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森本健成アナに10点さしあげる。

 NHKの朝の連続テレビ小説『ちりとてちん』は、毎日欠かさず、とはいかなかったが、近来になく魅き込まれるようにして見ていた。私にとっては『ちゅらさん』以来かも。何十年とやっているシリーズの中でも稀に見る傑作だと思う。明日で終わりというのが残念だ。

 同姓同名の同級生の美少女へのコンプレックスをずっと抱えて生きてきた女流落語家・徒然亭若狭こと和田喜代美(貫地谷しほり)の屈託を軸に、福井県の小浜で伝統若狭塗箸の職人を営む実家と、祖父がこよなく愛した上方落語家・徒然亭草若の一門、ダメだが愛すべき人物揃いの2つの“家族”を描くことに徹底的にこだわってきたシナリオ(藤本有紀)は、ブレることなくきっちりと結末をつけようとしている。

 今朝のラス前は、こんな話だった。
 亡き師匠・草若の宿願だった上方落語の常打ち小屋「ひぐらし亭」のこけら落としに出演した若狭は、満員の客席から拍手を浴びた後で、「わたしの最後の高座におつきあいいただき、ありがとうございました」と頭を下げる。
 若狭が落語をやめるなどという話は誰も聞かされてはいない。もったいないやないか、と理由をただす兄弟子たち、血相を変えて楽屋にやってきた家族を前に、若狭は「おかあちゃん、ごめんな」と言い出す。

 謝ったのは、落語をやめることについてではない。
 13年前、小浜を出る時に「おかあちゃんみたいになりたくないねん!」と言い放った一言を、喜代美は悔いていた。自分のやりたいこともせず、家族の心配ばかりしているおかあちゃん。でも、おかあちゃんはそうやって太陽のようにみんなを照らしていた。それがどんなに素敵なことかわからなかった。
 「私はおかあちゃんみたいになりたいねん」。
 高座で脚光を浴びるようになっても心の奥底から消えることのなかった長年のコンプレックスから、喜代美が本当に解放された瞬間だった。

 以前、父(松重豊)が職人として表彰を受け、一家が集まって宴会をしているさなかに、おかあちゃんが突然泣き出したことがあった。おろおろする周囲におかあちゃんは、「おとうちゃんがこんな立派な賞をもらって、子供たちもやりたいことを一生懸命やって、みんなが笑顔で、それが嬉しくてな…」と話す。あれもきっと、この伏線だったのだな。ちょっと前にある人から聞いた建築家アントニ・ガウディの言葉、「誰かひとり家族のために犠牲になれる人がいれば、その家族は幸せだ」という言葉を思い出したりもした。あれはつまり、こういうことなのだろう。

 で、おかあちゃん(和久井映見がこんなにいい俳優だとは知らなかった)が「…何を言うてんねん、この子は…」と涙を浮かべて番組が終わる。エンドタイトルの後はいつも「8時半になりました。ニュースをお伝えします」と森本健成アナウンサーが登場するが、今朝はいつもと違った。森本アナの第一声は「明日の最終回もお楽しみに。」だったのだ。

 この時間の森本アナはいつも、画面に映る瞬間にモニターを見おろしていて、そこから顔を上げて喋り始める。その表情がしばしば、『ちりとてちん』のラストに見事に対応して(おもろい場面では微笑んで、深刻な場面では難しく、しんみりする場面ではしんみりして)いたので、森本さん、ホントに『ちりとてちん』が好きなんだな、と思っていた。
 もしかするとこの台詞、ラス前の朝の恒例なのかも知れないけれど、そんなわけで民放でよく見るような番宣臭さは微塵も感じず、つい言いたくて言ってしまった、という風情に見えて、とても共感が持てた。
 朝からちょっといい気分にさせてくれた森本アナに10点さしあげる((c)高橋洋二)。

