずに断固として膿を出し改革に向かう、という姿勢を内外に示したのと比べると、この件について、NPBがリーダーシップを発揮することはありませんでした。今年のドラフト会議を全面くじ引きに戻した程度です。バド・セリグMLBコミッショナーのリーダーシップに比べると実に物足りない。NPBの球界改革は、すっかり足が止まってしまったのでしょうか。

関連エントリ ホゼ・カンセコ『禁断の肉体改造』ベースボール・マガジン社

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受信: 2007/12/16 12:36

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