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コメント

鉄さん(と森本アナウンサ)のおかげで明日の朝が愉しみです。

この番組は土曜しか見られないのですが、毎週、子どもの指導に出発する前にノンビリと愉しんでました。
個人的には、おばあちゃん役の江波杏子が好きなのです、ガメラ対バルゴン以来のファンなので。

投稿: 武藤 | 2008/03/29 00:01

  私も「ちりとてちん」には、おおいに楽しませてもらってました。登場人物がそれぞれにコンプレックスを抱えていて、フラットで完全な人間が1人もいないのが、NHKの朝ドラとしては本当に新しい。みんなみんな、他人と思えなくて、なんどテレビの前で泣かされたことか…

  お昼の再放送で見ることが多いのですが、1時のニュース担当の登坂アナウンサーも、いつも登場人物を見守るような慈愛に満ちた視線をモニターに向けていて、温かい気持ちになりながら仕事にむかっておりました。

でも、こちら
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091196698448.html
によると、残念ながらニュースのアナウンサーさんは、ドラマを見ていないらしいです。


  ところで、このドラマの「徒然亭一門」における若狭ちゃんの立ち位置って、「女子マネージャー」のそれに近いなって、思われませんか?

  鉄さんの「おおきく振りかぶって」論や高井昌吏さんの『女子マネージャーの誕生とメディア』に書かれたことを思い出しながら、「ちりとてちん」を見ることが良くありました。

  ただ、彼女はあくまでも兄弟子や夫と同じ道を追究する落語家であり、いつまでも女子マネージャー的立場に留まることは難しい…私は、落語家としての彼女の成長と、それによって変わってゆかざるを得ない兄弟子たちとの関係を、ドラマがどう描きだしてゆくかに注目して見てました。

  だから、夫の草々に弟子が出来たあたりを境に、彼女の立ち位置が「落語家」から「おかみさん」にシフトしてゆき、今日の「落語家廃業宣言」に至ってしまったことには、ちょっぴり疑問を感じないでもないです。

  もっとも、鉄さんが言う通り、家族の物語、母と娘の物語、としてこのドラマを見れば、これほど美しい結末は無い。喜代美が母に謝罪するシーンでは、また泣かされました。

  これほど、いろいろ考えさせられるのも、この作品が傑作である証左ですね。
(随分、長口舌になって申し訳ないです)

投稿: southk | 2008/03/29 00:11

「ちりとてちん」観てました。録画しておいて週末にまとめて観るのが楽しみだったのですが、最後の2週くらいは毎日15分ずつ観て毎日泣いてました(笑)。

わたしも森本アナが挨拶の前にひとつ頷いたりするのに気づいてからは、必ず8時30分のニュースの冒頭まで再生して「一緒に観てる感」を楽しんでからビデオを停止していましたよ。
終わってしまってとてもさみしいです。

投稿: 若葉 | 2008/03/29 16:48

>武藤さま
最終回は完全にエピローグ扱いだったので、ちょっと物足りなかったかも知れませんね。
江波杏子さん、粋なお婆ちゃんでしたね。あんな芸者さんならぜひお座敷お願いしたいものです(そんな贅沢したことありませんけど)。

>southkさん
>http://www.excite.co.jp/News/bit/00091196698448.html
>によると、残念ながらニュースのアナウンサーさんは、ドラマを見ていないらしいです。

これは衝撃のレポートでした(笑)。NHKを直撃した人がいるというのも凄いけど。
それでも、例の最後の言葉には、森本さんは再放送で毎日見てたんじゃないだろうか、と思わせるような暖かみを感じましたが、それも私の思い込みなんだろうか(笑)。

>彼女の立ち位置が「落語家」から「おかみさん」にシフトしてゆき、今日の「落語家廃業宣言」に至ってしまったことには、ちょっぴり疑問を感じないでもないです。

私も、このエントリのそのへんのくだりを書きながら、これはジェンダー論的には微妙な話題かな、とは思ってました。ただ、これはこれで、「頑張れば夢は叶う」みたいな単純な結末よりも厚みのあるメッセージになっている気がします。それに、将来また若狭が噺家として復帰することもあるかも知れませんし(笑)。

>若葉さん
頷いたりしてましたよねえ(笑)。この真相、誰か森本さんに聞いてくれないかな(笑)。
5月には総集編が放映されるようですね。今から楽しみです。関西では他にもいろいろ特番があるようで羨ましい(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2008/03/30 00:14

  今日も、お昼の方の放送を見たのですが、1時のニュースのアナウンサー(森本氏でも登坂氏でもなかったです)さんは、うっすらと涙ぐんでいたような気がします。

  やっぱり、気のせいなのだろうか…

  
  

投稿: SOUTHK | 2008/03/30 02:01

はじめまして、いつも楽しく拝見させていただいております。

http://d.hatena.ne.jp/otokinoki/20080328/1206668573

上記のブログの方がおっしゃっているように、おそらく朝のニュースのアナウンサーが、朝ドラに関して言及するのは史上初ではないかと思います(僕も見た事がありません)。そうでなければ上記の動画の中で聞こえる、民法の予定調和っぽいスタッフの声とはまったく違う、小さなどよめきは説明できません。
あと「直前には物理的に見れない」っていうだけで、アナウンサーの皆さんも普通に「ちりとてちん」は見ていると思いますよ。自分の局の作品で、しかもとてもいいドラマでしたから。最後の数十秒でも感情移入できる人も中にはいるんじゃないかと。

投稿: kats222 | 2008/03/30 15:11

>southkさん

もしドラマを見ていたわけでもないのにニュースを読むアナウンサーが微笑んでいたり涙目だったりしたら、ちょっとイヤかも知れません(笑)。


>kats222さん
こんにちは。
この映像、前にも見たけど「どよめき」はよくわからなかったので、iPod用のスピーカにつないでボリュームを最大にしたら、確かに溜め息のような音が聞こえます。やっぱり特別なことだったのでしょうね。

投稿: 念仏の鉄 | 2008/03/31 09:44

『ちりとてちん』は、残念ながら殆ど観る機会がなかったのですが、妻が大好きで毎日録画して観ておりました。
なんでも妻がお世話になっている心理学の先生がこの番組を絶賛されていたことが観始めたきっかけのようで、心理描写や気持ちの表現、会話のやりとりなどがとてもよくできていると言っていました。気に入ったせりふを手帳に書き留めたりもしていたようです。
鉄さんと同じく、和久井映見演じる母親が素晴らしかったとのことでした。
妻のすすめやこのエントリで、一度通して観てみたくなったので、ここは奮発して近く発売になるDVDを買うことに決めました。

投稿: 考える木 | 2008/04/04 06:42

>考える木さん
>ここは奮発して近く発売になるDVDを買うことに決めました。

おお、豪気ですねえ。私は迷ってます(笑)。
5/5,6に総集編が放映されるそうなので、それを見てから考えようかと。

投稿: 念仏の鉄 | 2008/04/05 01:13

時々NHKのニュースで森本健成アナウンサーの姿を拝見します。

投稿: 台湾人 | 2010/12/25 13:11

>台湾人さん

台湾にお住まいですか。森本さんは最近は朝のニュースに出演しているので、国際放送でも流れているのでしょうね。

投稿: 念仏の鉄 | 2010/12/26 11:51

クリスマスの土曜日の朝に森本健成アナが天気と寒波について紹介する番組を見ていました。

ニコニコして優しい笑顔と穏やかな口調に心を奪われます。

気象予報士の平井信行もその番組に出演していました。

NHKの天気予報に現れる超可愛いマスコットキャラクターの冬将軍も登場したので、大変癒されました。

本音はトリノ、ジェノヴァ、アンコーナ、ターラント、パリ、ノルマンディー、東京、横浜、福岡、大阪や名古屋などの都市でクリスマスイヴとクリスマスを過ごしたい私です。

投稿: 台湾人 | 2010/12/27 16:14

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